杉本 真維子(すぎもと まいこ、1973年1月10日 - )… 杉本 真維子(すぎもと まいこ、1973年1月10日 - )は、日本の詩人。長野県長野市生まれ。埼玉県在住。武蔵野女子大学短期大学部文科英文専攻、学習院大学文学部哲学科卒業。 幼少より詩を書き始める。詩集『点火期』の略歴によると、初投稿は1998年婦人公論詩欄(選者井坂洋子)。2002年第40回現代詩手帖賞受賞。2003年詩集『点火期』を発表(中原中也賞及び小野十三郎賞最終候補)。当時、評価されることの少なかった第1詩集のなかで高い評価を集める 。 以後、批評や散文も手がける。2008年第2詩集『袖口の動物』で第58回H氏賞受賞。同年、第13回信毎選賞受賞。2015年、第3詩集『裾花』で第45回高見順賞受賞。
坂井 のぶこ(さかい のぶこ、1956年 - )は、日本の詩… 坂井 のぶこ(さかい のぶこ、1956年 - )は、日本の詩人。長野県松本市生まれ。 1984年に詩と思想新人賞を受賞し、第一詩集『のぶこ』を出版して以来、2012年の『浜川崎から』まで12冊の詩集を発表し、創作活動を続ける詩人である。執筆活動と同時に坂井は、1986年以来現在まで全国各地で独自の詩語りライブを田川紀久雄と共に行い、自作と共に金子みすゞや宮澤賢治の作品など、詩の素晴らしさを声の音楽として伝える朗読活動を続けている。 特に断りのないものは漉林書房から出版されている。
桜本(櫻本) 富雄(さくらもと、とみお、1933年9月28日… 桜本(櫻本) 富雄(さくらもと、とみお、1933年9月28日 - 没年不明)は、日本の詩人・評論家。 長野県小諸市生まれ。1952年東京都立上野高等学校卒業、1957年日本大学法学部法律学科卒業。「かつしか幼稚園」を姉弟で経営し、1972年から92年まで理事長。93年から99年まで東京学芸大学非常勤講師。1979年から個人通信誌『空席通信』を発行、戦時中の文学者の動向などを研究・調査してきた。2020年9月『空席通信』休載。「空席通信・余話」のSeesaaブログのみ継続。
米倉 巌(よねくら いわお、1933年(昭和8年) - )は… 米倉 巌(よねくら いわお、1933年(昭和8年) - )は、日本の詩人、日本近代文学研究者、日本大学名誉教授。 長野県諏訪市生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て、旧東京都立大学大学院修士課程修了、帝塚山学院大学文学部助教授、教授、1987年、日本大学芸術学部教授、2004年に定年、名誉教授。
小海 永二(こかい えいじ、1931年11月28日 - 20… 小海 永二(こかい えいじ、1931年11月28日 - 2015年7月21日)は、日本の詩人・フランス文学者。横浜国立大学名誉教授。 東京市麻布区[要出典](現在の東京都)生まれ。戦争中に長野県へ疎開。長野県諏訪中学校、東京都立日比谷高等学校を経て、1955年、東京大学文学部仏語仏文学科卒業。 同年地方公務員として公立高校教員となり千代田区立九段中学校教諭、1959年東京都立雪谷高等学校教諭。 1965年多摩美術大学助教授、1966年横浜国立大学教育学部講師、1967年助教授、1978年教授。1995年、同大学定年退官、名誉教授。 1989年、詩誌「詩と思想」編集長就任(1993年まで)。1991年、日本現代詩人会会長(1992年まで)。
田中清光(たなか きよみつ/せいこう、1931年3月19日-… 田中清光(たなか きよみつ/せいこう、1931年3月19日- )は、日本の詩人。
渋沢 孝輔(しぶさわ たかすけ、1930年10月22日 - … 渋沢 孝輔(しぶさわ たかすけ、1930年10月22日 - 1998年2月8日)は、日本の詩人・フランス文学者。 長野県小県郡長村(現・上田市)生まれ。旧制上田中学(現・長野県上田高等学校)を経て、1953年、東京外国語大学フランス語科を卒業。1956年、東京大学大学院フランス文学科修士課程を修了。1956年武蔵大学講師、1957年明治大学文学部講師、助教授を経て、1969年より教授。 ランボー、ボードレールなどフランス詩を研究する一方、みずからたくさんの詩集を発表。1958年同人誌「XXX」を発行、1984年文芸誌「譚」創刊に参加。藤村記念歴程賞、高見順賞、萩原朔太郎賞を次々に受賞した。 1998年、下咽頭癌のため死去(67歳)。
松林 尚志(まつばやし しょうし、1930年 – 2022年… 松林 尚志(まつばやし しょうし、1930年 – 2022年10月16日)は、日本の詩人、俳人。 長野県松本市出身。松本県ヶ丘高校、慶應義塾大学経済学部卒業。現代俳句協会、現代詩人会の各会員。俳句雑誌「木魂」代表、「海原」同人。 1985年、第4回現代俳句評論賞受賞。1998年–2018年[要出典]、現代俳句協会現代俳句評論賞選考委員。
相馬 大(そうま だい、1926年8月28日 - 2011年… 相馬 大(そうま だい、1926年8月28日 - 2011年5月23日)は、日本の詩人・随筆家・国文学者。本名・出川光治。 長野県須坂市出身。旧制上高井農学校(長野県須坂園芸高等学校)を経て、1950年立命館大学文学部日本文学科卒業。京都市立中学校国語教諭を経て、京都聖母女学院短期大学助教授、教授、図書館長を務めた。詩の他、京都文化についての随筆を多く残した。
戸枝 弘(とえだ ひろし、1914年 - 1992年1月25… 戸枝 弘(とえだ ひろし、1914年 - 1992年1月25日)は、昭和時代日本の詩人、歌人、作詞家。長野県出身。別名義に戸枝 ひろしや並木 ひろし、野中 ゆきみがある。 1914年(大正3年)、長野県上伊那郡南向村(現在の中川村)に生まれる。旧制伊那中学校在学中は万葉集やアララギ叢書を愛読していた。横浜専門学校を卒業、帰郷した後は会社嘱託の傍ら著述業に入り1951年(昭和26年)の歌会始で入選を果たす。 1960年(昭和35年)より、中川村から伊那市へ転居した。 1963年(昭和38年)1月、同年の歌会始で岡山県から応募のあった入選作が前年に「野中ゆきみ」名義で雑誌に掲載された短歌の盗作であると主張し、宮内庁が入選者に事情を聴いたところ応募者は盗作の嫌疑を否定したものの賞を辞退することとなった(昭和38年歌会始盗作事件)。
大島 博光(おおしま ひろみつ、1910年11月18日 - … 大島 博光(おおしま ひろみつ、1910年11月18日 - 2006年1月9日)は、日本の詩人、翻訳家である。
清水 澄子(しみず すみこ、1909年5月1日 - 1925… 清水 澄子(しみず すみこ、1909年5月1日 - 1925年1月7日)は、長野県上田市出身の詩人。没後に発表された遺稿集『さゝやき』により知られる。
山岡 勝人(やまおか かつと、1908年11月14日 - 1… 山岡 勝人(やまおか かつと、1908年11月14日 - 1998年10月12日)は、昭和時代日本の詩人、小説家、作詞家、劇作家。長野県出身。 1908年(明治41年)、長野県諏訪郡平野村(現在の岡谷市)湊に生まれる。旧制松本商業学校を卒業したのち、諏訪地域で小学校各校の教員を務める傍ら、伊藤松雄主宰の「町の劇場」運動に参加した。 1930年代後半からは文芸グループ「諏訪文学」に属し、小説を執筆する傍ら「山岡羊村」他の名義で懸賞歌謡への応募を始め、1941年(昭和16年)には大政翼賛会が制定した「大政翼賛の歌」で入選する。戦後は地域活動に徹し校歌や婦人会歌、音頭の作詞、新聞小説連載などの活動に従事した。
山室 静(やまむろ しずか、男性、1906年(明治39年)1… 山室 静(やまむろ しずか、男性、1906年(明治39年)12月15日 - 2000年(平成12年)3月23日)は、日本の詩人・文芸評論家・翻訳家。 教師であった父茂次郎、母いまの第5子として、赴任先の鳥取県鳥取市に生まれる。兄に中部日本新聞社社長となった山室次郎、九州大学教授・中国哲学者の山室三良がいる。母も断続的に教師として勤務していた。7歳から父母の郷里である長野県北佐久郡岩村田町(現佐久市)で育ち、旧制野沢中学(現在の長野県野沢北高等学校)卒業後、代用教員などを務め) 1927年に岩波書店に入社、東洋大学夜間部、日本大学夜間部に通い、1930年に労働争議により岩波書店を退社、アンドリュウス商会に勤めたが、1937年に同社の解散により失業している。
青柳 優(あおやぎ ゆたか、1904年2月1日 - 1944… 青柳 優(あおやぎ ゆたか、1904年2月1日 - 1944年7月30日)は日本の詩人、文芸評論家。 長野県南安曇郡烏川村(現・安曇野市)に医師の三男として生まれる。旧制松本中学(長野県松本深志高等学校)では同級に唐木順三がいた。早稲田大学英文科在学中からアナーキズム文学雑誌『世紀文学』を創刊する。その後、文芸雑誌『黒色戦線』を創刊し、「丹沢明」の筆名で、同人誌にダダイズム的な評論や詩を発表した。1930年(昭和5年)『黒色戦線』を廃刊し、『黒戦』1932年『アナーキズム文学』を創刊する。1931年(昭和6年)京都帝国大学の青柳栄司の世話で、四条畷女子学校の英語教師となるが、2ヶ月ほどで退職し、千住税務署に勤務しながら文芸評論を続ける。
香山 小鳥(かやま ことり、1892年(明治25年)2月 -… 香山 小鳥(かやま ことり、1892年(明治25年)2月 - 1913年(大正2年)6月)は、長野県下伊那郡飯田町(現・飯田市)出身の版画家、詩人。本名は香山 藤禄(かやま ふじろく)。 長野県下伊那郡飯田町(現・飯田市)生まれ。1911年(明治44年)に長野県飯田中学校を卒業し、一家で東京の深川に移り住んだ。1912年(明治45年)には竹久夢二と出会い、そのつてで恩地孝四郎(小鳥より1年早い1891年生)や田中恭吉(小鳥と同じ1892年生)と出会った。同年4月には東京美術学校予備科に入学し、本科の彫刻科塑像部を志望するが、選抜に落第して7月には東京美術学校を退学し、木版彫師の伊上凡骨の下で木版画の勉強に励んだ。
日夏 耿之介(ひなつ こうのすけ、1890年〈明治23年〉2… 日夏 耿之介(ひなつ こうのすけ、1890年〈明治23年〉2月22日 - 1971年〈昭和46年〉6月13日)は、日本の詩人・英文学者。本名樋口 國登(ひぐち くにと)(通称は「圀登」の字体を愛用)。号は夏黄眠、黄眠道人、黄眠堂主人、聴雪盧主人、石上好古、溝五位など30数種類存在する。広範な学識と多岐にわたる文学活動で「学匠詩人」と称される。 詩人としては自らゴスィック・ローマン詩體と称す高踏的で荘重幽玄な詩風であり、その神秘主義的な象徴詩は他に類をみない個性を放っている。また、訳詩や文学論考、随筆などの幅広い著作があり、明治大正期の文学論でも知られる。 長野県下伊那郡飯田町(現飯田市知久町)に樋口藤治郎、以志(樋口龍峡の姉)の長男として生まれる。
吉江 喬松(よしえ たかまつ、1880年9月5日 - 194… 吉江 喬松(よしえ たかまつ、1880年9月5日 - 1940年3月26日)は、フランス文学者、詩人、作家、評論家、早稲田大学教授。号は孤雁。