北川 陽大(きたがわ あきひろ、1978年〈昭和53年〉6月… 北川 陽大(きたがわ あきひろ、1978年〈昭和53年〉6月14日 - )は日本のミュージシャン、歌手、作詞家、講演家、長浜市議会議員。血液型はO型。滋賀県長浜市出身。 滋賀県生まれ。滋賀県立虎姫高等学校を卒業後、名城大学を中退。30歳を過ぎる頃までサラリーマンとして通信会社の仕事に従事していた。カナダでの勤務時に趣味で始めた音楽活動で歌手活動を開始する。 2010年11月、イベントの為に河野弘行と急造ユニット~Lefa~(リーファ)を結成し初ライブを行い、音楽祭や商業施設からオファーが出演のオファーが舞い込んだ。長浜市を拠点に活動し、2011年4月、長浜観光協会から観光PR隊の認定を受ける。 写真家の加藤正憲が音源をレコード会社に送ったことからデビューが決まり、2012年1月18日、J's Recordsより、シングル『心の華』をリリースした。
櫻本 直樹(さくらもと なおき、1976年(昭和51年)6月… 櫻本 直樹(さくらもと なおき、1976年(昭和51年)6月17日 -)は、日本の政治家。滋賀県野洲市長(1期)。滋賀県彦根市出身。 立命館大学経営学部卒業。1999年(平成11年)滋賀県庁採用。市町振興課、財政課、病院事業庁、総務省自治大学校派遣、森林政策課係長などを歴任。2021年(令和3年)野洲市に出向し野洲市政策調整部次長兼行財政改革推進室長を務め2024年(令和6年)6月退庁。 2024年10月13日、任期満了に伴う野洲市長選挙に初出馬し現職の栢木進、元市議会議員の益川教智を破り初当選。 開票結果は、当選 櫻本直樹(48歳)無所属 新 8,368票、栢木進(68歳)無所属 新 6,174票、益川教智(42歳)無所属 新 6,167票だった(当日有権者数:41,120人、投票率:50.9%、前回比:-1.02Pts)。
有村 國知(ありむら くにとも、1974年〈昭和49年〉6月… 有村 國知(ありむら くにとも、1974年〈昭和49年〉6月26日 - 、新字体:有村 国知)は、日本の政治家。滋賀県愛荘町長(3期)。 滋賀県愛荘町出身。愛荘町立愛知中学校、近江兄弟社高等学校を経て、1997年(平成9年)3月、青山学院大学経営学部経営学科卒業。東洋製罐、日本マクドナルド、有村治子事務所(秘書)、社長の娘と結婚し新木産業役員を経て、2013年(平成25年)4月の彦根市長選挙に無所属で立候補して落選。2018年(平成30年)2月の愛荘町長選挙に自由民主党・公明党推薦で立候補。滋賀2区選出の衆議院議員上野賢一郎や保守系町会議員の支援も得て、初当選した。 2022年(令和4年)2月27日および2026年(令和8年)2月22日投開票の町長選挙で再選。
岩永 裕貴(いわなが ひろき、1973年〈昭和48年〉9月3… 岩永 裕貴(いわなが ひろき、1973年〈昭和48年〉9月3日 - )は、日本の政治家。滋賀県甲賀市長(3期)。元衆議院議員(1期)。農林水産大臣を務めた元衆議院議員の岩永峯一は父。 滋賀県甲賀市信楽町多羅尾生まれ。信楽町立多羅尾小学校、信楽町立信楽中学校、比叡山高等学校卒業。高校卒業後、アメリカ合衆国カンザス州のウィチタ州立大学に留学し、国際政治学を専攻。1998年に大学を卒業し、帰国後は広告代理店に勤務。2003年10月から父・岩永峯一衆議院議員の秘書を務める。2005年、父・峯一の農林水産大臣就任に伴い、大臣秘書官に就任した。 2009年の第45回衆議院議員総選挙に際しては、引退する父の地盤を引き継ぎ、滋賀4区で自由民主党の公認を受け、出馬に向けた準備を整えていたが、同年2月13日、父・峯一が地元甲賀市に本拠地を置く宗教法人「神慈秀明会」から計6千万円の寄付を受けながら、政治資金収支報告書に記載していなかった問題が発覚。
林 久美子(はやし くみこ、1972年〈昭和47年〉9月7日… 林 久美子(はやし くみこ、1972年〈昭和47年〉9月7日 - )は、日本のタレント、ニュースキャスター、コメンテーター、政治家。吉本興業所属。 参議院議員(2期)、文部科学大臣政務官(菅直人第1次改造内閣・第2次改造内閣)、参議院総務委員長、参議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、民主党滋賀県連代表を歴任。夫は衆議院議員の世耕弘成。本名:世耕久美子。 1972年9月7日に生まれる。1988年、八日市市立聖徳中学校、1991年、滋賀県立彦根東高等学校を卒業。2013年9月11日、世耕弘成と結婚。 1995年、早稲田大学第一文学部卒業後、びわ湖放送(BBC)に入社し、報道部キャスターを務める。
角田 航也(すみだ こうや、1972年(昭和47年)6月10… 角田 航也(すみだ こうや、1972年(昭和47年)6月10日 - )は、日本の政治家。滋賀県米原市長(1期)。元滋賀県議会議員(3期)。 滋賀県坂田郡近江町飯(現・米原市)出身。近江町立坂田小学校、近江町立双葉中学校、滋賀県立彦根東高等学校を経て、慶應義塾大学法学部法律学科(平良木登規男研究会:刑法・刑事訴訟法ゼミ)を卒業する。 卒業後は学習塾に勤務し、衆議院議員秘書となる。 2015年の滋賀県議会議員選挙にチームしが公認で立候補し、初当選。2019年に再選。2023年に三選した。 県議時代は県民生活・土木交通常任委員会副委員長、スポーツ振興対策特別委員会委員長、環境・農水常任委員会委員長、地方創生・DX推進対策特別委員会委員長、関西広域連合議会議員を務めた。
大岡 敏孝(おおおか としたか、1972年〈昭和47年〉4月… 大岡 敏孝(おおおか としたか、1972年〈昭和47年〉4月16日 - )は、日本の政治家、中小企業診断士。自由民主党所属の衆議院議員(6期)。 衆議院内閣委員長、自由民主党副幹事長、環境副大臣、財務大臣政務官、自由民主党政務調査会内閣部会副部会長、静岡県浜松市議会議員(1期)、静岡県議会議員(2期)を歴任した。 滋賀県甲賀郡(現・甲賀市)生まれ。現住所は大津市平津1丁目。ラ・サール中学校・高等学校(鹿児島)に進学した。高校卒業後は、早稲田大学政治経済学部経済学科に進学した。同大学を卒業後、1995年にスズキに入社した。国内の四輪営業部と海外の四輪営業部で勤務した。1998年、スズキを退社した。
武村 展英(たけむら のぶひで、1972年1月21日 - )… 武村 展英(たけむら のぶひで、1972年1月21日 - )は、日本の政治家、公認会計士。自由民主党所属の衆議院議員(6期)、衆議院財務金融委員長。 農林水産副大臣、内閣府大臣政務官、自由民主党総務部会長、同法務部会長、同滋賀県連会長を歴任した。 滋賀県草津市生まれ。草津市立草津第二小学校、草津市立草津中学校、大谷高等学校を経て、1995年(平成7年)、慶應義塾大学商学部商学科(計量経済学専攻)、学士(商学)を取得。同年、国家公務員採用I種(経済職)合格。1994年(平成6年)から2000年(平成12年)まで、石崎岳自由民主党衆議院議員の政策担当秘書を務める。 2003年(平成15年)、公認会計士試験第二次試験に合格し、新日本有限責任監査法人入所。
三日月 大造(みかづき たいぞう、1971年〈昭和46年〉5… 三日月 大造(みかづき たいぞう、1971年〈昭和46年〉5月24日 - )は、日本の政治家。滋賀県知事(公選第18・19・20代)。関西広域連合広域連合長。地域政党チームしが特別顧問(執行部員ではない)。無所属。 松下政経塾出身。JR西日本勤務を経て、衆議院議員、国土交通大臣政務官(鳩山由紀夫内閣)、国土交通副大臣(菅直人内閣)、裁判官訴追委員会第2代理委員長などを務めた。元チームしが共同代表。 滋賀県大津市出身。父は中小企業の従業員。京都市右京区広沢小学校から2年時に大津市立日吉台小学校へ転校、大津市立日吉中学校、滋賀県立膳所高等学校、一橋大学経済学部卒業。中学・高校時代は生徒会長を務め、一橋大在学中は財政学の石弘光教授のゼミナールに所属していた。
熊田 篤嗣(くまだ あつし、1971年3月3日 - )は、日… 熊田 篤嗣(くまだ あつし、1971年3月3日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、減税日本総務会長などを歴任した。 滋賀県長浜市生まれ。愛知県名古屋市で育ち、愛知県立旭丘高等学校、京都大学法学部卒業。三菱電機勤務を経て参議院議員・福山哲郎、衆議院議員・吉田治らの秘書を務める。 2003年の第43回衆議院議員総選挙、2005年の第44回衆議院議員総選挙に大阪1区より出馬するも、中馬弘毅に敗北した。2009年に三度目の挑戦で初当選した。 2011年から2012年、国土交通委員会、科学技術推進特別委員会、海賊・テロ対策特別委員会に所属。 2011年3月19日、福島第一原発政府・東電総合対策本部にサポートメンバーの一人として携わる。
和田 裕行(わだ ひろゆき、1970年〈昭和45年〉10月1… 和田 裕行(わだ ひろゆき、1970年〈昭和45年〉10月14日 - )は、日本の政治家、実業家。元滋賀県彦根市長(1期)、彦根党共同代表。 滋賀県彦根市出身。滋賀県立彦根東高等学校、慶應義塾大学理工学部管理工学科卒業。 1997年(平成9年)、映画の衣装や小物のレプリカ製作と販売を行う「マックス・ケイディ」を創業。 2005年(平成17年)4月24日に行われた彦根市長選挙に立候補。元市長で弁護士の獅山向洋、元県議の大久保貴と戦うも次点で落選。 ※当日有権者数:82,943人 最終投票率:47.19%(前回比:pts) 2009年(平成21年)4月26日に行われた市長選挙に再び挑戦し、得票数3位で落選。
有村 治子(ありむら はるこ、1970年〈昭和45年〉9月2… 有村 治子(ありむら はるこ、1970年〈昭和45年〉9月21日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(5期)。自由民主党総務会長(第63代)。 女性活躍担当大臣兼行政改革担当大臣兼国家公務員制度担当大臣兼内閣府特命担当大臣(規制改革、少子化対策、男女共同参画)(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)(第2次安倍改造内閣)、文部科学大臣政務官(第3次小泉改造内閣)、裁判官弾劾裁判所裁判長、参議院情報監視審査会長、同政治倫理審査会長、同環境委員長、自由民主党両院議員総会長、同中央政治大学院長、同広報本部長、同参議院政策審議会長、同総務会長代理、同政務調査会長代理、同総務副会長、同憲法改正実現本部副本部長、同女性局長などを歴任。
山本 浩章(やまもと ひろあき、1969年〈昭和44年〉5月… 山本 浩章(やまもと ひろあき、1969年〈昭和44年〉5月13日 - )は、日本の政治家、実業家。島根県益田市長(4期)。元・益田市議会議員(1期)。 滋賀県甲良町出身。甲良町立甲良東小学校、甲良町立甲良中学校、滋賀県立彦根東高等学校卒業。1988年(昭和63年)4月、東京大学教養学部文科一類入学。1992年(平成4年)3月、東京大学法学部第1類卒業。 大学卒業後は、実家の家業である米穀商に従事しながら、司法試験への挑戦を継続していたが、1998年(平成10年)4月、妻の親族企業である株式会社ひょうま(旧名:兵間仏閣堂)に入社。2010年(平成22年)12月、同社の代表取締役社長に就任。この間、2008年(平成20年)1月、益田青年会議所理事長、2009年(平成21年)1月、日本青年会議所中国地区島根ブロック協議会会長を歴任。
小鑓 隆史(こやり たかし、1966年9月9日 - )は、日… 小鑓 隆史(こやり たかし、1966年9月9日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(2期)。同党人事局長兼政務調査会財務金融部会長。 国土交通大臣政務官、厚生労働大臣政務官、内閣参事官を歴任。 参議院議員としては「こやり隆史」の表記で登録している。 1966年、滋賀県大津市仰木町生まれ。大津市立仰木小学校、大津市立堅田中学校、滋賀県立膳所高等学校、京都大学工学部卒業。京都大学大学院工学研究科物理工学専攻修士課程修了。1992年、通商産業技官に採用され、旧通商産業省入省。通産省・経産省では中小企業政策・公務員制度改革・環境政策などに携わり、2002年からイギリスへ留学し、インペリアル・カレッジ・ロンドンで修士号を取得。
竹村 健(たけむら やすし、1965年12月19日 - )は… 竹村 健(たけむら やすし、1965年12月19日 - )は、日本の政治家。滋賀県栗東市長(1期)。元滋賀県議会議員(3期)。 滋賀県栗東町(現・栗東市)出身。滋賀県立栗東高等学校卒業後、家業のガソリンスタンドで働く傍ら、23歳の時から青年会議所に名を連ねまちづくり活動などに携わった。2014年7月、滋賀県議会議員補欠選挙に立候補し当選。2015年、2019年に再選し県議を3期務めた。 2022年10月31日投開票の栗東市長選挙に立候補し、自由民主党と公明党の推薦を受けた竹村が新人で前市議の上石田昌子を1,431票差で制し初当選した。同年11月18日に就任。
野村 昌弘(のむら まさひろ、1965年(昭和40年)12月… 野村 昌弘(のむら まさひろ、1965年(昭和40年)12月13日 - )は、日本の政治家。元滋賀県栗東市長(3期)。 滋賀県栗東町(現・栗東市)出身。栗東町立葉山小学校、栗東町立栗東中学校、滋賀県立守山高等学校卒業。 1995年(平成7年)6月、栗東町議会議員に就任。1999年(平成11年)、再選。2001年(平成13年)10月1日、栗東町は市制施行して栗東市となる。2003年(平成15年)に3選。2007年(平成19年)に4選。 2010年(平成22年)10月31日に行われた栗東市長選挙に無所属(自由民主党推薦、公明党支持)で出馬。前副市長の中村洋三、前市議の馬場美代子らを破り初当選した(野村:10,884票、中村:6,522票、馬場:3,635票)。
上野 賢一郎(うえの けんいちろう、1965年〈昭和40年〉… 上野 賢一郎(うえの けんいちろう、1965年〈昭和40年〉8月3日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。自由民主党所属の衆議院議員(7期)、厚生労働大臣(第30-31代)。 財務副大臣(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣・第4次安倍改造内閣)、国土交通大臣政務官(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、衆議院内閣委員長、自由民主党財務金融部会長、同経済産業部会長、同滋賀県連会長などを務めた。 滋賀県長浜市出身。滋賀県立虎姫高等学校を経て、1990年に京都大学法学部卒業後、自治省へ入省。その後、岩手県庁に勤務した。2003年、総務省自治税務局都道府県税課長補佐を最後に退官。 2003年11月9日の第43回衆議院議員総選挙に、滋賀1区から自由民主党公認で出馬したものの、民主党現職の川端達夫に敗れ落選。
有村 國俊(ありむら くにとし、昭和39年〈1964年〉11… 有村 國俊(ありむら くにとし、昭和39年〈1964年〉11月21日 - )は、日本の政治家、浄土真宗大谷派の眞念寺住職(妻の実家 男性跡取りがいないため寺院育ちではないが、猛勉強して資格を取り住職となる) 近江八幡市議会議員(2期)、滋賀県議会議員(4期)を務めた。滋賀県少林寺拳法連盟副会長。 出典は、記載のない限り以下を参照。 愛荘町立愛知川小学校、愛荘町立愛知中学校、滋賀県立八日市高等学校を経て、1988年(昭和63年)3月、桜美林大学経済学部を卒業。荏原製作所に入社。1996年(平成8年)、男子の跡取りの無かった眞念寺住職の長女と結婚し、のち同寺住職に就任。 2003年(平成15年)、近江八幡市議会議員選挙で初当選。
大久保 貴(おおくぼ たかし、1963年10月22日 - )… 大久保 貴(おおくぼ たかし、1963年10月22日 - )は、日本の政治家。元滋賀県彦根市長(2期)、元滋賀県議会議員(2期)。 滋賀県彦根市出身。1988年(昭和63年)8月、ミシガン大学社会学部卒業。社会福祉法人近江ふるさと会に就職。1991年(平成3年)4月30日、滋賀県議会議員に就任。1995年(平成7年)に再選。 1998年(平成10年)第18回参議院議員通常選挙に滋賀県選挙区より出馬するも落選。2001年(平成13年)4月22日に行われた彦根市長選挙に出馬。計4人の候補者のうち得票数3位で落選。投票率は47.16%。 2005年(平成17年)4月24日に行われた市長選に出馬。計3人の候補者のうち得票数3位で落選。
徳永 久志(とくなが ひさし、1963年6月27日 - )は… 徳永 久志(とくなが ひさし、1963年6月27日 - )は、日本の政治家。 外務大臣政務官(菅直人内閣・菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣)、衆議院議員(1期)、参議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長、参議院議員(1期)、民主党副幹事長、立憲民主党常任幹事、教育無償化を実現する会幹事長、滋賀県議会議員(2期)などを歴任。 大阪府守口市に生まれ、滋賀県近江八幡市で育つ。近江八幡市立金田小学校、近江兄弟社中学校、滋賀県立彦根東高等学校卒業後、早稲田大学に入学。大学時代は一時新自由クラブ学生部に所属。ロッキード事件の判決が争点となった1983年の衆院選では、田中角栄の対立候補として立候補した野坂昭如に応援に入り、「闘う姿に感銘を受けた」として政治家を志す。
松浦 加代子(まつうら かよこ、1963年〈昭和38年〉2月… 松浦 加代子(まつうら かよこ、1963年〈昭和38年〉2月10日 - )は、日本の政治家、教諭。滋賀県湖南市長(1期)。 現在の滋賀県湖南市出身。甲西町立三雲小学校(現在の湖南市立三雲小学校)、甲西町立甲西中学校(現在の湖南市立甲西中学校)、滋賀県立膳所高等学校を経て、滋賀大学教育学部卒業。小学校教諭、教頭、校長を経て、湖南市教育委員会の学校教育課長、湖南市教育長などを務める。 2024年1月、湖南市長の生田邦夫が転倒により腰椎を圧迫骨折。公務に支障をきたしたため、10月19日、10月27日投開票の市長選挙には不出馬と表明し、市長を1期限りで退任した(生田は11月25日に死去)。これに代わり、前教育長の松浦が湖南市長選挙に立候補することを表明。
田島 一成(たじま いっせい、1962年6月15日 - )は… 田島 一成(たじま いっせい、1962年6月15日 - )は、日本の政治家。滋賀県彦根市長(1期)。元衆議院議員(4期)。元立憲民主党滋賀県連代表。環境副大臣(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、滋賀県議会議員(1期)、彦根市議会議員(2期)等を務めた。 滋賀県彦根市生まれ。彦根市立旭森小学校、彦根市立東中学校、滋賀県立彦根東高等学校、中央大学商学部会計学科卒業、同志社大学大学院総合政策科学研究科修士課程修了(修士論文は「日本社会におけるNPO(民間非営利組織)の現状と方向性―新たなセクターとしての役割と可能性の考察―」)。大学卒業後、竹中工務店勤務を経て、生家が経営する田島物産に入社。またアメリカ合衆国カールトン・カレッジに留学し、単位を取得した。
小寺 裕雄(こてら ひろお、1960年9月18日 - )は、… 小寺 裕雄(こてら ひろお、1960年9月18日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(4期)、自由民主党農林水産関係団体委員長兼農林部会長代理。 内閣府大臣政務官、滋賀県議会議員(3期)、滋賀県議会副議長、自由民主党情報・通信関係団体委員長兼総務部会長代理などを歴任した。 滋賀県八日市市(現:東近江市)出身。東近江市春日町在住。滋賀県立彦根東高等学校卒業。小学校3年生から高校3年生まで柔道に打ち込み、60キロ級で滋賀県で優勝した。1978年に会津若松市で開かれた全国大会に出場。 1986年の3月に同志社大学文学部を卒業。同年4月、「ブックボックス」という書店を開業。店では本だけでなく、レンタルビデオ、ゲームソフト、トレーディングカード、CD、DVDなども扱った。
海東 英和(かいとう ひでかず、1960年(昭和35年)1月… 海東 英和(かいとう ひでかず、1960年(昭和35年)1月24日 - )は、日本の政治家。滋賀県議会議員(1期)。高島市長(初代)、新旭町長(第6代)、新旭町議会議員(2期)等を歴任した。 滋賀県出身。滋賀県立高島高等学校、龍谷大学経済学部卒業。1982年、大学を卒業し新旭町役場に就職。1991年、新旭町役場を退職。同年、新旭町議会議員選挙に出馬し、当選した。町議の傍ら、民間企業にも勤務していた。 1999年、新旭町長に当選し、2005年まで2期6年務めた。高島郡5町1村から構成される高島地域合併協議会の会長を務め、2005年1月1日に高島市が誕生。同年2月の高島市長選挙で初代市長に当選した。
小西 理(こにし おさむ、1958年〈昭和33年〉8月22日… 小西 理(こにし おさむ、1958年〈昭和33年〉8月22日 - )は、日本の政治家、実業家。滋賀県近江八幡市長(2期)。総務大臣政務官(第2次小泉内閣)、衆議院議員(2期)等を務めた。 滋賀県近江八幡市生まれ。母は薬屋をしていた。滋賀県立彦根東高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1983年、三菱重工業株式会社に入社。1991年に三井海上火災保険(現三井住友海上火災保険)に入社し、2000年に退職。同年より兄である小西哲衆議院議員の公設第一秘書を務める。 2001年、兄・哲の死去に伴う衆議院滋賀2区補欠選挙に自由民主党公認で出馬し、民主党新人の田島一成を破り、初当選した。当選後、橋本派に所属。
栢木 進(かやき すすむ、1956年〈昭和31年〉6月2日 … 栢木 進(かやき すすむ、1956年〈昭和31年〉6月2日 - )は、日本の政治家。元滋賀県野洲市長(1期)、元野洲市議会議員(1期)。 滋賀県甲賀郡伴谷村(現甲賀市水口町)生まれ。男5人兄弟。滋賀県立大津商業高等学校、大阪産業大学経営学部卒業。178cm、100kg(2021年2月時点) 株式会社 蓮葉の代表取締役会長を務める。 2016年(平成28年)10月23日に行われた野洲市長選挙に立候補するも現職の山仲善彰に敗れ落選。 2019年(令和元年)11月、市立野洲病院整備工事の入札が不落となり、市の計画が再度見直しとなったことを受け、市長選挙への2度目の挑戦を決意。 2020年(令和2年)10月18日に行われた野洲市長選挙で現職の山仲善彰との一騎打ちを制し初当選した。
曽我 逸郎(そが いつろう、1955年11月12日 - )は… 曽我 逸郎(そが いつろう、1955年11月12日 - )は、日本の政治家。長野県上伊那郡中川村長を3期務めた。 長崎県対馬生まれ。本籍地は兵庫県西宮市。滋賀県に転居し、滋賀県立膳所高等学校卒業。大学で仏教学を学ぼうと志し、のち哲学専攻に転ずる。京都大学文学部卒業。電通に入社、大阪・香港・名古屋で勤務し、営業部長を経て、2002年退社。中川村に移り、農業を営む。 2005年4月24日、民間感覚の導入や観光と農業を結び付けた活性化策、村長給料30%カットを掲げ、草の根型の活動を展開して、中川村村長に初当選した。 生きていくのに必要・十分な所得を、すべての人に条件を設けずに給付しようというベーシックインカムの発想に関心をもち、しばしば文章を発表している。
福井 正明(ふくい まさあき、1952年〈昭和27年〉1月1… 福井 正明(ふくい まさあき、1952年〈昭和27年〉1月16日 - )は、日本の政治家。元滋賀県高島市長(3期)。 滋賀県安曇川町(現・高島市)出身。安曇川町立安曇小学校、安曇川町立安曇川中学校、滋賀県立高島高等学校、立命館大学法学部卒業。1970年(昭和45年)、安曇川町役場に入庁。1972年(昭和47年)、滋賀県庁に入庁。 2003年(平成15年)4月、市町村合併推進支援室長に就任。2005年(平成17年)1月1日、出身地の安曇川町はマキノ町、今津町、新旭町、高島町、朽木村と合併し廃止。高島市が誕生する。 2012年(平成24年)3月、滋賀県庁を退職。同年4月、滋賀県病院事業庁長に就任。10月、同職を辞職。
小椋 正清(おぐら まさきよ、1951年〈昭和26年〉4月1… 小椋 正清(おぐら まさきよ、1951年〈昭和26年〉4月12日 - )は、日本の政治家、警察官。滋賀県東近江市長(4期)。 滋賀県神崎郡永源寺町蛭谷(現・東近江市蛭谷町)出身。永源寺町立政所小学校、八日市市立八日市北小学校(現・東近江市立八日市北小学校)、八日市市立聖徳中学校(現・東近江市立聖徳中学校)を経て、滋賀県立彦根東高等学校に進学。同志社大学法学部卒業。1976年(昭和51年)、滋賀県警察に採用される。長浜警察署長や滋賀県防災危機管理監、滋賀県理事員などの任にあたる。 2013年(平成25年)2月17日に行われた東近江市長選挙に自民党・日本維新の会・公明党・みんなの党の推薦を受け立候補し、現職の西澤久夫を破り初当選した。
山仲 善彰(やまなか よしあき、1950年(昭和25年)11… 山仲 善彰(やまなか よしあき、1950年(昭和25年)11月1日 - 2024年4月28日)は、日本の政治家。元滋賀県野洲市長(3期)。 滋賀県野洲市出身。同志社大学卒業。1977年(昭和52年)4月、滋賀県庁に入庁。知事公室長、琵琶湖環境部長、県理事などを歴任した。 2008年(平成20年)7月、滋賀県庁を退職。同年10月12日に行われた野洲市長選挙に、前市長の山崎甚右衛門の後継者指名と連合滋賀の推薦を受けて立候補。元市議の藤村洋二、元市議の荒川泰宏、元市職員の舩橋登志夫ら3候補を破り初当選を果たした(山仲:8,044票、藤村:6,449票、荒川:5,083票、舩橋:2,010票)。投票率は55.91%だった。
小西 哲(こにし あきら、1949年9月13日 - 2001… 小西 哲(こにし あきら、1949年9月13日 - 2001年7月23日)は、日本の警察官僚、政治家、元衆議院議員。自由民主党員、派閥は橋本派所属。弟は元衆議院議員で近江八幡市長の小西理。 1949年9月13日、滋賀県近江八幡市で小西和彦、政子の長男として生まれた。野中広務の追悼演説によれば、少年期に両親の「慈愛に満ちた薫陶」や滋賀県の「自然の恵み」と「深い郷土愛」にはぐくまれたという。蒲生中学校(船岡中学校の前身)、彦根東高等学校、東京大学法学部を卒業。 1972年に警察庁に入庁し、広島県警交通指導課長に就任。1978年に厚生労働省公衆衛生局精神衛生課課長補佐、1982年に運輸省自動車局貨物課補佐官に就任。
泉 峰一(いずみ みねかず、1949年〈昭和24年〉8月9日… 泉 峰一(いずみ みねかず、1949年〈昭和24年〉8月9日 - )は、日本の政治家、元滋賀県米原市長(1期)。旭日双光章受章。 滋賀県出身。滋賀県立彦根東高等学校を経て、京都大学農学部卒。1972年滋賀県庁に入る。農村整備、耕地の各課長、東京事務所長を経て、2008年退職。2009年の米原市長選挙に立候補し、現職の平尾道雄を破り当選。2013年の米原市長選挙で平尾に敗れた。2019年秋の叙勲で旭日双光章を受章。
河本 英典(かわもと えいすけ、1948年7月3日 - 20… 河本 英典(かわもと えいすけ、1948年7月3日 - 2025年11月29日)は、日本の実業家、元政治家。元参議院議員(2期)。滋賀県を代表する綾羽株式会社代表取締役社長、滋賀経済同友会代表幹事、滋賀経済団体連合会会長、滋賀県防衛協会会長、滋賀県スポーツ協会会長、滋賀県販売士協会会長、大津商工会議所会頭などを務めた。 滋賀県高島市出身。慶應義塾大学商学部を卒業後、1972年綾羽に入社。1983年に社長に就任。父は元参議院議員、綾羽グループ創業社主の河本嘉久蔵。曾祖母の河本にわは、かつて長寿世界一だった人物で、確かな記録が残る人物としては江戸時代生まれ最後の生き残りであった。 1992年に行われた第16回参議院議員通常選挙において自由民主党から滋賀県選挙区に立候補し初当選。
安楽 好正(あんらく よしまさ、1948年1月1日 - )は… 安楽 好正(あんらく よしまさ、1948年1月1日 - )は、イベントクリエーター、プランナー、プロデューサー、広告制作業者で、大津市の政治家。デザイナーとして活動しながら、大津市で市民活動を行い、2007年には大津市議会議員となった。所属会派は対話の会・杣で、副代表を務める 。市民グループ「アクション21」の事務局長 。大津市三井寺在住。 1948年、大津市に生まれる 。父は労働組合幹部。平野小学校を卒業、打出中学校では野球部のエースで、主将として「民主的な野球部」を目指すが失敗。その後、定時制高校編入する。1966年に京都産業デザイン研究所を卒業、1968年に大阪編集工房に入社 。1971年に日本交通事業社(現ジェイアイシー)に入社、ディスカバー・ジャパンやジェイティービーの広告を手がける。
冨士谷 英正(ふじたに えいしょう、1947年(昭和22年)… 冨士谷 英正(ふじたに えいしょう、1947年(昭和22年)1月29日 - )は、日本の政治家。近江八幡市議会議員(通算2期)。元近江八幡市長。元滋賀県議会議員(4期)。 生家は近江八幡市内の寺院であり、冨士谷自身も真宗佛光寺派の僧籍を持っている。
川端 達夫(かわばた たつお、1945年〈昭和20年〉1月2… 川端 達夫(かわばた たつお、1945年〈昭和20年〉1月24日 - )は、日本の政治家。国民民主党顧問。 衆議院議員(10期)、民主党国会対策委員長、民主党幹事長(第6代)、文部科学大臣(第12・13代)、内閣府特命担当大臣(科学技術政策)、総務大臣(第15代)、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策)、内閣府特命担当大臣(地域主権推進)、民社協会理事長、衆議院副議長(第66代)などを歴任、国民民主党顧問。 滋賀県蒲生郡(現・近江八幡市)生まれ。生家は薬局を営んでいた。滋賀県立彦根東高等学校、京都大学工学部卒業。京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、東レに入社した。開発研究に携わる傍ら、労働組合運動にも取り組んだ。
奥村 展三(おくむら てんぞう、1944年(昭和19年)8月… 奥村 展三(おくむら てんぞう、1944年(昭和19年)8月10日 - )は、日本の元政治家。衆議院議員(3期)、参議院議員(1期)、新党さきがけ幹事長、民主党総務委員長、(旧)国民民主党滋賀県連顧問、文部科学副大臣(スポーツ、科学技術担当)(野田内閣・野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣)、滋賀県議会議員(4期)などを歴任。 滋賀県甲賀郡(現・湖南市)生まれ。1973年(昭和38年)3月、滋賀県立甲賀高等学校(現滋賀県立水口高等学校)卒業。1976年(昭和41年)3月、立命館大学文学部中退。 1968年に甲賀高校野球部監督として第40回選抜高等学校野球大会に出場。水口青年会議所理事長を経て、1976年に甲西町議会議員に初当選。
目片 信(めかた まこと、1941年(昭和16年)11月1日… 目片 信(めかた まこと、1941年(昭和16年)11月1日 - 2020年(令和2年)12月8日)は、日本の政治家。大津市長(2期)、衆議院議員(1期)、滋賀県議会議員(2期)などを歴任した。 市長在任中に志賀町との合併を果たした。栗東新駅問題には反対の立場をとった。二級建築士。 滋賀県大津市で生まれ育つ。同市北大路在住。実母を生まれてすぐに亡くし、「育ててくれた母とか『母』と名のつく人が、3・4人」いたという。1960年3月、比叡山高等学校卒業。同年、父・目片四郎が経営する目片工務店へ入社し、1965年に専務となる。1986年5月1日、父に代わって代表取締役社長へ就任。1991年3月28日からは妻の目片淑子に社長職を譲り、相談役となった。
岩永 峯一(いわなが みねいち、1941年〈昭和16年〉9月… 岩永 峯一(いわなが みねいち、1941年〈昭和16年〉9月5日 - )は、日本の政治家。 農林水産大臣(第38・39代)、農林水産副大臣(第2次小泉改造内閣)、総務大臣政務官(第1次小泉第1次改造内閣)、農林水産大臣政務官(第1次小泉内閣)、衆議院議員(4期)、滋賀県議会議長、滋賀県議会副議長、滋賀県議会議員(5期)、信楽町議会議員(1期)などを歴任。 滋賀県立甲賀高等学校(現在の滋賀県立水口高等学校)卒業。中央大学法学部中退。1971年、滋賀県信楽町(現在の甲賀市)町議となる。1975年、滋賀県議会議員となり、5期務める。この間、1988年から1989年に同議会副議長、1990年から1991年に同議長を務めた。
獅山 向洋(ししやま こうよう、1940年(昭和15年)11… 獅山 向洋(ししやま こうよう、1940年(昭和15年)11月2日 - 2024年(令和6年)8月3日)は、日本の政治家、弁護士、検察官。滋賀県彦根市長(通算3期)、彦根市議会議員(通算4期)、聖泉大学・聖泉短期大学理事長を務めた。 滋賀県彦根市出身。彦根市立城西小学校、彦根市立西中学校、滋賀県立彦根東高等学校を経て、1964年3月、京都大学法学部卒業。司法試験に合格し、神戸地方検察庁検事を経て、1969年に弁護士登録した。日本弁護士連合会理事を務める。 1979年、彦根市議会議員選挙に立候補し、初当選する。1985年、彦根市長選挙に立候補したが、現職の井伊直愛に敗れ、落選する。1989年の市長選に再出馬し、10期目を目指していた井伊を下して当選した。
国松 善次(國松 善次、くにまつ よしつぐ、1938年 4月… 国松 善次(國松 善次、くにまつ よしつぐ、1938年 4月1日 ‐ )は、日本の元政治家。元滋賀県知事(公選14・15代)。
甲斐 道清(かい みちきよ、1937年(昭和12年)11月1… 甲斐 道清(かい みちきよ、1937年(昭和12年)11月11日 - 2025年(令和7年)10月24日)は、日本の政治家。元滋賀県守山市長(2期)。 滋賀県守山市出身。実家は守山市にある臨済宗大徳寺派少林寺。6歳で得度する。同志社大学文学部を卒業。卒業後はマツダオート京都に就職し、課長となる。その後、守山市役所に入り、守山市土地開発公社に勤務し、同事務局長になる。1989年少林寺の住職に就く。 1995年守山市長選挙に立候補し初当選。1999年は無投票で再選。2003年に三選を目指したが、元守山市議の山田亘宏に敗れた。 2008年春の叙勲で旭日双光章を受章する。 2025年10月24日、病気療養中に守山市内の病院で死去した。
川島 信也(かわしま のぶや、1936年〈昭和11年〉3月2… 川島 信也(かわしま のぶや、1936年〈昭和11年〉3月24日 - 2023年〈令和5年〉11月15日)は、日本の政治家。長浜市長を通算3期12年務めた。 高島郡(現・高島市)生まれで長浜市在住 。1959年に東京大学法学部卒業後、日本国有鉄道に入社。米子鉄道管理局総務部人事課長、大阪鉄道管理局営業部旅客課長、ニューヨーク事務所次長、九州地方資材部長、本社経営計画室主幹を歴任し、1980年に退職。1983年の第37回衆議院議員総選挙(自由民主党公認)、1986年の第38回衆議院議員総選挙(自由民主党公認)、1990年の第39回衆議院議員総選挙(無所属)に続けて出馬するが落選した。 1991年11月12日に長浜市長に就任し1995年11月11日まで在任。
武村 正義(たけむら まさよし、1934年〈昭和9年〉8月2… 武村 正義(たけむら まさよし、1934年〈昭和9年〉8月26日 - 2022年〈令和4年〉9月28日)は、日本の政治家、自治官僚、政治評論家。位階は従三位。 八日市市長、滋賀県知事(3期)、衆議院議員(4期)、新党さきがけ代表、内閣官房長官、大蔵大臣を歴任。政界引退後は龍谷大学客員教授、徳島文理大学大学院教授を務めた。 滋賀県蒲生郡玉緒村(現・東近江市柴原南町)の農家に生まれた。母を小学2年、祖父を中学3年、父を高校2年のときに亡くす。兄勘一。滋賀県立八日市高等学校では日本民主青年同盟に入って活動を行った。新聞部の部長だった2年生のとき、友人の書いた文章の内容が偏っているとして、担任が不掲載を求めた。
山崎 甚右衛門(山﨑 甚右衞門、やまざき じんうえもん、19… 山崎 甚右衛門(山﨑 甚右衞門、やまざき じんうえもん、1934年〈昭和9年〉1月17日 - 2025年〈令和7年〉10月25日)は、日本の政治家、元滋賀県野洲町長(3期)・野洲市長(1期)。 滋賀県野洲市出身。滋賀県立野洲高等学校卒。野洲町役場に入り、総務部長、助役などを経て、1995年の野洲町長選挙で野洲町長に当選した。町長を3期務め、2004年野洲町は合併により野洲市が発足。合併後の市長選挙に立候補し、無投票で当選。野洲市長を1期務め、2008年に退任した。2009年、旭日小綬章受章。 2025年10月25日、うっ血性心不全のため守山市内の病院で死去。91歳没。叙従五位。
山元 勉(やまもと つとむ、1932年8月5日 - 2010… 山元 勉(やまもと つとむ、1932年8月5日 - 2010年1月4日)は、日本の政治家。衆議院議員(通算4期)。 滋賀県出身。滋賀大学卒業後、小学校教師として勤務する傍ら組合活動を行う。その後、専従役員として滋賀県教職員組合委員長等を務める。 1983年、第13回参議院議員通常選挙に日本社会党公認で滋賀県選挙区より立候補するが、自由民主党候補の河本嘉久蔵に大差で敗れ落選。1990年に行われた第39回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧滋賀県全県区より立候補し当選。以後4期連続当選を果たす。 1996年、旧民主党結党に参加。小選挙区制施行後の1996年の第41回衆議院議員総選挙では滋賀県第1区から立候補。
中村 功一(なかむら こういち、1932年(昭和7年)3月1… 中村 功一(なかむら こういち、1932年(昭和7年)3月10日 - )は、日本の政治家。元東近江市長(1期)、元八日市市長(3期)。旭日小綬章受章。 滋賀県八日市市(現・東近江市)出身。滋賀県立神愛高等学校(現・滋賀県立八日市高等学校)卒。滋賀県庁に入り、企画部水政室長、県議会事務局長、農林部長などを経て、八日市市助役となる。 1994年の八日市市長選挙に立候補して初当選、3期務めた。3期目途中の2005年2月11日、八日市市は近隣4町と合併し「東近江市」が発足した。発足直後の東近江市長選挙に立候補し、元県議の西澤久夫を破り初当選した。同市長は1期務め、2009年に引退。2015年に東近江市の名誉市民に選ばれた。
野口 幸一(のぐち こういち、1929年〈昭和4年〉8月13… 野口 幸一(のぐち こういち、1929年〈昭和4年〉8月13日 - 1993年〈平成5年〉10月29日)は、日本の政治家。日本社会党衆議院議員(5期)。 滋賀県彦根市生まれ。旧制滋賀県立彦根中学校(現・滋賀県立彦根東高等学校)中退。1950年(昭和25年)逓信講習所卒。その後、郵政事務官になり、全逓滋賀県委員長、滋賀地評議長などを経て、1976年(昭和51年)の第34回衆議院議員総選挙で滋賀全県区から日本社会党公認で立候補して当選。5期務めた。 1990年(平成2年)の第39回衆議院議員総選挙に立候補せず、政界から引退する。 1993年10月29日、死去。64歳没。同年11月12日、特旨を以て位記を追賜され、死没日付で従四位勲二等に叙され、瑞宝章を追贈された。
中島 一(なかじま はじむ、1925年(大正14年)11月2… 中島 一(なかじま はじむ、1925年(大正14年)11月22日 - 2012年(平成24年)6月11日)は、日本の政治家。彦根市長(3期)。 滋賀県守山市出身。旧制名古屋工業専門学校(現・名古屋工業大学)建築科卒業。旧建設省技官、滋賀県庁を経て、愛知工業大学教授に就任。 1993年(平成5年)に彦根市長選挙に立候補して、現職の獅山向洋、共産党の新人を破って初当選。 ※当日有権者数:72,781人 最終投票率:-%(前回比:-pts) 市長選に立候補して、無所属の新人、元職となった獅山、共産党の新人を破って再選を果たした。 ※当日有権者数:77,223人 最終投票率:-%(前回比:-pts) 市長選に立候補して、大久保貴ら無所属新人2人と共産党の新人1人を破って3選を果たした。
山田 豊三郎(やまだ とよさぶろう、1922年(大正11年)… 山田 豊三郎(やまだ とよさぶろう、1922年(大正11年)10月13日 - 2009年(平成21年)7月18日)は、日本の政治家。第21代大津市長(1980年 - 2004年)。 市助役などを務めた後、6期にわたり大津市長を務め市の都市整備などを行った。「豊さん」、「山豊さん」のあだ名で親しまれた。元全国市長会相談役。大津市名誉市民。旭日中綬章。趣味は映画、歌謡、ダンス。 滋賀県野洲郡玉津村赤野井(現・守山市)の農家、堀出家に出生。のち、大津市出身の山田美惠子と結婚し、山田姓に改める。 1943年11月に満州国立新京法政大学特修科経済学部卒業。1944年、学徒出陣で遼陽の第33連隊に配属、第120師団輕重隊に配属される。