濱田 啓介(はまだ けいすけ、1930年8月11日 - 20… 濱田 啓介(はまだ けいすけ、1930年8月11日 - 2021年9月22日)は、日本の国文学者。京都大学名誉教授。専門は日本近世文学を中心とした日本文学。 1930年、東京生まれ。京都大学文学部卒業。卒業後は大阪府立夕陽丘高等学校教諭、北野高等学校教諭、鹿児島大学講師、助教授を経て、1977年、京都大学教養部助教授、のちに教授。1992年同大学総合人間学部教授を経て、1994年、京都大学名誉教授。同年花園大学文学部教授(2001年3月まで)。1994年、『近世小説 営為と様式に関する私見』により第16回角川源義賞を受賞。1995年、京都大学文学博士。博士論文は「近世小説・営為と様式に関する私見 」。
村上 哲見(むらかみ てつみ、1930年7月18日 - 20… 村上 哲見(むらかみ てつみ、1930年7月18日 - 2022年3月12日)は、古典中国文学者。文学博士(京都大学・論文博士・1974年)。東北大学名誉教授。専攻は唐代から宋代にかけての詩人たちの研究。 中国・大連生まれ。愛媛県松山市出身。1953年京都大学文学部中国文学科卒業。 京都学芸大学講師、助教授、東北大学教養部助教授、教授、1975年奈良女子大学文学部教授、85年東北大学文学部教授、1994年定年退官、名誉教授、奥羽大学教授、1999年近畿福祉大学教授、2007年退職。 1972年日本中国学会賞、1974年「北宋詞研究」で京都大学より文学博士の学位を取得。2009年「宋詞に関する研究」により日本学士院賞恩賜賞受賞。
塚崎 幹夫(つかざき みきお、1930年6月1日 - )は、… 塚崎 幹夫(つかざき みきお、1930年6月1日 - )は、フランス文学者、評論家、富山大学名誉教授。 神戸市生まれ。1953年京都大学仏文科卒、同大学院を経て富山大学教養部助教授、教授。ロジェ・カイヨワの翻訳のほか、多彩な著書で知られる。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
伊藤 正義(いとう まさよし、1930年4月4日 - 200… 伊藤 正義(いとう まさよし、1930年4月4日 - 2009年12月2日)は、日本の国文学者、能楽研究者、神戸女子大学名誉教授。 関西大学文学部教授・大阪市立大学文学部教授などを歴任。
浅野 晃(あさの あきら、1930年3月20日 - )は、日… 浅野 晃(あさの あきら、1930年3月20日 - )は、日本文学者、共立女子大学名誉教授。近世散文、特に井原西鶴を専門とした。 仙台市生まれ。1953年東北大学文学部国文学科卒業、1958年京都大学大学院文学研究科仏文科博士課程満期退学。立正大学文学部講師、助教授、共立女子大学助教授、教授、2000年定年退任、名誉教授。
岡 照雄(おか てるお、1930年1月2日 - 2024年6… 岡 照雄(おか てるお、1930年1月2日 - 2024年6月26日)は、日本の英文学者。京都大学名誉教授、福岡女子大学名誉教授。専門は18世紀イギリス文学。 福岡市生まれ。福岡県立修猷館高等学校を経て、1953年京都大学文学部卒業。大阪市立大学講師、助教授、京大教養部助教授、文学部助教授、1979年教授、1990年学部長、1993年定年退官、名誉教授、県立福岡女子大学学長、名誉教授。2008年、瑞宝中綬章受章。2024年6月26日死去。叙正四位。
蜂谷 昭雄(はちや あきお、1930年 - 1986年)は、… 蜂谷 昭雄(はちや あきお、1930年 - 1986年)は、日本の英文学者、翻訳家。 京都大学英文科卒、同大学院、大阪府立大学、大阪女子大学から、京大教養部助教授、教授。1983年、甲南女子大学教授。在職中に56歳で死去。 日本イギリス児童文学会創設メンバー。
井手 至(いで いたる、1929年12月10日 - 2017… 井手 至(いで いたる、1929年12月10日 - 2017年4月22日[要出典])は、日本の国語学者・国文学者。大阪市立大学名誉教授。専門は『万葉集』。 愛媛県出身。1952年京都大学文学部国文科卒、同大学院修士課程修了。大阪市立大学助教授、教授、1975年「萬葉集用語・用字の研究」で大阪市立大学より文学博士の学位を取得。1991年定年退官、名誉教授、京都女子大学教授。2000年退職。
長橋 芙美子(ながはし ふみこ、1929年11月13日 - … 長橋 芙美子(ながはし ふみこ、1929年11月13日 - 2005年2月20日)は、日本のドイツ文学者である。大阪市立大学名誉教授、日本民主主義文学同盟員、日本ドイツ文学会会員。 1952年(昭和27年)京都大学文学部独文科を卒業する。奈良女子大学講師、同志社大学法学部助教授、大阪市立大学助教授を経て教授、1992年定年退官して名誉教授、立命館大学教授。2000年退職した。 2005年心不全のため大阪府堺市の病院で死去した。満75歳没。
山村 嘉己(やまむら よしみ、1929年10月14日 - )… 山村 嘉己(やまむら よしみ、1929年10月14日 - )は、フランス文学者、関西大学名誉教授。 三重県生まれ。1953年京都大学文学部仏文科卒。1963年佛教大学助教授、1967年関西大学文学部助教授、1976年教授、2000年定年、名誉教授。華頂短期大学学長。
一海 知義(いっかい ともよし、1929年5月15日 - 2… 一海 知義(いっかい ともよし、1929年5月15日 - 2015年11月15日)は、日本の中国文学者、神戸大学名誉教授、河上肇研究で著名。 奈良県奈良市生まれ。1953年京都大学文学部卒、吉川幸次郎の門下生の一人、同じ吉川門下の筧久美子・筧文生夫妻とは友人で共著も多い。 神戸大学教授を務め、1993年に定年後は神戸学院大学教授、2000年退職。古典漢文のみでなく、近世・近代日本の漢詩文の校訂も行い、特に河上については著作多数。2007年『正伝 後藤新平』校訂で毎日出版文化賞特別賞受賞。2015年11月15日午前11時50分、急性心不全のため神戸市の自宅で死去。86歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
川崎 寿彦(かわさき としひこ、1929年3月30日 - 1… 川崎 寿彦(かわさき としひこ、1929年3月30日 - 1989年4月18日)は、日本の英文学者。名古屋大学文学部教授。 1929年、東京生まれ。静岡高校を経て、1953年、京都大学文学部に進学。同大学を卒業して渡米し、ウィスコンシン大学大学院を修了。 名古屋大学文学部教授を務め、1989年に在職中に死去。 当初は17~18世紀英国の詩を専門としたが、後に庭園など文化史において業績を上げた。中でも、『庭のイングランド』が話題となった。著作多数あり、没後も遺稿が刊行された。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
片山 正樹(かたやま まさき、1929年3月28日 - 20… 片山 正樹(かたやま まさき、1929年3月28日 - 2017年3月6日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。関西学院大学名誉教授。 大阪府生まれ。1952年京都大学文学部仏文科卒業、1955年同大学院博士課程中退。1957年関西学院大学文学部仏文科講師、1961年助教授、1969年教授。1997年定年退任、名誉教授。バタイユ、セリーヌなどの翻訳を行った。また、多田智満子や矢川澄子、澁澤龍彦、生田耕作らとともに『未定』誌の同人だった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
辻元 一郎(つじもと いちろう、1929年〈昭和4年〉1月2… 辻元 一郎(つじもと いちろう、1929年〈昭和4年〉1月28日 - 1989年〈平成元年〉3月1日)は、日本のアメリカ文学者。 大阪府生まれ。1955年京都大学文学部英文科卒業、京都大学大学院文学研究科英文専攻修士課程修了。大谷大学講師の後、1957年鹿児島大学講師、1963年滋賀大学助教授、神戸大学教育学部助教授、教授を務めた。1989年、急性心不全のため死去。
松下 千吉(まつした せんきち、1929年 - 2004年7… 松下 千吉(まつした せんきち、1929年 - 2004年7月1日)は、イギリス文学者。京都大学名誉教授。後、英知大学教授。18世紀 - 19世紀のイギリス・ロマン主義詩人が専門で、特にウィリアム・ワーズワースの研究において数多くの業績を残した。島根県生まれ。
林 功三(はやし こうぞう、1928年12月6日 - 200… 林 功三(はやし こうぞう、1928年12月6日 - 2007年12月16日)は、日本のドイツ文学者。京都大学名誉教授。専門は、ドイツ文化、社会史、ナチス研究。 長野県岡谷市出身。長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校)を経て、1954年京都大学文学部独文科卒業。同大学教養部助教授を経て、同大学教授。1992年定年退官、同大学名誉教授、京都産業大学教授。市民団体「『心の教育』はいらない!市民会議」代表。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。
三光 長治(さんこう ながはる、1928年9月24日 - 2… 三光 長治(さんこう ながはる、1928年9月24日 - 2025年1月30日)は、日本の音楽学者、ドイツ文学者、埼玉大学名誉教授。 広島県生まれ。1952年、京都大学独文科卒業。愛知大学講師、神戸大学助教授、埼玉大学教授、1994年定年退官、名誉教授、神戸松蔭女子学院大学教授。2008年秋、瑞宝中綬章受勲。テオドール・アドルノ、リヒャルト・ワーグナーの研究、翻訳等に従事。 2025年1月30日、誤嚥性肺炎のため兵庫県神戸市の病院で死去。96歳没。 この項目は、音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 音楽/ウィキプロジェクト 音楽)。
小島 衛(こじま まもる、1928年8月26日 - 2001… 小島 衛(こじま まもる、1928年8月26日 - 2001年3月13日)は、日本のドイツ文学者。京都大学名誉教授。北海道旭川市出身。 1952年に京都大学文学部卒業。1963~65年ミュンヘン大学に留学。北海道大学助教授などを経て、1969年京大教養学部助教授、1976年教授。1992年定年退官、名誉教授。リルケの研究で知られる。訳書に『リルケ名詩選』、ノサック『幻の勝利者に』など。
鈴木 昭一郎(すずき しょういちろう、1928年4月8日 -… 鈴木 昭一郎(すずき しょういちろう、1928年4月8日 - 2011年5月3日)は、東京都出身のフランス文学者。京都大学名誉教授。
伊藤 謙哉(いとう けんさい、1928年3月1日 - )は、… 伊藤 謙哉(いとう けんさい、1928年3月1日 - )は、日本の天文学者、宇宙物理学者。立教大学名誉教授。 林忠四郎の弟子であり、宇宙線の研究者として知られている。私立大学キャンパスシステム研究会(略称『CS研』)の初代会長。京都府京都市出身。趣味はテニス。
池田 廉(いけだ きよし、1928年1月2日 - 2025年… 池田 廉(いけだ きよし、1928年1月2日 - 2025年4月24日)は、イタリア文学者、大阪外国語大学名誉教授。 1928年、東京生まれ。京都大学文学部文学科伊語・伊文学専攻、1950年に卒業。1953年、京都大学大学院修了。 1953年、京都大学文学部助手。1955年、イタリア政府給費奨学生としてパドヴァ大学に留学。1966年、大阪外国語大学助教授となり、1972年に教授となる。1993年に大阪外国語大学を定年退官し、名誉教授となった。その後も名古屋芸術大学の教授として教鞭をとった。 2025年、97歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
清水 正和(しみず まさかず、1927年12月19日 - 2… 清水 正和(しみず まさかず、1927年12月19日 - 2002年7月17日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。甲南女子大学名誉教授。 専門分野は19世紀フランス文学とその関連芸術。 和歌山県生まれ。京都大学文学部フランス文学専攻卒業。大阪音楽大学助教授を経て甲南女子大学教授。1998年定年退職し、名誉教授。 2002年、肝不全により74歳で死去した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
佐竹 昭広(さたけ あきひろ、1927年10月19日 - 2… 佐竹 昭広(さたけ あきひろ、1927年10月19日 - 2008年7月1日)は、国文学者・万葉学者、京都大学名誉教授。1994年紫綬褒章受章。 1927年、東京都生まれ。1946年5月、満18歳の時に短歌における字余についての論文を発表。それは『万葉集』の短歌の99%、『古今和歌集』『後撰和歌集』の100%に当てはまる字余の法則を発見したものであった(「万葉集短歌字余考」『文学』昭和21年5月)。 京都大学へ進み、1952年に同大学文学部を卒業。その後、5年間特別研究生として同大学に在籍した。 1957年、学習院大学講師となった。後に助教授に昇進。1960年に母校の京都大学文学部助教授に転じ、1973年に教授昇格。
松田 修(まつだ おさむ、1927年10月1日 - 2004… 松田 修(まつだ おさむ、1927年10月1日 - 2004年2月6日)は、日本の国文学者、文芸評論家。国文学研究資料館名誉教授。近世文学専攻。 京都大学卒業、同大学院に学ぶ。福岡女子大学助教授を経て、国文学研究資料館教授、法政大学教授を務めた。井原西鶴の研究から始まり、芸能史、民俗学の知見を踏まえ、近世文化における闇の部分を評論家的な筆致で論じ、広末保とともに影響を与えた。映画論も書いた。著作集全8巻がある。 2004年2月6日、午後0時20分、死去。
橋本 四郎(はしもと しろう、1927年7月13日 - 19… 橋本 四郎(はしもと しろう、1927年7月13日 - 1985年7月22日)は、日本の国文学者、国語学者。 京都市下京区梅小路生まれ。1950年第三高等学校卒業、1953年旧制京都大学文学部国文科卒業。1956年京都女子大学助教授、1957年、旧制京都大学大学院退学。1963年大阪女子大学助教授、1969年同教授。1985年7月22日急逝。没後、正四位勲三等瑞宝章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
鈴木 昭一(すずき しょういち、1927年4月5日 - 20… 鈴木 昭一(すずき しょういち、1927年4月5日 - 2026年4月13日)は、国文学者。帝塚山短期大学名誉教授。 台湾生まれ。1951年京都大学文学部国文科卒。奈良県立郡山高等学校・奈良県立郡山農業高等学校・奈良県立奈良商業高等学校教諭、天理大学・桜井女子短期大学非常勤講師、帝塚山短期大学助教授・教授・図書館長、1997年定年退任、名誉教授、藤村記念館館長。島崎藤村を研究した。
北川 忠彦(きたがわ ただひこ、1927年1月27日 - 1… 北川 忠彦(きたがわ ただひこ、1927年1月27日 - 1994年4月3日)は、日本の国文学者。専攻は能・狂言研究。 愛媛県松山市出身。京都大学文学部卒業。愛媛大学助教授、立命館大学助教授、天理大学教授、京都女子大学教授、龍谷大学教授を歴任。1994年4月3日、膵臓癌のため死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
奥村 恒哉(おくむら つねや、1927年1月25日 - 19… 奥村 恒哉(おくむら つねや、1927年1月25日 - 1991年)は、日本の国文学者。専攻は平安時代文学。 京都府宇治市生まれ。島根県出身。松江高等学校を経て、京都大学文学部卒業。和歌を中心に研究。鹿児島県立短期大学教授を長年務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。 項目が小説家・作家の場合には {{Writer-stub}} を、文学作品以外の本・雑誌の場合には {{Book-stub}} を貼り付けてください。
八木 浩(やぎ ひろし、1927年 - 1986年4月4日)… 八木 浩(やぎ ひろし、1927年 - 1986年4月4日)は、日本のドイツ文学者、詩人。元大阪外国語大学教授。 大阪府生まれ。1946年大阪明星高校卒業。1950年京都大学文学部ドイツ文学科卒業。1952年大阪外国語大学講師、助教授、教授(1972年)。 大阪外国語大学学生課長、同付属図書館長。日本独文学会理事、阪神ドイツ文学会幹事、クヴェレ会(ドイツ文学研究グループ)会員。劇団「潮流」、劇団「どろ」と協同活動、ワイマル友の会会長、日本原水協全国理事、大阪原水協理事長、大阪平和を守る会理事。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
三木 正之(みき まさゆき、1926年11月29日 - 20… 三木 正之(みき まさゆき、1926年11月29日 - 2018年7月13日)は、日本のドイツ文学者・哲学者、神戸大学名誉教授。 大阪府生まれ。京都大学文学部独文科卒業。鹿児島大学講師、神戸大学教養部助教授、文学部教授、90年定年退官、名誉教授、関西外国語大学教授。 2008年、瑞宝中綬章受章。 2018年7月13日、胃がんのため、神戸市須磨区の病院で死去、91歳。叙正四位。
平井 俊夫(ひらい としお、1926年10月28日 - 19… 平井 俊夫(ひらい としお、1926年10月28日 - 1993年10月20日)は、ドイツ文学者、京都大学文学部名誉教授。 1953年京大文学部卒。浪速大学助教授を経て、1969年京大文学部独文科助教授、1976年主任教授、1990年定年退官。 トラークルを研究していたが、その後ゲーテ研究に移る。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
島津 忠夫(しまづ ただお、1926年9月18日 - 201… 島津 忠夫(しまづ ただお、1926年9月18日 - 2016年4月16日)は、日本の国文学者。瑞宝中綬章受章。 1926年、大阪府大阪市生まれ。住吉中学校、大阪第一師範学校を経て、京都大学文学部に進学。1950年、同大学を卒業。 卒業後は、市岡高校、住吉高校で教諭を務め、その後、佐賀大学文理学部助教授に就いた。愛知県立大学助教授に転じ、後に教授に昇任。その後、大阪大学教授に就任。1978年、学位論文『連歌史の研究』を大阪大学に提出して文学博士の学位を取得。大阪大学を退任後は、名誉教授となった。その後は武庫川女子大学で教鞭をとった。 自身も歌人として歌を詠み、歌誌『マグマ』、『日本歌人』に所属。
渡辺 実(わたなべ みのる、1926年8月19日 - 201… 渡辺 実(わたなべ みのる、1926年8月19日 - 2019年12月6日)は、日本の国語学者・国文学者。京都大学名誉教授。文学博士。 京都市生まれ。1948年、京都大学文学部卒業。1962年、「国語構文論」で文学博士(京都大学)。大阪女子大学助教授、京都大学教養部助教授、教授、1985年退官、名誉教授、上智大学教授、1997年退任。1991年6月から3年間、国語学会代表理事を務めた。 2019年12月6日20時56分、肺炎のため、神奈川県藤沢市の病院で死去。93歳没。
小暮 智一(こぐれ ともかず、1926年6月10日 - 20… 小暮 智一(こぐれ ともかず、1926年6月10日 - 2025年5月22日)は、日本の天文学者。専門は天体物理学、天体分光学。京都大学名誉教授。美星天文台名誉台長。第35代日本天文学会理事長。群馬県桐生市出身。 1926年群馬県桐生市生まれ。父は開業医。9人兄弟。桐生市立昭和尋常高等小学校、旧制・群馬県立桐生中学校、旧制・浦和高等学校(理科甲類)を経て、1950年に京都大学理学部(宇宙物理学専攻)を卒業。数少ない同期の一人に寿岳潤がいた。大学卒業後、大阪市立高校で数学、京都府立高校で地学の高等学校教員を務める。 1961年京都大学理学部助手。1969年茨城大学理学部助教授。1969年茨城大学理学部教授。
植野 修司(うえの しゅうじ、1926年3月1日 - 200… 植野 修司(うえの しゅうじ、1926年3月1日 - 2008年5月13日)は、日本のロシア文学者。京都大学名誉教授。文学博士。 滋賀県出身。1949年3月京都大学文学部言語学科卒。同年8月、同大学院博士課程満期退学、同月京都大学第三高等学校講師。1950年3月京都大学講師(吉田分校,兼ねて宇治分校勤務)、1956年4月同教養部助教授、1967年「ロシア諸年代記に於ける「過ぎし年月の物語」研究」で京大文学博士。1968年4月同教授。1989年定年退官、名誉教授。 日本ロシア文学会の創設に参画し、理事や関西支部長を歴任した。日本におけるロシア文学研究と、ロシア語教育をリードした功績により、2006年11月、瑞宝中綬章を受賞。
清水 克彦(しみず かつひこ、1926年2月16日 - )は… 清水 克彦(しみず かつひこ、1926年2月16日 - )は、日本の国文学者、京都女子大学名誉教授。妻は国文学者で関西大学名誉教授の清水好子。 京都府出身。1948年京都帝国大学文学部国文科卒。京都女子大学講師、助教授、教授、91年定年退任、名誉教授、佛教大学教授。96年退職。『万葉集』を専門とする。
黒川 洋一(くろかわ よういち、1925年12月15日 - … 黒川 洋一(くろかわ よういち、1925年12月15日 - 2004年9月23日)は、日本の中国文学者。大阪大学名誉教授。 広島県出身。京都大学文学部中国文学科で、吉川幸次郎・小川環樹に師事。 四天王寺女子大学助教授、大阪大学教養部教授、1979年「杜甫の研究」で、京都大学より文学博士の学位を取得。89年定年退官、名誉教授、奈良女子大学教授。近世漢文学の研究論考もある。 2004年9月23日、肺炎のため死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
清水 茂(しみず しげる、1925年12月8日 - 2008… 清水 茂(しみず しげる、1925年12月8日 - 2008年2月3日)は、日本の中国文学者。京都大学名誉教授。 1925年、京都府宇治市で生まれた。京都大学文学部を卒業。同・大学院に進み吉川幸次郎に師事した。 1952年、京都大学文学部助手に採用された。以後、助教授、教授に昇格。師の吉川が手掛けた『水滸伝』の翻訳を引き継ぎ、長年かけ訳した。1989年に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。
源 哲麿(みなもと てつまろ、1925年11月21日 - 2… 源 哲麿(みなもと てつまろ、1925年11月21日 - 2020年3月30日)は、日本のドイツ文学者、専修大学名誉教授。中学校の社会科教員(勤務校:箕面市立第一中学校など)も務めた[要出典]。 島根県に生まれる。学徒出陣し、復員後京都帝国大学文学部哲学科を経て、同大学院(旧制)を修了する。[要出典] 専修大学文学部助教授を経て、経済学部教授に就任し、1996年に定年で退職、名誉教授となる。 この間、私生活では妻が胃癌を発症、その病床生活を綴った『青い水底で眠りたい ガン患者の病床覚書』を(共著として)1990年に刊行している。 2020年3月30日に死去(満94歳没)。
伊藤 博(いとう はく、1925年〈大正14年〉7月1日 -… 伊藤 博(いとう はく、1925年〈大正14年〉7月1日 - 2003年〈平成15年〉10月6日)は、日本の文学者(万葉学者)。筑波大学名誉教授。伊藤益(筑波大学名誉教授)は息子。 長野県上伊那郡高遠町(現伊那市)出身。1952年(昭和27年)京都大学文学部文学科卒業。斎藤茂吉の『萬葉秀歌』の影響により万葉集研究を志す。京都大学在学中、澤瀉久孝の下で『万葉集』などの上代文学を学ぶ。 専修大学助教授、筑波大学教授、共立女子大学学長等を歴任。その他には萬葉学会代表も務めた。 伊藤は、一首ごとに注釈を付けるという万葉研究の伝統的な研究手法に疑問を抱いており、万葉集は複数の歌からなる歌群によって構成され、全体で一つの物語となると考えていた。
武部 利男(たけべ としお、1925年2月11日 - 198… 武部 利男(たけべ としお、1925年2月11日 - 1981年2月22日)は、日本の古典中国文学者、漢文学者。 大阪市出身。京都大学文学部中国文学科卒、奈良女子大学助教授、福井大学教育学部教授、立命館大学文学部教授。在職中に56歳で死去。『Viking』同人。
多田 道太郎(ただ みちたろう、1924年12月2日 - 2… 多田 道太郎(ただ みちたろう、1924年12月2日 - 2007年12月2日)は、日本のフランス文学者・評論家。京都大学名誉教授。 1924年、京都府京都市で生まれた。京都大学文学部文学科に入学し、フランス語学フランス文学専攻で学び、1949年3月に卒業。 同1949年12月、京都大学人文科学研究所助手に採用された。1957年に同研究所講師、1965年8月に同研究所助教授に昇進。1976年6月には同研究所教授となり、西洋思想研究部門に所属した。1976年には、桑原武夫、鶴見俊輔、井上俊、津金沢聡広らと「現代風俗研究会」を創設し、のちに第2代会長を務めた(初代会長は桑原)。1988年3月に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。
高木 久雄(たかぎ ひさお、1924年10月14日 - 20… 高木 久雄(たかぎ ひさお、1924年10月14日 - 2014年8月31日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。京都大学名誉教授、京都外国語大学元学長。近代ドイツ文学専攻。 長野県岡谷市生まれ。長野県立諏訪中学校(現:長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)、一高を経て、1951年京都大学文学部卒、西京大学助教授、京都大学教養部助教授、1971年教授、1988年定年退官、名誉教授、京都外国語大学教授、1992年から1998年まで同大学及び短期大学学長、2000年に定年退職、名誉教授。 2014年8月31日、肺炎により京都市内の病院で死去。
清水 純一(しみず じゅんいち、1924年7月23日 - 1… 清水 純一(しみず じゅんいち、1924年7月23日 - 1988年11月1日)は、日本のイタリア文学者。京都大学名誉教授。専攻はイタリア・ルネサンス期文化(ルネサンス文学・哲学史)、特に異端とされたジョルダーノ・ブルーノを研究し、訳・紹介した。 1924年、福井県福井市生まれ。京都帝国大学に入学するも、学徒出陣経て、1949年京都大学文学部哲学科を卒業。同大学大学院を修了。イタリア・フィレンツェやロンドンに留学し、研鑽を積んだ。 帰国後は広島大学助教授に着任。1968年、京都大学文学部イタリア文学科助教授に転任し、1973年に教授昇進。後に文学部学部長として、学園紛争の処理に当たった。多くの後進を育成し、日本でのルネサンス研究をより幅広く多様なものにしたが、1988年に京都大学定年退官後、間もなく病没した。
生田 耕作(いくた こうさく、1924年(大正13年)7月7… 生田 耕作(いくた こうさく、1924年(大正13年)7月7日 - 1994年(平成6年)10月21日)は、日本のフランス文学者、評論家。京都大学名誉教授。雅号に「双蓮居」「鷹峰閑人」「敗荷」ほか。 京都祇園出身。曽祖父は、富山県と岐阜県境の平家谷、五箇山(現在、世界遺産の富山県南砺市五箇山)上平村、の初代村長・生田長四郎。 1947年大阪外事専門学校(現・大阪大学外国語学部)フランス科卒、1950年京都大学文学部仏文科卒。 フランス異端文学の紹介に努め、自らの著作を出版するプライベートプレス(私家版出版)「奢灞都館」(さばとやかた、「サバト館」と記される場合もあり)を監修、多くの著作を残した。
荒木 博之(あらき ひろゆき、1924年(大正13年)2月1… 荒木 博之(あらき ひろゆき、1924年(大正13年)2月14日 - 1999年(平成11年)12月10日)は、日本の英文学者、評論家。広島大学名誉教授。専門は、比較文化論、人類言語学、説話伝承論。位階は正四位。 東京に生まれる。1949年(昭和24年)、京都大学文学部英文科卒。1952年(昭和27年)、京都大学大学院文学研究科アメリカ文学専攻中退。1962年(昭和37年)、インディア大学大学院民俗学専攻博士課程単位取得退学。 福井大学講師、高知女子大学助教授、立命館大学教授、広島大学総合科学部教授、88年定年退官、名誉教授、宮崎公立大学教授。99年死去。死没日付をもって正四位に叙された。 「百合若大臣」が「オデュッセイア」の影響を受けたと主張した一人である。
前川 道介(まえかわ みちすけ、1923年9月2日 - 20… 前川 道介(まえかわ みちすけ、1923年9月2日 - 2010年6月11日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。同志社大学名誉教授。 京都市出身。京都大学文学部卒業。同大学院中退、1954年天理大学助教授、1956年西京大学助教授(1958年、京都府立大学に改称)、1967年同志社大学教授、1989年定年退任し名誉教授。 国書刊行会「ドイツ・ロマン派全集」責任編集を務めた。ドイツ文学の怪奇・幻想文学を多く翻訳し、評論を刊行した。 2001年春、勲三等瑞宝章を受章。2010年、呼吸不全により死去(没年86歳)。
杉井 六郎(すぎい むつろう、1923年6月13日 - 20… 杉井 六郎(すぎい むつろう、1923年6月13日 - 2011年10月8日)は、日本の人文学者。専門は日本キリスト教史。同志社大学名誉教授。 静岡県藤枝市生まれ。静岡県立静岡中学校卒業。1942年、第二早稲田高等学院入学、翌年3月退学。1943年、弘前高等学校 (旧制)文科二類入学、同年12月、学徒出陣により中部第三部隊に入隊。1947年、シンガポールより復員、弘前高校に復学。1949年、弘前高等学校文科乙類卒業。同年4月、京都大学文学部史学科国史学専攻入学、1952年、同専攻卒業。同年4月、京都大学大学院(旧制)入学。1961年3月、京都大学非常勤講師に就任するため大学院を退学。 1952年、京都府立園部高等学校教諭、1953年、同志社高等学校講師、1955年同校教諭。
森重 敏(もりしげ さとし、1922年10月15日 - 20… 森重 敏(もりしげ さとし、1922年10月15日 - 2007年5月28日)は、日本の国語学者、国文学者、奈良女子大学名誉教授。 鹿児島県鹿児島市生まれ。1945年京都帝国大学国文科卒。京都女子大学助教授、奈良女子大学助教授、教授、1986年定年退官、名誉教授、天理大学教授、1996年退任。 1999年、勲三等旭日中綬章を受章。2007年5月28日、肺癌のため死去。没後正四位叙勲。
吉井巌(よしい いわお、1922年 -1995年 )は、国文… 吉井巌(よしい いわお、1922年 -1995年 )は、国文学者。大阪に生まれる。京都大学文学部を卒業。国文学を専攻。帝塚山学院大学教授。 『古事記』を中心とした『記紀』系譜の研究が有名で、特に『上宮記』一伝にいう、継体天皇の父系の祖であるホムタワケが通常応神天皇とされるところを、垂仁天皇の子・誉津別命と解釈したことはよく知られる(『天皇の系譜と神話 二』)。また王朝交代説において応神天皇が始祖的な大王とされたのに対し、いち早く応神天皇の始祖性を否定する見解を示した(『天皇の系譜と神話 一』)。『ヤマトタケル』においては、ヤマトタケルの伝承のそれぞれがヤマトタケルの別名と密接に結びついていることに注目し、その名前に関連して述べられた伝承を1人の英雄像として統合する形で生まれたのが『記紀』におけるヤマトタケルであると論じた。