藤井 康男(ふじい やすお、1930年8月14日 - 199… 藤井 康男(ふじい やすお、1930年8月14日 - 1996年11月10日)は、日本の実業家、生化学者、文筆家。 東京都出身で、3代目得三郎(勝之助)の子。千葉大学薬学部卒業後に、大阪大学大学院理学研究科に進学。 1955年、家業の製薬会社龍角散に入社。1960年大阪大学理学博士。1963年龍角散社長。1967年から1977年まで北里大学助教授。1995年龍角散会長。 日本初の臨床試薬会社ヤトロン(現在のLSIメディエンス)の社長などを兼任。クラシック音楽に精通し、龍角散室内管弦楽団では自らソリストを担当した。千代田区教育委員も務めた。 息子の藤井隆太は、1995年から株式会社龍角散の社長に就任。
井村 哲夫(いむら てつお、1930年5月2日- )は、日本… 井村 哲夫(いむら てつお、1930年5月2日- )は、日本の国文学者、京都府立大学・京都外国語大学名誉教授。 大阪府生まれ。大阪大学文学部卒業。1963年関西大学大学院博士課程単位取得修了。園田学園女子大学助教授、教授、京都府立大学教授、同名誉教授・京都外国語大学教授をへて、同名誉教授。文学博士。『万葉集』が専門。『万葉集全注 巻第5』では万葉歌を五七五七七の短歌体で現代語訳する試みに取り組んだ。
元木 健(もとき けん、1930年3月31日 - )は、日本… 元木 健(もとき けん、1930年3月31日 - )は、日本の教育学者、同和教育研究者、大阪大学名誉教授。
金森 順次郎(かなもり じゅんじろう、1930年(昭和5年)… 金森 順次郎(かなもり じゅんじろう、1930年(昭和5年)3月7日 - 2012年(平成24年)11月13日)は、日本の物理学者、理学博士。大阪大学名誉教授。位階は従三位。 第13代大阪大学総長、財団法人国際高等研究所所長、財団法人国際高等研究所上級研究員、財団法人山田科学振興財団理事長を務めた。 大阪市出身。近畿日本鉄道(近鉄)の実質的な創業者の一族に生まれたが、順次郎は嫡流でなかったこともあり、学界へと進んだ。
更田 豊治郎(ふけた とよじろう、1930年2月10日 - … 更田 豊治郎(ふけた とよじろう、1930年2月10日 - 2016年2月29日)は、日本の物理学者。第2代原子力規制委員会委員長の更田豊志は子。 上海生まれ。1953年3月、大阪大学理学部物理学科卒業。1957年1月、大阪大学大学院理学研究科博士課程中退。日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)に入所。1989年1月、副理事長。1993年退職。 1961年6月8日、大阪大学より理学博士号取得。 一般社団法人日本原子力学会副会長、財団法人原子力データセンター(現高度情報科学技術研究機構)理事長、財団法人環境科学技術研究所会長、財団法人日本海洋科学振興財団理事長を歴任した。 2000年、勲三等旭日中綬章を受章。
大西 俊一(おおにし しゅんいち、1930年 - ) は、日… 大西 俊一(おおにし しゅんいち、1930年 - ) は、日本の生物物理学者。京都大学名誉教授。元日本生物物理学会会長。 1953年大阪大学理学部卒業。レーヨン会社からの内定が取り消され、1957年に日本放射線高分子研究協会大阪研究所研究員となった。1961年大阪大学理学博士。1963年京都大学理学部助教授。1964年フルブライト奨学金でスタンフォード大学に留学。1966年帰国。1968年京都大学理学部教授。1988年日本生物物理学会会長。1993年退職、京都大学名誉教授、龍谷大学教授。1998年退職。 1985年内藤記念科学振興賞受賞。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
花房 秀三郎(はなふさ ひでさぶろう、1929年12月1日 … 花房 秀三郎(はなふさ ひでさぶろう、1929年12月1日 - 2009年3月15日)は日本のウイルス学者。ロックフェラー大学名誉教授、大阪バイオサイエンス研究所名誉所長。兵庫県西宮市生まれ。 ニワトリにがんを起こす「ラウス肉腫ウイルス」を使った研究で、正常な細胞の中にがん遺伝子の原形が存在し、それをウイルスが取り込み、がんを引き起こす遺伝子(がん遺伝子)に作りかえることを実証した。また、複数のがん遺伝子に共通する構造も見つけた。がんは細胞の遺伝子変異で起きるという発がんの基本的な概念を確立した。
尾崎 敏(おざき さとし、1929年7月4日 - 2017年… 尾崎 敏(おざき さとし、1929年7月4日 - 2017年7月22日)は、アメリカ合衆国の物理学者(高エネルギー物理学・素粒子分光学・ハドロン分光学)。勲等は瑞宝中綬章。学位はPh.D.(マサチューセッツ工科大学・1959年)。大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構名誉教授、ブルックヘブン国立研究所名誉専任教授。 マサチューセッツ工科大学研究助手、ブルックヘブン国立研究所教授、ブルックヘブン国立研究所専任教授、高エネルギー物理学研究所物理研究系教授、高エネルギー物理学研究所物理研究系研究主幹、高エネルギー物理学研究所トリスタン計画推進部衝突ビーム測定器研究系研究主幹、高エネルギー物理学研究所トリスタン計画推進部研究総主幹、高エネルギー物理学研究所加速器研究部研究総主幹、ブルックヘブン国立研究所NSLS計画加速器システム部部長、ブルックヘブン国立研究所所長上席顧問などを歴任した。
熊谷 信昭(くまがい のぶあき、1929年(昭和4年)5月1… 熊谷 信昭(くまがい のぶあき、1929年(昭和4年)5月19日 - 2018年(平成30年)1月21日)は、日本の工学者。専門は電子・通信工学、電磁波工学。工学博士。大阪大学名誉教授。文化功労者。位階は従三位。 旧関東州旅順市生まれ。第12代大阪大学総長、兵庫県立大学初代学長、国際電気通信基礎技術研究所会長、科学技術会議(現総合科学技術会議)議員などを歴任。日本学士院賞、瑞宝大綬章などを受賞。 研究活動としては、一貫して新しい電磁波論の開拓と電磁波の工学的応用に関する研究を推進し、近代電磁波論の発展と、今日、電磁波工学とよばれている重要な工学の分野の学問・技術の確立に貢献した。 電磁波論の研究における特筆すべき業績としては、世界に先駆けて相対論的電磁波論に関する一連の研究を創始し、従来の定説や常識を覆す数々の興味ある電磁現象や多くの重要な学術的新知見を次々に見出して国内外の学界に大きな論議をまき起こし、この分野の世界的な研究活発化の端緒を開いたほか、多くの有用な電磁界解析技法を考案・開発するなど新しい電磁波論の発展に寄与し、電磁波の各種の工学的応用への基礎を拓いた。
木原弘二(きはら ひろじ、1929年2月5日- )は、日本の… 木原弘二(きはら ひろじ、1929年2月5日- )は、日本の生化学者、慶応義塾大学名誉教授。 京都府出身。1951年大阪大学理学部化学科卒、医学博士。大阪市立大学理工学部講師、1963年慶應義塾大学医学部助教授、教授となる。95年定年、名誉教授。
秦野 節司(はたの さだし、1929年 - 2022年2月3… 秦野 節司(はたの さだし、1929年 - 2022年2月3日)は、日本の生物学者。1966年、動物の筋肉以外から世界で初めてアクチンの単離に成功した。名古屋大学名誉教授。理学博士。神谷宣郎、大沢文夫 の直弟子。2022年2月3日死去。叙従四位、瑞宝中綬章追贈。 研究室の大沢文夫教授は、アクチンが生物運動の基本的要素と考えていた。1966年、大沢研究室の助手だった秦野節司は植物の細胞質流動はアクチンが担っていると考え、真正粘菌からアクチンの単離に成功した 。つまり、動物の筋肉以外から世界で初めてアクチンの単離に成功したのである。 この非筋アクチンは、原形質流動だけでなく、細胞分裂や細胞移動にも機能することがわかり、細胞運動の分子機構の解明は大きく前進した。
山中 永之佑(やまなか えいのすけ、1928年(昭和3年)1… 山中 永之佑(やまなか えいのすけ、1928年(昭和3年)12月12日 - )は、日本の法制史学者、大阪大学名誉教授。日本近代法制史が専門。 大阪府生まれ。1953年大阪大学法経学部法学科卒、大学院に進む。 1957年大阪大学法学部助手、1961年8月同講師、1965年1月同助教授、1970年3月同教授。1975年「日本近代国家の統治機構の法的構造に関する研究」で、法学博士(大阪大学)の学位を取得。1983-1985年法学部長、1988年日本学術会議会員、1992年阪大を定年退官、名誉教授、追手門学院大学経済学部教授、1995年経営学部教授。2000年退職。 2008年瑞宝中綬章受章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
荻野 泰正(おぎの やすまさ、1928年8月30日 - )は… 荻野 泰正(おぎの やすまさ、1928年8月30日 - )は、日本の電気工学者。工学博士。大阪工業大学工学部電気工学科元教授・電気クラブ初代会長。元電気工学教室担当。電気学会関西支部元評議員・会計幹事。第3回日本ロボット学会学術講演会1985実行委員。 専門は、電気回路・電気工学、電力工学(インバータ/コンバータ)・パワーエレクトロニクス(特に誘導電動機 /リニアモータ)、ロボット・メカトロニクス。 1952年大阪工業大学工学部電気工学科卒業(第1期生)。1957年大阪大学大学院工学研究科修士課程修了、工学修士(大阪大学)。1959年大阪工業大学工学部電気工学科に着任、電気工学教室を担当。その後、講師、助教授を経て、同学科教授、工学博士。
石田 喜久夫(いしだ きくお、1928年7月11日 - 20… 石田 喜久夫(いしだ きくお、1928年7月11日 - 2001年6月30日)は、日本の法学者。専門は民法。学位は、法学博士(神戸大学・論文博士・1980年)。神戸大学名誉教授、京都学園大学名誉教授。京都市出身。 1948年第三高等学校文科乙類卒業。1951年大阪大学法経学部卒業。同法経学部助手。1956年大阪大学法学部専任講師。1961年大阪市立大学経済学部助教授。1968年大阪市立大学経済学部教授。1969年神戸大学法学部教授。1975年神戸大学評議員。1980年神戸大学より法学博士の学位を取得。 1990年経済企画庁消費者保護功労者表彰。1991年3月31日神戸大学定年退官。同名誉教授。京都学園大学法学部教授。
安岡 重明(やすおか しげあき、1928年7月5日 - 20… 安岡 重明(やすおか しげあき、1928年7月5日 - 2017年6月12日)は、日本の経済学者・経営学者・歴史学者。同志社大学名誉教授。専門は、日本経済史・経営史。学位は、経済学博士(大阪大学・1959年)。近世経済史研究を皮切りに、主に近現代経済史・経営史特に三井財閥に関する研究で知られる。 大阪府大阪市出身。1953年大阪大学経済学部卒業。1959年同大学院博士課程修了、経済学博士の学位を授与される。同年同志社大学助手。1967年同大学教授。1980年同大学商学部長。1986年同大学教務部長を経て1999年同大学名誉教授。 2009年4月瑞宝中綬章受章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
市原 明(いちはら あきら、1928年(昭和3年)6月20日… 市原 明(いちはら あきら、1928年(昭和3年)6月20日 - 2018年(平成30年)11月20日)は、日本の医学者(酵素病理学者)である。医学博士。 大阪市出身。市原硬大阪大学名誉教授の子。1952年(昭和27年)大阪大学医学部を卒業。1954年(昭和29年)から1957年(昭和32年)までアメリカに留学し、カルフォルニア大学、ジョンズ・ホプキンズ大学で学んだ。 1959年(昭和34年)大阪大学歯学部助教授に就任。1965年(昭和40年)徳島大学医学部教授に転じた。同大酵素科学研究センター長を務め、名誉教授となった。指導学生に田中啓二がいる。 この項目は、医学に関連した書きかけの項目です。
岡村 宏一(おかむら ひろかず、1928年3月29日 - )… 岡村 宏一(おかむら ひろかず、1928年3月29日 - )は、日本の土木工学者。工学博士(大阪市立大学)。大阪工業大学名誉教授・構造実験センター(現:八幡工学実験場)第2代所長。 専門は、構造解析、構造工学(複合構造・コンクリート工学)、建設システム工学・橋梁工学、社会基盤マネジメント・維持管理工学。 1952年大阪大学工学部構築工学科卒業。のちに、大阪市立大学(現:大阪公立大学)大学院にて工学博士(大阪市立大学)。同大学工学部助手などを経て、1962年大阪工業大学工学部土木工学科講師、土木工学教室を担当。1965年同学科助教授。同学科教授を経て、1988年大阪工業大学構造実験センター(現:八幡工学実験場)第2代所長(初代所長は伊藤冨雄)。
高橋 理明(たかはし みちあき、1928年2月17日 - 2… 高橋 理明(たかはし みちあき、1928年2月17日 - 2013年12月16日)は、日本の医学者。専門分野はウイルス学。大阪大学名誉教授。日本ウイルス学会名誉会員。 主な業績として水痘生ワクチンの開発がある。 趣味は音楽鑑賞、歴史書散策など。 教え子に近藤一博(ウイルス学、慈恵医大名誉教授)など他多数。 日本ワクチン学会高橋賞は、高橋理明の開発した水痘ワクチンがほぼ全世界で実用化されたことを記念し、財団法人阪大微生物病研究会により創設された賞である。創設にあたり、同財団より高橋記念基金が日本ワクチン学会に寄贈された。日本ワクチン学会高橋賞は、同学会の創立趣旨に沿って、学問的・実学的に卓越した貢献をした者を授賞の対象とする。
大塚 滋(おおつか しげる、1928年2月1日 - 2023… 大塚 滋(おおつか しげる、1928年2月1日 - 2023年8月8日)は、日本の食品化学者、食物史研究者、『文学雑誌』同人。元武庫川女子大学教授。専攻は食文化論、食品化学。 新潟県生まれ。大阪大学理学部卒。1961年「肝臓ニトロ基還元酵素系に関する研究」で理学博士。大阪府立大学助教授、東洋食品工業短期大学教授、米国マサチューセッツ州ウースター生物学研究所研究員、武庫川女子大学教授、同生活美学研究所研究員、1998年退職。 2023年8月8日死去。95歳没。
杉本 龍太郎(すぎもと りゅうたろう、1928年 - )は、… 杉本 龍太郎(すぎもと りゅうたろう、1928年 - )は、英文学者、大阪女子大学名誉教授。 大阪生まれ。大阪帝国大学文学部英文科卒、同大学院修士課程修了、大阪大学助手、関西学院大学文学部講師、大阪市立大学文学部助教授、大阪女子大学教授、92年定年退官、名誉教授、広島女学院大学教授。英国の形而上詩が専門。
矢澤 一彦(やざわ かずひこ、1928年 - 没年不明)は、… 矢澤 一彦(やざわ かずひこ、1928年 - 没年不明)は、日本の工学博士。電気通信大学名誉教授。専門は電子工学(電子デバイス、電子材料物性、エネルギー変換)。長野県出身。
眞鍋 禮三(まなべ れいぞう、1928年 - 2021年7月… 眞鍋 禮三(まなべ れいぞう、1928年 - 2021年7月19日)は、日本の医学者・眼科医。専門は、角膜移植を中心に視覚生理学分野。大阪大学名誉教授。 香川県三豊郡下高瀬村(現 三豊市三野町)出身。旧制香川県立三豊中学校、旧制松山高等学校を経て、大阪大学医学部卒業。 1954年(昭和29年)大阪大学医学部卒業。同大大学院修了後、同大眼科学教室 に入局。1963年(昭和38年)ミュンヘン大学留学、1969年(昭和44年)ボストンの眼研究所留学を経て、1974年(昭和49年)大阪大学医学部脳神経感覚器外科学(眼科学)講座教授に就任。 初期の研究分野は電気生理であったが、留学したボストンで初めて角膜の研究に従事し、角膜に含まれる「水」の問題、コラゲナーゼ、フィブロネクチン、ヘルペス感染症などに関する多くの業績をおさめて現在の日本角膜学会の基礎を作った。
岩田 平太郎(いわた へいたろう、1927年 <昭和2年> … 岩田 平太郎(いわた へいたろう、1927年 <昭和2年> 12月22日 - 2009年 <平成21年> 4月19日)は、日本の神経薬理学者。大阪大学名誉教授。妻は水墨画家の岩田咲子、長男は応用昆虫学者の岩田隆太郎。曾祖父の弟は実業家の岩田惣三郎。位階は従三位。 大阪府大阪市天王寺区生まれ。大阪大学医学部1951年卒業。1956年大阪大学医学博士。 奈良県立医科大学助手、名古屋市立大学医学部助教授、大阪大学薬学部教授を歴任。 タウリンなどの神経薬理作用の研究などを行う。 関西探偵作家クラブ会員としてラジオドラマなどの執筆も行い、白井 竜三のペンネームによる「渦の記憶」で1960年6月、「クラボウ・ミステリ・影」入選[6]。
松中 昭一(まつなか しょういち、1927年9月8日 - 2… 松中 昭一(まつなか しょういち、1927年9月8日 - 2014年3月20日)は、日本の農学者。 三重県出身。大阪大学工学部発酵工学科卒、同大学院博士課程満期退学、1961年東京大学農学博士。農林省農業技術研究所技官、生理遺伝部生理第1科生理第6研究室長、所長、1978年神戸大学農学部教授、1991年定年退官、名誉教授、関西大学工学部教授。1988-1989年日本雑草学会会長。日本農薬学会会長、日本学術会議会員。日本農薬学会業績賞(1978年)、アメリカ雑草学会名誉賞(1983年)、日本農学賞(1988年)、科学技術庁長官賞(1997年)、1998年紫綬褒章受勲。
能澤 正雄(のざわ まさお、1927年5月6日 - 2019… 能澤 正雄(のざわ まさお、1927年5月6日 - 2019年7月15日)は、日本の原子力工学者。理学博士(1962年)。元日本原子力研究所理事。元高度情報科学技術研究機構顧問。日本工学アカデミー会員。 1927年生まれ。1945年、都島工業学校(現・大阪府立都島工業高等学校卒業。同年4月、阪大理学部に併設されていた大阪臨時教員養成所に入るが、6月に赤紙を受取り独立工兵隊に配属、和歌山県紀ノ川の川口付近に配置される。終戦を経て臨時教員養成所を卒業した後1951年3月、大阪大学理学部物理学科卒業。大学では菊池正士の研究室に所属した。1960年2月、大阪大学理学部助教授となる。武田栄一から移籍の要請をうけ、同年4月、日本原子力研究所入所。
竹内 郁夫(たけうち いくお、1927年4月21日 - )は… 竹内 郁夫(たけうち いくお、1927年4月21日 - )は、日本の植物学者、京都大学名誉教授。元岡崎国立共同研究機構機構長。 専門は、細胞性粘菌。細胞が分化していく過程を追う方法を国内で定着させ、発生生物学に大きく貢献している。 兵庫県出身。1950年大阪大学理学部卒。プリンストン大学大学院修了。
阪口 清和(さかぐち きよかず、1927年2月6日 - )は… 阪口 清和(さかぐち きよかず、1927年2月6日 - )は、日本の電気工学・半導体工学者。大阪工業大学名誉教授。元電気工学教室担当。工学博士(大阪大学)。 専門は、電気材料・材料物性工学(特に絶縁破壊)・半導体工学、光工学。 旧制大阪府立淀川工業専門学校(のちの大阪府立大学)卒業。1962年大阪大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士(大阪大学)。同年、大阪工業大学工学部電気工学科に着任し、電気工学教室を担当。同学科教授などを経て、1997年同大学名誉教授。 大阪工業大学工学部電気工学科にて30年以上の長きに渡り教鞭を執り、特に初期の電気材料・半導体工学の研究・育成に貢献した。 主な所属学会は、電気学会、日本物理学会、応用物理学会など。
今村勤(いまむら つとむ、1927年 - )は、日本の物理学… 今村勤(いまむら つとむ、1927年 - )は、日本の物理学者。関西学院大学名誉教授。 1927年生まれ。大阪大学理学部物理学科卒業。1957年 大阪大学 理学博士。同大学助教授を経て、1961年から関西学院大学理学部教授。この間ボストン大学講師、ノースカロライナ大学客員準教授などを歴任。2006年秋の叙勲において「瑞宝中綬章」を受章。大学生・専門家向けの物理数学に関する教科書を多数執筆している。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
納谷嘉信(なやたに よしのぶ、1927年- 2009年5月2… 納谷嘉信(なやたに よしのぶ、1927年- 2009年5月29日)は大阪電気通信大学名誉教授。兵庫県出身。色彩学の広範な研究分野で多大な功績を残したことで知られる。 1951年、大阪大学工学部電気工学科を卒業。1961年、大阪大学で工学博士を取得。 1984年から1986年の間、日本色彩学会の会長を務めた。1997年に日本で開催された第8回国際色彩学会(AIC)の京都大会では組織委員長を務めた。
杉浦 寅彦(すぎうら とらひこ、1926年12月8日 - )… 杉浦 寅彦(すぎうら とらひこ、1926年12月8日 - )は、日本の電気・電子工学者。大阪工業大学名誉教授、電子クラブ名誉顧問。工学博士(大阪大学)。元大阪工業大学短期大学部長・中央研究所計算センター長。 専門は、通信工学・無線工学・電波工学(特にマイクロ波)、信号処理・パターン認識・ファジィ理論。 1948年大阪大学工学部通信工学科卒業。1957年同大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士(大阪大学)。1953年大阪工業大学工学部電気工学科(現:電気電子システム工学科)に着任。1958年同学科教授。その後、新設の電子工学科(現:電子情報システム工学科)教授として異動。1982年同大学図書館長。
奥田節夫(おくだ せつお、1926年10月16日 - 201… 奥田節夫(おくだ せつお、1926年10月16日 - 2017年6月2日)は、日本の地球物理学者。京都大学名誉教授。 岡山県出身。1948年大阪大学理学部卒業後、高校講師や岡山大学理学部助教授などを務めた。 その後、1963年より京都大学防災研究所で助教授、1964年1月に教授となる。陸水学、地球物理学的見地から防災や環境について研究を行った。奥西一夫、諏訪浩らと進められた焼岳における土石流の観測の研究は国際的に高い評価を得ている。1985年から1987年まで同所長を務めた後、定年を待たずに1988年に退官した。 その後、岡山理科大学に移り研究を続けた。岡山理科大学定年後は、NPOで河口、沿岸海域の調査研究を進めた。
藤田 廣志(ふじた ひろし、1926年9月7日 - 2008… 藤田 廣志(ふじた ひろし、1926年9月7日 - 2008年11月17日 )は、日本の金属工学者。専門は、電子顕微鏡による材料物性の研究。博士(工学)。大阪大学名誉教授。 香川県出身。旧制香川県立三豊中学校、徳島高等工業学校機械工学科を経て、大阪大学工学部冶金学科卒業。同大学大学院工学研究科金属物性専攻修了。 大阪大学産業科学研究所では、アルミニウムの再結晶における転位の挙動を電子顕微鏡によって調査を行い、再結晶機構のモデル「サブグレイン・コアレッセンス」を提唱する。電子顕微鏡を用いることによって、初めてサブミクロンスケールの内部組織と直接対応づけて調べた研究として高い評価を受けた。 科学技術庁金属材料技術研究所では、電子顕微鏡の中で種々の条件を現出できる世界で初めての本格的な材料科学研究用の500kV超高圧電子顕微鏡を開発した。
中野 董夫(なかの ただお、1926年6月18日 - 200… 中野 董夫(なかの ただお、1926年6月18日 - 2004年8月15日)は、日本の物理学者。大阪市立大学名誉教授、大阪市立科学館初代館長。 生前、西島和彦とともに1961年および1970年のノーベル物理学賞の共同受賞の候補に挙がっていたものの、受賞を逸している。 東京都出身。1948年大阪大学理学部物理学科卒業。1950年に大阪市立大学理工学部に助手として着任し、教授の南部陽一郎、助教授の早川幸男、講師の山口嘉夫、助手の西島和彦とともに理論物理学のグループを立ち上げた。1953年には西島とともに中野・西島・ゲルマンの法則を提唱。 1990年に大阪市立大学を定年退官した後は、大阪市立科学館の初代館長に就任した。
池辺 義教(いけべ よしのり、1926年-2016年)は、大… 池辺 義教(いけべ よしのり、1926年-2016年)は、大阪府出身の、日本の哲学者、奈良県立医科大学名誉教授。 大阪府生まれ。1953年大阪大学文学部哲学科卒、58年同大学院(旧制)修了、奈良県立医科大学教授(人文学)。90年定年退官、名誉教授、大谷女子短期大学教授。
大庭 浩(おおば ひろし、1925年12月6日 - 2003… 大庭 浩(おおば ひろし、1925年12月6日 - 2003年12月24日)は、日本の実業家、工学博士。川崎重工業社長、会長を務めた。 静岡県掛川市出身。1948年に大阪大学工学部を卒業し、同年に川崎重工業に入社した。1980年6月に取締役に就任し、1983年6月に常務、1985年6月に専務を経て、1986年6月に副社長に就任し、1987年6月には社長に昇格した。在任中は、工場の統廃合や品質保証運動をなどを進めていくことで、経営基盤を再建し、創業100周年の年である1996年には売上高1兆円を達成した。1996年6月には会長も兼任し、1997年6月に会長に専任し、2000年6月に相談役名誉会長を経て、2001年6月には相談役に就任。
木村 重信(きむら しげのぶ、1925年8月10日 - 20… 木村 重信(きむら しげのぶ、1925年8月10日 - 2017年1月30日)は、日本の美術学者(民族芸術学・近現代美術史)。大阪大学名誉教授、京都市立芸術大学名誉教授、兵庫県立美術館名誉館長。位階は従四位。勲等は勲三等。京都市立美術大学美術学部教授、大阪大学文学部教授、国立国際美術館館長、兵庫県立美術館館長などを務めた。 1925年、京都府綴喜郡青谷村(現:城陽市)の宇治茶問屋・丸京山城園製茶場の経営者であった木村重太郎とトヨの二男として出生。姉、兄、弟、妹6人兄弟の3番目であった。青谷小学校を経て、京都市立第一商業学校を優等生で卒業。優等賞として寺内製の腕時計を授与された。1943年4月に名古屋高等商業学校に入学、在学中の1944年4月1日に名古屋経済専門学校と改称され、学徒動員により繰上げ卒業となった。
栗山 仙之助(くりやま せんのすけ、1925年8月4日 - … 栗山 仙之助(くりやま せんのすけ、1925年8月4日 - )は、日本の経営工学・経営学者。大阪工業大学名誉教授・第3代工経会会長、青藍会初代会長・名誉会長。工学博士(大阪大学)・経営学博士(大阪市立大学)。元摂南大学学長。日本学術会議経営情報研究連絡委員会1996委員長・第18期情報技術革新と経済・社会特別委員会元委員。日本経営工学会(JIMA)第21期会長・名誉会員。日本情報経営学会(JSIM)元副会長・名誉会員。国際経営工学会連合名誉理事。経営行動学会理事。日本データプロセシング協会常任理事。日本セキュリティマネジメント学会副会長。瑞宝中綬章受章。 専門は、経営工学・経営情報学、経営学・経営管理、技術経営(MOT)・技術マネジメント(特にSIS、CIM・MRP、OA、FA)、社会システム工学、経済工学・マーケティング科学。
佐藤 次彦(さとう つぎひこ、1925年7月29日 - 20… 佐藤 次彦(さとう つぎひこ、1925年7月29日 - 2001年)は、日本の機械工学者。大阪工業大学第7代学長・名誉教授。工学博士(大阪大学)。溶接学会抵抗溶接研究委員会(現:軽構造接合加工研究委員会)初代委員長。 専門は、熱工学・溶接工学・接合工学、金属工学・溶接/接合システム工学。 福岡県出身。福岡県中学修猷館を経て、大阪帝国大学工学部機械工学科卒業。のちに、大阪大学大学院工学研究科にて工学博士。1957年大阪工業大学工学部機械工学科に着任、機械工学教室を担当。助教授、教授などを経て、1983年同大学学長。1995年大阪工業大学名誉教授。 大阪工業大学工学部機械工学科にて35年以上の長きに渡り教鞭を執り、特に初期の溶接工学・溶接/接合システム工学の研究育成に貢献した。
川野 洋(かわの ひろし、1925年4月14日 − 2012… 川野 洋(かわの ひろし、1925年4月14日 − 2012年12月18日)は、日本の哲学者、美学者。文学博士(大阪大学、1986年)。東京都立科学技術大学名誉教授、東北芸術工科大学名誉教授。 旧満州国撫順市生まれ。鹿児島県立加治木中学校 (旧制)および第七高等学校造士館 (旧制)卒業。1951年東京大学文学部哲学科卒業、 1955年東京大学助手、1961年東京都立航空工業短期大学講師(1965年助教授)、1971年東京都立工科短期大学教授、1986年東京都立科学技術大学(現・東京都立大学)教授、1990年長野大学教授、1994年東北芸術工科大学教授。 1990年東京都立科学技術大学名誉教授、1996年東北芸術工科大学名誉教授。
砂川 重信(すなかわ しげのぶ、1925年3月15日 - 1… 砂川 重信(すなかわ しげのぶ、1925年3月15日 - 1998年8月7日)は、日本の理論物理学者。大阪大学名誉教授。 1925年、東京に生まれる。大阪大学理学部物理学科卒業。1960年大阪大学助教授、1963年東北大学教授を経て、1966年大阪大学教授になる。その後、1988年に退官して同大学名誉教授になる。 数多くの物理学の書物を著した。 1998年8月7日、腎不全のため逝去。享年73。
濵田 實(はまだ みのる、1924年(大正13年)7月5日 … 濵田 實(はまだ みのる、1924年(大正13年)7月5日 - 2012年(平成24年)11月7日)は、日本の工学者。工学博士。 大阪大学名誉教授。元徳島工業短期大学学長。阿南工業高等専門学校名誉教授。日本機械学会名誉会員。勲二等瑞宝章受章。大阪帝国大学工学部卒業。大阪府出身。 大阪府出身。大阪帝国大学工学部卒業。大阪大学工学部の教授を経て1987年(昭和62年)に阿南工業高等専門学校校長に就任。1994年(平成6年)より徳島工業短期大学学長に就任。 勲二等瑞宝章を受章し、日本機械学会名誉会員となる。 2012年(平成24年)11月7日、死去。享年88。 近藤安次郎 1943-1990 | 近藤吉克 1990-2009 | 近藤孝造 2009-2022 | 和田博文 2022-現在 近藤安次郎 | 濱田實 | 宮本俊助 | 近藤康夫 | 山本哲彦 2007-2013 | 宮城勢治 2013-2021 | 多田博夫 2021-現職 徳島工業短期大学の人物一覧 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
芝 哲夫(しばてつお、1924年〈大正13年〉6月17日 -… 芝 哲夫(しばてつお、1924年〈大正13年〉6月17日 - 2010年〈平成22年〉9月28日 )は、日本の化学者。専門は天然物有機化学、生物有機化学。大阪大学名誉教授。理学博士。 1924年6月17日、広島県尾道市にて生まれた。1946年に大阪帝国大学理学部化学科を卒業後、1949年に同大学院理学研究科の旧制度を修了した。1959年に大阪大学から理学博士号を取得した。論題は『グルタミン酸ペプチドの研究』である。1950年に大阪大学理学部の助手に着任し、1960年にアメリカ国立衛生研究所に留学した。1962年に大阪大学理学部の助教授に着任し、1971年に同大学の教授に昇進した。 1982年に「生体機能解明のためのペプチド、糖に関する有機合成研究」で第34回日本化学会賞を受賞し、細菌毒素の研究で知られる。
荒田 吉明(あらた よしあき、1924年5月22日 - 20… 荒田 吉明(あらた よしあき、1924年5月22日 - 2018年6月5日)は、日本の金属工学者。工学博士。大阪大学名誉教授。日本学士院会員。高温学会会長。世界的に未解明だった熱加工特性を解明し、国際的に新しい「高温科学」の体系を確立した人物。2004年、瑞宝重光章受章。2006年、文化勲章受章。京都府生まれ。 荒田吉明は、世界的に未解明だった熱加工特性を解明し、「超高エネルギー密度熱源の開発」と「超高エネルギー密度熱源の高度加工への適用」という画期的な新分野を開拓した。さらに、これを基盤として、新しく「高温工学」、「プラズマ工学」、「新溶接工学」の分野を国際的に確立することにより「高温科学」の体系化を国際的に行った。
宮地 裕(みやじ ゆたか、1924年1月14日- )は、日本… 宮地 裕(みやじ ゆたか、1924年1月14日- )は、日本の国語学者、大阪大学名誉教授。妻の宮地敦子(故人)も国語学者(元関西学院大学教授・龍谷大学名誉教授)。
三宅 三郎(みやけ さぶろう、1924年1月3日 - 201… 三宅 三郎(みやけ さぶろう、1924年1月3日 - 2012年2月5日)は日本の宇宙物理学者。大阪市立大学教授、東京大学教授、東京大学宇宙線研究所所長、宇宙線観測所初代専任所長、神奈川大学教授・学長。日本統治下の台湾生まれ。 大阪帝国大学卒業。インドのコラー金鉱(KGF: Kolar Gold Field)で宇宙線研究、1965年頃、大気ニュートリノ(宇宙線が大気中の原子核と衝突すると連鎖的に新たな粒子が生み出される「大気シャワー」と呼ばれる現象が起きるが、 その中で生まれるニュートリノを「大気ニュートリノ」と呼ぶ)を世界で初めて観測した。 神岡鉱山の坑道で核子崩壊の跡を検出する実験、宇宙線ミュー粒子およびニュートリノの研究。
山中 千代衛(やまなか ちよえ、1923年 <大正12年> … 山中 千代衛(やまなか ちよえ、1923年 <大正12年> 12月14日 - 2017年 <平成29年> 2月15日)は、日本の電気・電子工学者。大阪大学名誉教授。工学博士(大阪大学)。大阪大学レーザー核融合研究センター(現:大阪大学レーザー科学研究所)創設者。名古屋大学プラズマ研究所元客員教授。アメリカ物理学会(APS)フェロー。IEEEライフフェロー。電気学会名誉員。プラズマ・核融合学会元副会長。レーザー技術総合研究所(ILT)名誉所長・初代所長。日本原子力研究所関西研元研究推進委員長。勲二等瑞宝章・紫綬褒章受章。日本のレーザー核融合研究のパイオニアかつ世界をリードする研究者の一人であった。
和田 悟朗(わだ ごろう、1923年6月18日 - 2015… 和田 悟朗(わだ ごろう、1923年6月18日 - 2015年2月23日)は、兵庫県出身の俳人・化学者。専門は物理化学。奈良女子大学名誉教授。 武庫郡御影町(現・神戸市東灘区御影町)出身、大阪大学理学部卒業。神戸大学理学部助教授、奈良女子大学理学部教授を経て同女子大学名誉教授(物理化学)。 俳句は1952年より始め、橋閒石の「白燕」に参加、のち同人。高柳重信の「俳句評論」、赤尾兜子の「渦」同人を経て1992年より「白燕」同人代表。1977年、現代俳句協会関西地区会議議長に就任。のち現代俳句協会副会長を経て、2004年3月より同顧問。2010年「風来」創刊・主宰。 1969年第16回現代俳句協会賞、2007年第7回現代俳句大賞、2013年句集『風車』により第64回読売文学賞詩歌俳句賞を受賞。
小田 稔(おだ みのる、1923年2月24日 - 2001年… 小田 稔(おだ みのる、1923年2月24日 - 2001年3月1日)は、日本の天文学者・宇宙物理学者。理学博士(大阪大学・論文博士・1956年)。東京大学名誉教授。 北海道札幌市出身。大阪帝国大学理学部物理学科菊池正士研究室出身だが、菊池の弟子・渡瀬譲に師事したので、小田は菊池の孫弟子といえる。はじめ実験物理学を専攻したが、その後電波天文学に転向し、さらに宇宙線物理学およびX線天文学を専門とするに至った。旺盛な好奇心と夢のような発想の持ち主で、研究者仲間から「星の王子さま」の愛称で呼ばれた。 1923年(大正12年)、北海道に生まれる。1934年、台北帝国大学教授に就任した父に従って台湾に移住。
小橋 一郎(こばし いちろう、1923年(大正12年)2月1… 小橋 一郎(こばし いちろう、1923年(大正12年)2月14日 - )は、日本の法学者。専門は、商法・会社法)。学位は、法学博士(大阪大学・論文博士・1962年)。同志社大学名誉教授。勲三等旭日中綬章受章。 京都府京都市生まれ。1940年(昭和15年)3月京都府立京都第一中学校卒業。1945年(昭和20年)、立命館大学法文学部卒業。学位は、法学博士(大阪大学、1962年)(学位論文「手形行為論」)。2000年(平成12年)4月、勲三等旭日中綬章受章。
北條 舒正(ほうじょう のぶまさ、1923年〈大正12年〉2… 北條 舒正(ほうじょう のぶまさ、1923年〈大正12年〉2月1日 - 2021年〈令和3年〉3月13日)は、日本の化学者。専門は高分子化学。位階勲等は従三位勲二等。 福岡県戸畑市(現・北九州市戸畑区)出身。1945年大阪帝国大学応用化学科卒業、1949年旧制上田蚕糸専門学校助教授、1960年から1年間ニューヨーク州立大学化学教室で研究に従事し、1962年信州大学繊維学部教授、1975年学部長、1981年学長、1990年長野県短期大学学長を歴任。1991年繊維学会会長。1999年勲二等旭日重光章受章。2021年(令和3年)3月13日、死去。98歳没。死没日付で叙従三位。