竹内 義彰(たけうち よしあき、1924年10月2日 - 1… 竹内 義彰(たけうち よしあき、1924年10月2日 - 1987年4月6日)は、日本の教育学者。 高知県出身。京都大学文学部卒、同大学院中退。京都市立音楽短期大学助教授、京都市立芸術大学(統合)教授、佛教大学文学部教授。交通事故のため62歳で死去。職業教育が専門。
京都大学:2,182人
竹内 義彰(たけうち よしあき、1924年10月2日 - 1… 竹内 義彰(たけうち よしあき、1924年10月2日 - 1987年4月6日)は、日本の教育学者。 高知県出身。京都大学文学部卒、同大学院中退。京都市立音楽短期大学助教授、京都市立芸術大学(統合)教授、佛教大学文学部教授。交通事故のため62歳で死去。職業教育が専門。
井関 弘太郎(いせき ひろたろう、1924年9月24日 - … 井関 弘太郎(いせき ひろたろう、1924年9月24日 - 2002年6月27日)は、日本の地理学者、理学博士。名古屋大学名誉教授。日本第四紀学会会長など歴任。 東京都生まれ。1944年9月、駒澤大学専門部歴史地理科卒業(第14回生)。1948年、京都帝国大学文学部史学科卒業。同年、駒澤大学専任講師として着任。1949年、助教授。 1951年、名古屋大学文学部講師。助教授を経て教授、文学部長を歴任。1961年「冲積平野の地形発達」で東京大学理学博士。 1983年9月10日から1994年5月31日まで、名古屋地理学会 第4代会長。1985年・1986年度、日本第四紀学会会長。 1988年名古屋大学を定年退官し、名誉教授。
窪田 隼人(くぼた はやと、1924年9月5日 - 2002… 窪田 隼人(くぼた はやと、1924年9月5日 - 2002年)は、日本の法学者。専門は労働法。立命館大学名誉教授。 山口県生まれ。旧制山口高等学校を経て、京都帝国大学法学部卒、同大学院修了。 大阪市立大学講師、助教授、立命館大学法学部教授、1988年定年、名誉教授、京都学園大学法学部学部長・教授。1998年退職。労働法が専門。
藤岡 喜愛(ふじおか よしなる、1924年9月5日-1991… 藤岡 喜愛(ふじおか よしなる、1924年9月5日-1991年12月22日)は、日本の人類学者。専攻は精神人類学。 大阪生まれ。1947年(昭和22年)京都大学理学部植物学科卒業。今西錦司に学ぶ。1949年(昭和24年)大阪市立大学助手、1951年(昭和26年)京大人文科学研究所助手、1957年(昭和32年)以降、タイ王国、トンガ、タンザニア、フランスなどで人類学的調査に従事する。 1963年(昭和38年)から1971年(昭和46年)まで京大付属病院精神神経科助手、1967年(昭和42年)「ロールシャッハ・テストにおける側頭葉てんかんの特徴」で京大医学博士。1968年(昭和43年)医学書院総合医学賞受賞、1972年(昭和47年)兵庫県立医科大学助教授。
橋本 峰雄(はしもと みねお、1924年(大正13年)9月1… 橋本 峰雄(はしもと みねお、1924年(大正13年)9月1日 - 1984年(昭和59年)3月7日)は、日本の哲学者であり、京都・法然院の第30代貫主でもあった。 1924年、徳島県で生まれた。旧制大阪高等学校を経て、京都大学文学部哲学科へ進学。同級生の梅原猛と藤沢令夫とは、この頃からの親友。卒業後、浄土宗で出家し仏門入りして、西洋哲学を学ぶ異色の学者として知られていた。 神戸大学文学部教授として、哲学・倫理学専攻を担当した。また、「京都ベ平連」の結成に参加するほか、思想の科学研究会・現代風俗研究会の会員としても研究活動に参加した。1984年に死去。 1991年、現代風俗研究会がにその業績を記念して「橋本峰雄賞」を創設した。
平田 精耕(ひらた せいこう、1924年8月26日 - 20… 平田 精耕(ひらた せいこう、1924年8月26日 - 2008年1月9日)は、禅僧、元臨済宗天龍寺派管長・天龍寺住職、花園大学名誉教授。 京都府生まれ。京都大学文学部哲学科卒。本田義英にインド哲学、久松真一に仏教学を学ぶ。1950年天龍僧堂に掛錫、関牧翁に参じる。71年天龍僧堂師家、花園大学教授、92年退任、名誉教授。89年禅文化研究所理事長・所長。91年2月牧翁老死去により天龍寺派管長・天龍寺住職。平成20(2008)年1月9日死去。83歳。
大野 豊(おおの ゆたか、1924年(大正13年)8月24日… 大野 豊(おおの ゆたか、1924年(大正13年)8月24日 - 2012年(平成24年)10月27日)は、日本の工学博士。京都大学名誉教授。栄典は、正四位・勲二等瑞宝章、紫綬褒章。日本で初めてのオンラインリアルタイムシステムMARS-1を開発し、日本国有鉄道(現:JR)の座席予約システムのコンピュータ化を実現した。 この項目は、工学・技術に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:技術と産業)。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
道田 信一郎(みちだ しんいちろう、1924年8月7日 - … 道田 信一郎(みちだ しんいちろう、1924年8月7日 - 1988年6月10日)は、日本の法学者。専門は、英米法(特にアメリカ商取引法)、国際取引法。 長野県長野市出身。1945年8月陸軍士官学校第59期在学中に終戦。1949年京都大学法学部卒。 1953年京都大学法学部助教授、1962年「対米貿易売買法」で法学博士の学位を取得、教授に昇任。1980-1982年法学部長。1988年定年退官、名誉教授、姫路獨協大学法学部教授に就任。この間ミシガン大学、ハーバード大学などのロースクールで客員教授として国際取引法などを講義。1968年より国際連合国際商取引法委員会(UNCITRAL)の日本代表として「国際物品売買契約に関する国際連合条約」(CISG)の起草に尽力し、この条約を採択した1980年のウィーン外交会議では実質規定ラポルトゥールを務めた。
本山 幸彦(もとやま ゆきひこ、1924年7月19日 - 2… 本山 幸彦(もとやま ゆきひこ、1924年7月19日 - 2022年2月20日)は、教育史・思想史学者、京都大学名誉教授。 大阪府生まれ。1949年京都帝国大学文学部哲学科卒。京都大学教育学部助教授、教授、1988年定年退官、名誉教授、関西大学教授。1995年退任。
土肥 美夫(どひ よしお、1924年7月8日 - 1989年… 土肥 美夫(どひ よしお、1924年7月8日 - 1989年12月3日)は、日本の美術史学者。京都大学名誉教授。 1924年、京都府生まれ。京都大学文学部哲学科で学び、1949年に卒業。 同志社大学商学部助教授の後、京都大学教養部教授に転じた。1988年に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は京都外国語大学教授として教鞭を執ったが、在職中に死去。
服部 正明(はっとり まさあき、1924年7月8日 - )は… 服部 正明(はっとり まさあき、1924年7月8日 - )は、日本の仏教学者、古代インド哲学研究者。 1924年、東京で生まれた。父は洋画家で漫画家の服部亮英。京都帝国大学文学部哲学科に入学し、長尾雅人に師事し、卒業。 1961年、京都大学文学部助教授に就いた。1973年に教授昇格。同僚には、梶山雄一、柳田聖山、大地原豊がいた。1988年に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。学界では、1997年から2003年まで、東方学会の理事長を務めた(第26~28期)。 専門はインド哲学史。論文の多くは外国語で出されている。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
大宮 真琴(おおみや まこと、1924年7月1日 - 199… 大宮 真琴(おおみや まこと、1924年7月1日 - 1995年5月14日)は日本の音楽学者、お茶の水女子大学名誉教授。ハイドン研究家。本名は誠。 1924年、東京で生まれた。京都大学法学部で学び、1947年に卒業。東京大学文学部に移り、1951年に卒業した。同大学大学院美学科に進学し、1953年に修士課程修了。 フェリス女学院短期大学助教授の後、お茶の水女子大学助教授に転じ、後に教授昇格。1988年にお茶の水女子大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は沖縄県立芸術大学教授として教鞭を執った。1990年、学位論文『ヨーゼフ・ハイドンリラ楽曲研究』を大阪大学に提出して文学博士を取得。ヨーゼフ・ハイドン研究所(ケルン)理事。
玉城 逸夫(たまき いつお、1924年6月10日 - 200… 玉城 逸夫(たまき いつお、1924年6月10日 - 2008年8月31日)は、京都府京都市出身の日本の土木・地球物理学者。大阪工業大学名誉教授。理学博士(京都大学)。物理探査学会元理事・名誉会員。勲三等瑞宝章受章。 専門は、地球物理学・地震工学、測量学、土木地質学・地学/地すべり学。 1950年京都大学理学部地球物理学科卒業。京都大学第1期特別研修生となり、修了後、1954年大阪工業大学に着任、工学部にて土木工学教育・研究を担当。1962年京都大学より論文「地震活動度と地殻構造の結びつき : 特に日本地域について」で理学博士の学位を取得。同年、大阪工業大学教授に就任。1965年同大学中央研究所所属となる。
前田 信二郎(まえだ しんじろう、1924年5月30日 - … 前田 信二郎(まえだ しんじろう、1924年5月30日 - 1974年3月3日)は、刑法学者、犯罪学者。 京都市生まれ。1948年京都帝国大学法学部卒。研究生をへて1953年近畿大学法学部助教授、教授、琉球大学教授。49歳で死去。売春、サド裁判などについても研究した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
増田光吉(ますだ こうきち、1924年5月21日-1988年… 増田光吉(ますだ こうきち、1924年5月21日-1988年9月24日)は、日本の社会学者。家族社会学、住宅などについて研究した。 大阪府出身。京都帝国大学文学部社会学科卒。甲南大学助教授、教授。
牧英正(まき ひでまさ、1924年4月24日 - 2018年… 牧英正(まき ひでまさ、1924年4月24日 - 2018年7月8日)は、日本の法制史学者、大阪市立大学名誉教授。 熊本市生まれ。父は京都帝国大学教授・牧健二。1948年京都帝国大学法学部卒。62年「日本法史における人身売買の研究」で京都大学法学博士。大阪市立大学講師、助教授、教授、88年定年退官、名誉教授、奈良産業大学教授、2000年退職。1968年から1989年まで法制史学会理事。2001年勲三等瑞宝章受章。2018年7月8日京都で死去。享年94。
伊達 功(だて いさお、1924年4月12日 - )は、思想… 伊達 功(だて いさお、1924年4月12日 - )は、思想史学者、松山大学名誉教授。 愛媛県喜多郡内子町出身。1949年京都帝国大学経済学部卒。1952年同大学院(旧制)修了、1967年「トマス・モアユートピア研究」で京大経済学博士。1953年島根大学助手、1961年松山商科大学経済学部講師、助教授、1971年教授、松山大学教授。1990年退任、名誉教授。2001年勲四等旭日小綬章受勲。
柴田 俊一(しばた としかず、1924年3月6日 - 200… 柴田 俊一(しばた としかず、1924年3月6日 - 2009年4月26日)は、日本の原子炉工学者。京都大学名誉教授。元京都大学原子炉実験所(現:京都大学複合原子力科学研究所)長。元近畿大学原子力研究所長。文部省科学官、日本学術会議原子力特別委員長、同研究連絡委員長、原子力委員会参与等を歴任した。兵庫県出身。 1941年旧制神戸村野工業学校卒業。旧制神戸高等工業学校(現:神戸大学工学部)精密機械科を卒業した後、川崎航空機で軍用輸送機の設計に従事する。1944年軍隊に入隊。陸軍技術少尉。終戦後、陸軍航空技術将校として公職追放処分となったため家業を継ぐつもりだったものの、大学の再開に伴い大阪大学工学部電気工学科に入学する。
高尾 一彦(たかお かずひこ、1924年3月3日 - )は、… 高尾 一彦(たかお かずひこ、1924年3月3日 - )は、日本の日本史学者、神戸大学名誉教授。 大阪府生まれ。京都大学文学部史学科卒業。1951年神戸大学文学部講師、1958年助教授、1972年教授となる。1987年定年退官、名誉教授、樟蔭女子短期大学教授を務めた。日本近世史を講じ、近世庶民文化研究の分野で数多くの問題提起的な論文がある。
渡部 忠世(わたべ ただよ、1924年1月11日 - 202… 渡部 忠世(わたべ ただよ、1924年1月11日 - 2024年3月18日)は、日本の農学者、京都大学名誉教授。専攻は作物学。 神奈川県生まれ。1949年京都大学農学部卒業。1962年「 [ロク]化現象を中心とするモチ玄米の特性に関する研究」で農学博士の学位を取得。西京大学農学部講師、京都府立大学助教授、1968年鳥取大学農学部助教授、1972年京都大学農学部助教授、教授、京都大学東南アジア研究センター所長、1987年定年退官、名誉教授、放送大学教養学部教授。農耕文化研究振興会代表。 アジアの米や稲作についての調査・研究を行ってきた経験から、日本の農業の衰退に警鐘を鳴らし続けている。 2024年3月18日午後8時半、老衰のため死去。
河合 雅雄(かわい まさを、1924年(大正13年)1月2日… 河合 雅雄(かわい まさを、1924年(大正13年)1月2日 - )は、日本の霊長類学者、児童文学作家で理学博士。兵庫県立丹波の森公苑長、京都大学名誉教授、日本福祉大学生涯教育研究センター名誉所長、兵庫県立人と自然の博物館名誉館長。「雅雄」の「雄」は、現行の中学校の教科書(学校図書入学2年)をはじめとする各著書において、「を」という歴史的仮名遣いを用いている。一方、姓の「河合」は現代仮名遣いの「かわい」。なお、弟の「隼雄」は「はやお」という現代仮名遣いを用いている。
川島 普(かわしま ひろし、1924年1月2日 - )は、日… 川島 普(かわしま ひろし、1924年1月2日 - )は、日本の土木工学・衛生工学者。大阪工業大学名誉教授。工学博士(京都大学)。勲三等瑞宝章受章。 専門は、土木工学・衛生工学(特に上下水道工学)、水理学・環境科学。 京都帝国大学工学部土木工学科卒業(指導教授:のちの衛生工学科初代教授を務めた岩井重久)。京都大学工学部土木工学第三講座(岩井重久の衛生工学研究室)で助手を務める。1955年に大阪工業大学工学部土木工学科助教授となり、土木工学教室を担当した。1960年に京都大学より論文「上下水処理施設の汚泥管理に関する基礎的研究」で工学博士号を取得する。1963年に同学科教授に就任した。1987年同大学図書館長。
中野 玄三(なかの げんぞう、1924年1月1日 - 201… 中野 玄三(なかの げんぞう、1924年1月1日 - 2014年4月21日)は、日本の美術史学者。嵯峨美術短期大学名誉教授。 佐賀県唐津市に生まれる。筑豊の貝島鉱山に勤めていた父の急逝により、家族で東京に転居した。第二荏原尋常高等小学校、名教中学を経て飛び級で陸軍予科士官学校に入学。運動が苦手で劣等生となるもどうにか卒業し、陸軍航空士官学校に進学、整備を学ぶ。1943年、航空士官学校を卒業(56期)、中国東北部温春に駐屯。戦況悪化により所属の戦隊が千葉県東金飛行場へ移動、そこで終戦を迎えた。 戦後、農家の下働きや工場の守衛などをして食いつなぐなか、訪れた東京国立博物館で百済観音のレプリカを目にし、仏像への興味を持つ。
森下 忠(もりした ただし、1924年1月1日 - )は、日… 森下 忠(もりした ただし、1924年1月1日 - )は、日本の刑法学者。学位は、法学博士(京都大学・論文博士・1962年)(学位論文「緊急避難の研究」)。広島大学名誉教授。弁護士であったが、後述の不祥事を契機に弁護士を辞めた。 鳥取県出身。森下重義・つねの二男。1950年、京都大学法学部卒業、1952年に岡山大学講師、後に助教授。1962年、「緊急避難の研究」で、京都大学より法学博士の学位を取得。1965年、岡山大学教授、1976年、広島大学法学部教授、1987年に定年退官、名誉教授、駿河台大学教授、1994年に退職し、その後、岡山大学名誉教授。弁護士。後述の不祥事により2015年に横浜弁護士会(現神奈川弁護士会)を退会。
井上 庄七(いのうえ しょうしち、1924年 - 1987年… 井上 庄七(いのうえ しょうしち、1924年 - 1987年3月)は、日本の哲学者。 大阪府生まれ。京都帝国大学文学部哲学科卒。神戸大学文理学部助教授、神戸大学文学部教授。在職中に死去。
上島 有(うえじま たもつ、1924年 - )は、日本の歴史… 上島 有(うえじま たもつ、1924年 - )は、日本の歴史学者、摂南大学名誉教授。専門は中世古文書。 三重県生まれ。1950年京都大学文学部史学科卒業。京都府立総合資料館を経て、1980年代から大阪電気通信大学教授、摂南大学教授、花園大学教授。 1971年「京郊庄園村落の研究」で京都大学より文学博士の学位を取得。1999年「東寺・東寺文書の研究」で、密教学芸賞 ・角川源義賞を受賞。京都大学教授で中世史家の上島享は子[要出典]。
島崎 稔(しまざき みのる、1924年 - 1989年5月)… 島崎 稔(しまざき みのる、1924年 - 1989年5月)は、日本の社会学者。中央大学文学部教授。妻は経済学者の島崎美代子。 日本の村落社会学・地域社会学の重鎮。「日本のマルクス主義的農村社会学の理論的指導者」。社会調査論の専門家でもあった。 東京生まれ。実家の家業は指物師。1945年3月旧制第二高等学校文科卒業。西域=シルクロードの美学を学ぶため京都大学文学部哲学科(美学美術史講座)に入学。すぐに陸軍に徴兵され、千葉県で敗戦を迎えた。敗戦後も憲兵としてしばらく軍隊に所属した。1945年10月に復員、京都大学を退学。戦争直後で家を離れて生活できず、美学で生計を立てられる可能性が小さいという経済上の問題のため、また社会主義を学ぶため、1946年東京大学文学部哲学科社会学専修科に入学。
高原榮重(たかはら ひでしげ、1924年 - )は、筑波大学… 高原榮重(たかはら ひでしげ、1924年 - )は、筑波大学農林工学系・教授。第5回日本公園緑地協会北村賞受賞。徳島県生まれ。1949年京都大学農学部林学科卒業。1982年から筑波大学農林工学系・教授。退官後、(株)オオバの技術顧問。農学博士。 著書に『環境科学〈2〉人間社会系』(編集、朝倉書店、2012年)『環境科学』(編集、朝倉書店、2010年、1989年)『都市緑地』(鹿島出版会、1988年)『緑地施設の設計 : 造園意匠論』(共著、鹿島出版会、1978年)『都市緑地の計画』(鹿島研究所出版会、1974年)『园林设计 : 造园意匠论』(共著、索靖之, 任震方, 王恩庆译(訳)中國建築工業出版社、1984年)など。
山田操(やまだ まもる、1924年- )は、日本の社会学者、… 山田操(やまだ まもる、1924年- )は、日本の社会学者、神奈川大学名誉教授。 奈良県生まれ。1948年京都帝国大学文学部哲学科卒。神奈川大学助教授、教授。1995年定年退任、名誉教授。
本庄 良邦(ほんじょう よしくに、1924年 - 1988年… 本庄 良邦(ほんじょう よしくに、1924年 - 1988年4月6日)は、日本の教育社会学者。 京都帝国大学文学部教育学科を卒業。鹿児島大学教育学部講師、関西大学社会学部講師、助教授を経て、教授となる。64歳で死去。 1975年、「産業教育体制論研究 その現象形態と改革の視覚」で大阪市立大学より文学博士号を取得した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
越智 武臣(おち たけおみ、1923年(大正12年)11月2… 越智 武臣(おち たけおみ、1923年(大正12年)11月20日 - 2006年(平成18年)1月10日)は、日本の西洋史学者。京都大学名誉教授。専門は近代イギリス史。 1923年、愛媛県で生まれた。第三高等学校を卒業後、兵役についた。戦後京都大学文学部に進学し、1948年に卒業。英国ハル大学に留学して学んだ。 1952年、京大文学部助教授に就任。1969年、学位論文『近代英国の起源』を京都大学に提出して文学博士号を取得。1970年に教授昇格。1987年に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は京都橘女子大学教授として教鞭をとり、1989年に同大学学長に就いた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
大橋 博司(おおはし ひろし、1923年9月26日 - 19… 大橋 博司(おおはし ひろし、1923年9月26日 - 1986年9月21日)は、日本の医学者・精神科医。国立京都病院(現:国立病院機構京都医療センター)院長。京都大学名誉教授。専門は臨床精神医学、特に失語症を中心とする神経心理学。 1946年京都大学医学部卒業後、医学を専門とするかたわら帝塚山大学にて哲学や古典を勉強した。1953年「失語における一般障碍について」で京都大学より医学博士の学位を取得。 1973年 - 1985年京都大学精神医学教室教授(第4代)。
吉田 克己(よしだ かつみ、1923年9月13日 - 201… 吉田 克己(よしだ かつみ、1923年9月13日 - 2016年1月16日)は、日本の公衆衛生学者。三重大学名誉教授。 岐阜県出身。京都帝国大学を卒業。1958年(昭和33年)、三重県立大学(現・三重大学医学部)の教授に就任する。四日市ぜんそくの発生原因について疫学的な見地から研究をおこない、硫黄酸化物との関連を指摘、住民による訴訟においても証人として出廷した。1960年代以降に四日市市の公害防止対策委員などを歴任して、四日市公害と環境未来館の設立時に資料などを提供した。1971年(昭和46年)から1973年(昭和48年)まで、三重県公害センター所長を兼任した。三重県による硫黄酸化物の総量規制の制定にも関与した。
岡崎 敬(おかざき たかし、1923年7月22日 - 199… 岡崎 敬(おかざき たかし、1923年7月22日 - 1990年6月11日)は、日本のアジア考古学者。九州大学名誉教授。 奈良県出身。1944年京都帝国大学文学部東洋史学科卒。京都大学大学院(旧制)修了。1979年「東西交渉の考古学」で九州大学文学博士。1952年名古屋大学助教授、1960年九州大学文学部助教授、1972年教授。1987年定年退官、名誉教授。1986年紫綬褒章受勲。イラン、敦煌を調査。
米澤 貞次郎(よねざわ ていじろう、1923年7月3日 - … 米澤 貞次郎(よねざわ ていじろう、1923年7月3日 - 2008年5月20日)は、日本の化学者。勲等は勲三等。京都大学名誉教授。 1981年にノーベル化学賞を受賞した福井謙一の指導学生(博士課程)であり、米澤の指導学生(修士課程)の吉野彰も2019年にノーベル化学賞を受賞している。指導学生(博士課程)の北川進も2025年にノーベル化学賞を受賞している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
田口 寛治(たぐち かんじ、1923年6月22日 - 198… 田口 寛治(たぐち かんじ、1923年6月22日 - 1989年1月21日)は、日本の哲学者。神戸大学名誉教授。 広島県出身。1946年9月京都帝国大学文学部哲学科卒。1947年3月神戸経済大学(経営学専門部)、神戸大学文理学部、神戸大学文学部、神戸大学教養部教授、1987年定年退官、名誉教授。1989年1月21日、肝不全のため逝去。 『らくがき大学生』が話題になった。
天野 和夫(あまの かずお、1923年6月15日 - 200… 天野 和夫(あまの かずお、1923年6月15日 - 2000年3月23日)は、日本の法学者。立命館大学名誉教授。学校法人立命館総長・立命館大学学長。父はタイムレコーダーなどの発明家でアマノ創業者の天野修一。東京都出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
渡辺 信夫(わたなべ のぶお、1923年5月5日 - 202… 渡辺 信夫(わたなべ のぶお、1923年5月5日 - 2020年3月27日)は、日本の神学者、牧師。日本キリスト教会の指導者。 京都大学哲学科卒業。ジャン・カルヴァンの『キリスト教綱要』の翻訳者として知られる。 大阪府出身。田舎のクリスチャン・ホームに生まれたが、両親は神社参拝をしてもよいと教えていた。当時から主流派キリスト教会は、宗教的な妥協の道を歩んでいたのである。旧制高校時代は、偶像礼拝という意識がないままに、級長として神社参拝を行っていた。また戦争中は日本軍の将校として、神社拝礼を指揮した。1949年京都大学文学部哲学科卒。1977年「カルヴァンの教会論」で京都大学文学博士。大学卒業後、神学を学ぶ過程で、その行為が「教会」を通して行われた背信行為であり、神の前(コーラム・デオ)に偶像礼拝の罪であるという意識を持つに至った。
平岡 定海(ひらおか じょうかい、1923年4月27日 - … 平岡 定海(ひらおか じょうかい、1923年4月27日 - 2011年11月26日)は、華厳宗の僧侶で歴史学者。第213世東大寺別当。書家。 1923年(大正12年)、奈良市東大寺上之坊に生まれる。1949年(昭和24年)京都大学文学部史学科卒業。1955年(昭和30年)東京大学大学院修了。1960年(昭和35年)文学博士。 1954年(昭和29年)種智院大学講師、1957年(昭和32年)助教授、1966年大手前女子大学教授。東大寺上之坊住職、東大寺執事長、華厳宗管長、東大寺別当を歴任。 2011年(平成23年)11月26日、多臓器不全により遷化。88歳没。
小森 義峯(こもり よしみね、1923年〈大正12年〉3月1… 小森 義峯(こもり よしみね、1923年〈大正12年〉3月19日 - 2022年〈令和4年〉2月1日)は、日本の憲法学者、海軍軍人、民族派。法学博士(京都大学・論文博士・1966年)。佐賀県小城郡牛津町(現・小城市)出身。大石義雄の門下。門下生は皇學館大学名誉教授の富永健。 1942年旧制佐賀高等学校文科乙類卒業。1943年大日本帝國海軍に応召。その後、中尉に昇進。1945年9月復員。1946年京都帝国大学法学部政治学科卒業。 1947年佐賀龍谷中学校教諭。1948年4月京都府立桃山高等学校教諭。1948年12月京都師範学校附属桃山中学校教諭。 1953年3月京都大学大学院法学研究科修士課程修了(指導教授:大石義雄)。
河本 一郎(かわもと いちろう、1923年〈大正12年〉2月… 河本 一郎(かわもと いちろう、1923年〈大正12年〉2月27日 - 2017年〈平成29年〉4月18日)は、日本の法学者。専門は商法・証券取引法。学位は法学博士(神戸大学・論文博士・1975年)。神戸大学名誉教授、神戸学院大学名誉教授。日本学士院会員。弁護士(大阪弁護士会所属)。勲等は勲二等。 神戸大学法学部教授、神戸大学法学部学部長、神戸学院大学法学部教授などを歴任した。大隅健一郎門下。弟子に川口恭弘、森田章など。 商法などを専攻する大阪府出身の法学者である。1958年に『民商法雑誌』誌上で論文「手形法における悪意の抗弁」を発表した。そこで発表された理論は、後に商法の手形・小切手法の分野において、「河本フォーミュラ」と称されるようになった。
蓮井 良憲(はすい よしのり、1923年(大正12年)2月5… 蓮井 良憲(はすい よしのり、1923年(大正12年)2月5日 - 2019年(令和元年)9月26日[要出典])は、日本の法学者。専門は商法。九州大学教授、福岡大学教授を歴任。香川県出身。 九州地方鉱業協議会委員、福岡県水洗炭業審議会委員、福岡県消費生活審議会会長等を歴任。
加来 彰俊(かく あきとし、1923年1月29日 - 201… 加来 彰俊(かく あきとし、1923年1月29日 - 2017年7月18日)は、日本の哲学者。法政大学名誉教授。専攻はギリシア古代哲学。 鳥取県西伯郡大山町生まれ。1950年京都大学文学部哲学科卒。同大学院中退。田中美知太郎に師事。弘前大学助教授、法政大学教授、1993年定年退任。1998年、勲三等瑞宝章受勲。
杉之原 壽一(すぎのはら じゅいち、1923年1月15日 -… 杉之原 壽一(すぎのはら じゅいち、1923年1月15日 - 2009年7月15日)は、日本の社会学者。神戸大学名誉教授。部落問題研究の中心的な論客の一人である。京都府出身。 京都市生まれ。1943年、京都帝国大学文学部哲学科卒業。京都大学人文科学研究所助手を経て、1986年まで神戸大学文学部教授。日本学術会議会員。 部落の中で階層分化が進行していることを実態調査から明らかにし「アメリカ帝国主義に従属する日本独占資本」を部落差別の主敵とする日本共産党の主張の正当性を訴えていたが、当の共産党が国民融合論を提唱した後には一転し、同じ調査を根拠に部落差別は解消しつつあるとの立場を取るようになった。1984年、「現代部落差別の研究」で第9回野呂栄太郎賞を受ける。
水津 一朗(すいづ いちろう、1923年1月1日 - 199… 水津 一朗(すいづ いちろう、1923年1月1日 - 1996年4月8日)は、日本の地理学者。人文地理学を専攻。伝統的地理学と計量革命後の計量地理学の止揚を目指し、「位相地理学」を提唱した。学位は、文学博士(京都大学・論文博士・1971年)。京都大学名誉教授。奈良大学元学長。 1923年山口県山口市生まれ。山口県立山口中学校(山口県立山口高等学校の前身)、旧制山口高等学校(現・山口大学)文科甲類卒業、1942年10月に京都帝国大学文学部史学科に進学するも、学徒出陣により兵役に従う。後に復員、復学。1946年9月に同大学を卒業。その後は特別研究生として大学院に進学。 1952年大阪市立大学講師、同大学助教授を経て、1959年に京都大学文学部助教授に就任(1966年から1967年まで、在外研究でヨーロッパに赴き、ドイツ、スウェーデンに滞在)。
矢島 聖使(やじま せいじ、1923年 - 1981年)は、… 矢島 聖使(やじま せいじ、1923年 - 1981年)は、材料工学を専門とする工学者および化学者。 無機材料工学を専門としており、かつては原子力関連の研究をしていた。1975年に有機金属化学が専門の林丈三郎、大森守の協力の下で高強度と耐熱性を併せ持つ炭化珪素繊維を開発した。有機珪素高分子を1000℃以上の不活性雰囲気中で焼成する事によってセラミック繊維を製造した。 炭化珪素繊維を開発した。有機ケイ素ポリマーのポリカルボシランの焼成前の不融化処理の工程に劣化の原因となる酸素が入らないように電子線を照射する手法を開発した。ジェットエンジンや発電用ガスタービンの高性能化には高強度、耐熱性を併せ持つセラミック繊維が不可欠なため、近年注目される。
西八條 實(にしはちじょう みのる、1922年11月15日-… 西八條 實(にしはちじょう みのる、1922年11月15日- 2015年2月1日 )は、日本の経営者、工学博士。島津製作所社長、会長を務めた。 京都府京都市出身。1945年に京都帝国大学工学部を卒業し、京大大学院に進学したが、1947年7月に中退し、島津製作所に入社。1973年11月に取締役に就任し、常務、専務を経て、1985年3月に副社長に就任し、翌年6月には社長に昇格した。1992年6月から会長を務め、1998年6月から相談役を務めた。 1986年11月には藍綬褒章を受章し、1993年4月には勲二等瑞宝章を受章した。 1996年1月から1999年5月まで関西経済連合会の副会長。 2015年2月1日、老衰のために死去。
川勝 義雄(かわかつ よしお、1922年(大正11年)11月… 川勝 義雄(かわかつ よしお、1922年(大正11年)11月8日 - 1984年(昭和59年)4月4日)は、日本の東洋史学者。京都大学人文科学研究所教授。専門は六朝期の中国史、中国思想史。京都市生まれ。 京焼の一つ粟田口焼の窯元の息子として生まれ、京都府立第一中学(現:京都府立洛北高等学校・附属中学校)、第三高等学校、京都帝国大学文学部卒業。京都大学人文科学研究所の司書系の助手になり、後研究系の助手、フランスに留学してヨーロッパ東洋学を学び、東洋学者アンリ・マスペロの著書を翻訳した。帰国後京都大学人文科学研究所教授在職中に没した。 内藤湖南・宮崎市定の魏晋南北朝時代を中世とする論を受け継ぐ京都学派の一人であり、特に中国の貴族制研究において谷川道雄と共に「豪族共同体論」を展開し、矢野主税・越智重明らと激しい論争を繰り広げた。
中埜 肇(なかの はじむ、1922年11月7日 - 1997… 中埜 肇(なかの はじむ、1922年11月7日 - 1997年5月11日)は、日本の哲学者。専攻は現代文明論としての哲学。 東京出身。成城高等学校 (旧制)を経て、京都大学文学部哲学科卒業。筑波大学思想学科系教授、岡崎学園国際短期大学学長、放送大学教養学部教授を歴任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
大野 英二(おおの えいじ、1922年10月20日 - 20… 大野 英二(おおの えいじ、1922年10月20日 - 2005年9月6日)は、日本の経済学者、京都大学名誉教授。