石田 健佑(いしだ けんすけ、1997年6月23日 - )は… 石田 健佑(いしだ けんすけ、1997年6月23日 - )は、日本の政治家。秋田県大館市長(1期)。元大館市議会議員(1期)。 秋田県大館市出身。父親の転勤により幼稚園年長で青森県青森市へ。青森市立南中学校、青森県立青森工業高等学校を卒業。卒業後は東京地下鉄株式会社で勤務した後、一般社団法人DMMアカデミー入社、DMM.com経営企画室等で勤務。その後20歳で渋谷にてIT・マーケティング事業を行う株式会社LaTierを起業したが、僅か半年で失敗した。同タイミングで祖父が体調を崩したことを祖母から聞き、故郷大館市へと帰郷。慶応義塾大学環境情報学部のAO入試<2018年9月第1学年入学者選考>において合格するも、入学金を払えずに断念。
鍋谷 暁(なべや あかつき、1994年(平成6年)9月5日 … 鍋谷 暁(なべや あかつき、1994年(平成6年)9月5日 - )は、日本の政治家。秋田県能代市長(1期)。元能代市議会議員(1期)。 秋田県能代市出身。能代市立向能代小学校、能代市立東雲中学校、秋田県立能代高等学校を経て、国際教養大学国際教養学部を卒業。 DOWAホールディングス株式会社を経て、参議院議員であった中泉松司の秘書に就任したが、父親の死去に伴い、2019年になべや製麺株式会社の代表取締役社長に就任。 2022年4月17日投開票の能代市議会議員選挙に立候補し、当選(1期、市長選挙への立候補に伴い2026年4月12日付けで失職)。1期目の在任中に、任期満了に伴う能代市長選挙に立候補。元県議会議員との一騎打ちの結果、初当選を果たした。
貴志 信智(きし のぶとも、1986年(昭和61年)10月2… 貴志 信智(きし のぶとも、1986年(昭和61年)10月27日 - )は、日本の政治家。埼玉県久喜市長(1期)。元久喜市議会議員(3期)。 秋田県秋田市生まれ。秋田県立秋田高等学校卒業後、当時埼玉県久喜市にキャンパスがあった東京理科大学に進学。当時市議だった石川忠義埼玉県議会議員の活動を知り、政治に興味を持つ。大学卒業後、化学メーカーに就職し東京都内で財務経理部門を務めたのち札幌市で営業を経験。その後三谷英弘衆議院議員公設秘書を務める。 2014年4月、久喜市議会議員選挙にみんなの党公認で立候補し、初当選。以後、3期連続当選。2014年、久喜市市議会選挙 27歳で立候補し、初当選(4,719票、トップ当選)2018年、久喜市市議会選挙で再選(7,584票、トップ当選)2022年、久喜市市議会選挙で再選(9,580票、トップ当選) 2026年2月27日、久喜市長選挙への立候補を表明。
中泉 松司(なかいずみ まつじ、1979年(昭和54年)5月… 中泉 松司(なかいずみ まつじ、1979年(昭和54年)5月7日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(1期)。元秋田県議会議員(2期)。 秋田県秋田市下新城の農家に生まれる。曾祖父、祖父、父は地方議会議員を務めた。秋田県立秋田高等学校卒業。1年浪人し、中央大学商学部に進学。2003年3月、同大学卒業。同年、斉藤滋宣参議院議員の事務所に勤務。 2004年7月、斉藤は元秋田テレビアナウンサーの新人、鈴木陽悦に敗れ落選。失業し、家業の農業に従事。 大学の同窓会で、清掃会社の株式会社友愛ビルサービス社長を務める先輩に会う。「農業をやっているが行き詰まっている」旨を話すと、「トイレ掃除からでよければ、うちに来て仕事をしていいよ」と言われ、2005年1月から同社に勤務。
寺田 学(てらた まなぶ、1976年9月20日 - )は、日… 寺田 学(てらた まなぶ、1976年9月20日 - )は、日本の政治家。 内閣総理大臣補佐官(行政改革及び社会保障・税一体改革等担当)(野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣・野田第3次改造内閣)、内閣総理大臣補佐官(行政刷新及び広報担当)(菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣)、内閣総理大臣補佐官(国家戦略、行政刷新担当)(菅直人内閣)、衆議院議員(7期)などを歴任。 父は参議院議員や秋田県知事などを歴任した寺田典城。母方の祖父は秋田県議会議員を務めた寺田栄四郎。妻は参議院議員の寺田静。 秋田県横手市生まれ。横手市立横手南小学校、横手市立横手南中学校、秋田県立横手高等学校普通科、中央大学経済学部卒業。
佐々木 康寛(ささき やすひろ、1975年〈昭和50年〉9月… 佐々木 康寛(ささき やすひろ、1975年〈昭和50年〉9月26日 - )は、日本の政治家。秋田県雄勝郡羽後町長(1期)。元羽後町議会議員(3期)。 秋田県雄勝郡羽後町出身。羽後高等学校を卒業し、ホテル勤務を経験した。 2016年の羽後町議会議員選挙で初当選を果たし、3期務めた。 2025年に行われる羽後町長選挙に無所属での立候補を表明し、同年4月6日に行われた投開票の結果、佐々木は元副町長の尾久和弘を破り、初当選を果たした。
後藤 良(ごとう りょう、1973年5月9日 - )は、秋田… 後藤 良(ごとう りょう、1973年5月9日 - )は、秋田県を拠点に活動する日本のダンサー、スポーツインストラクター、ローカルタレント、秋田市議会議員(第1期)。秋田市手形山南町在住。 秋田県仙北郡仙北町(現・大仙市)出身。 秋田県立大曲高等学校を卒業後、東京都内にスタジオを構えるダンサーたちに師事してダンスの経験を積む。またカポエイラにも着目し、1995年からカポエイラ・ヘジョナル・ジャパン (Capoeira Regional Japão) の創設者である矢部良に師事。ブラジル本部での修行などを経て、2003年にカポエイラのインストラクターに認定される。 カポエイラ普及活動のため、2004年に秋田へ帰郷。
鈴木 雄大(すずき たけひろ、1970年11月15日 - )… 鈴木 雄大(すずき たけひろ、1970年11月15日 - )は、日本の政治家。秋田県潟上市長(2期)。元秋田県議会議員(2期)。 秋田県南秋田郡天王町(現・潟上市)に生まれる。天王町立天王小学校、天王町立天王中学校を経て、秋田県立金足農業高等学校農業土木科に進学。1993年(平成5年)3月、中央大学法学部法律学科を卒業。同年4月、秋田県庁に入庁。 2014年(平成26年)12月、翌年(平成27年)の秋田県議会議員選挙への出馬意向を固め県庁を退職した。2015年(平成27年)、秋田県議会議員選挙に自由民主党公認で立候補し、初当選した。2019年(平成31年)、無投票で再選。 2021年(令和3年)3月28日告示、4月4日執行の潟上市長選挙に無所属で立候補し、無投票で初当選した。
田口 知明(たぐち ともあき、1970年〈昭和45年〉10月… 田口 知明(たぐち ともあき、1970年〈昭和45年〉10月6日 - )は、日本の政治家、実業家。秋田県仙北市長(2期)。過去には秋田県商工会青年部連合会会長や秋田県中小企業家同友会代表理事など歴任した。 秋田県仙北郡田沢湖町(現・仙北市)出身。田沢湖町立生保内小学校、田沢湖町立生保内中学校を卒業後、秋田県立角館高等学校へ進学した。生保内中学校、角館高校時代はともに生徒会長で剣道部主将だった。1989年(平成元年)に秋田県立角館高等学校を卒業する。 2009年(平成21年)、田口木材株式会社の代表取締役社長に就任した。 2012年(平成24年)、東北醤油株式会社の代表取締役専務となったが、2020年(令和2年)に退任した。
市川 雄次(いちかわ ゆうじ、1967年(昭和42年)4月2… 市川 雄次(いちかわ ゆうじ、1967年(昭和42年)4月24日- )は、日本の政治家。秋田県にかほ市長(3期)。 秋田県象潟町(現・にかほ市)に生まれる。秋田県立本荘高等学校、防衛大学校卒業。象潟町議会議員、にかほ市議会議員などを務める。 2017年(平成29年)10月29日に行われたにかほ市長選挙に立候補。自由民主党・公明党推薦の元秋田県議会議員の渋谷正敏を僅差で破り初当選を果たした。11月13日、市長就任。※当日有権者数:21,736人 最終投票率:70.97%(前回比:+2.18pts) 2021年(令和3年)10月31日に行われたにかほ市長選挙で、元にかほ市議会議員の齋藤光春を破り再選を果たした。
湊 貴信(みなと たかのぶ、1965年(昭和40年)8月26… 湊 貴信(みなと たかのぶ、1965年(昭和40年)8月26日- )は、日本の政治家。秋田県由利本荘市長(2期)。元由利本荘市議会議員(3期)。 秋田県秋田市生まれ。秋田市立八橋小学校、秋田市立高清水中学校、秋田市立秋田商業高等学校卒業。1984年(昭和59年)4月、秋田経済法科大学経済学部(現・ノースアジア大学)に入学。大学1年生の冬、父親の経営する会社が倒産し、生活が一変。学費や生活費を稼ぐためアルバイトに明け暮れる。この影響で2年時に留年。 1989年(平成元年)3月、秋田経済法科大学経済学部卒業。同年4月、日産サニー秋田販売(現・日産サティオ秋田)に就職。1991年(平成3年)4月、結婚を機に由利郡岩城町(現・由利本荘市岩城二古横砂子)の鶴潟団地へ転居。
石井 浩郎(いしい ひろお、1964年6月21日 - )は、… 石井 浩郎(いしい ひろお、1964年6月21日 - )は、日本の元プロ野球選手、政治家、実業家。自由民主党所属の参議院議員(3期)。 2010年、参議院議員選挙に自由民主党から立候補し、初当選。以降3回連続当選。秋田県南秋田郡八郎潟町出身。 八郎潟町立一日市小(6年生の時に統合して八郎潟町立八郎潟小学校となる)、八郎潟町立八郎潟中学校を卒業後、1980年に県内一の進学校であり、県内では野球強豪校でもある秋田県立秋田高等学校に進学。1年先輩に主将を務めた猿田和三がいた。1981年秋季東北大会に進み、東北高との1回戦で投手として先発、金子誠一と投げ合うがコールド負けを喫する。翌年夏も秋田大会で敗れ甲子園には出場できなかった。
松田 知己(まつた ともみ、1963年〈昭和38年〉9月1日… 松田 知己(まつた ともみ、1963年〈昭和38年〉9月1日 - )は、日本の政治家。秋田県仙北郡美郷町長(6期)。 秋田県仙北郡仙南村金沢西根二ツ柳出身。仙南村立仙南西小学校、同仙南中学校を卒業後、1982年に秋田県立横手高等学校を卒業。東北大学農学部に入学し、1986年3月に同大学同学部を卒業。同年4月、秋田県職員に採用された。 以後、秋田県の農政に携わり、1995年4月からは秋田県農業試験場(秋田市四ツ小屋)主任を務めた。同年8月、激しい選挙戦の末、仙南村長となった斎藤克己より助役就任の要請を受け、9月に秋田県庁を退職して助役に就く。 斎藤村長が1期で退任したのち、2000年8月の村長選に立候補して無投票当選し、37歳で仙南村長に就任した。
進藤 金日子(しんどう かねひこ、1963年7月7日 - )… 進藤 金日子(しんどう かねひこ、1963年7月7日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。自由民主党所属の参議院議員(2期)。 財務大臣政務官、総務大臣政務官兼内閣府大臣政務官、全国土地改良政治連盟顧問を歴任した。 秋田県協和町(現・大仙市)船岡出身。現在は千葉県在住。農家の家に4人兄弟の次男として産まれる。「金日子」の名前は町議も務めた父親が雷が鳴った時に産まれた子供の名前には「金」の字をつけるという習わしと、7月7日の七夕の日に産まれたことから「彦」の字をつけ、「金彦」としようとしたがどちらの字も「剛」であることから、農家にとって重要な「日」と位の高い人物につける字である「子」を合わせたという。
佐藤 一夫(さとう かずお、1963年(昭和38年)5月2日… 佐藤 一夫(さとう かずお、1963年(昭和38年)5月2日- )は、日本の政治家。秋田県湯沢市長(2期)。 秋田県湯沢市出身。秋田県立湯沢高等学校、中央大学卒業後、旧湯沢市役所財政課に就職。 2019年4月、当時市長だった鈴木俊夫により副市長に任命される。 2020年、鈴木の引退宣言を受け湯沢市長選挙に出馬表明。自由民主党籍を有するものの、元日本共産党員であった鈴木市政の発展的継承を訴え、2021年4月4日に行われた湯沢市長選挙に無所属で立候補。元市議の高橋大輔ら2候補を破り初当選した。 2025年、無投票で再選。
大友 孝徳(おおとも たかのり、1962年7月17日 - )… 大友 孝徳(おおとも たかのり、1962年7月17日 - )は日本の政治家、経営者。由利本荘市議会議員(1期目)。 本名は大友 孝徳(読み同じ、政治家としては本名名義)。秋田県本荘市(現:由利本荘市)出身。18歳で上京し、32歳でアパレル系の企画会社を経営。廃業後の2017年、37年ぶりに帰郷。その後、2018年5月に自己破産し、大友商店の屋号で再スタートを切る。大友商店では、「鳥海山麓ごっつぉ蕎麦」や秋田県の物産を扱うECサイトを開設。 大友商店に加え、「ゆりぷらざ」や「自由食堂」を次々と開業させ、子供たちのために子ども食堂も開業している。 また本荘駅前市場で「昼市」「夜市」「さいかい市」などを開催し、地域の賑わいに努めている。
門脇 光浩(かどわき みつひろ、1960年(昭和35年)7月… 門脇 光浩(かどわき みつひろ、1960年(昭和35年)7月26日 - )は、日本の政治家。元秋田県仙北市長(3期)、秋田県議会議員(2期)。 秋田県仙北郡西木村(現仙北市西木町)出身。1979年(昭和54年)、秋田県立角館高等学校卒業。1981年(昭和56年)3月、秋田県立農業短期大学畜産科卒業。同年4月、西木村役場に採用される。2002年(平成14年)9月、西木村役場を退職。 2003年(平成15年)4月、秋田県議会議員選挙に出馬し初当選。2期務めたのち、2009年(平成21年)9月に辞職。 2009年(平成21年)10月25日に行われた仙北市長選挙に出馬。現職の石黒直次を破り初当選(門脇:13,229票、石黒:7,037票)。
菅原 美智子(すがわら みちこ、1958年〈昭和33年〉12… 菅原 美智子(すがわら みちこ、1958年〈昭和33年〉12月14日 ‐ )は、日本のフリーアナウンサー、政治家。福島市議会議員(1期)。 秋田県仙北郡仙北町(現・大仙市)出身。聖霊女子短期大学英語科卒業。小学生から高校生時代まで放送のクラブで活動していた。 1981年4月、アナウンサーとしてラジオ福島に入社。自分の番組で寄せられたイラストやポエムの中から選りすぐった作品を集めて、手作りのポエム集を発行したことがあった。 1984年度の日本民間放送連盟賞のCM部門で、ラジオCM優秀賞を受賞。 2019年3月、ラジオ福島を定年退職。フリーとして活動。退職後も担当した一部の番組は2023年5月まで継続して出演。
穂積 志(ほづみ もとむ、1957年4月5日 - )は、日本… 穂積 志(ほづみ もとむ、1957年4月5日 - )は、日本の政治家。秋田市長。秋田市出身。
戸田 久和(とだ ひさよし、1956年1月24日 - )は、… 戸田 久和(とだ ひさよし、1956年1月24日 - )は、日本の政治家。元大阪府門真市議会議員(5期)。全日本建設運輸連帯労働組合(連帯ユニオン)近畿地方本部顧問。 秋田県南秋田郡天王町(現潟上市)出身。秋田県立秋田高等学校から大阪大学人間科学部に進学。在学中は新左翼のノンセクト・ラジカルとして学寮廃止阻止などの運動に従事する。 卒業後は連帯ユニオンの委員などを経て、1999年門真市議会議員選挙に「市民派」を掲げて立候補、最下位で当選する。所属会派はないが辻元清美らの支援を受ける。2003年の門真市議会議員選挙ではトップ当選し、二期目を務める。かつては「鮮烈市民派」と称していたが、現在は「鮮烈左翼」と称している。
山本 喜代宏(やまもと きよひろ、1955年11月11日 -… 山本 喜代宏(やまもと きよひろ、1955年11月11日 - )は、日本の政治家、農業従事者。元衆議院議員(1期)。
冨樫 博之(とがし ひろゆき、1955年〈昭和30年〉4月2… 冨樫 博之(とがし ひろゆき、1955年〈昭和30年〉4月27日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(6期)、衆議院国土交通委員長。 総務副大臣、復興副大臣、総務大臣政務官、自民党秋田県連会長、秋田県議会議長(第62代)、秋田県議会議員(5期)等を務めた。 秋田県秋田市太平生まれ。生家は農家。秋田県立秋田工業高等学校定時制、秋田経済大学(現ノースアジア大学)経済学部経済学科卒業。大学卒業後、16年にわたり野呂田芳成参議院議員(後に衆議院議員)の秘書を務める。 1995年、秋田県議会議員選挙に出馬し、初当選した。県議を5期務め、2009年に第62代秋田県議会議長に選出された。 2012年11月、秋田県議会議員を5期目の任期途中で辞職し、第46回衆議院議員総選挙に秋田1区から自由民主党公認で出馬。
老松 博行(おいまつ ひろゆき、1955年(昭和30年)1月… 老松 博行(おいまつ ひろゆき、1955年(昭和30年)1月24日 - )は、日本の政治家。秋田県大仙市長(3期)。 秋田県大曲市川目(現・大仙市川目)に生まれる。大曲市立大曲中学校、秋田県立横手高等学校卒業。1977年(昭和52年)3月、北海道大学農学部卒業。4月に大曲市役所に入所。 2005年(平成17年)3月22日、大曲市は仙北郡6町1村(神岡町・西仙北町・中仙町・協和町・南外村・仙北町・太田町)と合併。大仙市が発足。2006年(平成18年)、大仙市役所総務部長に就任。2012年(平成24年)、副市長就任。 2017年(平成29年)2月上旬、栗林次美市長が健康上の理由により、次期市長選への不出馬を表明したため、副市長を辞任。
佐藤 正一郎(さとう しょういちろう、1953年2月25日 … 佐藤 正一郎(さとう しょういちろう、1953年2月25日 - )は、日本の政治家。秋田県議会議員(4期)、元羽後町長(3期)、元羽後町議会議員(3期)。秋田県羽後町出身。秋田県立大曲農業高等学校卒業。 27歳で羽後町議会議員選挙に立候補し、初当選(3期11年)。三度目の町長選出馬となった42歳で、羽後町長に就任。 3期にわたって町長を務め、地域活性化や財政再建に積極的に取り組んだ。秋田県知事選挙に2度立候補するがいずれも落選(町長の3期目は知事選出馬のため途中辞職)。 2013年に行われた、秋田県議会議員の湯沢市・雄勝郡選挙区の補欠選挙に出馬し、初当選。2015年、2019年の本選挙では無投票で再選、2023年の選挙で最多得票で再選され、現在4期目となる。
渡部 幸男(わたなべ ゆきお、1952年(昭和27年)3月4… 渡部 幸男(わたなべ ゆきお、1952年(昭和27年)3月4日 - )は、日本の政治家。元秋田県男鹿市長(2期)、元秋田県議会議員(1期)。 秋田県男鹿市出身。秋田県立秋田高等学校、慶應義塾大学商学部卒業。1995年(平成7年)、秋田県議会議員選挙で初当選し、県議を1期務める。1999年(平成11年)の選挙で、当時の旧男鹿市選挙区での定数減(2→1)により、加藤義康との現職同士の選挙戦に敗れて落選。その後、港湾荷役会社長、船川港港湾振興会長などを歴任した。 2009年(平成21年)4月3日付で男鹿市(新制)初代市長の佐藤一誠が、任期満了直前で当時現職県議だった加藤義康が市長選出馬を理由に辞職したことに伴って行われる県議補選出馬のため失職。
菅原 広二(すがわら こうじ、1951年(昭和26年)10月… 菅原 広二(すがわら こうじ、1951年(昭和26年)10月28日 - )は、日本の政治家。秋田県男鹿市長(3期)。元秋田県議会議員(2期)。 秋田県南秋田郡脇本村(現・男鹿市脇本富永字野田)に生まれる。1967年(昭和42年)3月、男鹿市立脇本中学校卒業。中学時代は相撲部に所属し、全県大会で個人優勝した。1970年(昭和45年)3月、秋田県立秋田高等学校卒業。3年生のときラグビー部キャプテンをつとめた。1975年(昭和50年)3月、日本大学理工学部土木工学科卒業。同年4月、秋田県庁に入庁。1981年(昭和56年)4月、石材の採石加工業の会社に転職。1994年(平成6年)3月、同社代表取締役副社長に就任。
奥山 恵美子(おくやま えみこ、1951年(昭和26年)6月… 奥山 恵美子(おくやま えみこ、1951年(昭和26年)6月23日 - )は、日本の地方公務員、政治家。旧姓は熊地。 2009年から2017年まで仙台市長を2期務めた。宮城県初の女性首長、政令指定都市初の女性市長である。 1951年、秋田県秋田市生まれ。幼少期から国家公務員だった父親の転勤に伴い各地を転々とした。秋田県立秋田高等学校に入学するが、2年生のときに岩手県立盛岡第一高等学校に転校する。東北大学経済学部卒業後、東京都(世田谷区)勤務を経て、仙台市役所入庁。市役所では生涯学習課長、女性企画課長、せんだいメディアテーク館長、市民局次長、教育長を歴任。副市長に在職中の2007年、仙台市教育委員会教員採用試験の合否通知をめぐる不正問題で渦中の人となった。
柴田 正敏(しばた まさとし、1950年〈昭和25年〉12月… 柴田 正敏(しばた まさとし、1950年〈昭和25年〉12月27日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の秋田県議会議員(6期)。 秋田県議会議長(第68代)、雄物川町議会議員(1期)、全国都道府県議会議長会会長(第73代)などを歴任。 秋田県平鹿郡雄物川町(現在の横手市)で出生。雄物川町立福地小学校、雄物川町立雄物川中学校を経て、1969年(昭和44年)に秋田県立横手高等学校を卒業。高校卒業後は東京での生活を夢見ていたが、母からの頼みで農業を継ぐことなり、卒業と同時に就農。その後、全国農協青年組織協議会委員長や雄物川中学校PTA会長を歴任。 農業を営む中で自立した農業はできないものかと悩み、自身は仲間と共同でキノコの栽培をすることとなったが、全ての農業者が自立していくためには制度を変える事が必要だと考え、1999年(平成11年)、雄物川町議会議員選挙に出馬し、初当選。
鈴木 俊夫(すずき としお、1950年(昭和25年)8月11… 鈴木 俊夫(すずき としお、1950年(昭和25年)8月11日 - )は、日本の政治家。元秋田県湯沢市長(3期)。 秋田県湯沢市出身。秋田県立湯沢高等学校(2学年先輩に菅義偉がいる)、岩手大学農学部農学別科畜産専攻科を卒業。大学在学中に日本共産党へ入党し、1983年(昭和58年)から湯沢市議会議員、1991年(平成3年)から秋田県議会議員をそれぞれ2期務める(1999年落選)。その後、2001年(平成13年)の第19回参議院議員通常選挙(落選)をへて、翌2002年に行われた旧湯沢市長選に出馬表明する。 「開かれた市政をつくるみんなの会」を支持母体として、黒塗り公用車の廃止や市長報酬3割カット、市長交際費半減などを公約に掲げ選挙戦を展開。
あべ 十全(あべ じゅうぜん、1950年6月15日 - )は… あべ 十全(あべ じゅうぜん、1950年6月15日 - )は、日本のローカルタレント、歌手、政治家。秋田県由利本荘市議会議員(2期)。ボランティアサークル「ビーンズ会」会長。 本名は阿部 十全(読み同じ、政治家としては本名名義)。秋田県本荘市(現:由利本荘市)出身(生まれは旧由利郡東由利町)。1973年、フォークグループ『田吾作』としてデビュー。『田吾作音頭』がヒットした。1987年10月15日から2017年9月18日まで、秋田放送の人気ラジオ番組『歌謡曲ふれあいリクエスト』に出演、親近感のある秋田弁トークが人気を博す。 2017年10月22日に由利本荘市議会議員選挙に当選。2021年10月17日の市議選にも再選。
京野 公子(きょうの きみこ、1949年12月25日 - )… 京野 公子(きょうの きみこ、1949年12月25日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(1期)、秋田県議会議員(1期)を歴任。 1949年12月25日、秋田県湯沢市に生まれる。秋田県立湯沢高等学校卒業後(菅義偉の1年後輩)、早稲田大学第一文学部入学。在学中に結婚し、中退。1977年、夫と共に株式会社「協同企画」を立ち上げ。1979年、湯沢ロイヤルホテルを設立。1993年、フランスへ半年間短期留学。 1999年、秋田県議会議員選挙に無所属で出馬(湯沢市選挙区)、落選。2003年、秋田県議会議員選挙に再度出馬、初当選(湯沢市選挙区)。議会会派「いぶき」に参加。議会では農林水産委員会の副委員長を務めた。
金田 勝年(かねだ かつとし、1949年〈昭和24年〉10月… 金田 勝年(かねだ かつとし、1949年〈昭和24年〉10月4日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。勲等は旭日大綬章。 衆議院議員(5期)、法務大臣(第97代)、農林水産政務次官(小渕再改造内閣・第1次森内閣)、外務副大臣(第3次小泉改造内閣)、衆議院財務金融委員長、参議院厚生労働委員長、衆議院予算委員長、参議院議員(2期)、自由民主党幹事長代理、自由民主党秋田県連会長、自民党たばこ議員連盟副会長、自由民主党総務会長代行等を歴任。 秋田県南秋田郡昭和町(現・潟上市)生まれ。東北電力に勤務する父親の関係で、昭和町、雄勝町(現・湯沢市)、増田町(現・横手市)で過ごす。増田中学校、秋田高校卒業後、浪人して高校の同級生であった銭谷真美(後の文部科学事務次官)とともに東京大学進学を目指すも東大紛争で東大入試が中止となったため、一橋大学経済学部に入学。
桐ケ谷 覚(きりがや さとる、1949年(昭和24年)3月2… 桐ケ谷 覚(きりがや さとる、1949年(昭和24年)3月24日 - )は、日本の政治家、実業家。神奈川県逗子市長(2期)。 秋田県大館市出身。親は食料品の問屋を営んでいた。秋田県立大館鳳鳴高等学校を経て、立教大学経済学部経済学科に入学。在学中に現在の妻と知り合う。妻との出会いがきっかけで1882年(明治15年)創業の工務店、桐ヶ谷材木店を継ぐことになる。大学を卒業した1972年(昭和47年)、修業のため建材問屋に就職。1976年(昭和51年)、横須賀市の工務店に入社。また、小泉純一郎衆議院議員の選挙の応援を経験。 1981年(昭和56年)、桐ヶ谷材木店に入社(この年、キリガヤに社名変更)。1992年(平成4年)、キリガヤの代表取締役に就任。
鈴木 陽悦(すずき ようえつ、1949年1月10日 - )は… 鈴木 陽悦(すずき ようえつ、1949年1月10日 - )は、日本の政治家。民主党の元参議院議員(1期)。 秋田県秋田市出身。中央大学付属高等学校[要出典]、中央大学経済学部[要出典]卒業。なお、同郷の小倉智昭は高清水小学校、中央大付属高校の1年先輩である。学生時代からSFファンとして、SF同人誌を主催するなど活発に活動。現在も「秋田SF研究所」特別顧問をつとめる他、SF大会などにゲストとして参加。高千穂遥、永井豪らと交友がある[要出典]。 1971年4月に秋田テレビのアナウンサーとして入社、記者やニュースデスクを経験した他、鹿角市の黒又山の学術調査に携わり、これについての本を出版する。2004年1月に退社して、同年7月、第20回参議院議員通常選挙に秋田県選挙区から民主党と社会民主党の推薦を受け、無所属で立候補して初当選する。
菅 義偉(すが よしひで、1948年〈昭和23年〉12月6日… 菅 義偉(すが よしひで、1948年〈昭和23年〉12月6日 - )は、日本の政治家。 内閣総理大臣(第99代)、内閣官房長官(第81代・第82代・第83代)、拉致問題担当大臣(第4次安倍第1次改造内閣・第4次安倍第2次改造内閣)、沖縄基地負担軽減担当大臣(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣・第3次安倍第1次改造内閣・第3次安倍第2次改造内閣・第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣・第4次安倍第1次改造内閣・第4次安倍第2次改造内閣)、国家安全保障強化担当大臣(第2次安倍内閣)、内閣府特命担当大臣(地方分権改革)(第1次安倍内閣)、総務大臣(第7代 )、郵政民営化担当大臣(第1次安倍内閣)、総務副大臣(第3次小泉改造内閣)、経済産業大臣政務官(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、国土交通大臣政務官(第1次小泉内閣)、衆議院議員(10期)、横浜市議会議員(2期)、自由民主党総裁(第26代)、自由民主党副総裁(第18代)、自由民主党幹事長代行(第2代)を歴任した。
小畑 元(おばた はじめ、1948年(昭和23年)7月25日… 小畑 元(おばた はじめ、1948年(昭和23年)7月25日 - )は、日本の政治家、官僚。元大館市長(6期)。叔父は秋田県知事を6期(1955年~1979年)務めた小畑勇二郎。 スピーカー作りが趣味であり自宅に工房を持っている。大館市立中央公民館や大町商店街振興組合に自作の手作りスピーカーを寄贈している。 そして健康に気を使い夜遅い時間帯や土日の休日の朝早い時間帯には、大館市内をウォーキングをしている。 他にストレス解消に皿洗いもする。過去に国政選挙に出馬した際、リーフレットの趣味の欄に皿洗いと書き亡き母に怒られたというエピソードもある。また、市長時代は出勤前に「大館のために」と3回唱えてから出勤していた。
三井 マリ子(みつい マリこ、1948年5月21日 - )は… 三井 マリ子(みつい マリこ、1948年5月21日 - )は、日本の政治家。 秋田県横手市出身。秋田県立横手高等学校からお茶の水女子大学文教育学部を卒業(専攻は英米文学)。米国コロンビア大学・大学院修士課程を修了(専攻は比較教育学、女性学)。上智大学法学部に学士入学するが、後に中退。桐朋女子中学校・高校、野津田高校、駒場高校の英語教員を経て、1987年4月の東京都議会議員補欠選挙に日本社会党公認で杉並区選挙区より立候補して初当選を果たし、以後2期務める。その後、1993年1月13日、社会党に離党届を提出した。同年7月2日に都議を辞職した。同月18日第40回衆議院議員総選挙に旧東京4区より無所属で立候補するが定数5に対し、8位で落選した。
栗林 次美(くりばやし つぐみ、男性、昭和23年(1948年… 栗林 次美(くりばやし つぐみ、男性、昭和23年(1948年)2月25日 - )は、日本の政治家。元秋田県大仙市長(3期)。元大曲市長(1期)。 秋田県大曲市出身。秋田県立横手高等学校から上智大学経済学部に進み、1970年(昭和45年)、同大学同学部の経済学科を卒業した。父は衆議院議員だった栗林三郎。 出版社ダイヤモンド・タイム社(現、プレジデント社)に入社して月刊誌『プレジデント』の編集や書籍の企画と宣伝を担当した。1976年以降は父栗林三郎および細谷昭雄衆議院議員の国会秘書を経て、1983年(昭和58年)、秋田県議会議員選挙に初出馬したが落選した。1987年4月の県議選では初当選を果たした。
佐竹 敬久(さたけ のりひさ、1947年〈昭和22年〉11月… 佐竹 敬久(さたけ のりひさ、1947年〈昭和22年〉11月15日 - )は、日本の政治家。前秋田県知事(公選第17・18・19・20代)。無所属。 秋田市長(第17代)、全国市長会会長(第27代)などを歴任。佐竹北家の末裔で21代目にあたる。秋田県仙北郡角館町(現在の仙北市)出身。曾祖父の佐竹義尚は男爵に列しており、華族の家柄である。 秋田県仙北郡角館町(現:仙北市)に生まれる。1966年(昭和41年)3月、地元の秋田県立角館高等学校卒業。1971年(昭和46年)3月、東北大学工学部精密工学科卒業。1972年(昭和47年)3月、秋田県庁に入庁して県庁職員(地方公務員)として勤務した。商工部門、総務部次長を歴任した。
横山 忠長(よこやま ただなが、1947年(昭和22年)10… 横山 忠長(よこやま ただなが、1947年(昭和22年)10月8日 - )は、日本の政治家。元秋田県にかほ市長(3期)、元象潟町長(1期)。 秋田県象潟町(現・にかほ市)に生まれる。1966年(昭和41年)3月、秋田県立西目農業高等学校(現・秋田県立西目高等学校)農業土木科卒業。同年4月、象潟町役場に採用される。 2004年(平成16年)、象潟町長に就任。 2005年(平成17年)10月1日、象潟町は仁賀保町、金浦町と新設合併を行い廃止。にかほ市が発足。11月に行われた市長選に出馬し初当選した。 2016年(平成28年)6月13日、市町村合併前の旧3町の役場を活用した分庁方式を廃止し、象潟庁舎に一本化する考えを明らかにした。
五十嵐 忠悦(いがらし ちゅうえつ、1947年(昭和22年)… 五十嵐 忠悦(いがらし ちゅうえつ、1947年(昭和22年)7月18日 - )は、日本の政治家。秋田県横手市長を2期、旧横手市長を3期務めた。 武蔵大学経済学部を卒業後、都内の印刷会社勤務を経て帰郷。家業の印刷業に従事する。 1997年、当時の横手市長・寺田典城が秋田県知事選挙に立候補するため、市長を退職。寺田の退職に伴って実施された横手市長選挙に立候補し、初当選した。2001年にも再選され、2005年には無投票で3選。 2005年10月1日、旧横手市と増田町・平鹿町・雄物川町・大森町・十文字町・山内村・大雄村の8町村が対等合併し、新・横手市が誕生。それに伴い10月23日に実施された市長選挙で旧平鹿町長の柿崎幹夫ら2候補を破り、新市の市長として初当選。
児玉 一(こだま ひとし、1947年(昭和22年)1月22日… 児玉 一(こだま ひとし、1947年(昭和22年)1月22日 - )は、日本の政治家。秋田県鹿角市長(4期)。 秋田県鹿角郡花輪町(現・鹿角市)出身。秋田県立十和田高等学校卒業後、家業の農業、旧花輪町役場の臨時職員を経て、1970年(昭和45年)4月に同町役場に正式採用される。 1972年(昭和47年)4月1日、花輪町、十和田町、尾去沢町、八幡平村が合併し、鹿角市が発足。鹿角市役所産業部長、総務部長などを務めたあと、2004年(平成16年)5月、鹿角市助役に就任。 2005年(平成17年)、佐藤洋輔鹿角市長が健康上の理由により任期途中で辞任。同年7月3日に行われた市長選挙に立候補し初当選した。 2009年(平成21年)、再選。
齊藤 光喜(さいとう みつよし、1946年(昭和21年)6月… 齊藤 光喜(さいとう みつよし、1946年(昭和21年)6月16日 - )は、日本の政治家。秋田県前湯沢市長(2期)。元湯沢市議会議員(2期)、元稲川町議会議員(3期)。 秋田県稲川町(現・湯沢市)生まれ。秋田県立湯沢高等学校卒業。1969年(昭和44年)3月、中央大学商学部商業貿易学科卒業。同年4月、財団法人東京都ユースホステル協会に就職。 1978年(昭和53年)4月、株式会社稲庭うどん販売を設立。1989年(平成元年)4月、同社の専務取締役に就任。 1996年(平成8年)4月、稲川町議会議員選挙に初当選。 2005年(平成17年)3月22日 - 旧湯沢市・雄勝町・稲川町・皆瀬村が合併し、新市制の湯沢市が誕生。
佐藤 洋輔(さとう ようすけ、1943年(昭和18年)7月2… 佐藤 洋輔(さとう ようすけ、1943年(昭和18年)7月28日 - 2005年(平成17年)7月16日)は、日本の政治家。秋田県鹿角市長。 秋田県出身。1962年、秋田県立花輪高等学校卒。鹿角市議会議員、同議長を経て、2000年、鹿角市長に当選する。2004年に再選。翌2005年、病気のため辞任、同年7月に死去した。死没日をもって旭日小綬章追贈、正五位に叙される。
髙松 和夫(たかまつ かずお、1942年4月10日 - )は… 髙松 和夫(たかまつ かずお、1942年4月10日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(1期)、国民の生活が第一国会対策委員会副委員長・秋田県総支部連合会代表、秋田県議会議員(5期)などを歴任した。 秋田県山本郡山本町(現・三種町)出身。秋田県立能代高等学校卒業後、中央大学に進学。卒業後は同大学院社会学専攻修士課程を修了した。経営コンサルタントを務めていた。 1991年秋田県議会議員選挙に、当時の山本郡選挙区(現在は、区割り変更により、「能代市・山本郡選挙区」)より出馬し、斉藤滋宣(現・能代市長)と共に初当選。当時は自民党員であった。自民党離党後の1999年の県議選で3選を目指すも、参議院議員に鞍替えした斉藤の後継候補の武田英文(旧二ツ井町地盤)、および現在の八峰町を地盤とする金谷信栄の両自民党候補に阻まれ落選(以降、山本郡の南部3町→現在の三種町を地盤とする県議は区割り変更された現在まで出ていない)。
寺田 典城(てらた すけしろ、1940年(昭和15年)6月1… 寺田 典城(てらた すけしろ、1940年(昭和15年)6月19日 ‐ )は、日本の政治家。旧姓は小原。 参議院議員(1期)、秋田県知事(民選第14・15・16代)、秋田県横手市長(2期)、秋田経済法科大学理事長、結いの党副代表、維新の党参議院議員会長などを務めた。また、知事在任中、全国知事会副会長、北海道東北知事会会長を務めた。 秋田県仙北郡大川西根村(現、大仙市)生まれ。秋田県立横手高等学校、早稲田大学第二法学部卒業。横手市の寺田家に婿入りし、石油小売会社テラセキ及び建設会社や創和建設の社長を務める。 1991年、横手市長選挙に出馬し、新人4人が立候補した混戦を制して初当選(現職の千田謙蔵市長は不出馬)。
石黒 直次(いしぐろ なおつぎ、1940年(昭和15年)4月… 石黒 直次(いしぐろ なおつぎ、1940年(昭和15年)4月18日 - )は、日本の政治家。元秋田県仙北市長。旧角館町(現・仙北市)長。 秋田県仙北郡角館町出身。秋田県立角館高等学校を経て、東北大学工学部精密工学科卒、同大学大学院工学研究科修士課程修了。修了後は神戸製鋼所に入社、圧縮機設計課長などを歴任する。1988年、帰郷し、横手市の横手精工に入社し、工場長となる。1994年、角館町助役に就任、2005年、同町長に当選する。同年、角館町は田沢湖町、西木村と合併し、仙北市が発足、合併後の市長選挙に立候補し、元西木村長と元田沢湖町課長を破って当選した。仙北市長を1期務め、2009年の市長選挙では再選を目指したが、元秋田県議の門脇光浩に敗れた。
杉江 宗祐(すぎえ むねゆう、1939年(昭和14年)10月… 杉江 宗祐(すぎえ むねゆう、1939年(昭和14年)10月28日 - 2019年(令和元年)11月29日)は、日本の政治家。秋田県鹿角市長。位階は従五位。 秋田県鹿角郡花輪町(現・鹿角市)六日町出身。秋田県立花輪高等学校を卒業後は花輪町(現・鹿角市)役場に勤める、総務部財政課長、同総務課長、民生部保健課長を歴任し、1988年、鹿角市長に初当選する。1992年、1996年に再選。2000年に落選。2003年に秋田県議会議員に当選した。2019年死去。死没日付をもって従五位に叙された。
石川 錬治郎(いしかわ れんじろう、1939年6月22日 -… 石川 錬治郎(いしかわ れんじろう、1939年6月22日 - 2021年10月29日)は、日本の政治家。秋田市長(3期)、秋田県議会議員(1期)を務めた。 秋田県南秋田郡五城目町字杉沢生まれ。秋田県立秋田高等学校、早稲田大学文学部を卒業。東京大学大学院農学系研究科農業経済専攻修士課程修了。 千葉大学園芸学部助手などを経て、1983年の第13回参議院議員通常選挙に日本社会党公認で秋田県選挙区より立候補し、落選。1986年の第14回参議院議員通常選挙にも立候補したが、落選。 1989年、秋田市長選挙に立候補したが、現職の高田景次に敗れ落選。1990年、高田の辞任に伴う秋田市長選挙に立候補し初当選。以後3期連続当選する。
煙山 力(けむりやま つとむ、1938年〈昭和13年〉11月… 煙山 力(けむりやま つとむ、1938年〈昭和13年〉11月28日 - )は、日本の政治家。元東京都文京区長(2期)。 秋田県仙北郡千屋村(千畑町を経て、現在の美郷町)に生まれる。秋田県立横手高等学校卒業。東北大学教育学部中退。国会議員秘書、専門学校理事を経て、1975年〈昭和50年〉文京区議会議員選挙に自由民主党公認で立候補し、初当選。以来連続6回当選。その後区議会議長となる。後に新進党に移った。 1999年〈平成11年〉文京区長選挙に立候補し初当選する。2003年〈平成15年〉に再選。区長を2期務め、2007年〈平成19年〉に引退した。2009年〈平成21年〉4月29日に旭日小綬章を受章した。