山口 健治(やまぐち けんじ、1957年1月21日 - )は… 山口 健治(やまぐち けんじ、1957年1月21日 - )は、元競輪選手、現在はスポーツ報知所属の競輪評論家。東京都荒川区出身。日本競輪学校第38期卒業。現役時は日本競輪選手会東京支部所属。血液型はO型。師匠は実兄の山口国男。 通称はヤマケン。また「江戸鷹」の異名も持っていた。江戸っ子らしい、親分肌の性格の持ち主である。 東京都立上野高等学校中退後、兄を追うように日本競輪学校を受験し、学科・技能の試験とも合格して入学を果たした。競輪学校での在校成績は№1で卒業記念レースでも優勝し、柳井譲二・吉井秀仁と『38期三羽烏』、永田敏夫も加えて『四天王』とも称された。卒業後はホームバンクを松戸競輪場とし、初出走は1976年11月3日の立川競輪場で初勝利も同レース。
荒木 和博(あらき かずひろ、1956年〈昭和31年〉8月8… 荒木 和博(あらき かずひろ、1956年〈昭和31年〉8月8日 - )は、日本の軍事学者・政治学者・政治評論家・政治活動家・人権活動家。 拓殖大学海外事情研究所教授、特定失踪者問題調査会代表。元陸上自衛隊予備陸曹長。 東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、民社党本部書記局に入局し、教育・広報・青年運動などを担当。 1993年(平成5年)、第40回総選挙に旧東京7区から無所属で立候補するが落選。1994年(平成6年)、民社党の解党に伴い退職し現代コリア研究所で研究部長[要出典]。 1996年(平成8年)、拓殖大学海外事情研究所に客員講師として就職。助教授を経て2004年(平成16年)10月より教授。
高橋 いづみ(たかはし いづみ、1956年 - )は、日本の… 高橋 いづみ(たかはし いづみ、1956年 - )は、日本の文芸評論家。元駿台予備学校古文科専任講師。
秋元 雄史(あきもと ゆうじ、1955年7月24日 - )は… 秋元 雄史(あきもと ゆうじ、1955年7月24日 - )は、東京藝術大学名誉教授、金沢21世紀美術館特任館長、国立台南芸術大学栄誉教授、美術評論家。
西堂 行人(にしどう こうじん、1954年10月5日 - )… 西堂 行人(にしどう こうじん、1954年10月5日 - )は、演劇評論家、元明治学院大学文学部教授。 未來社社長・西谷能雄の子として東京都に生まれる。本名・西谷雅英。兄は未來社社長・西谷能英。1973年私立武蔵高校卒、1978年早稲田大学文学部演劇学科卒、同大学院中退。未來社の編集者を務めたのち演劇批評家となり、1998年より近畿大学文芸学部講師、助教授、教授。2016年近畿大学を退職。2017年4月より明治学院大学教授。2023年明治学院大学を定年退職。読売演劇大賞選考委員を務めた。元 AICT国際演劇評論家協会日本センター 会長 (2006-2012)。
中野晴行(なかの はるゆき、1954年 - )は、フリーライ… 中野晴行(なかの はるゆき、1954年 - )は、フリーライター、漫画評論家。
浅井 隆(あさい たかし、1954年― )は、日本の経済評論… 浅井 隆(あさい たかし、1954年― )は、日本の経済評論家、株式会社第二海援隊社長。 東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部在学中に環境問題研究会などを主宰する一方学習塾を経営。海外放浪の旅から帰国後、大学を中退し毎日新聞社に入社。1994年退社。96年情報商社「第二海援隊」を設立、2005年日本の改革・再生をするための会社と謳う「再生日本21」を設立。経済書を中心とした著書を執筆している。
前野 重雄(まえの しげお、1953年2月11日 - )は、… 前野 重雄(まえの しげお、1953年2月11日 - )は、日本のスポーツグッズ評論家・スポーツグッズ販売店経営者、コラムニスト、ジャーナリスト。東京都荒川区出身。台東区立根岸小学校卒。明治大学付属明治高等学校・中学校中退。ハワイ州立大学言論学部、世論誘導学科修了。旧姓は宇野(うの)。オフィス流体力学所属。
伊藤 貫(いとう かん、1953年 - )は、日本の評論家、… 伊藤 貫(いとう かん、1953年 - )は、日本の評論家、国際政治アナリスト、米国金融アナリスト、政治思想家。アメリカ・ワシントンD.C.在住。東京大学経済学部卒業。姉は政治家の山谷えり子。 東京都出身。東京都立新宿高等学校を経て、東京大学経済学部卒業。 ワシントンD.C.のビジネス・コンサルティング会社とロビイスト事務所で国際政治・米国金融アナリストとして勤務。 17世紀のヴェストファーレン体制(ウェストファリア体制)や19世紀のウィーン体制のように、勢力均衡を目指す古典的な外交思想の復活を唱えている。 エドマンド・バーク、アレクシ・ド・トクヴィル、T・S・エリオット、ジョージ・ケナン、シャルル・ド・ゴールなどを支持する古典的自由主義者で、保守派の言論人である。
藤井 厳喜(ふじい げんき、1952年〈昭和27年〉8月5日… 藤井 厳喜(ふじい げんき、1952年〈昭和27年〉8月5日 - )は、日本の国際問題アナリスト、政治学者、評論家。 株式会社ケンブリッジ・フォーキャスト・グループ・オブ・ジャパン代表取締役。呉竹会代表幹事だったが脱会した。本名は藤井昇。 東京都江戸川区西小岩出身。江戸川区立北小岩小学校、江戸川区立小岩第三中学校、東京学芸大学附属高等学校、1977年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業。1977年から1985年までクレアモント大学大学院、ハーバード大学大学院に留学し政治学を学ぶ(ただし両大学院での学位は未取得である)。 1982年12月に自身のシンクタンクである株式会社ケンブリッジ・フォーキャスト・グループ・オブ・ジャパンを立ち上げ、近未来予測の会員制情報誌「ケンブリッジ・フォーキャスト・レポート」を発行した。
鈴木 晶(すずき しょう、男性、1952年8月2日 - )は… 鈴木 晶(すずき しょう、男性、1952年8月2日 - )は、日本の評論家、翻訳家。法政大学教授。専門は文学批評、精神分析とその思想史、西洋舞踊史など。
渡部 直己(わたなべ なおみ、1952年2月26日、男性 -… 渡部 直己(わたなべ なおみ、1952年2月26日、男性 - )は、日本の文芸評論家。早稲田大学元教授。父は第18代陸上幕僚長の渡部敬太郎。2018年6月に学生に対するセクハラが発覚し、同年7月に早稲田大学教授を解任された。 2016年4月、のちに詩人として活躍する深沢レナは早稲田大学文学学術院の大学院の現代文芸コースに入学した。2017年4月20日、指導教員だった渡部は飲食店で「卒業したら俺の女にしてやる」という趣旨の発言をした。同月24日、深沢は同コースの主任の水谷八也教授に相談するが、「君に隙があった」「セクハラというのはもっとすごいやつだ」と二次加害発言を受けた。 2018年3月、深沢は退学。
小林 竜雄(こばやし たつお、1952年 - )は、日本の脚… 小林 竜雄(こばやし たつお、1952年 - )は、日本の脚本家・評論家。東京都出身。 別名・小林竜夫。東京都立北園高等学校を経て、早稲田大学卒業。1978年、『もっとしなやかに、もっとしたたかに』の脚本が城戸賞に準入賞。翌年、藤田敏八監督によって映画化される。以後は脚本、評論を手がけている。
田村 秀行(たむら ひでゆき 1952年 - )は、日本の評… 田村 秀行(たむら ひでゆき 1952年 - )は、日本の評論家。日本語教師。
東 信二(あずましんじ、1951年11月24日 - )は、東… 東 信二(あずましんじ、1951年11月24日 - )は、東京都豊島区池袋出身の元騎手・現競馬評論家。 生家は池袋駅の近くで自転車を預かる仕事と碁会所を営んでおり、7人兄弟の末子(姉5人と兄1人)として生まれる。 少年時代は歌手を志し、中学校卒業を前にした進路決定の際に母親にそのことを打ち明けるが、姉に「あんたの声じゃ無理」と言われ、目標を騎手に切り替える。東には中学2年時に林間学校で訪れた霧ケ峰高原の牧場で乗馬を経験し、夢中になったことがあった。1967年に馬事公苑騎手養成長期課程に17期生として入所し、同期には小島貞博・吉沢宗一などがいた。 3年間の講習を経て騎手試験に合格し、1970年に中山競馬場白井分場・境勝太郎厩舎からデビュー。
佐藤 忠志(さとう ただし、1951年5月4日 - 2019… 佐藤 忠志(さとう ただし、1951年5月4日 - 2019年9月24日)は、日本の教育評論家・元予備校講師。元拓殖大学客員教授。2016年7月の時点でトップ・カラーに所属していた。愛称は「金ピカ先生」。 東京都出身。父親は「世間一般で怒らないようなことを怒るし、世間一般じゃ許さないようなことを認める」人だったという。小学1年生のときから芸者に親しみ、中学の入学祝いで父親に十二社(東京都新宿区西新宿)の性風俗店へつれていかれ、童貞を喪失。 中野区立多田小学校に入学のち私立宝仙学園小学校に転校を経て、杉並区立桃井第二小学校卒業、杉並区立神明中学校卒業。芝浦工業大学高等学校卒業。 現役高校生では、慶應義塾大学を受験するが不合格。
松村 雄策 (まつむら ゆうさく、1951年4月12日 - … 松村 雄策 (まつむら ゆうさく、1951年4月12日 - 2022年3月12日)は、日本の音楽評論家、文筆家、歌手。 東京都大田区出身。1970年、東京都立桜町高等学校夜間部卒業。 ※上記アルバム3作を2007年8月22日にデジタルリマスター、紙ジャケ仕様で初CD化リリース
水村 美苗(みずむら みなえ、1951年 - )は、日本の小… 水村 美苗(みずむら みなえ、1951年 - )は、日本の小説家、評論家。夫は東京大学経済学部名誉教授の岩井克人。
藤巻 健史(ふじまき たけし、1950年6月3日 - )は、… 藤巻 健史(ふじまき たけし、1950年6月3日 - )は、日本の債券・為替・株式トレーダー、経済評論家、政治家。モルガン銀行東京支店長、ジョージ・ソロス氏アドバイザーなどを経て、日本維新の会所属の参議院議員(1期)。日本維新の会政務調査会長代行および、東京維新の会代表、千葉維新の会代表、埼玉維新の会代表。
増山 法恵(ますやま のりえ、1950年1月29日 - 2… 増山 法恵(ますやま のりえ、1950年1月29日 - 2021年6月30日から7月1日にかけての未明)は、日本の漫画原作者、小説家、書評家、映画評論家、音楽評論家。東京都出身。血液型はB型。 漫画家・竹宮惠子のプロダクションのプロデューサー兼ディレクターを20歳のときから務め、『変奏曲』の原作なども担当する。15年間務めたのち独立、フリーライターとして活動する。のりす・はーぜの筆名で、『風と木の詩』のその後を書いた小説『神の子羊』や、イギリスのパブリックスクールを舞台にしたミステリー『永遠の少年』を執筆。他に、増山のりえの名前で『アリス・ブック』『少女風雅』の編纂など。 幼少時から指が人よりもよく動いたという理由で、両親のすすめでピアノを習い始め、小・中学校時代は桐朋学園大学の『子供のための音楽教室』に通い、将来はプロのピアニストを目指していた。
テリー伊藤(テリー いとう、1949年12月27日 - )は… テリー伊藤(テリー いとう、1949年12月27日 - )は、日本の演出家、テレビプロデューサー、タレント、評論家、著作家。本名は伊藤 輝夫(いとう てるお)で、芸名の「テリー」は本名の輝夫にちなむ。東京都中央区築地出身。本籍地は千葉県山武郡横芝光町。身長174cm
仁平 勝(にひら まさる、1949年4月26日 - )は、日… 仁平 勝(にひら まさる、1949年4月26日 - )は、日本の俳人・文芸評論家。 東京都武蔵野市吉祥寺に生まれる。東京都立三鷹高等学校、中央大学法学部政治学科を卒業。1979年、古本屋で見つけた坪内稔典編集の『現代俳句』(南方社)を読んで同時代の俳句に興味を抱く。翌年から句作を開始し、第一句集『花盗人』を私家版で上梓。1981年「豈」参加(1999年退会)、「未定」参加(1991年除名)。1983年「俳句評論」に準同人として参加(同年終刊)。1989年「船団」入会(1997年退会)。1997年、評論集『俳句が文学になるとき』を中心とした業績で第19回サントリー学芸賞受賞。2003年、評論集『俳句のモダン』で第3回山本健吉文学賞評論部門受賞。
津村 喬(つむら たかし、本名は高野威(たかの たけし)、1… 津村 喬(つむら たかし、本名は高野威(たかの たけし)、1948年7月10日 - 2020年6月17日)は、評論家、気功師。NPO法人気功文化研究所代表。気功懇談会会員。京都気功会講師。「ニューエイジ」類似運動活動家。 東京都出身。元総評事務局長の高野実の二男。ジャーナリストの高野孟は兄。高瀬羽皐の孫。 早稲田大学高等学院に入学。 1964年、第一次訪中に気功療法を体験。 1970年、早稲田大学第一文学部中退。在学中より評論活動を行い、中国の文化大革命と毛沢東主義に傾倒、大学を中退後は反原発運動、反差別運動などの市民運動に関わりつつ執筆活動を継続する。その後フリーのライターとして今日に至る。「日中友好協会(正統)早大支部」を名乗り、中国研究所の機関誌『中国研究月報』などにも寄稿。
山本 益博(やまもと ますひろ、1948年(昭和23年)4月… 山本 益博(やまもと ますひろ、1948年(昭和23年)4月11日 - )は、日本の落語評論家、料理評論家。株式会社マスヒロジャパン代表取締役社長。現在の妻・山本美穂子は舞台衣装や歌舞伎バックなどを制作する織衣装作家。 東京都出身。東京都立紅葉川高等学校、北海道札幌東高等学校を経て、早稲田大学第二文学部演劇学科卒業。東京 浅草に育つが、高校時代に北海道に転居し、1968年(昭和43年)3月に大学進学のため、再び東京に戻った。生家は靴下問屋を営んでいた(現在は廃業している) 東京に戻った山本は、たまたま国立劇場小劇場の第五次落語研究会第一回(昭和43年3月14日)に入場し、そこで初めて桂文楽 (8代目)(黒門町)の落語を体験し、黒門町の追っかけとなった。
勅使河原 純(てしがわら じゅん、1948年 - )は、日本… 勅使河原 純(てしがわら じゅん、1948年 - )は、日本の美術評論家、キュレーター。 岐阜県生まれ。東京都立西高等学校を経て、東北大学文学部美学美術史学科を卒業。民間企業、地方自治体、文化系財団などに勤務したのち、世田谷美術館事業部長。1995年『美術館からの逃走』で倫雅美術奨励賞受賞。油絵「風方」で第22回シェル美術佳作賞を受賞。生け花の勅使河原蒼風とは関係はない。
町永 俊雄(まちなが としお、1947年(昭和22年)9月6… 町永 俊雄(まちなが としお、1947年(昭和22年)9月6日 - )は、福祉介護評論家・ジャーナリスト。NHKの元アナウンサー。 東京都出身。東京都立日本橋高等学校を経て早稲田大学政治経済学部卒業後、1971年(昭和46年)入局。以後八戸、岡山、東京、名古屋などで勤務。情報系の番組を担当することが多かったが、のちに社会福祉系の番組を専門とするようになる。2007年10月1日に嘱託職へ移行し、64歳となった2011年秋に嘱託終了。
池田 清彦(いけだ きよひこ、1947年7月14日 - )は… 池田 清彦(いけだ きよひこ、1947年7月14日 - )は、日本の生物学者(構造主義生物学・理論生物学)、科学・社会・環境問題評論家。早稲田大学名誉教授、山梨大学名誉教授。理学博士(東京都立大学)。TAKAO 599 MUSEUM名誉館長。構造主義を生物学に応用する方法を追究する。専門の生物学をはじめ、進化論、科学論、環境問題、脳科学などを幅広く論じる。趣味は昆虫採集。
石川 好(いしかわ よしみ、男性、1947年(昭和22年)1… 石川 好(いしかわ よしみ、男性、1947年(昭和22年)1月5日 - 2024年(令和6年)8月19日)は、日本のノンフィクション作家、ジャーナリスト、時事問題評論家。妻は小説家の殿谷みな子。 1947年、東京都伊豆大島(大島町波浮港)生まれ。1959年、大島町立第三中学校入学。1962年、東京都立大島高等学校入学。大島高校では野球部に所属し主将を務めた。1965年、都立高校卒業と同時に先行渡米していた実兄を頼り、短期農業移民資格でアメリカ・カリフォルニア州へ渡る。カリフォルニア州では、兄の勤めていた農園で働く。1969年に帰国。1974年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。大学卒業後、再渡米し、庭園業を営む。
田淵 幸一(たぶち こういち、1946年9月24日 - )は… 田淵 幸一(たぶち こういち、1946年9月24日 - )は、東京都豊島区出身の元プロ野球選手(捕手、内野手)・指導者(監督、コーチ)、野球解説者、野球評論家、タレント。阪神タイガースOB会会長(第6代)。 株式会社タブチエンタープライズ所属(FIRST AGENTにも業務提携で在籍)。ニックネームは「ブチ」「ブッちゃん」「タブタ」「オッサン(東尾修が使用)」。3代目ミスタータイガースとも称される。 現役時代は阪神タイガースの主砲として活躍し、1979年に移籍した西武ライオンズではチームの2年連続リーグ優勝・日本一に貢献した。引退後は福岡ダイエーホークス監督、阪神・楽天のコーチを歴任。また、北京オリンピック野球日本代表ヘッド兼打撃コーチも務めた。
木幡 和枝(こばた かずえ、1946年7月26日 - 201… 木幡 和枝(こばた かずえ、1946年7月26日 - 2019年4月15日)は、日本の芸術評論家、アートプロデューサー、翻訳家。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科名誉教授。新潟市民芸術文化会館アドバイザリー・プロデューサー。舞踊資源研究所管理責任者。 東京都生まれ。1965年、雙葉高等学校卒業。1969年、上智大学文学部新聞学科卒業。 同年から1973年まで、TBSブリタニカの編集者で、百科事典「世界子ども百科」編集長。工作舎+フォーラム・インターナショナルの編集者も務めた。後に、1978年に独立。 1970年代より美術、音楽、ダンスのプロデューサー。1981年、東京都中野区にある地下の先駆的パフォーマンススペースplan-Bの設立メンバー、実行委員。
長谷川 三千子(はせがわ みちこ、1946年3月24日 - … 長谷川 三千子(はせがわ みちこ、1946年3月24日 - )は、日本の哲学者、評論家。埼玉大学名誉教授。日本会議代表委員。NHK経営委員。
秀島 一生(ひでしま いっせい、1946年1月1日 - )は… 秀島 一生(ひでしま いっせい、1946年1月1日 - )は、日本の旅行・航空評論家、サービスコンサルタント。
服部 幸應(はっとり ゆきお、1945年12月16日 - 2… 服部 幸應(はっとり ゆきお、1945年12月16日 - 2024年10月4日)は、日本の料理評論家、教育者、タレント。学位は博士(医学)(昭和大学・2005年)。 本名は染谷 幸彦(そめや ゆきひこ)。学校法人服部学園理事長(第3代)、服部栄養専門学校校長(第3代)、公益社団法人全国調理師養成施設協会会長、社団法人全国栄養士養成施設協会副会長、一般社団法人全国料理学校協会副会長、東日本料理学校協会会長、特定非営利活動法人NPO日本食育インストラクター協会理事長。プライドフィッシュプロジェクト企画委員会会長。一般社団法人全日本・食学会理事。 東京都豊島区出身。料理学校「服部学園」の創立者である服部道政こと染谷栄の子として生まれた。
東郷 和彦(とうごう かずひこ、1945年〈昭和20年〉1月… 東郷 和彦(とうごう かずひこ、1945年〈昭和20年〉1月10日 - )は、日本の外交官、評論家、政治学者(国際関係論)。Ph.D.(ライデン大学、2009年)。 外務省条約局局長、外務省欧亜局局長、オランダ駐箚特命全権大使、ライデン大学附属国際アジア研究所教授、プリンストン大学東アジア研究学部講師、京都産業大学法学部教授、京都産業大学世界問題研究所所長などを歴任した。 疎開先の長野県軽井沢町生まれ、東京都で育つ。東京大学教養学部を経て、1968年に外務省に入省した。欧亜局の審議官や大臣官房の総括審議官を経て、条約局や欧亜局の局長を歴任した。オランダ特命全権大使としてデン・ハーグに赴任するも、鈴木宗男事件をきっかけに2002年に罷免された。
落合 正勝(おちあい まさかつ、1945年 - 2006年8… 落合 正勝(おちあい まさかつ、1945年 - 2006年8月7日)は、日本の服飾評論家、ジャーナリスト。 東京都中央区築地生まれ。立教大学法学部卒業。『ジャパンタイムズ』を経て服飾評論家として独立。1994年5月、男性向けファッション雑誌『MEN'S EX』(世界文化社)の連載で「クラシコ・イタリア」という言葉を紹介し、「ファッションとは流行を追うばかりでなく普遍的なクラシックがある」と主張し、服飾評論の世界に一石を投じた。1997年、フィレンツェ市長よりベスト・ペン・プライズを受賞。1998年、東洋人として初めてクラシコ・イタリア大賞を受賞。ファッション誌に限らず、中日新聞や生活雑誌『サライ』(小学館)などでも連載を勤めた。
荒木 一郎(あらき いちろう、1944年1月8日 - )は、… 荒木 一郎(あらき いちろう、1944年1月8日 - )は、日本の俳優、歌手、音楽プロデューサー、実業家、小説家、マジック評論家、カードマジック研究家。
尾形 明子(おがた あきこ、1944年 - )は、日本の文芸… 尾形 明子(おがた あきこ、1944年 - )は、日本の文芸評論家、日本近代文学の研究者。近代日本文学、特に自然主義文学と女性文学 - 「女人芸術」「輝ク」の研究が専門。 東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大学院博士課程満期退学。東京女学館短期大学、東京女学館大学教授を歴任。
工藤 元司郎(くどう げんしろう、1944年 - )は、東京… 工藤 元司郎(くどう げんしろう、1944年 - )は、東京都港区出身の元競輪選手で、現在は競輪評論家である。日本競輪学校第16期生で同期に群馬の稲村雅士がいる。現役引退時は日本競輪選手会茨城支部所属。実父の工藤勝美も元競輪選手。
湯村 輝彦(ゆむら てるひこ、1942年11月1日 - )は… 湯村 輝彦(ゆむら てるひこ、1942年11月1日 - )は、イラストレーター、デザイナー、漫画家、音楽評論家。ヘタウマなイラストと、スウィート・ソウルなどのR&Bや、Gラップのフリークとしても知られる日本グラフィック界のベテランである。東京都新宿区角筈(現在の西新宿)生まれ。ペンネームはTerry Johnson(テリー・ジョンスン)、ゴンゾ。また、かつては、「FLAMINGO TERRY」、「FRAMINA TERRENO GONZO」、「TERRINO FLAMINI' GONZAREZ」、「紅鶴照万太」などのペンネームも用いていた。愛称は「キング・テリー」(略して、「キンテリ」とも)。
芹沢 俊介(せりざわ しゅんすけ、1942年8月29日 - … 芹沢 俊介(せりざわ しゅんすけ、1942年8月29日 - 2023年3月22日)は、日本の文芸・教育・社会・宗教評論家。 植物学者・愛知教育大学名誉教授の芹沢俊介(スウェーデン語版)(1948年 - )は、同名異人。 東京府出身。東京都立千歳高等学校、上智大学経済学部卒業。吉本隆明と親交を深め、文学論などから、教育論、宗教論、家族論などに論陣を張る。 晩年は家族、養育に関する著作が中心である。グループホーム(養護施設)との関係から生まれた養育論を展開した。 ひきこもり、児童虐待、少年事件、宗教等においても幅広く発言している。 ひきこもりに関しては、マスメディアで騒がれはじめた21世紀初頭から、ひきこもることの必要性を訴え続けてきている。
奥成 達(おくなり たつ、1942年6月30日 - 2015… 奥成 達(おくなり たつ、1942年6月30日 - 2015年8月16日)は、日本の詩人、ジャズ評論家、著述家、漫画原作者、編集者、作詞家、トランペット奏者。 東京都品川区大井出身。東京都立城南高等学校卒業。雑誌記者、タウン誌編集長、青山学院大学文学部講師を歴任。 さまざまな種類の活動を通して、日本のサブカルチャー界に、広い人脈を築いた。タモリの「密室芸」の命名者である。 また、様々な別名を用いて執筆活動を行った。自身のペンネーム「異魔人」。また高橋肇との共同ペンネーム「影山勲」。弟の奥成繁(久保田呉春)との共同ペンネーム「山口泰」。妻はイラストレーターのながたはるみ。 2015年8月16日、腎盂癌のため死去した。
島村 英紀(しまむら ひでき、1941年11月23日- )は… 島村 英紀(しまむら ひでき、1941年11月23日- )は、地震学者(地球物理学者、地球科学者)、日本文藝家協会会員、評論家、エッセイスト。父は島村喜久治。母は島村千枝子。大叔母は吉行あぐり(千枝子の母の妹)。 2004年以来、現在まで武蔵野学院大学特任教授。また、CCSS(制御震源地震学国際委員会=地球内部構造を研究するための人工地震の国際学会)の委員長を1983-1989年に務めた。なお、現在に至るまで、日本人としてはただ一人の委員長である[要出典]。 1960年代の大学院生当時、プレート・テクトニクスの黎明期でプレートが生まれるところ(海嶺)も、消えるところ(海溝)も海底にあることが分かり、プレートの動きをいちばん精密に現場で知ることが出来る海底地震計を開発することを、指導教官だった浅田敏らと開始した。
窪島 誠一郎(くぼしま せいいちろう、1941年11月20日… 窪島 誠一郎(くぼしま せいいちろう、1941年11月20日 - )は日本の著作家、美術評論家、美術館館主。父親は小説家の水上勉。
大宅 映子(おおや えいこ、本名:枝廣 映子、1941年(昭… 大宅 映子(おおや えいこ、本名:枝廣 映子、1941年(昭和16年)2月23日 - )は、日本のジャーナリスト、評論家、コメンテーター。 ジャーナリスト大宅壮一の三女。兄は詩人・大宅歩。芸能事務所ホリプロがマネジメントしている。 株式会社大宅映子事務所代表取締役、公益財団法人大宅壮一文庫理事長。(母・大宅昌から引き継いだ。) CNNj放送番組審議会委員、AXNエンタテインメント放送番組審議会委員、西武ホールディングス社外取締役、日本年金機構理事、公益財団法人日本国際フォーラム評議員、日本ゴルフ改革会議議長。元日本インフォメーションシステムズ (NIS) 代表取締役、元株式会社髙島屋社外取締役、元資生堂社外監査役。
湯浅 誠(ゆあさ まこと、1941年 - )は、中国問題の評… 湯浅 誠(ゆあさ まこと、1941年 - )は、中国問題の評論家。
大坪 元雄(おおつぼ もとお、1940年11月23日 - )… 大坪 元雄(おおつぼ もとお、1940年11月23日 - )は、おもに関西地方を中心に活動する競馬評論家。 東京府東京市牛込区(現・東京都新宿区)生まれ。 遠戚にホースニュース・馬のオーナーがいた縁で1958年に同社へ入社。1958年9月、同社の関西進出に伴い異動。1964年に東京へ戻ってから本紙予想を任される。その後競馬ブックに移籍し同社のトラックマンを経て、2011年現在はフリー。ただし新聞関係は引き続き競馬ブックと専属契約を結ぶ。 長らくラジオNIKKEI(旧・ラジオたんぱ)毎週土曜日午後の『中央競馬実況中継・第2放送(現在は同題名第2部)』と、関西テレビ『DREAM競馬』(旧題・ドリーム競馬)のメイン解説を務め、JRAが大レース前に場内放送する調教ビデオ(関西開催のものに限る)の解説も担当。
平子 義雄(ひらこ よしお、1940年7月28日 - 201… 平子 義雄(ひらこ よしお、1940年7月28日 - 2011年)は、ドイツ文学者、哲学者、環境問題評論家。兵庫県立大学名誉教授。 東京生まれ。東京都立小山台高等学校卒、1963年東京外国語大学ドイツ語科卒、1967年東京大学大学院独文専攻修士課程修了。その後マールブルク大学、ハンブルク大学に学ぶ。 帰国後、大阪教育大学助教授、大阪大学言語文化部助教授、88年東大教養学部助教授、89年教授、1998年姫路工業大学環境人間学部教授、兵庫県立大学環境人間学部教授、名誉教授。 夫人は歌人、教育学者の平子恭子。
高橋 国光(高橋 國光、たかはし くにみつ、1940年1月2… 高橋 国光(高橋 國光、たかはし くにみつ、1940年1月29日 - 2022年3月16日)は、日本の元レーシングドライバー、オートバイ評論家。東京府北多摩郡小金井町(現:東京都小金井市)出身。血液型はB型。愛称は国さん。 二輪・四輪合わせて489レースに出場し、通算71勝を挙げている。二輪では世界グランプリを転戦したが、四輪のレース活動は日本国内を主戦場とした。 華麗なドリフト走法で知られ、黒澤元治に代表されるグリップ走法派のドライバーが台頭した後もレースでドリフトを多用したことで知られる。そのため、ドリキン(ドリフト・キング)こと土屋圭市達から、師匠的な扱いを受けている。 1999年に59歳で現役を引退し、2000年以降は自らのレーシングチームであるチーム国光の監督を務めた。
久保 紘之(くぼ こうし、1940年 - )は日本のジャーナ… 久保 紘之(くぼ こうし、1940年 - )は日本のジャーナリスト・評論家。産経新聞編集特別委員を歴任。
小野 耕世(おの こうせい、1939年11月28日 - )は… 小野 耕世(おの こうせい、1939年11月28日 - )は、日本の映画評論家、漫画評論家、海外コミック翻訳家、海外コミック・アニメーション研究家。東京都世田谷区出身。 アメリカンコミックス紹介で、KOSEIというペンネームを使っていたことがある。 日本における海外コミックの翻訳出版および研究、紹介の第一人者。元NHK職員。日本マンガ学会理事をへて3代目会長。日本漫画家協会会員(参与)。 熱気球パイロットのライセンスを持っており、日本気球連盟会員。 父は漫画家の小野佐世男。 東京市世田谷区代田[要出典]に生まれるが、自宅が空襲にあい、埼玉県指扇(さしおうぎ)の母方の親戚宅[要出典]に疎開する。戦中にインドネシアに渡っていた父の小野佐世男が1946年5月末に帰国し、世田谷・北沢の父の姉の家に家族で転居する。