加藤 ひろあき(かとう ひろあき、1983年3月9日 - )… 加藤 ひろあき(かとう ひろあき、1983年3月9日 - )は日本のシンガーソングライター、インドネシア語翻訳家・通訳、大学講師、ミュージカル俳優。インドネシアに在住し、バラエティ番組や旅番組のテレビタレント、クイズ番組の司会者としても活動している。 東京都立国分寺高等学校を卒業後、東京外国語大学外国語学部東南アジア課程インドネシア語専攻へ入学。入学後にサッカー部に所属しながら、音楽活動を始めた。インドネシア留学中にジャワ島中部地震に被災。6000人以上が亡くなった中で自分が生き残った意味を考え、現地学生団体と共に救援物資と音楽を被災地に届けるボランティア活動を行う。 2008年から2013年まで、北海道札幌市のYOSAKOIソーラン祭りチーム「Gush」に参加、テーマ曲のボーカル、ラップ、旗持ちを担当。
宮下 遼(みやした りょう、1981年 - )は、日本のトル… 宮下 遼(みやした りょう、1981年 - )は、日本のトルコ文学者、翻訳家、作家。大阪大学大学院人文学研究科准教授。トルコのノーベル文学賞作家オルハン・パムクの作品を翻訳した。父はフランス文学者・翻訳家の宮下志朗。 東京都世田谷区出身。2000年、駒場東邦高等学校卒業。2004年、東京外国語大学トルコ語専攻卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。2015年より、大阪大学大学院言語文化研究科准教授。 訳書に、オルハン・パムク『わたしの名は赤』『雪』『無垢の博物館』などがある。 2015年『無名亭の夜』で第37回野間文芸新人賞候補。 2019年「青痣」で第32回三島由紀夫賞候補、同作品で第41回野間文芸新人賞候補。
枇谷 玲子(ひだに れいこ、1980年 - )は、日本の北欧… 枇谷 玲子(ひだに れいこ、1980年 - )は、日本の北欧語の翻訳家。別筆名にひだに れいこ。 富山県生まれ。豊島岡女子学園高等学校在学中にグレーテリース・ホルム『マリアからの手紙』を読んで北欧に関心を持つ。上智大学外国語学部在学中から、早稲田大学語学研究所でデンマーク語を学ぶ。2000年に上智大学を中退し、大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)デンマーク語学科入学。2003年にデンマーク教育大学児童文学センターに留学。2005年大阪外国語大学卒業。 在学中の2005年に、木村由利子の推薦により『ウッラの小さな抵抗』で翻訳者デビュー。北欧家具輸入販売会社勤務、翻訳会社でオンサイトのチェッカーの経験を経て、子育てしながら北欧書籍の紹介を行っている。
八田 真行(はった まさゆき、1979年(昭和54年)7月3… 八田 真行(はった まさゆき、1979年(昭和54年)7月31日 - )は日本人の経営学者(駿河台大学教授)、ハッカー、翻訳家、コラムニスト。 オープンソースの定義の翻訳、GNU GPL、GNU LGPL、GNU FDL (GFDL) などGNUライセンス群の邦訳者、自由ソフトウェア/オープンソース (FOSS)に関するコラムの執筆者として知られる。 東京都練馬区生まれ。東京学芸大学教育学部附属高等学校在学中にアメリカ・ニューヨーク州へ留学。東京大学経済学部、東京大学大学院経済学研究科修士課程を修了。同大学院経済学研究科博士後期課程を単位取得満期退学。大学院では法と経済学、組織論を専攻。財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、駿河台大学経済学部教授、GLOCOM客員研究員。
小川 絵梨子(おがわ えりこ、1978年10月2日 - )は… 小川 絵梨子(おがわ えりこ、1978年10月2日 - )は日本の演出家、翻訳家である。アメリカで演出を学んだ後、2010年に日本で『今は亡きヘンリー・モス』を演出し、注目されるようになった。翻訳ものを得意とする演出家である。2018年9月より新国立劇場の演劇部門芸術監督をつとめる。 1978年、東京都生まれ。子どもの頃から演劇に関心があり、バックステージものなどを好んでいた。初めて見た記憶にある演劇は美輪明宏の『黒蜥蜴』であるという。それ以外では子ども時代から宮崎駿やミヒャエル・エンデを愛好し、影響を受けたという。俳優になりたいと考えていたが、高校3年生の時に文化祭で演出を手がけたことにより、演出に関心が向くようになった。
関口 涼子(せきぐち りょうこ、1970年12月21日 - … 関口 涼子(せきぐち りょうこ、1970年12月21日 - )は、日本生まれ、フランス在住の詩人、美術史家、翻訳家。 東京都新宿区生まれ。神奈川県立鶴嶺高等学校在学中から詩人として頭角を現し、1989年に第26回現代詩手帖賞受賞。早稲田大学文学部在学中の1993年、詩集『カシオペア・ペカ』を刊行。1996年、東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化専攻修士課程修了。その後パリに拠点を移し、自作のフランス語訳や多和田葉子の仏訳、漫画の仏訳を刊行する。「ナツヨウコ」の別名による著作もある。2004-10年フランス国立東洋言語文化学院講師。2012年フランス政府から芸術文化勲章シュヴァリエを受章。
石岡 史子(いしおか ふみこ、1970年 - )は、日本の教… 石岡 史子(いしおか ふみこ、1970年 - )は、日本の教育者、翻訳家。特定非営利活動法人ホロコースト教育資料センター理事長。愛知教育大学、神戸学院大学、早稲田大学非常勤講師。 1970年(昭和45年)、東京都生まれ。1988年(平成1年)、神奈川県立生田高等学校卒業。1995年(平成7年)に、教育問題・南北問題・女性の人権などを学んでいた英国のリーズ大学開発学部の大学院を修了。1997年(平成9年)、NGO団体による「アンネ・フランクの会」展示教育館開設時より、事務局次長としてその活動に携わる。翌年10月、同教育館を改名・移転後、再出発した特定非営利活動法人「ホロコースト教育資料センター」の理事長に就任。
三辺 律子(さんべ りつこ、1968年2月5日 - )は、日… 三辺 律子(さんべ りつこ、1968年2月5日 - )は、日本の英米文学翻訳家。 東京都生まれ。聖心女子学院中等科・高等科を経て、聖心女子大学文学部外国語外国文学科英語英文学専攻を卒業。都市銀行、聖心女子大学英文研究室での勤務を経て、白百合女子大学大学院文学研究科児童文学専攻修士課程を修了。フェリス女学院大学講師、白百合女子大学講師。 猪熊葉子、神宮輝夫に師事。また、東直子のもとで短歌も学んでいる。
鳥山 雅代(とりやま まさよ、1968年 - )は、日本の教… 鳥山 雅代(とりやま まさよ、1968年 - )は、日本の教育者、翻訳家。
畔柳 和代(くろやなぎ かずよ、1967年4月[要出典] -… 畔柳 和代(くろやなぎ かずよ、1967年4月[要出典] - )は、日本のアメリカ・英語圏文学者、翻訳家、東京科学大学教授。 雙葉高等学校卒、1990年東京大学教養学部教養学科アメリカ分科卒業、1998年同大学院博士課程単位取得満期退学。東京医科歯科大学教養部専任講師、助教授、2007年准教授、2010年教授。
高野 秀行(たかの ひでゆき、1966年10月21日 - )… 高野 秀行(たかの ひでゆき、1966年10月21日 - )は、日本のノンフィクション作家、翻訳家。東京都八王子市出身。 ポリシーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」。 都立高校の英語教師の子として生まれる。早稲田大学高等学院、早稲田大学第一文学部仏文科卒業。 在学中は早稲田大学探検部所属。東京農業大学探検部OBの山田高司と知り合い、師匠としている。探検部の後輩に、平井竜一(のち逗子市長)、四倉幹木(のち朝日新聞記者)らがいた。また、関野吉晴は大学は一橋大学だが、早稲田大学探検部に所属しており、高野の先輩にあたる。 大学在学中に、探検部での探検行をまとめた、『幻の怪獣・ムベンベを追え』でデビュー。
渋谷 節子(しぶや せつこ、1966年〈昭和41年〉7月8日… 渋谷 節子(しぶや せつこ、1966年〈昭和41年〉7月8日 - )は、日本の文化人類学者・翻訳家。福知山公立大学教授。出生名は小和田 節子(おわだ せつこ)。 第22代国際司法裁判所(ICJ)所長・小和田恆の三女。皇后雅子の実妹。 スイス連邦のジュネーヴ市で、当時在ソ連日本国大使館一等書記官・小和田恆の三女として生まれた。長姉は雅子であり、節子の双生児として生まれた次姉が礼子である。生後しばらく同国ベルンの在スイス日本国大使館大使公邸で育てられた。 1969年(昭和44年)、父の恒が国際連合日本政府代表部に赴任したため、一家でアメリカ合衆国・ニューヨーク州に住んだ。2歳から4歳までの2年間で同州ニューヨーク市の2つの幼稚園に通った。
石黒 賢(いしぐろ けん、1966年〈昭和41年〉1月31日… 石黒 賢(いしぐろ けん、1966年〈昭和41年〉1月31日 - )は、日本の俳優、タレント、司会者、キャスター、児童文学翻訳家。本名は同じ。翻訳家名:イシグロ ケン。 東京都出身。成城学園中学校高等学校、成城大学経済学部卒業。ソニー・ミュージックアーティスツ所属。父は日本人初のプロテニス選手として知られる石黒修。曽祖父に官僚・政治家の石黒五十二、三井財閥幹部の福井菊三郎(祖父石黒九一の岳父)、祖父(母方)に海軍書記官の杉田主馬。高祖父の江原素六の義甥の弘世現の娘の義叔母が香淳皇后。 中学から大学までテニス部に在籍し、中学2年生の時には都大会で秋篠宮文仁親王と対戦した経験がある。そのことから、テニス専門誌にコラムを書いたり、WOWOWのテニス中継(グランドスラム大会やジャパン・オープンテニスなど)では番組ナビゲーターやゲストなどで出演することが多い。
田中 薫子(たなか かおるこ、1965年 - )は日本の翻訳… 田中 薫子(たなか かおるこ、1965年 - )は日本の翻訳家。 幼少期をニューヨークとシドニーで過ごす。雙葉学園を経て慶應義塾大学理工学部物理学科を卒業。ソニーを経て93年よりフリー翻訳者。 科学書としては『ザ・サイエンス・ヴィジュアルシリーズ』(東京書籍)の叢書の翻訳者。児童書の分野では、宮崎駿監督の映画『ハウルの動く城』の原作者ダイアナ・ウィン・ジョーンズの魔法ファンタジーシリーズの翻訳者として有名。
江國 香織(えくに かおり、1964年〈昭和39年〉3月21… 江國 香織(えくに かおり、1964年〈昭和39年〉3月21日 - )は、日本の小説家、翻訳家、詩人。父はエッセイストの江國滋。 1987年の『草之丞の話』で童話作家として出発、『きらきらひかる』『落下する夕方』『神様のボート』などの小説作品で人気を得る。2004年、『号泣する準備はできていた』で直木賞受賞。詩作のほか、海外の絵本の翻訳も多数。 東京都世田谷区出身。出生地は東京都新宿区。順心女子学園(現:広尾学園中学校・高等学校)、目白学園女子短期大学国文学科卒業。アテネ・フランセを経て、デラウェア大学に留学[リンク切れ]。 1985年、20歳で『ユリイカ』に詩作品「綿菓子」を初投稿、「今月の作品」に選ばれ掲載される。
山形 浩生(やまがた ひろお、1964年3月13日 - )は… 山形 浩生(やまがた ひろお、1964年3月13日 - )は、日本の評論家、翻訳家。野村総合研究所研究員。
鴻巣 友季子(こうのす ゆきこ、1963年7月15日 - )… 鴻巣 友季子(こうのす ゆきこ、1963年7月15日 - )は、日本の翻訳家、エッセイスト。文芸評論家として『朝日新聞』書評欄にも寄稿している。CS日本番組審議会委員も務める。日本ペンクラブ会員。 東京都生まれ。母は日本舞踊家。成城学園中学校高等学校時代に所属していた文芸部の夏合宿で安部公房に出会ったことが翻訳家・文筆家への道の分岐点だったと語っている。その後、成城大学文芸学部卒業。柳瀬尚紀に師事し、お茶の水女子大学大学院人文科学研究科英文学専攻修士課程修了、1987年から翻訳を始める。当初は心理学書、ミステリーやサスペンスの小説の翻訳が多かったが、2000年にノーベル文学賞作家ジョン・クッツェーの『恥辱』を訳し、新潮文庫で『嵐が丘』の新訳を刊行した。
鈴木 雅雄(すずき まさお、1962年7月30日 - )は、… 鈴木 雅雄(すずき まさお、1962年7月30日 - )は、日本のフランス文学者、翻訳家。早稲田大学文学部教授。専門はシュルレアリスム研究、イメージ文化史、近現代フランス文学。 東京都出身。東京都立戸山高等学校卒業。1985年、東京大学教養学部教養学科フランス分科卒業。1987年、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程を修了し、博士課程に進む。1989年から93年までパリ第7大学文学部に留学し、博士課程を修了(文学博士)。同年、東京大学大学院総合文化研究科地域文化博士課程を退学し、同大学教養学部教養学科に助手として赴任。1997年に早稲田大学文学部に専任講師として赴任。2000年に助教授、2005年に教授に昇任。
神保 哲生(じんぼう てつお、1961年〈昭和36年〉11月… 神保 哲生(じんぼう てつお、1961年〈昭和36年〉11月10日 - )は、日本のジャーナリスト、作家、翻訳家、起業家。日本ビデオニュース株式会社代表取締役。ネットメディア『ビデオニュース・ドットコム』代表。国際基督教大学(ICU)ラグビー部監督 東京生まれ。世田谷区立瀬田小学校を卒業後、神奈川県横浜市にある私立桐蔭学園中学校に入学。ラグビー部主将として活躍するも、15歳で渡米。米国ニューヨーク州郊外のプレップスクール『ストニーブルック・スクール』に編入する。1980年にニューヨーク州ニューヨーク市のコロンビア大学に入学。その後一時帰国し1985年国際基督教大学を卒業。1986年にはコロンビア大学に復学し、1987年コロンビア大学ジャーナリズム大学院で修士号を取得。
駒沢 敏器(こまざわ としき、1961年1月14日 - 20… 駒沢 敏器(こまざわ としき、1961年1月14日 - 2012年3月)は、日本の作家、翻訳家。 東京都町田市出身。東京都立狛江高等学校を経て、創設されたばかりのテンプル大学ジャパンキャンパスに入学。アメリカ合衆国へ渡りテンプル大学教養学部(アメリカ研究学)卒業。 高校時代に町田の喫茶店K&A(K&A閉店後は、カフェ・グレを中心に活動)の仲間とともにMORGEN ROTEというミニコミ誌を発行。同じ町田在住の片岡義男のポストにも投函された。その頃、コリン・フレッチャーの『遊歩大全』の影響を受けアウトドアライフに没頭する。日本を代表するバックパッカーで文筆家でもある加藤則芳の知遇を得て、様々な人々との交流を深める。
河合 祥一郎(かわい しょういちろう、1960年7月6日 -… 河合 祥一郎(かわい しょういちろう、1960年7月6日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科教授(表象文化論)。専門はウィリアム・シェイクスピア。 福井県生まれ。1979年私立武蔵高等学校卒業、1984年東京大学文学部英文科卒業。1987年同大学大学院人文社会系研究科修士課程修了。1994年東大教養学部専任講師、1996年助教授。1997年、東京大学より博士(文学)の学位を取得。1999年、Ph.D(ケンブリッジ大学)。ケンブリッジ大学博士論文は『ハムレットは太っていた!』として公刊された。2001年同著でサントリー学芸賞受賞。2007年准教授、2011年2月教授。2025年3月定年退任。
大田 亜侑(おおた あゆ、1960年 - )は、英語の翻訳家… 大田 亜侑(おおた あゆ、1960年 - )は、英語の翻訳家。花押作家。産土開運カウンセラー。著書:『今日からはじめる幸せ習慣』(2019年)、『幸せはこぶ開運歳時記』(2023年)、『波動を上げれば運が良くなる カンタン開運術60』(2023年)。2012年より潜在意識のブロック解除セッションを開始。2016年に世界初の神応易カードのためのオリジナル花押制作。現在は産土神社鑑定やマインドブロック解除のほか、魂の望むままに生きたい人のための心のトレーニング、幸トレ(さちとれ)®を開発、指導。次世代型エネルギーマスター養成講座を終え、フォースエネルギーを使って活動している。 東京都生まれ。東京芸術大学音楽学部楽理科卒。
藤田 雅美(ふじた まさみ、1959年5月28日 - )は、… 藤田 雅美(ふじた まさみ、1959年5月28日 - )は、日本の翻訳家、政治家。クロックワークハウス株式会社 代表取締役。立憲民主党(のち離党)所属の元東村山市議会議員(1期)。 東京都千代田区で生まれ、東村山市で育つ。東村山市立大岱小学校、東村山市立東村山第五中学校、成蹊高等学校、立教大学文学部ドイツ文学科卒業。大学卒業後、日経新聞国際ニュースセンター、ムーディーズジャパン勤務後、金融翻訳会社のクロックワークハウス株式会社を設立。自ら翻訳をするだけではなく、アメリア、フェローアカデミー、日本翻訳連盟等の様々な場で金融翻訳者の育成に尽力する。翻訳書に「虚構の終焉」(リチャード・ヴェルナー著 PHP研究所)がある。
澤田 直(さわだ なお、1959年 - )は、日本のフランス… 澤田 直(さわだ なお、1959年 - )は、日本のフランス哲学者・フランス文学者・翻訳家。立教大学教授。直之の名も使う。ジャン=ポール・サルトル、ジャン=リュック・ナンシーなどを研究。 1984年法政大学文学部哲学科卒業、1987年同大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了、1994年パリ第1大学大学院哲学科博士課程修了、哲学博士。1995年流通経済大学経済学部専任講師、1996年助教授、2000年白百合女子大学文学部助教授、2002年教授、2006年立教大学文学部文学科フランス文学専修・同大学院文学研究科フランス文学専攻博士課程前期課程教授。2023年『フェルナンド・ペソア伝 異名者たちの迷路』で読売文学賞(評論・伝記賞)受賞。
野坂 悦子(のざか えつこ、1959年 - )は、日本の翻訳… 野坂 悦子(のざか えつこ、1959年 - )は、日本の翻訳家、作家。 東京都生まれ。跡見学園高等学校を経て、早稲田大学第一文学部英文学科を卒業。外資系会社に就職後、出版エージェントに転職。1985-90年にオランダ、フランスに滞在。1989年、ハリエット・ヴァン・レーク(英語版)/作『レナレナ』(リブロポート刊)で翻訳家としてデビュー。以降、オランダ語を中心にして英語、フランス語も含めた児童書・絵本の翻訳を行う。ベッテ・ウェステラ(英語版)/文&ハルメン・ファンストラーテン(英語版)/絵の『おじいちゃん わすれないよ』(金の星社)で第50回(2003年)産経児童出版文化賞大賞を受賞。また、1990年代から2004年まで、「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」の図録翻訳に携わり、各地の美術館で開催された産経新聞社主催「オランダ絵本作家展」(2007~2008年)、「ベルギー絵本作家展」(2010~2011年)の監修、および「オランダの金の筆と銀の筆 ― 子どもの本の世界」展(2018年、東京上野・国立国会図書館国際子ども図書館)などにもオランダ、ベルギーの児童文学に詳しい翻訳者として協力している。
栩木 伸明(とちぎ のぶあき、1958年10月20日 - )… 栩木 伸明(とちぎ のぶあき、1958年10月20日 - )は、日本のアイルランド文学者、翻訳家。早稲田大学文学学術院教授。 東京都生まれ。神奈川県立川和高等学校を経て、1982年上智大学文学部英文科卒、1987年同大学院文学研究科英文学専攻博士課程単位取得退学。白百合女子大学講師、助教授、2000年教授、2002年早稲田大学文学部教授、文学学術院教授。専攻は現代アイルランド文学・文化。妻は法政大学教授(英文学)の栩木玲子。 2014年、『アイルランドモノ語り』(で第65回読売文学賞(随筆・紀行賞)受賞。
大岡 玲(おおおか あきら、1958年10月16日 - )は… 大岡 玲(おおおか あきら、1958年10月16日 - )は、日本の日本の著作家、翻訳家、イタリア文学者。東京経済大学教授。妻は料理研究家の冬木れい。父は詩人の大岡信。母は劇作家の深瀬サキ。妹は画家の大岡亜紀。祖父は歌人の大岡博。 詩人・大岡信と劇作家・深瀬サキの長男として東京都三鷹市に生れる。 中学・高校時代は、文学少年であると同時に、小林信彦の影響を受けた映画少年でもあった。武蔵中学校・高等学校卒業。高校の同級生に有近真澄がいた。 2年の浪人の後、浪人時代に読んだイタロ・カルヴィーノの影響で、東京外国語大学外国語学部イタリア語学科へ入学。大学時代から小説を書き始める。卒業後、同大学大学院外国語学研究科ロマンス系言語専攻修士課程修了。
安達 まみ(あだち まみ、1956年10月2日 - )は、日… 安達 まみ(あだち まみ、1956年10月2日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。聖心女子大学教授。 4歳から9歳までロンドンで暮らす。聖心女子大学文学部英文科卒。1982年東京大学大学院英文学専攻修士課程修了。同博士課程満期退学。聖心女子大学英文科講師、助教授、2006年教授。 2009年から2013年日本シェイクスピア協会会長。2016年英国シェイクスピア・インスティテュート(バーミンガム大学)博士課程修了、PhD(博士号)取得。初期近代英演劇、英国児童文学などを専攻、英文学、評論などを翻訳。
井上 一馬(いのうえ かずま、1956年7月29日 - )は… 井上 一馬(いのうえ かずま、1956年7月29日 - )は、日本のエッセイスト、翻訳家である。 1956年、東京都生まれ。都立立川高校、東京外国語大学フランス語学科卒業。日本文藝家協会会員。 編集者として研究社に4年間勤務。その傍ら翻訳したボブ・グリーンのコラムがヒット。1984年に独立し著述業に専念。はじめ米国のコラムなどを翻訳しつつ、エッセイ集、米国ポップカルチャー論などを刊行、のち英語の教科書を多く執筆する。小説も書く。
黒田 福美(くろだ ふくみ、本名:同じ、1956年7月21日… 黒田 福美(くろだ ふくみ、本名:同じ、1956年7月21日 - )は、日本の女優、エッセイスト、翻訳家である。キャストパワー所属。2008年2月末まではアミューズに所属していた。東京都立豊多摩高等学校、桐朋学園芸術短期大学演劇学科卒業。趣味は旅行、写真、ヨガ、ヨット。 1977年、『夫婦ようそろ』でデビュー。同作の新人出演者募集に応じた4619人の中から山本みどり、三島由起子、牧野真理子、大塚良重、堀川あゆみとともに選ばれて起用された。 デビュー当初は時代劇の町娘役が多く、大役に恵まれずにいたが、鈴木武幸からオファーを受けて『電撃戦隊チェンジマン』に出演。当たり役を得る。 『春の波涛』出演時に伊丹十三と出会ったことで縁ができ、監督する映画作品に常連起用されることになる。
金 重明(キム チュンミョン、1956年 - )は、在日韓国… 金 重明(キム チュンミョン、1956年 - )は、在日韓国人の小説家、翻訳家。 東京都生まれ。1974年東京都立墨田川高等学校卒業。1975年東京大学文科3類入学、1977年同大学教養課程中途退学、大阪外国語大学朝鮮語学科入学、1979年除籍。1997年『算学武芸帖』で朝日新人文学賞、2006年『耽羅戦記三別抄』で歴史文学賞、2014年『13歳の娘に語るガロアの数学』で2014年度日本数学会出版賞を受賞。歴史小説を主に手がけ、韓国関係の翻訳を多く行う。
飛幡 祐規(たかはた ゆうき、女性、1956年 - )は、東… 飛幡 祐規(たかはた ゆうき、女性、1956年 - )は、東京都出身のフランス文化研究家、翻訳家、作家。本名は田代 優子(たしろ ゆうこ)。
井辻 朱美(いつじ あけみ、1955年12月12日 - )は… 井辻 朱美(いつじ あけみ、1955年12月12日 - )は、日本の翻訳家、ファンタジー小説家、歌人。白百合女子大学文学部児童文化学科教授。 東京大学理学部生物学科卒・同大学院人文系研究科比較文学比較文化専攻修了。 J・R・R・トールキンなどの正当ファンタジーの愛好家として出発し、英米のファンタジー小説を多く翻訳する。また自身も、ロード・ダンセイニなどの英米ファンタジーの世界観の影響を受けたファンタジー小説を多数著している。作風は軽やかで明るいものが多い。ファンタジー評論家の石堂藍は、言葉への深いこだわりを持ち、徹底して空想的な世界を描く作家と評し、山尾悠子と好一対のファンタジストと述べている。
鈴木 晶(すずき しょう、男性、1952年8月2日 - )は… 鈴木 晶(すずき しょう、男性、1952年8月2日 - )は、日本の評論家、翻訳家。法政大学教授。専門は文学批評、精神分析とその思想史、西洋舞踊史など。
稲垣 美晴(いながき みはる、1952年 - )は、フィンラ… 稲垣 美晴(いながき みはる、1952年 - )は、フィンランド語を専門とする日本の翻訳家、エッセイスト。 1952年、東京都出身。女子学院高校を経て、青山学院女子短期大学国文科、東京芸術大学美術学部芸術学科を卒業。東京芸術大学在学中からフィンランドのヘルシンキ大学に留学してフィンランド人の画家アクセリ・ガッレン=カッレラを研究し、東京芸術大学卒業後もヘルシンキ大学でフィンランド語を学ぶ。 帰国後、『フィンランド語は猫の言葉』(1981年、文化出版局)を初めとするエッセイなどを発表してフィンランドの文化を紹介するとともに、フィンランド語の書物を翻訳。 1995年から2007年まで、東海大学文学部北欧学科に非常勤講師として勤務。
灰島 かり(はいじま かり、1950年6月2日 - 2016… 灰島 かり(はいじま かり、1950年6月2日 - 2016年6月14日)は、日本の児童文学研究者・翻訳家。白百合女子大学講師。 本名・鈴木貴志子。旧姓・蓜島。 千葉県生まれ。割烹旅館や料亭を経営する裕福な家庭に生まれる。実家の『鴻月』は大正時代創業の市川三業組合に属する料理旅館で、市川市国府台にあった行楽地「里見八景園」の一事業として始まり、渡し船など遊船業も行っていた地元の老舗だった。 お茶の水女子大学附属中学校・高等学校を経て国際基督教大学を6年で卒業。中学より幾度か留学する。高校時代に沢田博脚本演出の高校演劇に客演し、大学時代は演劇に熱中して浪曼劇場研究生となる。大学卒業後(卒論テーマはアラン・ガーナー)、ホテルの通訳、資生堂宣伝部『花椿』編集部、コピーライターを経て、出産後翻訳などを手掛け、1994年に夫のサバティカルに同行して渡英し、サリー大学ローハンプトン大学院児童文学科で児童文学を学ぶ。
小林 康夫(こばやし やすお、1950年2月6日 - )は、… 小林 康夫(こばやし やすお、1950年2月6日 - )は、日本の哲学者、翻訳家。東京大学名誉教授。前青山学院大学大学院総合文化政策学研究科特任教授。専門は現代哲学、表象文化論。『知の技法』の編者として有名。
染田屋 茂(そめたや しげる、1950年 - )は、日本の編… 染田屋 茂(そめたや しげる、1950年 - )は、日本の編集者、翻訳家。日本推理作家協会会員。筆名に佐藤和彦。 東京都出身。東北大学文学部卒業。1974年から1986年まで早川書房編集部に在籍。田口俊樹は高校時代の友人で、染田屋の紹介でミステリ翻訳家となった。退社後、翻訳者専業ののち、再び編集者に。朝日新聞社(1996年 - 2007年)、武田ランダムハウスジャパン、KADOKAWAで翻訳書編集に携わる。 訳書に、スティーヴン・ハンター『極大射程』(新潮文庫)、トマス・H・クック『死の記憶』(文春文庫)、ボブ・ウッドワード『司令官たち』(文藝春秋・共訳)などがある。
朽木 ゆり子(くちき ゆりこ、1950年 - )は、日本のジ… 朽木 ゆり子(くちき ゆりこ、1950年 - )は、日本のジャーナリスト、翻訳家、ノンフィクション作家。 東京都生まれ。小学校時代一時期神戸市に住む。東京都立小石川高等学校を経て1974年国際基督教大学教養学部社会科学科卒業、その後、同大学院行政学修士課程修了。のち同大学院博士課程後期へ進学、在籍中に緒方貞子の薦めによりコロンビア大学芸術科学大学院(GSAS)(英語版)へ進学し、1977年9月から1980年5月まで同大学院政治学科博士課程に学ぶ。コロンビア大学院時代に週刊誌の取材の手伝いや通訳を行った伝手から、ジャーナリズムの分野へ移る。1980年日本へ帰国。フリーランスのジャーナリストを経て、1987年「日本版エスクァイア」創刊時の編集長と知り合いであったことから同年入社、1992年まで同誌副編集長を務める。
水崎 野里子(みずさき のりこ、1949年12月3日 - )… 水崎 野里子(みずさき のりこ、1949年12月3日 - )は、日本の詩人・歌人・俳人・翻訳家。 東京都武蔵野市吉祥寺出身。武蔵野市立第三小学校、武蔵野市立第三中学校、東京都立西高等学校を経て、早稲田大学第一文学部英米文学科を卒業。早稲田大学大学院文学研究科英米文学専攻修士課程・博士課程修了。結婚後、生まれたばかりの長男を連れてアメリカのボストンへ夫の同伴兼留学生として移住し、1年間滞在した。多言語総合文芸誌「PANDORA」主宰。
今泉 みね子(いまいずみ みねこ、1948年 - )は、日本… 今泉 みね子(いまいずみ みねこ、1948年 - )は、日本の環境ジャーナリスト、翻訳家。 東京都生まれ。女子学院高等学校、国際基督教大学教養学部自然科学科生物学(生態学)専攻卒業。1983年から1986年に、西ドイツのフライブルク大学に子連れ留学する。1990年からフライブルクに永住、ヨーロッパの環境政策・対策について執筆・講演・調査、生物学や環境保護についての英語・ドイツ語文献の翻訳を行う。動物学者・今泉吉晴は元夫。
村松 潔(むらまつ きよし、1946年12月1日 - )は、… 村松 潔(むらまつ きよし、1946年12月1日 - )は、日本の翻訳家(英仏文学)。 東京都江東区生まれ。臨海小学校卒。深川第三中学校卒。東京都立両国高等学校卒。 1971年 国際基督教大学教養学部 卒業。5年間フランスに留学、パリ大学でフランス現代文学を学ぶ。1974年 パリ大学3大学院 現代仏文学専攻修士課程修了。 1993年に訳出した『マディソン郡の橋』はベストセラーになった。マティソン郡の橋の売上が頭打ちになっていた1993年、11月14日の「関口宏のサンデーモーニング」に取り上げられ一気に注文が来たという。
小林 宏明(こばやし ひろあき、1946年9月28日 - 2… 小林 宏明(こばやし ひろあき、1946年9月28日 - 2025年1月29日)は、日本の翻訳家、エッセイスト。東京都三鷹市生まれ。本名・宏昭。 毎日放送(TBS系)の連続ラジオドラマ『ゴールデン・ボーイ長嶋物語』の主役一般公募に合格し、子役として、立教大学から読売巨人軍に入ったばかりの長嶋茂雄役を約2年演じた。 明治大学文学部英米文学科卒業。大学で出会った教授から文学雑誌の翻訳を依頼された後、翻訳エージェンシーを紹介され、そこで片岡義男と知り合う。 仕事の傍ら、ヒッピー文化やロック・シーンなどのアメリカ大衆文化を追いかけ、『ローリング・ストーン』日本版の翻訳などを手がける。相原真理子、東江一紀、八代登志江の勧めによる銃に関する著作もある。
木幡 和枝(こばた かずえ、1946年7月26日 - 201… 木幡 和枝(こばた かずえ、1946年7月26日 - 2019年4月15日)は、日本の芸術評論家、アートプロデューサー、翻訳家。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科名誉教授。新潟市民芸術文化会館アドバイザリー・プロデューサー。舞踊資源研究所管理責任者。 東京都生まれ。1965年、雙葉高等学校卒業。1969年、上智大学文学部新聞学科卒業。 同年から1973年まで、TBSブリタニカの編集者で、百科事典「世界子ども百科」編集長。工作舎+フォーラム・インターナショナルの編集者も務めた。後に、1978年に独立。 1970年代より美術、音楽、ダンスのプロデューサー。1981年、東京都中野区にある地下の先駆的パフォーマンススペースplan-Bの設立メンバー、実行委員。
村田 健司(むらた けんじ、1946年7月8日 - )は、日… 村田 健司(むらた けんじ、1946年7月8日 - )は、日本のバリトン歌手、翻訳家。 1966年、東京都立駒場高等学校音楽科を卒業。1969年、東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業。声楽を中山悌一、古沢淑子、疋田生次郎、ジャック・ジャンセン、カミーユ・モラーヌに師事。1972年、二期会研究生修了。同年、フランス政府給費留学生としてパリ音楽院へ入学、1975年に帰国する。 1984年、「プーランクの歌曲」に対し文化庁芸術祭優秀賞を受賞。 オペラは1974年にフランス・リヨン・オペラ座のアペルギス「運命論者ジャック」でデビュー。 帰国後は西武劇場、三谷礼二プロデュースのモーツァルト「フィガロの結婚」の伯爵、日本オペラ協会、池辺晋一郎「死神」の早川、東京オペラプロデュース、ミヨー「オルフェの不幸」のオルフェ、藤原歌劇団、ヴァイル「マハゴニー」のビル、東京室内歌劇団、プーランク「ティレジアスの乳房」の亭主、青島広志「火の鳥」のヤマト・タケル等に出演。
渡辺 南都子(わたなべ なつこ、1943年8月14日 - )… 渡辺 南都子(わたなべ なつこ、1943年8月14日 - )は、日本の児童文学翻訳家。 東京都生まれ。東京学芸大学学芸学部国語科卒業。河出書房勤務ののち英米児童文学の翻訳家となる。
山本 光伸(やまもと みつのぶ、1941年〈昭和16年〉12… 山本 光伸(やまもと みつのぶ、1941年〈昭和16年〉12月 - )は、日本の翻訳家。北海道当別町在住。別筆名に三木学。 インターカレッジ札幌顧問、(株)柏艪舎代表取締役、文芸翻訳検定協会代表理事。筆名・三木学。 東京都武蔵野市出身。父親は海軍軍人だった。中学1年のときから剣道を始める。 国際基督教大学教養学部歴史学科卒業。大学には剣道部がなかったため、空手部に所属した。河出書房に入社するが、半年後会社が倒産、以後文芸翻訳の道に入る。『ゴッドファーザー』、『トップガン』のノベライズをはじめハードボイルド小説の翻訳が多い。30代からの20年間ほどは鎌倉市で剣道道場を経営して生計を立てた。 三島由紀夫の「楯の会」への入会を9歳年下の従弟で当時神奈川大学生だったT(田村司)に勧め、楯の会一周年記念パレードに招待されて参加し、会員たちとも親交を持っていた。
木島 佐一(きじま さいち 1941年 - 2017年)は、… 木島 佐一(きじま さいち 1941年 - 2017年)は、日本の著作家、翻訳家。国語教師。 ビデオ予備校講師(株式会社 JNC 日本入試情報センター)。 東京都武蔵野市生まれ。東京都立神代高等学校卒業。國學院大學文学部国文学科卒業。1990年代中盤まで代々木ゼミナール国語科講師を務め、現代文の参考書を出した他、ペンネームの野川純平で一般書を著した。マスコミ関係の専門学校講師も務めた。元日本基督教短期大学講師。元代々木ゼミナール講師(現代文・古文)。
小野 耕世(おの こうせい、1939年11月28日 - )は… 小野 耕世(おの こうせい、1939年11月28日 - )は、日本の映画評論家、漫画評論家、海外コミック翻訳家、海外コミック・アニメーション研究家。東京都世田谷区出身。 アメリカンコミックス紹介で、KOSEIというペンネームを使っていたことがある。 日本における海外コミックの翻訳出版および研究、紹介の第一人者。元NHK職員。日本マンガ学会理事をへて3代目会長。日本漫画家協会会員(参与)。 熱気球パイロットのライセンスを持っており、日本気球連盟会員。 父は漫画家の小野佐世男。 東京市世田谷区代田[要出典]に生まれるが、自宅が空襲にあい、埼玉県指扇(さしおうぎ)の母方の親戚宅[要出典]に疎開する。戦中にインドネシアに渡っていた父の小野佐世男が1946年5月末に帰国し、世田谷・北沢の父の姉の家に家族で転居する。
片岡 義男(かたおか よしお、1939年3月20日 -)は、… 片岡 義男(かたおか よしお、1939年3月20日 -)は、日本の小説家、エッセイスト、写真家、翻訳家、評論家である。 東京生まれ。祖父の片岡仁吉は山口県の屋代島(周防大島)出身で、ハワイに移民した人物。父の定一は米国の市民権を有する日系二世 である。父は若い頃に苦学をして米本土に渡り、金銭的に余裕ができると、横浜や神戸に遊びにきていた。母は近江八幡の古くから続く数珠屋の娘で、奈良女子高等師範学校を卒業して、山口県の岩国で女学校の講師をしていた。父母は岩国で見合い結婚をして、その後アメリカに戻る予定であったが、戦争が近づいていたため、アメリカにはもどれず、母の希望で東京に出る。父は家庭内では英語しか話さず、家庭は英語と関西言葉が飛び交う場所だった。