サンキュータツオ(1976年〈昭和51年〉6月21日 - )… サンキュータツオ(1976年〈昭和51年〉6月21日 - )は、日本の芸人、日本語学者、大学教員。漫才コンビ「米粒写経」のツッコミ。ワタナベエンターテインメント所属。東北芸術工科大学文芸学科准教授。 東京都杉並区出身。家族は小学校2年時に父親がガンで亡くなっており、母親が奈良県大和郡山市出身で祖父は薬師寺に勤め仏像の研究をしていたので、後述の仏像マニアに繋がる。姉が二人いる。 巣鴨中学校・高等学校卒業、早稲田大学第一文学部文学科文芸専修卒業、同大学大学院文学研究科日本語日本文化専攻修了。修士(文学)。中学・高等学校国語科第一種教員免許を取得。学部では平岡篤頼に師事し、「早稲田文学」の学生編集委員だった。
飯田 朝子(いいだ あさこ、1969年 - )は、日本の言語… 飯田 朝子(いいだ あさこ、1969年 - )は、日本の言語学者。中央大学教授。日本ネーミング協会理事。 東京都三鷹市生まれ、埼玉県新座市育ち。1992年、東京女子大学文理学部英米文学科卒業。1995年、慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻修士課程修了。1999年、東京大学大学院人文社会系研究科言語学専門分野博士課程修了、「日本語主要助数詞の意味と用法」で博士(文学)の学位を取得。2001年、中央大学商学部専任講師。2003年に助教授、2007年に准教授を経て、2009年に教授。 専門は言語学。日本語や英語の語彙の意味記述を中心に研究している。数え方の研究で知られる。一児の母。
佐久間 淳一(さくま じゅんいち、1963年 - )は、日本… 佐久間 淳一(さくま じゅんいち、1963年 - )は、日本の言語学者、フィンランド語学者。名古屋大学文学研究科教授。
ヨコタ村上 孝之(ヨコタむらかみ たかゆき、Takayuki… ヨコタ村上 孝之(ヨコタむらかみ たかゆき、Takayuki Yokota-Murakami 1959年4月5日 - )は、日本の比較文学者、ロシア語学者。東京都出身。 元大阪大学大学院言語文化研究科准教授。旧姓名は村上 孝之。自称Takman, Cool Dudeことカッチョマン孝之。国際比較文学会、日本ロシア文学会、ロシア東欧学会各理事。ロシア東欧学会機関誌JSEES編集長。親族や交流のある人物に、吉田東伍、文部省唱歌の作詞家旗野十一郎、『狼少年ケン』の主題歌を作詞した月岡貞夫、作家の村上春樹、社会学者の上野千鶴子がいる。ヨコタ村上という苗字は、日系アメリカ人女性ジェリー・ヨコタ(Gerry Yokota; 大阪大学言語文化研究科教授)と米国で結婚した際に創設した結合姓。
日比谷 潤子(ひびや じゅんこ、1957年10月22日 - … 日比谷 潤子(ひびや じゅんこ、1957年10月22日 - )は、日本の言語学者。学校法人聖心女子学院常務理事、日本学術会議副会長、学校法人トヨタ学園評議員。前国際基督教大学学長。元文部科学省日本ユネスコ国内委員会副会長。 東京都出身。1976年聖心女子学院高等科卒業、1980年上智大学外国語学部フランス語学科卒業、1982年同大学院外国語学研究科言語学博士前期課程修了、1988年ペンシルベニア大学大学院アーツ・サイエンス研究科言語学博士。1987年慶應義塾大学国際センター専任講師、1992年助教授、2002年国際基督教大学準教授、2004年教授、2012年から2020年まで学長。2020年2月文部科学省日本ユネスコ国内委員会副会長。
金田一 秀穂(きんだいち ひでほ、1953年〈昭和28年〉5… 金田一 秀穂(きんだいち ひでほ、1953年〈昭和28年〉5月5日 - )は、日本の言語学者。専門は日本語教育・言語行動・意味論。杏林大学外国語学部名誉教授、政策研究大学院大学客員教授。 東京都杉並区松庵生まれ。杉並区立西宮中学校、東京都立西高等学校、上智大学文学部心理学科卒業。島田裕巳は高校の同期。当初は学者の道に進むつもりはなく、大学卒業後は就職せずに読書三昧の日々を3年ほど過ごした。1980年の光州事件直前に韓国旅行をしたことがきっかけで日本語を意識するようになり、外国に住みたいという目的から日本語教師養成講座に通いはじめ、寺村秀夫に師事する。 1983年東京外国語大学大学院外国語学研究科修士課程修了。
浅田 秀子(あさだ ひでこ、1953年 - )は、日本の国語… 浅田 秀子(あさだ ひでこ、1953年 - )は、日本の国語学者、日本語教師、メゾソプラノ歌手。東京都出身。 東京学芸大学教育学部附属高等学校卒、東北大学文学部国語学専攻卒業。出版社勤務、中国河北大学外文系日語科教師、有限会社日本語コスモス代表。日本大学経済学部非常勤講師。博士(文学)。2006年、タイ国立チュラーロンコーン大学・国際交流基金バンコク日本文化センター・泰日経済技術振興協会より招聘を受け、「敬語の意義と用法」について講演。学ぶ学)。2006年、タイ国立チュラーロンコーン大学・国際交流基金バンコク日本文化センター・泰日経済技術振興協会より招聘を受け、「敬語の意義と用法」について講演。
鈴木 義里(すずき よしさと、1953年 -2012年)は、… 鈴木 義里(すずき よしさと、1953年 -2012年)は、日本の社会言語学者、大正大学准教授。現代インド文化、日本語論が専門。
八木橋 正雄(やぎはし まさお、1952年1月7日 - )は… 八木橋 正雄(やぎはし まさお、1952年1月7日 - )は、日本の言語学者、現代ギリシア語方言学・ギリシア語(現代・中世・コイネー・古代)全般の研究者である。 東京都生れ、神奈川県横浜市在住。 キプロスのレフコシアで、メネラオス・クリストドゥロウの個人教授(キプロス方言)を受ける。 東京写真大学(現東京工芸大学)を卒業。 経済産業省(当時「通商産業省」)の特許の審査に関わる業務(工業所有権研究室員等)にたずさわる。特許庁審査官・審判官を歴任。 古代ギリシア語、現代ギリシア語の学習書を多く著わす。多くは私家版である。 ギリシアの習俗・古代ギリシア遺稿の記録写真および中国の鉄道・習俗のフォトグラファーとして2005年に「八木橋正雄写真展」、2006年に「八木橋正雄写真展:『惜別 中国の蒸気機関車』」、2007年に「個展『古代ギリシア文明の光と影』」、2015年に「八木橋正雄写真展『佳き日の蒸気機関車』」等の個展を開催している。
上田 博人(うえだ ひろと、1951年10月9日 - )は、… 上田 博人(うえだ ひろと、1951年10月9日 - )は、日本のスペイン語学者。東京大学名誉教授。 石川県出身。東京学芸大学附属高等学校卒、1975年東京外国語大学スペイン語科卒、1977年同大学院修士課程修了、スペイン・アルカラ大学で博士号取得。1977年東京外国語大学助手、1987年東京大学教養学部助教授、1996年総合文化研究科(言語情報科学)教授、2017年定年退任し、名誉教授となる。レアル・アカデミア・エスパニョーラの準会員(correspondientes)である。
野村 剛史(のむら たかし、1951年2月19日‐ )は、日… 野村 剛史(のむら たかし、1951年2月19日‐ )は、日本の言語学者。東京大学名誉教授。専門は日本語文法史。 東京都生まれ。東京都立大学附属高等学校卒、1975年に京都大学文学部国文科卒業。1980年に同大学院文学研究科博士課程満期退学。安田章などに師事。大谷女子大学助教授、京都府立大学教授を経て、1999年に東京大学総合文化研究科言語情報科学専攻教授。2016年に定年退任、名誉教授。 主に古代から現代までの日本語の文法などを研究している。日本語学会評議員などを務めた。 社会的活動では、東京都立大学 (1949-2011)に対する文部科学大臣への要望書、国立大学法人化と授業料値上げ、NHKへの政治介入、イラク拉致事件とメディア・バッシング、早稲田大学文学部ビラ撒き逮捕などへの意見を共同声明・賛同者として表明した。
晴山 陽一(はれやま よういち、1950年 - )は、日本の… 晴山 陽一(はれやま よういち、1950年 - )は、日本の言語学者。英語教育の本の執筆者。
福田 崇(ふくだ たかし、1947年-)は日本の宣教師、言語… 福田 崇(ふくだ たかし、1947年-)は日本の宣教師、言語学者。
鈴木 泰(すずき たい、1945年 - )は、日本の言語学者… 鈴木 泰(すずき たい、1945年 - )は、日本の言語学者・日本語学者。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・2010年)(学位論文「古代日本語時間表現の形態論的研究」)。東京大学名誉教授。京都橘大学教授。日本学術会議会員。 タイ国生まれ。来日して、横浜、東京で育つ。東京都立新宿高等学校を経て、1971年東京大学国語国文科卒、1975年同大学院博士課程退学、山形大学専任講師、1979年助教授、1981年武蔵大学助教授、1986年教授、1993年お茶の水女子大学教授、2003年、東京大学大学院人文社会系研究科(国語学)教授、2009年定年退任、名誉教授、京都橘大学教授。2010年「古代日本語時間表現の形態論的研究」で東京大学より文学博士の学位を取得。
佐々木 瑞枝(ささき みずえ、1942年10月16日 - )… 佐々木 瑞枝(ささき みずえ、1942年10月16日 - )は、日本の日本語学者・日本語教育者。 京都生まれ。東京都立井草高等学校卒、1965年日本大学文理学部英文科卒。ゴールデンステート大学(現・ホノルル大学)大学院修士課程修了。中学・高校の非常勤講師などをへて、1988年山口大学教授、1992年横浜国立大学留学生センター教授、2003年武蔵野大学文学部教授。2009年金沢工業大学大学院工学研究科知的創造システム専攻(ビジネスアーキテクトコース)修士課程修了。2010年釜山外国語大学名誉文学博士。2013年武蔵野大学特任教授。 1997年『日本語ってどんな言葉?』で産経児童出版文化賞受賞。専門は日本語学、日本語教育学、日本文化論、異文化間コミュニケーション論。
桐谷 滋(きりたに しげる、1940年3月7日 - )は、日… 桐谷 滋(きりたに しげる、1940年3月7日 - )は、日本の言語学者。専門は心理言語学・音声言語科学。
西江 雅之(にしえ まさゆき、1937年10月23日 - 2… 西江 雅之(にしえ まさゆき、1937年10月23日 - 2015年6月14日)は、日本の文化人類学者、言語学者。アフリカ諸語・文化研究が専門。 東京都出身。桑沢デザイン研究所ゼミマスター、東京外国語大学助教授、早稲田大学文学部教授を歴任。アフリカ諸語やピジン・クレオール語の研究の先駆者。23歳のとき日本で初めてスワヒリ語文法を発表した。東アフリカ、インド洋諸島、カリブ海領域の現地調査・研究に勤しんだ。著書に『ことばを追って』(1989年)、『異郷日記』(2008年)、『食べる』(2010年)など。 西江定(のち早稲田大学英語英文学科教授となる)の三男として東京市本郷区駒込林町(現:東京都文京区千駄木)に生まれる。
黒田 成幸(くろだ しげゆき、Sige-Yuki Kurod… 黒田 成幸(くろだ しげゆき、Sige-Yuki Kuroda、1934年8月 - 2009年2月25日)は、日本の言語学者。米国カリフォルニア大学サンディエゴ校名誉教授、東北大学名誉教授。Ph.D(MIT)。母方の祖父は高木貞治、父は黒田成勝、兄は黒田成俊。 東京生まれ。東京都立戸山高等学校を卒業後、東京大学理学部数学科に進学。1957年卒業、理学士。その後東京大学文学部に学士入学し、服部四郎のもとで言語学を学ぶ。1959年卒業。その後再び数学の研究に従事し、名古屋大学の助手を経て、1962年から1965年までWhitney Fellowship (American Council of Learned Societies Fellowship) と IBM Fellowship によりMITで言語学を研究。
千野 栄一(ちの えいいち、1932年2月7日 - 2002… 千野 栄一(ちの えいいち、1932年2月7日 - 2002年3月19日)は、日本の言語学者、翻訳家、東京外国語大学名誉教授、元和光大学学長。専門は言語学、およびチェコ語を中心としたスラブ語学。 晩年は旧字体の「千野 榮一」と表記した。 1932年、東京府豊多摩郡渋谷町(現:東京都渋谷区)栄通1丁目生まれ。1948年、東京都立高校(旧制)尋常科(現:東京都立桜修館中等教育学校)修了。当時からの友人に地理学者江波戸昭がいる。 1949年、東京都立高校高等科(現:東京都立大学)修了。1955年、東京外国語大学第四部(ロシア語)を卒業。1958年、東京大学文学部言語学専攻を卒業した。同年よりチェコスロヴァキア政府奨学生としてプラハのカレル大学に入学。
佐藤 純一(さとう じゅんいち、1931年9月30日 - )… 佐藤 純一(さとう じゅんいち、1931年9月30日 - )は、日本のロシア語学者、東京大学名誉教授、東京都出身。
小野 茂(おの しげる、1930年11月15日 - 2014… 小野 茂(おの しげる、1930年11月15日 - 2014年9月10日)は、日本の英語学者、東京都立大学名誉教授。 東京府生まれ。父は官僚・政治家の小野哲。旧制武蔵高等学校卒、1953年東京大学文学部英文科卒業。同年学習院大学助手、1955年専任講師、1959年一橋大学専任講師、1962年東京都立大学助教授、1974年教授。1969年から1970年までペンシルヴェニア大学留学。1971年「英語法助動詞の発達」で文学博士(東京大学)。東京都立大学名誉教授、1988年昭和女子大学教授。2000年退職。中世英語英文学会会長、国際アングロサクソニスト学会(ISAS)名誉会員。妻は小野恭子(1930年 - )津田塾大学名誉教授[要出典](ジョイス研究)。
森野 宗明(もりの むねあき、1930年(昭和5年) - 2… 森野 宗明(もりの むねあき、1930年(昭和5年) - 2022年(令和4年)[要出典])は、日本の国語学者、筑波大学名誉教授。 東京生まれ。1953年東京教育大学国文科卒、同大学院博士課程単位取得退学。金沢大学教養部助教授、1968年青山学院女子短期大学助教授、筑波大学教授、1994年定年退官、名誉教授。旺文社の大学受験ラジオ講座を担当した。
秋永 一枝(あきなが かずえ、1928年〈昭和3年〉6月23… 秋永 一枝(あきなが かずえ、1928年〈昭和3年〉6月23日 -2017年〈平成28年〉9月29日)は、日本の日本語学者。早稲田大学名誉教授。日本語アクセント論を専門とする。本名は鳥越 一枝(とりごえ かずえ)。夫は鳥越文蔵。 1928年(昭和3年)、東京府東京市本所区東両国の商家に生まれる。同地で、日本舞踊を習い芝居に通い、東京弁を聞いて育った。桜蔭高等女学校を経て、戦後すぐに帝国女子医学薬学専門学校で学んだ。1949年(昭和24年)、早稲田大学第一文学部国文学専修に編入学し、1951年(昭和26年)3月に卒業論文「清少納言について」を提出して卒業した。 大学卒業後は三省堂出版株式会社編修所の嘱託として『明解国語辞典』『明解日本語アクセント辞典』の改訂や編集にも携わった。
松延 市次(まつのぶ いちじ、1924年5月3日 - )は、… 松延 市次(まつのぶ いちじ、1924年5月3日 - )は、日本の国語学者である。宮本武蔵の著書『五輪書』の国語学的研究でも知られている。福岡県八女郡出身。剣道教士七段。
宮地 裕(みやじ ゆたか、1924年1月14日- )は、日本… 宮地 裕(みやじ ゆたか、1924年1月14日- )は、日本の国語学者、大阪大学名誉教授。妻の宮地敦子(故人)も国語学者(元関西学院大学教授・龍谷大学名誉教授)。
岩﨑 英二郎(いわさき えいじろう、1922年〈大正11年〉… 岩﨑 英二郎(いわさき えいじろう、1922年〈大正11年〉4月29日 - 2017年〈平成29年〉7月11日)は、日本の言語学者(ドイツ語学)。慶應義塾大学名誉教授。日本学士院会員。姓の「﨑」はいわゆる「たつさき」であるが、JIS X 0208に収録されていないため、岩崎 英二郎(いわさき えいじろう)と表記されることもある。 東京大学文学部助手、旧制成蹊高等学校教授、成蹊高等学校教諭、埼玉大学文理学部講師、東京教育大学文学部助教授、東京大学教養学部教授、慶應義塾大学文学部教授、慶應義塾大学言語文化研究所所長、獨協大学外国語学部教授などを歴任した。 1922年4月29日、東京府にて生まれた言語学者である。
三根谷 徹(みねや とおる、1920年3月7日 - 2000… 三根谷 徹(みねや とおる、1920年3月7日 - 2000年9月5日)は、日本の言語学者。
大野 晋(おおの すすむ、1919年(大正8年)8月23日 … 大野 晋(おおの すすむ、1919年(大正8年)8月23日 - 2008年(平成20年)7月14日)は、日本の国語学者。文学博士。学習院大学名誉教授。
松村 明(まつむら あきら、1916年9月3日 - 2001… 松村 明(まつむら あきら、1916年9月3日 - 2001年11月22日)は、日本の国語学者。位階勲等は正四位勲三等瑞宝章。称号は文学士、東京大学名誉教授。『大辞林』の編纂者として知られる。
井筒 俊彦(いづつ としひこ、1914年5月4日 - 199… 井筒 俊彦(いづつ としひこ、1914年5月4日 - 1993年1月7日)は、文学博士、言語学者、イスラーム学者、東洋思想研究者、神秘主義哲学者。慶應義塾大学名誉教授。エラノス会議メンバー、日本学士院会員。語学の天才と称され、大部分の著作が英文で書かれていることもあり、日本国内でよりも、欧米において高く評価されている。
亀井 孝(かめい たかし、1912年6月3日 - 1995年… 亀井 孝(かめい たかし、1912年6月3日 - 1995年1月7日)は、日本の国語学者、言語学者。一橋大学名誉教授。 東京府生まれ。ユーラシア史学者・亀井高孝の長男。哲学者・亀井裕は弟 慶應義塾幼稚舎、武蔵高等学校 (旧制)を経て、1935年東京帝国大学文学部卒業。1938年同大学大学院を中退し、同大助手に就任。東京商科大学(のちの一橋大学)予科非常勤講師、同教授を経て、戦後、一橋大学助教授を経て教授。1977年定年退官し、名誉教授になる。成城大学教授、1984年に東洋文庫研究員となる。 「国語学よ、死して生れよ」をテーゼとし、方法論それ自体に対する手厳しい批判精神に満ちていた。いわば「学問の在り方を問う立場の飽くなき提示」という知的運動こそが、亀井の学問の真骨頂であった。
徳永 康元(とくなが やすもと、1912年4月2日 - 20… 徳永 康元(とくなが やすもと、1912年4月2日 - 2003年4月5日)は、日本の言語学者、ハンガリー文学者。 東京府豊多摩郡大久保町字百人町(後の東京都新宿区百人町)に生まれ育つ。父徳永重康は東大動物学科出身の古生物学者・地質学者で理学博士・工学博士、早稲田大学教授、東大地質学教室非常勤講師。実弟の徳永重元も地質学者。徳永家は元の苗字を吉原と称し、薩摩藩士の家系だった。重康が高島鞆之助の三女と結婚した時に徳永と名乗り始め、その後離婚に至ってからも苗字はそのままになった。日本銀行初代総裁吉原重俊は父方の祖父の弟にあたる。母方の祖父柴田承桂は薬学者で東京大学教授をつとめた。 東京高等師範学校附属小学校(現・筑波大学附属小学校)から同中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を4年修了で卒業し、府立高等学校文科乙類で実吉捷郎や石川道雄に師事。
藤田 五郎(ふじた ごろう、1911年7月8日 - 1997… 藤田 五郎(ふじた ごろう、1911年7月8日 - 1997年1月31日)は、日本のドイツ語学者、東京外国語大学名誉教授。 東京都生まれ。1931年武蔵高等学校卒業、東京帝国大学法学部入学、1935年同文学部独文科卒業、大学院進学、副手、1936年武蔵高校教授、1938年広島高等学校教授、1942年東京外国語学校教授、東京外国語大学助教授、1956年教授、1973年定年退官、麗澤大学教授、1982年退職。
三浦 つとむ (みうら つとむ、1911年 (明治44年) … 三浦 つとむ (みうら つとむ、1911年 (明治44年) 2月15日 - 1989年 (平成元年) 10月27日) は、日本の哲学者、言語学者、マルクス主義者。弁証法を武器とし、在野の理論家として、認識論、言語論、芸術論、組織論、人生論など、幅広い分野において、活発な研究を続けた。 本名、三浦二郎。1911年、父松五郎、母志津江の次男として、東京都小石川区に生まれる。1925年、東京府立工芸学校印刷科に入学、1927年中退。1928年17歳、窪田商会に就職、その後、フィリップス日本ラジオに入社。印刷工をしていた兄の影響を受け、マルクス主義を学び始める。1933年、このころ勤めを辞め、ガリ板製版で生計を立てるようになった。
宇野 精一(うの せいいち、1910年〈明治43年〉12月5… 宇野 精一(うの せいいち、1910年〈明治43年〉12月5日 - 2008年〈平成20年〉1月7日)は、日本の儒学者・中国哲学研究者・国語学者。 学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1955年)。東京大学名誉教授。尚絅大学名誉学長。國語問題協議會名誉会長。斯文会理事長、日本中国学会理事長、日本会議顧問、スパイ防止法制定促進国民会議議長、世界平和教授アカデミー常任理事、国際勝共連合代表世話人、全国勝共教授団副会長などを歴任。 1910年(明治43年)、宇野哲人の長男として東京に生まれる。1923年(大正12年)に東京高等師範学校附属小学校(現・筑波大学附属小学校)卒業。1928年(昭和3年)に東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業。
野上 素一(のがみ そいち、1910年1月29日 - 200… 野上 素一(のがみ そいち、1910年1月29日 - 2001年2月4日)は、日本のイタリア文学者・イタリア語学者。京都大学名誉教授。
朝倉 季雄(あさくら すえお、1909年6月29日 - 20… 朝倉 季雄(あさくら すえお、1909年6月29日 - 2001年4月11日)は、日本の文学研究者、フランス語学者・フランス文学者。 東京生まれ。1922年 東京私立暁星小学校卒業。1927年東京私立暁星中学校卒業、1931年官立東京高等学校文科丙類卒業、1934年 東京帝国大学文学部仏蘭西文学科卒業。母校・暁星小学校の教師となる。1946年日本大学三島予科教授、1949年茨城大学助教授、1953年東京大学教養学部助教授。1959年9月よりNHK教育で始まったテレビフランス語講座の講師となる(1962年まで)。1961年東大教授、1970年定年退官、中央大学経済学部教授。1987年東京大学名誉教授。
辻 直四郎(つじ なおしろう、1899年11月18日 - 1… 辻 直四郎(つじ なおしろう、1899年11月18日 - 1979年9月24日)は、日本の古代インド学者・言語学者で、日本におけるインド古典学研究を開拓し、業績は海外の学会でも高く評価された。 ヤジュル・ヴェーダ サーマ・ヴェーダ アタルヴァ・ヴェーダ (アーラニヤカ) (ウパニシャッド)
小林 好日(こばやし よしはる、1886年8月19日 - 1… 小林 好日(こばやし よしはる、1886年8月19日 - 1948年2月11日)は、日本の国語学者。
市河 三喜(いちかわ さんき、1886年(明治19年)2月1… 市河 三喜(いちかわ さんき、1886年(明治19年)2月18日 - 1970年(昭和45年)3月17日)は、日本の英語学者・随筆家。学位は、文学博士。東京大学名誉教授、日本学士院会員、語学教育研究所所長。号は清庵。日本人としては初となる東京帝国大学英文科の教授となり、日本の英語学の礎を築いた。 英語学の新人賞として市河三喜賞が設けられていた。 1886年、東京府下谷区練塀町(現在の千代田区神田練塀町・外神田四丁目・台東区秋葉原に跨る地域)に書家である市河三兼(万庵)の次男として生まれる。5、6歳の頃より家業の書道を学び、また同じく幼年の頃より兄の三陽から漢文の素読を学ぶ。高等小学校1年時からは三陽により英語も学び始める。
神保 格(じんぼう かく、1883年(明治16年)4月18日… 神保 格(じんぼう かく、1883年(明治16年)4月18日 - 1965年(昭和40年)12月6日)は、日本の言語学者。
八杉 貞利(やすぎ さだとし、1876年9月16日 - 19… 八杉 貞利(やすぎ さだとし、1876年9月16日 - 1966年2月26日)は、日本のロシア語学者。 1876年、東京府で生まれた。1888年8月、高等師範学校附属小学校高等科(現・筑波大学附属小学校)を卒業。1894年に高等師範学校尋常中学科(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業し、第一高等学校を経て、東京帝国大学言語学科に進学、卒業した。卒業後はロシアに留学し、比較言語学、スラブ比較文法を学んだ。 帰国後の1903年に東京外国語学校教授となり、母校である東京帝国大学、早稲田大学でも講師を務めた。言語学の研究者として研究を進めると同時に、米川正夫、中村白葉、昇曙夢、木村彰一などのロシア文学者を育成した。
藤田 総平(ふじた そうへい)は、日本のドイツ文学者・ドイツ… 藤田 総平(ふじた そうへい)は、日本のドイツ文学者・ドイツ語学者。埼玉大学経済学部教授。
五十嵐 陽介(いがらし ようすけ)(1976年 - )は、日… 五十嵐 陽介(いがらし ようすけ)(1976年 - )は、日本の言語学者。学位は博士(言語学)。国立国語研究所教授。 日琉語族内の言語ないし方言の分岐過程に関して2016年より以下のような新説を提示している: 東京都稲城市生まれ、都立三鷹高校出身、躰道二段。 元々は日本語の諸方言の音声の研究をしていたが、宮古島のアクセントを調査するため現地に行った際に偶然トマ・ペラールと知り合い、話すうちに歴史言語学が面白いと感じ日本語の歴史の研究を始めた旨、対談で語っている。