大島 登志彦(おおしま としひこ、1954年 - )は、日本… 大島 登志彦(おおしま としひこ、1954年 - )は、日本の地理学者。高崎経済大学地域科学研究所名誉研究員。高崎経済大学名誉教授。上毛電鉄友の会会長。工学博士(日本大学)。 専門は人文地理学、交通地理学、交通史、産業考古学。研究テーマはスイッチバックと東武バス。 群馬県出身。群馬県立前橋高等学校を経て、1977年3月東北大学工学部電気系・通信工学科卒業、1982年3月群馬大学教育学部社会科学専攻卒業、1985年3月東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了。 1977年4月ナカヨ通信機入社(1978年3月まで勤務)、1985年4月群馬県立嬬恋高等学校教諭、1988年4月群馬工業高等専門学校講師、1991年4月同高専助教授、1999年4月高崎経済大学経済学部助教授、2001年4月同大学教授を経て、2020年7月より同大学地域科学研究所名誉研究員。
清水 康夫(しみず やすお、1954年 - )は、日本の工学… 清水 康夫(しみず やすお、1954年 - )は、日本の工学者、技術者。群馬県藤岡市出身。本田技研工業の本田技術研究所主任研究員。自動車技術会会員・日本機械学会会員。電動パワーステアリング(EPS)の発明者。可変ギヤ比ステアリング(VGS)の発明者。
釜萢 敏(かまやち さとし、1953年7月5日 - )は、日… 釜萢 敏(かまやち さとし、1953年7月5日 - )は、日本の医師・医学者、政治家。自由民主党所属の参議院議員(1期)。医学博士(日本医科大学・1984年)。公益社団法人日本医師会・副会長、小泉小児科医院・院長、公益社団法人日本医師会・常任理事、内閣新型インフルエンザ等対策推進会議委員。厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード構成員、新型コロナウイルス感染症対策分科会委員などを務めた。2025年、引退表明した羽生田俊に代わり第27回参議院議員通常選挙に日本医師会の組織内候補として立候補し当選した。 群馬県高崎市出身。1972年(昭和47年)東京教育大学附属駒場高等学校卒業。1978年(昭和53年)日本医科大学医学部卒業。
山田 正行(やまだ まさゆき、1953年 - )は、日本の教… 山田 正行(やまだ まさゆき、1953年 - )は、日本の教育社会学者、大阪教育大学名誉教授。 群馬県桐生市生まれ。父・政雄は水戸の航空隊の特攻隊員で、出撃前に終戦。第一子に「正行(まさゆき)」と名づけ、「まさつら」とも読むと教えた(『アイデンティティと時代』pp.19-20)。 1973年、亀有セツルメント加入(セツラー・ネームはブク)。1979年東京大学文学部社会学科卒、1984年同大学院教育学研究科博士課程満期退学。2006年「平和教育の思想と実践 宮原社会教育学の意義と継承」で博士(教育学)。東大教育学部助手、秋田大学助教授、教授、2003年大阪教育大学教授。2019年大阪教育大学名誉教授 。
高橋 英樹(たかはし ひでき、1953年 - )は、日本の植… 高橋 英樹(たかはし ひでき、1953年 - )は、日本の植物学者。専門は植物生態地理学、植物形態学。北海道大学総合博物館特任教授。北海道大学名誉教授。理学博士(東北大学)。 1953年、群馬県高崎市生まれ。1972年、静岡県立静岡高等学校卒業。1976年、東北大学理学部生物学科卒業。1981年、東北大学大学院理学研究科生物学専攻博士課程修了。1981年、北海道大学農学部附属植物園助手。1989年、同植物園助教授。1999年、北海道大学総合博物館教授。2017年、北海道大学総合博物館資料基礎研究系特任教授。Botanica Pacifica 編集委員。
松原 隆介(まつばら りゅうすけ、1952年6月 - )は、… 松原 隆介(まつばら りゅうすけ、1952年6月 - )は、日本の指揮者・教育学者。現在は群馬大学教育学部音楽教育講座教授。 専門は作詞・指揮。群馬県内の数多くの校歌、大会歌の作成に携わっている。 音楽教育学(「音楽教育と生涯発達」) この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
関口章(せきぐち あきら、1952年2月14日 - )は、日… 関口章(せきぐち あきら、1952年2月14日 - )は、日本の化学者。専門は有機化学。群馬県出身。理学博士(筑波大学)。ケイ素 などの高周期有機元素化学分野で有名。 群馬大学時代は右田俊彦教授、筑波大学時代は安藤亘教授、東北大学時代は櫻井英樹教授の下で研究。
大竹 公一郎(おおたけ こういちろう、1952年 - )は、… 大竹 公一郎(おおたけ こういちろう、1952年 - )は、日本の数学者・教育学者。群馬大学教育学部教授。専門は、代数学・教育工学。 1952年、群馬県に生まれる。1970年、群馬県立沼田高等学校卒業。1975年、群馬大学教育学部中学教員養成課程数学科卒業。1980年3月、筑波大学大学院数学研究科博士課程修了。理学博士。 現在群馬大学教育学部教授。 主要研究テーマは「非アベール圏における局所化と余局所化について」。代数学においてQF環の圏論的性質を研究する一方、教育工学分野ではVODを利用した遠隔教育の可能性について探求している。 群馬大学教育学部紀要 (大学・研究所等紀要 1996年) 群馬大学教育学部紀要 (大学・研究所等紀要 2000年) 群馬大学教育実践研究 (大学・研究所等紀要 2000年) 群馬大学教育学部紀要 自然科学編 (大学・研究所等紀要 2001年) 群馬大学教育実践研究 (大学・研究所等紀要 2001年) 群馬大學教育学部紀要 (大学・研究所等紀要 2002年) 群馬大学教育学部紀要 (大学・研究所等紀要 2004年) 群馬大学教育学部紀要 自然科学編 (2002年) 群馬大学教育学部紀要 自然科学編 (2006年)
桑子 敏雄(くわこ としお、1951年7月25日 - )は、… 桑子 敏雄(くわこ としお、1951年7月25日 - )は、日本の哲学者、社会的合意形成・プロジェクトマネジメントコンサルタント。一般社団法人コンセンサス・コーディネーターズ代表理事、東京工業大学名誉教授。 群馬県太田市生まれ。埼玉県立熊谷高等学校を経て、1975年東京大学文学部哲学科卒業、1980年同大学院博士課程単位修得退学、同文学部助手、1994年学位取得(博士(文学)、東京大学)。1981年南山大学文学部講師、1984年助教授、1989年東京工業大学工学部助教授、1996年同大学院社会理工学研究科教授。2018年東京女子大学現代教養学部教授、2022年同退職。この間1983-1984年ケンブリッジ大学客員研究員、2002-2003年フランス国立社会科学高等研究院客員教授、2009-2011年大連大学客員教授。
小川 正行(おがわ まさゆき、1951年4月7日 - 201… 小川 正行(おがわ まさゆき、1951年4月7日 - 2017年4月22日)は、日本の教育学者、公衆衛生学者。群馬大学教育学部教授。専門は公衆衛生学、健康教育学、保健統計学。位階は従四位。 趣味で始めた柔道では講道館七段を持ち、大学でも柔道実習の講師、またスキー実習の講師を務めて一級の運動指導者として名を馳せていた。平成2年に腹部手術により容姿が変貌したが、晩年まで柔道指導を行い、群馬大学柔道部顧問も務めた。長男は教育者のおがわしんたろう。
山田 道郎(やまだ みちお、1950年〈昭和25年〉6月13… 山田 道郎(やまだ みちお、1950年〈昭和25年〉6月13日 - )は、日本の法学者。専門は刑事訴訟法。学位は、博士(法学)(明治大学・論文博士・2006年)(学位論文「証拠の森:刑事証拠法研究」)。明治大学教授。群馬県安中市出身。
関 礼子(せき れいこ、1949年11月 - )は、日本近代… 関 礼子(せき れいこ、1949年11月 - )は、日本近代文学研究者、元中央大学文学部教授。 群馬県出身。群馬県立渋川女子高等学校卒、1971年立教大学文学部英文科中退、1974年同日本文学専攻卒業、1984年同大学院博士課程単位取得満期退学、嘉悦女子短期大学専任講師、1989年亜細亜大学教養部助教授、97年教授、2001年経済学部教授、2011年中央大学文学部教授。2020年定年退職。1998年『語る女たちの時代 一葉と明治女性表現』でやまなし文学賞受賞。2008年日本近代文学会理事、2016年代表理事。樋口一葉が専門。
岡村宗二(おかむら そうじ、1949年5月- )は、日本の経… 岡村宗二(おかむら そうじ、1949年5月- )は、日本の経済学者、大東文化大学教授。 群馬県太田市生まれ。立教大学経済学部卒、同大学院修士課程修了。上武大学助教授をへて、大東文化大学助教授、1989年教授となる。
入澤 孝一(いりさわ こういち、1949年〈昭和24年〉3月… 入澤 孝一(いりさわ こういち、1949年〈昭和24年〉3月8日 - )は、日本の教育者、スポーツ科学者、スピードスケート指導者である。元スケート日本代表ヘッドコーチ。冬季五輪メダリストの黒岩彰、黒岩敏幸、佐藤綾乃らを育て、日本スケート界の名伯楽として知られる。高崎健康福祉大学保健医療学部理学療法学科教授。専門は運動科学。群馬県スケート連盟副会長、群馬県スポーツ協会強化委員長。元群馬県スケート連盟理事長。 群馬県吾妻郡長野原町の生まれ。 群馬県立渋川高等学校普通科、中京大学体育学部に学ぶ。中京大から学士(体育学)を受ける。 大学を出た後教師になり、群馬県吾妻郡嬬恋村立西中学校、群馬県立嬬恋高等学校に赴任。
松沢 幸一(まつざわ こういち、1948年〈昭和23年〉12… 松沢 幸一(まつざわ こういち、1948年〈昭和23年〉12月13日 - )は日本の実業家、農学博士。キリンビール代表取締役社長を経て、明治屋代表取締役社長、日本洋酒輸入協会理事長。首都大学東京客員教授、埼玉大学客員教授、参天製薬監査役等を歴任。 群馬県邑楽郡千代田町出身。群馬県立館林高等学校を経て、1971年北海道大学農学部卒業。1973年北海道大学大学院農学研究科修士課程修了、キリンビール入社、福岡工場検査部門配属。同期入社の前田仁と親しく交友した。 1978年ドイツ留学。1988年京都工場製造部長。1991年北海道大学農学博士。1992年経営企画室室長代理。1996年キリン・ヨーロッパGmbH代表取締役社長。
戸所 隆(とどころ たかし、1948年〈昭和23年〉6月11… 戸所 隆(とどころ たかし、1948年〈昭和23年〉6月11日 - )は、日本の地理学者、高崎経済大学名誉教授。第36代日本地理学会会長(2016年 - 2017年)。群馬県前橋市総社町出身。
久慈 きみ代(くじ きみよ、1948年5月13日 - )は、… 久慈 きみ代(くじ きみよ、1948年5月13日 - )は、国文学者・青森大学名誉教授。群馬県出身。 高崎市生まれ。1971年駒澤大学文学部国文学科卒業。1996年弘前大学大学院人文科学研究科地域文化論専攻修士課程修了。同年、青森大学非常勤講師。青森短期大学専任講師を経て助教授。青森大学社会学部准教授を経て教授。研究分野は中古文学および「寺山修司の青森時代」の調査研究。2012年4月「あおもり古典を楽しむ会」を設立、のち顧問。地域と共にある研究を目指す。青森大学オープンカレッジ「源氏物語を読む」、NHK青森文化センター「じっくり読みたい源氏物語」講師、国際寺山修司学会運営委員などを歴任。 著書に「編集少年 寺山修司」「孤独な少年ジャーナリスト 寺山修司」「津軽の源氏物語」など。
池島 政広(いけじま まさひろ、1948年〈昭和23年〉3月… 池島 政広(いけじま まさひろ、1948年〈昭和23年〉3月17日 - )は、群馬県前橋市出身の日本の商学者。亜細亜大学名誉教授。現環太平洋大学教授。 1966年4月:慶應義塾大学商学部入学。 1970年3月:慶應義塾大学 商学部卒業。 1970年4月:慶應義塾大学大学院商学研究科経営学専攻修士課程入学。 1972年3月:慶應義塾大学大学院商学研究科経営学専攻修士課程修了。 1972年4月:慶應義塾大学大学院商学研究科経営学専攻博士課程入学。 1975年3月 :慶應義塾大学大学院商学研究科経営学専攻博士課程単位取得。 1998年11月:慶應義塾大学博士号(商学)取得。 1973年9月:亜細亜大学経営学部に助手として着任(1976年3月まで)。
佐藤 達全(さとう たつぜん、1948年2月3日 - )は、… 佐藤 達全(さとう たつぜん、1948年2月3日 - )は、日本の仏教学者、僧侶。育英短期大学教授。群馬県の曹洞宗常仙寺副住職。 高崎市生まれ。1970年駒澤大学仏教学部禅学科卒業。1976年同大学大学院博士課程満期退学。明和女子短期大学専任講師、前橋育英短期大学助教授を経て、育英短期大学保育学科教授。鶴見大学短期大学部講師(仏教保育担当)、曹洞宗・常仙寺副住職。食物も研究する。 著書に「道元・日々の生きかた 典座教訓・赴粥飯法・衆寮箴規」「典座教訓 - 永平寺流精進料理の心」「暮らしの仏教Q&A」など。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
生方 秀紀(うぶかた ひでのり、1948年 - )は、日本の… 生方 秀紀(うぶかた ひでのり、1948年 - )は、日本の生態学者。理学博士(北海道大学)。北海道教育大学名誉教授。専門は昆虫生態学・自然環境教育。 1948年群馬県生まれ。1966年群馬県立沼田高等学校卒業、1970年北海道大学理学部生物学科動物学専攻卒業。1975年同大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学。1975年日本学術振興会奨励研究員(北海道大学理学部)、1976年同大学理学部研究生。 1979年学位論文「Studies on population dynamics, behavior and territoriality of Cordulia aenea amurensis Selys(Odonata: Corduliidae)」(カラカネトンボの個体群動態、行動およびテリトリー制に関する研究)で理学博士(北海道大学)、指導教員は坂上昭一。
町田 泰則(まちだ やすのり、1948年 - )は、日本の分… 町田 泰則(まちだ やすのり、1948年 - )は、日本の分子生物学者(植物を材料とする)。名古屋大学大学院理学研究科客員教授、名誉教授。 タバコやシロイヌナズナを用いて、植物の細胞分裂や細胞分化及び成長の仕組みを研究している。これらの業績により、2010年にアメリカ科学振興協会(AAAS)のフェローに選ばれた。また最近、植物細胞の分裂の最終段階である細胞板形成の分子機構に関する研究により、(公社)日本植物学会賞 学術賞(2013年)と(一社)日本植物生理学会賞(2015年)を、植物細胞の増殖と器官分化の仕組みに関する研究と植物科学の進歩への貢献により、(公社)日本植物学会賞 大賞(2020年)を授与された。
河合 明宣(かわい あきのぶ、1948年(昭和23年)- 2… 河合 明宣(かわい あきのぶ、1948年(昭和23年)- 2025年(令和7年)3月13日[要出典])は、日本の農学者。放送大学教授、Ph.D.(カルカッタ大学)。専門は農業経済学、農村開発・南アジア地域研究。 群馬県利根郡みなかみ町の大庄屋の家に生まれる。1967年に群馬県立沼田高等学校卒業。1985年に京都大学大学院農学研究科博士課程を修了、放送大学教授となる。 アジア政経学会、日本農業経済学会、日本南アジア学会、地域農林経済学会に所属している。
高橋 文博(たかはし ふみひろ、1948年 - )は、日本の… 高橋 文博(たかはし ふみひろ、1948年 - )は、日本の倫理学者。岡山大学名誉教授。専攻は倫理学・日本倫理思想史。 1948年群馬県沼田市生まれ。1972年、東京大学文学部倫理学科卒業。1975年、同大学院人文科学研究科倫理学専門課程修士課程修了。1977年、同大学院人文科学研究科倫理学専門課程博士課程単位取得退学。 岡山大学教養部助教授、同大学文学部教授ののち、2007年、岡山大学大学院社会文化科学研究科教授。2013年、岡山大学を依願退職し、同大学名誉教授。山陽学園大学総合人間学部言語文化学科教授に就任し、同年9月に依願退職した。2014年より就実大学教育学部初等教育学科教授、2019年3月退職。
谷 喬夫(たに たかお、1947年12月 - )は、日本の政… 谷 喬夫(たに たかお、1947年12月 - )は、日本の政治学者。新潟大学名誉教授。専攻は、政治哲学・西洋政治思想史。 群馬県前橋市生まれ。1966年群馬県立前橋工業高等学校機械科卒業。1971年中央大学法学部政治学科卒業、1974年東北大学大学院法学研究科修士課程修了、1979年中央大学大学院法学研究科博士課程満期退学。 その後、中央大学法学部通信教育課程インストラクター、埼玉大学教養部・早稲田大学教育学部の兼任講師を経て、1983年日本福祉大学社会福祉学部専任講師(福祉政治論担当)。1989年同社会福祉学部助教授。同社会科学研究所長。1992年新潟大学法学部教授(西洋政治思想史など担当)。
永井 政之(ながい まさし、1946年10月5日 - )は、… 永井 政之(ながい まさし、1946年10月5日 - )は、日本の仏教学者(仏教学博士)、曹洞宗良珊寺住職。駒澤大学名誉教授。専門は禅学、禅宗を中心とした中国仏教。群馬県渋川市出身。 駒澤大学総長、同大 禅文化歴史博物館館長などを務める。 群馬県渋川市生まれ。群馬県立渋川高等学校、1969年、駒澤大学仏教学部禅学科卒業。同大学院修士課程修了。博士課程満期退学。1998年に『中国仏教の文化史的研究 -中国禅宗教団と民衆』で駒澤大学より博士(仏教学)の学位を取得。 1984年に駒澤大学講師就任。1988年に助教授、1994年に教授。2017年に名誉教授。その他、曹洞宗総合研究センター主任研究員、仏教学部長、大学評議員・理事、禅文化歴史博物館館長など歴任。
廣井 脩(ひろい おさむ、1946年〈昭和21年〉9月7日 … 廣井 脩(ひろい おさむ、1946年〈昭和21年〉9月7日 - 2006年〈平成18年〉4月15日)は、日本の社会学者。日本災害情報学会初代会長。従四位瑞宝中綬章。 現在の群馬県沼田市西原新町に生まれる。群馬県立沼田高等学校を経て東京大学を卒業。1996年(平成8年)静岡県立大学防災総合講座の開設メンバー。講師として防災指導者の育成に取り組み、5年間に250名の静岡県防災士を輩出する。この実績から2001年(平成13年)防災士制度検討委員会の委員長に就任。2002年(平成14年)日本防災士機構の設立と、2003年(平成15年)防災士制度の発足に貢献し、防災功労者賞を受賞している。 日本災害情報学会は、初代会長であった廣井を記念する事業として「廣井賞」を設け、2007年から災害情報分野で功績があった個人や団体を顕彰している。
清水 和夫(しみず かずお、1946年8月 - )は、日本の… 清水 和夫(しみず かずお、1946年8月 - )は、日本の教育学者である。 群馬県前橋市出身。群馬県教育委員会特別表彰。 現在群馬大学大学院教育学研究科 (教職リーダーコース) 教授。専門は教育学、学校経営学。 1946年8月 群馬県前橋市で出生。幼少時代の将来の夢は『大工さん』。1965年8月 群馬県立前橋高等学校普通科卒業。1970年3月 群馬大学教育学部社会科教育専修卒業(考古学専攻)。 1970年4月 - 1973年3月 前橋市立下川淵小学校教諭。1973年4月 - 1976年3月 群馬県教育委員会文化財保護課文化財保護主事。1976年4月 - 1981年3月 前橋市立朝倉小学校教諭。
角田 太作(つのだ たさく、1946年5月18日 - )は、… 角田 太作(つのだ たさく、1946年5月18日 - )は、日本の言語学者、国立国語研究所名誉教授。群馬県勢多郡赤城村(現・渋川市)出身。専門はオーストラリア先住民の言語、類型論、危機言語。 群馬県立渋川高等学校、東京大学文学部を卒業したのちオーストラリアはメルボルンのモナシュ大学で修士号、博士号を取得。1979年名古屋大学文学部助教授、1990年筑波大学助教授、1993年教授、1994年東京大学文学部教授、2009年国立国語研究所教授。。メルボルンを選んだのはハーブ・エリオットの練習していたトレーニングキャンプで陸上競技の練習ができることが理由のひとつだったという(角田三枝ほか編 2007:i)。
青木 一能(あおき かずよし、1946年5月5日 - )は、… 青木 一能(あおき かずよし、1946年5月5日 - )は、日本の政治学者。日本大学文理学部名誉教授。専門は国際関係論、現代アフリカ政治論。 群馬県富岡市生まれ。1970年獨協大学外国語学部英語学科卒業。1972年慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了、1976年同博士課程満期退学。 世界経済調査会専任研究員を経て、1979年から日本大学国際関係学部・大学院国際関係研究科前・後期課程にて教鞭を執る。その間、ロンドン大学英連邦研究所客員研究員を勤め、2003年から日本大学文理学部教授として「国際情勢」、「地域研究(中東)および(アフリカ)」などを担当。 1999年、論題「アンゴラをめぐる政治力学の分析 : 行為主体間相互作用の実態について」で日本大学から博士(国際関係)。
松本 健一(まつもと けんいち、1946年1月22日 - 2… 松本 健一(まつもと けんいち、1946年1月22日 - 2014年11月27日)は、日本の評論家、思想家、作家、歴史家、思想史家。麗澤大学経済学部教授。 中国日本語研修センター教授、麗澤大学経済学部教授、麗澤大学比較文明文化研究センター所長、一般財団法人アジア総合研究機構評議員議長、東日本国際大学客員教授、内閣官房参与(東アジア外交問題担当)などを歴任した。 群馬県前橋市生まれ。埼玉県立熊谷高等学校を経て、1968年に東京大学経済学部を卒業。東大の同期生には川本三郎、仙谷由人、谷垣禎一、荒井正吾、溝口善兵衛、平沢勝栄がいた。旭硝子に入社するが、1969年に退職。1971年、法政大学大学院修士課程日本文学科修了。
内田 伸子(うちだ のぶこ、1946年〈昭和21年〉1月1日… 内田 伸子(うちだ のぶこ、1946年〈昭和21年〉1月1日 - )は、日本の心理学者(発達心理学・認知心理学)。学位は学術博士(お茶の水女子大学・1991年)。お茶の水女子大学名誉教授。環太平洋大学教授。文化功労者。 一橋大学社会学部助手、お茶の水女子大学文教育学部教授、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科教授、お茶の水女子大学副学長、お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授、十文字学園女子大学特任教授、国立大学法人筑波大学監事、学校法人十文字学園理事などを歴任した。 群馬県出身の発達心理学や認知心理学を専攻する心理学者である。1991年にお茶の水女子大学より学術博士の学位を授与された。
黒古 一夫(くろこ かずお、1945年12月12日 - )は… 黒古 一夫(くろこ かずお、1945年12月12日 - )は、日本近代文学研究者、文芸評論家、筑波大学名誉教授。 群馬県安中市生まれ。群馬県立高崎工業高等学校、群馬大学教育学部卒業後、群馬県内の公立学校教員を6年間務める。法政大学大学院文学研究科博士課程修了。小田切秀雄に師事し、大学院在学中の1979年に修士論文を書き直した『北村透谷論-天空への渇望』を刊行し、『文学的立場』(第三次)や『流動』等の雑誌で批評家の仕事を始める。予備校講師・群馬大学、法政大学等の非常勤講師を経て、図書館情報大学助教授、教授、統合により筑波大学大学院図書館情報メディア研究科教授(〇合教授)。大学では近現代文学の他出版文化論や書誌学などを講じる。
永山 國昭(ながやま くにあき、1945年7月22日 - )… 永山 國昭(ながやま くにあき、1945年7月22日 - )は、日本の物理学者・生物物理学者・電子顕微鏡学者。理学博士(東京大学)。総合研究大学院大学名誉教授、生理学研究所名誉教授。建築家の永山祐子は娘。 1990年から1995年までERATO永山たん白集積プロジェクトを主宰し、微粒子集積技術を確立した。その成果を基に1997年2月にロンドン王立研究所で「ファラデー金曜講話」を行った。2001年に位相板位相差電子顕微鏡を実用化した。また、スマホやタブレットに装着するスマホ顕微鏡を開発し(2014年 グッドデザイン賞「スマート顕微鏡 エルアイ」)、教育や市民科学への普及活動をFacebookの公開グループLife is smallと非公開グループLife is small Projectsを通じて行っている。
小此木 政夫(おこのぎ まさお、1945年〈昭和20年〉4月… 小此木 政夫(おこのぎ まさお、1945年〈昭和20年〉4月14日 - )は、日本の政治学者、九州大学特任教授、慶應義塾大学名誉教授。専門は、朝鮮半島政治、朝鮮半島をめぐる国際政治。 群馬県伊勢崎市生まれ。東京都立江北高等学校を経て、1969年に慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1975年同大学院法学研究科博士課程単位取得退学(1972年から1974年延世大学校に留学)、1987年に法学博士の学位を取得。 同大学法学部講師・助教授を経て、1985年から教授。2005年から2007年まで法学部長を務めた。 中長期的な外交戦略研究を目的とした小泉純一郎首相の私的諮問機関「対外タスクフォース」委員、福田康夫首相の有識者会議「外交政策勉強会」の委員を歴任。
長谷川 昭(はせがわ あきら、1945年3月 - )は日本の… 長谷川 昭(はせがわ あきら、1945年3月 - )は日本の地震学者、東北大学名誉教授。アメリカ地球物理学連合フェロー。日本地球惑星科学連合フェロー。 群馬県桐生市生まれ。昭和38年3月群馬県立桐生高等学校卒業。 昭和42年3月東北大学理学部卒業。 昭和44年3月東北大学大学院理学研究科修士課程修了。 昭和46年3月東北大学大学院理学研究科博士課程中退。 昭和46年4月東北大学理学部附属青葉山地震観測所助手。昭和52年7月東北大学理学部付属地震予知観測センター助教授。昭和52年東北大理学博士。昭和53年6月カーネギー研究所客員研究員。平成元年4月東北大学理学部付属地震予知・噴火予知観測センター教授。
平塚 浩士(ひらつか ひろし、1945年1月13日 - ) … 平塚 浩士(ひらつか ひろし、1945年1月13日 - ) は、日本の化学者。専門は機能物質化学、物理化学。群馬大学学長。 群馬県館林市出身。1963年栃木県立足利高等学校卒業。1967年群馬大学工学部卒業。1969年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。1972年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了、理学博士。同年東京工業大学理学部助手。 1987年群馬大学工学部助教授。1992年群馬大学工学部教授。1995年群馬大学工学部応用化学科長。2000年群馬大学工学部応用化学科長。2006年群馬大学工学部応用化学科長。2007年群馬大学大学院工学研究科教授。 2009年国立大学法人群馬大学理事(企画・教学担当)・副学長。
丑木 幸男(うしき ゆきお、1944年3月17日 - )は、… 丑木 幸男(うしき ゆきお、1944年3月17日 - )は、日本の地方史学者、国文学研究資料館・総合研究大学院大学名誉教授。 群馬県高崎市生まれ。群馬県立高崎高等学校、東京教育大学文学部史学科日本史学専攻卒業。群馬県立武尊高等学校、群馬県立渋川女子高等学校、群馬県立中央高等学校、群馬県史編纂室を経て、国文学研究資料館史料館長・教授・総合研究大学院大学教授。2006年定年退官、名誉教授。94年「石高制確立と在地構造 上州沼田藩を事例として」で筑波大学文学博士。日本近代地方政治史の研究を専門とする。
吉田 賢右(よしだ まさすけ、1944年〈昭和19年〉2月 … 吉田 賢右(よしだ まさすけ、1944年〈昭和19年〉2月 - )は、日本の生物学者(分子生物学・生化学)。理学博士(東京大学・1972年)。東京工業大学名誉教授、京都産業大学シニアリサーチフェロー。 自治医科大学医学部講師、東京工業大学理学部教授、東京工業大学生命理工学部教授、東京工業大学資源化学研究所教授、東京工業大学資源化学研究所所長(第14代)、京都産業大学工学部教授、京都産業大学総合生命科学部教授、京都産業大学構造生物学研究センターセンター長などを歴任した。 群馬県前橋市出身の分子生物学者、生化学者である。ATP合成酵素を構成するサブユニットの単離精製と再構成に成功するとともに、世界で初めてサブユニットの構成比を明らかにするなど、ATP合成酵素の研究の先駆けとして知られている。
荻原 俊男(おぎはら としお、1944年1月16日 - )は… 荻原 俊男(おぎはら としお、1944年1月16日 - )は、日本の医学者。森ノ宮医療大学名誉学長。元大阪大学医学部附属病院 病院長、大阪大学名誉教授。群馬県太田市出身。 1944年(昭和19年)、群馬県太田市出身。1962年(昭和37年)3月に長野県上田高等学校卒業、1968年(昭和43年)3月25日に大阪大学医学部を卒業する。1970年(昭和45年)1月16日に大阪府立成人病センター調査部にて勤務する傍ら、その頃に大阪大学第1内科・臨床検査部の熊原雄一助教授(当時、後の臨床診断学教授)が率いていた内分泌研究室へ出入りしていたことから研究の道に進むきっかけとなった。1973年(昭和48年)4月1日より大阪大学医学部附属病院中央臨床検査部医員となり、その途中には1974年(昭和49年)1月18日から翌年6月末まで米国アリゾナ大学内科研究員として留学している。
土方 邦夫(ひじかた くにお、1943年〈昭和18年〉9月1… 土方 邦夫(ひじかた くにお、1943年〈昭和18年〉9月12日 - 1997年〈平成9年〉5月18日)は、日本の機械工学者。元東京工業大学教授。元カリフォルニア大学バークレー校Springer卓越教授。日本機械学会熱工学部門長在任中急逝した。 群馬県高崎市出身。1962年群馬県立高崎高等学校卒業。1966年東京工業大学理工学部機械工学科卒業。1971年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程機械工学専攻修了、東京工業大学工学部機械物理工学科助手。1978年東京工業大学工学部機械物理工学科助教授。1982年カリフォルニア大学バークレー校研究員。森康夫(東京工業大学名誉教授)の研究室を継いで1987年東京工業大学工学部機械物理工学科教授。
茂木 俊彦(もぎ としひこ、1942年〈昭和17年〉10月1… 茂木 俊彦(もぎ としひこ、1942年〈昭和17年〉10月13日 - 2015年〈平成27年〉9月25日)は、日本の教育心理学者。障害児教育が専門。東京都立大学第11代総長。東京都立大学名誉教授。 群馬県前橋市出身。東京大学大学院教育学研究科博士課程退学後、東京大学教育学部助手、広島大学教育学部助教授、立正大学文学部助教授、東京都立大学人文学部教授などを歴任。東京都の大学改革による首都大学東京の発足に伴い、東京都立大学総長職が廃止となったため、2005年3月に退任。最後の東京都立大学総長となった。
田村 和之(たむら かずゆき、1942年〈昭和17年〉7月4… 田村 和之(たむら かずゆき、1942年〈昭和17年〉7月4日 - )は、日本の行政法学者、広島大学名誉教授。 群馬県多野郡藤岡町(現・藤岡市)生まれ。1961年群馬県立高崎高等学校卒業。1966年大阪市立大学法学部法律学科卒業、68年同大学院法学研究科修士課程修了。高知短期大学講師、助教授、72年広島大学教養部講師、総合科学部講師、助教授、教授、2004年定年退官、名誉教授、龍谷大学法科大学院教授。2013年定年退任。 保育所行政が専門で、多くの保育所廃止にまつわる行政訴訟、原爆被災者行政に関する訴訟に関わった。
角田 史雄(つのだ ふみお、1942年 - )は、日本の工学… 角田 史雄(つのだ ふみお、1942年 - )は、日本の工学者。埼玉大学工学部教授を経て、同大学名誉教授。理学博士。 専門分野は地質学、地震工学。浅層地殻における断層の深部形態、断層帯の構造と形成過程、断層近傍の強震動の発生機構などを研究。 著書の中で地震の発生原因として地球表面を覆うプレートの移動により地震が発生すると言う「プレートテクトニクス理論」だけでは説明できない部分を、地球内部の高熱の移動(マントルプルーム)による「熱移送説」で説明を試みている。
溝尾 良隆(みぞお よしたか、1941年9月7日 - )は、… 溝尾 良隆(みぞお よしたか、1941年9月7日 - )は、日本の観光学者、理学博士。立教大学名誉教授、公益財団法人日本交通公社評議員。立教大学教授、城西国際大学教授、帝京大学教授を歴任。地域観光学、観光地理学を専門とし、川越市、群馬県新治村等における地域研究の実績がある。観光に関する各地のシンポジウム、フォーラム等にも多数参加。 東京都港区浜松町生まれ、群馬県碓氷郡松井田町育ち。1960年群馬県立高崎高等学校卒業。1964年東京教育大学理学部地学科地理学専攻卒業、理学博士、財団法人日本交通公社主席研究員を経て、1989年より立教大学社会学部教授、1998年観光学科の独立(学部に昇格)により観光学部教授、観光学部長(2001年4月‐2004年3月)、城西国際大学観光学部ウェルネスツーリズム学科教授(2007年4月‐2009年3月)、帝京大学経済学部観光経営学科教授(2009年4月‐)。
飯塚 哲太郎(いいづか てつたろう、1941年〈昭和16年〉… 飯塚 哲太郎(いいづか てつたろう、1941年〈昭和16年〉3月15日 - )は、日本の生物物理学者。理学博士。専攻は酵素物理学、生物無機化学。ヘムたんぱく質の構造と機能についての研究。 群馬県渋川市出身。群馬県立渋川高等学校を卒業し、1964年、東京大学理学部物理学科を卒業。1966年4月、大阪大学基礎工学部助手。1969年、東京大学理学博士、「ヘム蛋白質におけるHigh spin-Low spin間の熱平衡」。 米国ペンシルベニア大学医学部客員助教授、慶應義塾大学医学部助教授を経て、1986年9月、理化学研究所無機化学研究室主任研究員、後に生体物理化学研究室主任研究員。埼玉大学理工学研究科客員教授、法政大学工学部教授を経て、2003年10月より独立行政法人理化学研究所 播磨研究所長。
韓 太舜(はん てすん、朝: 한태순, 1941年 - )は… 韓 太舜(はん てすん、朝: 한태순, 1941年 - )は、在日韓国・朝鮮人の情報学者。電気通信大学名誉教授。 1941年、群馬県桐生市生まれ。群馬県立桐生高等学校、東京大学工学部応用物理学科を卒業(数理工学専修)。1971年、東京大学大学院工学系研究科博士課程を修了、工学博士号を取得。 1972年、東京大学助教授に就任。1983年に教授昇進。1993年より電気通信大学教授。定年退官後、同大学の名誉教授となった。1990年にIEEEフェローに就任。
矢部 喜正(やべ よしまさ、1940年(昭和15年)4月1日… 矢部 喜正(やべ よしまさ、1940年(昭和15年)4月1日 - 2005年(平成17年)12月)は、日本の医学者(循環器病学)、東邦大学元教授。医学博士。 群馬県前橋市生まれ。群馬県立前橋高等学校、東京慈恵会医科大学医学部卒業。1973年に東邦大学より「冠動脈結紮犬における冠動脈間吻合の発達に関する研究」で医学博士の学位を取得。東邦大学医学部附属大森病院循環器センター長などを歴任。今では一般的となった心筋梗塞の治療に、バルーンによる血管拡張治療を始めた先駆者的存在であった。
柳澤 榮司(やなぎさわ えいじ、1939年 - )は、日本の… 柳澤 榮司(やなぎさわ えいじ、1939年 - )は、日本の土木工学者。東北大学名誉教授。元八戸工業高等専門学校校長。土木学会論文賞等受賞。 群馬県安中市出身。成蹊高等学校を経て、1963年東北大学工学部土木工学科卒業。1965年東北大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。1968年東北大学大学院工学研究科土木工学専攻博士課程科目修了。1971年東北大学講師、東北大学工学博士。1973年東北大学助教授。1981年東北大学教授。1990年土質工学会功労賞受賞。1996年地盤工学会東北支部長。1997年原子力安全功労者表彰受賞。2000年八戸工業高等専門学校校長、東北大学名誉教授。同年土木学会論文賞受賞。
高木 仁三郎(たかぎ じんざぶろう、1938年7月18日 -… 高木 仁三郎(たかぎ じんざぶろう、1938年7月18日 - 2000年10月8日)は、日本の物理学者。専門は核化学。理学博士(東京大学)。 群馬県前橋市出身。群馬県立前橋高等学校、東京大学理学部化学科卒業。 父は開業医。幼少時の仇名は「ジンザ」でエスペラントに関心を持っていた。 宮沢賢治文学を愛好した。群馬大学学芸学部附属小・中学校時代の同級生には、日本銀行で要職を務めたあとOECD経済総局長、ついでOECD副事務総長に栄進した重原久美春、SF作家の豊田有恒、がいる。 『高木仁三郎著作集』(全12巻)など多数の著書を七つ森書館より刊行。同社の中里英章社長(当時)は高木に師事した。 政府の原子力政策について自由な見地からの分析・提言を行う為、原子力業界から独立したシンクタンク・原子力資料情報室を設立して代表を務めた。
斎藤 公男(さいとう まさお、1938年 - )は、日本の構… 斎藤 公男(さいとう まさお、1938年 - )は、日本の構造エンジニア(構造家)。日本大学名誉教授、日本建築学会元会長。現在、A-Forum代表、日本建築文化保存協会理事。 群馬県立前橋高等学校卒業。日本大学在学時に坪井善勝の元で学び、バックミンスター・フラーに魅了される。空間構造や構造デザインに対する強い関心を育み、その後の大学における「教育・研究・設計」の融合を図ることへのテーマとつなげる。卒業後は、日本大学理工学部建築学科で教鞭をとりながら、空間構造デザイナーとして数多くの作品を生み出してきた構造設計者の一人である。特に、張弦梁構造の設計の第一人者として知られる。 全日本弓道連盟会長であった父の斎藤友治が日本弓をひく姿から「美と強」の調和的世界に感銘を受け、張弦梁構造の設計・デザインにつながったと語る。