渡邉 保範(わたなべ やすのり、1964年〈昭和39年〉7月… 渡邉 保範(わたなべ やすのり、1964年〈昭和39年〉7月11日 - )は、日本の海上保安官。 北海道出身。海上保安庁入庁後、海上保安大学校を経て、福島海上保安部巡視船あぶくま船長、警備救難部警備情報課警備情報調整官、四日市海上保安部長、第四管区海上保安本部警備救難部長、警備救難部警備情報課長などを歴任。第四管区海上保安本部警備救難部長在任中には伊勢志摩サミットを控えた中で、三重県警察と合同で海上警備訓練を実施するなど、警察と連携して警備活動にあたった。 2020年(令和2年)1月7日、第八管区海上保安本部次長に就任。 同年10月1日、第三管区海上保安本部次長に就任。在任中、2020年東京オリンピック・パラリンピックで海上警備の指揮をとった。
丹羽 克彦(にわ かつひこ、1964年〈昭和39年〉6月10… 丹羽 克彦(にわ かつひこ、1964年〈昭和39年〉6月10日 - )は、日本の建設・国土交通技官。 東京都渋谷区出身。東京都立青山高等学校、早稲田大学工学部を経て、1990年(平成2年)、早稲田大学大学院理工学研究科建設工学修士課程を修了。同年4月、建設省に入省。阪神・淡路大震災の発災に際しては、阪神高速道路の一部倒壊に伴う代替ルートの使用や復興策、それらに係る予算調整などの業務にあたった。その後、四国地方建設局土佐国道工事事務所調査第二課長、同局企画部企画課長を経て1999年(平成11年)、建設省道路局国道課長補佐に就任。在任中、中央省庁再編(以下、省庁再編)に向けた組織体制や事務区分等の調整を担当した。
初宿 和夫(しやけ かずお、1964年〈昭和39年〉4月16… 初宿 和夫(しやけ かずお、1964年〈昭和39年〉4月16日 - )は、日本の政治家、元地方公務員。東京都八王子市長(1期)。多摩都市モノレール取締役。東京たま広域資源循環組合理事。東京都の職員として、調布市副市長・調布市土地開発公社理事長・東京都知事補佐官・東京都福祉保健局担当局長・初代東京都感染症対策センター長・東京都人事委員会事務局長などを歴任した。 愛知県名古屋市生まれ。 1983年、愛知県立小牧南高等学校卒業、防衛庁入庁、海上自衛隊入隊。 1988年、自衛隊を退官して東京都に入庁(東京都立大学事務局会計課)。 東京都総務局人事部人事課課長補佐を経て、2004年、東京都建設局北多摩南部建設事務所用地第三課長。
東川 直正(とがわ なおまさ、1964年4月1日 - )は、… 東川 直正(とがわ なおまさ、1964年4月1日 - )は、日本の国土交通技官。京都府建設交通部長や、国土交通省近畿地方整備局長を経て、2025年日本国際博覧会協会副事務総長。 大阪市出身。大阪府立大手前高等学校を経て、1989年京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了、建設省入省。 京都国道事務所長、奈良県土木部道路建設課長、国土交通省国土政策局広域地方政策課調整室長、京都府建設交通部長、近畿地方整備局道路部長を経て、2017年関東地方整備局企画部長。 2018年国土交通省道路局国道・技術課長。2019年国土交通省大臣官房技術審議官。 2021年近畿地方整備局長、土木学会理事。2022年国土交通省大臣官房付、2025年日本国際博覧会協会理事・副事務総長。
西山 智之(にしやま ともゆき、1964年3月26日 - )… 西山 智之(にしやま ともゆき、1964年3月26日 - )は、日本の地方公務員。東京都病院経営本部長、同福祉保健局長、同水道局長を歴任。 1988年(昭和63年)3月、東京都立大学法学部卒業。同年4月 東京都庁に入庁し環境保全局総務部庶務課配属。2015年4月 福祉保健局医療政策部長、2018年4月 総務局総務部長、2020年4月 同局次長(総務局理事(危機管理調整担当)兼務)。 2021年4月 病院経営本部長。新型コロナウイルス感染拡大下において都立・公社病院で最大病床2000床を確保、他の医療機関で対応が困難な認知症や精神疾患等の合併症患者を積極的受け入れ、ワクチンの大規模接種会場に医師派遣などを取り組んだ。
池田 千絵子(いけだ ちえこ、1964年3月10日 - )は… 池田 千絵子(いけだ ちえこ、1964年3月10日 - )は、日本の厚生労働技官、医師。新潟県副知事、厚生労働省大臣官房総括審議官、厚生労働省関東信越厚生局長、国立国際医療研究センター国際協力局長を経て、厚生労働省国際参与。 神奈川県出身。1988年筑波大学医学専門学群卒業、厚生省入省、健康政策局計画課配属、埼玉県衛生部保健予防課出向。1989年埼玉県所沢保健所。1990年厚生省大臣官房厚生科学課。同年環境庁企画調整局環境保健部保健業務課特殊疾病対策室。1992年厚生省大臣官房統計情報部衛生統計課。1993年厚生省大臣官房国際協力室国際協力専門官。1994年厚生省大臣官房厚生科学課課長補佐。1995年ハーバード大学公衆衛生大学院修了、MPH(公衆衛生修士)。
ムケラ・ルアンガ(ラテン文字: Faustin Mukela… ムケラ・ルアンガ(ラテン文字: Faustin Mukela Luanga、1964年2月15日 - )は、コンゴ民主共和国の政治家、外交官、国際公務員、弁護士。 1988年キンシャサ大学(フランス語版)卒業。1991年国際大学大学院国際関係学研究科修了、経済学修士。1995年名古屋大学大学院修了、博士(経済学)。世界貿易機関の顧問、アフリカ事務局長などを経て、2001年から母国コンゴ民主共和国で国務大臣級となり、同年から2003年まで経済事務次官、2004年から2006年まで兵の武装解除と定住促進担当責任者兼キンシャサ大学教授。その後、ジュネーブで世界貿易機関の上席研究員となり、2014年には山口県立大学客員教授も務めた。
瀬口 良夫(せぐち よしお、1964年〈昭和39年〉1月28… 瀬口 良夫(せぐち よしお、1964年〈昭和39年〉1月28日 - )は、日本の海上保安官。2024年7月から海上保安庁長官を務める。 愛知県出身。愛知県立刈谷高等学校3年時はエースナンバーを付け、1981年夏の高校野球愛知大会に出場。7月28日の準々決勝・瀬戸高校戦で被安打2の完封勝利を収める。翌29日、工藤公康を擁する準決勝・名古屋電気高戦では4番ファーストで出場し、1点リードの8回表を前にして監督から登板を打診されるも「恐怖心があった」として断り、結局登板しないまま3対4で逆転負けを喫する。瀬口は、この件を、「私はずっと悔やんできました。あの時、なぜ逃げてしまったのか。恐怖心に負けた自分の根性のなさを情けない、と。
佐原 康之(さはら やすゆき、1964年1月19日 - )は… 佐原 康之(さはら やすゆき、1964年1月19日 - )は、日本の厚生労働技官、小児科医。世界保健機関本部シニア・アドバイザー、厚生労働省大臣官房危機管理・医務技術総括審議官等を経て、厚生労働省健康局長。 埼玉県春日部市出身。春日部市立武里中学校、埼玉県立春日部高等学校を経て、1989年金沢大学医学部卒業、医師免許取得。同年神奈川県立こども医療センター研修医。1991年厚生省入省、保険局医療課医療指導監査室配属。1992年老人保健福祉局老人保健課に異動。1994年大臣官房厚生科学課課長補佐。 1994年からハーバード大学大学院に留学し、1995年に同修士課程修了。1995年保健医療局国立病院部運営企画課国立病院・診療所対策室規格専門官。
森 隆志(もり たかし、1964年〈昭和39年〉1月12日 … 森 隆志(もり たかし、1964年〈昭和39年〉1月12日 - )は、日本の運輸・国土交通技官。 福井県福井市出身。福井市宝永小学校、福井市進明中学校、福井県立藤島高等学校を経て、東京大学理学部地球物理学科を卒業。1988年(昭和63年)、気象庁に入庁。気象庁の志望動機について森は「雪が好きで、小学生の時から気象台に入りたかった」とし、小学校高学年の頃からNHKラジオ第2放送の気象通報を聞きながら天気図を書いたり、「どうやったら気象台に入れるか」と福井地方気象台に電話をすることもあったという。 入庁後、札幌管区気象台技術部長、総務部航空気象管理官、観測部気象衛星課長、同部計画課長、総務部企画課長などを歴任。
八重樫 浩文(やえがし ひろふみ、1964年1月2日 - )… 八重樫 浩文(やえがし ひろふみ、1964年1月2日 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岩手県北上市長(1期)。 岩手県北上市出身。岩手県立黒沢尻北高等学校卒業後、早稲田大学政治経済学部経済学科に入学。 1986年4月 岩手県庁職員(総務部地方振興課=現ふるさと振興部市町村課)。以降、企業立地課、(財)地域活性化センター出向、人事課、情報科学課、宮古市出向、全国知事会事務局出向等に就任。2009年4月 県南広域振興局総務部 特命課長(振興局再編担当)就任。 2010年4月 商工労働観光部 産業経済交流課 海外マーケット担当課長就任。2012年6月 秘書広報室 調査監就任。2015年4月 秘書広報室 秘書課総括課長就任。
白石 昌己(しらいし まさみ、1964年〈昭和39年〉1月 … 白石 昌己(しらいし まさみ、1964年〈昭和39年〉1月 - )は、日本の海上保安官。海上災害防止センター理事長。 海上保安監(第10代)、海上保安庁警備救難部長(第48代)などを歴任。 鹿児島県出身。海上保安庁入庁後、1987年(昭和62年)3月に海上保安大学校を卒業し、第七管区海上保安本部警備救難部次長、根室海上保安部長、国土交通省大臣官房総務課企画官、第十一管区海上保安本部警備救難部長、総務部政務課政策評価広報室長、警備救難部管理課長、第十管区海上保安本部次長などを歴任。 2020年(令和2年)10月1日、第九管区海上保安本部長に就任。在任中、石川県能登半島沖の大和堆周辺海域における外国船籍の違法操業問題に対応した。
坂本 雅彦(さかもと まさひこ、1964年 - )は、日本の… 坂本 雅彦(さかもと まさひこ、1964年 - )は、日本の地方公務員。東京都産業労働局長、東京都政策企画局長を経て、東京都教育委員会教育長。 神奈川県生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。1990年東京都入庁、労働経済局。東京都財務局主計部、東京都総務局、東京都産業労働局企画計理課長。東京都産業労働局商工部調整課長、東京都産業労働局総務部総務課長、東京都環境公社総務部長、東京都産業労働局観光部長等を経て、2017年東京都産業労働局商工部長、東京都中小企業振興公社副理事長、ファッション産業人材育成機構理事。 2019年東京都産業労働局総務部長。2020年東京都産業労働局次長(総務部長事務取扱)、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会における日本の食文化の発信に係る関係省庁等連絡会議構成員。
浅沼 一成(あさぬま かずなり、1964年〈昭和39年〉 -… 浅沼 一成(あさぬま かずなり、1964年〈昭和39年〉 - )は、日本の厚生労働技官、医師。日本医師会認定産業医。専門分野は公衆衛生、産業保健、学校保健。日本公衆衛生学会、日本産業衛生学会所属。 厚生労働省大臣官房危機管理・医務技術総括審議官、東京慈恵会医科大学環境保健医学講座客員教授、同非常勤講師などを歴任した。 東京都出身。1991年(平成3年)3月、東京慈恵会医科大学医学部卒業。同年4月、厚生省に入省。入省後、公的骨髄バンクの設立に携わり、制度策定の調整などに取り組んだ。その後、文部省体育局学校健康教育課専門員、厚生省健康政策局研究開発振興課課長補佐などを経て、2000年(平成12年)に発生した有珠山噴火では政府現地対策本部に派遣された。
井上 智夫(いのうえ ともお、1963年〈昭和38年〉11月… 井上 智夫(いのうえ ともお、1963年〈昭和38年〉11月6日 - )は、日本の建設・国土交通技官。 大阪府高槻市出身。高槻高等学校、京都大学工学部土木工学科を経て、1989年3月に京都大学大学院工学研究科土木工学専攻を修了。国家公務員採用Ⅰ種試験(土木)に合格して、同年4月に建設省入省。 2019年7月9日、国土交通省近畿地方整備局長に就任(就任会見)。 2020年8月1日、国土交通省水管理・国土保全局長に就任。 2022年6月28日、岡村次郎を後任に水管理・国土保全局長を交代し辞職。
井上 福子(いのうえ ふくこ、1963年10月18日 - )… 井上 福子(いのうえ ふくこ、1963年10月18日 - )は、日本の経営学者、国際公務員。国際原子力機関上級人事担当官等を経て、同志社大学大学院ビジネス研究科教授、エクセディ取締役、ローム取締役。 1987年UCC上島珈琲入社。1996年インディアナ大学ケリー経営学部アントレプレナーシップ専攻修了、MBA。同年ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修了、M.Sc.(比較労使関係および人事管理)。同年アジア開発銀行予算人事局人事部人事担当官、トレーニング担当官。 2000年ヒューイット・アソシエイツジャパンコンサルタント。2002年ゼネラル・エレクトリックコーポレートラーニングリソーシーズプログラムマネージャー。
宇山 智哉(うやま ともちか、1963年10月1日 - )は… 宇山 智哉(うやま ともちか、1963年10月1日 - )は、日本の外交官、国際公務員。世界貿易機関(WTO)事務局長上級補佐官。日本人初のWTO中枢幹部。 山口県秋芳町(現美祢市)出身。1982年山口県立山口高等学校卒業。1986年一橋大学法学部卒業、外務省入省。1989年スワースモア大学教養学部を優等(with distinction)で卒業。 通商産業省出向、ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官等を経て、2001年在エジプト日本国大使館参事官。2004年外務省経済局国際機関第一課サービス貿易室長。同年外務省経済局国際貿易課サービス貿易室長。2006年外務省経済局国際貿易課長。2008年在フィリピン日本国大使館公使。
知念 覚(ちねん さとる、1963年〈昭和38年〉9月19日… 知念 覚(ちねん さとる、1963年〈昭和38年〉9月19日 - )は、日本の地方公務員、政治家。沖縄県那覇市長(1期)。 1963年(昭和38年)、那覇市首里山川町生まれ。那覇市立城西小学校、那覇市立首里中学校、沖縄県立首里高等学校を経て、沖縄大学第2部法経学部法学科卒業。 1985年(昭和60年)、那覇市役所に就職。2000年(平成12年)、当時の那覇市長・翁長雄志により秘書に任命された。2010年(平成22年)から総務部長、2015年(平成27年)に副市長就任。 2022年城間幹子の引退に伴い実施される那覇市長選挙に無所属で立候補する意向を表明し、自由民主党・公明党からの推薦と城間市長から支持を受けた。
櫻澤 健一(さくらざわ けんいち、1963年8月14日 - … 櫻澤 健一(さくらざわ けんいち、1963年8月14日 - )は、日本の元警察官僚、警視監。内閣官房内閣情報調査室内閣審議官等を経て、警察庁長官官房総括審議官、警察庁警備局長。一般財団法人日本サイバー犯罪対策センター(JC3)業務執行理事。 静岡県藤枝市出身。静岡県立藤枝東高等学校を経て、東京工業大学(現東京科学大学)工学部制御工学科卒業。交通遺児育英会の奨学金を借りて大学へ進学し、1年間休学してブラジルに留学した。 1988年警察庁入庁(警部補)。警視庁刑事部捜査第一課管理官、茨城県警察本部刑事部捜査第二課長、兵庫県警察本部警備部公安第一課長等を経て、2000年外務省在インドネシア日本国大使館一等書記官。
吉岡 幹夫(よしおか みきお、1963年〈昭和38年〉7月1… 吉岡 幹夫(よしおか みきお、1963年〈昭和38年〉7月14日 - )は、日本の国土交通技官。 神奈川県出身。1986年(昭和61年)3月、東京大学工学部都市工学科を卒業。同年4月、建設省へ入省。 道路行政を中心に携わり、道路局企画課課長補佐、関東地方整備局相武国道事務所長、道路局企画課企画専門官、同局国道・防災課技術企画官、同局企画課道路計画調整官、同局企画課道路事業調整官、同局企画課道路経済調査室長、同局高速道路課長、同局企画課長、北陸地方整備局長などを歴任。 2020年(令和2年)8月1日、国土交通省道路局長に就任。 2021年(令和3年)7月1日、技監に就任。 2024年(令和6年)7月1日、国土交通事務次官に就任。
田原 康生(たわら やすお、1963年〈昭和38年〉7月8日… 田原 康生(たわら やすお、1963年〈昭和38年〉7月8日 - )は、日本の郵政・総務技官。 千葉県海上郡飯岡町(現・旭市)出身。銚子市立銚子高等学校を経て、慶應義塾大学大学院理工学研究科を修了。1988年(昭和63年)4月、郵政省に入省。入省後、情報通信の技術開発政策などに携わり、内閣官房情報通信技術(IT)担当室主幹、東北総合通信局情報通信部長、独立行政法人情報通信研究機構総務部統括、情報通信政策局技術政策課研究推進室長、総合通信基盤局電気通事業部電気通信技術システム課長、同局電波部移動通信課長、情報通信国際戦略局技術政策課長、総合通信基盤局電波部電波政策課長などを歴任。 2017年(平成29年)7月11日、九州総合通信局長に就任。
大木 章一(おおき しょういち、1963年〈昭和38年〉4月… 大木 章一(おおき しょういち、1963年〈昭和38年〉4月25日 - )は、日本の建設・国土交通技官。 千葉県出身。東北大学大学院理学研究科修士課程を修了。大学では地球物理学を専攻し、電磁気学やプラズマ物理を学んだ。卒業後は超長基線電波干渉法(通称、VLBI)に取り組む国土地理院を志望し、1989年(平成元年)4月、建設省に入省。 入省後、ミュンヘン工科大学客員研究員、中部地方測量部長、応用地理部長、測地部長、企画部長などを歴任。ミュンヘン工科大学では写真測量技術を学び、出向先の国土庁では全国総合開発計画策定のための基盤情報整備や地籍調査、建設省大臣官房では地理空間情報活用推進基本法の作成や準天頂衛星システムの開発に取り組んだ。
猿田 和三(さるた かずみ、1963年〈昭和38年〉4月3日… 猿田 和三(さるた かずみ、1963年〈昭和38年〉4月3日 - )は、日本の地方公務員で、秋田県秋田市副市長。元秋田県副知事。学生時代には東京六大学野球連盟の選手としての活動歴がある。 秋田県秋田市出身。実家は猿田興業で、3人兄弟の末っ子だった。4歳のころには5歳年上の兄とキャッチボールを始める。小学生のとき、兄が通う秋田県立秋田高等学校が夏の秋田大会で優勝。1年だった兄が打席に立つことはなかったが、兄や見知った顔の選手たちが喜びに沸く姿を球場のスタンドから見ていた。「甲子園に行くってすごいことなんだ」と、甲子園出場を目標にする。 兄の後を追う形で秋田高校に進む。硬式野球部の主将を務め、1学年下の石井浩郎と主軸を形成した。
赤木 俊夫(あかぎ としお、1963年〈昭和38年〉3月28… 赤木 俊夫(あかぎ としお、1963年〈昭和38年〉3月28日 - 2018年〈平成30年〉3月7日)は、日本の国家公務員(財務省近畿財務局職員)。森友学園への国有地売却をめぐり、決裁文書改竄の経緯を記した全518ページの文書(通称「赤木ファイル」)を省内に残したことで知られる。改竄を強要され、うつ病を発症し、2018年3月7日に自殺した。赤木ファイルはそれから3年後の2021年に開示された。 岡山県出身。1981年、地元の高校を卒業。大学進学を希望していたが、経済的な理由により断念し、同年に日本国有鉄道に就職。1987年の国鉄民営化に伴い旧大蔵省の中国財務局に採用され、鳥取財務事務所に配属。1989年、立命館大学法学部(夜間コース)に入学するため近畿財務局の京都財務事務所への異動を希望し、聞き入れられた。
服部 洋平(はっとり ようへい、1963年〈昭和38年〉3月… 服部 洋平(はっとり ようへい、1963年〈昭和38年〉3月15日 - )は、日本の地方公務員、土木技術者。兵庫県県土整備部長を経て同県副知事。 神戸市出身。1986年 大阪大学工学部環境工学科を卒業し、兵庫県庁に入庁。阪神・淡路大震災や2004年台風23号の水害に対応した経験がある。2011年4月 同県県土整備部県土企画局技術企画課副課長、2012年4月 同部土木局道路街路課街路担当参事、2014年4月 同局総合治水課長、2015年4月 同部県土企画局技術企画課長(災害復興室参事(連携‣調整担当))、2017年4月 阪神北県民局宝塚土木事務所長、2018年4月 同県県土整備部土木局長、2020年 4月 同部県土企画局長兼危機管理員、同年6月 関西高速鉄道取締役、同年 県土整備部長と、土木部門一筋で財政部門や人事部門など管理系の部署の経験は特にない。
岩成 政和(いわなり まさかず、1963年3月 - )は、日… 岩成 政和(いわなり まさかず、1963年3月 - )は、日本の鉄道研究家、鉄道評論家、地方公務員(東京都交通局・水道局)、日本鉄道運転協会会員、鉄道史学会会員。 岡山県岡山市出身。東京都練馬区在住。 1963年3月、岡山県岡山市で生まれる。高校卒業後に東京へと転居し中央大学に入学。 1985年同大学法学部を卒業し、当時は丸の内にあった東京都庁舎内にある東京都交通局に入局。配属先は都庁内の勤務で、高速電車部運転課(現・電車部運転課)に所属となった。 その後交通局から人事異動となったが、水道局の副参事を務めたこともあった。現在も東京都職員である。2010年代前半頃には東京メトロポリタンテレビジョンの営業担当に出向したり、2018年4月から数年間東京臨海高速鉄道営業課長として出向し、コミックマーケット輸送の現場にも従事した。
村山 一弥(むらやま かずや、1963年〈昭和38年〉2月2… 村山 一弥(むらやま かずや、1963年〈昭和38年〉2月25日 - )は、日本の建設・国土交通技官。 東京都出身。東京都立三田高等学校、東京大学工学部を経て、1988年(昭和63年)、東京大学大学院工学研究科を修了。同年4月、建設省へ入省。道路畑が長く、道路局地方道・環境課沿道環境専門官、関東地方整備局高崎河川国道事務所長、道路局有料道路課企画専門官、同有料道路調整官、同国道・防災課国道事業調整官、同国道・防災課道路保全企画室長、関東地方整備局道路部長、道路局国道・防災課長、同国道・技術課長、同企画課長などを歴任した他、福岡県へ出向し、県土整備部長を3年間務めた。 2019年(令和元年)7月9日、九州地方整備局長に就任。
大坪 新一郎(おおつぼ しんいちろう、1963年〈昭和38年… 大坪 新一郎(おおつぼ しんいちろう、1963年〈昭和38年〉2月22日 - )は、日本の運輸・国土交通技官。 福岡県北九州市出身。福岡県立小倉高等学校を経て、1986年3月に東京大学大学院工学系研究科を修了。国家公務員採用Ⅰ種試験(造船工学)に合格して、1987年4月に運輸省に入省。 2019年7月9日から国土交通省海事局長を務める。 2016年6月までの経歴の出典
宮崎 正裕(みやざき まさひろ、1963年2月5日 - )は… 宮崎 正裕(みやざき まさひろ、1963年2月5日 - )は、日本の剣道家、警察官。神奈川県警察本部教養課長代理、術科特別訓練剣道師範。段位は範士八段。階級は警視。神奈川県警察武道館館長。 1990年代の大会で活躍し、剣道競技史上最高の戦績を残したことから、「平成の剣豪」、「剣道界の鉄人」、「努力の天才剣士」などと称される[要出典]。 横浜市出身。小学校1年生から玄武館坂上道場で剣道を始める。中学校では廃部寸前の剣道部に所属し、部員勧誘に奔走したが、結局部員は2人しか集まらず、体育館も使用させてもらえなかったため教室で稽古を重ねた。中学校1年生の時に初段の昇段審査を受験したが、4度連続で落ち、2年生の時に5度目の挑戦でようやく合格した。
中島 英史(なかしま ひでふみ、1963年 - )は、日本の… 中島 英史(なかしま ひでふみ、1963年 - )は、日本の経済産業技官。独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構特命参与を経て、秋田県副知事を務めた。 熊本県熊本市出身。熊本県立熊本高等学校を経て、1987年九州大学工学部資源工学科卒業、通商産業省入省。1995年外務省在ブルガリア日本国大使館出向。1998年資源エネルギー庁長官官房鉱業課。2000年石油公団計画第二部調査役。2003年経済産業省経済産業政策局地方調整室長。2004年経済産業省中国経済産業局資源エネルギー環境部長。2006年独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構京都メカニズム事業推進部長。2008年独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構研究開発推進部長。
清水 洋文(しみず ひろふみ、1963年 - )は、日本の消… 清水 洋文(しみず ひろふみ、1963年 - )は、日本の消防吏員。第28代消防総監。 東京都西多摩郡檜原村出身。地域の消防団に所属していた父や横田基地所属の消防隊員として働いていた叔父の影響で高校卒業後、1981年に東京消防庁へ入庁。消防学校での研修の後、杉並区荻窪消防署へ配属。 勤務の傍ら、社会人優先入学制度を利用し専修大学法学部へ入学。大学在学中は吟詠部に所属した。 専門系消防官以降は、本庁人事部職員課や世田谷区玉川消防署消防司令、本庁人事企画担当係長、品川区荏原消防署予防課長などを歴任。東京都総務局総合防災部へ出向し、大規模テロ災害対策共同訓練の策定・実施に携わる。 都庁からの帰任後は、東京消防本庁にて、生活安全課長に就任。
栗岡 祥一(くりおか しょういち、1963年 - )は、日本… 栗岡 祥一(くりおか しょういち、1963年 - )は、日本の地方公務員。東京都知事補佐官、東京都環境局長等を経て、東京都副知事、東京都職員共済組合理事長。 1987年東京大学法学部卒業、東京都入庁。2000年東京都立松沢病院事務局医事課長。2002年東京都立府中病院事務局庶務課長。2003年東京都知事本部企画調整部副参事(調整担当)。2004年東京都総務局人事部副参事(人事制度担当)。2006年東京都総務局人事部制度企画課長。2008年東京都病院経営本部経営企画部総務課長(統括課長)。 2010年東京都都市整備局参事<多摩都市モノレール派遣> 。2012年東京都都市整備局多摩ニュータウン事業担当部長、多摩ニュータウン開発センター取締役。
塚原 隆昭(つかはら たかあき、1963年頃 - )は、日本… 塚原 隆昭(つかはら たかあき、1963年頃 - )は、日本の政治家、元地方公務員。島根県飯石郡飯南町長(2期)。 島根県飯石郡飯南町(旧頓原町)出身。1983年(昭和58年)3月、松江工業高等専門学校土木工学科(現・環境・建設工学科)を卒業。同年4月に広島市役所に入職し、道路建設課や道路計画課で土木技師として2年間勤務した。 1985年(昭和60年)4月、故郷の頓原町役場へ転職。職員時代は約10年間にわたり「志津見ダム建設事業」の治水事業に携わったほか、赤来町との合併協議会業務などにも従事した。2005年1月の合併による「飯南町」発足後は、企画財政課長や地域振興課長などを歴任。2017年(平成29年)4月から飯南町の副町長を務め、2020年11月に退任した。
赤木 功(あかぎ いさお、1963年〈昭和38年〉 - )は… 赤木 功(あかぎ いさお、1963年〈昭和38年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岡山県浅口郡里庄町長(1期)。 岡山県浅口郡里庄町出身。 大学を卒業後の1986年(昭和61年)頃、里庄町役場に入職。役場内では総務課長などの要職を歴任し、長年にわたり町政の実務に携わった。2023年(令和5年)4月からは里庄町の副町長に就任し、当時の町政(加藤吉章町長)を支えた。町長選挙への出馬を見据え、2025年(令和7年)9月に副町長を辞職。 2026年(令和8年)1月13日、任期満了に伴う里庄町長選挙が告示され、無所属・新人で立候補。赤木のほかに立候補の届け出がなかったため、無投票での初当選が決まった(里庄町長選における無投票当選は2018年以降3回連続)。
上川 元張(かみかわ もとはる、1963年〈昭和38年〉 -… 上川 元張(かみかわ もとはる、1963年〈昭和38年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。鳥取県八頭郡若桜町長(2期)。 昭和38年8月 若桜町生まれ 平成元年3月 早稲田大学法学部 卒業 平成元年4月 鳥取県庁入庁 平成26年度~27年度 南部町企画政策課長(出向) 平成28年度より 福祉保険課くらし応援対策室長、県土総務課用地室長、県議会事務局議事・法務政策課長を歴任。 2021年(令和3年)2月16日、任期満了に伴う若桜町長選挙が告示され、無所属・新人で立候補。上川のほかに立候補の届け出がなかったため、無投票での初当選が決まった。同年3月12日に町長に就任。 2025年(令和7年)2月、任期満了に伴う町長選挙が告示。
正林 督章(しょうばやし とくあき、1962年〈昭和37年〉… 正林 督章(しょうばやし とくあき、1962年〈昭和37年〉12月15日 - )は、日本の医師、厚生労働技官。 長崎県出身。東京都立青山高等学校を経て、1989年(平成元年)3月、鳥取大学医学部を卒業。高校時代は野球部に所属し、大学時代は空手、トライアスロンに興じた。また、鳥取大学在学中に国際協力に興味を持ち、医学部5年生の時にタイの山奥の村で1ヶ月間生活した経験から予防医療や衛生教育の必要性を感じ、WHOへの就職を決意。そのための近道として厚生省への入省を志望し、東京都立豊島病院、東京都立松沢病院、東京都立墨東病院での勤務を経て、1991年(平成3年)2月、厚生省に入省。国立公衆衛生院総務部国際協力室長などを務めたのち、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院に留学し、公衆衛生を学んだ。
福島 洋(ふくしま ひろし、1962年11月6日 - )は、… 福島 洋(ふくしま ひろし、1962年11月6日 - )は、日本の経済産業技官。初代経済産業省大臣官房技術総括・保安審議官として、新設された産業保安グループのトップを務めた。 埼玉県上尾市出身。埼玉県立浦和高等学校を経て、1987年東北大学大学院工学研究科修了、通商産業省入省。経済産業省製造産業局化学物質管理課長等を経て、2010年経済産業省産業技術環境局研究開発課長。 2012年経済産業省商務情報政策局ヘルスケア産業課長。2013年経済産業省大臣官房参事官。2015年経済産業省大臣官房審議官(製造産業局担当)。2017年から商務情報政策局の組織再編により産業保安グループが新設されたことを受け、経済産業省商務流通保安グループ審議官(産業保安担当)を経て、経済産業省大臣官房技術総括・保安審議官兼商務情報政策局産業保安グループ長を務め、新体制での産業保安行政の強化を進めた。
迫井 正深(さこい まさみ、1962年〈昭和37年〉10月3… 迫井 正深(さこい まさみ、1962年〈昭和37年〉10月31日 - )は、日本の医師、厚生労働技官。 広島県広島市出身。広島大学附属中学校・高等学校を経て、1989年(平成元年)3月、東京大学医学部医学科を卒業。 卒業後、東京大学医学部附属病院、虎の門病院、共立蒲原総合病院で消化器外科の臨床を経て、1992年(平成4年)4月、厚生省に入省し、保険局医療課医療指導監査室に配属。 環境庁企画調整局環境保健部保健企画課特殊疾病対策室医療専門官、厚生省大臣官房厚生科学課課長補佐を務めたのち、1995年(平成7年)から2年間、ハーバード大学公衆衛生大学院に留学し、公衆衛生修士を取得。 その後、労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課中央労働衛生専門官、厚生省保険局医療課課長補佐、厚生労働省大臣官房国際課課長補佐、厚生労働省大臣官房厚生科学課課長補佐、同課健康危機管理官、がん対策推進本部事務局次長、広島県福祉保健部長、広島県健康福祉局長、厚生労働省大臣官房総務課企画官、老健局老人保健課長、医政局地域医療計画課長、保険局医療課長、厚生労働省大臣官房審議官(医政・医薬品等産業振興・精神保健医療・災害対策担当)を歴任。
松尾 泰樹(まつお ひろき、1962年(昭和37年)10月2… 松尾 泰樹(まつお ひろき、1962年(昭和37年)10月26日 - )は、日本の科学技術・文部科学技官。 青森県青森市出身。青森県立青森高等学校を経て、1985年東京大学理学部物理学科卒業、1987年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。大学院では生物物理学を専攻しショウジョウバエを研究した(指導教官は堀田凱樹)。国家公務員採用Ⅰ種試験(物理)に合格し、同年4月科学技術庁入庁。 2020年文部科学審議官。2021年内閣府科学技術・イノベーション推進事務局長。
横田 明(よこた あきら、1962年〈昭和37年〉10月3日… 横田 明(よこた あきら、1962年〈昭和37年〉10月3日[要出典] - )は、大阪府吹田市出身の日本の考古学者、元考古学技師(財団法人大阪府埋蔵文化財協会調査課技師)、元地方公務員(大阪府教育委員会文化財保護課調査第一グループ副主査)、日本考古学協会会員である。 韓国語翻訳者、舞台俳優、レイキティーチャーとしても活動する。 1990年4月から2023年3月まで大阪府教育委員会事務局(のちの大阪府教育庁)文化財保護課に考古学職として勤務し、大阪府内の文化財保護業務に従事した。 在職中には阪神・淡路大震災後、兵庫県教育委員会に3年間派遣され復興支援に従事した。さらに東日本大震災後には岩手県教育委員会に2年間[要出典]、福島県教育委員会に9か月間[要出典]派遣され、文化財の復旧・復興業務に携わった。
泉田 裕彦(いずみだ ひろひこ、1962年〈昭和37年〉9月… 泉田 裕彦(いずみだ ひろひこ、1962年〈昭和37年〉9月15日 - )は、日本の政治家、通産・経産官僚。 衆議院議員(2期)、国土交通大臣政務官兼復興大臣政務官兼内閣府大臣政務官、新潟県知事(公選第17・18・19代)、全国知事会危機管理防災対策特別委員会委員長(中央防災会議委員)、全国積雪寒冷地帯振興協議会会長、全日本錦鯉振興会会長、国土交通省貨物流通システム高度化推進調整官、岐阜県新産業労働局長などを歴任。 新潟県加茂市生まれ。加茂市立加茂小学校、加茂市立加茂中学校、新潟県立三条高等学校、京都大学法学部(佐藤幸治ゼミ)卒業。 1987年、通商産業省(現・経済産業省)に入省。入省同期に、衆議院議員の棚橋泰文がいる。
浜 佳葉子(はま かよこ、1962年(昭和37年)8月6日 … 浜 佳葉子(はま かよこ、1962年(昭和37年)8月6日 - )は、日本の地方公務員。町田市副市長、東京都生活文化局長、東京都水道局長(公営企業管理者)東京都教育委員会教育長を経て、東京都住宅供給公社理事長、全国住宅供給公社等連合会副会長、東京都参与。 慶應義塾女子高等学校を経て、1985年(昭和60年)3月に慶應義塾大学経済学部卒業。同年4月、東京都庁入庁。都立大学都市研究所事務長、港湾局開発部副参事(東京テレポートセンタービル事業部企画課長・総務部総務課長)、知事本局企画調整部副参事(国際共同事業担当)、同部調整担当課長、港湾局総務部企画課長・総務課長(統括)、町田市副市長、福祉保健局企画担当部長・医療政策部長・少子社会対策部長、港湾局総務部長、政策企画局理事(報道総括担当)・(知事補佐担当)、選挙管理委員会事務局長などを歴任。
飯田 貢(いいだ みつぐ、1962年 <昭和37年> 7月 … 飯田 貢(いいだ みつぐ、1962年 <昭和37年> 7月 - )は、日本の地方公務員。名古屋市上下水道局長、名古屋観光コンベンションビューロー理事長を歴任。 1985年3月 名古屋大学経済学部経営学科卒業、同年4月 名古屋市役所入庁。1994年 (平成6年) 4月 経済局付主査(財団法人名古屋観光コンベンションビューロー出向)、2002年4月 市民経済局付主幹(財団法人名古屋市文化振興事業団派遣)、2009年4月 交通局営業本部営業統括部長、2015年4月 財政局税務監、2016年4月 同市中区長、2017年6月 財政局長、2020年 (令和2年) 4月 上下水道局長。日本下水道協会経営委員長。
佐野 哲郎 (さの てつろう、1962年5月15日 - )は… 佐野 哲郎 (さの てつろう、1962年5月15日 - )は、日本の地方公務員。新潟県教育長。 新潟県新潟市の出身。1981年、新潟県立新潟高等学校を卒業。1986年、京都大学法学部を卒業。新潟県庁に入庁。企画調整部土地利用対策課。総務部国際交流課。総務部知事公室国際交流課。1989年8月、中国黒龍江中医薬大学に派遣。企画調整部企画課。東京事務所。商工労働部商工企画課。旧経済企画庁(出向)。総務部人事課。2003年4月、総務部人事課課人材育成係長。2005年4月、総務部財政課財政調整員。2009年4月、知事政策局政策評価室長。2011年4月1日、新潟市役所(行政経営課長)に出向。2013年4月、知事政策局行政改革推進室長。
大林 正典(おおばやし まさのり、1962年〈昭和37年〉4… 大林 正典(おおばやし まさのり、1962年〈昭和37年〉4月28日 - )は、日本の国土交通技官。 神奈川県横浜市出身。栄光学園高等学校を経て、東京大学理学部を卒業。 大学卒業後、気象庁へ入庁し、仙台管区気象台においてレーダー観測や天気予報に係る業務に従事。その後、気象庁予報部などで勤務し、降水短時間予報や航空気象予測資料の開発に努めた他、予算や組織体制、施策の立案・推進などの業務畑を経験。気象庁総務部企画課長、仙台管区気象台長、気象庁地球環境・海洋部長、気象庁大気海洋部長などを歴任した。また、青年海外協力隊にも参加し、1992年1月から約2年間、ドミニカ共和国の国家気象局で活動した。 日本気象学会では東北支部長などを務め、主に気象学の動向の知見を得る活動に従事し、学会の大会の開催にも携わった。
浅輪 宇充(あさわ たかみつ、1962年〈昭和37年〉4月1… 浅輪 宇充(あさわ たかみつ、1962年〈昭和37年〉4月13日 - )は、日本の国土交通技官。国土交通省大臣官房技術参事官、国土交通省大臣官房技術総括審議官、国土交通省港湾局長を経て、京都大学経営管理大学院客員教授、福井県福井港地方港湾審議会会長。 東京都出身。1987年東京工業大学(現東京科学大学)大学院理工学研究科土木工学専攻修了、運輸省入省。2003年国土交通省航空局飛行場部建設課長補佐。2005年東北地方整備局酒田港湾事務所長。2009年国土交通省港湾局技術企画課技術企画官。2013年国土交通省港湾局技術企画課建設企画室長。同年北陸地方整備局港湾空港部長。 2014年国土交通省港湾局技術企画課長。
竹内 芳明(たけうち よしあき、1962年〈昭和37年〉3月… 竹内 芳明(たけうち よしあき、1962年〈昭和37年〉3月27日 - )は、日本の郵政・総務技官。 総務事務次官(第20代)、総務審議官(郵政・通信担当)、総務省総合通信基盤局長、サイバーセキュリティ統括官などを歴任。 香川県仲多度郡多度津町生まれ。1982年、高松工業高等専門学校電気工学科卒業、東北大学工学部電気系編入学。1985年、東北大学工学部通信工学科卒業、郵政省入省。 1998年、東北電気通信監理局総務部長。1999年、郵政省電気通信局電波部衛星移動通信課次世代航空通信システム開発室長。2001年、総務省情報通信政策局宇宙通信政策課宇宙通信調査室長。2003年、総務省情報通信政策局技術政策課研究推進室長。
伊藤 明子(いとう あきこ、1962年〈昭和37年〉2月28… 伊藤 明子(いとう あきこ、1962年〈昭和37年〉2月28日 - )は、日本の建設・国土交通技官。国土交通省住宅局長を経て、消費者庁長官を務めた。 島根県出身で和歌山県立桐蔭高等学校(第32期)を経て、京都大学工学部建築学科を卒業。国家公務員採用上級甲種試験(建築)に合格し、1984年建設省に入省。 国土交通省初の女性の局長として住宅局長を務めた。その後和泉洋人内閣総理大臣補佐官から引っ張られ、稲山博司内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局地方創生総括官に総括官補として仕え、稲山の退官に合わせ三代連続の女性での消費者庁長官に着任。 消費者庁長官在任中の2020年5月、同居する父が新型コロナウイルスに感染したため、2週間に渡り中央省庁トップとして初めて在宅勤務を行った。
宮嵜 雅則(みやざき まさのり、1962年〈昭和37年〉2月… 宮嵜 雅則(みやざき まさのり、1962年〈昭和37年〉2月15日 - )は、日本の医師、厚生労働技官。 東京都出身。1987年(昭和62年)3月、慶應義塾大学医学部を卒業。同年4月、厚生省へ入省し、健康政策局計画課に配属。 診療報酬改定などに携わり、医政局医事課医師臨床研修推進室長、雇用均等・児童家庭局母子保健課長、健康局総務課生活習慣病対策室長、保険局医療課医療指導監査室長、健康局がん対策・健康増進課長、厚生労働省大臣官房厚生科学課長、保険局医療課長、厚生労働省大臣官房審議官(危機管理、科学技術・イノベーション、 国際調整、がん対策担当)、社会・援護局障害保健福祉部長などを歴任。途中、内閣府や岡山県庁に出向し、食品安全委員会事務局評価課評価調整官、岡山県保健福祉部長などを務めた。
鈴木 康幸(すずき やすゆき、1962年〈昭和37年〉1月3… 鈴木 康幸(すずき やすゆき、1962年〈昭和37年〉1月31日 - )は、日本の自治・総務技官。 千葉県東金市出身。千葉県立成東高等学校を経て、東北大学工学部卒業。1988年(昭和63年)4月、消防庁に入庁。消防庁予防課に配属。入庁後、有識者検討会事務局で働き、予防系業務などに携わった。阪神・淡路大震災では消防庁震災対策指導室震災対策専門官として消防大学校に市町村職員を集め、地域防災計画の発表の他、市町村間で落橋や火災、渋滞などの二次災害について議論するなどした。 その後、消防庁防災情報室課長補佐、同防災課課長補佐、京都市消防局予防部担当課長、同予防部担当部長、消防庁予防課設備専門官、同予防課課長補佐、同予防課理事官、危険物保安技術協会業務企画部長、消防庁予防課特殊災害室長、同予防課危険物保安室長などを歴任。