山口 明穂(やまぐち あきほ、1935年6月16日 - )は… 山口 明穂(やまぐち あきほ、1935年6月16日 - )は、日本の古典国語学者、東京大学文学部名誉教授。
神奈川県:492人
山口 明穂(やまぐち あきほ、1935年6月16日 - )は… 山口 明穂(やまぐち あきほ、1935年6月16日 - )は、日本の古典国語学者、東京大学文学部名誉教授。
小島 瓔礼(小島 瓔禮、こじま よしゆき、1935年4月5日… 小島 瓔礼(小島 瓔禮、こじま よしゆき、1935年4月5日 - 2025年5月13日)は、日本の神話・民俗学者。琉球大学名誉教授。 神奈川県出身。神奈川県立厚木高等学校を経て國學院大學文学部卒、1963年同大学院国文学博士課程満期退学、琉球大学教育学部助教授、教授。2001年定年退官、名誉教授。1976年武田祐吉博士記念賞受賞。2000年、第39回柳田賞受賞。 2025年5月13日、神奈川県愛川町の自宅で死去した。90歳没。
大隅 正子(おおすみ まさこ、1935年3月17日 - )は… 大隅 正子(おおすみ まさこ、1935年3月17日 - )は、日本の生物学者。専門分野は細胞生物学。学位は、医学博士。日本女子大学名誉教授。夫は鯨類研究者の大隅清治、長女は神経科学者の大隅典子。 日本女子大学附属豊明幼稚園、日本女子大学附属豊明小学校、日本女子大学附属中学校・高等学校を経て、1957年、日本女子大学家政学部家政理学科Ⅱ部(生物農芸学専攻)卒業。在学中、湯浅明の指導を受ける。 日本女子大学家政学部家政理学科生物学教室助手、南イリノイ大学生物学研究所研究助手、日本女子大学家政学部家政理学科専任講師、同助教授を経て、1975年、教授。1983年、「酵母細胞の微細構造と機能の研究」の業績により、第3回猿橋賞を受賞する。
齋藤 龍 (さいとう りゅう、女性、1935年3月 - 20… 齋藤 龍 (さいとう りゅう、女性、1935年3月 - 2025年7月28日)は、日本の音楽学者、音楽教育者、文筆家。旧姓は渡邊。 横浜市で初の女性助役に任命された。財団法人横浜市芸術文化振興財団理事長も務めた。 教育者の渡邊潜龍・カツの一人娘として横浜市鶴見区に生まれる。横浜市立磯子国民学校(現・横浜市立磯子小学校)、鶴見女子中学校 から神奈川県立希望ヶ丘高等学校に進学。希望ヶ丘高等学校では男女共学実施後の女子1期生で、式典でピアノ演奏に起用されたりしたが、3年生のときに芸術科を新設した東京都立駒場高等学校に移る。ピアニストを志望し、石渡日出夫よりピアノの指導を受けた。東京芸術大学音楽学部楽理科に進み、音楽学を服部幸三に師事し、西洋音楽史を専攻する。
潮木 守一(うしおぎ もりかず、1934年11月11日 - … 潮木 守一(うしおぎ もりかず、1934年11月11日 - 2023年2月26日)は、日本の教育社会学者。専門は、教育開発論・教育社会学。名古屋大学名誉教授。桜美林大学招聘教授。元日本教育社会学会会長。牧野巽の教え子。瑞宝中綬章受章。 1934年、神奈川県横須賀市生まれ。1957年、東京大学教育学部教育学科を卒業。1975年、東京大学に学位論文を提出して教育学博士の学位を取得。2023年2月26日、急性心筋梗塞のため死去、88歳没。 中央教育審議会委員、国民生活審議会委員、日本学術会議会員、ユネスコ国内委員会委員などを務めた。 国立大学法人山梨大学経営協議会委員
土屋 守章(つちや もりあき、1934年 <昭和9年> 10… 土屋 守章(つちや もりあき、1934年 <昭和9年> 10月26日 - 2010年 <平成22年> 8月2日)は、日本の経営学者。学位は、経済学博士(東京大学・1963年)。東京大学名誉教授。 1934年10月26日、神奈川県逗子市生まれ。1953年、神奈川県立湘南高等学校卒業。1957年、東京大学経済学部卒業。1963年、東京大学大学院社会科学研究科課程修了。東京大学より経済学博士の学位を取得。 1963年、東京大学経済学部助手。1965年、同経済学部助教授。1978年、同経済学部教授。1993年、日本生産性本部経営アカデミー学長。1995年、東京大学名誉教授、東京経済大学経営学部・経営学研究科教授。
西堀 昭(にしぼり あきら、1934年7月14日 - )は、… 西堀 昭(にしぼり あきら、1934年7月14日 - )は、フランス文学者、日仏文化交流研究、横浜国立大学名誉教授。 横浜市出身。1953年(昭和28年)3月、県立横浜立野高等学校(旧県立横浜第二高等女学校)卒業。1957年(昭和32年)横浜市立大学文理学部文科卒業。同年中央大学大学院仏蘭西文学研究科修士課程入学。1962年(昭和37年)、同大学博士課程入学。1963年(昭和38年)3月中央大学大学院文学研究科仏蘭西文学専攻博士課程中退。 中央大学大学院フランス文学研究科博士課程で辰野隆(中央大学大学院専任教授、前 東京大学教授)、鈴木信太郎(東京大学教授、後に中央大学大学院専任教授)、渡辺一夫(東京大学教授、中央大学大学院兼任講師)、秋山晴夫(中央大学大学教授)、水野亮(中央大学教授)、川口篤(東京大学教授、中央大学大学院兼任講師)、中平解(東京教育大学教授、中央大学大学院兼任講師)教授に師事。
中村 粲(なかむら あきら、1934年4月24日 - 201… 中村 粲(なかむら あきら、1934年4月24日 - 2010年6月23日)は、日本の英文学者、近代史研究家、獨協大学名誉教授。 1934年、東京都生まれ。海軍主計少佐の父・春男の下に生まれる。鎌倉市立御成小学校、栄光学園中学校・高等学校卒業。1959年、東京大学文学部英文学科を卒業。 都立高校教員を経て、1964年より獨協大学に勤務する。所属は外国語学部英語学科。専任講師、助教授(1971年)を経て1987年より教授。1991年からは英語学科長を務めた。2005年3月に定年退職し、名誉教授となった。2010年6月23日、肺癌のため死去。76歳没。 なお、「昭和史研究所」「NHK報道を考へる会」は、中村の死去により同年末解散した。
宇佐美 寛(うさみ ひろし、1934年4月16日 - 202… 宇佐美 寛(うさみ ひろし、1934年4月16日 - 2023年8月25日)は、日本の教育学者。千葉大学名誉教授。 神奈川県横須賀市出身。1960年、東京教育大学教育学部卒業、同大学助手。1961 - 62年、ミネソタ州立大学に留学する。1965年、東京教育大学大学院博士課程修了。「ブロンスン・オルコットの教育思想」で教育学博士。1967年、千葉大学教育学部講師、1968年助教授、1977年教授、1993 - 97年教育学部長。2000年定年退官、名誉教授。
山口 祐司(やまぐち ゆうじ、1934年1月23日 - 20… 山口 祐司(やまぐち ゆうじ、1934年1月23日 - 2017年11月5日)は、日本の実業家、商学者。桜美林大学名誉教授。専門はホスピタリティ経営。長女はノンフィクション作家の山口由美。 1934年に神奈川県横浜市で生まれる。1957年に早稲田大学第一商学部卒業後、三菱商事に入社する。1958年には富士屋ホテルに転職した。1959年にホテル業界で有名であるコーネル大学ホテル経営学部に入学し、1961年に卒業する。その間に、ウオルドルフ・アストリアホテル、ロイヤルハワイアンホテルに勤務する。その後、1971年に富士屋ホテル取締役、1988年には副社長、富士屋ホテルチェーン総支配人を経て、1999年に監査役となる。
大須賀 明(おおすが あきら、1934年1月21日 - 20… 大須賀 明(おおすが あきら、1934年1月21日 - 2015年12月23日)は、日本の法学者。専門は憲法。学位は、法学博士(早稲田大学・論文博士・1984年)(学位論文「生存権論」)。早稲田大学名誉教授。元早稲田大学比較法研究所所長。元司法試験第二次試験考査委員(憲法)。神奈川県横浜市出身。女優・十朱幸代は母方の従妹。 特に社会権関係の研究で知られる。生存権について具体的権利説を推進した。具体的権利説によれば具体的な立法(例えば生活保護法)が存在しなくとも、直接憲法25条によって司法に訴えることが出来ることになる。大須賀の具体的権利説の場合は、立法権(国会)に対してその最高機関性をなるべく侵害しない形で、作為を義務づけるのではなく、不作為の違憲確認訴訟を起こすことにその意義がある。
塚田孝雄(つかだ たかお、1934年- 2010年以前)は、… 塚田孝雄(つかだ たかお、1934年- 2010年以前)は、日本の西洋古典学者。 横浜市生まれ。東京大学法学部卒業。渋沢倉庫などを経て、和光大学非常勤講師を務めた。
阿部 薫(あべ かおる、1933年12月2日 - 2012年… 阿部 薫(あべ かおる、1933年12月2日 - 2012年11月13日)は、日本の医学者。医学博士。国立がんセンター名誉総長。横浜労災病院名誉院長。神奈川県出身。
北村敬(きたむら たかし、1933年8月11日- )は、日本… 北村敬(きたむら たかし、1933年8月11日- )は、日本のウイルス学者。学位は医学博士。国立予防衛生研究所(現 国立感染症研究所)ウイルス第一部長などを歴任した。神奈川県秦野市出身。
土戸 清(つちど きよし、1933年3月21日 - 2025… 土戸 清(つちど きよし、1933年3月21日 - 2025年11月16日)は、日本の聖書学者。東北学院大学名誉教授。 神奈川県川崎市生まれ。1957年東京薬科大学卒業。61年東京神学大学大学院修士課程修了。69-71年ユニオン神学大学大学院(コロンビア大学大学院)留学(STM)。77-99年東北学院大学教授。92年「ヨハネ福音書における伝承と編集-「人の子」句を含む記事単元の伝承批判的・編集史的研究」で京都大学博士(文学)。2000-05年聖学院大学教授。東北学院大学名誉教授。日本基督教団大森めぐみ教会牧師。 国際新約学会会員。元日本新約学会会長。日本基督教学会理事。
水戸 巌(みと いわお、1933年3月2日 - 1986年1… 水戸 巌(みと いわお、1933年3月2日 - 1986年12月30日?)は、日本の物理学者・反原発活動家・市民活動家。専門は放射線物理学。理学博士。最終職歴は芝浦工業大学電気工学科教授。神奈川県横浜市出身。 1933年(昭和8年)3月2日、神奈川県横浜市鶴見に生まれる。 第二次世界大戦中、福島県に疎開し、同地の中学校を終戦後に卒業。栃木県立宇都宮高等学校卒業後、東京大学理学部Ⅰ類に進学、在学中に理学部自治会委員長を務める。1960年(昭和35年)3月、同大学大学院博士課程を修了、博士号を取得。 その後甲南大学教員となり6年間勤務する。 1967年(昭和42年)、東京大学原子核研究所助教授となる。
子安 宣邦(こやす のぶくに、1933年2月11日 - )は… 子安 宣邦(こやす のぶくに、1933年2月11日 - )は、日本の思想史家。専門は日本思想史(近世・近代)。学位は、文学博士(大阪大学・論文博士・1987年)(学位論文「伊藤仁斎研究」)。大阪大学名誉教授。 1933年、神奈川県川崎市生まれ。東京大学文学部倫理学科卒業。同大学院人文科学研究科博士課程満期退学。横浜国立大学教育学部助教授(哲学・倫理学教室)、大阪大学文学部教授を務めた。1987年、「伊藤仁斎研究」で大阪大学より文学博士の学位を取得。1996年に定年退官し、名誉教授となった。その後も東京家政学院筑波女子大学国際学部教授として教鞭をとった。日本思想史学会の会長も務めた。 「思想」(岩波書店)や「日本思想史学」(ぺりかん社)などの純学術雑誌のほか、「現代思想」(青土社)や「批評空間」にも精力的に論文を寄稿していた。
飯田瑞穂(いいだ みずほ、1933年―1991年4月13日)… 飯田瑞穂(いいだ みずほ、1933年―1991年4月13日)は、日本史学者。 横浜市生まれ。1952年(昭和27年)、茨城県立水戸第一高等学校卒業。東京大学大学院で坂本太郎に師事し、博士課程中退。宮内庁書陵部編集課、中央大学文学部助教授、教授。没後、名誉教授を追贈。息子は正倉院事務所の日本古代史学者・飯田剛彦。古代日本の律令制下の政治体制について天皇の貴族に対する優位性を説き、吉川真司がこれを受け継いだ。『常陸国風土記』など郷土史研究でも知られ、『茨城県史料』の校訂にも携わった。
鈴木 善次(すずき ぜんじ、1933年 - 2024年1月2… 鈴木 善次(すずき ぜんじ、1933年 - 2024年1月24日)は、日本の生物学者、科学史家。大阪教育大学名誉教授。専門は科学史、科学教育。 神奈川県横浜市生まれ。1956年東京教育大学理学部卒業、1958年同農学部卒業。山口大学教養部助教授、同大学教授、1985年頃、大阪教育大学教育学部教授を歴任。1997年定年退官、同大学名誉教授となる。また、神奈川大学非常勤講師も務めた。 2024年1月24日に死去。
猪郷 久義(いごう ひさよし、1932年〈昭和7年〉10月1… 猪郷 久義(いごう ひさよし、1932年〈昭和7年〉10月16日 - 2019年〈令和元年〉11月22日)は、日本の地質学者。筑波大学名誉教授。元日本古生物学会会長。 神奈川県川崎市出身。東京都立大泉高校を経て、1949年に東京教育大学理学部地学科地質学鉱物学専攻に進学し、藤本治義教授に師事する。卒業後は東京教育大学大学院理学研究科の修士・博士課程に進み、1960年同大学院理学部博士課程を修了する。 イリノイ州立地質調査所特別副地質技師、目白学園女子短期大学助教授、教授、1968年東京教育大学助手、筑波大学助教授、教授。96年定年退官、名誉教授、国立科学博物館客員研究員、自然史科学研究所所長。多摩六都科学館特別研究員。
松本 四郎(まつもと しろう、1932年9月17日 - )は… 松本 四郎(まつもと しろう、1932年9月17日 - )は、日本史学者、都留文科大学名誉教授。 横浜市生まれ。1956年横浜市立大学文理学部卒、1958年東京都立大学 (1949-2011)(現・首都大学東京)大学院修士課程修了。財団法人三井文庫専任研究員、都留文科大学教授、96年定年退官、名誉教授。
福本 秀子(ふくもと ひでこ、1932年5月22日 - )は… 福本 秀子(ふくもと ひでこ、1932年5月22日 - )は、フランス語の翻訳家、歴史家。 横浜市出身。1955年慶應義塾大学経済学部卒。1971年京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。パリ大学法経学部博士課程修了(フランス政府給費留学)。フランス語で日本史紹介の本『女と侍』などを刊行。駐日フランス大使ド・ラ・シュバルリの日本語家庭教師も務めた。夫は福本直之。
八木 誠一(やぎ せいいち、1932年2月15日 - )は、… 八木 誠一(やぎ せいいち、1932年2月15日 - )は、日本の新約聖書学者、神学者、宗教哲学者。東京工業大学名誉教授。 1932年、神奈川県横浜市生まれ。実家は無教会系のクリスチャンホームであった。1955年、東京大学教養学部ドイツ科を卒業し、1962年、同大学院西洋古典学専攻博士課程を単位取得満期退学。ゲッティンゲン大学で学んだ。 1960年に関東学院大学専任講師となり、1964年に助教授昇進。しかし、関東学院大学において新約聖書への批判的言辞は研究にとどめ、授業では教授しないことを求められて学問の自由の立場から同大を辞職。東京工業大学助教授となり、1975年に教授昇進。1967年に学位論文『新約思想の成立』を九州大学に提出して文学博士号を取得。
藤田 耕三(ふじた こうぞう、1932年1月11日 - 20… 藤田 耕三(ふじた こうぞう、1932年1月11日 - 2023年12月31日)は、日本の法律家。 神奈川県出身。1950年に神奈川県立湘南高等学校を卒業後、1955年に東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業する。在学中に司法試験に合格後、司法修習生となった後に、1957年に裁判官に任官する。1971年に東京地方検察庁検事および1947年から総理府中央公害審査委員会事務局審査官を務める。1981年に検察官特別考査会臨時委員などに任命され、1989年には千葉地方裁判所所長、1991年に東京地方裁判所所長、1993年に仙台高等裁判所長官、1995年に広島高等裁判所長官を歴任後、1997年に退官し弁護士登録をする。
鳥海 久義(とりうみ ひさよし、1932年(昭和7年) - … 鳥海 久義(とりうみ ひさよし、1932年(昭和7年) - )は、日本の英文学者、和洋女子大学名誉教授。 神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学第一文学部英文科卒、同大学院修士終了。和洋女子大学英文学科助教授、教授、2003年定年、名誉教授。
境野 勝悟(さかいの かつのり、1932年 - )は、日本の… 境野 勝悟(さかいの かつのり、1932年 - )は、日本の哲学者、東洋思想研究家、著作家。 神奈川県横浜市出身。浅野学園高等学校を経て、1955年、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。同年より、栄光学園で国語科教員として教鞭を執る。1973年、同校を退職。1973年、神奈川県大磯町に「道塾」を開設。1975年、駒澤大学大学院禅学特殊研究科博士課程修了。
川西 進(かわにし すすむ、1931年10月24日 - )は… 川西 進(かわにし すすむ、1931年10月24日 - )は、日本の英文学者、東京大学名誉教授。
左近 淑(さこん きよし、1931年1月2日 - 1990年… 左近 淑(さこん きよし、1931年1月2日 - 1990年9月7日)は、日本の牧師・聖書学者。 日本画家であった父・木下茂・イクの次男として神奈川県横浜市に誕生。旧制神奈川県立横浜第一中学校を卒業。肺病による療養生活、並びに敗戦による心身両面の挫折を契機に1947年、日本基督教団横浜明星教会にて洗礼を受け、同時に伝道者としての召命を与えられて、1948年、日本基督教神学専門学校(現・東京神学大学)に入学。 1955年、「アリステアスの手紙」の研究で、同校より神学修士を授与される。日本基督教団四谷新生教会伝道師を経て、1958年から1963年にかけてフルブライト奨学金を得てニューヨークのユニオン神学大学大学院Th.D.課程に学ぶ。
吉田 栄夫(よしだ よしお、1930年12月18日 - 20… 吉田 栄夫(よしだ よしお、1930年12月18日 - 2021年7月22日)は日本の自然地理学者。国立極地研究所・立正大学名誉教授。元日本極地研究振興会理事長。理学博士(東京大学)。 主に南極観測に携わっており、1957年の第2次夏隊を皮切りに、第4次越冬隊、第8次越冬隊、第16次観測副隊長兼夏隊長、第20次観測隊長兼夏隊長、第22次観測隊長兼越冬隊長、第27次観測隊長兼夏隊長、アメリカ隊基地、ニュージーランド隊基地、イギリス隊基地などで6回観測に従事。 吉田による南極の地形研究は、その後の南極の氷河地形研究において主要な先行研究となっている。 1960年の第4次越冬隊と1961年の第5次越冬隊において、やまと山脈の地形調査を実施した。
海津 忠雄(かいづ ただお、1930年8月15日 - 200… 海津 忠雄(かいづ ただお、1930年8月15日 - 2009年7月21日)は、日本の西洋美術史・美学者、慶應義塾大学名誉教授。 1951年慶應義塾高等学校卒業、1955年慶應義塾大学文学部卒業。1960年同大学院博士課程単位取得満期退学。大学院では守屋謙二に師事した。1965 - 1966年スイス・バーゼル大学に留学する。慶應義塾大学文学部助手、専任講師、助教授を経て、1973年から同教授となる。1986年「ドイツ美術と人文主義 著述者像としてのエラスムスの肖像」で、慶應義塾大学より文学博士の学位を取得。 1994年、任期を2年残して退職、慶應義塾大学名誉教授。同年4月から2001年3月まで、東亜大学大学院教授を務めた。
小林 惟司(こばやし ただし、1930年7月27日 - )は… 小林 惟司(こばやし ただし、1930年7月27日 - )は、日本の商学者、文筆家。千葉商科大学名誉教授。 神奈川県横浜市生まれ。1953年慶應義塾大学経済学部卒業後、明治生命(現:明治安田生命)入社(1983年3月まで)。 1983年より千葉商科大学助教授となり、1989年から千葉商科大学教授となる。1991年、「日本保険思想の生成と展開」で中央大学商学博士。2002年、千葉商大退任、名誉教授。 生命保険を研究したが、その他寺田寅彦などの人物伝を執筆する。
宍戸 健夫(ししど たけお、1930年4月25日 - )は、… 宍戸 健夫(ししど たけお、1930年4月25日 - )は、日本の保育学者、愛知県立大学名誉教授。 横浜市出身。1954年東京大学文学部教育学科卒、1959年同大学院教育学研究科博士課程満期退学、愛知県立女子大学・愛知県立女子短期大学講師、助教授、1973年教授、愛知県立大学教授。1991年「日本の幼児教育 昭和保育思想史」で東大教育学博士。1996年定年退官、名誉教授。佛教大学教授、同朋大学教授、大阪健康福祉短期大学教授。
小此木 啓吾(おこのぎ けいご、1930年1月31日 - 2… 小此木 啓吾(おこのぎ けいご、1930年1月31日 - 2003年9月21日)は、日本の医学者・精神科医、精神分析家。学位は、医学博士。慶應義塾大学環境情報学部教授、東京国際大学教授を歴任。 青年が大学を留年しつづけ、その後も定職につかない傾向の増加を分析し、彼らを人生の選択をさけていつまでも可能性を保ったまま、大人になることを拒否して猶予期間にとどまる「モラトリアム人間」と呼んだ。 1930年東京府生まれ。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部を経て、1954年慶應義塾大学医学部卒業。1960年「自由連想法の研究」で医学博士の学位を取得。1972年慶應義塾大学医学部助教授。1990年慶應義塾大学環境情報学部教授。
森田 哲弥(森田 哲彌、もりた てつや、1930年 <昭和5… 森田 哲弥(森田 哲彌、もりた てつや、1930年 <昭和5年> 1月2日- 2014年 <平成26年> 6月8日)は、日本の会計学者。一橋大学名誉教授。1990年日本会計研究学会会長。1972年日本会計研究学会学会賞受賞、1980年日本会計研究学会太田賞受賞、1979年日経・経済図書文化賞受賞。位階は正四位。 神奈川県横浜市生まれ。1945年神奈川県立横浜第二中学校(現神奈川県立横浜翠嵐高等学校)第3年学年修了、海軍兵学校予科入学。1946年東京商科大学(現一橋大学)予科入学、1953年東京商科大学卒業。1954年東京商科大研究科退学。1956年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了、1959年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得退学。
青柳 まちこ(あおやぎ まちこ、本名・青柳真智子、1930年… 青柳 まちこ(あおやぎ まちこ、本名・青柳真智子、1930年 - )は、日本の文化人類学者、立教大学名誉教授。 神奈川県横浜市生まれ。東京女子大学文学部社会科学科卒業。東京都立大学 (1949-2011)大学院博士課程修了(1964年中退、1984年「モデクゲイ - パラオ新宗教の研究」で文学博士)。ハワイ大学、オークランド大学留学。清泉女子大学助教授、立教大学助教授、文学部教授、1997年定年、名誉教授、茨城キリスト教大学教授を務めた。専攻はオセアニア地域。夫は、同じく文化人類学者の青柳清孝。 立教大学に青柳から寄贈された奨学基金を基にした「青柳真智子奨学金」が設置されているが、人文地理学および文化人類学の分野において、主として海外調査を行う学生を対象として、研究者の育成・支援を目的とした奨学金となっている。
宇佐美 ミサ子(うさみ みさこ、1930年 - )は、日本史… 宇佐美 ミサ子(うさみ みさこ、1930年 - )は、日本史学者。宿場女郎について研究してきた。 神奈川県小田原市生まれ。1953年法政大学法学部通信教育部卒、小学校、中学校、高校教師をへて退職。1983年、法政大学文学部史学科卒、1989年、法政大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学、1993年、「近世助郷制の研究」で文学博士。大学非常勤講師、町史・市史編纂委員、法政大学史学会評議員などを務めた。
櫻井孝一(さくらい こういち、1930年-2021年)は、日… 櫻井孝一(さくらい こういち、1930年-2021年)は、日本の法学者。専門は、破産法・民事訴訟法。学位は、法学博士(早稲田大学)。早稲田大学名誉教授。中村宗雄門下。神奈川県川崎市生まれ、大阪市育ち。 1954年早稲田大学第一法学部卒業、1961年早稲田大学大学院法学研究科博士課程修了、1963年早稲田大学法学部専任講師、1965年早稲田大学法学部助教授を経て、1970年早稲田大学法学部教授。また、1986年から1990年まで早稲田大学法学部長。2000年日本学術会議会員、2001年早稲田大学定年退職。同名誉教授。日本大学大学院法学研究科客員講師(-2004年)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
若杉 明(わかすぎ あきら、1929年11月19日 - 20… 若杉 明(わかすぎ あきら、1929年11月19日 - 2024年1月17日)は、日本の会計学者。横浜国立大学名誉教授。元金融庁企業会計審議会会長。元日本学術会議会員。 横須賀市出身。1947年神奈川県立横須賀中学校卒。1950年横浜経済専門学校卒。1953年横浜国立大学経済学部卒。1958年東京大学大学院経済学会計学博士課程満期退学。1968年「実現概念の展開 その会計学的意義および役割に関する研究」で経済学博士。 1958年福島大学経済学部専任講師、1962年助教授、1964年横浜国立大学経営学部助教授、1972年教授、1981年経営学部長、1995年定年退官、名誉教授、高千穂商科大学商学部教授。
神川 正彦(かみかわ まさひこ、1929年11月5日 - 2… 神川 正彦(かみかわ まさひこ、1929年11月5日 - 2009年3月13日)は、日本の哲学者、比較文明学者、國學院大學名誉教授、元神奈川大学教授。 東京帝国大学教授神川彦松と日商社長下坂藤太郎の長女美知子の三男として鎌倉に生まれる。1948年旧制鎌倉中学(現:鎌倉学園高等学校)卒業。1953年東京大学文学部哲学科卒業。1958年東京大学大学院人文科学研究科哲学科博士課程満期退学。1973年、「歴史における言葉と論理」で文学博士。神奈川大学助教授、教授。1976年、國學院大学教授、退任後名誉教授。日本価値観変動研究センター所長。妻は作家の神川十浄(カミカワトキヨ)。長男はムービンストラテジックキャリア(東証グロース市場421A)創業者・代表取締役社長の神川貴実彦(カミカワキミヒコ)
間 宏(はざま ひろし、1929年9月25日 - 2009年… 間 宏(はざま ひろし、1929年9月25日 - 2009年8月14日)は、日本の社会学者。文学博士(論文博士・1966年)(学位論文「日本労務管理史研究 経営家族主義の形成と展開」)。 神奈川県横浜市出身。東京教育大学卒、1958年同大学院産業社会学博士課程満期退学。1966年「日本労務管理史研究 経営家族主義の形成と展開」で文学博士の学位を取得。1958年東京教育大学文学部助手、1961年専任講師、1964年助教授、1976年早稲田大学文学部教授。2000年定年、名誉教授。1975年『イギリスの社会と労使関係』で日経・経済図書文化賞受賞。産業・労働社会学、経営史。
佐藤 正明(さとう まさあき、1929年9月23日 - )は… 佐藤 正明(さとう まさあき、1929年9月23日 - )は、日本のカトリック聖職者・神学者。 神奈川県藤沢市出身。1948年カトリック教会にて受洗(洗礼名ヨセフ)。上智大学卒、エルマー神学大学倫理神学科卒。玉川大学文学部講師、助教授、教授(教育学)。国際援助団体・手を貸す運動代表。社会福祉法人・地の星理事。西アフリカ・シエラレオネにあるグァダルーペ聖母女子学園(OLG学園)を支援した。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。 この項目は、宗教家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 宗教/ウィキプロジェクト 宗教)。
森 博(もり ひろし、1929年〈昭和4年〉9月7日 - 1… 森 博(もり ひろし、1929年〈昭和4年〉9月7日 - 1999年〈平成11年〉1月30日)は、日本の社会学者。東北大学名誉教授。位階は正四位。勲三等旭日中綬章。 神奈川県川崎市生まれ。1953年東北大学文学部社会学科卒。同・教養部助教授を経て教授。1993年定年退官。甲南女子大学教授。在職中に死去。『サン・シモン著作集』、カール・ポパーなどを訳した。1999年死去。死没日付をもって正四位に叙され、勲三等旭日中綬章を追贈された。
大竹 三郎(おおたけ さぶろう、1928年10月31日 - … 大竹 三郎(おおたけ さぶろう、1928年10月31日 - )は、日本の化学者、科学読物作家。湘南工科大学名誉教授。 神奈川県藤沢市出身。1949年東京物理学校(のち東京理科大学)理化学科卒。神奈川県公立学校教員をへて、1965年相模工業大学講師、1975年教授、1977年副学長、理事。校名変更で湘南工科大学名誉教授。 1975年『黒つちがもえた』でサンケイ児童出版文化賞、1982年『ふしぎないろみず』で日本科学読物賞受賞。
寺田 和夫(てらだ かずお、1928年5月17日 - 198… 寺田 和夫(てらだ かずお、1928年5月17日 - 1987年9月5日)は、日本の人類学者、東京大学教養学部教授。 1928年、横浜市生まれ。第一高等学校から、東京大学理学部人類学科へ進んだ。1951年に卒業し、同大学院に進学。 1956年、教養学部助手に採用された。1958年から1969年、東京大学アンデス地帯学術調査団の一員としてペルーで考古学遺跡の発掘調査に従事。助教授を経て、教授した。1962年、学位論文『人体計測値による親子の類似性の分析』を東京大学に提出して理学博士の学位を取得。在職中に死去した。 ラテンアメリカの歴史と文化を専攻し、師泉靖一のインカ文化・アンデス文明研究を引き継いだ。
鈴木 茂(すずき しげる、1928年3月20日 - 1987… 鈴木 茂(すずき しげる、1928年3月20日 - 1987年9月21日)は、日本の哲学者。 横浜市生まれ。1945年3月東海海運局勤務、48年宮城県坂元村立坂元中学校助教諭、1949年京都大学文学部哲学科選科入学、50年横浜市立神橋小学校助教諭、54年京都大学文学部哲学科卒、57年同大学院修士課程修了。59年京都府立山城高等学校教諭、60年京大博士課程満期退学、63年京都府立桂高等学校教諭、1974年松山商科大学経済学部助教授、教授。1986年立命館大学経営学部教授。見田石介に傾倒していた。鈴木茂は妻に先立たれた寂しさを酒で紛らせ入浴中シャワーの下で絶命し数日後に発見された。
辻 哲夫(つじ てつお、1928年2月24日 - 2012年… 辻 哲夫(つじ てつお、1928年2月24日 - 2012年9月18日)は日本の物理学者、科学史家である。 横浜市生まれ。1944年(旧制)山口高等学校入学、1951年(新制)京都大学理学部に編入、1954年同大学院進学、1956年修士課程修了。1959年東海大学工学部講師、助教授、1967年教授、1993年名誉教授。1973年『日本の科学思想』で毎日出版文化賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
井関 正昭(いせき まさあき、1928年1月25日 - 20… 井関 正昭(いせき まさあき、1928年1月25日 - 2017年10月6日)は、日本の美術史家。東京都庭園美術館名誉館長。西洋・日本近代美術史専攻。 横浜市生まれ。1950年東北大学法文学部美学美術史学科卒。1956年、白柳美彦らの同人誌『カタルシス』に参加。国際文化振興会、1984年ローマ日本文化会館館長、在イタリア日本大使館公使、1988−1994年北海道立近代美術館館長。1989年−1997年明星大学日本文化学部生活芸術学科主任教授。1997年東京都庭園美術館館長。2016年同美術館名誉館長。 2009年秋、旭日小綬章受勲。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
田中 昭二(たなか しょうじ、1927年9月19日 - 20… 田中 昭二(たなか しょうじ、1927年9月19日 - 2011年11月11日)は、日本の応用物理学者。東京大学名誉教授。国際超電導産業技術研究センター顧問。妻は「わいふ」編集長を務めた田中喜美子。 神奈川県小田原市出身。1950年、東京大学工学部応用数学科 卒業。 1968年5月、東京大学工学部教授に就任。 1986年12月、IBMチューリッヒ研究所のミュラーとベドノルツが発表していた酸化銅を含むセラミックが超伝導体であることを田中研究室が証明した。 1988年1月、財団法人国際超電導産業技術研究センター副理事長。同年3月に東京大学工学部を定年退官後は東海大学工学部教授、超電導工学研究所長を歴任した。
坂本 昇一(さかもと しょういち、1927年(昭和2年)8月… 坂本 昇一(さかもと しょういち、1927年(昭和2年)8月18日 - )は、日本の教育学者。千葉大学名誉教授。 神奈川県川崎市生まれ。1945年海軍兵学校中退、1947年(旧制)横浜工業専門学校(のち横浜国立大学工学部)卒業、横浜市の中学校教諭となり、1956年東京教育大学卒、64年同大学院博士課程満期退学後、都立教育研究所員。千葉大学教育学部助教授、教授。1970年「アメリカのガイダンスにおける哲学的前提に関する研究」で東京教育大学より教育学博士の学位を取得。1992年千葉大を定年退官、名誉教授、聖徳大学教授、同児童学研究所長。文部省の「児童生徒の問題行動に関する調査研究協力者会議」主査。1998年「学校は万能ではない」として限界主義の答申を行う。
澤登 佳人(沢登)(さわのぼり よしと、1927年4月21日… 澤登 佳人(沢登)(さわのぼり よしと、1927年4月21日 - )は、日本の法学者。専門は、刑法・刑事訴訟法・少年法。中京大学教授・山梨学院大学教授・新潟大学教授等を経て、新潟大学名誉教授。神奈川県横須賀市出身。 大学教授として刑事法を中心に研究し、論文・著作を発表していたが、その研究対象は労働法、経済学、哲学、量子力学等幅広い。晩年になって自らの哲学的研究の成果をまとめた「宇宙超出論」を提唱し、脳死説に反対している。