羽田 亨(はねだ とおる、1882年(明治15年)5月15日… 羽田 亨(はねだ とおる、1882年(明治15年)5月15日 - 1955年(昭和30年)4月13日)は東洋史学者。京都大学名誉教授。文化勲章受章者。 文学博士(京都帝国大学、1922年)。京都府峰山町(現・京丹後市)生まれ。
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羽田 亨(はねだ とおる、1882年(明治15年)5月15日… 羽田 亨(はねだ とおる、1882年(明治15年)5月15日 - 1955年(昭和30年)4月13日)は東洋史学者。京都大学名誉教授。文化勲章受章者。 文学博士(京都帝国大学、1922年)。京都府峰山町(現・京丹後市)生まれ。
木下 東作(きのした とうさく、1878年(明治11年)6月… 木下 東作(きのした とうさく、1878年(明治11年)6月27日 - 1952年(昭和27年)6月19日)は、日本の運動生理学者、スポーツ評論家。医学博士。 大阪医科大学(現在の大阪大学医学部)教授から大阪毎日新聞社運動部長に転身。日本女子スポーツ連盟を設立し、人見絹枝を育成したことで知られる。本人も旧制第一高等学校・東京帝国大学在学中には長距離走の選手として知られた。 京都市出身。木下凞の二男。兄に産婦人科学者の木下正中がいる。木下家はもと若狭小浜藩医の家で、凞は明治維新後に京都療病院(現在の京都府立医科大学)に勤務、のちに産婦人科医を開業した(父については木下正中の記事を参照)。 東京府尋常中学、旧制第一高等学校を経て東京帝国大学に進学。
烏賀陽 然良(うがや しかよし、1876年(明治9年)6月1… 烏賀陽 然良(うがや しかよし、1876年(明治9年)6月18日 - 1946年(昭和21年)3月11日)は、日本の法学者。 専門は民法および商法(特に海商法)。学位は法学博士。京都帝国大学名誉教授。第16代京都帝国大学法学部長。族籍は京都府平民。正三位勲二等受賞者。雅号は旭山人又は都水。 京都府京都市出身(本籍地は京都府京都市上京区)。烏賀陽然冏(または恒正)の長男として生まれる。 1884年(明治17年)家督を相続する。京都市立小川小学校、1899年(明治32年)第四高等学校(旧制)卒業を経て、1903年(明治36年)京都帝国大学法科大学法律科を卒業。 1904年(明治37年)に神戸高等商業学校講師となり、1906年(明治39年)から1920年(大正9年)まで同教授を務める。
真島 利行(まじま としゆき、または故実読みで りこう、18… 真島 利行(まじま としゆき、または故実読みで りこう、1874年(明治7年)11月13日 - 1962年(昭和37年)8月19日)は、京都市生まれの有機化学者。大阪帝国大学総長などを歴任。
伴 房次郎(ばん ふさじろう、1874年9月20日 - 19… 伴 房次郎(ばん ふさじろう、1874年9月20日 - 1956年11月19日)は日本の法学者、教育者。専門は民法。小樽高等商業学校(現在の小樽商科大学)第二代校長。長男伴素彦はサンモリッツオリンピックスキージャンプ日本代表で日本製粉株式会社の会長も務めた。 1874年(明治7年)京都市伏見区生まれ。京都府尋常中学校、第四高等学校 (旧制)を経て1902年(明治35年)東京帝国大学法科大学法律学科を卒業し京都帝国大学法科大学講師となる。翌1903年(明治36年)助教授となり、1908年(明治41年)からイギリス、フランス、ドイツへ留学。1912年(明治45年)帰国し7月より北海道の小樽高等商業学校に教授として赴任する。
会田 龍雄(あいだ たつお、明治4年11月21日(1872年… 会田 龍雄(あいだ たつお、明治4年11月21日(1872年1月1日) - 昭和32年(1957年)12月16日)は、日本の生物学者、遺伝学者。 1903年 - 1941年、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)教授。1932年、帝国学士院賞受賞。 京都市出身。1872年、有栖川宮家に剣客として仕えた勤王派の父(福島県、矢吹出身)と外科医の娘である母(京都市出身)のあいだに長男として生まれる。銅駝校(小学校)、京都府尋常中学校、第三高等学校を経て、帝国大学理科大学動物学教室に入学、飯島魁に師事。同教室を1896年卒業後、1898年、第五高等学校(熊本)教授。この時同僚に夏目漱石がいた。1903年実家のある京都に戻り、京都高等工芸学校教授。
桑原 隲蔵(くわばら じつぞう、明治3年12月7日〈1871… 桑原 隲蔵(くわばら じつぞう、明治3年12月7日〈1871年1月27日〉 - 1931年〈昭和6年〉5月24日)は、日本の東洋史学者・京都帝国大学教授。文学博士。1898年に出版された著書(中等東洋史.上巻/中等東洋史.下巻)は、東洋史教科書の定番となった。 1871年1月27日 越前国(現・福井県敦賀市)に製紙業者桑原久兵衛の次男として生まれる。京都府尋常中学校から第三高等学校へ進み、1892年に同校卒業、帝国大学文科大学(現・東京大学文学部)に入学し、漢文科から同大学院東洋史専攻へ(1896年)。1898年の修了後、母校の第三高等学校教授となった。 翌1899年に高等師範学校(現・筑波大学)教授に転じ(1907年迄)、国費留学のため退官、文部省より中国へ派遣される。
高瀬 武次郎(たかせ たけじろう、明治元年12月16日〈18… 高瀬 武次郎(たかせ たけじろう、明治元年12月16日〈1869年1月28日〉 - 1950年〈昭和25年〉2月9日)は明治から昭和にかけての陽明学者。号は惺軒。従三位勲三等文学博士京都帝国大学名誉教授。 漢詩は鈴木豹軒、和歌は山本行範に学んだ。 明治元年12月16日(1869年1月28日)、讃岐国山田郡西十川村仲下所(香川県高松市十川西町107番地1)佐々木弥惣八(八十八、小五郎)の四男に生まれた。鰹宇神社で森口四郎に儒学を学ぶ。 京都府立第一中学校(京都府立洛北高等学校・附属中学校)、第四高等学校(金沢市)または第五高等学校(熊本市)を経て、明治31年(1898年)7月東京帝国大学文科大学漢学科を卒業し、同大学院に進学、明治38年(1905年)11月論文「先秦諸子哲学」により文学博士号を取得、明治39年(1906年)1月東京帝国大学講師、同時に哲学館、日蓮宗大学、佛教大学、早稲田大学、曹洞宗大学、明治大学講師も務めた。
井上 仁吉(いのうえ じんきち、1868年12月17日(明治… 井上 仁吉(いのうえ じんきち、1868年12月17日(明治元年11月4日)- 1947年(昭和22年)3月14日)は、日本の応用化学者。東北帝国大学総長、工学博士。号・青崖。 蘭方医・井上勤所の二男として京都に生まれる。京都一中(現京都府立洛北高等学校・附属中学校)を経て、1892年(明治25年)第一高等学校を卒業。1896年(明治29年)帝国大学工科大学応用科学科を卒業し、横浜瓦斯に入社。1899年(明治32年)東京帝大工科大学助教授に就任した。1903年(明治36年)ドイツのドレスデン大学に私費留学し、日露戦争のため1905年(明治38年)に帰国し東京帝大教授に昇任し応用化学第1講座を担任した。
池田 菊苗(いけだ きくなえ、1864年10月8日(元治元年… 池田 菊苗(いけだ きくなえ、1864年10月8日(元治元年9月8日) - 1936年(昭和11年)5月3日)は、日本の化学者。学位は、理学博士(1902年)。東京帝国大学理学部化学科教授。「日本の十大発明」の一つといわれるうま味成分、L-グルタミン酸ナトリウムの発見者として知られる。 現在、世界中で広く普及しているうま味調味料の発見者で、その成分がL-グルタミン酸ナトリウムであることを解明した。幼少期より昆布のだしに関心を持ち、湯豆腐のだし汁昆布の研究に着手。妻である貞を夜、昆布を乾物屋に買いに走らせ1907年(1908年)に約38 kgの昆布から煮汁をとり、うま味の素であるL-グルタミン酸ナトリウム約30 gを得ることに成功。
岡田 国太郎(おかだ くにたろう、1861年1月29日(万延… 岡田 国太郎(おかだ くにたろう、1861年1月29日(万延元年12月19日) - 1945年(昭和20年)3月2日)は、日本の陸軍軍人(軍医官)、医師、細菌学者。医学博士(滋賀県出身者として初の医学博士(博士登録番号42番))。 1861年1月29日(万延元年12月19日)、近江国野洲郡守山村吉身(現・滋賀県守山市吉身)で誕生。父は滋賀県議会議長や衆議院議員を務めた岡田逸治郎、母は逸治郎の最初の妻・たみ。八男七女の次男として誕生したが、長男が夭折したことにより跡取りとして育てられる。 1877年(明治10年)、京都欧学校(後の京都府立一中(現京都府立洛北高等学校・附属中学校))に入学し、ドイツ語を学んだ。
平竹 耕三 は、日本の学者、政治活動家。元京都産業大学文化学… 平竹 耕三 は、日本の学者、政治活動家。元京都産業大学文化学部京都文化学科教授。京都市中京区出身。
福田 眞人(ふくだ まひと、9月19日 - )は、日本の比較… 福田 眞人(ふくだ まひと、9月19日 - )は、日本の比較文化、医学史研究家、名古屋大学名誉教授、名古屋外国語大学教授。 京都市生まれ。父は日本画家福田巌笑、母は俳人の福田万紗子[要出典]。京都大学工学部資源工学科在学中に、京都教育大学教育学部附属高等学校の英語教師だった詩人沢井淳弘(後の京都産業大学教授)の影響で、同人誌「Trabali」、「文芸林泉」を西村豪人らと刊行して、小説を執筆した[要出典]。 卒業後、東京の出版社勤務を経て、1981年東京大学大学院人文科学研究科比較文学比較文化修士課程入学、芳賀徹に師事。特に日英の医学、疾病の歴史、ヴィクトリア朝英国と明治日本を比較文化史的に研究している。
家 泰弘(いえ やすひろ)は、日本の物理学者。学校法人中部大… 家 泰弘(いえ やすひろ)は、日本の物理学者。学校法人中部大学副理事長。東京大学名誉教授。第68期日本物理学会会長。理学博士。 1951年、京都府京都市に生まれる。天文学者の家正則は実兄。兄が通う大阪府立北野高等学校を受験する予定であったが、父が大阪から東京へ転勤となったため、東京都立戸山高等学校に入学し、1970年にそこを卒業した。1974年に東京大学理学部物理学科を卒業。1979年に同大学大学院理学研究科を修了し、理学博士号を取得した。 東京大学物性研究所助手、MIT客員研究員、ベル研究所研究員、IBMのトーマス・J・ワトソン研究所研究員、東京大学物性研究所助教授、教授を歴任した。2008年からの5年間、東京大学物性研究所の所長を務めた。
片山 信子(かたやま のぶこ)は日本の図書館員、国会職員、大… 片山 信子(かたやま のぶこ)は日本の図書館員、国会職員、大学教員。第27代国立国会図書館副館長。 京都府京都市生まれ。1980年京都市立紫野高等学校卒業。1985年東京大学経済学部を卒業した。 1986年に国立国会図書館へ入館し、関西館長、利用者サービス部長、総務部長などを経て、2022年1月1日副館長に就任した(2023年12月31日まで)。 2024年時点では、立教大学図書館司書コース兼任講師も務める。
物部 真一郎(ものべ しんいちろう)は、日本の精神科医、起業… 物部 真一郎(ものべ しんいちろう)は、日本の精神科医、起業家。株式会社エクスメディオの創業者。高知県で学び奈良県・三重県で臨床を行った経験から、僻地の医療格差是正を自らの使命としている。 1983年(昭和58年)京都府生まれ。 京都市立上里小学校、同志社中学校・高等学校を卒業後、高知医科大学に入学。在学中に出版社を創業し、高知県下の医療法人の広報誌などを制作すると共に、発行部数3万部の地域情報誌「Velocity」発行人を務める。2010年同大学修了。 精神科医として吉田病院(奈良県奈良市)、東員病院(三重県東員町)に勤務後、米国カリフォルニア州シリコンバレーに位置するスタンフォード大学経営大学院に2013年9月入学。
斯波 真理子(しば まりこ) は、日本の医学者、内科医。国立… 斯波 真理子(しば まりこ) は、日本の医学者、内科医。国立循環器病センター研究所病態代謝部部長等を経て、大阪医科薬科大学病院循環器センター特務教授、日本学術会議会員。元国際アフェレシス学会副会長。元日本動脈硬化学会副理事長。日本動脈硬化学会賞受賞。 京都府京都市出身。ノートルダム女学院高等学校を経て、1984年滋賀医科大学医学部医学科卒業、滋賀医科大学第三内科入局、滋賀医科大学大学院医学等研究科博士課程入学。1988年滋賀医科大学大学院医学等研究科博士課程修了、医学博士。 同年国立循環器病センター研究所レジデント。1991年科学技術特別研究員。1994年国立循環器病センター流動研究員。1995年国立循環器病センター研究所循環動態機能部室員。
金城 良太(きんじょう りょうた)は、日本の電気/電子工学・… 金城 良太(きんじょう りょうた)は、日本の電気/電子工学・システム工学者。大阪工業大学工学部電子情報システム工学科准教授。博士(工学)(京都大学)。理化学研究所放射光科学総合研究センター元研究員。元日本学術振興会特別研究員。 専門は、数理工学・プログラミング、人工知能(AI)・機械学習(ML)、量子エネルギー工学・プラズマ物理・核融合工学(レーザー核融合含む)。 1983年京都市で生まれる。1999年洛南高等学校附属中学校卒業。2002年洛南高等学校卒業。2006年京都大学工学部電気電子工学科卒業。同大学大学院エネルギー科学研究科博士課程修了後、博士(エネルギー科学)(京都大学)。日本学術振興会特別研究員(DC1)、理化学研究所放射光科学総合研究センター研究員などを経て、2022年京都大学エネルギー理工学研究所特定准教授。
中野 伸一(なかの しんいち)は、日本の陸水学者。京都大学生… 中野 伸一(なかの しんいち)は、日本の陸水学者。京都大学生態学研究センター長・教授。日本陸水学会会長、国立大学附置研究所・センター会議会長などを歴任。 立命館中学校・高等学校卒業。東京農工大学農学部環境保護学科卒業。京都大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。1994年京都大学より博士(理学)の学位を取得、滋賀県琵琶湖研究所研究員。1996年愛媛大学農学部助教授。1999年に愛媛大学沿岸環境科学研究センターが発足すると、川端善一郎教授の下で助教授に就任。2003年愛媛大学農学部助教授。2005年愛媛大学農学部教授。2008年愛媛大学南予水産研究センター教授。同年京都大学生態学研究センター教授。
和田 英男(わだ ひでお)は、電気/電子物理工学者。大阪工業… 和田 英男(わだ ひでお)は、電気/電子物理工学者。大阪工業大学工学部ナノ材料マイクロデバイス研究センター特任教授。工学博士(東京理科大学)。元防衛装備庁先進技術推進センター上席特別研究官および防衛省電子装備研究所ネットワーク元部長。元日本赤外線学会理事・執行役員。電気学会上級会員。 専門は、電気/電子物理工学・半導体工学、赤外線工学・熱電工学。 1980年防衛大学校理工学部電気工学科卒業後、陸上自衛隊勤務。1985年防衛大学校理工学研究科物理工学専攻修士課程修了。1988年三井金属鉱業総合研究所主任研究員。1991年東京理科大学大学院より学位授与、工学博士(東京理科大学)。1996年防衛庁技術研究本部第2研究所研究室長。