中川 學(なかがわ まなぶ、1936年9月29日 - 200… 中川 學(なかがわ まなぶ、1936年9月29日 - 2004年2月17日)は日本の学者。専門は中国社会経済史、マクロエンジニアリング。一橋大学名誉教授、元国際マクロエンジニアリング学会協会連合筆頭副理事長。デウィット・クリントン知事記念国際マクロエンジニアリング学会賞。 千葉県市川市出身。栄光学園中学校、東京都立竹早高等学校を経て、1959年一橋大学経済学部卒業、1961年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、1964年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学で村松祐次及び増淵龍夫に師事し東洋史研究にあたる。 1964年一橋大学経済学部専任講師、1968年同助教授、1977年同教授。
横川 新(よこかわ あらた、1936年6月25日 - 200… 横川 新(よこかわ あらた、1936年6月25日 - 2009年1月4日)は、日本の法学者。専門は国際法。第12代成城大学学長。学位は法学博士。成城大学名誉教授。法務省難民審査参与員等も務めた。 福岡県久留米市生まれ。東京都立西高等学校を経て、1962年一橋大学法学部を卒業。1965年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、1968年同博士課程単位習得退学。指導教官は大平善梧。1985年、『国際投資法序説』により、一橋大学法学博士の学位を取得。審査員は皆川洸、細谷千博、秌場準一。 1968年成城大学法学部助手。同助教授、ロンドン大学留学を経て、1977年、成城大学法学部教授に昇格。法学部長を経て、1999年から南博方の後任として第12代成城大学学長を務めた。
佐藤 孝吉(さとう たかよし、1935年12月7日 - )は… 佐藤 孝吉(さとう たかよし、1935年12月7日 - )は、日本テレビ顧問、エグゼクティブディレクター、大正大学招聘教授、サイバー大学客員教授。東京府出身。 立教高等学校(現・立教新座高等学校)から一橋大学社会学部を経て、1959年に日本テレビに入社。当初はドラマ班に配属され「ダイヤル110番」などを演出。1965年の「ビートルズ日本公演」も担当。 その後バラエティ班に異動、娯楽ドキュメンタリーの分野で才能を開花させる。最大のヒット作は『アメリカ横断ウルトラクイズ』。彼によるとこの番組は単なるクイズ番組の枠を超えて人間ドキュメンタリー番組までに発展していったと言う。また、徳光和夫を目標、そして鑑として見習って来た福留功男を鍛え直した逸話がある。
河村 幹夫(かわむら みきお、1935年8月3日 - 201… 河村 幹夫(かわむら みきお、1935年8月3日 - 2019年11月27日)は、日本の実業家、経営学者、博士(経営学)、シャーロキアン。アーサー・コナン・ドイル研究の第一人者。日本推理作家協会名誉会員。長崎市生まれの愛知県育ち。
安原 和雄 (やすはら かずお、1935年3月15日 - 2… 安原 和雄 (やすはら かずお、1935年3月15日 - 2020年3月28日)は、広島県生まれの日本の経済学者、足利工業大学名誉教授。元毎日新聞論説委員。専門は仏教経済学。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
阿部 謹也(あべ きんや、1935年2月19日 - 2006… 阿部 謹也(あべ きんや、1935年2月19日 - 2006年9月4日)は、日本の西洋史学者。専門はドイツ中世史。中世ドイツ・ヨーロッパの民衆史を専門とし、伝説や生活史を検証する分野を開拓した。一橋大学名誉教授。上原専禄門下生で、一橋大学学長、国立大学協会会長をつとめた。 1935年、東京都千代田区で生まれた。1941年に鎌倉第一国民学校(現・鎌倉市立第一小学校)に入学。1947年に中野区立第五中学校に入学。在学中の1949年に練馬区立石神井西中学校に転校。早くに父を亡くし、中学時代にカトリック修道生活を送った。1950年、東京都立石神井高等学校に入学。 卒業後は、一橋大学経済学部に進学。修道生活の経験から西洋中世史の研究を志し、一橋大学では上原専禄に師事した。
平田 光弘(ひらた みつひろ、1934年12月20日 - )… 平田 光弘(ひらた みつひろ、1934年12月20日 - )は、日本の経営学者。一橋大学名誉教授。中国南開大学名誉教授。 福岡県福岡市生まれ。福岡県立福岡高等学校を経て、1958年横浜国立大学経済学部卒、1960年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了、1962年明治学院大学経済学部助手、1963年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。藻利重隆の指導を受けた。 1963年明治学院大学経済学部専任講師、1966年助教授、1972年一橋大学商学部附属産業経営研究施設助教授となり、1977年教授、1985年同施設長、1997年一橋大学イノベーション研究センター教授、1998年定年退官、名誉教授となり、東洋大学経営学部教授。
大藪 俊哉(おおやぶ としや、1934年〈昭和9年〉8月11… 大藪 俊哉(おおやぶ としや、1934年〈昭和9年〉8月11日 - 2026年〈令和8年〉3月21日)は、日本の会計学者。横浜国立大学名誉教授。第5代日本簿記学会会長。 1957年(昭和32年)横浜国立大学経済学部経営学科卒(沼田嘉穂ゼミ出身)、1959年(昭和34年)一橋大学大学院商学研究科修士課程修了(片野一郎ゼミ、飯野利夫ゼミ出身)。 学究生活に入ってからは横浜国立大学経済学部助手、講師、助教授、1967年(昭和42年)経営学部助教授、教授、1985年(昭和60年)学部長を歴任し、2000年(平成12年)定年退官して名誉教授。 その後は帝京大学教授を務めて2002年(平成14年)退職。 1999年(平成11年)から2002年(平成14年)まで第5代日本簿記学会会長を務め、2002年(平成14年)同顧問に就任。
白鳥 庄之助(しらとり しょうのすけ、1934年(昭和9年)… 白鳥 庄之助(しらとり しょうのすけ、1934年(昭和9年)7月23日 - )は、日本の会計学者、経済学者。成城大学名誉教授。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、大蔵省企業会計審議会委員等を歴任。日本会計研究学会賞受賞。 1934年、千葉県印旛郡八街町生まれ。千葉県立佐倉第一高等学校を経て、1958年一橋大学社会学部を卒業し、公認会計士事務所に入所。また同大学大学院課程に進み、1965年に一橋大学大学院商学研究科博士課程を単位取得退学。在学中は片野一郎ゼミで学んだ。 その後、千葉商科大学専任講師を経て、1967年成城大学経済学部専任講師となった。後に、同大学助教授教授に昇進。同大学大学院経済学研究科長、同大学経済研究所第3代所長を務めた。
田島 壮幸(田島壯幸、たじま もりゆき、1933年8月3日 … 田島 壮幸(田島壯幸、たじま もりゆき、1933年8月3日 - )は、日本の経営学者。1989年から1995年まで日本経営学会理事長、後に同名誉会員。一橋大学名誉教授。 群馬県佐波郡境町(現伊勢崎市)生まれ。1952年群馬県立太田高等学校卒業、1956年一橋大学商学部卒業、1961年同大大学院商学研究科博士課程単位修得。1974年商学博士(一橋大学)。藻利重隆ゼミ出身。 1961年一橋大学商学部専任講師、1965年同助教授、1973年同教授、1989年日本経営学会理事長、1991年から1993年まで同大商学部長。1997年一橋大を定年退官し同大名誉教授。1997年から石巻専修大学教授。この間青山学院大学、東京経済大学、東京女子大学、中央大学経済学部でも教鞭をとる。
石川 弘義(いしかわ ひろよし、1933年2月26日 - 2… 石川 弘義(いしかわ ひろよし、1933年2月26日 - 2009年12月30日)は、日本の社会心理学者。成城大学名誉教授。元大衆文学研究会会長。 東京町屋生まれ。父は建築業を経て、宮内庁の営繕に勤務。第九峡田小学校、旧制東京府立第十一中学校(後の東京都立江北高等学校)を経て、一橋大学社会学部卒業。大学では南博ゼミナールに所属。 社会心理研究所、コロンビア大学研究員を経て1967年頃から成城大学助教授、教授。2004年定年、名誉教授。ゼミの指導学生に宮島和美元ファンケル社長などがいる。 1961年には尾崎秀樹、武蔵野次郎が創立した「大衆文学研究会」に編集委員として参加。のち、大衆文学研究会会長もつとめた。
竹内 啓一(たけうち けいいち、1932年12月7日 - 2… 竹内 啓一(たけうち けいいち、1932年12月7日 - 2005年6月25日)は、日本の地理学者。一橋大学名誉教授。専門は人文地理学、社会経済地理学。おもな研究テーマは地中海地域研究、地理思想史。日本地理学会会長、経済地理学会会長等を歴任。 1932年、神奈川県高座郡茅ヶ崎町(現・茅ヶ崎市)で生まれた。地元の国民学校を終えた後、父が小松製作所に再入社したため、一時石川県小松市に移り住んだ。旧制石川県立小松中学校から新制石川県立小松高等学校への移行期を小松で迎えたが、高校の途中で茅ヶ崎に戻った。神奈川県立湘南高等学校に転学し、卒業。 1951年、東京大学理科二類に入学。当初は医学に関心を持っていたが、理学部地理学科に進学し、人文地理学を学んだ。
秌場 準一(あきば じゅんいち、「あき」の字は「火」へんに「… 秌場 準一(あきば じゅんいち、「あき」の字は「火」へんに「禾」(ノギ)、1932年10月6日 - )は、日本の法学者。専門は国際私法。学位は、法学博士(一橋大学)・LL.M.(イェール大学)。一橋大学名誉教授。日本学術会議会員、国際法学会理事長、国際私法学会理事長を歴任。 兵庫県神戸市生まれ。中学時に神戸から母の故郷である高知に転居。一橋大学では久保岩太郎と大平善梧に師事。博士課程を修了した1960年から一橋大学に勤務。1966年に当時東京大学法学部助手だった鳥居淳子(国際私法学者、成城大学教授、法務省法制審議会会長)と結婚。1996年3月に63歳を定年とする一橋大学の定年制により定年退官。指導学生に横山潤一橋大名誉教授、中山ひとみ元第二東京弁護士会副会長など。
鮎沢 成男(あゆざわ しげお、1932年10月4日 - 20… 鮎沢 成男(あゆざわ しげお、1932年10月4日 - 2004年2月11日)は、日本の経営学者。 長野県諏訪市出身。長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)を経て、一橋大学大学院経済学研究科を修了した[要出典]。中央大学商学部教授を務め、1988年に同大学企業研究所所長となった。
溝口 敏行(みぞぐち としゆき、1932年6月24日 - )… 溝口 敏行(みぞぐち としゆき、1932年6月24日 - )は、日本の経済学者・統計学者。学位は、経済学博士(学位論文「消費関数の統計的研究」)。一橋大学経済研究所長、郵政省郵政研究所所長等を歴任、一橋大学名誉教授。日経・経済図書文化賞受賞。2011年瑞宝中綬章受章。 富山県出身。1955年一橋大学経済学部卒業。1964年同大学大学院経済学研究科理論経済学修了、「消費関数の統計的研究」で経済学博士の学位を取得。森田優三ゼミ出身。一橋大学経済研究所助教授、教授、所長。1996年定年退官し、名誉教授、広島経済大学教授。2008年退任し、名誉教授。郵政省郵政研究所所長や、郵政省郵政審議会保険部会部会長、総務省物価指数研究会座長等を歴任。
竹下 守夫(たけした もりお、1932年5月18日 - )は… 竹下 守夫(たけした もりお、1932年5月18日 - )は、日本の法学者、弁護士。専門は民事手続法。一橋大学名誉教授、学校法人駿河台大学顧問、日本学士院会員。法務省特別顧問。社団法人商事法務研究会理事。
佐藤 毅(さとう たけし、1932年3月5日 - 1997年… 佐藤 毅(さとう たけし、1932年3月5日 - 1997年10月8日)は、日本の社会学者、一橋大学名誉教授。 愛知県一宮市出身。1954年一橋大学社会学部卒、1959年同大学院社会学研究科博士課程満期退学。南博ゼミ出身。1960年法政大学社会学部専任講師、1961年助教授、1969年教授、1978年一橋大学社会学部教授。1991年「マスコミの受容理論 言説の異化媒介的変換」で一橋大学社会学博士。1995年定年退官、名誉教授、大東文化大学法学部教授。 1997年10月8日、急性白血病のため死去。 指導学生に安川一、伊奈正人、三浦展,出口剛司など。
齊藤 誠二(さいとう せいじ、1932年1月25日 - 20… 齊藤 誠二(さいとう せいじ、1932年1月25日 - 2010年10月19日)は、日本の法学者。刑法学者。刑事訴訟法学者。弁護士。東京出身。法学博士(一橋大学、1966年)。博士(医学)(筑波大学、1990年)。「斉藤 誠二」とも表記される。筑波大学教授、中央大学教授、ミュンヘン大学客員教授、マンハイム大学客員教授等を歴任した。 学外として、ミュンヘン大学刑法研究所客員教授、マンハイム大学法学部客員教授、文部省学術審議会専門委員(1988年-1990年)、日本刑法学会理事(1988年-1994年)、宇宙開発事業団有人研究倫理委員会委員(1996年-1999年)、日本臓器移植ネットワーク常任理事(1997年-2010年) 専門は刑法学全般。
塩野谷 祐一(しおのや ゆういち、1932年1月2日 - 2… 塩野谷 祐一(しおのや ゆういち、1932年1月2日 - 2015年8月25日)は、日本の経済学者、一橋大学名誉教授、名古屋大学特別教授。1991年日本学士院賞、2002年文化功労者。経済哲学やヨーゼフ・シュンペーターの研究の第一人者。第12代一橋大学学長、国立大学協会副会長、国立社会保障・人口問題研究所長等を歴任。愛知県豊橋市生まれ。 父は経済学者の塩野谷九十九(元名古屋大教授)、妻は山内得立(哲学者、文化功労者、京都大学名誉教授)長女。一橋大学大学院で山田雄三の指導を受けた。スタンフォード大学教授等を務めた経営学者の今井賢一は山田ゼミの同期。著書に『シュンペーターの経済観』『価値理念の構造』など。
米川 伸一(よねかわ しんいち、1931年12月6日 - 1… 米川 伸一(よねかわ しんいち、1931年12月6日 - 1999年11月18日)は、日本の歴史学者・経営学者。経済学博士。専門はイギリス史、経営史。一橋大学名誉教授。かつて日本が経営史研究で世界をリードしていた1960年代から1980年代にかけて、日本を代表する経営史学者として知られた。 東京府(現在の東京都)出身。世田谷区立松原小学校、日本学園中学校、成蹊高等学校を経て、1956年一橋大学経済学部卒業、1958年同大学大学院経済学研究科修士課程修了、1961年同博士課程修了、経済学博士第1号。論文の名前は「中・近世ノーフォクにおける社会経済的発展 : 近代資本主義社会の成立に関する一研究」。
宮川 公男(みやかわ ただお、1931年11月16日 - )… 宮川 公男(みやかわ ただお、1931年11月16日 - )は、日本の経営学者。学位は、商学博士(一橋大学・論文博士・1963年)。一橋大学名誉教授、麗澤大学名誉教授。埼玉県行田市生まれ。 受験勉強を熱心にしておらず旧制浦和高等学校に進学する気にならなかったため、経済学専攻志望で慶應義塾大学予科、早稲田大学高等学院などを受験して合格し、戦時中に軍国主義教育に走らなかったなどとの評判から当時高倍率となっていた東京商科大学(現一橋大学)予科に進学した。在学中学制改革があり、改名された新制一橋大学の前期課程では石田龍次郎ゼミで人文地理学を専攻した。今井賢一(一橋大学名誉教授)は予科時代からの友人。 後期課程ではマルクス経済学者の杉本栄一ゼミに所属し、杉本のもう一つの専門であった計量経済学を継いだ。
久野 光朗(くの みつろう、1931年(昭和6年)9月3日 … 久野 光朗(くの みつろう、1931年(昭和6年)9月3日 ‐ 2018年(平成30年)2月)は、日本の会計学者。専門は会計学で、特に、アメリカ会計史や歴史哲学を研究。小樽商科大学名誉教授、元北海道情報大学学長。元日本会計史学会会長。片野一郎ゼミ出身。日本会計研究学会賞等受賞。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
中川 和彦(なかがわ かずひこ、1931年8月7日 - 20… 中川 和彦(なかがわ かずひこ、1931年8月7日 - 2019年2月20日[要出典])は、日本の法学者。商法・経済法・比較法を専攻。成城大学名誉教授。上智大学イベロアメリカ研究所名誉所員、元日本ラテンアメリカ学会理事長。2010年瑞宝中綬章受章。
今井 賢一(いまい けんいち、1931年8月7日 - 202… 今井 賢一(いまい けんいち、1931年8月7日 - 2021年11月25日)は、日本の経営学者。スタンフォード大学名誉シニアフェロー、一橋大学名誉教授。 一橋大学商学部長等を経て、一橋大学学長選挙で落選し、スタンフォード大学教授に転身。東京大学エッジキャピタルシニアアドバイザー、京都府特別参与等を務めた。紫綬褒章受章。 宮川公男(一橋大学名誉教授)は、大学予科時代からの友人。指導学生に佐久間昭光(一橋大学名誉教授)、伊丹敬之(一橋大学名誉教授)、岸田民樹(名古屋大学名誉教授)など。 2021年11月25日、肺炎のため死去。90歳没。死没日をもって正四位に叙された。
藤田 忠(ふじた ただし、1931年(昭和6年)5月6日 -… 藤田 忠(ふじた ただし、1931年(昭和6年)5月6日 - 2021年 (令和3年) 5月15日)は、日本の経営学者、ビジネス評論家。元国際基督教大学教授。 日本経営数学学会会長、日本交渉学会会長、ライシャワー大学院大学設立準備委員会代表、日本交渉協会理事長等を歴任。 青森県生まれ。1958年一橋大学商学部卒。1964年同大学院博士課程満期退学。指導教官は久武雅夫教授(のちに国際基督教大学学長)。 1964年神奈川大学経済学部助教授、1968年国際基督教大学教養学部教授。1997年国際基督教大学退職、東京国際大学商学部教授。指導学生に各務洋子駒澤大学学長などがいる。 1973年から74年までハーバード大学燕京研究所で客員研究員で務め、帰国後ハーバード・ビジネス・スクールで出会ったハーバード流交渉術を日本で紹介。
有賀 貞(あるが ただし、1931年4月27日 - 2013… 有賀 貞(あるが ただし、1931年4月27日 - 2013年3月13日)は、日本の国際政治学者。位階は従四位。 専門はアメリカ政治外交史。一橋大学名誉教授。1988年から90年まで日本国際政治学会理事長、1992年から94年までアメリカ学会会長を務めた。 東京市小石川区生まれ。1948年旧制松本中学4年修了、1949年旧制松本高等学校文科乙類1年修了。1953年東京大学教養学部教養学科卒業、1955年同大学院社会科学研究科国際関係論専攻修士課程を修了し、翌年からスタンフォード大学大学院およびプリンストン大学大学院歴史学科に留学。1961年東京大学大学院社会科学研究科国際関係論専攻博士課程満期退学。
勝田 有恒(かつた ありつね、1931年4月2日 - 200… 勝田 有恒(かつた ありつね、1931年4月2日 - 2005年4月26日)は、日本の法制史学者。一橋大学名誉教授。専門は西洋法制史。1991年比較法史学会設立発起人・同学会理事就任、1995年同学会理事長就任。1983年日本学術会議政治学・法律学研究連絡委員。1998年法文化学会設立発起人・同学会顧問就任。 1931年、熊本県熊本市生まれ。1944年、東京高等師範学校附属国民学校(筑波大学附属小学校の前身)卒業。1948年、鹿児島県立第一鹿児島中学校(県立鶴丸高校の前身)4年を修了し、1949年に第七高等学校(鹿児島大学の前身)理科1年修了。一橋大学法学部に進み、町田實秀に師事した。1957年に卒業し、同大学大学院に進む。
川勝 久(かわかつ ひさし、1931年1月18日 - )は、… 川勝 久(かわかつ ひさし、1931年1月18日 - )は、日本の社会心理学者、ビジネス書の翻訳家、文筆家。 産業能率短期大学講師、助教授、教授をへて、淑徳大学国際コミュニケーション学部教授。 1953年一橋大学社会学部社会学科卒業。東京放送(TBS。現・TBSホールディングス / TBSテレビ・TBSラジオ)に入社し、CM部長、営業促進部長、調査部長等を歴任した。このころより、海外ビジネス書の翻訳、ビジネス書の執筆に携わる。 1985年、NPO法人知的生産の技術研究会で講師を務めた。一橋大学大学院修士課程修了、1985年退職。 1980年から2002年にかけてホノルルマラソン協会スペシャル・アドバイザーを務めた。
田内 幸一(たのうち こういち、1931年1月3日 - 19… 田内 幸一(たのうち こういち、1931年1月3日 - 1996年11月18日)は、日本の経営学者。一橋大学名誉教授。 専攻はマーケティング論で、田島義博らと日本マーケティング学会の期成に関与したが発足時には早世、故人となった。 満洲国奉天市出身。桐朋高等学校を経て、1954年一橋大学商学部卒業、1959年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。深見義一ゼミ出身。経営学者の田島義博第24代学習院院長は大学時代からの友人。 1959年文部教官に採用され一橋大学商学部助手に就任。1960年一橋大学商学部専任講師。シカゴ大学経済学部留学を経て、1965年一橋大学商学部助教授、1971年同教授。1984年文部省短期在外研究員としてミラノ大学でファッション産業研究に従事。
篠原 三郎(しのはら さぶろう、1930年12月26日- )… 篠原 三郎(しのはら さぶろう、1930年12月26日- )は、日本の経営学者、会計学者、歌人、経営・労働評論家。 静岡大学名誉教授。日本福祉大学教授、京都自由大学講師。専門は排除論・芸術論。 東京生まれ。一橋大学卒、1960年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。高島善哉の指導を受けた。 関東学院大学講師、立命館大学経営学部助教授、教授、1979年静岡大学人文学部教授。94年定年退官、名誉教授。
中村 忠(なかむら ただし、1930年11月19日 - 20… 中村 忠(なかむら ただし、1930年11月19日 - 2008年10月26日)は、日本の会計学者。専門は財務会計。一橋大学名誉教授。正四位瑞宝中綬章。1988年から1994年まで日本会計研究学会理事。1990年から1993年まで日本簿記学会会長、1993年から同学会顧問。2007年まで社団法人如水会調布支部長。税理士試験・公認会計士試験委員も務めた。 この間1969年から1975年まで企業会計審議会幹事、1979年から1988年まで同委員、1984年法制審議会商法部会委員、1991年から財団法人産業経理協会評議員、1988年から1992年公認会計士第二次試験委員、1990年から1993年日本簿記学会会長等を歴任。
水島 一也(みずしま かずや、1930年11月12日 - 2… 水島 一也(みずしま かずや、1930年11月12日 - 2017年10月31日)は、日本の経営学者。保険・リスクマネジメントの研究者。学位は、商学博士(神戸大学・1965年)。神戸大学名誉教授。元保険審議会会長。作家で精神科医の加賀乙彦は、名古屋陸軍幼年学校時代の1年先輩。旧東京府(現東京都)生まれ。 大学院門下生として、高尾厚、岡田太志、李潤浩、許碩芬、金基辰がいる。
加藤 良三(かとう りょうぞう、1930年9月25日 - 2… 加藤 良三(かとう りょうぞう、1930年9月25日 - 2016年11月6日)は、日本の法学者(商法・消費者保護法)、弁護士(横浜弁護士会所属)。博士(法学)。Dマル合教授。関東学院大学名誉教授。関東学院大学法学部初代法学部長、同法科大学院初代法科大学院研究科長。瑞宝小綬章受章。 1997年、大学設置審議会においてDマル合教授 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。
森本 三男(もりもと みつお、1930年6月26日 - )は… 森本 三男(もりもと みつお、1930年6月26日 - )は、日本の経営学者。青山学院大学名誉教授。経営学博士(1997年、名古屋大学にて取得)。 満州国旅順生まれ。1953年山口大学経済学部を卒業。1955年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了、横浜市立大学助手、1960年同大学講師、1961年同大学助教授、1971年同大学教授を経て、1984年青山学院大学国際政治経済学部教授に就任。1997年「企業社会責任の経営学的研究」で、名古屋大学より経営学博士の学位を取得。1999年退職。同大学名誉教授となる。白鷗大学教授に就任。1993年藍綬褒章受章。1996年横浜市功労者表彰。2010年瑞宝中綬章受勲。
加藤 秀俊(かとう ひでとし、1930年(昭和5年)4月26… 加藤 秀俊(かとう ひでとし、1930年(昭和5年)4月26日 - 2023年(令和5年)9月20日)は、日本の社会学者。社会・思想・文化評論家。 長男加藤文俊は慶應義塾大学教授。 東京商大(現・一橋大学)で社会学を学び、丸山眞男らの「思想の科学研究会」に参加。1954年渡米し、社会学者デイヴィッド・リースマンから大衆社会論の指導を受けた。その間『中間文化』(1957年)を発表。同年、社会心理学を土台にした理論「マス・コミュニケーション」を提唱。以後『人間関係』(1966年)、『空間の社会学』(1976年)など、日常生活のありふれた現象から、社会の隠された構造を露わにする方法で、多彩な研究活動を展開。
杉原 泰雄(すぎはら やすお、1930年(昭和5年)4月15… 杉原 泰雄(すぎはら やすお、1930年(昭和5年)4月15日 - )は、日本の法学者。専門は憲法。学位は、法学博士(一橋大学)。一橋大学名誉教授、駿河台大学名誉教授。1973年から日本公法学会理事、1987年から1989年まで全国憲法研究会代表。田上穣治門下。 静岡県田方郡大仁町(現在の伊豆の国市)生まれ。樋口陽一などと国民主権論争を繰り広げた。田上穰治ゼミ出身で、一橋大学大学院法学研究科修了後、一橋大学憲法学講座第3代教授を務めた。一橋大学より法学博士の学位を取得。 大学院の指導学生に、浦田一郎(一橋大学名誉教授、元民科法律部会理事長)、辻村みよ子(東北大学名誉教授、学術会議会員)、成嶋隆(新潟大学名誉教授、教育法学会会長)、大津浩(明治大学教授)、糠塚康江(東北大学名誉教授)、只野雅人(一橋大学教授)、酒井明(法務官僚、千葉科学大学教授)、村田尚紀(関西大学教授)、小沢隆一(東京慈恵会医科大学教授、元民科法律部会副理事長)、毛塚勝利(中央大学名誉教授、元労働法学会代表理事)、彦惣弘(元立命館大学教授、元京都弁護士会長)等。
岡本 清(おかもと きよし、1930年3月25日 - )は、… 岡本 清(おかもと きよし、1930年3月25日 - )は、日本の会計学者。千葉県船橋市出身。一橋大学名誉教授、東京国際大学名誉教授。 専門は、原価計算・管理会計。日経・経済図書文化賞、日本会計研究学会学会賞受賞。第16期日本学術会議会員。2009年瑞宝中綬章受章。 千葉県船橋町(現:船橋市)出身。松本雅男門下。弟子に、廣本敏郎(一橋大学名誉教授、公認会計士・監査審査会長)・尾畑裕(一橋大学名誉教授)・小林啓孝(慶應義塾大学名誉教授)等がいる。モルガン銀行日本代表を務めた藤巻健史(元参議院議員)・石川千晶(公認会計士、情報公開・個人情報保護審査会委員)なども岡本ゼミ出身。 翻訳家の岡本浜江(日本児童文芸家協会顧問、児童文化功労者)は妻。
鈴木安昭(すずき やすあき、1930年3月14日 - 201… 鈴木安昭(すずき やすあき、1930年3月14日 - 2011年8月8日)は、日本の経営学者。青山学院大学名誉教授。 東京出身。1953年東京商科大学卒、青山学院高等部教諭、カナダ・マギル大学大学院に学ぶ。青山学院大学経営学部専任講師、助教授、教授、経営学部長、副学長。1998年定年、名誉教授、豊橋創造大学短期大学部学長、2003年教授。2008年退任。 1978年中小企業研究奨励賞受賞。1981年日本商業学会学会賞優秀賞。1986年「昭和初期の小売商問題と公共政策の形成に関する研究」で神戸大学より商学博士の学位を取得。元日本中小企業学会副会長。
良知 力(らち ちから、男性、1930年1月12日 - 19… 良知 力(らち ちから、男性、1930年1月12日 - 1985年10月20日)は、日本の哲学者。社会思想史家。元一橋大学社会学部長・教授。 1848年に相次いで起きたヨーロッパの市民革命やヘーゲル左派・カール・マルクスの研究に関して多くの業績を残した。特に初期マルクス研究は、廣松渉とともに国内においては代表的な存在であり、また日本に社会史研究を定着させるにあたっても、一橋大学社会学部で同僚であった阿部謹也らと共に主導的役割を果たした。 大学院での指導学生に野村真理(金沢大教授、日本学士院賞)、川越修(同志社大教授)、植村邦彦(関西大教授)、渡辺憲正(関東学院大教授)、杉浦秀一(北海道大学教授)、上野卓郎(一橋大学教授)、前田庸介(首都大学東京名誉教授)など。
森田 哲弥(森田 哲彌、もりた てつや、1930年 <昭和5… 森田 哲弥(森田 哲彌、もりた てつや、1930年 <昭和5年> 1月2日- 2014年 <平成26年> 6月8日)は、日本の会計学者。一橋大学名誉教授。1990年日本会計研究学会会長。1972年日本会計研究学会学会賞受賞、1980年日本会計研究学会太田賞受賞、1979年日経・経済図書文化賞受賞。位階は正四位。 神奈川県横浜市生まれ。1945年神奈川県立横浜第二中学校(現神奈川県立横浜翠嵐高等学校)第3年学年修了、海軍兵学校予科入学。1946年東京商科大学(現一橋大学)予科入学、1953年東京商科大学卒業。1954年東京商科大研究科退学。1956年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了、1959年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得退学。
中村 貞二(なかむら ていじ、1930年 - )は、日本の社… 中村 貞二(なかむら ていじ、1930年 - )は、日本の社会学者。東京経済大学名誉教授。経済学博士(1960年、一橋大学にて取得)。 兵庫県武庫郡御影町(現・神戸市)生まれ。1953年山口大学経済学部卒業。1958年に一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。1960年「フリードリッヒ・マイネッケ研究」で一橋大学経済学博士。高島善哉門下である。山口大学助教授、東京経済大学教授を歴任。2002年、同大学を定年退官。同大学名誉教授である。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
好美 清光(よしみ せいこう、1929年 <昭和4年> 10… 好美 清光(よしみ せいこう、1929年 <昭和4年> 10月20日 - 2019年 <令和元年> 11月5日)は、日本の法学者。専門は民法・土地法で、特に日照権を研究。学位は、法学博士(一橋大学・1992年)。一橋大学名誉教授。瑞宝中綬章受章。 鹿児島県大島郡宇検村生まれ。1942年、大島郡名瀬町名瀬国民学校(現・奄美市立名瀬小学校)卒業。1948年、旧制大島中学校(現・鹿児島県立大島高等学校)卒業。1950年、鹿児島県立鶴丸高等学校卒業。1954年、一橋大学法学部卒業。商法の田中誠二ゼミ出身。一橋大学では、戦後、常盤敏太が教職追放され、吾妻光俊も労働法に関心を移すなどし、民法を専門とする教員が不在となり民法研究が低調となっていた。
南 博方(みなみ ひろまさ、1929年10月11日 - 20… 南 博方(みなみ ひろまさ、1929年10月11日 - 2010年6月18日)は、日本の法学者。専門は、行政法・環境法・租税法。学位は、法学博士(東京大学・課程博士・1959年)。一橋大学名誉教授、筑波大学名誉教授。中国人民大学名誉客員教授。 兵庫県城崎郡豊岡町(現・豊岡市)出身。父は大阪の弁護士。田中二郎の勧めて研究の道に入り、行政訴訟や行政不服審査、行政争訟理論、行政手続、公害紛争調停等の研究を行った。途中、病床の父の希望で法律事務所を継ぐため大阪市立大学教授を辞職したが、大蔵省の要請を受け、国税不服審判所審判官に就任。 その後筑波大学で社会科学系長等を務めたのち、定年退官した市原昌三郎の後任として一橋大学教授に移り多くの学生を指導した。
久保 欣哉(くぼ きんや、1929年(昭和4年)10月5日 … 久保 欣哉(くぼ きんや、1929年(昭和4年)10月5日 - 2008年(平成20年)8月5日)は、日本の法学者。専門は、商法・経済法・企業会計法。学位は、法学博士(一橋大学・1959年)(学位論文「株式配当と無償交付の研究」)。元一橋大学法学部長、元青山学院大学法学部長。一橋大学名誉教授。吉永榮助門下。指導学生に山部俊文一橋大学名誉教授、長塚真琴一橋大学教授、平川幸彦元明治学院大学教授、シュテファン・ヘルツベルク元駐日ドイツ大使館首席公使など。
市村昭三(いちむら しょうぞう、1928年10月9日- )は… 市村昭三(いちむら しょうぞう、1928年10月9日- )は、日本の経営学者、九州大学名誉教授。 福岡県出身。一橋大学大学院商学研究科修了、1966年商学博士。西南学院大学助教授、九州大学経済学部教授、92年定年退官、名誉教授、福岡大学教授、九州情報大学経営情報学部教授、学部長、副学長。
古賀 英三郎(こが えいざぶろう、1928年(昭和3年)9月… 古賀 英三郎(こが えいざぶろう、1928年(昭和3年)9月16日 - 1990年(平成2年)12月1日)は、日本の社会学者。
川井 健(かわい たけし、1927年8月23日 - 2013… 川井 健(かわい たけし、1927年8月23日 - 2013年5月15日)は、日本の法学者。学位は法学博士。専門は民法。第11代一橋大学学長、一橋大学名誉教授。広島市生まれ。位階は従三位。父の川井清一郎は川井訓導事件で知られる教育者。 我妻栄の最後の弟子であるとされている[要出典]。北海道大学法学部教授を経て、1971年4月、長らく民法の専任教員が好美清光1名しかいなかった一橋大学法学部の教授に島津一郎とともに就任する。1986年には今井賢一商学部長が学長選の学生投票で除斥され、種瀬茂学長が心労で急逝するなど混乱が生じる中、学園紛争期の都留重人第6代学長以来となる史上2人目の一橋出身者以外の学長として、第11代一橋大学学長に選出された。
佐藤 和男(さとう かずお、1927年 - )は日本の法学者… 佐藤 和男(さとう かずお、1927年 - )は日本の法学者。国際法専攻。青山学院大学名誉教授。大平善梧らとともに国際経済法学を提唱し、植草学園短期大学学長、国際経済法学会理事、日本会議代表委員、世界平和教授アカデミー常任理事等を歴任。第1回安達峰一郎記念賞受賞。 東京に生まれる。府立第六中学校(現東京都立新宿高等学校)を経て、[要出典]1945年海軍兵学校(75期)卒業、1952年東京商科大学(現一橋大学)卒業後、一橋大学特別研究生となる。大平善梧の指導を受けた。1970年、いずれも大平門下である皆川洸、細谷千博、秌場準一が審査員となり、一橋大学法学博士の学位を取得。 拓殖大学助教授を経て、1959年国際連合本部特別研究員。
田中 浩(たなか ひろし、1926年10月23日- )は、日… 田中 浩(たなか ひろし、1926年10月23日- )は、日本の政治学者。一橋大学名誉教授。学位は、法学博士(名古屋大学)。専攻はヨーロッパ政治思想史。トマス・ホッブズ、カール・シュミット、長谷川如是閑の思想史的研究を柱として、現代政治史や福祉国家論などにも業績を持つ。 佐賀県生まれ。旧制佐賀中学校、陸軍経理学校予科、旧制佐賀高等学校文科乙類を経て、東京文理科大学哲学科卒業。 東京教育大学文学部助手、助教授を経て教授となる。同大学の閉学以降、静岡大学人文学部教授を経て、1983年から90年まで一橋大学社会学部教授。定年退官後、大東文化大学法学部教授、立命館大学客員教授、聖学院大学大学院客員教授を歴任し、聖学院大学大学院アメリカ・ヨーロッパ文化学研究科教授に着任する。
北田芳治(きただ よしはる、1926年5月21日- )は、日… 北田芳治(きただ よしはる、1926年5月21日- )は、日本の経済学者、東京経済大学名誉教授。元政治経済研究所理事長。 東京出身。東京商科大学(現一橋大学)卒。高島善哉ゼミ出身。1982年政治経済研究所理事長。東京経済大学経営学部助教授となり、教授。1998年定年、名誉教授となる。日本学術会議会員を務めた。