スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
田村 公平(たむら こうへい、1947年3月19日 - 20… 田村 公平(たむら こうへい、1947年3月19日 - 2025年5月13日)は、日本の政治家。参議院議員(2期)、自由連合幹事長、建設政務次官(第2次森内閣)などを歴任。高知県土佐山田町(現・香美市)出身。父は元衆議院議員の田村良平。 参議院議員時代は自由民主党議員であったが、安倍晋三の美しい国というスローガンに対してはかなり批判的であった。 2007年7月1日、田村の決起集会にて、安倍は集まった聴衆に対し「美しい国」の理念や自民党の政策を訴えた。しかし、7月16日、田村は「美しい国」について「意味がよく分からない」 と指摘した上で「高知は明日の飯をどうやって食うかという追いつめられた状況にある。
町田 義人(まちだ よしと、1946年〈昭和21年〉9月21… 町田 義人(まちだ よしと、1946年〈昭和21年〉9月21日 - )は、日本のカレッジ・フォーク、及びグループ・サウンズ出身の歌手。本名:小松義人。 高知県土佐市出身。カレッジ・フォーク「キャッスル&ゲイツ」を経て、成城大学在学中の1968年に「ズー・ニー・ヴー」を結成、ボーカルを務める。「ズー・ニー・ヴー」はR&B路線の強いバンドだったが、「白いサンゴ礁」の大ヒットで注目を集める。 1970年ズー・ニー・ヴーを脱退、ソロに転向。広い音域と迫力ある唱法で実力派歌手として知られた。テレビCM曲を7〜8年間で400〜500本歌う。1978年公開の映画『キタキツネ物語』において、同作品の音楽担当だったタケカワユキヒデに指名される形で、主題歌「赤い狩人」を歌う。
塩田 潮(しおた うしお、1946年7月14日 - )は、日… 塩田 潮(しおた うしお、1946年7月14日 - )は、日本の評論家、ノンフィクション作家。 本名・満彦。高知県吾川郡いの町生まれ。土佐中学校・高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒(中村菊男ゼミ)。1970年に日本能率協会に入り、「月刊マネジメント」編集部に勤務する。民社党法務政策委員長たる衆院議員岡澤完治秘書、「文藝春秋」記者などを経てノンフィクション作家。1983年『霞が関が震えた日』で講談社ノンフィクション賞受賞。主として現代政治について執筆。
川口 清史(かわぐち きよふみ、1945年8月31日 - )… 川口 清史(かわぐち きよふみ、1945年8月31日 - )は、日本の経済学者。博士(経済学)・京都大学。学校法人立命館元総長、立命館大学元学長。元政策科学研究科長。国際公共経済学会理事。専門分野は経済・社会システム、政策、経済事情および政策学。中国長春生まれ。日韓文化交流会議の日本側委員長。2021年瑞宝重光章受章。ニッポンコリア友好平和協議会会長。 1994年の立命館大学政策科学部開設には事務局長として設置委員会から参加。教学部長、広報室長など学校法人立命館の要職を歴任した。
黒鉄 ヒロシ(くろがね ヒロシ、1945年8月3日 - )は… 黒鉄 ヒロシ(くろがね ヒロシ、1945年8月3日 - )は、日本の男性漫画家、コメンテーター。テレ朝チャンネル放送番組審議会委員。高知県高岡郡佐川町出身。本名:竹村 弘(たけむら ひろし)。
佐竹 研一(さたけ けんいち、1945年 - 2016年12… 佐竹 研一(さたけ けんいち、1945年 - 2016年12月18日)は、日本の環境学者。初代生物地球化学研究会会長。 高知県生まれ。土佐高等学校卒業。名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。環境庁国立環境研究所酸性雨研究チーム総合研究官を経て、立正大学地球環境科学部環境システム学科教授、中国廈門大学客員教授。 その他 中国廈門大学客員教授、東京大学非常勤講師
野田 正彰(のだ まさあき、1944年3月31日 - )は、… 野田 正彰(のだ まさあき、1944年3月31日 - )は、日本の精神科医、評論家、ノンフィクション作家。高知県出身。専攻分野は比較文化精神医学。精神病理学、文化人類学、社会学が重なる分野を研究。 パプアニューギニア、ソ連-ロシアにおける社会変動下の人々の精神病理学的研究。中国、ベトナム、東ヨーロッパにおける戦争加害者、戦争被害者の精神病理学的研究。日本の青少年、女性、中高年、老人の精神病理学的研究。災害救援学。庭園の文化論。園芸療法研究。 と批判している。この橋下の発言内容の記事に対し、光市事件の弁護団は、野田の依頼に応じ、野田が母体回帰説を唱えたとの事実、また母体回帰説を無実の根拠にしたとの事実はなく、橋下の発言内容の記事は事実に反した記載があるとの報告をしている。
瀧田 佳子(たきた よしこ、1943年6月12日 - )は、… 瀧田 佳子(たきた よしこ、1943年6月12日 - )は、アメリカ文学・比較文学の研究者、東京大学・大学評価・学位授与機構名誉教授。 広島県生まれ。旧姓・中山。
森本 浩志(もりもと ひろし、1943年(昭和18年)3月2… 森本 浩志(もりもと ひろし、1943年(昭和18年)3月28日 - )は、日本の原子力技術者。関西電力副社長原子力事業本部長として、部落解放同盟元幹部の森山栄治から金品を受け取った。 昭和18年3月28日生まれ。高知県の出身。土佐中学校・高等学校36回生。 1965年京都大学工学部卒業。1965年4月関西電力株式会社に入社。1999年6月関西電力取締役に就任。2001年6月関西電力常務取締役に就任。2003年6月関西電力取締役副社長に就任。2008年4月にはエネルギー総合工学研究所の理事(非常勤)となっている。。 2009年6月日本原子力発電株式会社取締役社長に就任。2009年7月原子力発電環境整備機構(NUMO)監事(非常勤)に就任。
伊野部 重晃(いのべ しげあきら、1942年〈昭和17年〉3… 伊野部 重晃(いのべ しげあきら、1942年〈昭和17年〉3月7日 - )は、日本の銀行家。勲等は旭日小綬章。高知銀行元頭取。 伊野部重珍元高知相互銀行社長の長男として、高知県高知市に生まれる。 長銀勤務を経て、祖父、父ともに、前身の無尽会社時代からのトップを務めた高知相銀に入行。 2013年(平成25年)、役員を退任した。 2025年秋の叙勲で旭日小綬章を受章した。
浅井 和子(あさい かずこ、1941年7月20日 - )は、… 浅井 和子(あさい かずこ、1941年7月20日 - )は、日本の弁護士、外交官。民間人初の駐ガーナ兼シエラレオネ兼リベリア特命全権大使や、アフリカ協会顧問、土佐高校理事等を務めた。 東京都に生まれ、高知県で育つ。旧姓中谷。中谷貞頼元衆議院議員は父。中谷元元防衛大臣は甥。土佐高等学校を経て、1964年国際基督教大学卒業した翌年に結婚、3人の子供と授かり、家庭と両立しつつ、並行して弁護士の資格を取り、1972年第一東京弁護士会弁護士登録。2000年ブラッドフォード大学平和研究大学院修了、修士。司法研修所の同期からの要請で、2002年から民間人としては初となる駐ガーナ兼シエラレオネ兼リベリア特命全権大使を務めた。
大橋 勲(おおはし いさお、1941年3月25日 - )は、… 大橋 勲(おおはし いさお、1941年3月25日 - )は、高知県高知市出身(兵庫県生まれ)の元プロ野球選手(捕手)。 幼少の頃に出生地の兵庫から、一家と共に高知へ移り、父・隆は高知で不動産業を成功させた。大橋は何不自由ない裕福な家庭で育ち、プロ入り後は帰郷すると、玄関に家政婦が3人も三つ指をついて出迎えてくれるという噂があった。土佐中から内部進学した土佐高では2年次の1957年に秋季四国大会県予選で決勝に進むが、高知商の山崎武昭・森光正吉の継投に抑えられて惜敗。この頃は遊撃手としてプロスカウトの目にとまる逸材であったが、当時の高知商は俊足揃いであったため、この足を封じるために肩の良い大橋が捕手に転向したというエピソードがある。
尾池 和夫(おいけ かずお、1940年5月31日 - )は、… 尾池 和夫(おいけ かずお、1940年5月31日 - )は、日本の地球科学者(地震学)。勲等は瑞宝大綬章。学位は理学博士(京都大学・1972年)。瓜生山学園理事、京都大学名誉教授。 京都大学総長(第24代)、京都造形芸術大学学長、静岡県公立大学法人理事長(第4代)、静岡県立大学学長、高知県公立大学法人理事、学校法人京都精華大学理事、公益財団法人日本イタリア会館顧問を歴任。 京都大学防災研究所助教授、京都大学大学院理学研究科・理学部教授、京都大学大学院理学研究科研究科長、京都大学理学部学部長、京都大学副学長(教育・学生担当)、2003年から2008年まで京都大学総長(第24代)、公益財団法人国際高等研究所所長(第5代)などを歴任した。
立仙 順朗(りっせん じゅんろう、1940年(昭和15年)5… 立仙 順朗(りっせん じゅんろう、1940年(昭和15年)5月29日 - )は、日本のフランス文学者、慶應義塾大学名誉教授。専攻は近代フランス文学。サルトル、ブランショの研究を経て、マラルメにおけるポエジーを研究。千葉県船橋市在住。
田島 征三(たしま せいぞう, 1940年1月9日 - )は… 田島 征三(たしま せいぞう, 1940年1月9日 - )は、日本の絵本作家、美術家。同じ絵本作家の田島征彦は同年生まれの双子の兄弟だが、苗字の読み方は征三が「たしま」、征彦が「たじま」を名乗っている。本来の読み方は「たしま」だが、征三が先に「たしま」で世に出たため、征彦はそれと区別する意味で「たじま」と改めた。血液型はB型。辰年生まれ。山羊座生まれ。力強いタッチで描かれた作品に定評がある。
岡村 甫(おかむら はじめ、1938年9月18日 - )は、… 岡村 甫(おかむら はじめ、1938年9月18日 - )は、日本の工学者。工学博士。専門はコンクリート工学。高知工科大学理事長。東京大学名誉教授。 高知県出身。東京大学大学院工学系研究科土木工学専攻博士課程修了。東京大学工学部学部長、高知工科大学第2代学長を経て高知工科大学理事長。 学生時代は東京大学運動会硬式野球部の投手として、東京六大学リーグ通算71試合登板、17勝35敗、防御率2.82、120奪三振。アンダースローから17勝を挙げるが、東京大学の投手として通算最多勝利記録となっている。のちに同大で野球部監督・部長も務めた。 東京六大学野球連盟元理事長。土木学会名誉会員、ACI名誉会員。土木学会論文賞、コンクリート工学協会論文賞、日系BP技術賞、紫綬褒章、土木学会功績賞など。
西山 弘二(にしやま こうじ、1937年6月27日 - 20… 西山 弘二(にしやま こうじ、1937年6月27日 - 2025年9月11日 )は、広島カープに所属した高知県出身の元プロ野球選手(捕手)(右投右打)。 1963年のみ登録名を「西山 幸次」に変更した(読みは本名と同じ)。 土佐高等学校から中央大学を経て、1960年に大型捕手と期待され広島カープに入団。期待されたが、思うような成績を残せず4年で退団した。
秦 郷次郎(はた きょうじろう 1937年 - )は、日本の… 秦 郷次郎(はた きょうじろう 1937年 - )は、日本の実業家。元ルイ・ヴィトン・ジャパン、LVJグループ代表取締役社長。高知県出身。 1937年(昭和12年)、高知県高知市に生まれ育つ。8歳の時に終戦を迎え、10代の頃には評論家を目指すも、父親から「経済を勉強した方が良い」と助言され、土佐中学校・高等学校を卒業後、慶應義塾大学経済学部に進学する。1961年(昭和36年)、建築家だった義兄の圓堂政嘉の勧めで、大学を卒業すると同時に米国に留学し、カリフォルニア大学バークレー校で1年間学んだ後、ニューハンプシャー州のダートマス大学エイモス・タック・ビジネススクールに入学し、1964年(昭和39年)に日本人初の経営学修士号(MBA)取得者として卒業後、ピート・マーウィック・ミッチェル会計事務所に就職し、1年の会計監査業務を勤めた後、同事務所の経営コンサルティング部門に配属され、1967年(昭和42年)、同事務所の東京コンサルティング部門開設に伴い、6年ぶりに帰国する。
永野 元玄(ながの もとはる、1936年2月26日 - )は… 永野 元玄(ながの もとはる、1936年2月26日 - )は、日本の高校野球審判員、元社会人野球選手。高知県出身。 高知市立城西中学校から土佐高等学校に進学。野球部では捕手。1952年、2年生の時に第24回選抜高等学校野球大会に出場したが初戦敗退。3年次は主将として、春夏連続甲子園出場。第25回選抜高等学校野球大会は2回戦で敗退したが、夏の第35回全国高等学校野球選手権大会では決勝まで進出。空谷泰を擁する愛媛県立松山商業高等学校との決勝戦では、9回表に勝利目前ファウルチップを落球、直後に空谷に同点打を放たれ、延長13回に決勝点を許し準優勝に終わった。 慶應義塾大学では藤田元司とバッテリーを組んだ。
倉橋 由美子(くらはし ゆみこ、1935年(昭和10年)10… 倉橋 由美子(くらはし ゆみこ、1935年(昭和10年)10月10日 - 2005年(平成17年)6月10日)は、日本の小説家。本名・熊谷(くまがい)由美子、旧姓・倉橋。明治大学在学中に『パルタイ』を発表して脚光を浴び、その後も『聖少女』『スミヤキストQの冒険』『アマノン国往還記』などを発表。カフカやカミュの影響を受け、日本の女流作家としては稀な抽象的、寓話的作風を示して注目された。 高知県香美郡土佐山田町(現香美市)に歯科医の長女として生まれる。私立土佐高等学校を経て、精神科医を志し公立医学部を受験するが失敗。母が浪人に反対したため京都女子大学国文学学科に籍を置き、医学部を再度受験するが失敗。
北村 総一朗(きたむら そういちろう、本名及び旧芸名:北村 … 北村 総一朗(きたむら そういちろう、本名及び旧芸名:北村 総一郎(読み同じ)、1935年〈昭和10年〉9月25日 - )は、日本の俳優、声優。 高知県出身。身長は172cm。血液型はA型。高知大学農学部卒業。妻は磯辺万沙子。劇団昴に所属していた。 土佐中学在学時に、劇団民藝の『セールスマンの死』を観劇したことがきっかけで役者の道を志す。土佐高校卒業後に高知大学農学部に入学し、同大学の演劇研究会に所属。同時期に放送局の放送劇団に入り、俳優の傍ら放送劇も書くようになる。 24歳の時に上京し、1961年に文学座に研究生として入る。同期には岸田森、寺田農、橋爪功、草野大悟、樹木希林、小川真由美などがいる。
公文 俊平(くもん しゅんぺい、1935年1月20日 - )… 公文 俊平(くもん しゅんぺい、1935年1月20日 - )は、日本の社会学者。東京大学教授、多摩大学情報社会学研究所所長、多摩大学教授、立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部客員教員、情報社会学会会長などを歴任。専門は、社会システム論、国際関係論。 高知県出身。土佐中学校・高等学校を経て、1957年に東京大学経済学部卒業。1959年に同大学院社会科学研究科理論経済学専門課程修士課程修了。1967年に東京大学教養学部助教授、カールトン大学客員助教授・客員準教授。1968年にインディアナ大学経済学大学院でPh.D.取得。1971年に経済企画庁客員研究官。1978年、東京大学教養学部教授。1988年にワシントン大学客員研究教授。
西岡 瑠璃子(にしおか るりこ、1934年7月22日 - )… 西岡 瑠璃子(にしおか るりこ、1934年7月22日 - )は、日本の政治家、歌人。元日本社会党参議院議員(1期)。 高知県土佐市出身。1953年土佐高校卒。卒業後はNHK高知放送局に就職する。以後、参院選に立候補するまで勤務。労働運動と女性運動に身を投じ、日放労高知分会書記長、高知県労働組合総評議会婦人部長、日本婦人会議高知県本部議長などを歴任。また、「高知歌人」や「新日本歌人」に所属して歌人としても活動する。 1989年の第15回参議院議員通常選挙に高知県選挙区から日本社会党公認で立候補して初当選。小選挙区制導入に反対を表明し、1994年に栗原透(社会党高知県本部委員長、高知県議)らと共に離党。
籠尾 良雄(かごお よしお、1934年3月10日 ‐ 200… 籠尾 良雄(かごお よしお、1934年3月10日 ‐ 2002年11月23日)は、日本の高校野球指導者。高知県出身。 高知県宇佐町(現在の土佐市)生まれ。土佐中学校・高等学校に進学。高校では野球部に入らず、溝淵峯夫監督からコーチ術を学び、休日に帰郷して宇佐中学校で教えていた。早稲田大学教育学部でも野球部に入らず森茂雄監督にコーチ術を学び、宇佐中学校野球部監督として指導していた。当時の教え子に片田謙二、横山小次郎、有藤通世、浜村孝、山下司、井本隆がいる。卒業後は帰郷して中学校教師となり、1963年に高知市立高知商業高等学校教諭に転じたが、野球部の部長しか空きがないため1学期で退職、母校の土佐高校教諭に転じた。
伴 正一(ばん しょういち、1924年1月1日 - 2001… 伴 正一(ばん しょういち、1924年1月1日 - 2001年5月26日)は、日本の弁護士、外交官。1972年から1977年まで第2代青年海外協力隊事務局長を務め、青年海外協力隊事業の立ち上げに尽力した。 1924年1月1日、香川県丸亀市に生まれる。父親は、税務署に勤務する官吏。1936年、(旧制)土佐中学校に入学。 1938年、海軍経理学校へ入学(33期)。卒業後、霜月に配属され、同艦艇でマリアナ沖海戦にも参戦した。1945年6月、内海海軍航空隊に異動。8月15日の終戦は、出張中の大分市で迎えた。 1946年、第二復員省を辞し、東京大学に入学。1948年、高等文官試験司法科に合格。大学卒業後、弁護士として活動を始める。
谷川 寛三(たにがわ かんぞう、1920年6月24日 - 2… 谷川 寛三(たにがわ かんぞう、1920年6月24日 - 2015年11月30日)は、日本の官僚、政治家。元自由民主党参議院議員・衆議院議員。元科学技術庁長官。
公文 公(くもん とおる、1914年〈大正3年〉3月26日 … 公文 公(くもん とおる、1914年〈大正3年〉3月26日 - 1995年〈平成7年〉7月25日)は、日本の数学教育者。「公文式」学習指導法の考案と普及に尽力した。 高知県長岡郡大津村(現:高知市大津)の農家に生まれる。下知尋常小学校(現:高知市立昭和小学校)から土佐中学校を経て1933年に高知高等学校を卒業。1936年、大阪帝国大学理学部数学科を第1期生として卒業。高知県立海南中学校(現:高知県立高知小津高等学校)の数学教師となるが、翌年の1937年、召集令状により退職をして同県の朝倉連隊に二等兵として入隊し、満洲国に出兵。3年後の1940年に召集解除となって帰国。海軍兵学校海軍文官海軍教授の試験に合格し、茨城県の土浦海軍航空隊で教鞭を執るが、後に奈良県の天理海軍航空隊に勤務し、1944年に高知県の浦戸航空隊に転属をして、終戦を迎える。
森下 正明(もりした まさあき、1913年〈大正2年〉1月2… 森下 正明(もりした まさあき、1913年〈大正2年〉1月27日 - 1997年〈平成9年〉2月25日)は、日本の生態学者。京都大学名誉教授。日本における個体群生態学の建設者。理学博士(京都大学、1950年)。正四位。大阪市東区東雲町59番地(旧住所表示)生まれ。 今西錦司とともに京都学派を代表する動物生態学者であり、内田俊郎と共に個体群生態学の発展期に日本の動物個体群生態学を牽引した。ただし内田が室内実験的研究を得意としたのに対して、森下は主として統計学を駆使して野外研究のデータを数理解析する手法によっており、この分野で独創的な貢献をした。 教育者としても大きな足跡を残しており、教諭を務めた京都府立鴨沂高等学校で生物研究会の顧問として指導にあたった。
平井 康三郎(ひらい こうざぶろう、1910年〈明治43年〉… 平井 康三郎(ひらい こうざぶろう、1910年〈明治43年〉9月10日 - 2002年〈平成14年〉11月30日)は、日本の作曲家。本名、平井 保喜(ひらい やすき)。 高知県吾川郡伊野町(現:いの町)出身。父親・惣太郎の影響で、家にはオルガンや蓄音器がある等、音楽的に恵まれた環境で育った。伊野小学校から、1923年(大正12年)に旧制土佐中学校(現:土佐中学校・高等学校)入学。土佐中学校在学中に当時の校長:三根円次郎(ディック・ミネの父)が生徒向けに用意していた蓄音機で音楽を聴き、独学でヴァイオリンを練習したことがNHKのラジオ番組で息子の平井丈一朗によって語られた。1929年(昭和4年)に東京音楽学校(現:東京藝術大学音楽学部)ヴァイオリン科に進学し、ローベルト・ポラックに師事して1934年(昭和9年)に卒業。
田岡 典夫(たおか のりお、1908年9月1日 - 1982… 田岡 典夫(たおか のりお、1908年9月1日 - 1982年4月7日)は高知県出身の小説家。 長崎市生まれ、高知市育ち。中国文学者・田岡嶺雲の甥。父親の田岡典章は東亞セメント専務、田岡式セメント石合資代表。母の田岡寿子は日本キリスト教婦人矯風会高知支部長。 土佐中学、高知一中(現高知県立高知追手前高等学校)、東京府立一中(現東京都立日比谷高等学校)中退を経て、1926年早稲田第一高等学院に入学するも中退。のちパリに遊学し、帰国後は6代目尾上菊五郎の俳優学校に学ぶ。 菊池寛と田中貢太郎に師事し、1943年に短篇『強情いちご』で直木賞受賞。戦時中は熱海市桃山に住み、近所の志賀直哉や広津和郎たちと交際。
山下 倫範(やました みちのり)は、日本の学者。高知県出身。… 山下 倫範(やました みちのり)は、日本の学者。高知県出身。立正大学名誉教授。前同大学データサイエンス学部データサイエンス学科(実験数学研究室)教授。公益社団法人パーソナルコンピュータユーザ利用技術協会元常任理事。特定非営利活動法人パーソナルコンピュータ利用技術学会元会長。国際ICT利用研究機構代表理事。
谷脇 暁(たにわき さとる)は、日本の国土交通官僚。国土交通… 谷脇 暁(たにわき さとる)は、日本の国土交通官僚。国土交通省道路局次長や、国土交通省土地・建設産業局長、道路新産業開発機構副理事長等を経て、建設業振興基金理事長。 高知県須崎市出身。土佐高等学校を経て、1983年一橋大学法学部卒業、建設省入省。1989年近畿地方建設局用地部用地第一課長。1994年福岡県企画振興部土地対策課長。1997年建設大臣官房人事課課長補佐。同年建設省河川局水政課建設専門官。 1999年建設省河川局河川総務課企画官。2000年阪神高速道路公団総務部総務課長。2002年国土交通省大臣官房総務課企画官。2004年国土交通省総合政策局建設業課入札制度企画指導室長。2006年中部地方整備局総務部長。
土居 義岳(どい よしたけ)は、日本の建築史家。工学博士(東… 土居 義岳(どい よしたけ)は、日本の建築史家。工学博士(東京大学・1990年)。九州大学名誉教授。 2025年9月10日、逝去 九州芸術工科大学と九州大学にまたがる。建築史の研究室。それでも設計を志望する学生が多い。OBにはSDレビュー賞入選者がのべ5名。百枝優、佐々木翔、佐藤信、隈翔平など。
西村 大志(にしむら ふとし)は、映画プロデューサー、映像プ… 西村 大志(にしむら ふとし)は、映画プロデューサー、映像プロデューサー、ディレクター、制作会社ゴファン・ピクチャーズの代表である。高知県生まれ。東京大学法学部卒業。2000年に有限会社ゴファン・ピクチャーズを設立し代表取締役となる。 東京大学卒業後、1990年丸紅株式会社に入社、総合開発部/情報産業事業部(当時)を経て、退社後の1993年株式会社セディックにプロデューサー契約で入社、オリジナルビデオ(東映Vシネマ)や劇場用アニメーション映画「ストリートファイターII」等の制作に携わる。その後、株式会社セディックの映画部長であった中沢敏明が元東北新社取締役だった伊藤満と設立した株式会社タイムズイン(1995年 - 1997年)、中沢氏が新たに設立した株式会社セディックインターナショナル(1997年 - 2001年)において、劇場用実写映画(『岸和田少年愚連隊』シリーズ・『アンドロメディア』『双生児』etc.)のほか、TV番組やオリジナルビデオなど多数の映像作品の企画・プロデュースに関わる。
畠中 秀人(はたけなか ひでと)は、日本の国土交通技官。滋賀… 畠中 秀人(はたけなか ひでと)は、日本の国土交通技官。滋賀県土木交通部技監や、名古屋高速道路公社副理事長、内閣府沖縄総合事務局次長などを歴任した。 高知県高知市出身。土佐高等学校を経て、1989年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、建設省入省。国土技術政策総合研究所企画部研究評価・推進課主任研究官を経て、2001年国土交通省道路局高速国道課課長補佐。2002年国土交通省道路局国道課課長補佐。2003年奈良県土木部道路建設課長。2005年国土交通省道路局有料道路課企画専門官。 2006年国土技術政策総合研究所高度情報化研究センター高度道路交通システム研究室主任研究官。2008年国土技術政策総合研究所高度情報化研究センター高度道路交通システム研究室長。
山崎 正(やまざき ただし)は、日本の数学者。神戸大学理学部… 山崎 正(やまざき ただし)は、日本の数学者。神戸大学理学部数学科構造数理大講座教授、理学博士。高知県出身。 土佐高等学校卒業。東京大学理学部数学科卒業。1978年 東京大学 理学博士 「On Siegel modular forms of degree two(2次のジーゲル保型形式について)」。