野口 実(のぐち みのる、1951年〈昭和21年〉 - )は… 野口 実(のぐち みのる、1951年〈昭和21年〉 - )は、日本のBCL家。 1951年埼玉県生まれ。早稲田大学第一商学部卒業。 埼玉県で高等学校の教諭を務めながら、『ラジオの製作』や『短波』(日本BCL連盟機関誌)などの雑誌に短波放送受信趣味(BCL)関連の寄稿を多く行い、著書も刊行している。 1970年代のBCLブームの中で、特にベリカード収集が過熱し、収集のみが目的化するような事態も発生したことについて、雑誌連載において「ベリカードはBCLの勲章だとよくいわれますが、ベリカードだけがBCLのすべてではないということを頭に浮かべて海外放送を楽しみたいものです」と諫めている。
野田 邦弘(のだ くにひろ、1951年 - )は、文化政策学… 野田 邦弘(のだ くにひろ、1951年 - )は、文化政策学者、横浜市立大学大学院都市社会文化研究科客員教授。 福岡市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。横浜市職員となり、コンテンポラリーダンスフェスティバル「ヨコハマアートウェーブ’89」の企画制作や「横浜みなとみらいホール」の開設準備など文化行政に携わる。2005年鳥取大学地域学部地域文化学科教授(文化政策、創造都市論)。文化庁文化芸術創造拠点形成事業審査委員文化経済学会(日本)理事(元理事長)、日本文化政策学会理事、NPO法人都市文化創造機構理事、鳥取県文化芸術振興審議会長、鳥取県地方自治研究センター理事長、あいちトリエンナーレ実行委員、茅ヶ崎市文化生涯学習推進委員長などを兼任。
長谷見 雄二(はせみ ゆうじ、1951年(昭和26年) - … 長谷見 雄二(はせみ ゆうじ、1951年(昭和26年) - )は、日本の建築学者、建設技官官僚。 東京都渋谷区に生まれる。1973年(昭和48年)早稲田大学理工学部建築学科を経て、1975年(昭和50年)同大学理工学研究科建設工学修了。旧建設省に奉職し、建築研究所研究員となる。ついで、米国商務省国立標準局(現・アメリカ国立標準技術研究所)客員研究員、建設省建築研究所主任研究員、建設省建築研究所防火研究室長を経て、1997年(平成9年)早稲田大学理工学部建築学科教授となる。 のち福井大学大学院非常勤講師、東京理科大学客員教授、東京工業大学応用セラミックス研究所客員教授などを兼任した。ほか、日本建築学会代議員、日本火災学会会長、日本建築防災協会理事などを歴任した。
伏見 威蕃(ふしみ いわん、1951年 - )は、日本の翻訳… 伏見 威蕃(ふしみ いわん、1951年 - )は、日本の翻訳家。 東京都生まれ。書家・伏見冲敬の長男。「伏見威蕃」は本名。日本推理作家協会、日本冒険作家クラブ、日本文芸家協会、各会員。 早稲田大学商学部卒。商社勤務を経て、推理作家・小泉喜美子の紹介により1984年「ミステリマガジン」で翻訳家としてデビュー。推理小説、サスペンス小説、軍事未来小説、ノンフィクションなどを多数翻訳している。 2006年10月、国際理解促進図書優秀賞(主催:財団法人国際言語文化振興財団、『フラット化する世界』の翻訳に対し)。 バベル翻訳学院講師で弟子に鈴木恵、白幡憲之、熊谷千寿、片山奈緒美等多数。沢野ひとし、東理夫とカントリー・バンドを組んでいる。
牧村 健一郎(まきむら けんいちろう、1951年 - )は、… 牧村 健一郎(まきむら けんいちろう、1951年 - )は、日本のジャーナリスト。 神奈川県大船生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、朝日新聞入社。校閲部、文芸部、AERA編集部、文化くらし報道部be編集部などを経て退職、以後は夏目漱石の研究者として活動。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
望月 敬生(もちづき よしお、1951年 - 2017年11… 望月 敬生(もちづき よしお、1951年 - 2017年11月)は日本の建築家、日本伝統建築設計の泰斗。望月敬生建築設計室・有限会社歴史建築設計研究体代表。日本庭園協会常務理事。静岡市出身。 日本漆喰協会 第12回作品賞 (大本山巨福山 建長寺大徹堂新築工事 設計者) 息子:望月敬士(たかし) 有限会社望月敬生建築設計室・歴史建築設計研究体代表 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、建築・土木に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:建築/Portal:建築)。
川崎 ゆきお(かわさき ゆきお、1951年 - 2024年)… 川崎 ゆきお(かわさき ゆきお、1951年 - 2024年)は、兵庫県伊丹市出身の漫画家、エッセイスト。本名、川崎行雄。 高校時代に雑誌『ガロ』で水木しげるの漫画と出会い、漫画家を志す。1968年から、屋我平勇・宇原泰年らとの肉筆漫画同人誌『もののけ』を主催する。 1971年に「うらぶれ夜風」で『ガロ』でデビュー。「ヘタウマ」ならぬ「ヘタヘタ」のあまりの絵の下手さに編集部内でも議論があったが、編集長の長井勝一の一存で掲載となった。『ガロ』と並行して、1976年より三流劇画御三家の一つ『漫画エロジェニカ』誌でも断続的に作品を発表。1980年より、ニューウェーブ漫画誌の一つである『マンガ奇想天外』にも作品を発表した。
萩原 弘子(はぎわら ひろこ、1951年 - )は、日本の芸… 萩原 弘子(はぎわら ひろこ、1951年 - )は、日本の芸術思想史学者。大阪府立大学名誉教授、博士(学術)。 専門は視覚文化論。1980年代後半から英国のブラック・アート運動を研究対象とする。フェミニズム視点で美術史を検証するグリゼルダ・ポロック、ロジカ・パーカー著作の翻訳も行なう。 神奈川県鎌倉市生まれ。1982年 お茶の水女子大学大学院人間文化研究科比較文化学専攻退学。 1982年 大阪女子大学学芸学部英文学科教員。1987年 リーズ大学(英国)客員研究員(-1989)。1999年 大阪女子大学人文社会学部人文学科教授。2004年 ノースカロライナ大学(米国)客員研究員。2005年 大阪府立大学人間社会学部人間科学科教授。
駒澤 博司(こまざわ ひろし、1951年(昭和26年) - … 駒澤 博司(こまざわ ひろし、1951年(昭和26年) - )は、山形県鶴岡市出身の、日本の陶芸家。 師匠は、木村一陽と大宮司崇人である。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
奥谷 仁(おくたに まさし、1951年 - )は日本の写真家… 奥谷 仁(おくたに まさし、1951年 - )は日本の写真家、エッセイスト。徳島市生まれ。 1973年にカメラマンとして女性誌『non-no』でデビュー。主に集英社、講談社、小学館、学研、宝島社、世界文化社等の女性誌を中心に「料理」「インテリア」「タレント」「作家」「旅」「宝石」などのページを担当する。特に学研では「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」シリーズの撮影を17年間担当した。 1993年より2年半にわたり『フランス料理大法典』全12巻の撮影のために渡欧。アラン・デュカス、ジュエル・ロビュション、フレデリック・ジラルデ、ミッシェル・トロアグロなど世界的なシェフと組んで撮影をする。 今までに撮影を担当した単行本、ムック本は200冊を越える。
こしの ゆみこ(本名:越野優見子、1951年 - )は、俳人… こしの ゆみこ(本名:越野優見子、1951年 - )は、俳人、陶芸家。 愛知県幡豆郡幡豆町(現在の西尾市)に生まれる。海に面した町で実家からは兎島が見えた。保育園に上がるころ父が万屋「越野商店」を開店。また、父は魚藍という俳号を持つ俳人でもあった。1988年、父の影響もあって俳句をはじめ、1989年、「海程」に入会、金子兜太に師事。1993年、海程新人賞受賞、「海程」同人。1994年、片岡秀樹らと超結社「豆の木」を結成、のちに代表を務める。1995年、豆の木賞、1998年、第16回現代俳句協会新人賞、2004年、現代俳句協会年度作品賞受賞。2009年、第一句集『コイツァンの猫』出版。 現代俳句協会会員。
根本 純(ねもと じゅん、1951年 - )は、日本のラリー… 根本 純(ねもと じゅん、1951年 - )は、日本のラリードライバー、自動車評論家、ドライビングインストラクター、環境探検家。神奈川県藤沢市鵠沼生まれ、東京都文京区在住。元文京区区議会議員、元衆参議院政策秘書。 第3回パリ・ダカールラリーに日本人として初出場し、13回完走6回。テレビ取材など、世界55カ国を 体感、実感、共感。大地に寝泊り、人と自然に接してきたなかで砂漠化、温暖化、飢餓など地球規模の環境悪化を体感した実践派。 19歳からラリーに参加し、大自然と対峙し己とパートナー、そしてクルマとの三位一体を求めるラリー競技の魅力にはまり代表の「Five & Quarter Rally Club」53年目。
高橋 孝信(たかはし たかのぶ、1951年 - )は、日本の… 高橋 孝信(たかはし たかのぶ、1951年 - )は、日本のインド文学者、東京大学名誉教授。古代タミル語文学を専攻。 1951年、茨城県水戸市で生まれた。東京大学文学部で学び、同大学大学院人文科学研究科博士課程を中退。1979年から1982年まで、インド・マドゥライ大学へ留学。1985年から1988年までオランダ・ユトレヒト大学東洋言語文化研究所へ留学した。1989年、ユトレヒト大学にで文学博士号を取得した。 1991年、四天王寺国際仏教大学助教授に就いた。1996年、東京大学人文社会系研究科助教授に転じ、1999年より教授。2016年に東京大学を定年退任し、名誉教授となった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小林 淳一(こばやし じゅんいち、1951年 - )は、日本… 小林 淳一(こばやし じゅんいち、1951年 - )は、日本の地方公務員。島根県副知事、同県信用保証協会会長、同県社会福祉協議会会長などを歴任。 安来市出身。県外の大学に進み、民間企業に就職するつもりだったが県庁に進路を転換。島根県地方課長、同農林水産部長、同商工労働部長を経て、2012年 (平成24年) 3月 前任の松尾秀孝に代わり島根県副知事。副知事退任後は島根県信用保証協会会長、しまね産業振興財団評議員、県社会福祉協議会会長、島根県立産業交流会館理事長を歴任。 2021年、秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
佐々木 英治(ささき ひではる、1951年 - )は、日本の… 佐々木 英治(ささき ひではる、1951年 - )は、日本の元総務官僚。 和歌山県和歌山市出身。1975年、郵政省入省。近畿郵政局人事部長、総務省郵政事業庁郵務部長、郵政公社近畿支社長、日本郵政株式会社専務執行役、執行役副社長、NTT東日本監査役を歴任。
金谷 武洋(かなや たけひろ、1951年 - )は、カナダ在… 金谷 武洋(かなや たけひろ、1951年 - )は、カナダ在住の日本人言語学者。専門は類型論、日本語教育。 北海道北見市生まれ。函館ラ・サール高等学校を経て、東京大学教養学部教養学科フランス分科卒業。1975年カナダ・ケベックに渡り、ラヴァル大学で修士号(言語学)、1995年「La notion de sujet en japonais : historique et état présent」でモントリオール大学で博士号(言語学)取得。カナダ放送協会国際局などを経て、2012年までモントリオール大学東アジア研究所日本語科科長を務めた。 専門は言語類型論。本人によれば、三上章の影響であるとしている、独特の「『主語』否定論」を広めている。
いしざか びんが(1951年 - )は、日本の音楽家。作曲家… いしざか びんが(1951年 - )は、日本の音楽家。作曲家・作詞家・ギタリスト。本名は石坂幸久。 群馬県吾妻郡高山村出身。群馬県立沼田高等学校卒業。クラシックギターの弾き語りをしている。
霞 信彦(かすみ のぶひこ、1951年 - )は、日本の法制… 霞 信彦(かすみ のぶひこ、1951年 - )は、日本の法制史学者。専門は日本法制史。慶應義塾大学名誉教授。東京都出身。 東京学芸大学附属高等学校卒業。1974年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1979年慶應義塾大学大学院法学研究科公法学専攻博士課程修了。法学博士(慶應義塾大学)。近代刑法史の研究者。門下生に、明治初期の刑事手続を研究する山梨学院大学法学部教授の原禎嗣がいる。
大森 進(おおもり すすむ、1951年 - )は、日本の実業… 大森 進(おおもり すすむ、1951年 - )は、日本の実業家、UBS証券社長。
金井 貴嗣(かない たかじ、1951年 - )は、日本の法学… 金井 貴嗣(かない たかじ、1951年 - )は、日本の法学者。専門は、独占禁止法・経済法。中央大学名誉教授。元日本経済法学会理事長(2011年-2017年) 東京生まれ。東京都立豊多摩高等学校、 中央大学法学部卒業。1989年中央大学教授に就任。横田正俊記念賞専攻委員。
松原 恭司郎(まつばら きょうしろう、1951年 - )は日… 松原 恭司郎(まつばら きょうしろう、1951年 - )は日本の公認会計士。SBI大学院大学客員教授。元中央大学大学院特任教授。 世田谷高等学校を経て、高校時代の恩師である萩野浩基(元東北福祉大学学長)の勧めにより公認会計士を目指す。1973年公認会計士第二次試験に合格。1974年に法政大学経済学部を卒業し、国際会計事務所系コンサルティング会社などを経て1992年に独立する。中央大学大学院国際会計研究科客員教授(2006-2008)、筑波大学大学院ビジネス科学研究科非常勤講師(2007)、中央大学大学院国際会計研究科特任教授(2008-2015)、東北福祉大学総合マネジメント学部非常勤講師(2009-2021)を務める。
寺西 俊一(てらにし しゅんいち、1951年 - )は、日本… 寺西 俊一(てらにし しゅんいち、1951年 - )は、日本の経済学者。専門は環境経済学。一橋大学名誉教授。アジア・太平洋環境会議功労賞、明日への環境賞受賞。 石川県生まれ。宮本憲一の影響を受け、環境経済学を専攻。環境経済・政策学会会長、日本環境会議理事長、環境省中央環境審議会委員、『環境と公害』誌編集幹事、日本環境学会運営委員、日本地方自治学会理事、日本経済政策学会理事、環境法・政策学会理事、財団法人消費生活研究所理事等を歴任。 この間、慶應義塾大学経済学部、上智大学法学部、千葉大学法経学部、中央大学総合政策学部、京都大学経済学部、東京工業大学大学院総合理工学研究科、フェリス女学院大学、放送大学でも教鞭をとる。
鬼頭 秀一(きとう しゅういち、1951年 - )は、日本の… 鬼頭 秀一(きとう しゅういち、1951年 - )は、日本の環境倫理学者。東京大学名誉教授。愛知県名古屋市出身。 環境倫理学及び環境にかかわる科学技術社会論が専門。生物多様性保全や自然再生のあり方と、地域社会との関係、持続可能な社会の構築についての理念に関する研究があり、白神山地など数多くの「現場」を歩きつつ、ローカルでかつ普遍的な「環境倫理」を「現場」から構築してきた。理論的には「社会的リンク論」を提唱。「よそ者」論でも有名であり、環境運動において「よそ者」が果たしている役割について論じている。2024年度科学技術社会論・柿内賢信記念賞特別賞受賞(「日本における環境倫理学ならびに環境問題に係る科学技術社会論の発展への貢献」) 「大学院博士課程まで薬学を学んだ後、科学哲学に専攻を変えた。
中田 裕康(なかた ひろやす、1951年 - )は、日本の法… 中田 裕康(なかた ひろやす、1951年 - )は、日本の法学者。専門は民法。東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授。不動産適正取引推進機構会長。学位は、法学博士(東京大学・1989年)。大阪府出身。星野英一門下。 略歴は以下のとおり。
西谷 泉(にしたに いずみ、1951年- )は、日本の数学者… 西谷 泉(にしたに いずみ、1951年- )は、日本の数学者・教育学者。群馬大学名誉教授。専門は数学教育学。日本数学教育学会名誉会員。 主に数学教育学・授業研究・諸外国の数学教育
本池 秀夫(もといけ ひでお、1951年 - )は日本の人形… 本池 秀夫(もといけ ひでお、1951年 - )は日本の人形作家、レザーアーティスト。鳥取県米子市出身。 主に制作している作品は日常の一部分や動物を題材としたものである。師も道具も無い状態から始め、ぬらした革を型に載せて成型する独自の技法を確立させた。 2020年頃に松江市内大根島付近にある無人島を購入。それから仕事の合間を縫って不法投棄されたゴミを除去するなど開拓を進め、2024年6月頃自らがプロデュースするグランピング施設「EXTRAORDINARY PLACE MOTOSHIMA」を島内に開業させた。 息子が3人居て、いずれも革や銀細工の職人である。2021年に開館した本池美術館には次男の作品も展示されており、将来も展示ができるよう館名は苗字だけとなっている。
吉野 大作(よしの だいさく、1951年 - )は、日本のシ… 吉野 大作(よしの だいさく、1951年 - )は、日本のシンガーソングライター。河合塾漢文科講師。群馬県出身。
水村 美苗(みずむら みなえ、1951年 - )は、日本の小… 水村 美苗(みずむら みなえ、1951年 - )は、日本の小説家、評論家。夫は東京大学経済学部名誉教授の岩井克人。
東郷 雄二(とうごう ゆうじ、1951年 - )は、日本の言… 東郷 雄二(とうごう ゆうじ、1951年 - )は、日本の言語学者。前京都大学大学院人間・環境学研究科教授。専門はフランス語学・言語学(特に機能的統語論、意味論、談話理論)。
アーサー・ホーランド(Arthur Masayuki Hol… アーサー・ホーランド(Arthur Masayuki Hollands、1951年 - )は大阪府大阪市出身の牧師で、基督兄弟団成増教会の牧師。また、キャンパス・クルセード・フォー・クライスト(CCCC)所属の日本宣教師、伝道団隊ミッション・バラバの創設者、及び、アーサー・ホーランド・ミニストリー主宰である。それに加え作家業、俳優業、講演なども行う。アメリカ合衆国のサンボレスレリングと柔道の元選手。日本名は岡田正之
小波 秀雄(こなみ ひでお、1951年 - )は。物理化学を… 小波 秀雄(こなみ ひでお、1951年 - )は。物理化学を専門とする日本の化学者。理学博士(東北大学)。京都女子大学名誉教授。ニセ科学に対する情報発信も行っている。「ニセ科学フォーラム」実行委員。
菊池 昇 (きくち のぼる、1951年 - ) は、日本出身… 菊池 昇 (きくち のぼる、1951年 - ) は、日本出身の工学者。ミシガン大学Roger L. McCarthy機械工学名誉教授、全米技術アカデミー外国人会員、トヨタコンポン研究所代表取締役所長、分子科学研究所運営顧問。トヨタ自動車技監、豊田中央研究所代表取締役所長を務めた。 専門は機械工学、航空工学、デジタルエンジニアリング。 秋田県仙北郡神岡町(のちの大仙市)生まれ。1969年秋田県立秋田高等学校卒業。1974年東京工業大学(のちの東京科学大学)工学部土木工学科卒業。1977年テキサス大学オースティン校工学部航空工学科博士課程修了、Ph.D.。 1979年テキサス大学工学部航空工学科助教授。
風野 真知雄(かぜの まちお、1951年 - )は、日本の小… 風野 真知雄(かぜの まちお、1951年 - )は、日本の小説家。福島県須賀川市生まれ。本名は朝倉 秀雄。 福島県立福島高等学校を経て、立教大学法学部卒。 フリーライターとして活動したのち、1992年に「黒牛と妖怪」で歴史文学賞を受賞しデビュー。
河村 哲二(かわむら てつじ、1951年 - )は、日本の経… 河村 哲二(かわむら てつじ、1951年 - )は、日本の経済学者。法政大学名誉教授、経済理論学会前代表幹事。専門は理論経済学(政治経済学・マルクス経済学・制度派経済学)、アメリカ経済論、グローバル経済論。 群馬県生まれ。群馬県立沼田高等学校卒。1975年、東京大学経済学部経済学科卒業。1980年、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位修得。1994年、経済学博士(東京大学)。博士論文は「第二次世界大戦アメリカ戦時経済論―「戦時高蓄積」構造と戦後の「持続的成長」構造:戦後景気循環の変容をめぐって」。 帝京大学経済学部教授、武蔵大学経済学部教授を経て、2005年4月より法政大学経済学部教授。2022年4月より同名誉教授。
岡本 保(おかもと たもつ、1951年 - )は、日本の総務… 岡本 保(おかもと たもつ、1951年 - )は、日本の総務官僚。自治財政局長、自治行政局長、消防庁長官、総務審議官(自治行政担当)、総務事務次官、自治体国際化協会理事長などを歴任。 1966年に東京教育大学附属中学校(現・筑波大学附属中学校)、1969年に東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)を卒業。中学ではテニス部に所属。宮澤洋一元経済産業大臣や斉藤親元国土交通省大臣官房技術審議官、北條春夫東京工業大学名誉教授は高校で3年間同じクラスに属した同級生。 当時は東大紛争で東京大学の入試がなく、京都大学を受けるも不合格となった。予備校に通い、1970年に東京大学に入学。1974年に東京大学法学部を卒業。
岩出 誠(いわで まこと、1951年 - )は、日本の弁護士… 岩出 誠(いわで まこと、1951年 - )は、日本の弁護士。千葉県柏市出身。ロア・ユナイテッド法律事務所代表パートナー。千葉大学客員教授 。労働問題を主な専門として相談にあたっている。
一方井 誠治(いっかたい せいじ、1951年 - )は、日本… 一方井 誠治(いっかたい せいじ、1951年 - )は、日本の経済学者。京都大学教授を経て、武蔵野大学工学部環境システム学科教授 兼 大学院環境学研究科長。武蔵野大学環境研究所長。専攻は環境経済学。学位は、博士(経済学)(京都大学・論文博士・2008年)。 東京都出身。1965年にお茶の水女子大学附属小学校卒業。お茶の水女子大学附属中学校、都立富士高校を経て、1974年に東京大学経済学部を卒業し、翌年環境庁に入庁。地球環境部企画課長、大臣官房政策評価広報課長、財務省神戸税関長等を歴任。2005年に京都大学経済研究所教授、2011年に京都大学学際融合教育研究推進センター特定教授、2012年より同特任教授。
清水 展(しみず ひろむ、1951年 - 2025年2月22… 清水 展(しみず ひろむ、1951年 - 2025年2月22日)は、日本の文化人類学者、京都大学名誉教授。 神奈川県横須賀市出身。関東学院六浦高等学校、東京大学教養学部文化人類学卒、1979年同博士課程中退、同助手、80年東京大学東洋文化研究所助手、1985年九州大学教養部助教授、1987年「変化と持続 ピナトゥボ・アエタ社会における出来事の受容をめぐって」で東京大学社会学博士。94年九州大学比較社会文化研究院教授、2006年京都大学東南アジア地域研究研究所教授。2016年、日本文化人類学会賞受賞。2017年『草の根グローバリゼーション』で日本学士院賞受賞。2024年、瑞宝中綬章受章。2025年2月22日、死去した。
冨所 正一(とみどころ しょういち、1951年 - 1977… 冨所 正一(とみどころ しょういち、1951年 - 1977年)は、新潟県見附市野坪出身のシンガーソングライター。 新潟県立長岡農業高等学校卒業後、働きながら曲を作り、自身で歌う。地元のNHK新潟放送局の番組内でも、しばしば歌を披露し、人気を得る。 代表曲に、「お前(おめ)まだ春らかや」、「どじょうを取りにゆこうや」、「農業高校」がある。地元の越後方言の多い素朴な詩の中に、強烈なメッセージを含む曲が多い。彼の曲は、一部の曲(「どじょうを取りにゆこうや」ほか)でハーモニカを併用するものの、基本的にはアコースティックギター1本による弾き語りの曲がほとんどである。 1977年3月20日、新潟県三条市内を流れる信濃川の三条大橋から投身自殺を図る。
桑原宏司(くわばら こうじ、1951年生まれ - )は、日本… 桑原宏司(くわばら こうじ、1951年生まれ - )は、日本の実業家。元音楽家。名古屋市出身。現在、チケットぴあ名古屋代表取締役社長。株式会社サンデーフォーク相談役。 もともと税理士か会計士になりたくて大学の経営学科に進んだが、桑原の学生時代はフォークソングの全盛期。本人もご多分に漏れず、学業そっちのけで音楽活動に熱中することになり、当時アマチュアバンドのドラマーとして名古屋では名の知られた存在となった。 実家は名古屋駅前柳橋市場の大衆食堂。早朝そこでアルバイトをし、それから学校でバンド活動。そして夜は雀荘「三河屋」で麻雀三昧の日々であったという。 1971年、大学2年生の時、「てんとう虫のサンバ」で有名なチェリッシュの初期メンバーとなりドラムを担当。
家田 愛子(いえだ あいこ、1951年 - )は、日本の法学… 家田 愛子(いえだ あいこ、1951年 - )は、日本の法学者・文筆家。札幌学院大学元教授。専門は労働法、労働法制のジェンダー法。特に日本や、英米法圏・EU圏の雇用法制を研究。愛知県名古屋市生まれ。 外国労働法制を研究対象とし、特に、ヨーロッパ連合労働法やイギリス労働法を研究。 1999年度から2001年度まで科研費研究課題『企業組織の変動と労働法』に参加、研究を分担する。 1981年に日本で産休後、ママさんスチュワーデス第1号として勤務したという経歴の持ち主。イギリスに母子留学した経験を著書にまとめている。また、名古屋大学在籍時はフリーライターもこなした。
田中 義克(たなか よしかつ、1951年 - 2024年2月… 田中 義克(たなか よしかつ、1951年 - 2024年2月15日)は、日本の自動車技術者、実業家。トヨタ自動車北海道代表取締役社長を経て、北海道立総合研究機構理事長。元北海道経済連合会副会長。 愛知県刈谷市出身。愛知県立刈谷高等学校、名古屋工業大学機械工学専攻を経て、1976年名古屋大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了、トヨタ自動車工業入社。1997年トヨタ自動車製造部長。2004年からトヨタ自動車常務役員として、三好工場長、衣浦工場長、明知工場長を務めた。2006年トヨタ自動車北海道代表取締役社長。2010年北海道機械工業会会長。2014年北海道経済連合会副会長。2017年トヨタ自動車北海道顧問。
松山 隆司(まつやま たかし、1951年 - 2016年12… 松山 隆司(まつやま たかし、1951年 - 2016年12月12日)は、日本の情報工学者。元京都大学大学院情報学研究科教授。大阪府出身。国際パターン認識連合、情報処理学会、電子情報通信学会フェロー。元日本学術会議連携会員。 1970年大阪府立北野高等学校卒業。1974年京都大学工学部電子工学科卒業。1976年京都大学大学院工学研究科電気第二工学専攻修士課程修了。 京都大学工学部電気工学第二学科助手、米国メリーランド大学客員研究員、東北大学工学部情報工学科助教授、岡山大学工学部情報工学科教授を経て、1995年より京都大学大学院工学研究科電子通信工学専攻教授、1998年より京都大学大学院情報学研究科知能情報学専攻教授を務めた。
岩田 廉太郎(いわた れんたろう 1951年 - 2023年… 岩田 廉太郎(いわた れんたろう 1951年 - 2023年8月5日)は、日本の漫画家。 鳥取県鳥取市出身、鳥取県立鳥取東高等学校卒業後、手塚治虫のアシスタントとして働きながら書いた『少年探偵団』で漫画デビュー。『無敵超人ザンボット3』や『UFO大戦争 戦え! レッドタイガー』等のコミカライズ作品を描いた。1989年には、鳥取で制作スタジオ「まんが工房」を開設し、鳥取県・島根県内の地元新聞日曜版に連載した。歴史マンガ系の作品の制作活動をしていた。 本人は『ジェッターマルス』のコミカライズを執筆した時には楽だったが、『ザンボット3』のコミカライズを執筆したときには角ばっていたロボットや戦闘基地(ザンボット3、ザンボエース、ビアル一世、ビアル二世、バンドック)を描いたときにはとても苦労したと語っている。
石野 伸子(いしの のぶこ、1951年 - )は、日本のジャ… 石野 伸子(いしの のぶこ、1951年 - )は、日本のジャーナリスト、新聞記者。産経新聞「夕焼けエッセー」生みの親で、「あさが来た」ブームの火付け役。 広島県生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)ドイツ語学科を卒業、1974年(昭和49年)産経新聞社入社。産経新聞大阪本社編集局社会部を経て文化部。2000年(平成12年)文化部長。2003年編集局次長。2005年東京本社編集局編集委員。2008年大阪本社編集局編集委員兼特別記者。ラジオ大阪 News Tonight いいおとなの「アンカーマン」も務めた(コメンテーター、2018年3月29日で降板)。 文化部長時代の2002年(平成14年)4月1日、産経新聞の夕刊(関西圏)で連日、読者の投稿コーナー「夕焼けエッセー」を開始させたが、新聞の顔と言える1面(表紙)に掲載する方針は大きな反響を呼び、スタート時点までに寄せられた作品だけで196点にのぼる人気となった。
名井 良三(みょうい りょうぞう、1951年〈昭和26年〉 … 名井 良三(みょうい りょうぞう、1951年〈昭和26年〉 - )は、日本の外交官。2011年(平成23年)9月27日からアンゴラ駐箚特命全権大使。 山口県下関市出身。山口県立豊浦高等学校卒業、1975年(昭和50年)東京外国語大学ポルトガル・ブラジル語学科を卒業して、外務省に入省する。1985年(昭和60年)ブラジリア大学大学院に留学している。外務省大臣官房在外公館課現地職員管理官、シカゴ領事、参議院国際交流課長を経て、2009年(平成21年)4月ベレン総領事。2011年(平成23年)9月27日からアンゴラ駐箚特命全権大使。2015年(平成27年)10月1日から東京外国語大学社会・国際貢献情報センター副センター長。
福家 伸夫(ふけ のぶお、1951年(昭和26年) - )は… 福家 伸夫(ふけ のぶお、1951年(昭和26年) - )は、日本の医学者、医師。専門は、救急医学・集中治療医学・麻酔科学・災害医学。学位は博士(医学)。 帝京大学ちば総合医療センター救急科名誉教授。元帝京平成大学教授、元帝京大学教授、元帝京大学ちば総合医療センター救急集中治療センター長。 香川県出身。香川県立観音寺第一高等学校、東京大学医学部医学科卒業。 1977年(昭和52年)東京大学医学部卒業後、1986年(昭和61年)「High Frequency Ventilation時の気流速度分布に関するモデル実験 」で学位修得(東京大学 医学博士)。 東京大学医学部麻酔学教室、自治医科大学講師、ハーバード大学マサチューセッツ総合病院研究員、帝京大学助教授を経て、1997年(平成9年)帝京大学医学部教授および帝京大学医学部附属市原病院集中治療センター長に就任、2006年(平成18年)8月1日、帝京大学ちば総合医療センターに名称変更、現在に至る。
山田 悦子(やまだ えつこ、旧姓:沢崎、1951年(昭和26… 山田 悦子(やまだ えつこ、旧姓:沢崎、1951年(昭和26年) - )は、日本の社会運動家。徳島女子短期大学卒業。富山県出身。 1974年(昭和49年)の甲山事件の冤罪被害者として知られる。 富山県出身。愛媛県新居浜市育ち。新居浜市立泉川小学校、新居浜市立泉川中学校を経て新居浜市立商業高等学校(現:愛媛県立新居浜商業高等学校)を卒業。1972年(昭和47年)に徳島女子短期大学保育科(現:徳島文理大学短期大学部)を卒業し、同年に兵庫県西宮市の甲山福祉センター甲山学園に保母として就職する。 1974年(昭和49年)3月17日に甲山学園の園児である女児2人が殺害された甲山事件の犯人として同年4月7日に逮捕され、その後、証拠不十分で不起訴となり釈放。
野瀬 泰申(のせ やすのぶ、1951年 - )は、日本経済新… 野瀬 泰申(のせ やすのぶ、1951年 - )は、日本経済新聞特別編集委員、コラムニスト。福岡県久留米市出身。 福岡県立明善高等学校、東京都立大学法学部卒業。 1975年、日本経済新聞社入社。以降、社会部、金沢支局、西部支社、東京本社文化部と巡り、大阪本社文化担当部長、東京本社文化部編集委員、同生活情報部編集委員を歴任。 同一名称でも地域によって内容が違うこと(室蘭市、東松山市、今治市における「焼き鳥」等)、食べ物の地域性や独特な調理法・食べ方など、地域独特の食文化を「食の方言」と名づけ、それを題材にNIKKEI NETで読者との交流企画コラム「食べ物 新日本奇行」を2002年11月より2010年3月まで連載していた。
岡本 一宣(おかもと いっせん、1951年 - )は日本のア… 岡本 一宣(おかもと いっせん、1951年 - )は日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー、出版プロデューサーである。エディトリアル・デザインを中心として、一般誌、PR誌、写真集から書籍などのアートディレクション及びデザインを行っている。長崎県長崎市出身。 企業のCI、VIそれに伴うコンセプト作り、企業のロゴマーク開発、会社案内などビジュアル制作や広告制作なども手掛けている。「美は存在の力」を念頭に、現在進行形型のデザインファクトリーにて活動。進化するさまざまな文化を伝達する道具としての「日本グラフィック・デザイン技術」を日々開発、完成を目指している。