スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
三木義一(みき よしかず、1950年(昭和25年)5月3日 … 三木義一(みき よしかず、1950年(昭和25年)5月3日 - )は、日本の法学者、弁護士。専門は租税法・行政法・会計。学位は、博士(法学)(一橋大学・1993年)(学位論文「現代税法と人権」)。青山学院大学名誉教授。第18代青山学院大学学長(2015年-2019年)。 東京都出身。中央大学法学部卒業後、一橋大学大学院法学研究科に進学し、市原昌三郎の指導を受けた。大学で教鞭を執りつつ、弁護士活動も行う。ドイツでミュンスター財政裁判所客員裁判官も務めた。立命館大学教授、青山学院大学学長を経て、青山学院大学名誉教授、大学基準協会監事。1996年、日本不動産学会著作賞及び東京市政調査会藤田賞受賞。 2010年には民主党政権下で政府税制調査会専門家委員に就任。
もっと読む
西澤 宗英(にしざわ むねひで、1949年5月22日 - )… 西澤 宗英(にしざわ むねひで、1949年5月22日 - )は、日本の法学者、弁護士。青山学院大学名誉教授。専門は民事手続法、フランス法。 1973年に慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、同大学大学院法学研究科民事法学専攻修士課程を修了する。城西大学経済学部助教授を経て、1986年に杏林大学社会科学部へ移り、同教授に昇格する。1993年には青山学院大学法学部教授となる。1999年に法学部長の後に、当時の半田正夫学長のもとで副学長を務め、2003年の青山学院大学相模原キャンパス開設を担った。2008年には同大学常務理事に就任した。この間、青山学院大学ハラスメント防止委員長、学生相談センター長、青山学院大学ラグビー部部長を務めた。
もっと読む
対馬 路人(つしま みちひと、1949年 - )は、日本の宗… 対馬 路人(つしま みちひと、1949年 - )は、日本の宗教学者、社会学者。関西学院大学教授。専門は宗教社会学。 東京大学経済学部を卒業後、同大学大学院で社会学を修める。その後、関西学院大学助教授を経て、1992年より同大学社会学部社会学科教授に就任。2004年に同大学学生部長、2005年に同大学社会学部学部長を歴任。副学長時にミニバイクを飲酒運転し接触事故を起こし逮捕されたと報道された。社会・文化変動と宗教、救済観や世直し観などの宗教思想と運動形態、新宗教などを研究している。 また、日本社会学会と関西社会学会の会員のほか、「宗教と社会」学会会長、日本宗教学会理事、財団法人国際宗教研究所理事、関西学院大学出版会評議員などを歴任している。
もっと読む
益子 正文(ますこ まさぶみ、1949年 - )は日本の工学… 益子 正文(ますこ まさぶみ、1949年 - )は日本の工学者、工学博士。東京工業大学名誉教授。元日本トライボロジー学会会長。専門は化学工学。 1968年に東京都立大学附属高等学校、1972年に東京農工大学工学部工業化学科を卒業。東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻へ進学する。1977年に同大学大学院博士課程を満期退学後、東京工業大学助手となり、1979年に工学博士を取得した。1987年に東京工業大学理工学部国際交流センター助教授となり、1991年に工学部化学工学科へ異動し、1998年に教授へ昇格した。その後、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻教授を務める。 この間、1991年~1992年にNASA Lewis Research Center, NRC Research Associateとなる。
もっと読む
平林 和幸(ひらばやし かずゆき、1948年5月15日 - … 平林 和幸(ひらばやし かずゆき、1948年5月15日 - 2014年1月20日)は日本のフランス文学者、美学者。武蔵大学教授。専門はフランス近・現代詩、ヨーロッパ美術工芸。 フランスの詩人ギョーム・アポリネールなどヨーロッパ詩文学を中心に絵画、モニュメントを含める近代芸術・芸術革命、象徴性についての研究に努めた。所属学会は、日本フランス語フランス文学会と日本比較文学会である。2006年に武蔵大学出身者として同大学学長に就任し、ゼミナールを軸とした大学運営を進めた(2010年に退任)。趣味は陶磁器の鑑賞・作成。 2014年1月20日、多臓器不全により東京都内の病院で死去した。65歳没。
もっと読む
大村 謙二郎(おおむら けんじろう、1947年 - )は、日… 大村 謙二郎(おおむら けんじろう、1947年 - )は、日本の都市工学者、工学博士。筑波大学名誉教授。専門は土地利用計画、市街地整備、都市計画史、都市住宅政策。 1947年11月に兵庫県洲本市で生まれる。1971年に東京大学工学部都市工学科を卒業し、同年から計量計画研究所都市計画研究室研究員、1977年から東京大学工学部都市工学科助手、1984年~1985年に建設省建築研究所第一研究部建設経済研究室長、1985年から同研究所第六研究部都市開発研究室長を歴任した。1994年に筑波大学社会工学系教授に就任し、1999年~2001年に同大学社会工学研究科長、2003年~2004年に東京大学社会科学研究所教授を併任した。
もっと読む
菱沼 千明(ひしぬま ちあき、1947年 - 2024年6月… 菱沼 千明(ひしぬま ちあき、1947年 - 2024年6月28日)は、日本の工学者。東京工科大学名誉教授。工学博士。専門分野は、コールセンター、CRM、コンピュータテレフォニーなど。 慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程修了後、日本電信電話公社武蔵野電気通信研究所に勤務する。同研究所基礎研究部研究主任などを経て、1994年にNTTテレマーケティング取締役となる。1997年にNTTソフトウェア取締役となった後、2002年から東京工科大学工学部情報工学科教授に就任した。2003年より同大コンピュータサイエンス学部教授。2005年から同大大学院バイオ・情報メディア研究科アントレプレナー専攻教授、日本テレマーケティング協会会長を務める。
もっと読む
藤井 敏嗣(ふじい としつぐ、1946年12月6日 – )は… 藤井 敏嗣(ふじい としつぐ、1946年12月6日 – )は、日本の地球科学者。専門は、岩石学・マグマ学。学位は、理学博士(東京大学・1975年)。東京大学名誉教授。 この間、1976〜1977年に米国のカーネギー財団地球物理学研究所PD、1980〜1982年にカナダのアルバータ州立大学客員研究員を務めた。 2003年〜2017年に気象庁の火山噴火予知連絡会会長、2006年〜2008年に日本火山学会会長として活動した。その他に、文部科学省科学技術・学術審議会委員、国際火山学・地球内部化学協会(IAVCEI)副会長、日本地球惑星科学連合固体地球科学セクションプレジデント、中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」委員、「火山情報等に対応した火山防災対策検討会」座長代理、「富士山ハザードマップ検討委員会」委員、「三宅島火山活動検討委員会」座長を歴任し、マグマ学や岩石学の第一人者として火山対策などの防災に貢献した。
もっと読む
奥宮 暁子(おくみや あきこ、1946年 - )は、日本の看… 奥宮 暁子(おくみや あきこ、1946年 - )は、日本の看護師、看護学者。学位は医学博士。札幌医科大学 名誉教授。専門はリハビリテーション看護学、老年健康看護学など。これまでに茨城県立医療大学教授、大阪大学教授、東京工科大学教授、帝京科学大学教授、北海道科学大学教授などを歴任した。 祖父は大日本帝国海軍中将の栗田健男、高祖父は東京帝国大学教授の栗田寛、おじは大日本帝国海軍中佐・空将の奥宮正武。 1969年に聖路加看護大学を卒業する。1973年に日本社会事業学校研究科を修了。その後、1973年から1982年にかけて国家公務員等共済組合連合会虎の門病院看護師、1982年から1986年にかけて埼玉県立衛生短期大学講師となり、1986年から1996年にかけて東京都立医療技術短期大学助教授、教授として勤める。
もっと読む
川村 正幸(かわむら まさゆき、1946年 - )は、日本の… 川村 正幸(かわむら まさゆき、1946年 - )は、日本の法学者。専門は、会社法・金融商品取引法・銀行法・手形法など。学位は、博士(法学)(一橋大学・論文博士・1995年)(学位論文『手形抗弁の基礎理論』)。一橋大学名誉教授。駿河台大学第6代学長。法務省司法試験考査委員等も歴任。手形・小切手法の第一人者。 桜修館中等教育学校後期課程を経て、1969年(昭和44年)一橋大学法学部卒業、1975年(昭和50年)一橋大学大学院法学研究科博士課程単位修得退学。堀口亘門下。 1975年(昭和50年)一橋大学助手就任。1977年(昭和52年)講師、助教授を経て、1986年(昭和61年)法学部教授に就任。1998年(平成10年) - 2000年(平成12年)法学部長・法学研究科長を経て、2004年(平成16年)当時の石弘光一橋大学学長のもとで副学長に就任、国立大学法人への移行などを担った。
もっと読む
上杉 忍(うえすぎ しのぶ、1945年 - )は、日本の歴史… 上杉 忍(うえすぎ しのぶ、1945年 - )は、日本の歴史学者、社会学者。横浜市立大学名誉教授。北海学園大学元教授。専門はアメリカ現代史、公民権運動。特に米国南部農村社会史、米国黒人史を研究。 1945年に中国の大連で生まれる。東京都立大学 (1949-2011)人文学部卒業後、一橋大学大学院博士課程単位取得退学。1976年(昭和51年)静岡大学人文学部講師。1979年(昭和54年)助教授、1990年(平成2年)教授を経て、1993年(平成5年)に横浜市立大学文理学部教授。後に学部改組により、国際文化学部教授、国際総合科学部教授となり、2010年に(平成22年)退職。同年、北海学園大学人文学部教授・同大学院文学研究科教授。
もっと読む
山崎 正勝(やまざき まさかつ、1944年10月 - )は、… 山崎 正勝(やまざき まさかつ、1944年10月 - )は、日本の科学者、物理学者、科学史家、理学博士。東京工業大学名誉教授。専門は科学史、科学社会学、物理学史。 1944年、静岡県で技術者の父のもとで生まれる。1963年に東京都立大学附属高等学校を卒業後、東京工業大学理工学部物理学科へ入学。1967年に同大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程へ進学。1972年に博士課程を修了し、論文「多重散乱展開とGlauber近似」で理学博士(東京工業大学)を取得。同年に東京工業大学理学部教務補佐員、1973年に同大学理学部物理学科教務職員を経て、1976年に三重大学教育学部講師、同年10月に助教授へ昇格した。
もっと読む
三橋 郁雄(みはし いくお、1944年 – )は日本の官僚、… 三橋 郁雄(みはし いくお、1944年 – )は日本の官僚、技術士(建設部門)、博士(工学)。元運輸省第一港湾建設局長。 この他に、新潟県港湾審議会計画部会長、むつ小川原開発株式会社常務取締役、財団法人国際臨海開発研究センター調査役を務め、複数の大学で非常勤講師としても活動した。また、北東アジア貿易回廊構想を提唱した。 株式会社新潟国際海運の取締役及びその子会社であるNAFJ PANAMA INCの役員を務めており、日本海横断航路計画に関するフェリー契約トラブルに関わった。
もっと読む
太田 敏子(おおた としこ、1943年 - 2025年)は日… 太田 敏子(おおた としこ、1943年 - 2025年)は日本の生物学者、生化学者、理学博士。筑波大学名誉教授。専門は生化学、微生物学、分子生物学。 1943年に上海で出生する。1967年に東京都立大学理学部生物学科を卒業、後に自治医科大学医学部研究生を修了した。1967年から1973年まで国立予防衛生研究所抗生物質部へ厚生技官として勤務する。1977年から自治医科大学で膜タンパク質の研究に従事、1980年より同大学の研究技官を務める。1991年から筑波大学の講師に就任し、人間総合科学研究科に所属した。基礎医学系助教授、筑波大学医療技術短期大学部教授を経て、基礎医学系教授となる。筑波大学では基礎医学系長を務めたほか、学内の基礎医学系の研究会であるつくば医科学研究会で代表として活動した。
もっと読む
森下 一期(もりした かずき、1943年 - 2016年[要… 森下 一期(もりした かずき、1943年 - 2016年[要出典])は日本の教育者、教育学者。元和光中学校・高等学校校長。専門は技術教育学、職業教育。 東京都立大学附属高等学校を11期生として卒業後、東京工業大学へ進学する。大学卒業後は和光中学校技術科教諭となった。その後、職業訓練大学校助教授に転身し、1985年には名古屋大学教育学部助教授となり技術教育学研究室で教育・研究に従事する。1995年に和光中学校・高等学校校長に着任した。そして、当時の教育実践を2000年に『高校生の総合学習と学び』・『中学生の学びと総合学習』として出版した。退任後は、和光学園理事を務めた。
もっと読む
笹尾 哲夫(ささお てつお、1942年 - )は日本出身の天… 笹尾 哲夫(ささお てつお、1942年 - )は日本出身の天文学者、理学博士。元国立天文台教授。専門は地球回転運動、固体地球物理学など。 1972年に東京大学理学系研究科博士課程を修了する。大学院では天文学を専攻し海野和三郎に師事した。同年に文部省緯度観測所研究員となり、1978年~1979年にコロラド大学環境科学協同研究所客員研究員を経て、1988に国立天文台地球回転系教授に就任する。VLBIによる高精度天体位置計測、大気モデルと位相補償方式、地球回転運動などを研究分野として活動した。VERA計画(VLBI Exploration of Radio Astrometry、天文広域精測望遠鏡)を統括責任者として推進した。
もっと読む
団 まりな(だん まりな、1940年(昭和15年)7月22日… 団 まりな(だん まりな、1940年(昭和15年)7月22日 - 2014年(平成26年)3月13日)は、日本の生物学者。 東京都生まれ。ともに生物学者である團勝磨と團ジーン夫妻の娘。本姓・惣川。1963年東京都立大学理学部生物学科卒業。1963年京都大学大学院理学研究科動物学専攻修士課程入学、1969年同博士課程修了、1970年「微量電気泳動法の新技術」で理学博士。1970年大阪市立大学理学部助手。のちに、講師、助教授を経て、教授。退官後、階層生物学研究ラボ責任研究者。専攻は発生生物学、理論生物学、進化生物学。
もっと読む
小嶋 勝衛(こじま かつえ、1940年3月2日 - )は、日… 小嶋 勝衛(こじま かつえ、1940年3月2日 - )は、日本の建築系都市計画学者。工学者。一級建築士。工学博士。第11代日本大学総長・日本大学理事長。専門は都市計画、建築計画。 昭和15年(1940年)に東京府で生まれる。東京都立大学附属高等学校に入学して、芸術家に憧れて美術研究部に入部した。昭和38年(1963年)に日本大学理工学部建築学科を卒業。昭和40年(1965年)には同(日大)大学院理工学研究科修士課程建設工学専攻を修了する。その後、日本大学理工学部助手となり、専任講師、助教授と昇格し、昭和58年(1983年)に教授に就任した。平成9年(1997年)から理工学部長および理工学研究科長を務める。
もっと読む
岩田 末廣(いわた すえひろ、1939年8月10日 – )は… 岩田 末廣(いわた すえひろ、1939年8月10日 – )は、日本の化学者。学位は、理学博士。分子科学研究所名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。専門は、理論化学・量子化学・計算化学。 この間、72~73年にロチェスター大学、73~75年にシカゴ大学で博士研究員として在外研究し、97~99年に東京大学理学系大学院化学専攻客員教授を務めた。
もっと読む
大久保 利晃(おおくぼ としてる、1939年6月6日 - )… 大久保 利晃(おおくぼ としてる、1939年6月6日 - )は、日本の医師・医学者。医学博士。元産業医科大学学長。専門は公衆衛生学。大久保利通の曾孫。大久保利泰は従兄。大久保利謙は伯父。大久保利武は祖父。大久保利和は大伯父。大久保利世は高祖父。 東京府生まれ。1966年に慶應義塾大学医学部を卒業した。1967年から1977年に慶應義塾大学医学部衛生学・公衆衛生学助手・講師を経て、1977年から1983年に自治医科大学医学部衛生学助教授になった。1983年から産業医科大学環境疫学研究室教授に就任した。1997年 - 2002年に産業医実務研修センター所長、1999年 - 2002年に副学長となった後に、2002年 - 2005年に産業医科大学学長を務めた。
もっと読む
武市 英雄(たけいち ひでお、1937年6月4日 - )は日… 武市 英雄(たけいち ひでお、1937年6月4日 - )は日本の新聞学者。上智大学名誉教授。専門はジャーナリズム、マスコミュニケーション、マスメディア。 東京都出身。1960年に上智大学文学部卒業後、読売新聞で記者となる。1967~1968年にフルブライト留学生としてミネソタ大学大学院ジャーナリズム専攻へ留学する。1970年に記者を退職し、上智大学文学部新聞学科専任講師へ転身した。上智大学教授に就任後は、1997年に文学研究科委員長、2000年に同大学社会正義研究所長となり、2001年に名誉教授を授与される。その後、大妻女子大学文学部コミュニケーション文化学科教授となる。 この間、1991年に日本時事英語学会会長、1999年に日本マス・コミュニケーション学会会長を務める。
もっと読む
藤正 巖(ふじまさ いわお、1937年 - )は、日本の医師… 藤正 巖(ふじまさ いわお、1937年 - )は、日本の医師、医学者、医学博士。東京大学名誉教授、政策研究大学院大学名誉教授。専門は医用生体工学、社会構造学、医療政策、人間生物学。 1964年に東京大学医学部医学科卒業後、1965年に東京大学医学部電子研究施設助手となる。1975年に助教授となった後に、1986年に東京大学先端科学技術研究センターへ移籍する。1988年に同センター教授に昇格し、医学部教授を併任した。1996年に埼玉大学大学院政策科学研究科教授となり、翌年に創設された政策研究大学院大学教授に就任した。2005年に定年後は、同大学のリサーチフェローを経て、アカデミックフェロー・客員教授を務めた。
もっと読む
大熊 幹章(おおくま もとあき、1936年8月16日 - )… 大熊 幹章(おおくま もとあき、1936年8月16日 - )は、日本の林学者、農学博士。東京大学名誉教授。専門は林産学、生物資源科学。日本学術会議会員(第16期)。 東京出身。1960年東京大学農学部林産学科卒業。東京大学大学院を修了後、1987年東京大学農学部教授(- 1997年)。東京大学名誉教授として定年退官後、1997年九州大学農学部教授(- 2000年)となる。その後、宮崎県林務部顧問として、宮崎県木材利用技術センターの設立に携わり、2001年同センター所長に就任する。また、2005年から独立行政法人森林総合研究所理事長を務めた(- 2007年) 1966年 東京大学 農学博士。論文の題は「合板の機械的性質に関する研究」。
もっと読む
福島 章(ふくしま あきら、1936年1月29日 - 202… 福島 章(ふくしま あきら、1936年1月29日 - 2022年8月1日)は、日本の医学者・精神科医。専門は、犯罪精神医学・病跡学。上智大学名誉教授。 1936年、東京生まれ。東京都立大学附属高等学校を卒業。東京大学医学部を卒業し、同大学大学院医学系研究科精神医学専攻に進んだ。1968年、博士課程を修了し、学位論文『窃盗累犯の精神医学的研究 意志欠如精神病質者の犯罪学および性格学への一寄与』で医学博士の学位を取得。 卒業後は府中刑務所医師として勤務した。後に東京医科歯科大学助教授、上智大学文学部教授となった。2001年に上智大学を定年退任し、名誉教授となった。学界では、日本病跡学会名誉会長をつとめた。
もっと読む
柳澤 信夫(やなぎさわ のぶお、1935年6月22日 - )… 柳澤 信夫(やなぎさわ のぶお、1935年6月22日 - )は日本の医学者、医師、医学博士。信州大学名誉教授。東京工科大学名誉教授。専門は神経学。日本学術会議会員(第17期)。 東京府出身。1960年に東京大学医学部卒業後、同大学大学院を修了する。1965年に東京大学医学部附属病院神経内科の助手となる。同年3月、東京大学医学博士。論文の題は 「Thalamic influences on the gamma motor system(視床外腹側核刺激のガンマ運動系に及ぼす影響)」。1969年にハーバード大学霊長類研究所生理学部門へ留学する。その後、1980年に信州大学教授となり、1993年に信州大学医学部附属病院院長に就任する。
もっと読む
太田 勝洪(おおた かつひろ、1935年4月28日 - 20… 太田 勝洪(おおた かつひろ、1935年4月28日 - 2004年3月27日)は、日本の歴史学者、国際政治学者。元法政大学教授。専門は中国史、国際政治学。 1935年に東京都で生まれる。東京都立大学附属高等学校を卒業後、東京大学文学部東洋史学科へ入学した。その後、同大学院国際関係論専門課程博士課程を修了する。1965年に国立国会図書館の調査及び立法考査局外務課へ勤め、現代中国に関する研究を行う。1973年に法政大学法学部政治学科助教授となり、1978年に教授に昇格する。1993~98年に中国研究所理事長として活動した。また、大連外語学院訪問教授、東京女子大学非常勤講師などを務めたほか、逝去時まで日本現代中国学会理事であった。
もっと読む
隅野 隆徳(すみの たかのり、1935年 - )は、日本の法… 隅野 隆徳(すみの たかのり、1935年 - )は、日本の法学者(憲法学)。専修大学名誉教授。 東京府に生まれる。戦時中に集団疎開を経験した後に、1958年に東京大学法学部第二類卒業。1963年に同大学院博士課程を中退した。同年に専修大学法学部講師に就任、1968年に助教授、1975年に教授となり、法学部長などを歴任した。専修大学に42年間勤務し、主に憲法学の研究・教育に従事した。2005年に同大学名誉教授。 九条の会など護憲を主張する論客としての市民活動もあり、共産党推薦で参議院憲法調査会公述人として出席している。国民投票法や教育基本法改正、有事法制などに批判的である。憲法改悪阻止各界連絡会議代表幹事などを務め、共同声明での政治的意思表明をすることも多い。
もっと読む
原 康夫(はら やすお、1934年3月30日 - 2024年… 原 康夫(はら やすお、1934年3月30日 - 2024年2月13日)は日本の理論物理学者、理学博士。筑波大学名誉教授。専門は素粒子理論、科学教育。 1934年に神奈川県鎌倉市で生まれる。東京都立大学附属高等学校を経て、1957年に東京大学理学部物理学科卒業、1962年に東京大学大学院数物系研究科博士課程を修了する。同年に東京教育大学理学部助手、1966年から助教授を経て、1975年に筑波大学物理学系教授となる。1992年に筑波大学副学長に就任する。1997年に定年退職し名誉教授となった後に、2004年まで帝京平成大学情報学部教授を務めた。 この間、カリフォルニア工科大学、シカゴ大学、プリンストン高等研究所、トリエステ国際理論物理学センターなどの研究員、2004年から工学院大学CPDセンター客員教授を歴任した。
もっと読む
山口 祐司(やまぐち ゆうじ、1934年1月23日 - 20… 山口 祐司(やまぐち ゆうじ、1934年1月23日 - 2017年11月5日)は、日本の実業家、商学者。桜美林大学名誉教授。専門はホスピタリティ経営。長女はノンフィクション作家の山口由美。 1934年に神奈川県横浜市で生まれる。1957年に早稲田大学第一商学部卒業後、三菱商事に入社する。1958年には富士屋ホテルに転職した。1959年にホテル業界で有名であるコーネル大学ホテル経営学部に入学し、1961年に卒業する。その間に、ウオルドルフ・アストリアホテル、ロイヤルハワイアンホテルに勤務する。その後、1971年に富士屋ホテル取締役、1988年には副社長、富士屋ホテルチェーン総支配人を経て、1999年に監査役となる。
もっと読む
桜井 靖久(さくらい やすひさ、1934年1月13日 - 2… 桜井 靖久(さくらい やすひさ、1934年1月13日 - 2011年1月12日)は日本の医師、医学者。東京女子医科大学名誉教授。専門は医用生体工学、生体材料学。 1934年に東京府で生まれる。1958年に東京大学医学部を卒業する。1959年から東京大学第二外科勤務、アラビア石油カフジ鉱山業所医師を経て、1965年に東京大学医用電子研究施設助手となる。1971年-1973年に同助教授の後に、1974年より東京女子医科大学教授に就任する。1976年から同大学医用工学研究施設長を務める。1999年に東京女子医科大学名誉教授・顧問となり、2001年-2004年には早稲田大学客員教授を歴任した。 専門分野として医用材料、薬物送達システム、未来医学などを研究し、東京女子医科大学教授岡野光夫等と共に特許も多数取得している。
もっと読む
土肥 博至(どひ ひろし、1934年 - )は、日本の建築家… 土肥 博至(どひ ひろし、1934年 - )は、日本の建築家、都市計画家、アーバンデザイナー、芸術工学者。工学博士。元神戸芸術工科大学学長。専門は環境デザイン、建築デザイン。筑波大学名誉教授。東京都出身。 1934年に東京都で生まれる。東京大学工学部建築学科を経て、同大学院数物系研究科へ進学する。その後、日本住宅公団に就職し、若林時郎,小林篤夫,東京大学高山研の土田旭,大村虔一らと高蔵寺ニュータウン計画、若林、南條道昌らと、筑波研究学園都市の計画、設計、建設を担当した。1971年に東京教育大学助教授となり、筑波大学のキャンパスデザインを行った。1976年に筑波大学芸術学部(後に芸術系)の教授となり都市計画・建築計画、園芸学・造園学、農業土木学・農村計画学などの研究を行う。
もっと読む
北村 貞太郎(きたむら ていたろう、1933年11月15日 … 北村 貞太郎(きたむら ていたろう、1933年11月15日 - 2013年9月20日)は、日本の農学者。農学博士。京都大学名誉教授。専門は農業土木学、農村計画学。第14期~16期日本学術会議会員。 1933年に東京府で生まれる。京都大学大学院農学研究科博士課程へ進学。京都大学農学部助教授(農村計画学研究室)を経て、1981年に大学院熱帯農学専攻の設置に伴い、同大学教授(地域計画論講座担当)に就任した。1997年に京都大学を定年退官し名誉教授となった後は、東京農業大学国際食料情報学部教授として研究・教育に従事する。その後、財団法人地球環境財団の地球環境総合研究所所長を務めた。 この間、スイス連邦工科大学へ留学する。
もっと読む
冲永 荘一(おきなが しょういち、Dr. Shōichi O… 冲永 荘一(おきなが しょういち、Dr. Shōichi Okinaga、1933年6月29日 - 2008年9月25日)は、日本の学校法人経営者、教育者、医学者(産婦人科学)。 東京府渋谷町(現・東京都渋谷区)に財団法人帝京商業学校を創設した冲永荘兵衛の長男として1933年東京府荏原区(現・品川区)に生まれる。都立高等学校 (旧制)を経て1958年に東京大学医学部を卒業。 1963年に東京大学大学院医学系研究科博士課程を修了し医学博士号を取得、1966年に帝京大学を創設し学長・理事長に就任、1981年には同大学総長に就任し、2002年に総長を退任した。 治療や研究を通じて人間の生命を救う事が出来る医学に志と使命感を持ち、教育理論より社会に直結した実学を重視した冲永荘一は、『医学は実学を象徴する学問である』との想いから東京大学医学部大学院在学時に博士論文において史上最年少(当時)で日本産科婦人科学会賞を受賞した。
もっと読む
近藤 耕人(こんどう こうじん、1933年1月16日 - )… 近藤 耕人(こんどう こうじん、1933年1月16日 - )は、日本の英文学者、写真評論家、明治大学名誉教授。 東京生まれ。東京大学文学部英文科卒。1962年戯曲「風」で文芸賞佳作入選。明治大学教授を経て名誉教授。多摩芸術学園、多摩美術大学などで英語、文学、映像論等を教える。 甥はクリエイティブプロデューサーの近藤ヒデノリ(1971 - )。
もっと読む
中村 嘉男(なかむら よしお、1933年 - )は、日本の医… 中村 嘉男(なかむら よしお、1933年 - )は、日本の医師、生理学者、歯学者、医学博士。東京医科歯科大学名誉教授。専門は口腔生理学、基礎歯科学、脳科学。 1933年に東京府で生まれる。1958年に東京大学医学部を卒業。1963年に東京大学大学院生物系研究科第一基礎医学課程を修了し、医学博士を取得した。学位論文は 「Spindle bursts and hippocampal EEG in relation with autonomic function(紡錘群発と海馬脳波 : 自律機能と関連づけて)」。 1972年から東京医科歯科大学教授(歯学部顎口腔総合研究施設咀嚼研究部門)を経て、1982年に歯学部口腔生理学教室担当となる。
もっと読む
千野 栄一(ちの えいいち、1932年2月7日 - 2002… 千野 栄一(ちの えいいち、1932年2月7日 - 2002年3月19日)は、日本の言語学者、翻訳家、東京外国語大学名誉教授、元和光大学学長。専門は言語学、およびチェコ語を中心としたスラブ語学。 晩年は旧字体の「千野 榮一」と表記した。 1932年、東京府豊多摩郡渋谷町(現:東京都渋谷区)栄通1丁目生まれ。1948年、東京都立高校(旧制)尋常科(現:東京都立桜修館中等教育学校)修了。当時からの友人に地理学者江波戸昭がいる。 1949年、東京都立高校高等科(現:東京都立大学)修了。1955年、東京外国語大学第四部(ロシア語)を卒業。1958年、東京大学文学部言語学専攻を卒業した。同年よりチェコスロヴァキア政府奨学生としてプラハのカレル大学に入学。
もっと読む
石川 哲(いしかわ さとし、1932年 - 2022年 )は… 石川 哲(いしかわ さとし、1932年 - 2022年 )は日本の医師、医学者、医学博士。北里大学名誉教授。専門は眼科学、環境医学。 1932年に東京府で生まれる。1957年に東北大学医学部を卒業した後に、東京大学医学部眼科学教室に入局する。その後、フルブライト留学生としてアメリカで研究活動を開始し、1965年にニューヨーク大学助教授となる。同年に東京大学医学部眼科講師となり、1971年に北里大学医学部眼科学技術振興調整費教授に就任する。同大学医学部教授として神経眼科、環境医学、神経毒物、自律神経学などの研究に従事し、1995年からは医学部長を務めた。1998年に定年退職し名誉教授となった後は、北里研究所病院環境センター長および森下記念病院名誉院長に就任した。
もっと読む
米本 恭三(よねもと きょうぞう、1932年 - 2024年… 米本 恭三(よねもと きょうぞう、1932年 - 2024年12月23日)は、日本の医学者、医師。専門はリハビリテーション医学、神経内科学、整形外科学。学位は、医学博士。 東京慈恵会医科大学名誉教授、東京都立大学名誉教授。元東京都立保健科学大学学長、元東京慈恵会医科大学主任教授、元東京慈恵会医科大学附属第三病院病院長、元慈恵看護専門学校校長。 1958年に東京慈恵会医科大学を卒業する。1963年に同大学院を修了し、整形外科学教室・第二生理学教室の助手となった。1970年から1971年まで東京大学医学部脳研究施設・神経内科に国内留学する。1972年から東京慈恵会医科大学整形外科講師となり、1977年に助教授、1983年から教授に就任しリハビリテーション科、体力医学研究室を担当した。
もっと読む
椎名 素夫(しいな もとお、1930年8月19日 - 200… 椎名 素夫(しいな もとお、1930年8月19日 - 2007年3月16日)は、日本の政治家、実業家、物理学者。衆議院議員(4期)、参議院議員(2期)、自由の会代表、無所属の会代表などを務めた。 自由民主党副総裁、外務大臣、通商産業大臣を歴任した椎名悦三郎の次男。 東京府東京市(現・東京都文京区)出身。旧制府立高等学校を経て1953年名古屋大学理学部物理学科を卒業。電源開発に入った後、アメリカアルゴンヌ国立研究所に入所する。帰国後、精密機械メーカーサムタクを設立し、自ら取締役に就任した。1979年、父・椎名悦三郎の引退に伴い、第35回衆議院議員総選挙に旧岩手2区から自由民主党公認で立候補し、初当選する。
もっと読む
杖下 隆英(つえした りゅうえい、1929年 - 2017年… 杖下 隆英(つえした りゅうえい、1929年 - 2017年11月21日)は、日本の哲学研究者、東京大学教養学部名誉教授。英国哲学、デイヴィッド・ヒュームを専攻。 東京生まれ。父は1928年に東京帝国大学を卒業した中国思想研究家で、東洋大学教授の杖下隆之。1952年東京大学文学部哲学科卒業。同年東京大学教養学部助手、のち助教授、教授。1990年定年退官、名誉教授。2014年瑞宝中綬章受章。
もっと読む
斉藤 孝(さいとう たかし、1928年11月2日 - 201… 斉藤 孝(さいとう たかし、1928年11月2日 - 2011年1月28日 )は、日本の歴史学者、国際政治学者。学習院大学名誉教授。専門は、国際政治史。社会学博士(東京大学、1967年)。東京生まれ。長男の哲郎は大東文化大学教授。
もっと読む
香原 志勢(こうはら ゆきなり、1928年6月4日 - 20… 香原 志勢(こうはら ゆきなり、1928年6月4日 - 2014年11月16日)は、日本の人類学者。立教大学名誉教授。専攻は人類学、比較行動学。 1928年、東京生まれ。旧制麻布中学校を経て、1945年に旧制都立高等学校理科乙類に入学。戦時下の空襲で自宅や母と妹を失った。1948年に東京大学理学部人類学科に入学。人類学教室では、木村邦彦、寺田和夫、埴原和郎らがいた。1951年に卒業し、同大学大学院に進んだ。 1954年、信州大学医学部第二解剖教室助手に採用された。1956年に講師、1960年に助教授昇格。鈴木誠の下で解剖学実習などにあたるとともに、信州大学在職中には長野県南佐久郡北相木村の栃原岩陰遺跡の発掘に参加した。
もっと読む
山本 草二(やまもと そうじ、1928年(昭和3年)2月25… 山本 草二(やまもと そうじ、1928年(昭和3年)2月25日 - 2013年(平成25年)9月19日)は、日本の法学者。専門は国際法。学位は、法学博士(東京大学・1969年)(学位論文「宇宙通信の国際法-国際企業の法形態として-」)。東北大学名誉教授。国際海洋法裁判所裁判官。長野県上田市出身。長男は外交官の山本条太。
もっと読む
詫摩 武俊(たくま たけとし、1927年〈昭和2年〉6月30… 詫摩 武俊(たくま たけとし、1927年〈昭和2年〉6月30日 - 2018年〈平成30年〉12月30日、享年91歳)は、日本の心理学者。(旧)東京都立大学名誉教授、東京国際大学名誉教授。学位は、文学博士(東京大学・1961年)(学位論文「双生児法による遺伝心理学的研究」)。小児科学者詫摩武人の長男。 千葉県出身。旧制都立高等学校理科を経て東京大学文学部卒。 その後、東京大学文学部助手、学習院大学文学部教授を経て(旧)東京都立大学人文学部教授を定年退職まで務めた後、東京国際大学教授として人間社会学部および臨床心理学研究科の設置に関わる。ドイツのミュンヘン大学に留学・滞在した経験とも関係して、日本では比較的珍しいヨーロッパの性格学の流れを汲む性格心理学を展開した。
もっと読む
祖父江 孝男(そふえ たかお、1926年11月5日 - 20… 祖父江 孝男(そふえ たかお、1926年11月5日 - 2012年12月15日)は、日本の文化人類学者、国立民族学博物館名誉教授。 1926年、東京で生れた。府立高等学校を経て、東京大学理学部人類学科に入学。文化人類学を専攻し、1949年に卒業。ハーバード大学大学院に留学。 ノースウェスタン大学、ハワイ大学、ウィスコンシン大学客員教授をつとめた後に帰国し、明治大学政経学部教授に就いた。1977年、国立民族学博物館教授に転じた。1984年に国立民族学博物館を退任し、名誉教授となった。同年より放送大学客員教授をつとめた。 2012年12月15日、虚血性心不全のため自宅にて死去。 文化人類学者として北米をフィールドとし、アラスカ・エスキモーを専門とした。
もっと読む
福田 清成(ふくだ きよしげ、1926年〈大正15年〉4月2… 福田 清成(ふくだ きよしげ、1926年〈大正15年〉4月27日 - 2015年〈平成27年〉7月7日)は、日本の化学者(コロイド化学)、教育者。 学位は、理学博士(東京大学)。埼玉大学名誉教授。中国科学院名誉教授。 東京市本郷区(現在の東京都文京区本郷)に、父秀一(歯科医)、母喜代子の次男として生まれる。幼少の頃から自然と親しみ、こよなく愛す。 高校生になる頃には科学者を目指すようになる。1945年(昭和20年)旧制府立高等学校理科を卒業すると、実家が東京大学農学部の目の前にあったこともあり、東京大学理学部化学科へ入学。研究室にて有機化学、コロイド科学に没頭し、薄膜の世界に魅了されていく。1948年(昭和23年)卒業。
もっと読む
清寺 眞(せいじ まこと、1926年 - 1982年9月30… 清寺 眞(せいじ まこと、1926年 - 1982年9月30日)は、日本の医学者、皮膚科医。東北大学教授。色素細胞が作るメラニン顆粒”melanosome"の発見とその命名者。悪性黒色腫の4番目の病型を世界に先駆けて、掌蹠・爪下・粘膜型(palmoplantal-subungal-mucosal type)” として提唱 (残念ながら現在 欧米で提唱された末端黒子型(acral lentiginous type) が汎用されている)。 1926年2月1日鎌倉にて生まれ、東京の誠之小学校、府中第五中学校、旧制都立高校を経て、1949年に東京大学を卒業、翌年東京大学医学部皮膚科に入局し、北村包彦教授に師事した。
もっと読む
石光 亨(いしみつ とおる、1925年5月17日 - 201… 石光 亨(いしみつ とおる、1925年5月17日 - 2013年6月15日)は、日本の地理学者(経済地理学)。神戸大学名誉教授。 1925年にメキシコのベラクルス州にて出生。1943年に麻布中学校、1945年に都立高等学校理科三類を卒業し、東京大学へ進学する。1949年に東京大学理学部地理学科を経て大学院へ進学し、1952年に後期課程を修了した。1952年にフルブライト交換留学生として渡米。1953年にミシガン大学天然資源学部大学院を修了する。同年にイェール大学天然資源学部招聘学生となり、1954年まで大学院で学んだ。 イェール大学大学院退学後に総理府資源調査会事務局へ就職し、1956年から科学技術庁資源局資源統計課で働く。
もっと読む
福田 平(ふくだ たいら、1923年11月4日 - 2019… 福田 平(ふくだ たいら、1923年11月4日 - 2019年1月8日)は、日本の法学者。 専門は刑法学。学位は、法学博士(東京大学・論文博士・1962年)(学位論文「違法性の錯誤」)。一橋大学名誉教授。2000年 勲二等瑞宝章受章。東京市麹町区(のち千代田区)出身。 その刑法学説は、師である団藤と同じく後期旧派に属するが、戦後ドイツの刑法学者ハンス・ヴェルツェルの刑法理論を日本に紹介し、行為論において、目的的行為論をとり、行為を主観客観の全体的構造をもつとした上で、違法性論において、行為無価値論にたった。 違法性の錯誤については、違法性の意識は故意とは無関係であるが、違法であると思わなかったことに相当の理由があれば責任を阻却するという厳格責任説をとる。
もっと読む
萬年 甫(まんねん はじめ、1923年5月23日 - 201… 萬年 甫(まんねん はじめ、1923年5月23日 - 2011年12月27日)は、日本の神経解剖学者。東京医科歯科大学医学部名誉教授。脳解剖学専攻。 千葉県出身。旧制府立高等学校を経て、1947年東京帝国大学医学部を卒業。1956年「脂質含有色素粒子の分布より見たる人脳の細胞構築に就いて」で東京大学医学博士。東大助教授をへて1963年に東京医科歯科大学教授となり、1989年に定年退官。 中枢神経系の神経細胞を研究。1983年藤原賞を受賞。1988年「猫脳ゴルジ染色図譜」(英文)を刊行した。弟の萬年徹(1930年- )は東大医学部名誉教授。弟子に岩田誠がいる。
もっと読む