高山 利弘(たかやま としひろ、1959年4月3日 - )は… 高山 利弘(たかやま としひろ、1959年4月3日 - )は、日本の国文学者。群馬大学社会情報学部教授。専門は中世日本文学・日本文化研究。
群馬県:27人
高山 利弘(たかやま としひろ、1959年4月3日 - )は… 高山 利弘(たかやま としひろ、1959年4月3日 - )は、日本の国文学者。群馬大学社会情報学部教授。専門は中世日本文学・日本文化研究。
品田 悦一(しなだ よしかず、1959年1月30日 - )は… 品田 悦一(しなだ よしかず、1959年1月30日 - )は、日本の国文学者。学位は文学修士。東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻教授。 群馬県出身。群馬県立前橋高等学校を経て、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。聖心女子大学文学部教授などを経て、2004年に東京大学准教授、2011年10月に教授。 1989年に「短歌成立の前史・試論」ほか一連の『万葉集』研究で第15回日本古典文学会賞。2002年に『万葉集の発明』で第19回上代文学会賞。2011年に評伝『斎藤茂吉』で第22回斎藤茂吉短歌文学賞、第9回日本歌人クラブ評論賞。2015年に『斎藤茂吉 異形の短歌』で第23回やまなし文学賞。
土屋 博映(つちや ひろえい、1949年3月3日 - )は、… 土屋 博映(つちや ひろえい、1949年3月3日 - )は、日本の国文学者。元跡見学園女子大学短期大学部言語文化科日本語専攻教授。元代々木ゼミナール古文科講師。 1979年より代々木ゼミナールで古文講師を勤めた。授業の合間に受験生を励ます替え歌を歌ったり、様々なエピソード、雑談を交えたスタイルから「お祭り講師」と呼ばれた。「わくわく動物ランド」「上海紅鯨団が行く」などのバラエティ番組でレギュラー出演をする。わくわく動物ランドに解答者としてオファーを受けた時には、当時「クイズダービー」のレギュラー解答者で学習院大学教授の篠沢秀夫に相談し、そこで数々のアドバイスと励ましを受けて、出演することを決めたという。
久慈 きみ代(くじ きみよ、1948年5月13日 - )は、… 久慈 きみ代(くじ きみよ、1948年5月13日 - )は、国文学者・青森大学名誉教授。群馬県出身。 高崎市生まれ。1971年駒澤大学文学部国文学科卒業。1996年弘前大学大学院人文科学研究科地域文化論専攻修士課程修了。同年、青森大学非常勤講師。青森短期大学専任講師を経て助教授。青森大学社会学部准教授を経て教授。研究分野は中古文学および「寺山修司の青森時代」の調査研究。2012年4月「あおもり古典を楽しむ会」を設立、のち顧問。地域と共にある研究を目指す。青森大学オープンカレッジ「源氏物語を読む」、NHK青森文化センター「じっくり読みたい源氏物語」講師、国際寺山修司学会運営委員などを歴任。 著書に「編集少年 寺山修司」「孤独な少年ジャーナリスト 寺山修司」「津軽の源氏物語」など。
浜名 優美(はまな まさみ、男性、1947年11月5日 - … 浜名 優美(はまな まさみ、男性、1947年11月5日 - 2020年2月25日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。南山大学名誉教授。フェミニズムなども研究した。 群馬県群馬郡久留馬村生まれ。1966年群馬県立高崎高等学校卒業。1971年早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業、1977年同大学院文学研究科フランス文学専攻博士後期課程満期退学。1979年までパリ第3大学に留学。南山大学文学部助教授、1991年教授。1995年ブローデル『地中海』で日本翻訳文化賞受賞。2000年南山大学総合政策学部教授および副学長を務めた。2010年南山学園常務理事。2011年南山大学附属小学校学監。 妻の浜名エレーヌは椙山女学園大学教授。
小野 隆(おの たかし、1943年(昭和18年) - )は、… 小野 隆(おの たかし、1943年(昭和18年) - )は、国文学者。専修大学名誉教授。 群馬県出身。1962年群馬県立沼田高等学校卒業、1963年 東京大学入学。1975年共立女子短期大学に入職、1978年専修大学文学部入職、その後教授に昇任。2014年、専修大学名誉教授。 (小野(1974), 島崎藤村における青春から壮年への屈折点)が最初の論文である。(小野(1977), 「測量船」試論)以降三好達治をメインの研究対象とし、詩集ごとに詩を分析して時代 にどのように対処して生きてきたかを探った。「『戯作三昧』論」(専修国文、1991年8月)以降芥川龍之介の作品をメインに作品論を書いた。 学術DB 日本の論文>論文著者 小野隆
野中 成夫(のなか しげお、1938年(昭和13年) - )… 野中 成夫(のなか しげお、1938年(昭和13年) - )は、日本の独文学者。信州大学名誉教授。専門は近代ドイツ文学。 1956年、群馬県立沼田高等学校卒業。 1966年、早稲田大学大学院博士課程を修了。のち、信州大学教授を務めた。 2016年、秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章した。
市川 宏(いちかわ ひろし、1937年〈昭和12年〉 - 2… 市川 宏(いちかわ ひろし、1937年〈昭和12年〉 - 2014年〈平成26年〉6月12日)は、日本の中国文学者、法政大学名誉教授。 群馬県桐生市生まれ。1960年東京都立大学人文学部卒業。同大学院修士課程修了、法政大学第一教養部助教授、教授、2003年定年、名誉教授。古代から現代までの中国文学を翻訳紹介した。 2014年6月12日午前4時21分、尿管癌のため埼玉県新座市の自宅で76歳で死去した。
石井 晴一(いしい せいいち、1934年6月25日 - 20… 石井 晴一(いしい せいいち、1934年6月25日 - 2013年1月24日)は、日本のフランス文学者。青山学院大学名誉教授。オノレ・ド・バルザックが専門。 群馬県桐生市生まれ。1954年東京都立日比谷高等学校卒業。1958年東京大学文学部フランス文学科卒業。1961年から1964年までフランス政府給費留学生としてパリ大学に留学。1964年東京大学大学院人文科学研究科仏語仏文学専攻博士課程中退。東京大学教養学部助手などを経て、1982年青山学院大学文学部教授。2003年定年退職、名誉教授。
神宮 輝夫(じんぐう てるお、1932年2月26日 - 20… 神宮 輝夫(じんぐう てるお、1932年2月26日 - 2021年8月4日)は、日本の児童文学者・翻訳家・研究家。青山学院大学名誉教授。 群馬県高崎市生まれ。旧制・群馬県立高崎中学校、旧制・第一早稲田高等学院を経て、早稲田大学第一文学部英文科卒業、早稲田大学大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了。在学中から早大童話会に参加し、鳥越信、古田足日、山中恒らと活躍。「小さい仲間」の同人となる。 英国児童文学の翻訳を精力的に続け、アーサー・ランサム全集のほか、リチャード・アダムズ『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』、モーリス・センダック『かいじゅうたちのいるところ』、ジョン・ロウ・タウンゼンド『アーノルドのはげしい夏』、ウィリアム・メイン、ロイド・アリグザンダー、アラン・ガーナーなど、戦後の代表的な作品の多くを手がけた。
横山 貞子(よこやま さだこ、1931年〈昭和6年〉11月9… 横山 貞子(よこやま さだこ、1931年〈昭和6年〉11月9日 - )は、日本の英文学者、京都精華大学名誉教授。本名:鶴見 貞子(つるみ さだこ)。 群馬県富岡市出身。1954年に同志社女子大学英文科を卒業。1956年慶應義塾大学大学院英文科修士課程修了、1957年までイリノイ大学マスコミュニケーション学科に学ぶ。1958年キリスト教教育センター研究員。1959年京都精華大学人文学部講師、1973年助教授、1975年教授。2002年定年、名誉教授。 1960年 5月30日に東京工業大学に教授職の辞表を提出した鶴見俊輔と同年秋に結婚。全学連の唐牛健太郎が活動資金が底をついたため、著名人へのカンパを求めに出した際に鶴見俊輔は10万円出してくれたが貞子は「あの10万円、返して頂戴」と電話している。
田村 英之助(たむら えいのすけ、1931年〈昭和6年〉3月… 田村 英之助(たむら えいのすけ、1931年〈昭和6年〉3月4日 - )は、日本の英文学者、詩人。専門はイギリス・ロマン派。立教大学名誉教授。筆名は中崎 一夫。 1931年群馬県桐生市生まれ。1950年群馬県立桐生高等学校を卒業。1954年東京大学文学部英文科卒業[要出典]。1957年同大学院英語英文学研究課程修了。修士号を取得。茨城大学文理学部講師、中央大学法学部助教授、教授[要出典]、1977年立教大学文学部英米文学科教授。1996年定年退任、名誉教授[要出典]。中崎一夫の筆名で詩や児童書の翻訳を書いた。
桑原 幹夫(くわばら みきお、1930年〈昭和5年〉5月12… 桑原 幹夫(くわばら みきお、1930年〈昭和5年〉5月12日 - )は、日本の小説家、詩人、国文学者。 群馬県沼田市生まれ。兄は彫刻家の桑原巨守。群馬県立沼田高等学校を経て、早稲田大学第一文学部国文科を卒業。同大学院日本文学修士課程修了。1967年、『雨舌』で文學界新人賞を受賞。同年、『死の翼の下に』で第58回芥川賞候補となる。作家・野間宏に私淑し、表現主義的手法の作風で幻視・幻想の世界を描いたことに特色がある。その後は帝京大学教授を務めた。
山田 直(やまだ ただし、1928年〈昭和3年〉8月14日 … 山田 直(やまだ ただし、1928年〈昭和3年〉8月14日 - 2015年〈平成27年〉10月20日)は、日本のフランス文学者、詩人。慶應義塾大学名誉教授。 1928年(昭和3年)群馬県前橋市に生まれる。1941年(昭和16年)に上京し、旧制大泉中学校(現・東京都立大泉高等学校)を卒業。1954年(昭和29年)慶應義塾大学文学部仏文科卒、1956年(昭和31年)文学修士、1962年(昭和37年)同大学院博士課程修了。 1963年(昭和38年)千葉商科大学専任講師、1967年(昭和42年)助教授。1968年(昭和43年)フランスに留学する。1969年(昭和44年)慶應義塾大法学部助教授、1974年(昭和49年)教授。
橋本 一明(はしもと いちめい、1927年〈昭和2年〉1月1… 橋本 一明(はしもと いちめい、1927年〈昭和2年〉1月1日 - 1969年〈昭和44年〉1月29日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。國學院大學教授。 群馬県碓氷郡原市町(現・安中市)に生まれる。旧制群馬県立高崎中学校、旧制第一高等学校を経て、東京大学文学部仏文科を卒業。一高在学時代には原口統三の影響を受け、フランス象徴派の詩人、特にアルチュール・ランボーを研究した。1965年(昭和40年)國學院大学教授。 42歳で肺癌により死去した。墓所は高崎市八幡霊園。 小説家の丸谷才一は國學院大学で同僚だった橋本について次のように語っている。 「わたしの二十代の末から十数年間の国学院時代――と名づけてゐるのですが、その国学院時代のわたしの生活にいちばん縁の深いのはこの三人(注・橋本一明、菊池武一、佐藤謙三)でした。
桑原 三郎(くわばら さぶろう、1926年12月20日 - … 桑原 三郎(くわばら さぶろう、1926年12月20日 - 2009年1月21日)は日本の教育者、児童文学者、文学博士。日本児童文芸家協会顧問、慶應義塾福澤研究センター顧問。 人形劇『きかんしゃトーマス』の原作となった絵本『汽車のえほん』の翻訳者のひとり。 1926年、群馬県利根郡池田村大字奈良(現沼田市奈良町)に桑原武一郎、志げの3男として生まれる[要出典]。父は誕生4ヶ月前に腹膜炎で急死、母も生後8ヶ月足らずで脳溢血で死亡、祖母そめとともに乳母杉野そうのもとで育った[要出典]。12歳年上の兄真一郎を父親代わりに、5歳年上の姉富子が教育係になって幼少期を過ごした[要出典]。その姉も18歳の時、災害死して兄1人ともう1人の姉朝子が記憶に残る兄弟となったためか、兄弟愛は強かった[要出典]。
小暮 智一(こぐれ ともかず、1926年6月10日 - 20… 小暮 智一(こぐれ ともかず、1926年6月10日 - 2025年5月22日)は、日本の天文学者。専門は天体物理学、天体分光学。京都大学名誉教授。美星天文台名誉台長。第35代日本天文学会理事長。群馬県桐生市出身。 1926年群馬県桐生市生まれ。父は開業医。9人兄弟。桐生市立昭和尋常高等小学校、旧制・群馬県立桐生中学校、旧制・浦和高等学校(理科甲類)を経て、1950年に京都大学理学部(宇宙物理学専攻)を卒業。数少ない同期の一人に寿岳潤がいた。大学卒業後、大阪市立高校で数学、京都府立高校で地学の高等学校教員を務める。 1961年京都大学理学部助手。1969年茨城大学理学部助教授。1969年茨城大学理学部教授。
中村 義雄(なかむら よしお、1925年〈大正14年〉7月1… 中村 義雄(なかむら よしお、1925年〈大正14年〉7月15日 - 1993年〈平成5年〉3月21日)は、日本の国文学者。中古文学を専攻し、『源氏物語絵巻』などの「絵詞文学」を専門とする。学位は、文学博士(筑波大学)(学位論文『絵巻物詞書の研究』)。 1925年(大正14年)、群馬県太田市に生まれる。父が群馬県庁職員として勤めていたため、前橋市石川町の官舎に住み、桃井尋常小学校に通った。旧制前橋中学校を経て、東京高等師範学校に学ぶ。山岸徳平に師事。 1952年(昭和27年)東京大学文学部卒業。池田亀鑑に師事。1955年(昭和30年)に東京大学大学院国文学科修了。池田亀鑑「源氏物語大成」「図録篇」作成に従事。
根岸 謙之助(ねぎし けんのすけ、1925年〈大正14年〉6… 根岸 謙之助(ねぎし けんのすけ、1925年〈大正14年〉6月1日 - 1995年〈平成7年〉3月15日)は、日本の国文学者・民俗学者。 群馬県利根郡糸之瀬村(現・昭和村)出身。旧制沼田中学校(現・群馬県立沼田高等学校)を経て、國學院大學文学部を卒業。折口信夫に師事する。 群馬県立前橋工業高等学校教諭、群馬県立高崎工業高等学校教諭、群馬県立前橋高等学校教諭をへて、群馬大学医療技術短期大学部教授。 1991年に定年退官、名誉教授、上武大学教授。 1991年に『医療民俗論』で柳田賞受賞。1992年に「医療民俗学論」で國學院大學民俗学博士となる。群馬県史編纂調査委員、群馬県文学賞選考委員も務めた。日本民俗学会会員。
小林 一郎(こばやし いちろう、1916年〈大正5年〉9月1… 小林 一郎(こばやし いちろう、1916年〈大正5年〉9月10日 - 2009年〈平成11年〉4月11日)は、日本の国文学者。田山花袋研究の第一人者。東洋大学短期大学学長を務めた。 群馬県桐生市生まれ。旧制桐生中学校、二松学舎専門学校を経て、東洋大学文学部国文科卒業。 1975年、「田山花袋研究」で文学博士号取得(東洋大学)。伝記的、実証的研究によって田山花袋研究の基礎を作った。館林市田山花袋記念館顧問。花袋のほか、森鷗外・夏目漱石・川端康成・太宰治についての研究も行う。 2009年4月11日、心臓疾患のため92歳で死去。
釘本 久春(くぎもと ひさはる、1908年4月28日 - 1… 釘本 久春(くぎもと ひさはる、1908年4月28日 - 1968年5月11日)は、日本の国語学者、国文学者。 東京出身。群馬県立男子師範学校附属小学校、旧制群馬県立前橋中学校(現・群馬県立前橋高等学校)卒業。旧制第一高等学校を経て、1932年、東京帝国大学国文科卒業。中央大学予科教授を経て、1939年9月文部省図書監修官。戦時中は石黒修などとともに大東亜共栄圏への日本語普及政策に関わっていた。戦後はGHQと連携を取りながら、西尾実とのコンビで国語改革や、国立国語研究所の創設に参与。1960年、東京外国語大学教授。在職中に死去。 一高と東大で同級生だった中島敦の親友で、パラオ南洋庁赴任の職の斡旋をし、死後の全集編纂などに尽くした。
徳田 進(とくだ すすむ、1907年〈明治40年〉1月7日 … 徳田 進(とくだ すすむ、1907年〈明治40年〉1月7日 - 1998年〈平成10年〉4月23日)は、日本の国文学者。高崎経済大学第4代学長、同名誉教授。 群馬県高崎市宮元町生まれ。高崎中学校(群馬県立高崎高等学校の前身)卒、群馬師範学校専攻科卒。 1939年(昭和14年)東京女子高等師範学校助教授。1941年(昭和16年)、東京文理科大学国文科選科修了。1945年(昭和20年)9月、群馬師範学校教授。1953年(昭和28年)、高崎市立短期大学教授。 1956年(昭和31年)、「二十四孝の研究 特に近古近世の日本文学との交渉を中心として」で、東洋大学より文学博士。1957年(昭和32年)、高崎市立短期大学からの改組により高崎経済大学教授。
丸山 武夫(まるやま たけお、1904年〈明治37年〉7月1… 丸山 武夫(まるやま たけお、1904年〈明治37年〉7月19日 - 1997年〈平成9年〉10月29日)は、日本のドイツ文学者。獨協大学名誉教授。 群馬県吾妻郡中之条町生まれ。旧制中之条農学校、旧制静岡高等学校文科乙類を経て、東京帝国大学文学部独文科卒。旧制第五高等学校講師、旧制松本高等学校教授を経て、1950年東京大学助教授、1953年には教授に就任。1965年に定年退官し、獨協大学教授となる。1969年文学博士。外国語学部長を経て1975年定年退任、名誉教授。 1997年、呼吸不全のため死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
塩谷 太郎(しおや たろう、旧字体: 鹽谷 太郞、1903年… 塩谷 太郎(しおや たろう、旧字体: 鹽谷 太郞、1903年〈明治36年〉11月8日 - 1996年〈平成8年〉)は、日本の翻訳家、児童文学者。本名・相馬 一正(そうま かずまさ)。 群馬県桐生市生まれ。群馬県立桐生中学校出身。東京外国語学校(現・東京外国語大学)ドイツ語科を卒業。商社勤務を経て翻訳家になる。ドイツ語圏、英語圏の児童文学・ノンフィクションなどを日本語に翻訳した。最初の訳書はおそらく1941年のテオドル・シュトルム『少女ローレ』(改造社)。(ヴィツキー・バウムの長篇 Das große Enimaleins を訳出したが、出版に至っていない。)1962年、『ハウフ童話全集』でサンケイ児童出版文学賞を受賞。
金子 尚一(かねこ ひさかず、1900年〈明治33年〉12月… 金子 尚一(かねこ ひさかず、1900年〈明治33年〉12月12日 - 1997年〈平成9年〉)は、日本の英米文学者、教育者、立教大学名誉教授、立教大学文学部教授・予科教授・学生部長。立教大学オーケストラ部長を務めたほか、立教大学英語会(ESS)の支援も行うなど、学生らの活動にも深く携わった。 群馬県前橋市出身。1919年旧制前橋中学校卒。 1925年に立教大学文学部英文学科を卒業し、ただちに立教大学文学部助教授に就任。同年よりアメリカに留学してケニオン大学で文学修士(MA)を取得する。 1929年に立教大学予科教授に就任し、その後文学部教授も兼任し、予科では英作文と英訳を、文学部では英文学を講じた。
大木 雄二(おおき ゆうじ、1895年〈明治28年〉5月7日… 大木 雄二(おおき ゆうじ、1895年〈明治28年〉5月7日 - 1963年〈昭和38年〉7月21日)は、日本の歌人、児童文学者。本名・大木 雄三。 群馬県佐波郡赤堀村(現・伊勢崎市)に生まれる。郷里で小学校の教員を勤めたのち、20歳の時に上京。 1932年から雄二を名乗る。1919年「こども雑誌」の編集者となる。「少年雑誌」「金の星」などに童話を発表した。1927年(昭和2年)童話作家協会に入会し、幹事を務める。1928年(昭和3年)プロレタリア系の新興童話作家連盟の結成に参加。反戦童話「可愛い敵め」を発表する。1932年(昭和7年)右翼的な日本文化連盟を結成、戦時中はファシズム作家であった。
土屋 文明(つちや ぶんめい、1890年〈明治23年〉9月1… 土屋 文明(つちや ぶんめい、1890年〈明治23年〉9月18日〈戸籍上は1月21日〉 - 1990年〈平成2年〉12月8日)は、日本の歌人・国文学者。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。 東大哲学科卒。伊藤左千夫に師事し、斎藤茂吉とともに歌誌「アララギ」の編集に参加。社会化された民衆の生活の内面を表そうとする歌風で、歌集に『往還集』(1930年)、『山谷集』(1935年)など。著述に『万葉集私注』(1949~56年)などがある。 群馬県群馬郡上郊村(現・高崎市)の貧しい農家に生まれる。祖父の藤十郎は賭博で身を持ち崩し強盗団に身を投じて北海道の集治監で獄死したと伝えられており、家族は村人たちから冷たい目で見られ幼い文明にとって故郷の村は耐えがたい環境であった。