川相 拓也(かわい たくや、1990年11月25日 - )は… 川相 拓也(かわい たくや、1990年11月25日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投げ右打ち。神奈川県横浜市出身。
職業が野球:7,475人
川相 拓也(かわい たくや、1990年11月25日 - )は… 川相 拓也(かわい たくや、1990年11月25日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投げ右打ち。神奈川県横浜市出身。
土肥 寛昌(どひ ひろあき、1990年11月16日 - )は… 土肥 寛昌(どひ ひろあき、1990年11月16日 - )は、埼玉県さいたま市南区出身の元プロ野球選手(投手)。右投両打。 元プロ野球選手の土肥義弘は、再従兄にあたる。 埼玉栄高2年秋は県大会ベスト4、3年夏は南埼玉大会でベスト8。大学では1学年上に藤岡貴裕がいて、リーグ通算16試合0勝1敗、防御率3.07。社会人では2年目の都市対抗野球で2試合先発した。2014年10月23日、ドラフト会議にて東京ヤクルトスワローズから6位指名受け、11月12日、契約金3000万円、年俸800万円で仮契約を結んだ。背番号は45。 2015年は、一軍での登板はなかった。 2016年は、4試合に登板したが防御率8点台に終わる。
坂本 一将(さかもと かずまさ、1990年11月16日 - … 坂本 一将(さかもと かずまさ、1990年11月16日 - )は、東京都新宿区出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。NPBでは育成選手であった。現在は社会人野球・SUNホールディングスEAST硬式野球部の監督を務める。 小学校から武蔵府中シニアで野球を始めると、世界大会で優勝。新宿区立西戸山中学校時代にも、武蔵府中シニアで日本一を経験した。小中学校の1学年後輩に、長谷川潤がいる。 浦和学院高校に進学すると、2年の夏に第89回全国高等学校野球選手権大会の埼玉県代表として阪神甲子園球場に登場したが、試合には出場しなかった。3年夏には、1番打者として第90回全国高等学校野球選手権記念大会に出場。全国大会の初戦で土屋健二、筒香嘉智、倉本寿彦擁する横浜高校と対戦すると、土屋から5打数3安打を記録したが、チームは敗れた。
赤間 謙(あかま けん、1990年11月14日 - )は、福… 赤間 謙(あかま けん、1990年11月14日 - )は、福島県双葉郡楢葉町出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学校1年生の時に、楢葉イーグルファイターズで野球を始める。中学生時代には、1学年下の横山貴明と共に相双中央リトルシニアに所属。日本リトルシニア野球選手権大会に2度出場した。 東海大学山形高等学校への進学後は、3年時の春からエースに定着すると、山形県内の地区大会で寒河江工業高等学校打線を相手にノーヒットノーランを達成。複数のNPB球団のスカウトから注目された。しかし、3年夏の山形県大会に準決勝で惜敗すると、プロ志望届を日本高等学校野球連盟へ提出せずに東海大学へ入学。 東海大学では1年春から、主に救援投手として、首都大学野球のリーグ戦で通算20試合に登板。
松本 直晃(まつもと なおあき、1990年11月14日 - … 松本 直晃(まつもと なおあき、1990年11月14日 - )は、兵庫県三木市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。
浅村 栄斗(あさむら ひでと、1990年11月12日 - )… 浅村 栄斗(あさむら ひでと、1990年11月12日 - )は、大阪府大阪市東淀川区出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。
西 勇輝(にし ゆうき、1990年11月10日 - )は、オ… 西 勇輝(にし ゆうき、1990年11月10日 - )は、オリックス・バファローズに所属する三重県三重郡菰野町出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。
又吉 克樹(またよし かつき、1990年11月4日 - )は… 又吉 克樹(またよし かつき、1990年11月4日 - )は、沖縄県浦添市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。現在はオイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属。 弟は独立リーグ球団に所属歴のある又吉亮文。舞台女優の大村沙亜子とは従姉妹にあたる。 浦添市立浦添小学校1年生のときに仲間ジャイアンツで野球を始め、浦添市立浦添中学校では軟式野球部に所属。守備位置はセカンドであったが、チームメイトであった島井寛仁も「試合に出た姿をほとんど見てない」と語ったように、中学時代は試合に出ることすらできなかった。 沖縄県立西原高校入学時点では身長158cm・体重40kgと非常に小柄で、部内では「マメ」のあだ名をつけられるほどだったが、月日が経つにつれ、体が少しずつ成長。
杉山 晃紀(すぎやま あきのり、1990年11月1日 - )… 杉山 晃紀(すぎやま あきのり、1990年11月1日 - )は、京都府綾部市出身の元プロ野球選手(投手)。右投両打。プロでは育成選手であった。現在はプロのダーツプレイヤーや、俳優として活動。 綾部市立中筋小学校2年時に、地元の中筋ジャガーズで野球を始める。最初は内野手で、後に捕手に転向。 綾部市立綾部中学校では、ボーイズリーグの綾部パワーズに入団。2年時に外野手から投手に転向。 綾部高では、1年秋から右翼手兼控え投手。2年春から投手に専念し、秋からはエースとして活躍した。3年夏は、京都府予選の初戦で洛星高に敗退。甲子園出場経験はなかった。 2008年10月30日、プロ野球ドラフト会議において読売ジャイアンツから育成ドラフト1巡目で指名され、11月18日に支度金200万円、年俸240万円で仮契約。
伊藤 祐介(いとう ゆうすけ、1990年10月20日 - )… 伊藤 祐介(いとう ゆうすけ、1990年10月20日 - )は、宮城県仙台市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 小学校3年時から投手として野球を始め、仙台市立西多賀中学校時代は七ヶ浜シニアに所属した。 聖和学園高等学校では、1年時の秋からベンチ入りする。2年時の秋からエースとなり、県大会3位で同校野球部創部4年目で東北大会初出場に貢献した。3年時の夏は、宮城県大会ベスト8で仙台二高と4-4で延長15回引き分け、再試合に末に0-3で敗れる。甲子園出場経験は無し。 東北学院大学に進学すると、仙台六大学野球連盟に加盟している野球部に入部する。1年時の春から公式戦に登板し、秋に新人賞、2年春に敢闘賞。
竹下 真吾(たけした しんご、1990年10月20日 - )… 竹下 真吾(たけした しんご、1990年10月20日 - )は、福岡県北九州市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 九州共立大学時代は主将も務めたが同期に川満寛弥、1年下に大瀬良大地がいて同期・福地元春とともに登板機会は限られて4年秋の1勝に終わる。社会人野球のヤマハでは1年目の第84回都市対抗野球準々決勝で初先発すると5回無失点に抑えるが敗退。翌年はHonda鈴鹿の補強選手として出場した。2014年10月23日、ドラフト会議で安樂智大の抽選を外した東京ヤクルトスワローズから1位指名を受け、11月19日に契約金1億円+出来高払い、年俸1500万円で仮契約を結んだ。背番号は22。 2015年は、二軍で19試合に登板。
申 成鉉(シン・ソンヒョン、1990年10月19日 - )は… 申 成鉉(シン・ソンヒョン、1990年10月19日 - )は、大韓民国のソウル特別市出身のプロ野球選手(内野手)。
角屋 龍太(かどや りゅうた、1990年10月18日 - )… 角屋 龍太(かどや りゅうた、1990年10月18日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学4年から加納東スポーツ少年団で野球を始める。富田高校では、1学年先輩であった東明大貴の後を継ぐ形で2年から投手に転向した。 その後、名城大学を経てジェイプロジェクトに入社。同社の経営する名古屋市内の飲食店で厨房の調理担当として勤務するかたわら、ヤマハの補強選手として第86回都市対抗野球大会に出場した。 2015年のプロ野球ドラフト会議で、オリックス・バファローズから8巡目で指名。契約金2,000万円、年俸700万円(金額は推定)という条件で入団した。入団当初の背番号は58で、入団を機に、再び東明のチームメイトになった。
辛島 航(からしま わたる、1990年10月18日 - )は… 辛島 航(からしま わたる、1990年10月18日 - )は、は東北楽天ゴールデンイーグルスに所属する福岡県福岡市博多区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。
張本 優大(はりもと まさひろ、1990年10月13日 - … 張本 優大(はりもと まさひろ、1990年10月13日 - )は、大阪府豊中市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。 豊中市立第十中学校時代は豊中リトルシニアに所属した。 菊華高等学校(愛知県)では2年秋の秋季愛知県大会で 、捕手として全試合に出場したが準決勝で東邦高等学校に敗れた。3年夏の甲子園予選は3回戦で本塁打を放ったが、岡崎商業に敗れた。 佛教大学では1年春から京滋リーグ戦に出場し、2011年・2年春には一塁手としてベストナインを獲得した。関西地区大学選手権では4試合を2点に抑える配球でチームの関西代表選出に貢献した。第42回明治神宮野球大会では5番・捕手として出場したが1回戦で愛知学院大学に完封負けした。
土屋 健二(つちや けんじ、1990年10月4日 - )は、… 土屋 健二(つちや けんじ、1990年10月4日 - )は、静岡県富士市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 野球人生のスタートは、小学3年生時に、後に出身高校の先輩となる松坂大輔の投球に衝撃を受けた事と後に語っている。地元の「富士シニア」所属時代は投手として全国16強入りし、全日本選抜メンバーにも選出された。 2006年に横浜高校に進学。2007年秋の明治神宮大会では準優勝投手となった。この年の秋関東大会までは背番号1だったが、明治神宮大会では背番号10として出場した(エースとしての自覚を持ってほしい事から、監督が背番号を10に変更させた)。エースとして3年生時の春(2008年)に出場した第80回選抜大会は初戦(2回戦)で北大津高校の前に敗退するも、続く3年生時の夏の第90回選手権大会では浦和学院高校や広陵高校、仙台育英高校といった強豪を撃破したものの、準決勝で浅村栄斗を擁する大阪桐蔭高校に敗れベスト4。
笠原 優子(かさはら ゆうこ、1990年9月29日 - )は… 笠原 優子(かさはら ゆうこ、1990年9月29日 - )は、長野県諏訪市出身の女子野球選手。ポジションは投手。
八木 亮祐(やぎ りょうすけ、1990年9月29日 - )は… 八木 亮祐(やぎ りょうすけ、1990年9月29日 - )は、愛知県津島市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。現在はオリックス・バファローズに所属。
坂口 真規(さかぐち まさき、1990年9月29日 - )は… 坂口 真規(さかぐち まさき、1990年9月29日 - )は、和歌山県那賀郡打田町(現・紀の川市)出身の元プロ野球選手(内野手)。
齋藤 圭祐(さいとう けいすけ、1990年9月24日 - )… 齋藤 圭祐(さいとう けいすけ、1990年9月24日 - )は、千葉県夷隅郡大原町(現:いすみ市)出身の元プロ野球選手(投手)。 いすみ市立浪花小学校2年の時から地元の子供会でソフトボールを始め、小学5年の時に地元のソフトボールクラブ・大原マリーンズに入団。大原中では軟式野球部に入部し、3年時に千葉県ベスト8入り。 千葉経大附高に進学後は、2年春に一塁手兼投手として第79回選抜高等学校野球大会に出場。エースとなった3年時は春夏連続で甲子園に出場し、春の第80回選抜高等学校野球大会ではベスト4進出、夏の第90回全国高等学校野球選手権記念大会では浦添商業高に9-12で2回戦敗退。甲子園後は高校日本選抜の一員としてブラジル遠征に参加した。
鍵谷 陽平(かぎや ようへい、1990年9月23日 - )は… 鍵谷 陽平(かぎや ようへい、1990年9月23日 - )は、北海道亀田郡七飯町出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 妻は女優の青谷優衣。 小学1年生から野球を始め、5年時に内野手から投手へ転向した。七飯町立七飯中学校時代は、軟式野球部に所属。野球推薦の話があったことと、野球を続けるなら親に甘えたくないという理由から札幌市にある北海高校に進学。 高校時代は1年時の夏からベンチ入し、2年時の秋からエースとなる。3年時の夏に南北海道予選を制し、第90回全国高等学校野球選手権記念大会に出場するが、1回戦の東邦高校戦で先頭打者本塁打を含む14被安打12失点と打ち込まれ、7回途中で降板しチームも10-15で敗退。
飯田 大祐(いいだ だいすけ、1990年9月19日 - )は… 飯田 大祐(いいだ だいすけ、1990年9月19日 - )は、茨城県稲敷郡阿見町出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打で、現役引退後の2021年からオリックス・バファローズのコーチを務めている。 茨城県稲敷郡阿見町に生まれる。阿見小学校1年生から野球を始め、小学5年生から捕手を務める。阿見町立阿見中学校では軟式野球部に所属。 常総学院高校では1年夏からベンチ入りし、3年連続で夏の甲子園に出場。第88回全国高等学校野球選手権大会では試合出場はなかった。その後、1年秋からレギュラーとして活躍。第89回全国高等学校野球選手権大会では1学年先輩のエース清原大貴とバッテリーを組み、初戦の京都外大西高校戦では9回1安打無失点に抑えていたが、延長では点の取り合いになり、延長12回で3-5で敗れた。
金田 和之(かねだ かずゆき、1990年9月18日 - )は… 金田 和之(かねだ かずゆき、1990年9月18日 - )は、鹿児島県曽於郡財部町(現・曽於市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 中﨑雄太・翔太兄弟の生家に近い実家で出生した後に、財部小学校3年時から、財部サンデーズで野球を始める。財部中学校時代には軟式野球部に所属した。卒業後に進学した宮崎県立都城商業高等学校では、2年の冬から肘を怪我しており、春夏とも阪神甲子園球場の全国大会に出場できなかった。インタビューで「高3の夏」について訊かれたときには「僕の世代の宮崎はすごかったんです。元ヤクルトの赤川(赤川克紀)、元西武の中崎(中﨑雄太)、元ソフトバンクの有馬(有馬翔)と3人も高卒でプロ入りして、2人はドラフト1位。
池山 あゆ美 (いけやま あゆみ、1990年9月17日 - … 池山 あゆ美 (いけやま あゆみ、1990年9月17日 - ) は、元女子プロ野球選手、野球指導者。ニックネームは「池やん」。2024年から阪神タイガース Womenのコーチを務める。 京都産業大学附属高校及び伊予銀行に在籍している時は、ソフトボールをしていた。 2013年、フローラに入団し、女子プロ野球選手としてのキャリアをスタートさせた。同年は、投手としての成績はなかった。 2014年11月8日に行われた日本シリーズ女王決定戦では、プロ入り初本塁打を放ち、初戦のチーム勝利に貢献した。 2017年限りで引退。 2022年から福岡ソフトバンクホークスの球団統括本部 野球振興部スタッフに就任する。
石崎 剛(いしざき つよし、1990年9月9日 - )は、茨… 石崎 剛(いしざき つよし、1990年9月9日 - )は、茨城県古河市出身の元プロ野球選手(投手)。 古河市立諸川小学校時代に野球を始める。同市立三和北中学校では軟式野球部に所属。 茨城県立三和高校への進学後は、2年生の夏から3年生の春まで部員9人・指導者2人という環境下ながら、オーバースローから最速145km/hの速球を投げることで注目された。しかし、甲子園球場での全国大会とは無縁で、卒業後に社会人野球の住友金属鹿島へ入社した。 住友金属鹿島への入社後に腰痛を発症したことから、腰への負担が少ない投球フォームを模索。その結果、従来のオーバースローから右腕の位置を下げたスリークォーターへ転向した。
板倉 寛樹(いたくら ひろき、1990年9月8日 - )は、… 板倉 寛樹(いたくら ひろき、1990年9月8日 - )は、栃木県栃木市出身の日本のプロ野球選手(外野手)、野球指導者。右投左打。日米の複数の独立リーグ球団でプレーした。 佐野日本大学高等学校を経て日本大学に進むが、中退した。2010年にベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)のトライアウトを受験し、信濃グランセローズから12月のリーグドラフトで指名を受ける。 2011年は43試合に出場して打率.271の成績だった。翌2012年のシーズン開幕後に信濃を退団、5月21日に同じリーグの富山サンダーバーズ(現・富山GRNサンダーバーズ)に入団した。 2013年シーズン開幕前にアメリカ合衆国のテキサス・ウィンターリーグでテキサス・サンダー(英語版)に派遣され、首位打者を獲得した。
田中 崇博(たなか たかひろ、1990年9月7日 - )は、… 田中 崇博(たなか たかひろ、1990年9月7日 - )は、滋賀県東近江市出身の元プロ野球選手(投手)。2010年の登録名は崇博。
大累 進(おおるい すすむ、1990年8月31日 - )は、… 大累 進(おおるい すすむ、1990年8月31日 - )は、北海道出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。改姓したため、現在の本名は北山進。 小学校3年で野球を始め、中学時代は札幌新琴似シニアで三塁手としてプレー。駒澤大学附属苫小牧高校入学後に遊撃手に転向。2学年上に田中将大がいたが、自身は甲子園出場経験無し。1年夏(第88回選手権大会、引き分け再試合の末に準優勝)、2年夏(第89回選手権大会、1回戦敗退)はベンチ外。2年秋からベンチ入りするも、3年夏は南北海道大会の準々決勝で鍵谷陽平擁する北海高校に0-9で敗れた。 道都大学(札幌学生野球連盟所属)では1年時の春から公式戦に出場。3年時には、春・秋連続で遊撃手でベストナインに選出された。
上本 崇司(うえもと たかし、1990年8月22日 - )は… 上本 崇司(うえもと たかし、1990年8月22日 - )は、広島県福山市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)。右投右打。 実兄は阪神タイガースでプレーした上本博紀。 兄である博紀の影響を受け、小学校1年の時から「松永ソフトボールクラブ」にてソフトボールを始める。福山市立大成館中学校時代は地域の軟式野球クラブ・松永ヤンキースに所属し、3年時に西日本大会準優勝。1年秋から遊撃手、2年秋から捕手で大田泰示とバッテリーを組んでいた。 広陵高等学校では1年秋からレギュラー。遊撃手で2年春・夏、3年夏の3度甲子園に出場し2年時に1学年上の野村祐輔・小林誠司・土生翔平らと共に選抜ではベスト8。全国選手権では決勝で敗れ準優勝となった。
白崎 浩之(しらさき ひろゆき、1990年8月20日 - )… 白崎 浩之(しらさき ひろゆき、1990年8月20日 - )は、北海道岩見沢市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。現在は埼玉西武ライオンズのアカデミーコーチ。 小学校1年生から岩見沢市立第一小学校、岩見沢第一アトムズにて野球を始め、岩見沢市立緑中学校では岩見沢シニアに所属。投手兼遊撃手として2年夏にジャイアンツカップに出場し、3年には全国大会ベスト16に貢献。 高校は道内の強豪校に進まず、「甲子園ではなくプロが目標。北海道から出た方がスカウトの目に留まる機会が多いから」という理由で、埼玉栄高等学校に進学。1年から三塁手のレギュラーに定着したが、埼玉大会ベスト8が最高で、全国選手権出場はなし。
松葉 貴大(まつば たかひろ、1990年8月14日 - )は… 松葉 貴大(まつば たかひろ、1990年8月14日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手(投手)。兵庫県神崎郡香寺町(現:姫路市)出身。
宮本 武文(みやもと たけふみ、1990年8月11日 - )… 宮本 武文(みやもと たけふみ、1990年8月11日 - )は、和歌山県和歌山市出身の元プロ野球選手(投手、左投左打)。 小学2年の時に大新白鳩少年野球クラブで右翼手として野球を始め、小学5年の時に投手に転向。城東中時代は和歌山シニアに所属。エースとして二度の全国大会出場を果たし、世界大会の代表にも選出される。 倉敷高に進学後は、1年春から公式戦に出場し、1学年先輩の津田大樹が引退した後を受け、2年秋からエースとして活躍。3年春はベスト4、3年夏も岡山県予選準決勝まで進むも、優勝した倉敷商業高に敗れ甲子園出場は果たせなかった。 2008年10月30日に開かれた、プロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから2位指名を受け、同年11月18日に契約金6000万、年俸600万(金額は推定)で仮契約を結んだ。
小熊 凌祐(おぐま りょうすけ、1990年8月11日 - )… 小熊 凌祐(おぐま りょうすけ、1990年8月11日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(投手)。滋賀県大津市栗原(旧志賀町)出身。
髙島 祥平(たかしま しょうへい、1990年8月4日 - )… 髙島 祥平(たかしま しょうへい、1990年8月4日 - )は、埼玉県朝霞市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。現在は中日ドラゴンズの打撃投手。 朝霞市立朝霞第二小学校時代は野球が嫌いで、2年生から6年生までアイスホッケーのクラブチーム「西武ホワイトベアーズ」でディフェンダーを担当。主将を務めた6年生の時には関東大会で優勝。東京都選抜チームにも選出され全国大会第3位。朝霞市立朝霞第二中学校では野球好きの父親に請われる形で軟式野球部に入部。Kボールの埼玉県選抜チーム「藤倉オールスターズ」(現・埼玉スーパースターズ)ではエースとして全国優勝。続くアジア大会では準優勝。 帝京高校進学後は1年夏からベンチ入り。
西野 真弘(にしの まさひろ、1990年8月2日 - )は、… 西野 真弘(にしの まさひろ、1990年8月2日 - )は、東京都江戸川区出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。 南葛西小学校時代に「葛西キラーズ」で野球を始め、南葛西中学校では「浦安リトルシニア」に所属し、東海大学付属浦安高校では甲子園出場経験は無し。 国際武道大学4年生の時、千葉県大学野球リーグで春・秋の2季連続で二塁手のベストナインを獲得した。明治神宮野球大会では初戦で富士大・多和田真三郎にノーヒットノーランで敗れた。 JR東日本時代は1年目に第84回都市対抗野球大会でベスト8に進出、社会人野球ベストナインを獲得した(二塁手)。2年目には韓国で行われた第17回アジア競技大会の野球日本代表に選ばれ、4試合に出場、計8打数1安打だった。
木本 幸広(きもと ゆきひろ、1990年7月31日 - )は… 木本 幸広(きもと ゆきひろ、1990年7月31日 - )は、和歌山県和歌山市出身の元プロ野球選手(投手、外野手)。右投左打。プロでは育成選手であった。 和歌山県和歌山市生まれ。小学校1年から野球を始め、「野崎西若葉クラブ」に所属。2年から投手となったが、当時は練習嫌いで5年時には休部したこともある。中学時代はボーイズリーグの「和歌山黒潮」で主に投手を務めた。 県立日高高校中津分校では2年時から左翼手でレギュラーとなっていたが、2年秋の新チームから投手に転向。3年夏からエースに就き、第90回選手権和歌山大会の2回戦の伊都高校戦でノーヒットノーランを達成し一躍注目の的となった。エースで4番として県和歌山商や和歌山高専、市和歌山商に勝って決勝を迎えたが、智弁和歌山に3-5で惜敗し夏の甲子園初出場はならなかった。
赤川 克紀(あかがわ かつき、1990年7月31日 - )は… 赤川 克紀(あかがわ かつき、1990年7月31日 - )は、宮崎県宮崎市出身の元プロ野球選手(投手)。2008年度のドラフト会議で東京ヤクルトスワローズから1位指名を受け入団、2012年にはオールスターゲームに監督推薦で出場した。2015年限りで引退。
日高 亮(ひだか りょう、1990年7月19日 - )は、大… 日高 亮(ひだか りょう、1990年7月19日 - )は、大分県佐伯市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 大分県佐伯市立色宮小学校では5年生から色宮少年野球クラブで投手として野球を始めた。佐伯市立米水津中学校時代は軟式野球部に所属した。 日本文理大附高では1年の秋からベンチ入りを果たし、2年秋の県南リーグではノーヒットノーランを記録した。 2008年(3年春)は34年ぶりに大分県大会で優勝したが、九州大会では初戦敗退。大分大会では初戦の2回戦で大分高校に初回の3安打で2失点したものの2回以降無安打13奪三振の投球を見せて最速144km/hも記録した。チームは次の3回戦で敗退し、甲子園出場は叶わなかった。
戸狩 聡希(とがり としき、1990年6月26日 - )は、… 戸狩 聡希(とがり としき、1990年6月26日 - )は、愛知県出身の元野球選手(投手)。
福地 元春(ふくち もとはる、1990年6月21日 - )は… 福地 元春(ふくち もとはる、1990年6月21日 - )は、沖縄県名護市出身のプロ野球選手(投手)。横浜DeNAベイスターズ所属。
東浜 巨(ひがしはま なお、1990年6月20日 - )は、… 東浜 巨(ひがしはま なお、1990年6月20日 - )は、沖縄県与那城町(現:うるま市)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。現在は福岡ソフトバンクホークスに所属。
島井 寛仁(しまい ひろひと、1990年6月19日 - )は… 島井 寛仁(しまい ひろひと、1990年6月19日 - )は、沖縄県浦添市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。株式会社Wildball取締役。 浦添中学校時代に100メートル11.0秒の俊足を買われ、野球部に所属しつつ陸上競技会に出場していた。3年生の時には走り幅跳びで記録した6メートル81センチは、2012年時点でも沖縄県の中学生記録になっている。 興南高校への入学直後に三塁手のレギュラーを確保したが、1年生の夏から投手に転向。最速140km/hの速球を武器に、同学年の東浜巨(沖縄尚学高)、伊波翔悟(浦添商高)などと肩を並べる投手になったが、人間関係の問題から2年生の春に西原高校に編入した。
安田 裕希(やすだ ゆうき、1990年6月18日 - )は、… 安田 裕希(やすだ ゆうき、1990年6月18日 - )は、神奈川県横浜市港南区出身のプロ野球選手(内野手)。アメリカ合衆国やオーストラリアの独立リーグやサマーリーグなどでプレーした。 高校時代は横浜市立桜丘高等学校野球部の内野手としてプレーし、大学進学後は法政大学第二体育会準硬式野球部にてプレーした。大学在学中に千葉熱血MAKINGに入団。その後はアメリカで行われているカリフォルニア・ウィンターリーグ(スカウティングリーグ)に参加し、アメリカ独立リーグやサマーリーグなどでプレーをした。 2014年はアメリカ独立リーグのひとつであるペコス・リーグのダグラス・ディアブロスにてプレーし内野手として3割を超える打率を残した。
中村 悠平(なかむら ゆうへい、1990年6月17日 - )… 中村 悠平(なかむら ゆうへい、1990年6月17日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手(捕手)。 マネジメント契約はエイベックス・スポーツ。
矢島 陽平(やじま ようへい、1990年6月16日 - )は… 矢島 陽平(やじま ようへい、1990年6月16日 - )は、埼玉県加須市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小学4年生から野球を始める。駿河台大学では東京新大学野球リーグでチームは2部、3部に在籍する状況で登板機会にも恵まれなかった。4年生の時に関西独立リーグ・神戸サンズのトライアウトを受験し、合格。2012年の1シーズンプレーし、リリーフを中心に全64試合中39試合に登板した。同年オフ、ベースボール・チャレンジ・リーグの福井ミラクルエレファンツからドラフト1位指名を受け、入団。福井への入団は「NPBのスカウトの目に止まるようなポイントを作りたい」という理由であった。
篠原 慎平(しのはら しんぺい、1990年6月13日 - )… 篠原 慎平(しのはら しんぺい、1990年6月13日 - )は、愛媛県四国中央市出身の元プロ野球選手(投手)、女子野球監督。右投左打。 小学2年で軟式野球を始め、中学時代は川之江ボーイズ(第10期生)に所属。愛媛県立川之江高等学校では、1年夏に県大会4強、1年秋に四国大会8強、2年夏に県大会4強を経験するが、同校野球部の不祥事に巻き込まれ、同校を中退した。しかし、野球への思いを断ち切れず、独立リーグ・四国・九州アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)の愛媛マンダリンパイレーツに2008年入団。 愛媛マンダリンパイレーツ入団後は、1年目から公式戦に出場する。今治精華高等学校通信制課程松山校に通いながら19試合64.1回をこなし、4勝3敗、防御率3.36の成績を残した。
大田 泰示(おおた たいし、1990年6月9日 - )は、広… 大田 泰示(おおた たいし、1990年6月9日 - )は、広島県三次市出身のプロ野球選手(外野手、内野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。
山本 徹矢(やまもと てつや、1990年6月6日 - )は、… 山本 徹矢(やまもと てつや、1990年6月6日 - )は、兵庫県高砂市出身の元プロ野球選手(投手)。2008年のプロ野球ドラフト会議において千葉ロッテマリーンズに5位指名を受け、2009年よりプロ選手となる。以後1軍で11試合に登板し、2013年に引退した。
有馬 翔(ありま しょう、1990年6月5日 - )は、宮崎… 有馬 翔(ありま しょう、1990年6月5日 - )は、宮崎県宮崎市出身の元プロ野球選手(投手)。現在は、社会人野球のクラブチーム・新波に所属する。
髙木 伴(たかぎ ばん、1990年6月1日 - )は、埼玉県… 髙木 伴(たかぎ ばん、1990年6月1日 - )は、埼玉県川口市出身の社会人野球選手、元プロ野球選手(投手)。 飯塚小学校3年生の時にソフトボールを始めた。西中学校では軟式野球部で主に遊撃手だったが、川口市立川口高等学校では1年生時の冬に投手に転向した。高校3年間で甲子園出場経験は無く、東京農業大学では1年生時の春から出場、東都大学野球・2部リーグでは通算32試合で7勝6敗の成績だった。 大学卒業後にNTT東日本へ入社すると、第84回都市対抗野球大会の1回戦に先発登板、6回1/3を投げ自責点1、防御率1.42だった。10月には台湾で行われた「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表に選出された。