鶴見 六百(つるみ ろっぴゃく、1965年12月17日 - … 鶴見 六百(つるみ ろっぴゃく、1965年12月17日 - )は、日本のテレビゲーム開発者、翻訳家。長野県佐久市出身。早稲田大学理工学部卒。 少年時代よりBCLを趣味としており、中学生になりアマチュア無線を開始。さらに雑誌『初歩のラジオ』や『ラジオの製作』から電子工作にも興味を持ち、パソコンにも興味を広げる。1984年、大学で参加したコンピュータ系サークルの先輩が、たまたま購入していた雑誌『Oh! HiTBiT』のライターを務めていた縁で、同誌2号よりライター活動を開始。同年12月に創刊されたゲーム専門雑誌『Beep』に、氷水 芋吉(ひみず いもきち)名義で創刊より携わる。 大学卒業後の1989年、セガに入社。
星野 佳路(ほしの よしはる、1960年4月29日 - )は… 星野 佳路(ほしの よしはる、1960年4月29日 - )は、日本の実業家、翻訳家。星野リゾート代表取締役社長。慶應義塾大学経済学部卒業、コーネル大学ホテル経営大学院修士課程。長野県北佐久郡軽井沢町出身。祖父は西崎恵(元文部事務次官、元岡山県副知事)。 長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。 1990年(平成2年)に星野温泉(現在の星野リゾート)社長に就任。2001年(平成13年)から2004年(平成16年)にかけて、山梨県のリゾナーレ、福島県のアルツ磐梯、北海道のトマムとリゾートの再建に取り組む一方、星野温泉旅館を改築し、2005年(平成17年)「星のや軽井沢」を開業。
鈴木 恵(すずき めぐみ、1959年5月28日 - )は、日… 鈴木 恵(すずき めぐみ、1959年5月28日 - )は、日本の翻訳家。日本推理作家協会会員。 長野県松本市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大学時代から演劇に熱中し、卒業後も、フリーの裏方スタッフとして活動。 30歳をすぎた頃から翻訳家を志し、通信教育・通学教育課程で学び、伏見威蕃に師事。1997年に、師匠の紹介によりアンソロジー『翼を愛した男たち』収載の「ハンス・プファールという人物の無類の冒険」を訳して翻訳家デビュー。1998年、初の単独翻訳本『大洪水』が刊行。
和田 忠彦(わだ ただひこ、1952年3月6日 - )は、日… 和田 忠彦(わだ ただひこ、1952年3月6日 - )は、日本のイタリア文学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。イタリア近現代文学、文化芸術論が専門。 1952年、長野県長野市生まれ。 京都大学文学部に入学し、イタリア文学を専攻する。東京外国語大学在職中は大学院総合国際学研究院(先端研究部門)教授、大学院地域文化研究科長および副学長を務めた。須賀敦子翻訳賞の選考委員長を務める。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
二宮 正人(にのみや まさと、1948年11月17日 - )… 二宮 正人(にのみや まさと、1948年11月17日 - )は、ブラジルの法学者、弁護士、翻訳家。サンパウロ大学法学部博士教授。専門は、比較法、国際法、日伯外交史、移民史。長野県上田市出身。 ブラジル連邦共和国の弁護士(ブラジル弁護士会サンパウロ支部登録26565号)として、日本企業の法務に携わるほか、ブラジルと日本の両国の大学で教鞭をとる。留学先の東京大学大学院法学政治学研究科においては、高野雄一、池原季雄および星野英一にそれぞれ指導を受ける。 日系人の移民の歴史にも造詣が深く、また、日本の公人がブラジルを訪問した際、逆にブラジルの公人が日本を訪問した際の通訳を務める。 CIATE 国外就労者情報援護センター理事長、一般財団法人あしなが育英会賢人達人会メンバー、日本学術振興会(JSPS)顧問(サンパウロ海外アドバイザー)、国際協力機構(JICA)顧問を務める。
岸田 理生(きしだ りお、女性、1946年3月10日 - 2… 岸田 理生(きしだ りお、女性、1946年3月10日 - 2003年6月28日)は、日本の劇作家、演出家、シナリオ作家、小説家、翻訳家。本名︰林 寛美(はやし ひろみ)。 小劇場運動の旗手の一人と目された。怪奇幻想的な作風で、小説も書いたほか、テレビドラマのシナリオを多数執筆した。 長野県岡谷市出身。中央大学法学部卒業。 1974年(昭和49年)、寺山修司が選考委員を務めていた第1回新書館フォアレディース賞を『不眠症の猫』で受賞。それをきっかけに劇団天井桟敷に参加。1983年(昭和58年)に寺山が病没するまでの間、寺山との共作で戯曲『身毒丸』『奴婢訓』『レミング』などを執筆、他に映画『草迷宮』『ボクサー』などの脚本も手掛けた。
三浦 久(みうら ひさし、1945年 - )は、日本の男性フ… 三浦 久(みうら ひさし、1945年 - )は、日本の男性フォークシンガー、翻訳家。ボブ・ディランやブルース・スプリングスティーン、レナード・コーエンの歌詞対訳、評論・研究書の翻訳などでも知られる。 千葉県生まれ、長野県上伊那郡辰野町育ち。長野県諏訪清陵高等学校卒業、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)卒業(宗教学)、京都大学大学院修士課程修了(仏教学)。 1963年から翌年にかけてAFS (交換留学)により米国カリフォルニア州の高校に留学し、ボブ・ディランなどのフォークソングを聴き、歌い始める。ICU国際基督教大学を中退し、1966年から再渡米しUCSBに留学。1969年に帰国後、京都でフォークシンガーとしての活動を始め、『私は風の声を聞いた』など4枚のアルバムをリリース。
母袋 夏生(もたい なつう、1943年 - )は、日本のヘブ… 母袋 夏生(もたい なつう、1943年 - )は、日本のヘブライ語イスラエル文学の翻訳家。 長野県生まれ。長野県上田高等学校、東京学芸大学卒業。小学校教員時代にキブツに関心を持ち、イスラエル政府招聘留学生として、1974年ヘブライ大学大学院修士課程実用言語コースを修了。 初の翻訳作品は1989年に雑誌『暮しの手帖』に2回に渡って掲載された「一夜の宿を」(マーニャ・ハレーヴィ作)というホロコーストの短編。1996年、ウーリー・オルレブの作品を多く翻訳している(Uri Orlev)。『壁のむこうから来た男』の翻訳で産経児童出版文化賞。1998年、ヘブライ文学翻訳奨励賞受賞。
関根 日出男(せきね ひでお、1929年 - 2017年1月… 関根 日出男(せきね ひでお、1929年 - 2017年1月18日)は、医師、チェコ語の翻訳家、チェコ音楽研究家。 長野県北安曇郡大町(現大町市)生まれ。旧制松本中学(長野県松本深志高等学校)、大阪陸軍幼年学校を経て、旧制松本医学専門学校(信州大学医学部)卒。1959年北海道大学医学博士。東京都内に耳鼻科医院を開業、同院長。1959年からチェコ音楽を研究、1964年からチェコ語を研究し、翻訳する。
高木 久雄(たかぎ ひさお、1924年10月14日 - 20… 高木 久雄(たかぎ ひさお、1924年10月14日 - 2014年8月31日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。京都大学名誉教授、京都外国語大学元学長。近代ドイツ文学専攻。 長野県岡谷市生まれ。長野県立諏訪中学校(現:長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)、一高を経て、1951年京都大学文学部卒、西京大学助教授、京都大学教養部助教授、1971年教授、1988年定年退官、名誉教授、京都外国語大学教授、1992年から1998年まで同大学及び短期大学学長、2000年に定年退職、名誉教授。 2014年8月31日、肺炎により京都市内の病院で死去。
竹村 猛(たけむら たけし、1914年5月22日- 1987… 竹村 猛(たけむら たけし、1914年5月22日- 1987年6月24日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 長野県長野市出身。1943年東京帝国大学文学部仏文科卒。東北大学助教授、中央大学教授、1985年定年退任、名誉教授。19世紀フランス文学を専攻、多くの作品を翻訳した。 妻は杉田久女の次女・光子で(1941年結婚)、石一郎は義兄に当たる。
大島 博光(おおしま ひろみつ、1910年11月18日 - … 大島 博光(おおしま ひろみつ、1910年11月18日 - 2006年1月9日)は、日本の詩人、翻訳家である。
下島 連(しもじま むらじ、1908年5月20日 - 198… 下島 連(しもじま むらじ、1908年5月20日 - 1986年10月18日)は、日本の英文学者、翻訳家。亜細亜大学教授。芥川龍之介の主治医であった下島勲の甥(後に養子)。 長野県上伊那郡中沢村(現・駒ヶ根市)出身。旧制伊那中学(長野県伊那北高等学校)、旧制松本高等学校を経て、1932年、京都帝国大学文学部英文科を卒業し、同年東京帝国大学英文科大学院に入学するが、翌年中途退学。その後すぐに文芸春秋社に入社。『文芸日本』誌の編集長を経て、1955年から1967年にかけて『アメリカーナ』誌(後に『日米フォーラム』誌に改題)の編集長を務める。 1967年、亜細亜大学に非常勤講師に就任。1971年より同学教養部教授。
山室 静(やまむろ しずか、男性、1906年(明治39年)1… 山室 静(やまむろ しずか、男性、1906年(明治39年)12月15日 - 2000年(平成12年)3月23日)は、日本の詩人・文芸評論家・翻訳家。 教師であった父茂次郎、母いまの第5子として、赴任先の鳥取県鳥取市に生まれる。兄に中部日本新聞社社長となった山室次郎、九州大学教授・中国哲学者の山室三良がいる。母も断続的に教師として勤務していた。7歳から父母の郷里である長野県北佐久郡岩村田町(現佐久市)で育ち、旧制野沢中学(現在の長野県野沢北高等学校)卒業後、代用教員などを務め) 1927年に岩波書店に入社、東洋大学夜間部、日本大学夜間部に通い、1930年に労働争議により岩波書店を退社、アンドリュウス商会に勤めたが、1937年に同社の解散により失業している。
原 圭二(はら けいじ、1903年 - 没年不詳)は、日本の… 原 圭二(はら けいじ、1903年 - 没年不詳)は、日本のノンフィクション作家、編集者、翻訳家。本名は堀経道 長野県諏訪郡宮川村(現・茅野市)出身。長野県立諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)を経て、長野師範学校卒業。関西学院英文科卒業。博文館編集部で「少年世界」などの担当を経て、1933年頃に出版社・六人社を発足。1936年頃から原圭二名義で戦争に関する文章の寄稿を始める。その後、民主教育協会勤務。探検記、探偵小説、翻訳多数。 堀経道名義では探偵小説・推理小説の翻訳を多数しており、昭和22年6月刊行の「黄金の書」(まひる書房)の企画を終戦後いち早く立ち上げ、江戸川乱歩の元へ相談を持ちかけた。
水野 亮(みずの あきら、1902年11月18日 - 197… 水野 亮(みずの あきら、1902年11月18日 - 1979年2月14日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。 長野県北佐久郡高瀬村(現佐久市)出身。旧制長野中学(長野県長野高等学校)、旧制第三高等学校を経て、1926年東京帝国大学仏文科卒業。 東大図書館に勤務しつつ、オノレ・ド・バルザックを主として数多くの翻訳を行った。豊島与志雄の『レ・ミゼラブル』の翻訳の誤訳や脱漏を指摘し、豊島に喜ばれ、自らの翻訳を刊行した。 明治大学では非常勤講師、中央大学では専任講師としてフランス語を教えた。 没後、旧蔵書の中でバルザックに関係する資料は武蔵大学附属図書館で水野文庫として保存され、目録が刊行された。
平林 広人(ひらばやし ひろんど、1886年4月3日 - 1… 平林 広人(ひらばやし ひろんど、1886年4月3日 - 1986年2月21日)は、日本の児童文学翻訳家。デンマーク文学者。アンデルセンの研究で知られる。
三津木 春影(みつぎ しゅんえい、1881年10月15日 -… 三津木 春影(みつぎ しゅんえい、1881年10月15日 - 1915年7月8日)は、小説家・翻訳家。本名は一実(かずみ)。男性。
中島 孤島(なかじま ことう、1878年10月27日 - 1… 中島 孤島(なかじま ことう、1878年10月27日 - 1946年4月9日)は、日本の小説家、評論家、翻訳家。本名は茂一。 長野県北佐久郡三井村(現佐久市)出身。旧制上田中学(長野県上田高等学校)を経て、1899年東京専門学校(現早稲田大学)卒業。坪内逍遥の門下生としてシェイクスピアを研究し、文学評論や海外文学の紹介などを新聞や雑誌に執筆した。『明星』『新小説』『読売新聞』等に文学評論を書き、1904年小説「新気運」を発表。1909年後藤宙外らと文芸革新会を組織して反自然主義をとなえ、島村抱月と対立。のち児童もの・歴史ものに移った。 グリム童話『赤ずきん』において「赤ずきん」という邦題を初めてつけたのは中島孤島であろうと言われている。