藤野 邦夫(ふじの くにお、1935年 - )は、日本のフラ… 藤野 邦夫(ふじの くにお、1935年 - )は、日本のフランス文学者、翻訳家。 石川県生まれ。早稲田大学仏文科卒。同大学院中退。 出版社勤務ののち翻訳などを行う。 2008年、自身のがん体験をへて「がん難民コーディネーター」として活動する。
1935年(昭和10年)生まれ:1,285人
藤野 邦夫(ふじの くにお、1935年 - )は、日本のフラ… 藤野 邦夫(ふじの くにお、1935年 - )は、日本のフランス文学者、翻訳家。 石川県生まれ。早稲田大学仏文科卒。同大学院中退。 出版社勤務ののち翻訳などを行う。 2008年、自身のがん体験をへて「がん難民コーディネーター」として活動する。
八尋 舜右(やひろ しゅんすけ、1935年 - )は、日本の… 八尋 舜右(やひろ しゅんすけ、1935年 - )は、日本の歴史小説作家・ノンフィクション作家、詩人。平壌生まれ。早稲田大学文学部卒業。日本文芸家協会、日本ペンクラブ、日本現代詩人会会員。 人物往来社に入社、歴史雑誌『歴史読本』編集長、その後朝日新聞社東京本社出版局部長を経て作家となる。編集者としての傍ら小説や詩を書く。1978年(昭和53年)、歴史的人物の人生とその足跡を追ったシリーズの1冊、『高杉晋作 物語と史蹟をたずねて』にて本格デビュー、同シリーズを数冊手掛ける。また『風よ軍師よ落日よ』や『慶喜残暦』など、史実には忠実ながらも、歴史の不明の部分、謎の部分の解明に重きを置いた歴史小説を手掛ける。
上野 修三(うえの しゅうぞう、1935年 - )は、日本の… 上野 修三(うえの しゅうぞう、1935年 - )は、日本の料理人、随筆家。 現在の大阪府河内長野市に生まれる。大阪市の老舗「川喜」で修業の上、料理長を経て独立。料理人としては引退し、食の随筆家、また、なにわの食文化の語り部として、随筆活動を行っている。大阪市民賞、卓越した技能者賞(厚生労働省)、2017年黄綬褒章受章。
片倉 比佐子(かたくら ひさこ、1935年(昭和10年) -… 片倉 比佐子(かたくら ひさこ、1935年(昭和10年) - )は、日本の歴史学者。 東京府東京市滝野川区生まれ。1959年東京都立大学 (1949-2011)大学院人文科学研究科修士課程修了。東京都政史料館・東京都公文書館にて『東京市史稿』市街篇・産業篇の編集に従事。NHK学園講師。
西山 俊彦(にしやま としひこ、1935年 - )は、日本の… 西山 俊彦(にしやま としひこ、1935年 - )は、日本のカトリック司祭。 酒田市に生まれる。上智大学を中退し、ローマに留学する。1961年に司祭として叙階される。ウルバノ大学(イタリア語版、英語版)哲学修士、セントルイス大学Ph.D、京都大学教育学博士。英知大学で教鞭をとる。 1932年からの上智大生靖国神社参拝拒否事件を受けて、1936年に出された聖省訓令、「祖国に対する信者のつとめ」の取り消しを求めている。 この項目は、宗教家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 宗教/ウィキプロジェクト 宗教)。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。
窪田 聡(くぼた さとし、1935年 - )は日本の作詞家。… 窪田 聡(くぼた さとし、1935年 - )は日本の作詞家。東京市向島区生まれ。本名は久保田俊夫。 小学生時代、太平洋戦争の戦時中に1年間ほど長野県上水内郡津和村(現長野市)へ疎開した。 雑誌『高校文学』主催の全国小説コンクールで最終選考まで残る。1954年、開成高校卒業後、早稲田大学第二文学部に合格するものの家出。製油会社に就職するとともに、中央合唱団の研究生になる。日本共産党に入党するが7年後に除名される。この時期、1年間ほど住み込みの新聞配達員、事務員など職を転々とする。 その後中央合唱団専従、うたごえグループ・トロイカ主宰、日本音楽協議会事務局次長。 この間、一貫して”はたらくものの音楽”のジャンルで創作・演奏活動を展開。
大澤 喜一(おおさわ きいち、1935年 -)は、日本の画家… 大澤 喜一(おおさわ きいち、1935年 -)は、日本の画家。東京出身、神田生まれの新橋育ち。現在鎌倉在住。 斉藤三郎(勲四等瑞宝章)の元に師事し、角浩、大野五郎(デッサン)の元でも手ほどきを受ける。 単純化された構図と美しい色鮮やかな色彩美が特徴の画家 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
川崎 孝(かわさき たかし、1935年 - )は、和歌山県和… 川崎 孝(かわさき たかし、1935年 - )は、和歌山県和歌山市出身の元アマチュア野球選手・指導者である。ポジションは外野手。 県立和歌山商業高校では主将を務めた。卒業後には関西学院大学に入学し、そこでも主将を務め、関西大学の村山実や立教大学の長嶋茂雄と対戦したことがあった。 大学卒業後は1958年に三菱重工業に入社する。1969年から三菱重工神戸の監督を務め、翌年の都市対抗野球では、チームを準優勝に導いた。 一旦、社業に戻った後に、1982年から1984年までに再び監督を務めた。 その後は、日本野球連盟の常任理事、センバツ高校野球の選考委員、兵庫県野球連盟会長等を歴任した。 またその一方で、日本放送協会で高校野球解説者を務めた。
鈴木 昌道(すずき まさみち(しょうどう)、1935年 - … 鈴木 昌道(すずき まさみち(しょうどう)、1935年 - 2016年)は、日本の造園家、書家、ランドスケープアーキテクト、墨象家。栃木県生まれ。 1960年、千葉大学園芸学部を卒業後、東京工業大学工学部建築学科清家清研究室を経て1961年に東京オリンピック大会組織委員会に入会。1964年、芦原義信の建築設計事務所に入所し、芦原作品の外部空間設計をサポート。その後独立。1974年鈴木昌道研究所設立。以降、栃木県まちづくりアドバイザーも歴任。 1970年、日本工業大学建築学科 非常勤講師(~1985年)1982年、千葉大学造園学科 非常勤講師(~1989年)1993年、東京芸術大学美術学部非常勤講師。
永田 一郎(ながた いちろう、1935年 - )は、日本の医… 永田 一郎(ながた いちろう、1935年 - )は、日本の医師。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
小林 公生(こばやし きみお、1935年(昭和10年)- )… 小林 公生(こばやし きみお、1935年(昭和10年)- )は、日本の実業家。カルピス株式会社代表取締役会長・社長を歴任した。現在はカルピス株式会社相談役・財団法人三島海雲記念財団名誉理事。
藤森 兼明(ふじもり かねあき、1935年 - )は、日本の… 藤森 兼明(ふじもり かねあき、1935年 - )は、日本の洋画家。富山県砺波市出身。 日展内閣総理大臣賞・芸術院賞受賞。日展顧問、光風会理事長、金沢美術工芸大学非常勤講師、日本芸術院会員。
奥田 治之(おくだ はるゆき、1935年 - )は、日本の天… 奥田 治之(おくだ はるゆき、1935年 - )は、日本の天文学者。宇宙科学研究所名誉教授。 愛知県出身。1954年滝実業高等学校卒業。1963年名古屋大学大学院博士課程修了。大学院では早川幸男に師事した。同年名古屋大学理学部助手、1967年京都大学理学部物理学科宇宙線研究室助教授となり、同教室内に赤外線天文学グループを開いた。1981年宇宙科学研究所教授に就任し、同研究所において宇宙空間からの赤外線による天体観測を推し進めた。1999年宇宙科学研究所名誉教授、その後2006年まで群馬県立ぐんま天文台副台長。2020年、瑞宝中綬章受章。 奥田の弟子には佐藤修二、舞原俊憲、中川貴雄らがいる。田村元秀は奥田の孫弟子にあたる。
清水 信治(しみず しんじ、1935年 - )は、日本のアコ… 清水 信治(しみず しんじ、1935年 - )は、日本のアコーディオン奏者。息子はピアニストの清水和音。
華城文子(はなぎ ふみこ 1935年- )は、愛媛県出身の日… 華城文子(はなぎ ふみこ 1935年- )は、愛媛県出身の日本の小説家。 山口県立防府高等学校、山口女子短期大学家政科卒業。1984年、小説『ダミアンズ、私の獲物』で第27回群像新人文学賞受賞、講談社から出版される。その後、1999年に『マタンサはまだ』、2002年に『スケルトン』を講談社出版サービスセンターから、2005年に『流浪のクルパ』を新風舎から出版する。
佐藤 晨(さとう しん、1935年 - )は、昭和期の日本画… 佐藤 晨(さとう しん、1935年 - )は、昭和期の日本画家。東京都荒川区日暮里に生まれる。
四家 啓助(しけ けいすけ、1935年 - )は、日本の政治… 四家 啓助(しけ けいすけ、1935年 - )は、日本の政治家。いわき市長を務めた。
大森 健一(おおもり けんいち、1935年(昭和10年) -… 大森 健一(おおもり けんいち、1935年(昭和10年) - )は、日本の医学者、精神科医。専門は精神病理学。獨協医科大学名誉教授。元学校法人獨協学園理事長。元獨協医科大学学長。医学博士。
田川 建三(たがわ けんぞう、1935年 - )は、日本の新… 田川 建三(たがわ けんぞう、1935年 - )は、日本の新約聖書学者、著述家。大阪女子大学名誉教授。宗教批判を通じて現代批判を試みた著作でも知られる。「神を信じないクリスチャン」を名乗る。
上芝 功博(うえしば よしひろ、1935年 - )は、日本の… 上芝 功博(うえしば よしひろ、1935年 - )は、日本の心理学者。法務技官として、非行少年の診断・鑑別を担当。那覇、京都、神戸、大阪、東京少年鑑別所所長など歴任。退官後は、千葉大学教育学部教授、甲南大学大学院、龍谷大学にて講師として活躍。専門はロールシャッハ・テスト。
宮中 雲子(みやなか くもこ、1935年 - 、本名・宮中ち… 宮中 雲子(みやなか くもこ、1935年 - 、本名・宮中ちどり)は日本の詩人、童話作家、作詞家。日本童謡協会副会長。同人誌『木曜手帖』編集人。
喰田 孝一(しょくた こういち、1935年/1936年 - … 喰田 孝一(しょくた こういち、1935年/1936年 - )は、日本の高校野球指導者。長く福岡県立東筑高等学校野球部監督を務めた。
相澤 安輝(あいざわ やすてる、1935年 - )は、日本の… 相澤 安輝(あいざわ やすてる、1935年 - )は、日本の経済学者。
高橋 武智(たかはし たけとも、1935年 - )は、日本の… 高橋 武智(たかはし たけとも、1935年 - )は、日本の仏文学者、翻訳家。
榊 晃弘(さかき てるひろ、1935年 - )は、日本の写真… 榊 晃弘(さかき てるひろ、1935年 - )は、日本の写真家。福岡県福岡市出身。
栗山 章(くりやま しょう、1935年 - )は、日本の小説… 栗山 章(くりやま しょう、1935年 - )は、日本の小説家、音楽プロデューサー。
赤松 宏(あかまつ ひろし、1935年 - 2025年6月1… 赤松 宏(あかまつ ひろし、1935年 - 2025年6月1日)は、日本の哲学者、ドイツ哲学研究者。名古屋大学名誉教授。 神戸市生まれ。1960年東京大学文学部哲学科卒業。1963年同大学院修士課程修了。1967年関西大学大学院博士課程中退。 1966年名城大学講師。1967年名古屋工業大学講師。1973年名古屋工業大学助教授。1973年文部省内地研究員として京都大学へ留学。1975年ボン大学(西ドイツ)へ留学。1981年名古屋工業大学教授。1987年名古屋大学文学部教授、1999年定年退官、名誉教授。2000年愛知産業大学教授。 専門は、西洋哲学(現代哲学)―ハイデッガー、マルセル、サルトルなど。
大場 啓仁(おおば ひろよし、1935年 - 1973年9月… 大場 啓仁(おおば ひろよし、1935年 - 1973年9月4日)は、日本の英米文学者。元立教大学一般教育部助教授。1973年に不倫関係にあった教え子を殺害後、一家心中した。 静岡県の森町で煙草販売所長の子として生まれたが、幼い頃に結核患者の両親から隔離されて親戚に預けられた後、袋井町の左官職人の養子となり、さらに東京市の堀切に移り住んだ。 戦時中に栃木県宇都宮市に疎開し、そのまま中学と栃木県立宇都宮高等学校を卒業した後、立教大学文学部英米文学科に入学する。そして1958年に学部を卒業後、さらに同大学大学院文学研究科英米文学科に進学し、細入藤太郎教授に師事している。修士課程を修了後、さらに博士課程後期課程に進み、単位取得退学した。
麦倉 忠彦(むぎくら ただひこ、1935年 - 2025年1… 麦倉 忠彦(むぎくら ただひこ、1935年 - 2025年1月26日)は、日本の彫刻家。九州産業大学大学院芸術研究科教授。 埼玉県草加市出身。1954年埼玉県立春日部高等学校卒業。1959年東京芸術大学芸術学部彫刻科卒業。1961年東京芸術大学研究科彫刻専攻修了。同大学研究室副手。 1963年日本美術家連盟会員に推挙。 アメリカ合衆国サウスダコタ州K・ジョーロコフスキー彫刻研究所に留学。1968年新制作協会会員に推挙。 1997年新宿パークタワー・ギャラリー1にて東京ガス都市開発主催による記念個展を開催。1999年新制作協会委員長。2000年草加市文化会館にて草加市文化賞受賞記念展開催。その後、埼玉県美術家協会運営審査員を歴任。
稲本 洋之助(いなもと ようのすけ、1935年 - 2018… 稲本 洋之助(いなもと ようのすけ、1935年 - 2018年6月1日)は、日本の法学者。専門は民法。野田良之門下。東京大学名誉教授。弁護士。東京生まれ。 学部生時代のゼミの指導教官は稲本が所属していたセツルメント法相部の指導教授でもあった来栖三郎。来栖は社会科学研究所への進路を稲本に勧めはしなかったが、セツルメントにおいて漁業権と関連した難題が生じた際、渡辺洋三・潮見俊隆といった当時の社会科学研究所所属の高名な学者を紹介することで、社会科学研究所助手採用の道筋をつける役割を果たした。 法社会学者の立場から平成4年の借地借家法改正に伴う定期借地権制度の創設・理論のベースを構築し、定期借地権推進協議会の名誉会長を務めた。
内沼 幸雄(うちぬま ゆきお、1935年(昭和10年) - … 内沼 幸雄(うちぬま ゆきお、1935年(昭和10年) - )は、日本の医学者、精神科医。専門は精神病理学。帝京大学名誉教授。医学博士。
ビクトル 古賀(ビクトル こが、日本名:古賀 正一(こが ま… ビクトル 古賀(ビクトル こが、日本名:古賀 正一(こが まさかず)、1935年 - 2018年11月3日)は、日本の格闘家。日本人と白系ロシア人のハーフで、日本にロシアの国技であるサンボを広めた功労者である。 1935年、満洲国ハイラルで日本人の父と白系ロシア人の母との間に生まれる。母方の祖父はロシア皇帝ニコライ2世の近衛兵を務めたコサック騎兵隊のアタマン(頭目)だった人物で、父は筑後柳河藩主立花家の流れを汲む士族の家の次男であり、ビクトルはコサックとサムライの血を引く日本人である。 ビクトルは終戦後の1946年12月、11歳の時ひとりで満州から父の故郷である福岡県柳川市に帰国した。その後東京の親戚の家に預けられ、東京都立一橋高等学校から日本大学医学進学課程へ進学してレスリング部に入部した。
友枝 啓泰(ともえだ ひろやす、1935年 - 2009年8… 友枝 啓泰(ともえだ ひろやす、1935年 - 2009年8月27日)は、日本の文化人類学者。国立民族学博物館名誉教授、広島市立大学名誉教授。 東京都立新宿高等学校を経て、東京大学教養学部卒業。埼玉大学助教授、国立民族学博物館助教授、同教授、広島市立大学教授を歴任。主にアンデス社会・文化を中心に研究活動を行った。
木俣 和子(きまた かずこ、1935年 - 1977年5月2… 木俣 和子(きまた かずこ、1935年 - 1977年5月21日)は、日本の映画会社経営者である。夫・木俣堯喬が代表取締役を務めたプロダクション鷹、日東テレビ映画両社の創立に関わり、前者の専務取締役総務部長、後者の常務取締役総務部長を務めた。 1935年(昭和10年)、東京府(現在の東京都)に生まれる。 1951年(昭和26年)4月、東京都立目黒高等学校に進学、同校在学中、平岡斗南夫(1910年 - 1989年)の舞踏研究所や板橋区内の幼稚園を会場にして、瀬戸口寅雄(1906年 - 1987年)を校長に迎えて木俣堯喬が開いていた私塾「希望の教室」に参加する。1954年(昭和29年)3月、同高校を卒業した。
鈴木 三好(すずき みよし、1935年 - 2019年9月2… 鈴木 三好(すずき みよし、1935年 - 2019年9月27日)は、神奈川県藤沢市出身の元アマチュア野球選手、監督である。ポジションは投手。 藤嶺藤沢高等学校、法政大学を経て、神奈川大学に転校する。大学卒業後は、社会人野球のリッカーに入団する。現役時代は下手投げの投手として活躍した。 1959年から1998年までに神奈川大学の監督を務め、神奈川大学野球リーグでは40回のリーグ優勝を遂げ、日米大学野球日本代表のコーチも務めた。
市川 一雄(いちかわ かずお、1935年 - 2019年4月… 市川 一雄(いちかわ かずお、1935年 - 2019年4月17日)は、日本の作家、編集者。 長野県下諏訪町出身。長野県諏訪清陵高等学校卒。地域紙「湖国新聞」編集長を経て、編集工房「草原社」(現「あざみ書房」)を設立し、地方文献を出版。 文芸誌『窓』編集発行人。自身の著書も多数。 「諏訪こぶしの会」(新田次郎顕彰会)会長、「ふるさとの製糸を考える会」副会長、諏訪市文化財専門審議委員、下諏訪町文化財専門委員等、多数の役職を務めた。 霧ヶ峰 ビーナスライン建設にあたり、新田次郎、藤森栄一らと共に反対運動(霧ヶ峰八島線事件)に取組み(1967~)、当初の八島ケ原湿原や旧御射山遺跡を通る計画を回避させた。
岩垂 弘(いわだれ ひろし、1935年‐)は、日本のジャーナ… 岩垂 弘(いわだれ ひろし、1935年‐)は、日本のジャーナリスト。元朝日新聞記者。日本の平和運動や協同組合運動を中心に取材活動をしている。 長野県岡谷市生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1958年早稲田大学政治経済学部卒業、同年朝日新聞社に入社。盛岡、浦和、静岡各支局員、東京本社の社会部員、北埼玉支局長、浦和支局次長、首都部次長、社会部次長、編集委員などを歴任。1995年退職。現在、平和・協同ジャーナリスト基金代表運営委員、ブログ「リベラル21」副代表。 朝日新聞の社会部にいた岩垂は仲間と「北朝鮮は地上の楽園」という記事を書いた。この地上の楽園キャンペーンは20年以上続いた。2004年7月8日、「北朝鮮の素顔」という記事で、「情報が少なかった」「十分な取材ができなかった」から想像で天国のように書いたと認めた。
浅沼 萬里(あさぬま ばんり、1935年 - 1996年3月… 浅沼 萬里(あさぬま ばんり、1935年 - 1996年3月23日)は、日本の経済学者。専門は取引費用の経済学と契約理論。京都大学教授である。位階は正四位。浅沼万里とも書く。 母親が出産のために一時帰国していたため京都で生まれるが、幼少期を中国で過ごしており、名前は万里の長城にちなむ。浅沼が小学校4年時に終戦となり、翌年の8月に日本に戻る。 同志社中学校・高等学校で学び、生徒会長とテニス部のキャプテンを務める。このとき、アメリカのキリスト教会からの奨学金の支援を受けており、そのことを生涯感謝していた。高校3年時に病気になり、病院で1年、自宅で2年療養し、1956年、21歳のときに同志社高校3年に復学する。
毛利 彰(もうり あきら、1935年 - 2008年4月9日… 毛利 彰(もうり あきら、1935年 - 2008年4月9日)は、日本のイラストレーター。 鳥取県出身。上京後、石膏デッサンを学んだ後帰郷し、鳥取大丸宣伝部に入社。 再び上京し、1957年から1971年まで伊勢丹のファッションイラストレーション担当。 1971年からフリーとなってから小説の挿絵や映画ポスター、広告などを数多く手がけた。 鳥取市の鳥取城跡近くにある吉川経家の銅像のデザイン画を担当した。「歴史群像シリーズ」(学習研究社)では、表紙で武将や合戦シーンなどを描いた。 2008年4月9日、鳥取市内の病院で呼吸不全のため死去。享年73。
芝 竹夫 (しば たけお、1935年 - 2013年10月2… 芝 竹夫 (しば たけお、1935年 - 2013年10月2日)は、日本の教育者。福岡県田川郡内の小学校、中学校教諭。社会運動家。 愛知県名古屋市に生まれる。1943年に福井県小浜市に疎開。同時期に俳優の山城新伍、俳人の島田玲子も同市に疎開していた。1947年福岡県筑豊にて育つ。 1958年北九州市立大学外国語学部米英科卒業。のちに福岡県田川郡内の小学校、中学校教諭を務め、1995年定年退職。 2013年10月2日死去。
吉村 久夫(よしむら ひさお、1935年 - 2024年11… 吉村 久夫(よしむら ひさお、1935年 - 2024年11月19日)は実業家。日経BP社・特別参与。佐賀県小城市出身。佐賀県立小城高等学校、早稲田大学第一文学部史学科卒業。日本経済新聞社に入社し、日経産業新聞編集長を経て、日経BP社の取締役、常務・専務・副社長・社長・会長などを歴任し、現在は特別参与。そのほか大阪経済大学経営学部客員教授と清華大学(中国)客員教授を務めている。
佐々治 寛之(ささじ ひろゆき、1935年 - 2006年8… 佐々治 寛之(ささじ ひろゆき、1935年 - 2006年8月1日)は、日本の動物学者。 長崎県出身。旧姓・神谷。長崎県立長崎東高等学校、九州大学農学部卒、同大学院、1967年農学博士(九州大学)。福井大学教育学部助教授、教授。99年定年退官、名誉教授。 佐々治寛之は、甲虫類、とくにテントウムシを中心とする標本の収集・整理にも尽力し、その結果得られた標本群は佐々治寛之コレクションとして九州大学総合研究博物館のデータベースとして公開されている。現在公開されているデータには学名・採集年月日・採集地・採集者などが収録され、2020年12月末時点での標本データは4,456件である。
霍見 芳浩(つるみ よしひろ、1935年 - )は日本の経済… 霍見 芳浩(つるみ よしひろ、1935年 - )は日本の経済学者。ニューヨーク市立大学大学院センタービジネス学部名誉教授。 熊本県出身。熊本県立熊本高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業後、ハーバード大学で経営博士号を取得。その後、慶應義塾大学、ハーバード大学経営大学院、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)経営大学院、コロンビア大学経営大学院で教鞭を取り、ニューヨーク市立大学大学院センターのビジネス学部教授を務めた。
山田 家正(やまだ いえまさ、1935年(昭和10年) - … 山田 家正(やまだ いえまさ、1935年(昭和10年) - )は、日本の植物生態学者・環境学者。理学博士(北海道大学)。北海道ユネスコ連絡協議会会長、元小樽商科大学学長・小樽商科大学名誉教授 東京都立青山高等学校卒。1959年(昭和34年)北海道大学理学部卒。1962年(昭和37年)大学院理学研究科修了。その後、小樽商科大学商学部講師として赴任。1979年(昭和54年)同商学部助教授、1979年(昭和54年)同商学部教授。小樽商科大学短期大学部長を経て、1992年(平成4年)第7代小樽商科大学学長に就任。2002年(平成14年)小樽商科大学学長退官。同名誉教授、北海道開拓記念館館長。北海道ユネスコ連絡協議会会長、北海道東海大学工学部非常勤講師(2002年-2008年) 生態や環境における研究が専門で、特に植物分類学・植物生態学を研究対象としている。
小松 彦三郎(こまつ ひこさぶろう、1935年 - )は日本… 小松 彦三郎(こまつ ひこさぶろう、1935年 - )は日本の数学者。東京大学名誉教授。
新井正(あらい ただし、1935年- )は、日本の水文学者、… 新井正(あらい ただし、1935年- )は、日本の水文学者、立正大学地球環境科学部元教授(名誉教授)。水文気候学、陸水学が専門。
桂 敬一(かつら けいいち、1935年 - )は、日本のマス… 桂 敬一(かつら けいいち、1935年 - )は、日本のマスコミ研究者[3][4]。専攻は社会情報学、マス・メディア産業論、ジャーナリズム論[5]。元日本ジャーナリスト会議代表委員。
平井 一雄(ひらい かずお、1935年 - )は、日本の法学… 平井 一雄(ひらい かずお、1935年 - )は、日本の法学者・弁護士。民法学者。獨協大学名誉教授。東京出身。
大沢 竜樹(おおさわ たつき、1935年 - )は、元 日本… 大沢 竜樹(おおさわ たつき、1935年 - )は、元 日本教育テレビ(現・テレビ朝日)アナウンサー。
斎藤 和明(さいとう かずあき、1935年 - 2008年6… 斎藤 和明(さいとう かずあき、1935年 - 2008年6月21日)は、日本の英文学者、国際基督教大学名誉教授。 東京生まれ。国際基督教大学大学院教育学研究科修士課程修了。同大学助教授、準教授を経て、1980年、教授(英米文学・日本文化)。1996年、副学長。2000年、明星学苑理事長。