河野 美砂子(こうの みさこ、1956年 - )は、日本のピ… 河野 美砂子(こうの みさこ、1956年 - )は、日本のピアニスト、歌人。 1956年、京都府京都市に生まれる。5歳からピアノを始める。京都市立堀川高等学校音楽科を経て京都市立芸術大学音楽学部卒業後、ロサンゼルスやウィーンに留学。井上直幸、ピヒト=アクセンフェルトらに師事する。1988年、淡路島国際室内楽コンクール優秀賞を受賞。1992年「塔」入会。1995年から京都市立芸術大学音楽学部のピアノの非常勤講師を務める。1995年、「夢と数」で第41回角川短歌賞受賞。2004年、歌集『無言歌』により、第5回現代短歌新人賞。2016年、歌集『ゼクエンツ』により、第12回葛原妙子賞。
岸見 一郎(きしみ いちろう、1956年 - )は、日本の哲… 岸見 一郎(きしみ いちろう、1956年 - )は、日本の哲学者、心理学者、翻訳家。 京都府生まれ。洛南高等学校卒業。1987年、京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。 京都教育大学教育学部、甲南大学文学部、京都府医師会看護専門学校、奈良女子大学文学部非常勤講師、前田医院精神科勤務、 京都聖カタリナ高等学校 看護科(心理学)非常勤講師。日本アドラー心理学会認定カウンセラー。日本アドラー心理学会顧問。 専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。 2013年に刊行した古賀史健との共著『嫌われる勇気』が100万部を超えるベストセラーになる。
藤本 昌信(ふじもと まさのぶ、1956年〈昭和31年〉 -… 藤本 昌信(ふじもと まさのぶ、1956年〈昭和31年〉 - )は日本の実業家、水間鉄道の取締役社長。元大阪市交通局長、京福電気鉄道副社長。 大阪府岸和田市生まれ。1968年(昭和43年)大阪教育大学附属天王寺中学校を、1974年に大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎を卒業。1978年、京都大学農学部を卒業し、京阪電気鉄道株式会社に入社。1994年(平成6年)京阪電鉄の系列の京福電気鉄道に移り、人事・労務や事業再生を担当。2001年(平成13年)6月、取締役。2003年6月、常務。2007年6月、専務。2009年まで京福バス社長を務め、同年、京福電鉄の代表取締役副社長に就任。2012年4月から大阪市交通局の局長に登用され、2012年大阪地下街」の顧問などを経て、2018年水間鉄道株式会社の取締役社長に就任した。
花柳 旭夓(はなやぎ きょくそう、新字体表記:花柳 旭叟、1… 花柳 旭夓(はなやぎ きょくそう、新字体表記:花柳 旭叟、1956年 - )は、大阪府出身の舞踏家である。女性。 新進の舞踊家で、日本舞踊を通して和文化ときものを広めようと努める。事務局は大阪と東京にあり、稽古場は大阪・東京・京都にある。 大阪府立高津高等学校在学中は競泳選手として活躍し、舞踊家に専念するまではインストラクターのインストラクターを務めるほどの腕前だった。 3歳で花柳芳加次に入門 「日本舞踊大会」(東京)に出演(邦楽と舞踊社主催)、「東西顔見世名流舞踊会」に出演(日本芸能タイムズ社主催)
村上 章(むらかみ あきら、1956年 - )は、日本の農学… 村上 章(むらかみ あきら、1956年 - )は、日本の農学者、工学者。京都大学理事・副学長、京都大学名誉教授。専門は農業土木学、地盤工学。広島県廿日市市出身。 学部では沢田敏男(元京都大学総長)、大学院では赤井浩一(元京都大学工学部長)の指導を受けた。地盤力学における数値解析、逆解析、データ同化の研究を行っている。 祖父は九州大学名誉教授(病理学)の小野興作。伯父は東京大学名誉教授(統計力学)・元群馬大学学長の小野周、福岡大学名誉教授(放射線医学)の小野庸、帯広畜産大学名誉教授(家畜病理学)の小野威。 学位研究において、カルマンフィルタを用いた逆解析法「カルマンフィルタ有限要素法」を開発した。
谷 均史(たに ひとし、1956年 - )は、日本の医師。大… 谷 均史(たに ひとし、1956年 - )は、日本の医師。大阪府出身。淀川キリスト教病院の産婦人科と小児科の非常勤医師。発達障害を持った子どもの支援をしてきたことで知られる。 12歳で腎臓を患い大阪の病院に入院した時、徳之島の男の子と相部屋になり、島に小児科がないことを聞き、将来医者になって島に行くことを約束した。 新潟大学医学部を卒業後、2年の研修を経て30歳のときに徳之島の総合病院の勤務医となった。当時日本国内の離島においては初めて900グラム未熟児の救命育成に成功した。徳之島には7年滞在し未熟児救命施設や耳鼻科を開設した。その後、徳之島から大阪に戻った現在でも、奄美諸島の医療支援や島の教育委員会・保育連合会などのサポートを行っている。
西津 昌廣(にしず まさひろ、1956年 - )は、日本の実… 西津 昌廣(にしず まさひろ、1956年 - )は、日本の実業家。初代ヤマト住建代表取締役会長。前代表取締役社長。 大阪府八尾市出身。1974年、大阪府立山本高等学校卒業。 「万人に喜びを」をスローガンに、顧客・地域社会・取引先・社員に喜んでもらえる企業を目指す。特に顧客には、住まいを通じた幸せづくりの一端を担うことを目標としている。住宅・建物というハード面とアフターサービスなどのソフト面の両面から、顧客の満足と喜びを追求する。住まいを通じて全国の顧客に喜んでもらえる企業になるため、ヤマト住建は「長寿命」「広い」「安い」「高性能」の家づくりを追求し、日本の住宅を世界基準レベルの性能に引き上げ、皆様が健康で快適に暮らせるように導くことを使命としている。
片木 晴彦(かたぎ はるひこ、1956年 - )は、日本の法… 片木 晴彦(かたぎ はるひこ、1956年 - )は、日本の法学者・弁護士。専門は会社法・証券取引法・企業会計。学位は、法学修士(京都大学・1982年)。広島大学名誉教授。広島大学法科大学院特任教授。龍田節門下。
梅谷 順子(うめたに じゅんこ、1956年- )は、日本の地… 梅谷 順子(うめたに じゅんこ、1956年- )は、日本の地方公務員。 神戸市出身。兵庫県立神戸高等学校卒(27回生) 。1979年、京都大学法学部卒業、兵庫県入庁。男女共同参画、健康づくり、芸術文化、地域安全などの分野を担当。2012年-2013年、丹波県民局長として単身赴任。2014年-2015年、環境部長。2016年、兵庫県理事として、地域創生・女性青少年施策を総括。元公益財団法人兵庫県青少年本部理事長。令和6年度兵庫県立神戸高等学校同窓会副会長。
川崎 恭治(かわさき きょうじ、1956年 - )は、日本の… 川崎 恭治(かわさき きょうじ、1956年 - )は、日本の法学者。専門は国際法。学位は、法学修士(一橋大学)。広島修道大学にて10年間教鞭をとった後、一橋大学に移り、一橋大学名誉教授。成城大学教授。皆川洸門下。 兵庫県立神戸高等学校・一橋大学法学部を経て、一橋大学大学院法学研究科博士後期課程単位修得。広島修道大学法学部に1988年から1998年3月まで在職。一橋大学法学部・大学院法学研究科教授などを経て、2016年4月より成城大学法学部教授。2020年一橋大学名誉教授。
竹中 敏浩(たけなか としひろ、1956年 - )は、日本の… 竹中 敏浩(たけなか としひろ、1956年 - )は、日本の教育者。元兵庫県立神戸高等学校教頭、兵庫県立三木東高等学校第14代校長、兵庫県立北摂三田高等学校第12代校長。 兵庫県立神戸高等学校(27回生)を経て、信州大学理学部地質学科を卒業した。高校時代は、ラグビー部に所属[要出典]。 兵庫県高等学校の教員として、高等学校理科の地学分野で採用される。「以降、40年に渡って、兵庫県では高等学校理科の地学分野での採用がな」かったという。このほか、兵庫県立神戸甲北高等学校在職時の1998年、兵庫県理化学会兵庫県高等学校教育研究会理科部会の会誌に「理科教育の国際比較」という文章を掲載している。同校ではテニス部の監督も務めていた。
陳 來幸(ちん らいこう、1956年 - )は、日本の歴史学… 陳 來幸(ちん らいこう、1956年 - )は、日本の歴史学者。博士(文学)(神戸大学・論文博士・2003年)(学位論文「中国近代における商会の研究」)。兵庫県立大学名誉教授。ノートルダム清心女子大学教授。 作家・陳舜臣の姪(四弟・陳仰臣の娘)にあたる。 1972年に神戸中華同文学校を卒業。 その後、兵庫県立神戸高等学校[要出典]、大阪外国語大学外国学部英語学科(1979年3月卒業)を経て、神戸大学大学院文学研究科に進む。2003年、「中国近代における商会の研究」で、神戸大学より 博士(文学)の学位を取得(学位番号:乙第2665号)。 1990年富山国際大学人文学部講師、1994年神戸商科大学商経学部助教授、2001年同教授に就任。
藤本 潔(ふじもと きよし、1956年 - )は、日本の官僚… 藤本 潔(ふじもと きよし、1956年 - )は、日本の官僚。元農林水産省消費・安全局長。 兵庫県立神戸高等学校卒業後、京都大学農学部農芸化学科に進学。1979年(昭54年)同卒、農林水産省へ。 農林水産技術会議事務局研究総務官を経て、2011年農水技術会議事務局長。農林水産省消費・安全局長、関東農政局長を歴任。同省退官後、井関農機顧問、公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会理事長に就任。
浅野 慎一(あさの しんいち、1956年 - )は、日本の社… 浅野 慎一(あさの しんいち、1956年 - )は、日本の社会学者。摂南大学特任教授、神戸大学名誉教授。専門は地域社会学、社会変動論。主に移民・外国人労働者、中国残留日本人、夜間中学などについて研究。中国残留日本人関連の共同研究者は、妻の佟岩。 兵庫県神戸市出身。兵庫県立長田高校卒業、北海道大学教育学部卒業、北海道大学大学院教育学研究科単位取得退学。同大学では布施鉄治に師事。1997年博士(教育学、北海道大学、「日本で学ぶアジア系外国人-研修生・留学生・就学生の生活と文化変容」)。 1988年北海道大学教育学部助手、1992年神戸大学発達科学部助教授、2003年同教授、2007年神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授(配置換)。
國土 典宏(こくど のりひろ、1956年 - )は、日本の外… 國土 典宏(こくど のりひろ、1956年 - )は、日本の外科医、医学者。東京大学名誉教授。学位は医学博士(東京大学・1988年)。専門は肝癌、胆管癌、膵癌など。 国立国際医療研究センター 理事長。2025年4月に国立国際医療研究センターと国立感染症研究所が統合され発足する『国立健康危機管理研究機構』の初代理事長に就任する。 香川県に生まれる。香川県立高松高等学校を卒業し、東京大学へ入学する。1981年、東京大学医学部医学科を卒業した。 研修医の後、1988年、東京大学医学部助手に着任した。1989年、米国ミシガン大学外科へ留学する。1993年、東京大学医学部助手に就任した。1995年、癌研究会附属病院(現在のがん研究会有明病院)外科に入局する。
藍川 由美(あいかわ ゆみ、1956年 - )は、日本の声楽… 藍川 由美(あいかわ ゆみ、1956年 - )は、日本の声楽家。 香川県綾歌郡宇多津町生まれ。香川県立坂出高等学校(音楽科)、東京芸術大学音楽学部卒業。 1985年、カーネギー・ホールにおける歌唱で評価される。1986年同大学院博士後期課程を修了し、翌1987年学術博士号取得。博士論文は「演奏家としての立場における『山田耕筰歌曲の楽譜に関する研究』」。1992年「藍川由美リサイタル」の成果により文化庁芸術祭賞受賞。 リサイタル活動のほか、楽譜の校訂および日本の歌に関する著作を発表している。西洋の伝統的なクラシック歌曲よりも、日本の伝統に根ざした歌曲を積極的に歌い、CD収録を続ける。 明治時代の唱歌や軍歌、大正時代の童謡、昭和初期の歌謡曲や戦時歌謡など、日本の歌をジャンルにとらわれず研究・演奏することをライフワークとしている。
菊川 智文(きくがわ ともふみ、1956年 - )は愛媛県今… 菊川 智文(きくがわ ともふみ、1956年 - )は愛媛県今治市出身、イギリス・ロンドン在住の英国政治研究者。
鶴崎 展巨(つるさき のぶお、1956年 - )は、日本の動… 鶴崎 展巨(つるさき のぶお、1956年 - )は、日本の動物分類学者。鳥取大学名誉教授。元鳥取大学農学部教授。愛媛県松山市出身。理学博士(北海道大学・1984年)。ザトウムシに関する研究で知られる。長男は「東大王」元メンバーでクイズプレーヤーの鶴崎修功。 1956年、愛媛県松山市に生まれる。1974年に愛媛県立松山東高等学校を卒業後、広島大学理学部生物学科にて動物学を専攻し、1978年に同大学を卒業した。その後、北海道大学大学院理学研究科修士課程に進み、動物学専攻の博士課程を1983年に修了した。 研究者としてのキャリアは、1987年に鳥取大学教育学部の助手として始まる。その後、2001年には鳥取大学教育地域科学部の教授に就任し、2004年には同大学地域学部の教授として引き続き教育と研究に従事した。
高田 三平(たかた さんぺい、1956年 - )は、日本の画… 高田 三平(たかた さんぺい、1956年 - )は、日本の画家、陶芸家。東京家政大学教授(2017~)。造形作家。福岡県出身。 1956年福岡県に生まれる。1975年福岡県立京都高等学校卒業。1982年多摩美術大学絵画科油画専攻陶芸コース卒業。1999年に葉山町に築窯し、高田三平工房を主宰した。東京家政大学陶芸家非常勤講師、同大学教授を経て、多摩美術大学美術学部工芸学科非常勤講師に就任。
木原隆司(きはら たかし、1956年 - )は日本の経済学者… 木原隆司(きはら たかし、1956年 - )は日本の経済学者。専門は国際機構論、国際金融論、経済政策、公共経済学など。 熊本県天草市。熊本県立済々黌高等学校を経て、一橋大学商学部商学科在学中は花輪俊哉の下で金融論を専攻していた。木原曰く「商学部は、経営学、会計学、金融論の3つの分野だった。最初は商学部に入ったからには会計かなっと思い、本を数回開いたが、何度見ても赤や青の罫線が生理的にだめだった。経営学は当時ドイツ経営学が主流で哲学的すぎた。残るは金融論で、金融論をやるためにはマクロ経済学を学ぶため、サムエルソンの本を読んでいた。金融論のゼミだが、結局はマクロ経済学ばかりをやっていた」とのこと。一橋大学商学部商学科卒業。
澤田 洋典(さわだ ひろのり、1956年 - )は、日本の外… 澤田 洋典(さわだ ひろのり、1956年 - )は、日本の外交官。アンゴラ国駐箚特命全権大使を経て、北マケドニア国駐箚特命全権大使。 熊本県出身。熊本県立玉名高等学校(第27回卒業)を経て、1980年東京外国語大学外国語学部ポルトガル・ブラジル語学科卒業、外務省入省。在ブラジル日本国大使館参事官を経て、2010年シカゴ領事。2015年外務省人事課調査官。2016年から駐アンゴラ特命全権大使を務めた。2020年駐北マケドニア特命全権大使。2023年1月依願免職。
林 明人(はやし あきと、1956年 - )は、日本の医師・… 林 明人(はやし あきと、1956年 - )は、日本の医師・医学博士。 鹿児島県国分市(現・霧島市)生まれ。鶴丸高校から順天堂大学に進む。米国ウィスコンシン州立大学准教授、筑波大学講師を経て、順天堂大学医学部教授。専門はリハビリテーション医学(順天堂大学浦安病院教授)、脳神経内科(順天堂医院教授併任)。日本運動障害研究会会長。学生時代に全日本医科学生剣道大会団体優勝。医師となり全日本医師剣道大会団体優勝。全剣連強化訓練帯同医師。茨城国体大将の部強化選手。 つくば市自燈剣道スポーツ少年団指導者。順天堂大学剣道部OBOG会長。全日本医師剣道連盟事務局長。
磯部 省吾(いそべ しょうご、1956年 - )は、日本の音… 磯部 省吾(いそべ しょうご、1956年 - )は、日本の音楽家、クラシック音楽の指揮者。 大阪府出身。1979年、愛知教育大学を卒業。翌年に同研究科を修了。その後、桐朋学園大学指揮専攻へ進む。在学中にも、オペラ・バレエ作品の副指揮を務め、1985年、東京バレエ団「くるみ割り人形」で全幕デビュー。 現在は、札幌交響楽団、山形交響楽団、群馬交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、広島交響楽団、九州交響楽団などで客演を行う。 バレエ音楽に関し、数々のバレエ団体の公演を指揮しており、高い評価を得ている。 東京ミュージック&メディアアーツ尚美講師、日本指揮者協会会員。
白井 利明(しらい としあき、1956年 - )は日本の発達… 白井 利明(しらい としあき、1956年 - )は日本の発達心理学者。大阪教育大学名誉教授。専門は発達心理学(青年心理学)。 愛知県出身。1979年、愛知教育大学教育学部心理学科卒業。1984年、東北大学大学院教育学研究科博士課程後期中退。教育学博士、学校心理士。1984年から大阪教育大学、同大助教授を経て、2001年から同大教授。2021年3月に退職、現在は同大名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
岡田 よしたか(おかだ よしたか、1956年 - )は日本の… 岡田 よしたか(おかだ よしたか、1956年 - )は日本の絵本作家。奈良県在住。 大阪府出身。奈良県大和郡山市在住。愛知県立芸術大学油絵科卒業。地球儀などの教材メーカーや共同保育所などに勤務する。画家として個展・グループ展などを重ね、私家版での画集も発行する。 2001年に『おーいペンギンさーん』で絵本作家としてデビュー。 2009年の創作童話集『特急おべんとう号』以後、食べものをリアルタッチに擬人化し、軽妙な大阪弁の文章でナンセンスなユーモアを発揮する作風を確立する。 2011年の『ちくわのわーさん』は3万5千部を超えるヒット作となり、第3回リブロ絵本大賞を受賞。 30代の頃、弟子をとったことがあり、その人物は後に写真家となった武壮隆志である。
桐生 典子(きりゅう のりこ、1956年 - )は、日本の小… 桐生 典子(きりゅう のりこ、1956年 - )は、日本の小説家。新潟県生まれ。青山学院大学文学部フランス文学科を卒業する。 女性誌等のフリーライターを経て、1996年に書き下ろし短編連作、『わたしのからだ』でデビュー。新人賞を受賞せず、デビューする新人はめずらしい。『閃光』『やわらかな針』『抱擁』『眠る骨』『金色の雨がふる』など著書多数。女性の肉体と精神を徹底的に追求した作風が特徴。 新潟の雪深い山間部の水力発電所で3姉妹の末っ子として幼年時代を送る。雪の降りつづく暗い日々から、ある朝目をさますと、空は晴れわたり、世界は真っ白に輝いている――それが原風景であり、おかげで楽天的な(?)性格になったらしい。
塚本 進(つかもと すすむ、1956年 - )は、日本の実業… 塚本 進(つかもと すすむ、1956年 - )は、日本の実業家。台湾国際角川書店総経理、KADOKAWA取締役。1980年に青山学院大学法学部を卒業後、東京出版販売(現在のトーハン)に入社する。1992年から1997年にかけて東京出版販売の台湾現地法人である台湾東販の総経理を務めた。1998年にアスミック・エースエンタテインメントに入社、1999年より台湾国際角川書店の総経理を務める。彼は台北市政府観光委員でもあり、日台の観光や交流への功績を認められ、2006年に台北市栄誉市民に選ばれた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
中谷マリ(なかたに まり、1956年 - )は、日本の占星術… 中谷マリ(なかたに まり、1956年 - )は、日本の占星術師。東京都出身。 青山学院大学卒業後、編集プロダクションを経て、フリー記者として占い関連の特集などを手がける。鏡リュウジと共に西洋占星術の雑誌展開を行っている。英国占星術協会会員。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
堀真理子(ほり まりこ、1956年- )は、日本の英米文学者… 堀真理子(ほり まりこ、1956年- )は、日本の英米文学者、青山学院大学名誉教授。 東京生まれ。青山学院大学文学部英米文学科卒業、同大学院文学研究科英米文学専攻博士課程単位取得済退学、ロンドン大学演劇学科M.A.取得・修了。1986年青山学院大学経済学部専任講師、90年助教授をへて、97年教授となる。2018年『改訂を重ねる『ゴドーを待ちながら』 演出家としてのベケット』で吉田秀和賞受賞。2025年青山学院大学定年退職、同年名誉教授の称号を得る。
宮本 佳代子(みやもと かよこ、1956年〈昭和31年〉 -… 宮本 佳代子(みやもと かよこ、1956年〈昭和31年〉 - )は、日本の経営コンサルタント、実業家。宮本アソシエイツ代表。神奈川県鎌倉市出身。エスエス製薬の元会長である泰道照山の孫娘、政治家で元内閣総理大臣の小泉純一郎の元妻、俳優の小泉孝太郎と政治家の小泉進次郎の母。青山学院大学経済学部卒。 神奈川県鎌倉市生まれ。1978年(昭和53年)、青山学院大学4年在学中に後の内閣総理大臣となる小泉純一郎とお見合いし結婚。純一郎との間に孝太郎・進次郎・佳長の3男をもうけた。1982年(昭和57年)、三男の佳長(翌年に出産)を妊娠中に夫の純一郎と離婚。 離婚後は三井不動産のグループ会社に勤務し経営コンサルタントとして活動。
宮本 泰和(みやもと やすかず、1956年 - )は、日本の… 宮本 泰和(みやもと やすかず、1956年 - )は、日本の歯科医師。日本先端歯科医療研究会(JIADS)理事長。日本臨床歯周病学会理事長。 1983年岐阜歯科大学卒業。1986年に開業。2009年よりJIADS理事長、2011年より日本臨床歯周病学会理事長をつとめる。
櫻庭 英悦(さくらば えいえつ、1956年 - )は、日本の… 櫻庭 英悦(さくらば えいえつ、1956年 - )は、日本の農水官僚。元農林水産省食料産業局長兼内閣官房内閣審議官。大館市特別顧問、秋田銀行地方創生総合アドバイザー、日清食品ホールディングス取締役、キユーピー顧問。秋田県出身。 南秋田郡天王町(現潟上市)生まれ。1980年宇都宮大学農学部農業経済学科を卒業し、農林水産省に入省する。農事試験場の専門職で入省し、菅義偉官房長官と同郷であり覚えが良くなった。3分の1を本省以外で勤務し、2001年物価対策室長。2005年食品産業振興課長。2011年に審議官となり、2014年食料産業局長。2016年に辞職。秋田銀行地方創生総合アドバイザー、大館市特別顧問。
蔵元 三四郎(くらもと さんしろう、1956年 - )は、日… 蔵元 三四郎(くらもと さんしろう、1956年 - )は、日本の脚本家。日本脚本家連盟理事。鹿児島県出生、兵庫県神戸市育ち。追手門学院大学文学部心理学科卒業。 小川英が主宰する脚本家育成塾「英塾」の1期生。1985年に小川がメインライターを務めていた刑事ドラマ『太陽にほえろ!』で脚本家デビューする。それ以降、刑事ドラマや時代劇、サスペンス作品の脚本を担当している。 1994年、師である小川の死去後、テレビドラマ界から離れ、クイズ番組の構成やアニメ、ゲームソフト、舞台、出版プロデュースなどに進出した。 2001年にインターネット塾「シナリオ実践塾クラム」を開設した。「育てて売り込む」をスローガンに後輩脚本家の育成にあたっている。
川岡勉(かわおか つとむ、1956年 - )は、日本の歴史学… 川岡勉(かわおか つとむ、1956年 - )は、日本の歴史学者、愛媛大学名誉教授。 島根県生まれ。1979年静岡大学人文学部人文学科卒、1986年大阪大学大学院文学研究科史学博士課程満期退学、愛媛大学教育学部助手、1987年講師、1989年助教授、同年12月教授、2022年3月定年退職、同年4月名誉教授。 2004年「室町幕府と守護権力」で阪大文学博士。
北原 恵(きたはら めぐみ、1956年 - )は、日本の美術… 北原 恵(きたはら めぐみ、1956年 - )は、日本の美術史学者、ジェンダー研究者。大阪大学名誉教授。 京都府に生まれる。大阪大学経済学部を卒業。1977年神戸女学院大学のフィリップ・カール・ペーダ教授が、ジーパンを穿いた女子学生は受講させないとしたのに対して抗議運動を起こした。卒業後テレコムジャパンに勤務。同志社大学大学院文学研究科美學修士課程修了、東京大学大学院総合文化研究科博士課程(表象文化論)満期退学、2004年「「天皇ご一家」の表象 歴史的変遷とジェンダーの政治学」で学術博士(東京大学)。 2001年甲南大学文学部助教授、2004年教授、2008年大阪大学文学研究科准教授(日本学)、2012年教授。
小林 多寿子(こばやし たずこ、1956年 - )は、日本の… 小林 多寿子(こばやし たずこ、1956年 - )は、日本の社会学者。一橋大学名誉教授。専門は、経験社会学、ライフストーリーの文化社会学的研究、質的調査法。 東京都出身。2010年より一橋大学大学院社会学研究科教授を務め、2020年に一橋大学名誉教授の称号を受け、一橋大学大学院社会学研究科特任教授となった。 1998年、『物語られる「人生」 自分史を書くということ』で橋本峰雄賞を受賞した。
中尾 寛志(なかお ひろし、1956年 -)は、日本の地方公… 中尾 寛志(なかお ひろし、1956年 -)は、日本の地方公務員。大阪市教育委員会教育次長、大阪市副市長、大阪市医学会顧問などを歴任した。 1980年大阪大学法学部卒業。大阪市教育委員会教育次長や、大阪市総務局長などを経て、2014年から橋下徹大阪市長直轄の市政改革室長を務めた。2015年に吉村洋文市長の新体制において鍵田剛とともに副市長に起用され、関西電力の金品受領問題への対応にあたるなどした。大阪市医学会顧問等も歴任。2020年任期満了退任。
新野 緑(にいの みどり、1956年 - )は、日本の英文学… 新野 緑(にいの みどり、1956年 - )は、日本の英文学者、神戸市外国語大学名誉教授。現在は、ノートルダム清心女子大学特別招聘教授。ディケンズなど英国19世紀小説が専門。 兵庫県生まれ。神戸女学院大学英文科卒、同大学院修士課程修了、大阪大学大学院英文科修士課程修了、博士課程中退、2002年「時間・テクスト・主体 :ディケンズ後期小説の構造」で文学博士の学位を取得。1987年神戸市外国語大学講師、助教授、教授。
西井 光治(にしい こうじ、1956年 - )は、日本の知的… 西井 光治(にしい こうじ、1956年 - )は、日本の知的財産戦略・知的財産学者。弁理士。工学修士(大阪大学)。大阪工業大学知的財産学部教授。日本知的財産協会国際委員会元副委員長。大阪府知的財産戦略2009/2010指針改定委員。 専門は、知的財産戦略(特にブランド戦略、権利化戦略)・知的財産(IP)マネジメント(特に産業財産権)。 1956年大阪府生まれ。大阪大学工学部冶金工学科卒業。1981年同大学大学院工学研究科修士課程修了。ダイキン工業特許部にて、特許申請の一連の業務に従事。1983年弁理士登録。2003年同社法務・知的財産部部長、2012年法務・コンプライアンス・知財センター部長などを歴任し、知的財産戦略および知的財産(IP)マネジメントに携わる。
廣田 義人(ひろた よしと、1956年 - )は、大阪府出身… 廣田 義人(ひろた よしと、1956年 - )は、大阪府出身の日本の知的財産学者・経済学者。大阪工業大学知的財産学部教授。博士(経済学)(大阪大学)。日本産業技術史学会会長。近畿学生野球連盟常務理事。 専門は、経済史・産業技術史、特許意匠(特許情報含む)、技術マネジメント・生産性理論、市場分析・マーケティング(特に、東アジア機械市場)。 1981年九州大学工学部生産機械工学科卒業。1983年大阪市立大学(現:大阪公立大学)経済学部卒業。ファミリー企業で、技術マネジメント・生産管理などに従事。2002年大阪大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、博士(経済学)(大阪大学)。同大学大学院経済学研究科助手などを経て、2003年大阪工業大学知的財産学部講師として着任し、准教授を経て、2012年より同学部教授。
和田 幸一(わだ こういち、1956年 - )は、日本の情報… 和田 幸一(わだ こういち、1956年 - )は、日本の情報工学者。工学博士(大阪大学)。 法政大学理工学部応用情報工学科教授。名古屋工業大学名誉教授。電子情報通信学会フェロー。 大阪府生まれ。1978年 - 大阪大学基礎工学部情報工学科 卒業。1983年 - 大阪大学大学院基礎工学研究科 博士後期修了、大阪大学基礎工学部 助手。1984年 - 名古屋工業大学講師。1987年 - 名古屋工業大学工学部電気情報工学科 助教授。1999年 - 名古屋工業大学工学部電気情報工学科 教授。2003年 - 名古屋工業大学大学院工学研究科 教授。2012年 - 法政大学理工学部応用情報工学科 教授。
野田 尚史(のだ ひさし、1956年 - )は、日本の日本語… 野田 尚史(のだ ひさし、1956年 - )は、日本の日本語学者。日本大学文理学部教授。 金沢市生まれ。1979年大阪外国語大学イスパニア語学科卒業、81年同大学院修士課程日本語学専攻修了、同年大阪大学大学院博士課程日本学専攻中退、1999年「文の構造と機能からみた日本語の主題」で筑波大学より博士(言語学)の学位を取得。1981年大阪外国語大学助手、1985年筑波大学講師、1991年大阪府立大学講師、助教授、教授、2012年国立国語研究所教授、2021年日本大学文理学部教授。文化庁長官表彰。
駄場 寛(だば かん、1956年 - )はイラストレーター、… 駄場 寛(だば かん、1956年 - )はイラストレーター、CGデザイナー。通称ダバカン。愛媛県出身。大阪芸術大学デザイン学科卒。上京後、出版社などを経てフリーとなる。
濱名 一哉(はまな かずや、1956年 - )は、日本の映画… 濱名 一哉(はまな かずや、1956年 - )は、日本の映画プロデューサー(エグゼクティブプロデューサー)。 大阪芸術大学在学中から自主映画活動をはじめ卒業後、早稲田大学シネマ研究会のエースだった山川直人監督と組み1980年に映画『アナザサイド』(主演室井滋、内藤剛志)を製作する。この作品は「自主映画の異端の金字塔」と評価されたが、製作費不足によりマイナスを抱え自主映画から引退した。その後、1982年に映画プロデューサー山本又一朗が率いるフィルムリンクインターナショナルに入社し、映画監督の森谷司郎に師事(その数十年後、濱名は森谷が監督した『日本沈没』をリメイクしている)。その後セゾングループ、エクゼ他を経て、1991年にTBS入社。
生山 雅英(いくやま まさひで、1956年 - 2016年)… 生山 雅英(いくやま まさひで、1956年 - 2016年)は、日本の建築家。arte空間研究所を主宰。 大阪府出身。1981年、大阪工業大学工学部建築学科卒業後、南海建設株式会社設計部を経て、1990年にarte(アルテ)空間研究所設立。2005年、大阪樟蔭女子大学非常勤講師。2008年から大阪工業大学非常勤講師。 主な作品に、 1996年「大黒壁のある家」、1997年「殿山の家」、1998年「額田の家」、1999年「桜樹の家」、2000年「河藻の家」2011年「ワールド動物病院」。 1999年「額田の家」で第45回大阪建築コンクール知事賞。2002年「jojo心斎橋」でJCDデザインアワード2002奨励賞。
菊本 一高(きくもと かずたか、1956年 - )は、日本の… 菊本 一高(きくもと かずたか、1956年 - )は、日本の技術者、実業家、経営者。栗本鐵工所代表取締役社長。 大阪工業大学工学部機械工学科卒業後、1982年栗本鐵工所に入社。 ビル・住宅・工場などに使われるスパイラルダクトなどの分野に関わる。一方で、コンクリート橋との関わりもあり、中空床版橋の円筒型枠やシースなどの分野で、PCファブの様々な要望にも対応する工場長(交野工場)も務める。 2011年同社執行役員・産業建設資材事業本部・化成品事業部長。2017年同社取締役 産業建設資材・技術開発担当。2018年同社取締役上席執行役員・産業建設資材・技術開発室・物流担当。2021年、前任の串田守可から同社代表取締役社長を引き継いだ。
島田 裕次(しまだ ゆうじ、1956年 - )は、日本の経営… 島田 裕次(しまだ ゆうじ、1956年 - )は、日本の経営システム工学者。システム監査技術者(CISA, CISM, CGEIT, CIA)。経済学学士(早稲田大学)・工学博士(大阪工業大学)。中央大学大学院理工学研究科元客員教授。元東洋大学総合情報学部教授。システム監査の実践的研究における第一人者の一人。システム監査学会第19期会長。日本情報経営学会元理事。日本経営システム学会元常任理事。元政府CIO補佐官。情報処理技術者元試験委員。 専門は、システム監査・情報セキュリティ、経営システム工学・経営情報学・経済工学。 1979年早稲田大学政治経済学部卒業。のちに、大阪工業大学大学院工学研究科経営工学専攻博士課程修了、工学博士。
溝上 哲也(みぞがみ てつや、1956年 - )は、日本の弁… 溝上 哲也(みぞがみ てつや、1956年 - )は、日本の弁護士・弁理士。元大阪弁護士会知的財産委員会委員長および図書・情報処理委員会委員長。元日本弁護士連合会コンピュータ委員会委員長。元大阪簡易裁判所民事調停委員。元日本知的財産仲裁センター調停人・仲裁人候補者。元日本商標協会理事。弁理士・弁護士法人バリュープラス代表。 専門は、特許法・実用新案法/意匠法/商標法・知的財産法、民法、IT・電子工学。 1956年大阪市旭区生まれ。1975年大阪府立北野高校卒業。1981年京都大学法学部卒業(在学中に司法試験合格)。のちに、大阪工業大学工学部電子工学科卒業。第35期司法修習修了後、1983年網田・廣川法律事務所入所し、弁護士登録(No.18539)および弁理士登録(No.8946)。
松本 一生(まつもと いっしょう、1956年 -)は、日本の… 松本 一生(まつもと いっしょう、1956年 -)は、日本の医師、歯科医師であり、医療法人圓生会松本診療所ものわすれクリニック理事長・病院長である。大阪府出身。 大阪明星高等学校を卒業[要出典]。昭和58年、大阪歯科大学を卒業する。平成2年、関西医科大学を卒業する。平成8年、関西医科大学大学院単位取得退学する。平成17年、大阪人間科学大学特任教授に就任する。平成25年、大阪市立大学大学院生活科学研究科客員教授を務める。令和4年、引き続き大阪公立大学大学院生活科学研究科客員教授に就任する。令和7年3月末、退官。 日本認知症ケア学会総務担当理事 日本老年精神医学会評議員・指導医 日本精神神経学会指導医・専門医・認知症診療医 この項目は、医療関係者に関連した書きかけの項目です。
乾 善彦(いぬい よしひこ、1956年 - )は、日本語学の… 乾 善彦(いぬい よしひこ、1956年 - )は、日本語学の研究者、関西大学教授。 奈良県北葛城郡に生まれる。1979年大阪市立大学文学部国文中文学科 国語国文学専攻卒業。1987年同大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。同年帝塚山学院大学専任講師。同大学助教授、大阪女子大学教授を経て、現在関西大学教授。2003年『漢字による日本語書記の史的研究』で、博士(文学)取得。同年、同書で第21回上代文学会賞受賞。