岩藤 俊幸(いわどう としゆき、1956年6月 - )は、日… 岩藤 俊幸(いわどう としゆき、1956年6月 - )は、日本の外交官。衆議院事務局国際部長や、シカゴ総領事を経て、駐ジンバブエ特命全権大使。 東京都生まれ。岡山市育ち。ニジマスの研究に従事し、1982年東京大学大学院農学系研究科修士課程修了。論文「細菌性鰓病におけるサケ科魚類の斃死と溶存酸素との関係」で修士の学位を取得。同年外務省入省。1985年からカリフォルニアで英語研修を受けたのち、1986年在カナダ日本国大使館に赴任。 1989年から外務省経済協力局技術協力課で、国際協力事業団の予算などを担当。1993年から外務省アフリカ二課で第1回アフリカ開発会議の準備にあたった。外務省分析一課勤務を経て、1998年在パキスタン日本国大使館一等書記官。
萩原 誠司(はぎわら せいじ、1956年(昭和31年)4月2… 萩原 誠司(はぎわら せいじ、1956年(昭和31年)4月28日 - )は、日本の政治家、通産官僚。岡山県美作市長(5期)。岡山県岡山市長(2期)、衆議院議員(1期)を務めた。岡山県英田郡西粟倉村長を務めた萩原賢二は父。 岡山県英田郡西粟倉村生まれ。岡山県立岡山大安寺高等学校、東京大学教養学部教養学科卒業。プリンストン大学大学院(ウッドローウイルソンスクール)修了。1980年、通商産業省に入省。 1999年、通産省を退官。岡山市長選挙に自民・社民2党の推薦を受けて出馬し、初当選する。2003年の市長選でも再選されたが、任期途中の2005年8月、自由民主党の要請を受け、岡山市長を辞職し岡山県第2区から第44回衆議院議員総選挙に出馬。
宅麻 伸(たくま しん、1956年〈昭和31年〉4月18日 … 宅麻 伸(たくま しん、1956年〈昭和31年〉4月18日 - )は、日本の俳優。岡山県玉野市出身。愛企画所属。趣味はドライブ(車・オートバイ)、野球、ゴルフ。特技は乗馬。 3人兄妹の長男で妹が2人いる。 三井造船玉野事業所で勤労学生(玉野市立備南高等学校造船科・定時制に在籍)をしていたが、職場の先輩に役者やモデルなど芸能界を勧められ、雇用期間満了・高校卒業を機に上京。キャバレーのボーイをしながらデビューを目指していたところ、行きつけの食堂の店主に天知茂の事務所を紹介され、彼の事務所預かりとなり、天知主演の「江戸川乱歩の美女シリーズ」に本名で出演。その後、1979年にTBS『七人の刑事』の中野刑事役で正式に俳優としてデビューした。
居郷 肇(いごう はじめ、1956年4月11日 - )は、岡… 居郷 肇(いごう はじめ、1956年4月11日 - )は、岡山県岡山市出身の元社会人野球の選手(内野手)。
沼田 伸彦(ぬまた のぶひこ、1956年3月24日 - )は… 沼田 伸彦(ぬまた のぶひこ、1956年3月24日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家である。神戸新聞社へ入社し、デイリースポーツ記者を勤め、神戸新聞取締役・デイリースポーツ社長となった後、兵庫県のテレビ局・サンテレビジョン第13代社長を務めた。岡山県真庭市出身。 1956年(昭和21年)岡山県上房郡北房町(現:真庭市)に生まれる。1971年(昭和46年)、地元に近い岡山県立高梁高等学校へ入学する。同期には、漫画家の平松伸二がいた。1974年(昭和49年)高梁高校を卒業後、生まれ育った岡山県を離れ、京都で1年間の浪人生活を送る。その後、大阪大学文学部へ進学する。1979年(昭和54年)3月、同大学を卒業し、神戸新聞社に入社しデイリースポーツ記者を務める。
小手鞠るい(こでまり るい、1956年3月17日 - )は、… 小手鞠るい(こでまり るい、1956年3月17日 - )は、日本の小説家、詩人、エッセイスト。本名は川滝かおり。 1982年に刊行された詩集『愛する人にうたいたい』(川滝かおり名義)で、詩人として出発。1995年に刊行された『玉手箱』で、小説家として再出発。『欲しいのは、あなただけ』『エンキョリレンアイ』シリーズ三部作、『愛を海に還して』『空と海のであう場所』『別れのあと』『ロング・ウェイ』などの恋愛小説作品で人気を博する。 絵本の原作、エッセイ、児童書なども手がけている。代表作は『誰もいない』『九死一生』『美しい心臓』『アップルソング』『私たちの望むものは』『女性失格』『情事と事情』など。 岡山県和気郡備前町(現・同県備前市)浦伊部出身。
勝田 善春(かつた よしはる、1956年2月27日 - )は… 勝田 善春(かつた よしはる、1956年2月27日 - )は、日本の実業家。日立ビークルエナジー代表取締役社長を経て、マクセルホールディングス代表取締役社長。 岡山市出身。1978年神戸大学工学部工業化学科卒業。1980年神戸大学大学院工学研究科工業化学専攻修了、日立マクセル入社。磁気テープ開発に従事。2006年執行役。2010年執行役常務。2011年常務取締役。同年日立ビークルエナジー取締役副社長。2013年日立ビークルエナジー代表取締役社長。 2016年から日立マクセル代表取締役社長を務め、2017年には日立グループから離脱。持株会社化してマクセルホールディングスに改組し同社代表取締役社長に就任。
石田 實(いしだ みのる、1956年2月14日- )は、日本… 石田 實(いしだ みのる、1956年2月14日- )は、日本の政治家、岡山県新見市長(1期)。岡山県出身。 1956年(昭和31年)、岡山県新見市生まれ。岡山県立新見高等学校卒。石油販売会社社長を経て2013年(平成25年)新見市議会議員選挙に初当選。2022年(令和3年)には、市議会議長を務めた。同年12月、新見市長選挙出馬の準備のため任期の途中で辞職。2024年(令和6年)11月17日投開票の結果、現市長の戎斉を破り初当選。12月2日に戎が同月7日までの任期を残して辞職したことから、3日に市長に就任した。 ※当日有権者数:22,733人 最終投票率:68.89%(前回比:-3.25pts) 選挙戦では、人口減少対策が争点となるなか、公共交通機関見直しを掲げ利用者の少ないものは廃止し、地域のイベントと連携させてJR芸備線の利用促進や新見公立大学と連携し、市民の健康と福祉の充実を目指すことなどを訴えた。
道垣内 正人(どうがうち まさと、1955年12月18日 -… 道垣内 正人(どうがうち まさと、1955年12月18日 - )は、日本の法学者。専門は国際私法。東京大学名誉教授。早稲田大学法学学術院・大学院法務研究科教授。弁護士、長島・大野・常松法律事務所シニアカウンセル(第一東京弁護士会)。岡山県岡山市出身。弟は民法学者で東京大学名誉教授の道垣内弘人。2025年、文化庁長官表彰。 専門である国際私法の他にスポーツ法やエンターテイメント法も研究対象としている。 早稲田大学 法学学術院、大学院法務研究科教授、長島・大野・常松法律事務所シニアカウンセル(第一東京弁護士会所属)を務める。元(公財)日本スポーツ仲裁機構代表理事(機構長)。 民法学者・道垣内弘人(東京大学教授、専修大学法科大学院教授)は実弟。
入江 祥雄(いりえ よしお、1955年〈昭和30年〉12月1… 入江 祥雄(いりえ よしお、1955年〈昭和30年〉12月16日‐)は日本の編集者、プロデュサー。元講談社取締役、元キングレコード副社長、元文化放送非常勤取締役。 岡山県岡山市出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、1978年(昭和53年)、講談社に編集職として入社。1988年(昭和63年)に、33歳で月刊誌『なかよし』の編集長に就任。「美少女戦士セーラームーン」「カードキャプターさくら」「東京ミュウミュウ」「怪盗セイント・テール」などのヒット作を送り出し、同誌を5年間で発行部数210万部のトップ誌に成長させた。 2005年(平成17年)2月に講談社取締役に就任し、当時同社の新規事業分野であった、コンテンツのアニメ化、テレビドラマ化、映画化を推進するライツ事業局を立ち上げ、ライツ事業、デジタル事業、海外事業の基盤を作り上げる。
加藤 勝信(かとう かつのぶ、1955年〈昭和30年〉11月… 加藤 勝信(かとう かつのぶ、1955年〈昭和30年〉11月22日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、自由民主党政治制度改革本部長。旧姓は室崎(むろさき)。 財務大臣(第23・24代)兼内閣府特命担当大臣(金融)兼デフレ脱却担当大臣(第1次石破内閣・第2次石破内閣)、厚生労働大臣(第19・20・22・26代)、内閣官房長官(第84代)、沖縄基地負担軽減担当大臣(菅義偉内閣)、拉致問題担当大臣(菅義偉内閣)、働き方改革担当大臣(第4次安倍第2次改造内閣)、内閣府特命担当大臣(拉致問題)(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)(第3次安倍第1次改造内閣・第3次安倍第2次改造内閣)、一億総活躍担当大臣(第3次安倍第1次改造内閣・第3次安倍第2次改造内閣)、女性活躍担当大臣(第3次安倍第1次改造内閣・第3次安倍第2次改造内閣)、再チャレンジ担当大臣(第3次安倍第1次改造内閣・第3次安倍第2次改造内閣)、内閣官房副長官(第2次安倍内閣・第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、内閣人事局長(初代)、内閣府大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、自由民主党総務会長(第56代)、自由民主党総裁特別補佐、第5代日本武術太極拳連盟会長などを歴任。
森本 孝(もりもと たかし、1955年9月5日 - )は、日… 森本 孝(もりもと たかし、1955年9月5日 - )は、日本の実業家、経営者。 岡山県出身。1974年に岡山県立岡山朝日高等学校を、1979年3月に東京大学経済学部を卒業。 1979年、関西電力に入社。2007年6月執行役員(従業員。会社法上の役員ではない)大阪南支店長、2011年11月執行役員企画室長、2012年4月執行役員総合企画本部副本部長、2015年6月常務執行役員(従業員。会社法上の役員ではない)総合企画本部長代理、2016年6月代表取締役兼副社長執行役員(会社法上の役員)などを歴任。2020年3月14日、代表取締役社長に就任。 2020年4月3日の衆院経済産業委員会で、関西電力の経営幹部らが多額の金品を受け取っていた問題を受けて、関電が経産省に提出した業務改善計画について「中身が不十分だ」と厳しく評価され、業務改善計画では、「原子力事業本部に対するけん制と支援の強化」として、コンプライアンス(法令順守)を所管する「本部長代理」等の設置にとどまっていることがあげられ、「本部長の下に位置付けられる職の『代理』による『けん制』に何の効果があるのか」と批判された。
平松 伸二(ひらまつ しんじ、1955年8月22日 - )は… 平松 伸二(ひらまつ しんじ、1955年8月22日 - )は、日本の漫画家。岡山県高梁市出身、東京都葛飾区柴又在住。血液型はO型。代表作に『ドーベルマン刑事』『ブラック・エンジェルズ』『マーダーライセンス牙』など。妻は漫画原作者の安江うに。日本漫画家協会・参与。 中学生の頃から漫画を描き始める。岡山県立高梁高等学校1年生の時に描いた『勝負』(『週刊少年ジャンプ』1971年50号掲載)でデビュー。在学中に5~6本の読み切りが載り、編集者である後藤広喜にスカウトされて上京。中島徳博のアシスタントとして働いたのち、1974年『ドーベルマン刑事』で連載デビュー。 法で裁けない悪党・外道を徹底的に叩き潰す主人公たちの活躍を描いた作品が多い一方、『リッキー台風』(プロレス)や『どす恋ジゴロ』(相撲)といった格闘技漫画も少なからず描いており、両作品ともセクシー描写が多く導入されている。
山根 和夫(やまね かずお、1955年8月2日 - )は、岡… 山根 和夫(やまね かずお、1955年8月2日 - )は、岡山県真庭郡勝山町(現・真庭市)出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ、解説者・評論家。 実兄は都市対抗に20年連続出場を果たした鈴木政明投手。 勝山高校では2年秋の県大会ベスト4、卒業後は日本鋼管福山に入社し、エース・田村忠義の控え投手であったが、右の本格派として早くから注目されていた。1975年のドラフトで広島東洋カープから2位指名されるも、会社に慰留されたこともあり、1976年の都市対抗に出場。 1977年に入団し、入団当時はチームで一番球が速く150km/hほど出ていたが、コントロールが悪く投球を問題視されていた。しかし投手コーチに選手生命をかけてフォーム改造を直訴すると、フォームをノーワインドアップのスリー・クォーターにしてコントロールが安定した。
南條 直子(なんじょう なおこ、1955年〈昭和30年〉6月… 南條 直子(なんじょう なおこ、1955年〈昭和30年〉6月12日 - 1988年〈昭和63年〉10月1日)は日本の報道写真家、ジャーナリスト (フリーランス)。アフガニスタン紛争のムジャヒディンや山谷のドヤ街の日雇い労働者たちを主な取材対象とした。岡山県出身。名前は南条直子と表記されることもある。また山岡洋子名義での雑誌寄稿もある。1988年、3回目となるアフガニスタン入国取材中にソ連軍が仕掛けた地雷を踏んでしまい死亡(満33歳没)。 1955年6月12日岡山県岡山市で出生。南條は小,中学校で成績もよく、高校は当時岡山県随一の進学校岡山朝日高校に進学した。当初は外科医になる夢を持っていた南條だが、やがて受験一辺倒の学校、敷かれたレールの上を歩むだけで将来の見えてしまったような人生に疑問をもつようになり三年生で高校を中退してしまう。
中内 潤(なかうち じゅん、1955年3月27日 - )は、… 中内 潤(なかうち じゅん、1955年3月27日 - )は、日本の実業家。学校法人中内学園流通科学大学理事長。父は中内㓛。弟は中内正。妻は藤沢武夫の孫娘・誉子。従兄弟に劇作家・舞台演出家の藤沢文翁。2016年4月より学長と理事長を兼務。 岡山県生まれ。1978年慶應義塾大学法学部卒業、1980年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了、1984年慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了。1990年商学博士。 1980年、ダイエーに入社。1984年同社取締役、1986年代表取締役専務、1989年代表取締役副社長。副社長として大規模ディスカウントストアやハイパーマートの設置に尽力した。その後1999年に副社長を退任し、ダイエーホールディングコーポレーション社長に就任。
山尾 悠子(やまお ゆうこ、1955年3月25日 -)は、日… 山尾 悠子(やまお ゆうこ、1955年3月25日 -)は、日本の小説家、幻想文学作家、歌人。日本文藝家協会会員。岡山県岡山市出身。 澁澤龍彦経由でシュールレアリスム系の芸術に強い影響を受けている。クールかつ詩的な文体で幻想的な別世界を創造し、惜しげもなくそれを崩壊させるというパターンを繰り返し、カタストロフに満ちた残酷で美しい作品を執筆した。寡作で知られ、1985年以降作品の発表が一時途絶したが、1999年に執筆を再開している。 幼少期にC・S・ルイスの子ども向けファンタジー『ナルニア国物語』シリーズ最終巻『さいごの戦い』を読み、「敵も味方ももろともに暗い世界へと崩壊していくイメージ」に大きな衝撃を受ける(山尾は『ナルニア国物語』は別だが、ファンタジー読者ではないと述べている)。
乗峯 栄一(のりみね えいいち、1955年1月3日 - 20… 乗峯 栄一(のりみね えいいち、1955年1月3日 - 2024年9月25日)は、日本の小説家、競馬評論家。 岡山県真庭市出身。早稲田大学第一文学部卒業。 1992年よりスポーツニッポン関西版にて競馬予想コラム「乗峯栄一の賭け」を連載開始。同連載は15年以上にわたる長期連載となっている。それ以外にも「乗峯栄一のトレセン探訪」(毎日jp)、「乗峯栄一の理想と妄想」(競馬ブック)など、競馬関連の媒体で複数の連載を抱える。 作家としては、1992年に小説新潮新人賞で佳作を受賞する。1998年には「天神斎一門の反撃」(単行本化の際に「なにわ忠臣蔵伝説」と改題)で朝日新人文学賞を受賞するが、作家としては寡作で、著書も競馬に関するものが多い。
島田 誠(しまだ まこと、1955年 - )は、日本の歴史学… 島田 誠(しまだ まこと、1955年 - )は、日本の歴史学者。学習院大学文学部教授。専門は西洋古代史。共和政ローマ末期から帝政ローマ中期までを中心に研究する。
薬師寺 克行(やくしじ かつゆき、1955年 - )は、日本… 薬師寺 克行(やくしじ かつゆき、1955年 - )は、日本のジャーナリスト、政治学者、東洋大学名誉教授。 岡山県生まれ。岡山県立津山高等学校を経て、1979年東京大学文学部卒。朝日新聞社に入り政治部記者となり、首相官邸や外務省を担当。政治部長・論説委員、『論座』編集長などを歴任。2011年東洋大学社会学部教授。2025年名誉教授。
佐藤 兼郎(さとう けんろう、1955年 - )は、日本の地… 佐藤 兼郎(さとう けんろう、1955年 - )は、日本の地方公務員。備中県民局長や、岡山県副知事を経て、公益財団法人岡山県産業振興財団理事長、一般社団法人岡山県発明協会会長、国立大学法人岡山大学理事。 岡山県岡山市出身。1978年岡山大学法文学部卒業、岡山県入庁、真庭地方振興局。1988年地域振興部市町村課主任。1997年総務部財政課財政主幹。2002年土木部河川開発課長代理。2003年総務部人事課長代理。2004年総務部人事課参事。2005年産業労働部産業振興課参事。2006年保健福祉部施設指導課長。2007年農林水産部農政企画課長。2008年総務部次長。2010年危機管理監。2012年備中県民局長。
早瀬 晋三(はやせ しんぞう、1955年 - )は、日本の東… 早瀬 晋三(はやせ しんぞう、1955年 - )は、日本の東南アジア学者。早稲田大学教授。 岡山県津山市生まれ。1980年東京大学文学部東洋史学科卒業。1984年オーストラリア・マードック大学でPh.D.(歴史学)取得。1987年鹿児島大学教養部講師・助教授、1993年大阪市立大学文学部助教授、2001年教授、2013年早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授。2003年の『海域イスラーム社会の歴史―ミンダナオ・エスノヒストリー』で第20回大平正芳記念賞受賞。専門は海域東南アジア民族史、近現代アジア・日本関係史。
山本 雅則(やまもと まさのり、1955年〈昭和30年〉 -… 山本 雅則(やまもと まさのり、1955年〈昭和30年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岡山県加賀郡吉備中央町長(4期)。 岡山県御津郡加茂川町(現・吉備中央町)出身。岡山県立高梁高等学校を経て、愛知学院大学商学部を卒業。 大学卒業後の1979年(昭和54年)4月、加茂川町役場に入職。2004年の合併による吉備中央町発足後は、協働推進課長や参事、企画課長などを歴任した。2011年(平成23年)6月に吉備中央町の副町長に就任。 2012年(平成24年)9月、当時の町長(重森計一)の死去に伴う吉備中央町長選挙に無所属で立候補。新人同士の三つ巴の選挙戦を制し、初当選を果たした(山本:4,188票、他候補:2,886票、1,879票)。
水嶋 淳治(みずしま じゅんじ、1955年〈昭和30年〉 -… 水嶋 淳治(みずしま じゅんじ、1955年〈昭和30年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岡山県勝田郡勝央町長(3期)。 岡山県勝田郡勝央町出身。近畿大学商経学部を卒業。 大学卒業後の1978年(昭和53年)4月、勝央町役場に入職。役場内では総務部参事や総務課長などの要職を歴任し、2012年(平成24年)からは勝央町の副町長に就任した。 2015年(平成27年)8月、当時の町長の引退に伴い、副町長を辞職して勝央町長選挙に無所属・新人で立候補。元町議ら新人2人を破り、初当選を果たした。同年9月に町長に就任。2019年(令和元年)の町長選挙では、ほかに立候補の届け出がなく、無投票で再選(2期目)を決めた。
西牧 世博(にしまき つぐひろ、1955年 - )は、日本の… 西牧 世博(にしまき つぐひろ、1955年 - )は、日本の実業家。四国旅客鉄道(JR四国)代表取締役会長・前社長。 岡山県浅口市出身。1981年に大阪大学大学院を修了した後に、同年に日本国有鉄道に入社した。JR四国で取締役、専務を歴任し、2020年6月に社長に就任した。 2024年6月21日に社長職を四之宮和幸専務に譲り、代表権のある会長に就任した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
栗山 康彦(くりやま やすひこ、1954年(昭和29年)12… 栗山 康彦(くりやま やすひこ、1954年(昭和29年)12月25日 - )は、日本の政治家、実業家。岡山県浅口市長(5期)。元岡山県議会議員(1期)。岡山県市長会長。公益財団法人 岡山県市町村振興協会。 栗山精麦に入社。父で元自由民主党の岡山県議会議員、栗山好幸の引退により2003年の県議選に自民党公認として浅口郡選挙区(定数2)より出馬、初当選。任期半ばの2006年に浅口市が発足し、また県議会の定数見直しで浅口市・浅口郡選挙区の定数が1減のため同じ自民党の古山泰生に譲る形で引退し、浅口市長選挙に立候補したものの民主党推薦の旧鴨方町長田主智彦に敗れた。 落選後、岡山政経塾に2年間入塾し卒塾後の2010年4月、浅口市長選に再挑戦し姫井茂(菅直人の義兄)を破り、初当選した。
青木 秀樹(あおき ひでき、1954年〈昭和29年〉12月1… 青木 秀樹(あおき ひでき、1954年〈昭和29年〉12月14日 - )は、日本の政治家。岡山県英田郡西粟倉村長(4期)。元西粟倉村議会議員(5期)。 岡山県英田郡西粟倉村出身。龍谷大学を卒業後、大阪市内の民間企業に勤務した。1981年(昭和56年)に帰郷し、家業の食品会社に従事する。 1995年(平成7年)、西粟倉村議会議員選挙に立候補し初当選。以後5期連続で村議を務め、議長などの要職も歴任した。 2011年(平成23年)8月、前村長の後継として西粟倉村長選挙に無所属で立候補し、初当選を果たした。同年9月に村長に就任。2015年(平成27年)の村長選挙では無投票で再選(2期目)される。 2019年(令和元年)8月の村長選挙では、新人との一騎打ちを制し3選(青木:614票、新人:413票)。
松岡 心平(まつおか しんぺい、1954年10月29日 - … 松岡 心平(まつおか しんぺい、1954年10月29日 - )は、日本の能楽研究者、東京大学名誉教授。 岡山県生まれ。父は山陽新聞社長・松岡良明(1918-1995)。父の意向で法学部進学を目指すが、20歳の時、観世寿夫による仕舞「藤戸」を見て、「地獄がせりあがってくるような」舞台に衝撃を受け、能楽研究の道に入る。また研究の一方で「橋の会」運営に参加し、廃曲となった能の復曲・上演などの実践的活動にも携わっている。 岡山操山高等学校卒、1978年東京大学文学部国文科卒業、1984年同大学院人文科学研究科国語国文学専門課程博士課程満期退学、1987年東京大学文学部国語学科専任講師、1988年東大教養学部専任講師、1990年助教授、2001年同総合文化研究科教授。
宮長 雅人(みやなが まさと、1954年(昭和29年)9月1… 宮長 雅人(みやなが まさと、1954年(昭和29年)9月12日 - )は、日本の銀行家、実業家。勲等は旭日中綬章。岡山市に本店を置く中国銀行の第9代頭取を務めた。現職としてちゅうぎんフィナンシャルグループ会長を務める。岡山県新見市出身。 1954年(昭和29年)、岡山県新見市高尾に生まれる。1973年(昭和48年)3月、岡山県立新見高等学校卒業。1977年(昭和52年)3月、早稲田大学法学部卒業。 早大卒業後、中国銀行へ入行する。入行後はキャリアを積み、1999年(平成11年)6月、44歳で田ノ口支店長となる。2003年(平成15年)6月に福山支店長。2005年(平成17年)6月、50歳で取締役融資部長となる。
内藤 啓史(ないとう けいし、1954年8月18日 - )は… 内藤 啓史(ないとう けいし、1954年8月18日 - )は、NHKのシニアアナウンサー。 岡山県立岡山朝日高等学校を経て東京大学文学部卒業後、1977年入局。大学時代に六代目小金井芦州指導の講談道場で学んだ経験があり、『堂々日本史』の講談師に扮した司会スタイルはこの時の経験を生かしたもの。 FMリクエストアワー担当時は「月様」というニックネームで呼ばれた。 1979年に日曜喫茶室(NHK-FM)のウェイトレスを担当した妻と結婚。 2016年4月の熊本地震発生後、かつての赴任地であった大分局に応援で派遣され、災害情報を中心にローカルニュースを担当した。 好きな食べ物はお好み焼き、焼きそば、たこ焼き。
岡 将男(岡 將男、おか まさお、1954年7月6日 - )… 岡 将男(岡 將男、おか まさお、1954年7月6日 - )は、日本の実業家。NPO法人公共の交通ラクダ(RACDA)会長。元中国食品工業代表取締役社長。 1954年7月、佃煮店の長男として岡山県岡山市に生まれる。幼い頃から、鉄道模型や旅客機に興味を持つ。高校は岡山朝日高校へ進学。学生時代は、鉄道模型製作に明け暮れた。その後、東京大学経済学部へ進む。大学卒業後、家業の中国食品工業へ就職。以来、常務取締役。代表取締役社長へ昇進する。 昭和50年代、営業で全国を回っていた際、「岡山」の知名度が低いことに寂しさや辛さを味わった事が、街づくりを考える原点となる。1986年、国鉄ホバークラフトの京橋就航、旧岡山空港(現・岡南飛行場)の存続を働きかける運動を母体として、未来デザイン委員会を発足させる。
清水 婦久子(しみず ふくこ、1954年7月6日 - )は、… 清水 婦久子(しみず ふくこ、1954年7月6日 - )は、日本の国文学者。帝塚山大学教授。 岡山県岡山市出身。1977年大阪女子大学学芸学部国文学科卒、1980年同大学院修士課程修了。1997年『源氏物語の風景と和歌』で関根賞。2003年「源氏物語版本の研究」で大阪大学文学博士。2004年帝塚山大学短期大学部教授、帝塚山大学人文学部日本文化学科教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
福島 邦子(ふくしま くにこ、1954年5月26日 - )は… 福島 邦子(ふくしま くにこ、1954年5月26日 - )は、日本のシンガーソングライター。岡山県総社市生まれ。血液型B型。 作詞家としては水色玉青名義も用いる(後述)。 母は松竹歌劇団出身。 父と2人の兄も楽器を演奏する環境で育つ。小学2年生の時からピアノを始め、後にエレクトーンも習得。 1974年からはエレクトーンの講師も務める。この年、友人の詩に自分が曲を付けて第8回ヤマハポピュラーソングコンテストに応募。この時の曲「恋のレッスン」は、後にピンク・レディーとなる「クッキー」がポプコン東海地区大会決勝で歌唱している。 1977年10月2日、第14回ポプコンつま恋本選会に兄と出場。「グッド パイ」で入賞、審査員特別賞を受賞。
板東 久美子(ばんどう くみこ、1954年4月25日 - )… 板東 久美子(ばんどう くみこ、1954年4月25日 - )は、日本の文部・文科官僚。公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン理事、令和臨調運営幹事。 文部科学審議官、消費者庁長官、日本司法支援センター理事長、国立病院機構理事を歴任した。岡山県岡山市生まれ(出身が徳島県となっているプロフィールもある)。文部科学事務次官の山中伸一は入省同期。夫は元経産省官僚で、元日本貿易保険理事長の板東一彦。
中山 星香(なかやま せいか、1954年〈昭和29年〉3月6… 中山 星香(なかやま せいか、1954年〈昭和29年〉3月6日 - )は、日本の漫画家。岡山県倉敷市出身、東京都練馬区在住、血液型はA型。矢吹れい子名義で『初代・日ペンの美子ちゃん』を執筆していたことでも知られる。実兄は、同じく漫画家の中山蛙。ペンネームは実家の「中山青果」に由来する。日本の少女向けファンタジー・コミックの開拓者であり、第一人者である。「日本漫画家協会」・「ぐるーぷANTI 」の2団体に所属している(2023年時点)。 岡山県岡山市生まれ、倉敷市に育ち、小学生の頃から兄から漫画の描き方を教わる。岡山県立倉敷青陵高等学校卒業後に上京、飯塚よし照の“猪まんがスタジオ”に入社。猪まんがスタジオが受注した仕事のひとつに、通信教育「現代ボールペン習字講座」の広告漫画執筆があった。
大森 雅夫(おおもり まさお、1954年〈昭和29年〉2月2… 大森 雅夫(おおもり まさお、1954年〈昭和29年〉2月25日 - )は、日本の政治家、元建設・国土交通官僚。岡山県岡山市長(4期)。 岡山県岡山市北区東古松生まれ。岡山市立鹿田小学校、岡山市立桑田中学校、岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部卒業。1977年、大学を卒業し建設省に入省。本省での勤務の他、国土庁や内閣府、熊本県への出向も経験した。2012年9月より国土交通省国土政策局長。2013年6月11日に退官。 同年10月、岡山市長選挙に自由民主党・民主党・公明党・日本維新の会岡山県総支部・連合岡山の推薦を受け、無所属で出馬。元官僚で知名度不足を危ぶむ声もあったが、選挙戦では強固な組織力をバックにつけ、元衆議院議員の高井崇志や元衆議院議員・岡山市議会議員の熊代昭彦ら4候補を破り、初当選した。
石原 勝(いしはら まさる、1954年〈昭和29年〉1月12… 石原 勝(いしはら まさる、1954年〈昭和29年〉1月12日 - )は、元朝日放送アナウンサー。現在はABC音楽振興会へ出向中。 岡山県倉敷市生まれ。後に大阪市北区へ移住して、1977年に朝日放送へ入社。同期入社のアナウンサーに、武周雄(現在はABC開発常務)と中原秀一郎(後に監査役会事務局次長などを経て定年退職)がいる。 朝日放送への入社2年目(1978年)には、中原とともに、朝日放送ラジオの全国高校野球選手権大会中継で全試合スタンドリポーターを務めた。後に『ABCヤングリクエスト』(『ヤンリク』の愛称で知られた朝日放送ラジオの深夜番組)や『昼いち歌謡曲』(朝日放送ラジオで平日のランチタイムに放送されていた音楽リクエスト番組)などでパーソナリティを担当したが、人事異動でアナウンス職を離れたことを機に、東京支社報道部・国会担当記者・ラジオ局編成制作部・報道局デスクを歴任した。
瀬川 至朗(せがわ しろう、1954年 - )は、日本の科学… 瀬川 至朗(せがわ しろう、1954年 - )は、日本の科学ジャーナリスト、早稲田大学教授。岡山県岡山市出身。 1954年岡山県岡山市生まれ。1973年岡山県立岡山朝日高等学校卒業。1977年東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。1978年東京大学大学院工学系研究科修士課程中退。毎日新聞社に入社し、ワシントン特派員、科学環境部長、編集局次長などを務める。早稲田大学政治経済学術院教授。早稲田大学ジャーナリズム大学院プログラムマネージャー。『科学報道の真相――ジャーナリズムとマスメディアの共同体』で科学ジャーナリスト賞2017を受賞。
藤原 真一(ふじわら しんいち、1954年 - )は、日本の… 藤原 真一(ふじわら しんいち、1954年 - )は、日本の実業家。日鉄エンジニアリング代表取締役社長。 岡山県で医師の子として生まれる。1973年岡山県立岡山朝日高等学校卒業。1978年東京大学法学部卒業、新日本製鐵入社。1985年ハーバード大学ケネディスクール留学。1993年新日本製鐵原料第二部鉱石第二室長。2001年新日本製鐵欧州事務所長。2010年新日本製鐵参与。2011年新日本製鐵執行役員。2013年新日鐵住金常務執行役員。2015年新日鉄住金エンジニアリング代表取締役社長。2019年日鉄エンジニアリング代表取締役社長。 東京岡山県人会副会長。
大賀 祥治(おおが しょうじ、1954年 - )は、日本の生… 大賀 祥治(おおが しょうじ、1954年 - )は、日本の生物学者。九州大学大学院農学研究院環境農学部門森林環境科学講座教授、同大学農学部附属演習林教授、同大学総合研究博物館教授、九州大学名誉教授。学位は、農学博士。専門は、きのこ学・森林資源学(特に、食用・薬用キノコの生理特性や生産技術、森林の木材腐朽菌及び菌根菌)。 1954年、岡山県玉野市生まれ。香川大学大学農学部農芸化学科卒業、九州大学大学院農学研究科林産学専攻修士課程修了。 九州大学助手、助教授、教授を経て、現職。この間、英国国立国際園芸学研究所客員研究員、ロンドン大学キングス校客員研究員、韓国国立忠北大学客員研究員、中国吉林農業大学客員研究員などを歴任。
島谷 弘幸(しまたに ひろゆき、1953年(昭和28年)11… 島谷 弘幸(しまたに ひろゆき、1953年(昭和28年)11月26日- )は、日本の古美術研究者、文化人である。九州国立博物館館長を務めた後、国立文化財機構理事長。岡山県高梁市出身。 1953年(昭和28年)岡山県高梁市に生まれる。地元の岡山県立高梁高等学校へ進学し、1972年(昭和47年)に同校を卒業する。同年東京教育大学(現・筑波大学)教育学部芸術学科に入学。古筆学を専攻し、小松茂美に師事した。1976年に同大学卒業を経て、1979年、山梨英和短期大学講師となり、1984年(昭和59年)に東京国立博物館学芸部美術課書跡室研究員となった。 1994年(平成6年)41歳の時に学芸部美術課書跡室長となり、その後、2001年に学芸部資料課長へ昇進した。
岡 義朗(おか よしあき、1953年11月22日 - )は、… 岡 義朗(おか よしあき、1953年11月22日 - )は、岡山県玉野市出身の元プロ野球選手(内野手)、野球指導者、野球解説者。
妹尾 克敏(せのお かつとし、1953年6月2日 - )は、… 妹尾 克敏(せのお かつとし、1953年6月2日 - )は、日本の法学者、政治学者。松山大学法学部教授。専攻は、地方自治法、地方自治制度、憲法。岡山県新見市出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
中司 得三(なかつかさ とくぞう、1953年5月18日 - … 中司 得三(なかつかさ とくぞう、1953年5月18日 - )は、岡山県出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。
劔持 節雄(けんもつ たかお、1953年5月16日 - )は… 劔持 節雄(けんもつ たかお、1953年5月16日 - )は、岡山県出身の元プロ野球選手(内野手→外野手)。1980年途中から1985年までの登録名は「劔持 貴寛」(けんもつ たかひろ)。 岡山日大高(現・倉敷高)では遊撃手、控え投手として1年秋の県大会決勝で完投勝利したが中国地区大会では広陵高に初戦コールド負け。1970年夏の甲子園予選東中国大会決勝に進出するが、岡義朗、守岡茂樹のいた岡山東商に敗退。翌年も県大会で敗れ甲子園には届かなかった。 1971年ドラフト2位で広島入団。 1974年より外野手に転向するが、二軍暮らしが長かった。 1977年ウエスタン・リーグで首位打者を獲得。 1978年11月望月卓也、平田英之と共に金田留広、渡辺秀武との3対2の交換でロッテに移籍。
北原 光広(きたはら みつひろ、1953年4月15日 - )… 北原 光広(きたはら みつひろ、1953年4月15日 - )は、岡山県出身の高校野球指導者。現神港学園高野球部監督。同校地歴公民科教諭。
河本 昭義(かわもと あきよし、1953年4月7日 - )は… 河本 昭義(かわもと あきよし、1953年4月7日 - )は、日本のバレーボール指導者。岡山県笠岡市出身。現在はV・プレミアリーグの岡山シーガルズ部長兼総監督。
赤木 完爾(あかぎ かんじ、1953年(昭和28年)4月7日… 赤木 完爾(あかぎ かんじ、1953年(昭和28年)4月7日 - )は、日本の国際政治学者。慶應義塾大学法学部教授。専門は、国際政治史、安全保障、戦争史。
守岡 茂樹(もりおか しげき、1953年3月5日 - )は、… 守岡 茂樹(もりおか しげき、1953年3月5日 - )は、岡山県出身の元プロ野球選手。ポジションは外野手。
土井 康作(どい こうさく、1953年(昭和28年)- )は… 土井 康作(どい こうさく、1953年(昭和28年)- )は、教育学者である。鳥取大学地域学部教授を務めた後、鳥取大学名誉教授となる。この他、日本産業教育学会・元理事、ものづくり文化振興協会理事長も務める。岡山県高梁市出身。 1953年(昭和28年)岡山県高梁市に生まれる。幼少期は活発であり、よく田圃でチャンバラなどをしていた。また、刃物で遊び道具やおもちゃ等もつくるなど手先が器用であった。この幼少期の田舎での体験が後に半世紀以上長くものづくりに携わる礎となった。その後、地元の岡山県立高梁高等学校へ進学し、1971年(昭和46年)に同校を卒業し、同年福岡教育大学教育学部に入学した。1975年に同大学卒業を経て、東京学芸大学大学院へ進学。