櫻井 つぐみ(さくらい つぐみ、2001年9月3日 - )は… 櫻井 つぐみ(さくらい つぐみ、2001年9月3日 - )は、日本の女子レスリング選手。高知県香南市出身。階級は55kg級と57㎏級。身長156cm。 父親が開設した高知クラブでレスリングを始めた。65㎏級の清岡幸大郎とは幼馴染だった。小学生の時から全国大会で何度も優勝を飾っていた。野市中学1年の時から全国中学生選手権で3連覇を達成した。中学3年の時には世界カデット選手権の40㎏級でも優勝した。高知南高校3年の時にはインターハイの53kg級で2位になった。全日本女子オープン選手権(シニアの部)55㎏級では優勝したが、全日本選手権では2位だった。 2020年には育英大学へ入学すると、1年の時には全日本選手権で優勝した。
山田 祐也(やまだ ゆうや 、1989年7月6日 - )は、… 山田 祐也(やまだ ゆうや 、1989年7月6日 - )は、高知県香南市出身の競艇選手。 登録番号4757の112期生。徳島支部所属。同期には松尾充、山崎郡、今泉友吾、馬場剛らがいる。高知県立高知工業高等学校卒業。
入野 貴大(いりの たかひろ、1988年11月26日 - )… 入野 貴大(いりの たかひろ、1988年11月26日 - )は、高知県香美郡野市町(現・香南市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 小学4年生の時に「桜ヶ丘スポーツ少年団」で野球を始めた。野市中学校では二塁手、三塁手、遊撃手などでプレー。岡豊高校入学後も内野手としてプレーしていたが、3年生時の春から投手としてもプレーするようになった。6月には日米親善高校野球大会の高知県選抜チームに選出された。高校通算では10本塁打を放った。 高校卒業後に一度は国士舘大学への進学を決めるも実際には入学せず、広島県にあったプロ育成野球専門学院に進んだが、同学院は1年で閉校した。 2008年に四国・九州アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)の愛媛マンダリンパイレーツに入団し、5年間で183試合に登板、17勝9敗14セーブの成績を残した。
武市 康(たけち やすし、1987年6月13日 - )は、日… 武市 康(たけち やすし、1987年6月13日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 高知県香南市出身。母の勧めで小学5年生からバレーボールを始める。 高知高等学校、愛知学院大学を経て、2009/10シーズン、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属するサントリーサンバーズの内定選手となった。 2010年、大学卒業後に、サントリーサンバーズに入団した。入団1シーズン目となる2010/11シーズンにV・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2013年、2012/13 V・プレミアリーグをもって現役を引退した。
黒川 英二(くろかわ えいじ、1975年4月17日 - )は… 黒川 英二(くろかわ えいじ、1975年4月17日 - )は、高知県香南市出身の演歌歌手・俳優である。本名は黒岩英斉(くろいわ えいせい)。 隣家のお姉さんの影響で、小1でピアノを弾き始め、中2でロックバンドを始める。ドラム担当だった。前に出たいという思いが強くなり、上京。すがあきらに出会い、演歌歌手のマネージャを4年し、2003年4月、歌手デビュー。2006年、俳優デビュー。 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。
梶原 大介(かじはら だいすけ、1973年10月29日 - … 梶原 大介(かじはら だいすけ、1973年10月29日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(1期)、総務大臣政務官。 元高知県議会議員(4期)。 高知県香南市出身。高知工業高等専門学校土木工学科卒業。民間企業勤務、参議院議員公設秘書を経て、2007年4月の高知県議会議員選挙(香南市選挙区)に当選し、以降連続4期務める。県議1期目は保守系会派「県政会」に所属したが、2011年の再選後、自民党県議団入りした。 2021年11月に中西哲参議院議員が政界引退を表明したことを受け、梶原は2018年より務めていた自民党県連幹事長の職を辞任。12月7日、翌年の第26回参議院議員通常選挙に立候補する意向を示した。
清藤 真司(きよとう まさし、1965年(昭和40年)5月9… 清藤 真司(きよとう まさし、1965年(昭和40年)5月9日 - )は、日本の政治家。元高知県香南市長(3期)。元高知県議会議員(2期)、元夜須町長(1期)。 高知県香南市出身。父は、夜須町議会議長を務めた清藤考一。高知学芸高等学校を経て、1989年(平成元年)3月、立命館大学産業社会学部卒業。第一証券勤務後、1995年(平成7年)から山本有二衆議院議員、福井照衆議院議員の秘書を務める。 2003年(平成15年)、夜須町長に就任。 2006年(平成18年)3月1日、夜須町は赤岡町、香我美町、野市町、吉川村と合併し消滅。香南市が誕生する。 2007年(平成19年)4月の高知県議会議員選挙に立候補し初当選。
架空 まさる(かくう まさる、本名:国吉 勝、1962年1月… 架空 まさる(かくう まさる、本名:国吉 勝、1962年1月28日 - )は、日本の漫画家。高知県香南市出身。血液型はA型。 1962年、高知県に生まれる。高校3年の時に青柳裕介の弟子のはくしょみのると出会い、マンガの手伝いを始める。青柳裕介の孫弟子にあたる。 1980年、週刊少年ジャンプの赤塚賞・佳作を受賞。受賞作『0点魔神』が、週刊少年ジャンプに掲載されデビュー(1980『週刊少年ジャンプ』No.31掲載)。そしてデビュー後上京し、ビッグ錠の弟子となる。兄弟弟子には、沢渡竜也、みのもけんじ、河野哲郎、いちかわよしひで、などがいる。弟子になってしばらくして、兄弟子でアダルト漫画家の沢渡のアドバイスでアダルト漫画を描き始める。
西内 荘(にしうち そう、1956年 - )は、日本中央競馬… 西内 荘(にしうち そう、1956年 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンター内で活動する日本の装蹄師。 西内は開業装蹄師であるため、JRA職員ではないが、「カリスマ装蹄師」の異名を持つ。また芸能事務所であるパールダッシュに所属していたが、現在はPR会社である株式会社H.M.Eに所属している。 スポーツニッポン大阪版の土曜日紙面でコラム「カリスマ装蹄師のささやき」や、競馬のおはなしでコラムを連載中。 高知県香美郡野市町(現・香南市)出身。 父が馬主をしていたことから幼少より競馬に親しんでおり、中学生の時に同郷の福永洋一がニホンピロムーテーを菊花賞馬に導いた騎乗を見て騎手に憧れ、父が馬を預けていた栗東・中村好夫調教師に弟子入りするが減量苦で断念する。
青柳 裕介(あおやぎ ゆうすけ、本名:吉村睦夫、1944年1… 青柳 裕介(あおやぎ ゆうすけ、本名:吉村睦夫、1944年12月4日 - 2001年8月9日)は、日本の漫画家。 高知県香美郡野市町出身。高知市立城東中学校卒業。代表作に『土佐の一本釣り』『土佐の鬼やん』『川歌』がある。地元・高知を舞台にした作品を多く発表した。 中学卒業後、8年間板前修業を続けながら漫画の創作に励み、1966年、『いきぬき』が『COM』の月例新人賞に選ばれデビュー。代表作の一つで長期連載された『土佐の一本釣り』は1980年に松竹より映画化もされた。『ビッグコミック』を主たる作品発表の場としていた。 評論家・石井文男は、青柳の一連の作品は、青春期の愛、希望、苦しみを経糸に、塩の香、魚の匂い、漁船のマスト、さらには路地裏の一杯飲み屋など、高知ならではの舞台をフルに緯糸として使用し、独自世界を作り出したが、作品の舞台は土佐以外はあり得ないし、高知在住だからこそ書ける作品だなどと評した。
29代 木村 庄之助(にじゅうきゅうだい きむら しょうのす… 29代 木村 庄之助(にじゅうきゅうだい きむら しょうのすけ、本名:櫻井 春芳(さくらい はるよし、旧姓・梯〈かけはし〉)、1936年3月26日 - )は、大相撲の立行司の一人。木村庄之助としての在位期間は1995年1月-2001年3月。二所ノ関部屋所属。高知県香南市香我美町岸本(旧香美郡香我美町)出身。 幼少期、岸本の漁師、梯長太郎の養子となる。香南市立岸本小学校4年生の時に、隣人で園芸を営む河村重寅という相撲愛好家に 「どうか、東京に行ってみないか」 と言われ、故郷を離れ、二所ノ関部屋に入門。 満9歳でいわゆる「豆行司」と呼ばれる年齢であった1945年11月に木村春芳の名で初土俵。のちに師匠の三役格行司・9代式守与太夫の養子となり、房錦は義理の兄になった(房錦と同じ学年だが、生まれは房錦のほうがわずかに早い)。
土州山 好一郎(としゅうざん こういちろう、1904年1月1… 土州山 好一郎(としゅうざん こういちろう、1904年1月1日 - 1977年5月4日)は、高知県香美郡赤岡町(現香南市)出身で二子山部屋に所属した大相撲力士。本名は武内 好春。最高位は東前頭4枚目(1934年5月場所)。 現役時代の体格は179cm、112kg。得意手は上突っ張り、出し投げ。 同郷の土州山役太郎の経営していた二子山部屋に入門、1922年5月場所に初土俵を踏む。三段目から幕下で苦労していたが、土佐ノ海から師名の土州山に四股名を改めた直後の1932年1月に起きた春秋園事件で大量の脱退者が出たので、繰り上がって同年2月の改正番付で新十両を果たした。その機会を生かして1933年1月場所に入幕、以後6年にわたって幕内中堅力士として活躍した。
黒岩 重治(くろいわ しげはる、1896年(明治29年)6月… 黒岩 重治(くろいわ しげはる、1896年(明治29年)6月10日 - 1986年(昭和61年)4月24日)は、大正から昭和期の教育者、政治家。衆議院議員。 高知県香美郡東川村別役(香我美町を経て現香南市)で、黒岩兼太郎、加根の二男として生れた。1916年(大正5年)高知師範学校男子本科を卒業した。 安芸郡安田、香美郡岡ノ内、富家、片地、高知市第五の各尋常小学校訓導、川内、神谷、美良布の各尋常小学校長兼同高等小学校長、城山尋常小学校兼実業青年学校長、高知県視学、高知市立第二国民学校長、城北国民学校長などを歴任し、1947年(昭和22年)に退職した。 高知県教員組合連合委員長を務め、同組織の推薦を受けて、1947年(昭和22年)4月の第23回衆議院議員総選挙に高知県全県区から無所属で出馬して当選し、衆議院議員に1期在任した。
山本 晴介(やまもと はるすけ、1893年〈明治26年〉5月… 山本 晴介(やまもと はるすけ、1893年〈明治26年〉5月20日 - 1978年〈昭和53年〉12月25日)は、日本の武道家。段位は全日本剣道連盟居合道範士九段、剣道教士七段。流派は無双直伝英信流。 高知県香美郡赤岡町須留田で生まれる。香南八ヵ町村組合立城山高等小学校卒業後、唐箕作りの大工修行をしながら大日本武徳会赤岡支所及び高知支部で川崎善三郎らに剣道を学ぶ。1917年(大正6年)、大江正路に入門し、無双直伝英信流居合術を学ぶ。1922年(大正11年)4月、上京し、岩倉鉄道学校3年生に編入するも、同年8月に退学、帰郷する。 土陽新聞通信員兼高知農学校の剣道及び生理衛生科教師となる。1939年(昭和14年)、京都で開かれた全国青年剣道大会に高知農学校剣道部員を引率し、350校の中で準優勝に導いた。
山崎 常吉(やまざき つねきち、1891年(明治24年)1月… 山崎 常吉(やまざき つねきち、1891年(明治24年)1月15日 - 1961年(昭和36年)1月5日)は、日本の労働運動家、政治家。衆議院議員、ブリキ職人。 高知県香美郡夜須村(現香南市)で生まれ、6歳で両親を失い、小学校を中退し高知市でブリキ屋の小僧として働く。徴兵後に大阪でブリキ職人として働いたが、喧嘩による傷害罪で8ヵ月服役し、その後名古屋に転居した。 1918年米騒動で、同年8月10日、名古屋市鶴舞公園の集会で演説を行い逮捕されたが無罪となり、これをきっかけに労働運動に加わった。名古屋労働者協会に加入し、1922年、名古屋自由労働者組合を結成し組合長に就任。1923年、名古屋麻裏工組合を結成し、麻裏工争議を指導して検挙されたが無罪となった。
土州山 役太郎(どしゅうざん やくたろう、1888年10月5… 土州山 役太郎(どしゅうざん やくたろう、1888年10月5日 - 1960年3月26日)は、高知県香美郡赤岡町(現在の香南市)出身で友綱部屋に所属した大相撲力士。本名は永森 役太郎(ながもり やくたろう、旧姓は岡本)。身長164cm、体重94kg。得意手は左四つ、寄り、掬い投げ、波離間投げ。最高位は前頭筆頭。 1907年(明治40年)1月場所に幕下付出で初土俵を踏むと、1908年(明治41年)5月場所に新十両、1910年(明治43年)1月場所に新入幕した。黒髪豊か、大銀杏が似合う好男子で、二字口(徳俵)いっぱいまで下がって仕切り、相手の懐に飛び込んで攻め立てる取り口だった。また技を多く持ち、奇手で相手を苦しめた。
黒岩 義勝(くろいわ よしかつ、1886年(明治19年)2月… 黒岩 義勝(くろいわ よしかつ、1886年(明治19年)2月13日 - 1947年(昭和22年)8月1日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 1886年(明治19年)2月、高知県香美郡山北村(現・香南市)に生まれた。1904年(明治37年)第一中学校卒を経て、1905年(明治38年)11月、陸軍士官学校(第18期)を卒業。翌年6月、歩兵少尉任官。 歩兵第78連隊(龍山)付などを経て、1932年(昭和7年)12月、歩兵大佐に昇進し福島連隊区司令官に就任。1934年(昭和9年)1月、歩兵第27連隊長(旭川)となり、陸軍士官学校予科生徒隊長を経て、1937年(昭和12年)8月、陸軍少将に進級し歩兵第22旅団長に就任、満州に赴任した。
武田 秀一(たけだ ひでいち、1878年(明治11年)9月3… 武田 秀一(たけだ ひでいち、1878年(明治11年)9月3日 - 1939年(昭和14年)5月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。正四位勲三等功四級。字は魯男。 1878年(明治11年)9月、高知県香美郡野市村(現在の香南市)に武田秀山の長男として生まれる。1900年(明治33年)11月、陸軍士官学校(12期)を卒業。翌年6月、歩兵少尉に任官。 千葉陸軍歩兵学校教官などを経て、1923年(大正12年)8月、歩兵大佐に昇進し青森連隊区司令官に就任。1924年(大正13年)8月、歩兵学校教導連隊長となり、豊橋陸軍教導学校長に転じ、1929年(昭和4年)8月、陸軍少将に進級。 1930年(昭和5年)8月、歩兵第37旅団長となり、近衛師団司令部付を経て、1933年(昭和8年)8月、陸軍中将に進んだ。
武田 秀雄(たけだ ひでお、1863年1月5日(文久2年11… 武田 秀雄(たけだ ひでお、1863年1月5日(文久2年11月16日) - 1942年(昭和17年)2月16日)は、日本の海軍軍人、実業家。最終階級は海軍機関中将。 文久2年(1863年)11月、土佐国香美郡野市村(現:香南市)に生まれる。土佐藩家老の武田秀友の長男。 大阪英語学校を経て上京。当時満15歳であったが、同郷の海軍中秘史楠目正幹の斡旋により辛うじて証明を得て1878年(明治11年)8月、海軍兵学校機関科に入校 。1883年(明治16年)10月、海軍機関学校(旧2)を卒業。1886年(明治19年)4月、海軍少機関士(少尉相当官)に任官した。 1890年(明治23年)7月から1894年(明治27年)6月までフランスに留学。
宇田 友四郎(うだ ともしろう、1860年4月15日(万延元… 宇田 友四郎(うだ ともしろう、1860年4月15日(万延元年3月25日) - 1938年(昭和13年)10月9日)は、明治から昭和時代初期の政治家、実業家。貴族院多額納税者議員、衆議院議員。 宇田家は香宗我部氏の重臣の末裔で、代々家老職を務めた名家。江戸時代に香宗の城下より故郷の岸本浦(現在の高知県香南市香我美町岸本)に戻った。岸本浦にて半農半漁の生活を営んだのち、江戸時代後期頃に「増田屋」の屋号を名乗るようになった。 2代宇田長蔵、久満子の二男として土佐国香美郡岸本に生まれる。1866年(慶応2年)村の寺子屋である柳瀬塾へ入り、柳瀬清治(別名近森孝策)に学ぶ。当時、「大鼻水垂れ」とのあだ名で塾中の評判となり、読書よりも習字を好む少年だった。
海山 太郎(かいざん たろう、1854年7月8日(嘉永7年6… 海山 太郎(かいざん たろう、1854年7月8日(嘉永7年6月14日) - 1926年(昭和元年)12月30日)は、高知県香南市香我美町岸本出身の大相撲力士。本名は河野 貞太郎(こうの(かわの) さだたろう)。 1854年(嘉永7年)7月8日(旧暦6月14日)に高知県香南市香我美町岸本の武士の家に生まれる。子供の時から板垣退助の相撲道場に入り、脇の磯と名乗って土地相撲で活躍する。あまりに強すぎて歯の立つ相手がいないので、「当たるもの皆散る」という意味の「皆散」というニックネームを同僚から呈上されていた。1877年(明治10年)に仲間と共に大坂相撲猪名川部屋へ加入して「皆散」を「海山」と書き換え、1879年9月場所に「海山貞吉」の四股名で新入幕を果たした。