北條 美智留(ほうじょう みちる、1930年2月9日 - 2… 北條 美智留(ほうじょう みちる、1930年2月9日 - 2018年9月6日)は、日本の元女優、元声優。新字体で北条 美智留と表記されることもある。六芸社に所属していた。父は劇作家、著述家の北條秀司。 神奈川県足柄下郡小田原町(現:小田原市)出身。1939年4月、父秀司が劇作家の専業になるために箱根登山鉄道を退社し東京市麻布笄町(現:港区西麻布4丁目)に転居した後、戦火が激しくなってきた1945年4月に足柄下郡箱根町強羅に疎開して3年間を過ごす。終戦後の1948年4月に鎌倉郡大船町山崎(現:鎌倉市)に転居した後、1952年3月に同じ鎌倉市内の現自宅に転居し、2018年に亡くなるまでの66年間をこの家で過ごした。
生井 健夫(なまい たけお、1930年1月1日 - 2019… 生井 健夫(なまい たけお、1930年1月1日 - 2019年8月29日)は、日本の男性俳優、声優。栃木県日光市出身。生前はプロダクション・タンクに所属。身長166cm、体重80kg。 劇団俳優座2期生。劇団仲間代表。第52回文化庁芸術祭演劇部門優秀賞。 1963年放送のテレビドラマ『戦友』では滝原軍曹役で主演を務めた。 2019年8月29日死去。89歳没。 趣味・特技は書道(50年)師範、オペラ演出。 『特別機動捜査隊』の佐久間刑事など、現代劇では刑事役を演じることが多かった。
奈良岡 朋子(ならおか ともこ、1929年〈昭和4年〉12月… 奈良岡 朋子(ならおか ともこ、1929年〈昭和4年〉12月1日 - 2023年〈令和5年〉3月23日)は、日本の女優、声優、ナレーター。劇団民藝の代表を務めた。父は洋画家の奈良岡正夫。 東京府東京市本郷区駒込(現:東京都文京区)で生まれる。父・正夫の影響で、子供の頃から絵を描いていた。東京府立第一高等女学校(現・東京都立白鷗高等学校・附属中学校)在学中の1945年に父の故郷である青森県弘前市へ疎開し、青森県立弘前中央高等学校を卒業。 1951年、女子美術大学洋画科を卒業する。「女優にならなければ医者になろう、と学生時代は考えていた」と『人生は三百六十五歩のマーチ』(BSフジ、2020年3月7日放送)のゲストトーク内で話している[出典無効]。
市川 千恵子(いちかわ ちえこ〔本名:市川 千江[要出典]、… 市川 千恵子(いちかわ ちえこ〔本名:市川 千江[要出典]、別名義:市川 千英子〕、1929年10月2日 - 没年不明)は、大阪府出身の日本の女優、声優。 日本女子大学中退[要出典]後、文学座附属演劇研究所を経て、1955年に『どんぐり日記』にて小鳩くるみの母役でデビュー。 かつては北の会、劇団東芸、劇団東宝現代劇、東京俳優生活協同組合、村上事務所[要出典]、希楽星に所属していた。 特技は日本舞踊、藤間流、大阪弁、京言葉、声楽(クラシック・ラテン)。 長所は大らかなところ、人にやさしいところ。短所は曲がったことが大きらいなところ。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
大塚 国夫(おおつか くにお、1929年〈昭和8年〉8月15… 大塚 国夫(おおつか くにお、1929年〈昭和8年〉8月15日 - 1989年〈平成元年〉6月9日)は、日本の男性俳優、声優。劇団青年座に所属していた。本名は大塚 国男(読み同じ)。 新潟県南魚沼郡石打村(現在の同県南魚沼市)出身。実家は印刷業を経営していた。幼少期から東京で育ち、東京都立九段高等学校卒業後、1953年に俳優座養成所5期生として入り、1956年、養成所卒業とともに劇団青年座に入団。 同年、東宝の稲垣浩監督映画『囚人船』の新人募集に合格し映画デビュー。完成後の同年9月、東宝に入社したため一時問題となったが、そのままの形で多数の作品に出演した。1962年、東宝を退社した後も映画、テレビドラマに多数出演していたが、後年になると青年座を拠点とした舞台活動を中心に活躍するようになり、多数の作品で主演を務めた。
和田 文夫(わだ あやお、1929年7月16日 - 2010… 和田 文夫(わだ あやお、1929年7月16日 - 2010年9月6日)は、日本の男性俳優、声優、舞台制作者。元テアトル・エコー代表取締役社長。 旧芸名は、和田 文雄(読みは同じ)。東京府出身。 東京農工大学農学部卒業。 1946年11月、薔薇座に入団。 『東京哀詩』の浮浪児収容所係員役が初舞台。1948年5月に薔薇座を退団。1954年9月、劇団東芸に入団し、1956年8月まで所属、同年9月にテアトル・エコー入団。1967年から1992年までテアトル・エコー社長。 2010年9月6日、肺炎のため東京都板橋区の病院で死去。81歳没。 和田の死後、持ち役を引き継いだのは以下の通り。 太字はメインキャラクター。
斎藤 隆(さいとう たかし、1929年〈昭和4年〉6月2日 … 斎藤 隆(さいとう たかし、1929年〈昭和4年〉6月2日 - 1995年〈平成7年〉8月26日)は、日本の男性声優。元81プロデュース所属。東京都出身。 日本大学芸術科卒業。1952年、東京放送劇団に入団。 1995年8月26日に死去。66歳没。 太字はメインキャラクター。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
加藤 武(かとう たけし、1929年〈昭和4年〉5月24日 … 加藤 武(かとう たけし、1929年〈昭和4年〉5月24日 - 2015年〈平成27年〉7月31日)は、日本の男性俳優、声優。文学座前代表。東京市京橋区(現:東京都中央区)出身。早稲田大学英文科卒業。俳号は「阿吽」。 築地で仲卸業を営む家に生まれる。祖母は十五代目市村羽左衛門の贔屓、両親共に清元節を嗜み、姉は舞踊をやっていた。中央区立泰明小学校、麻布中学校、早稲田大学高等学院卒業。小沢昭一・フランキー堺・仲谷昇・大西信行・なだいなだ・内藤法美は麻布中学校の同級生だった。幼少期より歌舞伎を愛好し、学校を早退してまで歌舞伎座に通っており俳優に憧れていた。 早稲田大学では演劇研究会に入り、ここで映画監督の今村昌平・俳優の北村和夫らと知り合う。
中村 恵子(なかむら けいこ、1929年4月15日 - )は… 中村 恵子(なかむら けいこ、1929年4月15日 - )は、日本の女性声優。 長崎県で生まれ、税務官吏の仕事をしていた父親の都合で九州各地を転々として育つ。熊本女子専門学校家政科在学中から舞台で活動し、福岡放送劇団を経て、東京放送劇団に5期生とし入団。テレビ番組『ジェスチャー』のカゲの声を1954年から10年以上に渡り担当した。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
武田 国久(たけだ くにひさ、1929年3月26日 - 20… 武田 国久(たけだ くにひさ、1929年3月26日 - 2001年9月21日)は、日本の俳優、声優。東京放送劇団4期生。明治学院大学卒業。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:芸能人)。
北原 義郎(きたはら よしろう、1929年3月11日 - 2… 北原 義郎(きたはら よしろう、1929年3月11日 - 2022年6月3日)は、日本の俳優、声優である。本名は中野 義雄(なかの よしお)。 北海道室蘭市出身。オーティ企画、西村事務所に所属していた。 日本大学旧工学部(現・日本大学理工学部)卒業。 大学在学中に大映第4期ニューフェイスに合格。1953年『血闘』でデビュー。アクション作品『豹の眼』の主役など二枚目役で活躍した後、渋いバイプレイヤーに転向。実生活では山本富士子の恋人であった。 大映倒産後の1970年代からはテレビドラマに活躍の場を移し、時代劇の悪代官や刑事ドラマの悪徳社長や悪徳弁護士など、主に悪役を演じる。特に、卑屈で狭量な権力者役に持ち味を発揮した。
小幡 昭子(おばた しょうこ、1929年2月15日 - 消息… 小幡 昭子(おばた しょうこ、1929年2月15日 - 消息不明)は、日本の女性声優。旧芸名および結婚前の本名は浜崎 昭子。夫はCMディレクターの小幡章。京都府出身。 大阪府大阪市船場で生まれ、兵庫県の阪神間地域で子供時代を過ごす。実家は大阪市北浜で株屋を営んでいた。 京都女子大学育児科卒業後、幼稚園で保母の仕事をしながら大阪でラジオに出演。1953年に大阪放送劇団に7期生として入団。1954年、『雨月物語』がテレビ番組デビュー作となる。 1955年2月、上京してラジオ東京放送劇団に入団。上京の理由はNHK大阪放送局からラジオ東京に移籍した小幡章を慕ってのことであり、1956年2月に結婚。その後はフリーランス期間を経て、増井事務所に所属していた。
嵯峨 隆一(さが りゅういち、1928年11月10日 - … 嵯峨 隆一(さが りゅういち、1928年11月10日 - 1955年4月2日)は、日本の男性声優。カトリック信徒。 旧制明星中学校、上智大学経済学部卒業。ラジオ東京放送劇団3期生。東京府出身。 弁護士の大塚春富の次男として生まれる。妹は女優の大塚道子。1950年に洗礼を受け、カトリック信徒となる。 大学時代は演劇部で活動し、卒業後は親の勧めもあり髙島屋飯田に入社するが、演劇の夢を諦められず、1953年5月に退職。6月から11月まで演劇の講習を受けた後、12月に行われたラジオ東京放送劇団の採用試験を受けて合格。劇団の先輩である寺島信子、湊俊一とプロデューサーを囲む会という研究会を作り演技の勉強を続け、寺島と親しくなる。
横森 久(よこもり ひさし、1928年9月10日 - 198… 横森 久(よこもり ひさし、1928年9月10日 - 1981年4月18日)は、日本の俳優、声優。妻は女優の川口敦子。 東京府豊多摩郡杉並町(現東京都杉並区)出身。劇団俳優座に所属していた。 早稲田大学第一文学部卒業後、劇団俳優座養成所に第2期生として入団。同期には小林昭二、滝田裕介などがいる。1953年の卒業と同時に正式に俳優座に入団。舞台の傍ら映画、テレビにも出演するようになり、インテリタイプの悪役として注目され、悪役を演じる機会が多くなっていった。また、アニメ、洋画吹き替えなど声優としても活動した。ジェームズ・メイソンの声を吹き替えることが多かった。 川口敦子とは1957年に結婚し、一女がいた。
佐々木 すみ江(ささき すみえ、1928年〈昭和3年〉6月2… 佐々木 すみ江(ささき すみえ、1928年〈昭和3年〉6月22日 - 2019年〈平成31年〉2月17日)は、日本の女優、声優。本名:青木すみ江(旧姓:佐々木)。所属事務所はアルファエージェンシー。 東京府出身(出生地は台北市)。東京府立第五高等女学校、日本女子大学家政学科卒業。劇団民藝(当初は東京民衆芸術劇場)養成所1期生(同期は大滝秀治・奈良岡朋子)。 大学卒業後の1951年、劇団民藝の結成に参加。『その妹』で初舞台を踏んで以降、多くの作品に出演。同年、ジャーナリストで産経新聞編集局長、筑波大学名誉教授の青木彰と結婚。 1971年に内部で起きた対立により、下條正巳や鈴木瑞穂、佐野浅夫らと共に劇団を退団。
加藤 春哉(、1928年〈昭和3年〉6月22日 - 2015… 加藤 春哉(、1928年〈昭和3年〉6月22日 - 2015年あるいは2016年)は、日本の子役、俳優、声優。 東京市麻布区(現:東京都港区)出身。1946年3月 旧制鎌倉中学校(現鎌倉学園)卒業。築地小劇場、劇団東童、東宝、新東宝(現:国際放映)、東京映画の専属俳優として活動していた。1950年『雪夫人絵図』でデビュー。気弱な人物の役を得意としていた。また、コミカルな役柄も多い。 晩年は俳優活動を引退していたが、2009年に神奈川県川崎市麻生区にある「シネマバー ザ・グリソム ギャング」で行われた『ゴジラ』×『地球防衛軍』の上映会およびトークショーに中島春雄と共に出席した。
臼井 正明(うすい まさあき、1928年5月8日 - 201… 臼井 正明(うすい まさあき、1928年5月8日 - 2016年11月23日)は、日本の俳優、声優。 東京市大森区出身。芝区赤羽小学校(現港区立赤羽小学校)で児童文学作家の中村博と同級生になり、東京府立第五中学校では、澁澤龍彥、脚本家の松木ひろしと同級生になった。なお、澁澤龍彦とは大人になってからも交遊があった。 1946年に東京放送劇団2期生になる。ラジオドラマ全盛期に活躍し、『君の名は』などに出演した。同作が縁となり、1954年に東京放送劇団1期生の七尾伶子と結婚。『君の名は』の作者の菊田一夫が仲人となった。この当時、雑誌等では「声優界の池部良」と称されていた。1956年、息子が生まれる。 その後1959年に東京放送劇団を退団し、劇団手織座に入団。
立川 恵三(たちかわ けいぞう、1928年5月1日 - )は… 立川 恵三(たちかわ けいぞう、1928年5月1日 - )は、日本の男性俳優、声優。劇団東童、東京芸術座に所属していた。東京都立京橋商業高等学校卒業。
宮川 洋一(みやがわ よういち、1928年3月28日 - 2… 宮川 洋一(みやがわ よういち、1928年3月28日 - 2001年3月19日)は、日本の俳優、声優。北海道釧路市出身。 北海道釧路湖陵高等学校卒業、早稲田工手学校中退。 緑ヶ丘音楽舞踊学校、劇団言葉座、劇団新作座、衣笠プロ、テレビ8プロ、グループりんどうを経て、1964年、劇団東芸に入団。その後は演劇舎燦、エー・アンド・イーなどに所属していた。 洋画の吹き替えで知られ、ウィルフォード・ブリムリーやリチャード・アッテンボローなどを担当したほか、『ウルトラセブン』のマナベ参謀役など特撮ドラマの実写作品にも出演。東宝や石原プロモーション製作の刑事ドラマへの出演も数多い。 2001年3月19日死去。72歳没。
関 敬六(せき けいろく、本名:関谷 敬二(せきや けいじ)… 関 敬六(せき けいろく、本名:関谷 敬二(せきや けいじ)、1928年3月25日 - 2006年8月23日)は、日本のコメディアン、俳優、声優。栃木県足利市出身。 1945年3月旧制栃木町立栃木商業学校(現・栃木県立栃木商業高等学校)を卒業して、陸軍特別幹部候補生として入隊するも、終戦で除隊。その後、法政大学政治経済学部に入学、1951年最後の旧制大学専門部を卒業した。 浅草の税務署に勤務していたが、出征中に演じた素人芝居が忘れられずに仕事をさぼって度々喜劇の舞台に出演するようになる。榎本健一のエノケン劇団を経て、浅草フランス座に所属した。当時は渥美清や谷幹一と出会い、三人で下積み時代を支えあった。
新村 礼子(にいむら れいこ、1928年〈昭和3年〉2月17… 新村 礼子(にいむら れいこ、1928年〈昭和3年〉2月17日 - 2011年〈平成23年〉3月23日)は、日本の女優、声優。劇団昴に所属していた。 東京都出身。共立女子専門学校(現:共立女子大学)卒業。文学座、劇団雲を経て、1976年から劇団昴に所属。舞台を中心に活動。夫は、文学座以来行動を共にしている劇団昴所属の俳優・内田稔。 1992年、『セールスマンの死』で、第27回紀伊國屋演劇賞を受賞。 2011年3月23日、慢性閉塞性肺疾患により死去。83歳没。
市川 寿美礼(いちかわ すみれ〈旧芸名:市川 すみれ(読み同… 市川 寿美礼(いちかわ すみれ〈旧芸名:市川 すみれ(読み同じ)〉、1928年1月5日 - 1972年8月5日)は、日本の女優、声優。 北海道札幌市生まれ。札幌実践女学校卒業。実家は洋裁屋を営んでいた。 1943年、市川三升の門下に入り、東京劇場で初舞台。1945年に劇団新派に入団し、市川紅梅に師事。明るい下町娘役など2枚目半的な役柄で活躍し、特に女中役には定評があった。1953年5月の「女中の青春」で初主演。1955年にはラジオドラマ「サザエさん」でタイトルロールを演じ、同年の新派の舞台でも同役を演じた。京塚昌子・近松芳江らともに若手のホープと目されたが、1956年に退団。1957年にフリーランスとなり、プレーヤーズセンター(ラジオ・テレビ出演者団体)に所属。
小山田 宗徳(おやまだ むねのり、1927年〈昭和2年〉12… 小山田 宗徳(おやまだ むねのり、1927年〈昭和2年〉12月14日 - 1986年〈昭和61年〉5月13日)は、日本の俳優、声優である。福島県石川郡石川町出身で、東京府立第六中学校を経て東京高等学校 (旧制)を1948年に卒業した。 1951年に俳優座養成所へ三期生として入所し、1954年に卒業した。同期に穂積隆信、渡辺美佐子らがいた。1960年に小沢昭一らと7人で「劇団俳優小劇場」を旗揚げ、小劇場活動で先駆的役割を務めた。1961年に、水谷八重子に招かれて「女の勲章」で新派の舞台に立った。 舞台公演の傍ら1950年代後半からテレビドラマにも活躍の場を広げ、「今日を生きる」「白い南風」などのいわゆる『よろめきドラマ』に出演すると、誠実で落ち着いた雰囲気と風貌が主婦層に高く人気を得た。
鈴木 瑞穂(すずき みずほ、1927年〈昭和2年〉10月23… 鈴木 瑞穂(すずき みずほ、1927年〈昭和2年〉10月23日 - 2023年〈令和5年〉11月19日)は、日本の男性俳優・声優。オフィスODA所属。劇団銅鑼団友。以前は其田事務所に所属していた。 満洲出身。安東中学校卒業。1943年に海軍兵学校に入学し、在学中に終戦を迎える。戦後は京都大学経済学部に入学。劇団民藝の公演『かもめ』を観て感動したことで、京都大学を中退して日本大学芸術学部に転じる。 1952年、劇団民藝の研究生となり、「五稜郭血書」で初舞台を踏んだ。 1962年に『るつぼ』での演技で文化庁芸術祭奨励賞を受賞。 1971年に民藝を退団。1972年、劇団銅鑼を結成し、10年間代表を務めた後、フリーとなる。
高田 竜二(たかだ りゅうじ、1927年10月11日 - )… 高田 竜二(たかだ りゅうじ、1927年10月11日 - )は、日本の男性声優。東京府(現東京都)出身。本名同じ。旧漢字表記高田 龍二。旧芸名は中山 民生、中村 民生。日本大学芸術学部卒。 東京府東京市神田区大和町(現在の東京都千代田区岩本町)で生まれる。大学卒業後、1953年に中部日本放送放送劇団に3期生として入団。1959年に太平洋テレビジョン所属、1960年に東京俳優生活協同組合に所属。その後は同人舎プロダクションに所属していた。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
和田 啓(わだ けい、1927年8月5日 - )は、日本の男… 和田 啓(わだ けい、1927年8月5日 - )は、日本の男性声優、俳優。東京府東京市(現・東京都)出身。 1948年、劇団民衆座入団。1958年、劇団七曜会入団。その後は河の会の代表を経て、後継組織である劇団河で役者として活動しながらアニメの声優、吹き替え、俳優としても活躍した。現在は劇団河を離れ、フリーとして活動している。 趣味・特技は奈良弁、囲碁、釣り。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
鈴木 昭生(すずき しょうせい、1927年6月19日 - 2… 鈴木 昭生(すずき しょうせい、1927年6月19日 - 2009年8月18日)は、日本の男性俳優、声優。東京府(現:東京都)出身。 長男はムーンライダーズの鈴木慶一、次男は同じくムーンライダーズの鈴木博文。 東京都立青山高等学校卒業。日本大学専門部工科卒業。身長169cm、体重55kg。声域はバリトン。 1947年2月15日、劇団文化座入団。その後、九プロダクションに所属していた。 2004年に咽頭癌を患い、その後2006年に咽頭及び声帯切除により芸能活動を引退、治療に専念していたが、2009年8月18日、自宅にて心不全により死去。82歳没。
勝田 久(かつた ひさし、1927年4月2日 - )は、日本… 勝田 久(かつた ひさし、1927年4月2日 - )は、日本の声優、ナレーター、俳優。東京都出身。聖学院高等学校を卒業。東宝演劇部、NHK東京放送劇団、俳協を経て、アーツビジョン所属。
北村 和夫(きたむら かずお、1927年〈昭和2年〉3月11… 北村 和夫(きたむら かずお、1927年〈昭和2年〉3月11日 - 2007年〈平成19年〉5月6日)は、日本の俳優、声優。東京府(現東京都)出身。早稲田大学第一文学部芸術科(現・演劇科)卒業。文学座に所属していた。 息子は俳優の北村有起哉、娘は女優の北村由里。紫綬褒章(1989年)、勲四等旭日小綬章(1997年)受章。 出生地は、東京市小石川区(現東京都文京区)竹早町、出身地は静岡県三島市[信頼性要検証]。父の肇は医師で、その二男として生まれた。祖父の北村利吉は富坂警察署で特高係をしていた。東京都立第十一中学(現在の東京都立江北高等学校)卒業。研数専門学校、東京工業専門学校に進み、終戦を迎える。
早野 寿郎(はやの としろう、1927年2月26日 - 19… 早野 寿郎(はやの としろう、1927年2月26日 - 1983年2月20日)は、日本の演出家、俳優、声優。劇団俳小主宰、早野演劇研究所主宰。小劇場活動の先駆者。自宅は東京都港区六本木。 台湾生まれでその後岐阜県大垣市に移る。4歳から旧制中学4年まで沖縄で育つ。沖縄県立第二中学校(現・沖縄県立那覇高等学校)の1学年上に大城立裕がいた。 旧制浦和高等学校を経て東京大学文学部仏文科中退。1949年に俳優座養成所を2期生として卒業し、1954年に小沢昭一たちと劇団新人会を結成。 1960年、小沢や小山田宗徳、宮崎恭子、楠侑子たちと劇団俳優小劇場の結成に参加し、新人会から分裂。 千田是也や田中千禾夫の影響下に小劇場運動の基礎を築く。
熊倉 一雄(くまくら かずお、1927年〈昭和2年〉1月30… 熊倉 一雄(くまくら かずお、1927年〈昭和2年〉1月30日 - 2015年〈平成27年〉10月12日)は、日本の俳優、声優、演出家。テアトル・エコー所属で、生涯に渡って代表取締役演劇担当を務めていた。 東京府東京市麻布区(現在の東京都港区)三ノ橋出身。父は工作機械のセールスマン。母方の祖父は傘の会社の技師長。青山で1年ほど暮らして、5歳の時、一家は下町、東京府東京市京橋区入船町(現在の東京都中央区入船)に越して父の両親と同居。この町で小学校時代を送っていたが、元々虚弱体質であり、小学2年生の時に肋膜炎を罹り3ヶ月ほど自宅療養し、本ばかり読んでいた。将来は発明家になりたいと考えており、エジソンが好きだった。
金井 大(かない だい、1927年〈昭和2年〉1月29日 -… 金井 大(かない だい、1927年〈昭和2年〉1月29日 - 2001年〈平成13年〉6月17日)は、日本の俳優、声優。 長男は俳優の金井節。 群馬県高崎市出身。中央大学専門部法科中退。舞台芸術学院卒業。 劇団群芸、劇団泉座、新協劇団、劇団中芸、東京芸術座、劇団三期会、劇団青俳を経て、小川企画、現代制作舎、東京俳優生活協同組合、中里事務所などに所属していた。 小学校の教員をしていたがまもなく俳優に転向。劇団河童座の設立に参加。小川四郎の芸名で活動した後、高崎演劇サークル設立を経て、劇団群芸に入団。群芸退団後は上京し、劇団泉座に参加。 初舞台は『明るい部屋』の鋼鉄工役。 新藤兼人監督の『第五福竜丸』『竹山ひとり旅』などの映画に出演した他、テレビドラマや舞台などで主に脇役として活躍。
小松 方正(こまつ ほうせい、1926年〈大正15年〉11月… 小松 方正(こまつ ほうせい、1926年〈大正15年〉11月4日 - 2003年〈平成15年〉7月11日)は、日本の俳優、声優。本名は小松 豊成(こまつ とよしげ)。 長野県松本市出身。生まれつき体が弱く、3歳の頃に肺炎を患い生死の境をさまよったことがあるという。小学校卒業後、叔父を頼って上京し昌平中学に入学した。卒業後、満鉄の技術員養成所に入るが、結核を患って退社する。1945年(昭和20年)、終戦直前に海軍へ入り、同年8月6日の原爆投下の前日まで広島市にいた。東京の警備隊に転勤となり前夜8月5日、最終列車で東京に向かう。新型爆弾投下をラジオで聞いた場所は、空襲の影響で列車が止まった静岡県掛川駅だった。
飯沼 慧(いいぬま けい、1926年〈大正15年〉5月17日… 飯沼 慧(いいぬま けい、1926年〈大正15年〉5月17日 - 2011年〈平成23年〉12月24日)は、日本の俳優、声優。大阪府出身。 京都府京都市に生まれて幼少時代に大阪府に移住。 関西工業学校(現・常翔学園高等学校=旧・大阪工業大学高等学校)土木科卒業後、兵庫県土木部西宮土木出張所(現・近畿中国森林管理局)に就職するも兵役に就く。終戦後に帰還。 1948年に大阪に本拠地を置く劇団芸術劇場→民衆劇場に入団。青年期より、飄々とした風貌から老け役を得意とする。直後に三座が合併したため関西芸術座となり座員となる。 1960年に『関西芸術座』を退座した後、劇団プロメテに移籍。 1966年、劇団プロメテ退団後に上京して文学座養成所に入所。
根本 嘉也(ねもと よしや、1926年1月9日 - 2004… 根本 嘉也(ねもと よしや、1926年1月9日 - 2004年2月15日)は、日本の俳優、声優。劇団近代座設立者。 神奈川県出身。早稲田大学卒業。シェークスピア劇を専門に舞台活動を行っていた。劇団近代座の設立者でもあり、桐の会、土の会、ニューアーツ、馬場企画を経て、アーツビジョンから再び近代座に戻り、代表を務める。2004年2月15日逝去。 死後、近代座の代表は会田由来が受け継いだ。 声種はテノール。年配の太めの声を持つ。 張りのある老人役を演じていた。 特技は乗馬、日本舞踊(名取)。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
永井 玄哉(ながい げんや、1925年10月28日 - )は… 永井 玄哉(ながい げんや、1925年10月28日 - )は、日本の元俳優、元声優。本名同じ。 東京都出身、東京俳優生活協同組合に所属していた。 特技は乗馬、スキー。 上智大学卒業。1948年、民衆芸術劇場研究所入所。1949年、江々宮舞踏団入所。1950年、俳優座養成所卒業。1953年5月、劇団仲間に入団し、同年11月に退団。1955年5月、劇団泉座入団。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
加藤 茂雄(かとう しげお、1925年〈大正14年〉6月16… 加藤 茂雄(かとう しげお、1925年〈大正14年〉6月16日 - 2020年〈令和2年〉6月14日)は、日本の俳優、声優、漁師。本名同じ。東宝を経て、新星プログループに所属していた。神奈川県出身。 1925年6月16日、神奈川県鎌倉市長谷に生まれる。 石川島航空工業青年学校(のちの石川島工業高等学校)を経て、1946年、鎌倉アカデミア演劇科に入学。1949年、卒業。卒業後は、一時漁師を務めていた。 1950年の準専属契約(同期は今井和雄、緒方燐作など)を経て、1954年に東宝と専属契約する。大部屋俳優として、ノンクレジットも含めて、多数の映画に出演。 1971年の東宝専属俳優廃止後は、新星プロに所属。
高城 淳一(たかぎ じゅんいち、1925年1月20日 - 2… 高城 淳一(たかぎ じゅんいち、1925年1月20日 - 2011年8月18日)は、日本の俳優、声優。演出家。本名:依田 郁夫(よだ いくお)。妻は女優の西乃砂恵(再婚)。 大阪府大阪市出身。東京府立第三中学校卒業。日本大学芸術科(現:日本大学藝術学部)中退(戦況悪化のため)。 1943年、劇団文芸劇場に入団。1945年に大学を中退した後、青年演劇集団に参加。1947年12月に劇団創造座に入団し、1949年12月まで所属、1950年6月、田中明夫、前沢迪雄、西乃砂恵、真木恭介、三島雅夫とともに劇団七曜会を設立に参画。1956年に劇団が分裂した後は七曜会の代表となり、演出家として活動も開始。1963年6月に七曜会を解散し、フリーランスで活動。
七尾 伶子(ななお れいこ、本名:臼井 伶子(うすい れいこ… 七尾 伶子(ななお れいこ、本名:臼井 伶子(うすい れいこ)、1925年〈大正14年〉1月12日 - 2006年〈平成18年〉7月2日)は、日本の女優、声優。 東京市赤坂区(現・東京都港区)に生まれる。 東京府立第三高等女学校(現・東京都立駒場高等学校)在学中の1942年、子供の頃から好きだった歌や芝居が忘れられず、設立されたばかりのNHK東京放送劇団の試験を受け、一期生として合格。卒業と同時に養成所に入り、2年後に卒業。初めての出演は、全国にある国立病院の傷痍軍人向け慰問放送のドラマの主役だった。 その後、ラジオ漫画『サザエさん』『西遊記』、ラジオドラマ『君の名は』に出演するなど声優の草分けとして活躍。
大泉 滉(おおいずみ あきら、1925年1月1日 - 199… 大泉 滉(おおいずみ あきら、1925年1月1日 - 1998年4月23日)は、日本の俳優・声優。身長165cm。血液型はO型。左利き。
阿里 道子(あり みちこ、1925年 - )は、日本の女優、… 阿里 道子(あり みちこ、1925年 - )は、日本の女優、声優。実践女子専門学校卒業。 東京都大田区千束出身。東工大の研究室に勤務していたが、1947年、劇団民藝の研究生となり、1948年に「たくみと恋」(民衆芸術劇場)のルイーゼ役で初舞台に上り注目を浴びたのち、東京放送劇団に移る。1949年にNHKラジオドラマの「えり子とともに」に主役のえり子役にオーディションで抜擢され、その甘い声で人気を博した。劇中歌として作られた「雪の降るまちを」を最初に歌ったのは、同番組に出演していた南美江と阿里道子である。1952年「えり子とともに」の終了後も引き続いて、脚本家菊田一夫の脚本によるNHKラジオドラマ「君の名は」で、ヒロイン役の氏家真知子役をつとめ、多大な人気を獲得した。
篠田 節夫(しのだ せつお、1924年11月3日 - 199… 篠田 節夫(しのだ せつお、1924年11月3日 - 1995年5月22日)は、日本の男性俳優、声優。岐阜県出身。東京放送劇団に所属していた。上智大学卒業。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
久米 明(くめ あきら、本名:同じ、1924年2月8日 - … 久米 明(くめ あきら、本名:同じ、1924年2月8日 - )は、日本の俳優、声優、ナレーター。元日本大学芸術学部教授。1992年紫綬褒章。
楠 トシエ(くすのき としえ、1924年1月11日 - )は… 楠 トシエ(くすのき としえ、1924年1月11日 - )は、日本の歌手・女優・声優である。本名は楠山 敏江(くすやま としえ)。愛称はビンチャン。
前沢 迪雄(まえざわ みちお、1924年1月10日 - 没年… 前沢 迪雄(まえざわ みちお、1924年1月10日 - 没年不明)は、日本の俳優、声優。東京府出身。 日本大学芸術学科卒業。1950年6月、田中明夫、真木恭介、西乃砂恵、高城淳一、三島雅夫とともに劇団七曜会の創立に参加、1955年、劇団葦の創立に参加、その後、フリーランス期間、風の会を経て、プロダクション・エムスリーに所属。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
沼波 輝枝(ぬなみ てるえ、本名:沼波 華子(ぬなみ はなこ… 沼波 輝枝(ぬなみ てるえ、本名:沼波 華子(ぬなみ はなこ)、1923年12月31日 - 2013年4月1日)は日本の女優、声優。テアトル・エコーに所属していた。東京府立第一高等女学校(現・東京都立白鴎高等学校)卒業。東京都出身。身長162cm。体重50kg。父は国文学者の沼波瓊音。姉は歌人の沼波万里子
北山 年夫(きたやま としお、1922年1月16日 - 19… 北山 年夫(きたやま としお、1922年1月16日 - 1994年2月25日)は、日本の男性俳優、声優。劇作家、演出家。東京都出身。 日本大学芸術科卒業。 1944年、瑞穂劇団に入団。1947年、新協劇団入団。1958年、東京芸術座入団。1963年の時点では東京俳優生活協同組合に所属。1965年の時点では劇団砦に所属していた。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
春日 俊二(かすが しゅんじ、1921年6月14日 - 没年… 春日 俊二(かすが しゅんじ、1921年6月14日 - 没年不明)は、日本の俳優、声優。旧芸名は春日 俊次(読みは同じ)。本名は春日 章良(かすが あきよし)。 新潟県出身。日本大学芸術学部卒業。東京芸術劇場、劇団青俳、劇団民藝、銀座プロ、劇団新劇場に所属していた。
北原 文枝(きたはら ふみえ、1920年5月28日 - 19… 北原 文枝(きたはら ふみえ、1920年5月28日 - 1980年10月6日)は、日本の女優、声優である。本名、阿部 房枝。夫は俳優の安部徹。 東京府東京市麹町区(現:東京都千代田区)出身。日本大学芸術学部卒業。北村喜八と村瀬幸子が1937年に結成した芸術小劇場で活動を始めた。1944年2月に劇団俳優座が設立されると、村瀬とともに参加。俳優座が御殿場に疎開すると、1945年に離脱し、独立した。 戦後しばらくはラジオを中心に活動した。NHKのクイズ番組や、文化放送の「冗談音楽」にレギュラーとして出演した。1953年、田中絹代監督『恋文』に端役で初出演した。1955年9月、当時所属していたプレーヤーズ・センターの事務員が北原や三木鶏郎など複数のタレントのギャラを何度も横領し、キャバレー代に使っていたと報道される。
加藤 道子(かとう みちこ、1919年10月31日 - 20… 加藤 道子(かとう みちこ、1919年10月31日 - 2004年1月31日)は、日本の女優、声優。東京府東京市(現・東京都)出身。俳優・加藤精一の長女。 東京府立第五高等女学校(現東京都立富士高等学校)卒業。 1941年、東京放送劇団第1期生として入団。 1957年から森繁久彌と共に『日曜名作座』に出演していた。 2004年1月31日、膵臓がんのため、東京都港区の病院で死去。84歳没。