山本 釉未(やまもと ゆうみ、 2005年9月26日 - )… 山本 釉未(やまもと ゆうみ、 2005年9月26日 - )は、日本の女性陸上競技選手。長距離走。 大分市立城東中学校、立命館宇治高等学校を卒業し、立命館大学に進学。
京都府:55人
山本 釉未(やまもと ゆうみ、 2005年9月26日 - )… 山本 釉未(やまもと ゆうみ、 2005年9月26日 - )は、日本の女性陸上競技選手。長距離走。 大分市立城東中学校、立命館宇治高等学校を卒業し、立命館大学に進学。
太田 咲雪(おおた さゆき、 2004年12月30日 - )… 太田 咲雪(おおた さゆき、 2004年12月30日 - )は、日本の女子陸上競技選手。長距離走。 京都市立樫原中学校、立命館宇治高等学校を卒業し、立命館大学に進学。
佐藤 圭汰(さとう けいた、2004年1月22日 - )は、… 佐藤 圭汰(さとう けいた、2004年1月22日 - )は、京都府京都市出身の陸上競技選手。専門は中距離走・長距離走。洛南高等学校、駒澤大学卒業。1500m・3000mの高校日本記録保持者。 高校1年生時の2019年の全国高等学校駅伝競走大会では2区を走り、区間賞を獲得した。 2年生時の2020年の全国高校駅伝競走大会では3区を走り、区間5位(日本人トップ)を記録する。2年生最後となる2021年3月21日の伊那高校駅伝で4区(9.1キロ)を担当、降雨の中、区間賞となる25分31秒(2位に47秒差)の走りでスタート時の32秒差を逆転してトップに立ち、そのまま洛南高校は大会新記録で優勝を達成した。このとき取材に対して3年生時の目標を「1500m・3000m・5000mの高校日本記録更新」と答えた。
三原 梓(みはら あずさ、2003年2月16日 - )は、日… 三原 梓(みはら あずさ、2003年2月16日 - )は、日本の陸上競技選手、中距離走、長距離走。 京都府出身。八幡市立男山東中学校、立命館宇治高等学校卒業。中学時代から府内の大会で上位に入る活躍し、さらに高校以降は全国レベルの活躍を続けてきた。 全国女子駅伝での活躍は目覚ましく、2019・2020年に5区で連続区間賞を取っている。特に、2020年は彼女を含めた立命館宇治高の3名全員が区間賞の好走をし、京都チームの大逆転優勝に貢献したことは印象に残る。また、2020年にはコロナ感染の広がりでインターハイが中止になる中、代替大会「全国高等学校陸上競技大会2020」で見事に1500m、3000mの2冠を達成している。
伊福 陽太(いふく ようた、2002年12月23日 - )は… 伊福 陽太(いふく ようた、2002年12月23日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離種目。京都府京都市出身。早稲田大学政治経済学部を卒業し、現在は住友電工陸上競技部に所属。 洛南高等学校を経て、指定校推薦枠で早稲田大学政治経済学部に進学した。 2022年11月20日、第35回上尾シティハーフマラソンに出走して1時間02分50秒(大学生の部16位)をマークした。 2024年1月の第100回箱根駅伝では8区に起用され、区間5位(1時間04分56秒)であった。2月11日の延岡西日本マラソンで初めてフルマラソンに挑み、学生歴代6位となる2時間09分26秒で優勝するとともに、大会記録を18年ぶりに更新した。
村松 灯(むらまつ とも、2002年5月25日 - )は、日… 村松 灯(むらまつ とも、2002年5月25日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。 京都府出身。実妹・結も陸上競技選手。立命館宇治高校時代は3年連続で全国高等学校駅伝競走大会に出場し、3年連続で5区を担当。同校には同学年に三原梓がいた。1年次、2年次ともチームは7位だった。なお2年次には9月、10月と2度左足甲を疲労骨折した。3年次は第4中継点を首位で襷を受けたが、テレシア・ムッソーニ (世羅) や米澤奈々香 (仙台育英) らに抜かれ5位に終わった。 立命館大学進学後も駅伝では常に好成績を修め、同大の上位進出に貢献。 2025年4月、ダイハツに入社。
塩見 綾乃(しおみ・あやの、1999年11月26日 - )は… 塩見 綾乃(しおみ・あやの、1999年11月26日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中距離走。岩谷産業所属。 京都府京都市出身。京都市立桂中学校→京都文教高等学校→立命館大学経済学部→岩谷産業 中学校時代は、2014年の第22回全国中学校駅伝大会女子の部にて優勝を飾り、自身も最優秀選手に輝く。2015年の第33回皇后盃全国都道府県対抗女子駅伝競走大会では京都チームのメンバーとして第3区を走ったこともある。また、2014年の全日本中学校陸上競技選手権では800m3位入賞を果たした。 京都文教高等学校進学後は800mを中心に中距離ランナーへの方向を見出す。2017年の高校3年の時の全国高等学校総合体育大会(山形県総合運動公園陸上競技場/山形県天童市)では女子800mで2分2秒57の高校新記録を樹立した。
宮本 大輔(みやもと だいすけ、1999年4月17日 - )… 宮本 大輔(みやもと だいすけ、1999年4月17日 - )は、山口県出身の陸上競技選手。専門は短距離走。100mの自己ベストは高校歴代6位タイの10秒23(+0.6)。 小学4年生の秋から陸上競技を始め、小学6年生の時には100mで12秒00の県小学新記録を樹立した。小学校卒業後は地元周南市にある周南市立周陽中学校に入学し、陸上競技部に入部した。中学1年次に100mで中1歴代4位となる11秒28、中学2年次に中2歴代最高となる10秒75、中学3年次には日本中学記録(当時)となる10秒56をマークした。翌年には桐生祥秀を追うように洛南高等学校へ進学した。 高校1年次には10秒49(高1歴代6位)をマークし、その年のインターハイ100mでは決勝に進出。
真部 亜樹(まなべ あき、 1997年5月10日- )は、日… 真部 亜樹(まなべ あき、 1997年5月10日- )は、日本の陸上競技選手。長距離走。立命館大学卒業、ルートインホテルズ在籍。 「富士山女子駅伝」として復活し7区間となる
阪口 竜平(さかぐち りょうへい、1997年4月5日 - )… 阪口 竜平(さかぐち りょうへい、1997年4月5日 - )は京都府八幡市出身の陸上競技選手。専門は中距離走・3000mSC。洛南高等学校、東海大学体育学部体育学科卒業。SGホールディングス、On Athletics Clubに所属した。身長173cm、体重54kg。 洛南高校3年次の全国高校駅伝1区で区間5位と好走。 大学1年次の2016年7月にブィドゴシュチュ(ポーランド)で行われた世界U20陸上競技選手権大会に1500mの代表として出場。 2年次は、日本学生個人選手権5000mで優勝を果たし、第101回日本選手権に出場した。第86回日本インカレ5000mでは日本人トップの3位入賞。ホクレンディスタンスチャレンジ網走大会では3000mSCに初挑戦し、大学記録を更新する8分37秒64を記録した。
関 紅葉(せき くれは、 1996年9月15日- )は、日本… 関 紅葉(せき くれは、 1996年9月15日- )は、日本の陸上競技選手。長距離走。立命館宇治高等学校、立命館大学卒業。
ヘンプヒル 恵(ヘンプヒル めぐ、1996年(平成8年)5月… ヘンプヒル 恵(ヘンプヒル めぐ、1996年(平成8年)5月23日 - )は、日本の陸上競技選手。七種競技を中心に短距離走などにも出場する。 父がアメリカ人で、母が日本人。京都府京田辺市出身。2011年の京都文教中3年時には、全国中学校体育大会の四種競技で優勝した。 2013年、京都文教高2年時の全国高校総体七種競技では5143点で優勝した。 2014年6月の第98回日本陸上競技選手権大会は、100mHで13秒47で3位に入賞した。同年8月開催の3年時の高校総体では、七種競技、100mH、1600mリレーに出場した。七種競技では高校新記録および日本ジュニア新記録となる5519点で2連覇、100mHでも13秒72で優勝し2冠達成、1600mリレーではアンカーを務め3位に入賞した。
大塚 倭(おおつか やまと、1996年3月18日 - )は、… 大塚 倭(おおつか やまと、1996年3月18日 - )は、日本の陸上競技選手。京都府京田辺市出身。神奈川大学経済学部経済学科卒業。NTT西日本陸上競技部所属。 京田辺市立大住中学校、洛南高等学校、神奈川大学出身。 当初は関西の大学への進学を考えていたが、恩師の勧めもあって神奈川大学に進学した。 三大駅伝デビューとなった3年時の第93回箱根駅伝では8区を走り、区間2位だった。神奈川大学は総合5位に入り、12年ぶりにシード権を獲得した。 箱根駅伝から約3ヶ月後に行われた世界クロスカントリー選手権大会では日本代表として出場した。 4年時の第49回全日本大学駅伝では2区を担当。区間7位の走りで4位で受け取った襷を3位に押し上げた。
山西 利和(やまにし としかず、1996年2月15日 - )… 山西 利和(やまにし としかず、1996年2月15日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は競歩。男子20km競歩の世界記録保持者。 京都府長岡京市出身。長岡京市立長岡第三中学校の時は3000mを走るトラックランナーであり、奈良県生駒市陸上競技協会主催の北和記録会での出場成績が現存している。中学時代は陸上競技に励む傍ら、学習塾の成基学園アストロ(長岡京)に通い、京都市立堀川高等学校に進学した。 高校進学後、陸上競技部の先輩が歩く姿に興味を持ってトラックから競歩へ転向。高校3年の時に第8回世界ユース陸上競技選手権大会(ウクライナ・ドネツィク)に日本代表選手として出場し、男子10000m競歩で41分53秒80のタイムで日本人選手として同種目初優勝を果たす。
筒井 咲帆(つつい さきほ、1996年1月19日 - )は、… 筒井 咲帆(つつい さきほ、1996年1月19日 - )は、京都府出身の日本の陸上競技選手である。専門は長距離種目。京都府立乙訓高等学校卒業。ヤマダホールディングス所属。
川端 千都(かわばた かずと、1995年12月20日 - )… 川端 千都(かわばた かずと、1995年12月20日 - )は、京都府舞鶴市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目、駅伝。 京都府立綾部高等学校、東海大学体育学部卒業。コニカミノルタ陸上競技部を経て、現在はSGホールディングスグループ陸上競技部に所属。 小学校時代は野球チームに所属していた。舞鶴市立若浦中学校では陸上部に入るもきちんとした活動をせずにいたが、3年時に「思い出作り」として出場した駅伝大会で2位に入ったことで、綾部高校の陸上部監督から勧誘を受けて進学した。 高校2年時のインターハイでは3000mSCで2位入賞。3年時は5000mで8位入賞を果たす。第19回都道府県対抗駅伝では1区でトップと3秒差の区間3位と好走。
和田 優香里(わだ ゆかり、1995年7月20日- )は、日… 和田 優香里(わだ ゆかり、1995年7月20日- )は、日本の陸上競技選手。長距離走。京都府立乙訓高等学校、立命館大学スポーツ健康科学部卒業。主に駅伝競走で活躍している。 「富士山女子駅伝」として復活
青木 奈波(あおき ななみ、1995年1月6日 - )は、日… 青木 奈波(あおき ななみ、1995年1月6日 - )は、日本の陸上競技選手。長距離走。岩谷産業に所属。2012年の全国高校駅伝では菅野七虹・池内彩乃・廣田麻衣らと立命館宇治高を優勝に導く。2013年の全日本大学女子駅伝では大森菜月・菅野・籔下明音・廣田・津田真衣と繋がり、アンカーとして立命館大学優勝のゴールテープを切った。 2022年8月 北海道マラソン 2位 2時間33分32秒 2023年2月、大阪マラソンで自己ベスト2時間30分1秒で8位。
菅野 七虹(かんの ななこ、1994年12月30日 - )は… 菅野 七虹(かんの ななこ、1994年12月30日 - )は、日本の女子陸上競技選手。長距離走。 2017年に立命館大学卒業後、豊田自動織機女子陸上競技部に所属。2019年7月に同部を退部。駅伝競走で多くの区間賞を獲得し、京都府チームや立命館大を何度も優勝に導いた。 大学3年時の2015年夏季ユニバーシアードハーフマラソン個人で銀メダル、団体では菅野・銅メダル上原明悠美(松山大3年)・4位出水田眞紀(立大2年)らで金メダルを獲得した。 2016年3月12日の同3年時、世界大学クロスカントリー選手権(英語版)個人8位、団体では清水萌衣乃(東農大1年)・出水田眞紀(立大2年)・菅野・細田あい(日体大2年)らで金メダルを獲得した。
池内 彩乃(いけうち あやの、1994年10月29日 - )… 池内 彩乃(いけうち あやの、1994年10月29日 - )は、日本の陸上競技選手。長距離走。デンソー所属。
一色 恭志(いっしき ただし、1994年6月5日 - )は京… 一色 恭志(いっしき ただし、1994年6月5日 - )は京都府与謝郡与謝野町出身の陸上競技選手。専門は長距離走・マラソン。豊川高校(愛知県)、青山学院大学経営学部・経営学科卒業。NTT西日本陸上競技部所属。既婚。 2009年、全日本中学校陸上競技選手権大会の800mに出場したが、準決勝で敗退。 2010年、宮城県、仙台育英学園高等学校に入学。同期入学には服部弾馬がいる。1年生で第61回全国高校駅伝に2区で出場し区間2位。2011年、2年次にはアンカーを務めて区間賞を獲得。 2012年、愛知県の豊川高校に転校。12月の全国高校駅伝では、初出場の豊川高校4区で出場。第3中継所で既に1位であり、2位と1分15秒差をつけていたが区間賞を獲得する走りで2位との差を1分55秒に広げ、豊川高校の初出場初優勝に貢献した。
久馬 悠(きゅうま はるか、1993年12月20日 - )は… 久馬 悠(きゅうま はるか、1993年12月20日 - )は、京都府綾部市出身の陸上競技選手。専門は5000mと10000m。一卵性双生児の姉であり、妹の萌と合わせて久馬姉妹と呼ばれている。 小学校時代に綾部市の駅伝大会に出場したのを、地元中学の陸上部顧問が見てスカウトされたことから、本格的に陸上競技を始めた。綾部中学校2年時の2008年1月、初めて姉妹同時に全国都道府県対抗女子駅伝競走大会(全国女子駅伝)京都府代表に抜擢される。中学校3年時の同年8月21日、新潟スタジアム(東北電力ビッグスワンスタジアム)で行われた第35回全日本中学校陸上競技選手権大会女子1500mに出場、3位入賞を果たす。この時、萌は優勝し、大会新記録を出している。
久馬 萌(きゅうま もえ、1993年12月20日 - )は、… 久馬 萌(きゅうま もえ、1993年12月20日 - )は、京都府綾部市出身の陸上競技選手。専門は5000mと10000m。一卵性双生児の妹であり、姉の悠と合わせて久馬姉妹と呼ばれている。 小学校時代に綾部市の駅伝大会に出場したのを、地元中学の陸上部顧問が見てスカウトされたことから、本格的に陸上競技を始めた。2008年、綾部市立綾部中学校2年生で初めて姉妹同時に全国都道府県対抗女子駅伝競走大会京都府代表に抜擢される。同年8月21日に新潟スタジアム(東北電力ビッグスワンスタジアム)で行われた第35回全日本中学校陸上競技選手権大会女子1500mに出場、大会新記録で優勝を果たす。この時、悠は3位に入賞している。
上門 大祐(うえかど だいすけ、1993年12月11日 - … 上門 大祐(うえかど だいすけ、1993年12月11日 - )は、京都府出身の陸上競技選手。京都府立北稜高等学校、京都産業大学卒業。大塚製薬陸上競技部所属。
竹上 千咲(たけがみ ちさき、1992年3月29日 - )は… 竹上 千咲(たけがみ ちさき、1992年3月29日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中距離・長距離種目。ダイハツ工業所属。 京都府南丹市八木町出身。南丹市立新庄小学校の時に出場した駅伝大会がきっかけで陸上競技を始める。それまでは走ることが好きではなく、小学校のマラソン大会も嫌いで、練習では友達と話しながら後ろを走っていた。小学校5年生の時に駅伝メンバーに選ばれ、毎日放課後に練習する中で陸上の魅力に引き込まれていった。その後、南丹市立八木中学校で陸上部に入り、800メートルを専門としていた。京都府立桂高等学校でも陸上を継続。高校1年から全国都道府県対抗女子駅伝競走の京都チームの強化選手に名を連ね、3年で初の代表入り。
廣瀨 大貴(ひろせ だいき、1991年10月6日 - )は、… 廣瀨 大貴(ひろせ だいき、1991年10月6日 - )は、日本の陸上競技選手。京都府出身。洛南高校、明治大学経営学部卒業。大阪ガス所属。 明治大学時代には箱根駅伝に4年連続で出走し、いずれも箱根の山下り6区を担当。1年時の第87回大会では区間17位だったが、2年時には区間8位、3年時には区間2位と年々区間順位を上げ、4年時の第90回大会では千葉健太(駒澤大学卒)の持つ区間記録にあと5秒と迫る58分16秒という好タイムで念願の区間賞を獲得した。 大学卒業後は地元関西の大阪ガスに就職。入社1年目の2014年関西実業団対抗駅伝競走大会で好走し、大阪ガスを55年ぶりの全日本実業団駅伝出場に導いた。また、大阪ガス入社後には駅伝だけでなく、トラックの1500mでも大きく活躍。
川嶋 利佳(かわしま りか、1989年10月3日 - )は、… 川嶋 利佳(かわしま りか、1989年10月3日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中距離・長距離種目。キャノンアスリートクラブ九州所属。
石橋 麻衣(いしばし まい、1989年7月2日 - )は、日… 石橋 麻衣(いしばし まい、1989年7月2日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中長距離種目。ヤマダ電機所属。
沼田 未知(ぬまた みち、1989年5月6日 - )は、日本… 沼田 未知(ぬまた みち、1989年5月6日 - )は、日本の陸上競技選手。長距離走。2015年アジア陸上競技選手権大会銅メダリスト。
西原 加純(にしはら かすみ、1989年3月1日 - )は、… 西原 加純(にしはら かすみ、1989年3月1日 - )は、日本の陸上競技選手である。専門は中長距離・長距離種目。ヤマダ電機所属。
渡邉 竜二(わたなべ りゅうじ、1988年11月2日 - )… 渡邉 竜二(わたなべ りゅうじ、1988年11月2日 - )は大阪府南河内郡出身の陸上競技選手。専門は長距離走。トヨタ自動車九州に所属。
土橋 茜子(つちはし あかね、本名:平松 茜子(ひらまつ あ… 土橋 茜子(つちはし あかね、本名:平松 茜子(ひらまつ あかね、旧姓:土橋 1986年5月18日 - )は、日本の元近代五種競技選手、元トライアスロン選手。京都府出身。京都外大西高校、立命館大学卒業。 2010年11月、広州アジア競技大会トライアスロンにて銀メダル獲得。 しかし、ロンドンオリンピック出場を逃し去就を考えていたところ、近代五種に興味を持ち転向を決める。 2015年、日本近代五種協会ナショナルチームに選出。 2017年、立命館大学体育会トライアスロン部コーチに就任。 2017年7月18日に日本食研トライアスロン部のコーチ兼選手である平松 幸紘氏と結婚。 トライアスロン選手時代、スパッツタイプのウェアの選手が多い中、「股関節周りが動きやすい」という理由でハイレグタイプのウェアを選択しており、アジア大会ではレース後にボランティアから写真撮影をねだられるなど大人気だった。
木﨑 良子(きざき りょうこ、1985年6月21日 - )は… 木﨑 良子(きざき りょうこ、1985年6月21日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走・マラソン。ダイハツ工業所属。2012年・ロンドンオリンピック代表(16位)、2013年・世界陸上モスクワ大会4位入賞、2014年・仁川アジア競技大会銀メダリスト(全て女子マラソン)。
樋口 紀子(ひぐち のりこ、1985年5月23日 - )は、… 樋口 紀子(ひぐち のりこ、1985年5月23日 - )は、日本の元陸上競技選手(長距離走)。東京マラソン2011優勝者。現姓・末長。 京都府生まれ。小学生の頃から持久走が得意だったため、中学校入学と同時に陸上部に入り本格的に陸上競技を始めた。中学時代から全国都道府県対抗女子駅伝に京都チームのメンバーとして出場し、立命館宇治高校1年時に出場した2002年の第20回大会では福士加代子(ワコール)らと共に優勝を果たし、樋口も7区で区間賞に輝いた。 立命館大学に進み全日本大学女子駅伝などで区間賞を獲得し、卒業後、憧れの福士加代子が所属するワコール女子陸上競技部に入部。他の複数の実業団からオファーがあり、ワコールからは声がかからなかったが、京都が本拠地のワコールのスカウトマンと面識があり、思い切って自分から声をかけ入部が決まったという。
飯島 希望(いいじま のぞみ、1984年3月17日 - )は… 飯島 希望(いいじま のぞみ、1984年3月17日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中長距離種目。積水化学所属。 京都府亀岡市出身。亀岡市立安詳小学校、亀岡市立東輝中学校を卒業。中学校から本格的な練習を始め、顧問の神先宏彰先生(2012年現在、亀岡市立東輝中学校長)の指導を受けた。中学校では陸上部主将を務め、京都府中学駅伝女子4連覇に貢献。京都府立桂高等学校、佛教大学社会学部へ進学。2003年3月、千葉真子選手らを抑え、まつえハーフマラソンで優勝。8月の韓国ユニバーシアードではハーフマラソン4位入賞。2006年4月に積水化学へ入社。
山口 有希(やまぐち ゆうき、1984年2月22日 - )は… 山口 有希(やまぐち ゆうき、1984年2月22日 - )は、日本の陸上競技選手で、400mの日本ジュニア記録保持者。京都府舞鶴市生まれ、身長174cm、体重63kg。 舞鶴市立明倫小学校、舞鶴市立城北中学校、洛南高等学校、東海大学を卒業。舞鶴市立明倫小学校の同級生には、のちに女子重量挙げで北京オリンピックに出場する齋藤里香がいた。東海大学在学中の2004年にはアテネオリンピックに出場し、マイルリレーで4位となった。バスケットボール選手の竹内譲次は高校・大学の1年後輩に当たる。2006年に大阪ガスに入社。2012年9月の全日本実業団陸上を最後に第一線からの引退を表明した。 2016年4月には地元舞鶴市にある京都府立東舞鶴高等学校の教諭となり、同校の陸上部顧問を務める。
難波 祐樹(なんば ゆうき、1983年7月10日 - )は、… 難波 祐樹(なんば ゆうき、1983年7月10日 - )は、京都府亀岡市出身の日本の陸上競技元選手(中距離走・長距離走)、現指導者。順天堂大学卒業。元JALグランドサービス所属。大分東明高等学校女子駅伝部コーチを経て、現在は京都府立洛北高等学校陸上部監督を担当。 亀岡小学校、亀岡中学校時代はサッカーをして過ごした。1999年の第4回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会に京都府代表選手として出場、6区3kmを8:51のタイムで走破し区間賞を獲得した。 中学卒業後は駅伝の名門、洛南高等学校へ入学し陸上部に所属。2000年の第63回中国山口駅伝には洛南高校の代表選手として出場し、6区15.9kmを50:21のタイムで走破し区間賞を獲得している。
中田 有紀(なかた ゆき、1977年3月10日 - )は京都… 中田 有紀(なかた ゆき、1977年3月10日 - )は京都府出身の日本の陸上競技選手。七種競技および五種競技日本記録保持者。中京大学大学院、日本保育サービス所属。2004年のアテネオリンピックでは五輪の七種競技史上初の日本人選手として出場。2002年~2009年の日本選手権では七種競技で8連覇を果たす。身長167cm。愛称は「カメ」。
近藤 重勝(こんどう しげかつ、1974年10月17日 - … 近藤 重勝(こんどう しげかつ、1974年10月17日 - )は、京都府出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。 1993年に洛南高等学校卒業後、神奈川大学入学。安定した力強い走りで1994年、1995年、1996年、1997年と4年連続で箱根駅伝の山の5区を走り、1997年の第73回大会では、チーム初の総合優勝に導き「山の職人」と呼ばれた。 1997年に神奈川大卒業後はエスビー食品に入社。2004年に現役引退し、松蔭大学監督に就任した。2012年からは上武大学駅伝部コーチ、2016年からエスビー食品の先輩同僚である花田勝彦の後を受け監督として上武大学の駅伝部強化に尽力した。 2022年9月16日、小森コーポレーション陸上競技部にコーチとして就任した。
早狩 実紀(はやかり みのり、1972年11月29日 - )… 早狩 実紀(はやかり みのり、1972年11月29日 - )は、日本の陸上競技選手兼指導者。3000m障害日本記録保持者。京都府宇治市出身。宇治市立槙島中学校、京都府立南八幡高等学校、同志社大学商学部卒業。日本の女子3000m障害のパイオニアとして知られる。
花田 勝彦(はなだ かつひこ、1971年6月12日 - )は… 花田 勝彦(はなだ かつひこ、1971年6月12日 - )は、日本の陸上競技(長距離走・マラソン)元選手、現指導者。 京都府京都市生まれ、滋賀県近江八幡市出身。滋賀県立彦根東高等学校・早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業。エスビー食品を経て上武大学ビジネス情報学部准教授・上武大学駅伝部監督、GMOアスリーツ監督を歴任した。現在は早稲田大学競走部駅伝監督を務める。 1989年の彦根東高校3年時、高知インターハイ1500mで3分54秒41をマークし、優勝した武井隆次に次ぐ5位であった。早大OBの瀬古利彦の勧誘を受け、1990年、早稲田大学に入学。同大学競走部では同期の武井隆次、櫛部静二とともに早大三羽烏と呼ばれ注目を浴びる。
高岡 寿成(たかおか としなり、1970年9月24日 - )… 高岡 寿成(たかおか としなり、1970年9月24日 - )は、京都府相楽郡山城町(現・木津川市)出身の元陸上競技選手で、専門は中距離走・長距離走・マラソンランナー。現在は陸上競技指導者(花王陸上競技部監督)、スポーツ解説者などでも活動中。 主な実績として、1994年広島アジア競技大会では男子5000mと10000mの2種目を制覇。1996年アトランタオリンピック長距離走代表。2000年シドニーオリンピックは男子10000mでは7位入賞を果たす。2005年世界陸上ヘルシンキ大会男子マラソンで4位入賞。同年東京国際マラソン優勝など。 フルマラソンでは2時間6分16秒(2002年シカゴマラソン)のタイムをマーク、15年以上にわたって日本男子記録の保持者であったほか、3000m、5000m、10000mでもかつて日本記録を持っていた。
志水 見千子(しみず みちこ、1970年9月22日 - )は… 志水 見千子(しみず みちこ、1970年9月22日 - )は、京都府竹野郡網野町(現・京丹後市)出身の元日本女子陸上競技の中距離走・長距離走選手である。
藤村 信子(ふじむら のぶこ、本名・比護(ひご)信子、196… 藤村 信子(ふじむら のぶこ、本名・比護(ひご)信子、1965年(昭和40年)12月18日 - )は、京都府亀岡市出身の元女子陸上競技選手、現教職員及び陸上競技指導者。大阪体育大学卒業。 マラソン種目の主な実績に、1994年広島アジア競技大会女子マラソン3位入賞・銅メダリスト、1997年世界陸上選手権アテネ大会女子マラソン・日本代表(10位)、1993年北海道マラソン・1996年東京国際女子マラソン各優勝など。 当初、京都府立南丹高等学校在学時まで短距離走専門の選手であった。1983年、同高校3年生時に名古屋インターハイ・女子400mで7位入賞。1984年4月、大阪体育大学に入学。同大学陸上部では中距離走・長距離走のランナーへと転向。
柴田 博之(しばた ひろゆき、1963年4月26日 - )は… 柴田 博之(しばた ひろゆき、1963年4月26日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。専門は走幅跳。現在は洛南高等学校の教員で、同校陸上部監督。 京都府城陽市出身。妻は元400m走日本記録保持者の柴田こずゑ。 城陽市立城陽中学校時代に陸上競技に出会い、走高跳の選手として活躍。洛南高等学校進学後は走幅跳に転向し、インターハイ2位の実績を残す。 天理大学に進学し、4年生時に全日本インカレで優勝。卒業後は母校・洛南高等学校の教員になりながら、現役を続行。1988年の日本選手権で初優勝し、同年のソウルオリンピックの男子走幅跳の日本代表に選出された。 1992年に選手を引退し、以降、洛南高等学校陸上部での指導に専念している。
河津 光朗(かわず こうろう、1940年11月25日 - )… 河津 光朗(かわず こうろう、1940年11月25日 - )は、日本の陸上競技選手である。 京都市立洛陽工業高等学校工業化学科卒業後、日本大学に入学。日本大学卒業後、日本レイヨン(現在のユニチカ)に入社し競技を続ける。 1964年東京オリンピックで男子走幅跳に出場した。
藤田 信之(ふじた のぶゆき、1940年10月4日 - )は… 藤田 信之(ふじた のぶゆき、1940年10月4日 - )は、京都府出身の陸上競技指導者。「F・R・A 藤田ランニングアカデミー」の監督。 1956年(昭和31年)、京都府立洛北高等学校に入学。同高校在学中に陸上競技部に入部し、当時の同部顧問だった塩尻安吉の指導の下、専ら中距離選手として活躍していた。その一方で、同高校に於ける冬の風物詩とされた校内耐寒マラソンに於いては驚異的な走りっぷりを見せていたという。 洛北高校を卒業後、一度は京都市職員として就職するも陸上競技指導者を目指すべく退職。トレーニングと勉学に励む日々を送る中、日本レイヨン(現ユニチカ)の陸上競技部から声がかかり、急遽同社チームの一走者として第4回全日本実業団駅伝に出場、同社チームは第5位の成績を残す。
南部 敦子(なんぶ あつこ、本名:糠澤 敦子、1934年〈昭… 南部 敦子(なんぶ あつこ、本名:糠澤 敦子、1934年〈昭和9年〉12月1日 - 1970年〈昭和45年〉10月5日)は、日本の陸上競技選手。アジア大会陸上女子100m金メダリスト。1950年代を代表する選手として活躍した。大阪府吹田市千里山出身。光華高等学校卒業、光華女子大学短期大学卒業。短大卒業後は松下電器に所属。南部忠平の長女。 1953年、インターハイ5種競技において2944点の日本新記録を樹立して優勝。高校卒業後は光華陸上クラブに所属。1954年、マニラでのアジア競技大会において100mを12”5で走り優勝。太平洋戦争以来冷え切っていたフィリピン国民の対日感情改善に寄与した。日本選手権では400MRに光華陸上クラブチームの一員として参加し、優勝。
岡本 貴美子(おかもと きみこ、1932年または1933年 … 岡本 貴美子(おかもと きみこ、1932年または1933年 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。 光華高等学校在学中の1949年に、全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ)の100mに12秒8で優勝する。1950年6月4日の地域対抗陸上に近畿代表として100mに出場し、12秒5で優勝。これは当時の戦後タイ記録だった。 1950年・1953年の日本陸上競技選手権大会には「光華陸友クラブ」所属として出場した。1950年大会の200mで記録した25秒7は、戦後タイ記録だった。 1951年アジア競技大会(ニューデリー)において4×100 mリレーと200 mで金メダルを獲得した。このアジア大会後の『アサヒグラフ』4月25日号では表紙を飾った。
大江 季雄(おおえ すえお、1914年(大正3年)8月2日 … 大江 季雄(おおえ すえお、1914年(大正3年)8月2日 - 1941年(昭和16年)12月24日)は、日本の元陸上競技選手。元棒高跳日本記録保持者。1936年ベルリンオリンピック銅メダリスト。京都府舞鶴市出身。旧制舞鶴中学校(京都府立西舞鶴高等学校)、慶應義塾大学卒業。 1935年、第6回国際学生陸上(ブダペスト)で4m10をマークし準優勝した。1936年、4m34の日本新記録を樹立。同年、ベルリンオリンピックで4m25の記録で西田修平と2・3位を分け合い、帰国後にお互いのメダルを切断して「銀・銅2色の友情のメダル」を作成した美談は有名であり、西田は大江を銅メダルながら2位の表彰台に立たせたと言う。