藤原 勉(ふじわら つとむ、1948年〈昭和23年〉1月2日… 藤原 勉(ふじわら つとむ、1948年〈昭和23年〉1月2日 - )は、日本の政治家。岐阜県本巣市長(5期)。 兵庫県養父市出身。1972年(昭和47年)3月、岐阜大学教育学部卒業。同年4月、岐阜県庁に入庁。議会事務局長、西濃振興局長などを歴任。2007年(平成19年)4月、岐阜県産業経済振興センター副理事長に就任。 2008年(平成20年)2月17日に行われた本巣市長選挙に出馬し初当選した。3月7日、市長就任。 2012年(平成24年)、無投票で再選。2016年(平成28年)、無投票で3選。2020年(令和2年)、無投票で4選、2024年(令和6年)、無投票で5選。
田川 博己(たがわ ひろみ、1948年1月2日 - )は、日… 田川 博己(たがわ ひろみ、1948年1月2日 - )は、日本の経営者。JTB社長、会長を務めた。東京都出身。 1966年に獨協高等学校、1971年に慶應義塾大学商学部を卒業し、同年に日本交通公社(のちのJTB)に入社した。2000年に取締役に就任し、2002年に常務、2005年に専務を経て、2008年6月に社長に就任。2014年6月に会長に就任。2020年6月から取締役相談役を務めた。
北村 新司(きたむら しんじ、1948年(昭和23年)1月2… 北村 新司(きたむら しんじ、1948年(昭和23年)1月2日 - )は、日本の政治家。千葉県八街市長(4期)。八街市議會議員(3期)。 千葉県八街市生まれ。千葉大学園芸学部農業別科卒業。八街市議會議員を3期務める。1999年に初当選。2009年には議長に就任。 2010年、八街市長選挙に無所属で出馬。10725票を獲得し、初当選を果たした。 2014年、無投票で再選。 2018年、自民党・公明党の推薦と国民民主党の支持を受けて市長選に臨み、無投票で3選。
私市 正年(きさいち まさとし、1948年1月2日 - )は… 私市 正年(きさいち まさとし、1948年1月2日 - )は、日本のイスラーム研究者。学位は、博士(史学)(中央大学・論文博士・2007年)。上智大学名誉教授。専攻はマグリブ・イスラーム民衆史、アルジェリア・イスラーム政治運動。 東京都生まれ。北海道大学文学部西洋史学科卒業、東京都立大学経済学部中退、中央大学大学院博士課程(東洋史学専攻)中退。ムハンマド5世大学( (en)モロッコ)イブン・ハルドゥーン研究センター(エジプト)、地中海アラブ・ムスリム研究センター(IREMAM (fr) フランス・エクサンプロバンス)、アルジェ大学 (en) 応用開発経済研究センター(CREAD アルジェリア)などで研究に従事。
木内 道祥(きうち みちよし、1948年(昭和23年)1月2… 木内 道祥(きうち みちよし、1948年(昭和23年)1月2日 - )は、日本の元最高裁判所裁判官(第三小法廷所属)。弁護士(大阪弁護士会)。徳島県徳島市出身。 徳島県徳島市出身。灘高等学校を卒業後、東京大学へ進学。学生運動への参加経験がある。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。司法修習修了後、「組織に属するのではなく、独立して仕事ができる」という理由から弁護士になった。 倒産事件と家事事件のエキスパートとして弁護士活動を行った。1995年の阪神・淡路大震災発生時は大阪に居住しており、想像を絶する被害に「弁護士は役に立たない」と感じたが、それでも震災発生直後から被災者の法的救済に奔走し、倒壊した借家の権利関係などの相談に応じるため、弁護士会の中心になって避難所に弁護士を派遣し、被災者の声をくみ取った。
石橋 良三(いしばし りょうぞう、1948年(昭和23年)1… 石橋 良三(いしばし りょうぞう、1948年(昭和23年)1月2日 - 2019年(平成31年)1月22日)は、日本の政治家。 自由民主党所属の元広島県議会議員(7期)。広島県議会副議長(第103代)、文教委員長、建設委員長などを歴任。 息子は衆議院議員の石橋林太郎。 島根県浜田市出身。 日本歯科大学卒業後、広島市安佐南区で石橋歯科医院開業。 平成3年、広島県議会議員に初当選(広島市安佐南区選出)。 文教委員長、建設委員長などを歴任。当選7回。 自民党県議であったが亀井静香に近く、2005年の郵政解散の際には自民党が郵政民営化反対派に刺客を立てたことに抗議し第44回衆議院議員総選挙で広島3区から国政に出馬したが落選した。
板倉 卓人(いたくら たくと、1948年1月2日 - )は、… 板倉 卓人(いたくら たくと、1948年1月2日 - )は、NHKの元アナウンサー。 東京都新宿区出身。都立青山高等学校、早稲田大学を卒業し1971年に入局。初任地は松江。
熊村 剛幸(くまむら たけゆき、1948年1月2日 - )は… 熊村 剛幸(くまむら たけゆき、1948年1月2日 - )は、日本の実業家。 日本経済新聞社の政治部記者として国内外の報道に携わった後、テレビ東京及びその関連会社で役員を務めた。
河合 満(かわい みつる、1948年〈昭和23年〉1月2日 … 河合 満(かわい みつる、1948年〈昭和23年〉1月2日 - )は、日本の技術者・会社役員。トヨタ自動車株式会社アドバイザー、日本ソフトボール協会長、日本プラントメンテナンス協会会長。 トヨタ自動車株式会社副社長、執行役員CMO、Executive Fellow、日本経営協会副会長、愛知県公安委員会委員長などを歴任した。藍綬褒章受章。愛知県西加茂郡挙母町(現・豊田市)出身。 1948年1月2日に愛知県豊田市で生まれる。 小学4年時に父親が死去したため、中学校を卒業後、お金を貰いながら学べるトヨタ技能者養成所(現・トヨタ工業学園)に入社。1966年に卒業し、トヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車)に入社、鍛造部に配属される。
今井 浩三(いまい こうぞう、1948年1月1日 - )は、… 今井 浩三(いまい こうぞう、1948年1月1日 - )は、日本の医学者・内科医。札幌医科大学名誉教授、元・同大学長。元・北海道公立大学法人札幌医科大学理事長。研究対象は癌(がん)、癌の分子診断や新しい治療が専門。日本学術会議会員(20,21期)、2009年、春の園遊会に招待。2010年、東京大学教授(東京大学医科学研究所附属病院第19代病院長)。2013年、紫綬褒章受章。2014年、東京大学特任教授(東京大学医科学研究所医療イノベーション推進室長)、神奈川県立がんセンター臨床研究所長。2016年、東京大学客員教授、東京大学医科学研究所 学術研究基盤支援室長。2019年、日本医療研究開発機構 (AMED) プログラムオフィサー, 2022年、同プログラムスーパーバイザー。
落 希一郎(おち きいちろう、1948年1月1日 - )は、… 落 希一郎(おち きいちろう、1948年1月1日 - )は、日本のワイン醸造家・篤農家。北海道余市郡余市町の株式会社OcciGabi Winery(オチガビワイナリー)専務取締役。農林漁業成長産業化支援機構(A-FIVE)の全国第1号投資会社。 1948年、鹿児島県、現在の薩摩川内市出身。1965年、岩見沢東高校を卒業。1970年、東京外国語大学外国語学部英米科を中退。1976年、LVWO Weinsberg(西ドイツ国立ワイン学校)を卒業。叔父(嶌村彰禧)が経営する「北海道ワイン」でワイナリー事業に従事。1988年、長野(サンクゼール)にてワイン事業に従事。1992年「カーブドッチ」欧州ぶどう栽培研究所を設立(代表取締役)、2011年には国から北海道初の「ワイン特区」に認定された余市町で、2012年「Occigabi Winery」オチガビワイナリーを設立(専務取締役)。
宮崎 恭一(みやざき きょういち、1948年1月1日 - )… 宮崎 恭一(みやざき きょういち、1948年1月1日 - )は、日本の音楽・映画プロデューサーである。マドンナ、Stingなどの招聘を手掛ける。映画の代表作は「転々」。茨城県水戸市出身。茨城県立水戸第一高等学校、成蹊大学卒業。早稲田大学大学院修了 (MBA)。 河和田工房設立、アクス代表取締役、1987年西武百貨店メディア事業部部長、2003年オメガプロジェクト代表取締役、ザックコーポレーション代表取締役。株式会社ザックコーポレーション2012年倒産。 スーパーロック84、1985年ボン・ジョヴィ、1986年クイーン各日本公演にプロデュース参加。1987年、1990年マドンナ、1988年、1992年Stingを招聘。
阿野 鉱二(あの こうじ、1948年1月1日 - )は、大阪… 阿野 鉱二(あの こうじ、1948年1月1日 - )は、大阪府堺市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。
栗崎 日出男(くりさき ひでお、1948年1月1日 - )は… 栗崎 日出男(くりさき ひでお、1948年1月1日 - )は、福岡県出身の元プロ野球選手。ポジションは外野手。
三角 洋一(みすみ よういち、1948年1月1日 - 201… 三角 洋一(みすみ よういち、1948年1月1日 - 2016年5月4日)は、国文学者。東京大学名誉教授、大正大学特命教授。岩手県生まれ。
谷口 維紹(たにぐち ただつぐ、1948年1月1日 - )は… 谷口 維紹(たにぐち ただつぐ、1948年1月1日 - )は日本の分子免疫学者。東京大学教授。和歌山県出身。
北條 元子(ほうじょう もとこ、1948年1月1日 - )は… 北條 元子(ほうじょう もとこ、1948年1月1日 - )は、日本の翻訳家。 作家・北條誠の娘として東京に生まれる。聖心女子大学英文科卒業。結婚して本姓は法華津(夫は、馬術選手の法華津寛)。父の縁で川端康成にかわいがられた。38歳から英米の娯楽小説などの翻訳を始めた。
石川 哲久(いしかわ のりひさ、1948年(昭和23年)1月… 石川 哲久(いしかわ のりひさ、1948年(昭和23年)1月1日 - 2019年(平成31年)3月9日)は、元建設官僚、地方公務員、政治家。建設省課長、大阪府建築都市部長、千葉県木更津市議会議員(1期)を歴任。瑞宝小綬章受章。 千葉県木更津市出身。1970年東京大学工学部都市工学科卒。同年建設省に入り、住宅、都市、計画の各局に勤務し、国土庁に入る。地方振興局地方都市整備課長、建設省住宅局住宅整備課長、同局建築指導課長、1998年7月 大阪府建築都市部技監、2000年4月 同部長となり、2003年に退官。退官後は建築研究所理事、住宅生産振興財団理事となる。 2010年と2014年の木更津市長選挙に立候補したが、いずれも落選した。
岩下 正(いわした ただし、1948年1月1日 - )は、日… 岩下 正(いわした ただし、1948年1月1日 - )は、日本の財務官僚、企業経営者。ローソン銀行代表取締役会長。 宮城県仙台市出身。血液型はB型。宮城県仙台第一高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1970年に大蔵省入省(大臣官房秘書課)。1971年に大臣官房秘書課調査係長心得。1974年にイェール大学で経営学修士号を修得。同年7月 銀行局総務課企画係長。1975年7月 福知山税務署長。1993年6月 大臣官房調査企画課長兼財政金融研究所次長。1994年4月から1995年5月まで羽田孜、村山富市の下で内閣総理大臣秘書官(事務担当)。1999年7月8日に国際局次長、2002年7月9日に財務総合政策研究所長となる。
舘 昭(たち あきら、1948年1月1日- )は、日本の教育… 舘 昭(たち あきら、1948年1月1日- )は、日本の教育行政学者、桜美林大学名誉教授。 東京生まれ。1972年東京大学教育学部教育行政学科卒業、1977年同大学院博士課程満期退学。この間、1976年3月から(1978年3月まで)『東京大学百年史』の編集に携わる。 1978年4月奈良教育大学助教授に就き、放送教育開発センター助教授、大学評価・学位授与機構教授を経て、2004年より桜美林大学教授。2009年より2年間日本高等教育学会会長をつとめる。2018年3月末日をもって桜美林大学を退職、名誉教授の称号を得る。
山田 厚史(やまだ あつし、1948年1月1日 - )は、日… 山田 厚史(やまだ あつし、1948年1月1日 - )は、日本のジャーナリスト。元朝日新聞社編集委員、デモクラシータイムス共同代表。 東京都新宿区戸塚町生まれ。東京教育大学附属小学校(後の筑波大学附属小学校)、同志社大学法学部政治学科卒業。1971年4月、毎日放送に入社。制作局ディレクターを経て、同年12月、朝日新聞社に入社。青森支局、千葉支局を経て、東京経済部に異動。大蔵省、外務省、日本銀行、自動車業界、金融業界などを担当する。 その後ロンドン特派員として欧州経済を担当したのち、大阪経済部次長。1993年4月から経済部編集委員で「国際経済と金融」担当に。同年9月にはハーバード大学ニーマンフェロー。
岡村 道雄(おかむら みちお、1948年1月1日 - )は、… 岡村 道雄(おかむら みちお、1948年1月1日 - )は、日本の考古学者。旧石器捏造事件で指摘された藤村新一との深い関係を指摘されている。TBSの取材では宮城県古川市(現・大崎市)にあった遺跡の発掘現場で藤村に疑いを持ったと話している。藤村と発掘を共にしたことから共謀が疑われ、文化庁から独立行政法人に異動となった。事件については「研究の方法が不十分だったので、私が失敗した。素材として、教訓として、あの捏造を生かしていきたい」と語っている。 旧石器捏造事件以降は「杉並の縄文人」を名乗り、縄文研究者として執筆や講演を行うほか、株式会社ニルソンデザイン事務所発行のフリーマガジン「縄文ZINE」の監修なども行っている。
辻理(つじ まこと、1948年1月1日 - 没年不明)は、日… 辻理(つじ まこと、1948年1月1日 - 没年不明)は、日本の元映画監督、元テレビドラマ演出家、元ゲームクリエイター。長崎県長崎市出身。 1970年、日本大学藝術学部映画学科卒業。卒業後、東映テレビプロダクションに入社する。同期に藤井邦夫がいた。助監督を経て1980年、『特捜最前線』の一編(第178話「男たちのセプテンバーソング!」)で監督デビューを果たす。同番組での演出担当回数は天野利彦に次ぐ第2位。 1981年、東映を退社してフリーランスになる。1986年『時空戦士スピルバン』で初のパイロット監督を担当。以降東映の作品と同時に、主にアクション物を中心に石原プロ、国際放映など他社作品の現場でも活動した。
浅香 正博(あさか まさひろ、1948年1月1日 - )は、… 浅香 正博(あさか まさひろ、1948年1月1日 - )は、日本の医師、北海道大学医学部教授、北海道大学病院病院長を経て北海道医療大学学長,2025年4月より社会医療法人カレス記念病院院長。 ピロリ菌研究の第一人者で、秋野公造と共にピロリ感染胃炎に対して除菌の保険適用を実現させた。ピロリ菌除菌と以後の定期的な内視鏡検査による胃がん撲滅計画を提唱している。 北海道のオホーツク管内美幌町生まれ。1972年、北海道大学医学部卒。 1978年、北海道大学医学部付属病院第3内科助手。 1981年4月から1982年9月まで文部省在外研究員として米国テキサス州ベイラー大学医学部消化器科へ留学。1982年4月よりベイラー大学医学部講師。
サロメ 角田(サロメ つのだ、1948年1月1日 - )は日… サロメ 角田(サロメ つのだ、1948年1月1日 - )は日本の元女優。トルコ風呂(現ソープランド)で働きながら女優やタレントとして活動した、ソープランド出身の最初のスターである。東京都板橋区出身、本名は榎本暁子。 中学卒業後、住み込みの看護婦見習いで都内の病院に就職したが、23歳の時に銀座のクラブで働き始め、いくつかの店を転々とした後、トルコ風呂で1年半ほど働き始める。その間、女優になるべく東映ニューフェイスに応募し不合格になったが、映画監督の向井寛に誘われて『世界 淫欲トルコ風呂』に出演する。仕事で培ったテクニックで熱演し、現役トルコ嬢女優としてマスコミで話題となり、トルコの女王と呼ばれる。
安楽 好正(あんらく よしまさ、1948年1月1日 - )は… 安楽 好正(あんらく よしまさ、1948年1月1日 - )は、イベントクリエーター、プランナー、プロデューサー、広告制作業者で、大津市の政治家。デザイナーとして活動しながら、大津市で市民活動を行い、2007年には大津市議会議員となった。所属会派は対話の会・杣で、副代表を務める 。市民グループ「アクション21」の事務局長 。大津市三井寺在住。 1948年、大津市に生まれる 。父は労働組合幹部。平野小学校を卒業、打出中学校では野球部のエースで、主将として「民主的な野球部」を目指すが失敗。その後、定時制高校編入する。1966年に京都産業デザイン研究所を卒業、1968年に大阪編集工房に入社 。1971年に日本交通事業社(現ジェイアイシー)に入社、ディスカバー・ジャパンやジェイティービーの広告を手がける。
叶 修二(かのう しゅうじ、1948年1月1日 - 2014… 叶 修二(かのう しゅうじ、1948年1月1日 - 2014年2月21日)は、1960年代から1970年代にかけて活躍した日本の歌手。本名、古俣 修二(こまた しゅうじ)。 遠藤実の門下生で1965年、日本グラモフォンから「素敵なやつ」で歌手としてデビューし、テレビドラマ『スパイキャッチャーJ3』(東映、NET)の主題歌などのヒット曲を出す。1967年には、レコード会社各社の競作で発表された1970年日本万国博覧会(大阪万博)のテーマソング「世界の国からこんにちは」のグラモフォン版の歌唱を務めた。 その後、故郷の新潟に戻った。2009年時点で新潟市内でレストラン「B.friend」を経営しており、「叶修二が手掛ける店」としてローカル誌『新潟Komachi』(2009年2月号)でも取り上げられた。
長南 博邦(おさなみ ひろくに、1948年1月 - )は、日… 長南 博邦(おさなみ ひろくに、1948年1月 - )は、日本の政治家。新社会党中央本部副委員長。元野田市議会議員(8期)。 1948年1月、茨城県水戸市生まれ。5歳の時に霞ヶ浦湖畔の阿見町に転居。茨城県立土浦第一高等学校を経て、1970年に茨城大学農学部を卒業。専門は生物化学で微生物の酵素を研究。学生時代はバスケットボール選手で中学生や高校生のコーチも務める。 1970年、キッコーマン関連の盛進製薬に入社し、流山工場に勤務。微生物の管理業務につく。1971年、盛進製薬労働組合執行委員に就任し、1973年から13年間同労組委員長を務めた。1993年に合併でキッコーマン社員となるが、引き続き公務休職で議員活動に専念した。
南眞二(みなみ しんじ、1948年1月 - )は、日本の行政… 南眞二(みなみ しんじ、1948年1月 - )は、日本の行政学者。新潟大学教授。博士(法学)(神戸大学、1999年)。兵庫県神戸市生まれ。 (共著・論文)・多数 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
富盛 伸夫(とみもり のぶお、1948年1月 - )は日本の… 富盛 伸夫(とみもり のぶお、1948年1月 - )は日本の言語学者。東京外国語大学名誉教授。言語学、特にロマンス言語学が専門。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、言語学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 言語学)。
和田 重良(わだ しげよし、1948年1月- )は、日本の民… 和田 重良(わだ しげよし、1948年1月- )は、日本の民間教育者、NPO法人くだかけ会代表。祖父は和田八重造、父は和田重正。 神奈川県小田原市生まれ。神奈川県立小田原高等学校、東京教育大学農学部卒業。父の一心寮の運営にたずさわり、1978年からくだかけ会の活動を始め、『月刊くだかけ』を刊行、1984年からくだかけ生活舎を運営し不登校などの青年たちと生活をともにする。1998年正力松太郎賞受賞。
角田 光男(つのだ みつお、1948年1月 - )は、東京都… 角田 光男(つのだ みつお、1948年1月 - )は、東京都足立区出身の共同通信社の元記者。
渡邊 秀夫(わたなべ ひでお、1948年1月 -2026年1… 渡邊 秀夫(わたなべ ひでお、1948年1月 -2026年1月 )は、日本の国文学者である。信州大学名誉教授。 横浜市生まれ。1970年に早稲田大学教育学部国語国文学科を卒業し、1977年に同大学文学研究科博士課程満期退学。1989年「古今集時代を中心とした王朝文学の和漢比較的研究」で早大文学博士。1983年「小野小町異譚-『玉造小町子壮衰書』攷」ほかの業績で日本古典文学会賞受賞、窪田空穂賞受賞。1972年早稲田実業学校国語科教諭、1977年東横学園女子短期大学専任講師。1982年信州大学人文学部助教授、1992年教授。2005-13年人文学部長。2013年定年退任、名誉教授。この間国文学研究資料館客員助教授、北京日本学研究センター客員教授、ワルシャワ大学東洋学研究所客員教授など歴任。
小林 敬和(こばやし ゆきかず、1948年1月(昭和23年)… 小林 敬和(こばやし ゆきかず、1948年1月(昭和23年)- )は、日本の法学者、弁護士。愛媛大学法文学部名誉教授。専門は経済刑法。日本刑法学会所属。山口県徳山市(2003年4月21日以降、周南市)出身。
高知尾 仁(たかちお ひとし、1948年1月 - 2017年… 高知尾 仁(たかちお ひとし、1948年1月 - 2017年11月10日)は、日本の文化人類学者。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授。東京生まれ。1972年、埼玉大学教養学部教養学科(文化人類学コース)卒業、1974年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1976年、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助手、1996年助教授、2012年定年退職。
笹川 千尋(ささかわ ちひろ、1948年(昭和23年)1月 … 笹川 千尋(ささかわ ちひろ、1948年(昭和23年)1月 - )は、日本の細菌学者。細菌学の分野において、病原細菌の感染機構および宿主免疫応答の機構解明に顕著な功績をあげた。特に赤痢菌およびピロリ菌の感染機構の解明に、分子生物学、細胞生物学、生化学、免疫学的手法を早くに取り入れた研究アプローチは、他の病原細菌の感染機構の解明にも多大な影響を与えた。 Nature Review Microbiologyをはじめ、数多くの学術誌の編集委員を務めている。また、日本細菌学会理事長、日本微生物学連盟理事長、その他学術委員、評議委員を務め、日本の細菌学・感染生物学の発展に貢献した。紫綬褒章、瑞宝中綬章受章。
長谷川 雄一(はせがわ ゆういち、1948年 - )は、日本… 長谷川 雄一(はせがわ ゆういち、1948年 - )は、日本の政治学者。東北福祉大学教授。 1948年、宮城県仙台市生まれ。1973年、上智大学法学部法律学科を卒業。1978年慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。 卒業後は八千代国際大学政治経済学部助教授、駒沢女子大学人文学部国際文化学科教授などを経て、2005年より東北福祉大学教授。
上山 博康(かみやま ひろやす、1948年 - )は、日本の… 上山 博康(かみやま ひろやす、1948年 - )は、日本の脳神経外科医。社会医療法人禎心会特別顧問、禎心会脳疾患研究所所長、旭川赤十字病院脳神経外科顧問、札幌北脳神経外科顧問、コスモ脳神経外科顧問。 1948年(昭和23年)、青森県三戸郡五戸町生まれ。 幼い時から絵が得意で、北海道旭川北高等学校時代には美術の教師に画家を目指すべきではと言われるほどだった。しかし高校時代には画家と飛行機を作る技術者という夢があり、進路に悩んでいた。そんな時に週刊誌に「交通事故の多発により脳を損傷し死亡する人が多くなっており、日本にはもっと優秀な脳外科医が必要」と書いてあったのを読み、脳外科医を目指した。 1967年に北海道大学医学部に入学。
千田 潤一(ちだ じゅんいち、1948年 - )は、英語トレ… 千田 潤一(ちだ じゅんいち、1948年 - )は、英語トレーニングスクール 株式会社アイ・シー・シー (ICC:International Communications Consultant) 代表取締役、英語教育者。TOEIC受験参考書を数々執筆。TOEICに関する講演も数多くこなしている。
佐々木 宗實(ささき もとみ、1948年 - )は、日本生ま… 佐々木 宗實(ささき もとみ、1948年 - )は、日本生まれの画家であり、新制作協会の絵画部会員として活動する人物である。宮城県古川市(現:大崎市古川)出身で、1966年に宮城県古川高等学校を卒業し、1969年に日本美術学校油絵科を修了した。 佐々木が生まれた1948年は、第二次世界大戦終戦後の混乱期にあたる。日本は戦後復興の途上にあり、美術界もまた大きな変革の時代を迎えていた。戦前の伝統的な日本画・洋画に加え、戦後は前衛芸術や抽象表現が台頭し、美術界は多様化していった。1950年代~60年代にかけて、日本では具体美術協会などが登場し、新しい表現が模索された。1970年代に入ると、高度経済成長期を背景に日本の美術界も安定し、写実表現や抽象画など多様な作品が発表されるようになった。
吉村 和就(よしむら かずなり、1948年 - )は、水環境… 吉村 和就(よしむら かずなり、1948年 - )は、水環境問題の専門家である。グローバルウォータ・ジャパン代表。 秋田県立秋田高等学校を経て、1972年に秋田大学教育学部卒業後、ニューヨーク州立大学ビジネスコース修了。大手エンジニアリング会社にて営業、開発、市場調査、経営企画に携わる。その後、国際連合ニューヨーク本部に勤務、環境審議官として発展途上国の水インフラの指導を行う。 また国際標準化機構のISO/TC224技術委員に日本代表として参画し、日本提案をISO標準に登録させた。また、国際連合本部勤務の経験を踏まえ、日本の環境技術を世界に広める努力をしている。最近では、水の安全保障戦略機構・技術普及委員長、経済産業省「水ビジネス国際展開研究会」の委員などを務めている。
相原 茂(、1948年 - 2025年6月〈訃報発表日〉)は… 相原 茂(、1948年 - 2025年6月〈訃報発表日〉)は、日本の中国語教育者。中国語コミュニケーション協会代表。福島県会津地方出身。 福島県立会津高等学校卒業、東京教育大学修士課程修了。中国語学専攻。明治大学助教授、お茶の水女子大学教授を経て、中国語コミュニケーション能力判定テスト(TECC)を実施している中国語コミュニケーション協会の代表をしていた。日本における中国語教育の分野で精力的に活動し、語学書や中国語に関するエッセー等を多数執筆していた。NHKのラジオ・テレビの中国語講座にも講師として出演した。2001年度のNHKテレビ中国語講座では、「古畑您三郎」と称して毎回古畑任三郎を演じる田村正和の物真似を披露した。
石原 信一(いしはら しんいち、1948年 - )は、日本の… 石原 信一(いしはら しんいち、1948年 - )は、日本の作家・作詞家。日本音楽著作権協会(JASRAC)会長、日本作詩家協会(JLA)会長。 福島県会津若松市出身。会津高校卒業。青山学院大学卒業。サトウハチローに師事し、作詞家の道を歩む。1977年、太川陽介に提供した『Lui-Lui』が同年の第19回日本レコード大賞新人賞を受賞。1983年、森昌子の『越冬つばめ』で日本作詩大賞優秀作品賞を受賞した。また変わったところでは『ファイターズ讃歌』の作詞を手がけている。 1999年、会津若松市イメージソング「AIZUその名の情熱」を作詞・プロデュース(作曲:南こうせつ)。 2020年、日本作詩家協会の第9代会長に就任。
鈴木 荘一(すずき そういち、1948年 - )は日本の作家… 鈴木 荘一(すずき そういち、1948年 - )は日本の作家、「幕末史を見直す会」代表。 東京生まれ。小学校卒業と同時に会津若松に転居し、ザベリオ学園中等部に2年間在学する(この間に歴史観の原点が育まれる)。1971年、東京大学経済学部卒業。 東大卒業後は日本興業銀行へ入行。審査、産業調査、融資、資金業務などに携わる。特に企業審査、経済・産業調査に詳しい。2001年、同銀行を退職。「現在は過去の歴史の延長線上にある」との立場から、現代政治経済と歴史の融合的な研究を進めている。
生方 秀紀(うぶかた ひでのり、1948年 - )は、日本の… 生方 秀紀(うぶかた ひでのり、1948年 - )は、日本の生態学者。理学博士(北海道大学)。北海道教育大学名誉教授。専門は昆虫生態学・自然環境教育。 1948年群馬県生まれ。1966年群馬県立沼田高等学校卒業、1970年北海道大学理学部生物学科動物学専攻卒業。1975年同大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学。1975年日本学術振興会奨励研究員(北海道大学理学部)、1976年同大学理学部研究生。 1979年学位論文「Studies on population dynamics, behavior and territoriality of Cordulia aenea amurensis Selys(Odonata: Corduliidae)」(カラカネトンボの個体群動態、行動およびテリトリー制に関する研究)で理学博士(北海道大学)、指導教員は坂上昭一。
金田 潮兒(かねた ちょうじ、1948年 - )は、日本の現… 金田 潮兒(かねた ちょうじ、1948年 - )は、日本の現代音楽作曲家。元東京学芸大学教授。日本現代音楽協会、日本作曲家協議会に所属。金田成就、金田雄志は実兄にあたり、ともに作曲家で大学教授。 北海道紋別郡生まれ。作曲家で高校の音楽教師をしていた父親からピアノや作曲の手ほどきを受ける。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校作曲科を経て、東京芸術大学卒業、同大学院修了。作曲を池内友次郎、矢代秋雄に師事。1969年、日本音楽コンクール作曲部門入選。「深新会」や「現代の音楽展(日本現代音楽協会)」、「オーケストラ・プロジェクト」等で意欲的に作品を発表する一方、自らが中心となって創作発表の場や作曲グループを組織。
山崎 信寿(やまざき のぶとし、1948年 - )は、日本の… 山崎 信寿(やまざき のぶとし、1948年 - )は、日本の工学者、慶應義塾大学名誉教授、工学博士。人間工学の分野では権威的な学者である。 1948年、東京都生まれ。東京都立城南高等学校卒業(1967年)。慶應義塾大学工学部機械工学科卒業(1971年)。慶應義塾大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了(1973年)。慶應義塾大学大学院工学研究科管理工学専攻博士課程修了、工学博士(1976年)。慶應義塾大学理工学部機械工学科教授を経て名誉教授。専門分野は人間工学。娘は活動弁士の山崎バニラ。
中田 基昭(なかだ もとあき、1948年 - )は、日本の教… 中田 基昭(なかだ もとあき、1948年 - )は、日本の教育学者。東京大学名誉教授、岡崎女子短期大学特任教授。 専攻は、授業実践学、教育哲学、現象学。 現象学的知見をもとにした教育事象の解明。哲学を渡邊二郎に師事。 東京都生まれ。東京大学大学院教育学研究科後期博士課程修了。1982年東京大学教育学博士、論文の題は「重症心身障害児の教育方法研究 : 現障学に基づく経験構造の解明 」。 東京大学教育学部助手、助教授、教授を経て2009年に東京大学を定年退職。2010年から岡崎女子短期大学幼児教育学科特任教授。
川瀬 俊二(かわせ しゅんじ、1948年 - )は、日本の建… 川瀬 俊二(かわせ しゅんじ、1948年 - )は、日本の建築家。東京都生まれ。 東京都立杉並高等学校、東京都立大学工学部を経て、早稲田大学理工学部建築学科を卒業。1973年に大林組入社。横浜ビジネスパーク(マリオ・ベリーニと恊働)、電通本社ビル(ジャン・ヌーヴェルと恊働)、六本木天然温泉zaboo、台場ガーデンシティなどを手掛ける。日本建築学会常議員、代議員を歴任し、現在は大林組建築本部副本部長である。
勅使河原 純(てしがわら じゅん、1948年 - )は、日本… 勅使河原 純(てしがわら じゅん、1948年 - )は、日本の美術評論家、キュレーター。 岐阜県生まれ。東京都立西高等学校を経て、東北大学文学部美学美術史学科を卒業。民間企業、地方自治体、文化系財団などに勤務したのち、世田谷美術館事業部長。1995年『美術館からの逃走』で倫雅美術奨励賞受賞。油絵「風方」で第22回シェル美術佳作賞を受賞。生け花の勅使河原蒼風とは関係はない。