梶山 洋一(かじやま よういち、1971年9月8日 - )は… 梶山 洋一(かじやま よういち、1971年9月8日 - )は、広島県出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。 広島工業高校を卒業後、川崎製鉄(後のヴィッセル神戸)に入団。1996年にジャパンフットボールリーグで2位となり、1997年にJリーグに昇格した。退団後、佐川急便東京でプレー。選手兼監督を務め、現在は千葉県浦安市、市川市でサッカースクール、ジュニアユースチームの代表を務める。
野田 誠(のだ まこと、1971年8月20日 - )は、地方… 野田 誠(のだ まこと、1971年8月20日 - )は、地方競馬の福山競馬場・堀部重昭厩舎に所属していた元騎手である。勝負服の柄は紫、胴黄縦縞、袖黄一本輪。広島県出身、血液型A型。 1992年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得。同年4月25日第2回福山競馬1日目第10競走アラブ系C2一組条件戦アサマダイリンで初騎乗(9頭立て6番人気3着)。同年5月5日第2回福山競馬6日目第1競走アラブ系4歳十一組条件戦をクリトモエで優勝(8頭立て3番人気)し、初勝利。 1993年8月8日第8回全日本新人王争覇戦出場(10人中7位)。 1994年5月1日マカオで行われた第2回マカオ国際見習騎手招待競走に地方競馬代表として招待され2鞍騎乗し5着・4着、また一般レースにも騎乗し8着・5着・8着・2着であった。
市本 隆司(いちもと りゅうじ、1971年8月18日 - )… 市本 隆司(いちもと りゅうじ、1971年8月18日 - )は、日本の競輪選手。日本競輪学校第72期生。広島県呉市出身。 広島県呉市立三坂地小学校、広中央中学校、広島県立広高等学校卒業。 小学生時代より野球を始め高校時代は4番レフト。1年時に出場した秋季広島県大会ではベスト8に進出。 高校卒業後、競輪選手の大久保義郎に師事し競輪競技を開始。日本競輪学校卒業後、1993年8月13日、松阪競輪場でデビュー。デビュー戦で初勝利を飾る。 1998年にS級に昇級しているが、2014年上期よりA級に降級しており、以降はA級1・2班で推移している。 2019年1月19日、現役26年目、四日市競輪で通算400勝を達成した。
田坂 和昭(たさか かずあき、1971年8月3日 - )は、… 田坂 和昭(たさか かずあき、1971年8月3日 - )は、広島県広島市出身の元サッカー選手で、サッカー指導者(JFA 公認S級コーチ)。現役時代のポジションは主にミッドフィールダー(MF)。元日本代表。 1994年、ベルマーレ平塚がJリーグに昇格した年に入団。初年度からディフェンシブハーフ(ボランチ)のポジションを前年不動のレギュラーであった松山広淳から奪い、開幕戦から出場。平塚競技場のこけら落としとなった第2節では渡辺卓と激突し、顔面を骨折してその後1ヶ月を棒に振ったものの、復帰後は中心選手として活躍した。1stステージは岩本輝雄、名良橋晃の超攻撃的両サイドバックのフォローに追われたが、NICOSシリーズは優勝争いを演じ、田坂自身はJリーグ新人王を獲得した。
横田 美香(よこた みか、1971年8月1日 - )は、日本… 横田 美香(よこた みか、1971年8月1日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。広島県知事(公選第21代)。 内閣人事局内閣審議官、内閣感染症危機管理統括庁内閣審議官、広島県副知事、富山県副知事を歴任。 広島県呉市生まれ。小学5年生から中学3年までを父親の仕事の関係でブラジル・リオデジャネイロにて生活する。広島大学附属高等学校、東京大学法学部卒業。 1995年、農林水産省入省(農蚕園芸局総務課配属)。 2004年7月、水産庁漁政部加工流通課長補佐。水産物の貿易ルートをつくるための国際交渉の関係に携わった。 2018年7月 農林水産省大臣官房参事官兼大臣官房政策課付兼食料産業局。 2019年7月、農林水産省経営局就農・女性課長兼大臣官房政策課付兼復興庁統括官付兼内閣官房副長官補付(命:内閣官房就職氷河期世代支援推進室参事官)。
吉井 敏久(よしい としひさ、1971年7月29日 - )は… 吉井 敏久(よしい としひさ、1971年7月29日 - )は日本の舞台、テレビ、映画などのプロデューサー。株式会社 Lol(ロル)および株式会社trouvの代表取締役社長。
内田 役子(うちだ ゆきこ、1971年7月18日 - )は、… 内田 役子(うちだ ゆきこ、1971年7月18日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、指導者。 広島県廿日市市友田出身。実姉がバレーボールをしていた影響で、小学校3年生からバレーを始める。佐伯中で県大会ベスト4、進徳女子高校では春高バレー・インターハイに出場した。 1990年、イトーヨーカドーに入部。主将を務めるなど活躍したが、1998年引退。その後現役復帰し、熊本選抜(熊本日産自動車)で1999年熊本国体優勝に貢献。国体選抜チーム解散後の同年、当時V1チームの東北パイオニアに入部。Vリーグ昇格に貢献した後、2002年二度目の引退。故郷に戻り一般の仕事をしていたが、チームからの復帰要請で半年後、三たび現役復帰。
古今亭 菊志ん(ここんてい きくしん、1971年7月4日 -… 古今亭 菊志ん(ここんてい きくしん、1971年7月4日 - )は、落語家。落語協会所属。本名∶山口 直樹。広島県広島市出身。出囃子∶『神田祭』。紋∶『裏梅』。 1990年広島県立広島皆実高等学校卒業。1994年3月に愛媛大学教育学部小学校教員養成課程卒業後の翌月二代目古今亭圓菊に入門、前座名「菊朗」を名乗る。 1998年5月、二ツ目昇進。 2007年3月に四代目隅田川馬石、柳家喬之助、六代目春風亭柳朝、柳家我太楼と共に真打に昇進、「菊志ん」と改名。 2020年4月、新型コロナウイルス感染防止のための緊急事態宣言を受けての東京の寄席定席の休館により4月2日で中断した落語協会の真打昇進披露興行中止を受けて、菊志んが個人的に4月3日からスタートさせたTwitterを使っての昇進披露のお祝い口上リレーは団体の枠を超えて東西演芸界に広がり、5月24日の桂雀太まで総ツイート口上数49、のべ51日間のロングランとなった。
糸永 直美(いとなが なおみ、1971年7月2日 - )は、… 糸永 直美(いとなが なおみ、1971年7月2日 - )は、広島テレビ放送(HTV)の社員、元アナウンサー。広島県福山市出身。身長162cm。
沖本 辰也(おきもと たつや、1971年7月1日 - )は、… 沖本 辰也(おきもと たつや、1971年7月1日 - )は、日本のサッカー指導者(JFA 公認B級コーチ、公認B級GKコーチ)、元サッカー選手。広島県広島市東区中山出身。 兄の影響で小学校3年生からサッカーを始め、選手引退後もサッカー指導者としてサッカーに携わる。 選手としては無名だったが、小学校時代は広島県代表として全日本少年サッカー大会 に出場、中学時代も広島県代表として中国中学校サッカー大会に出場した。小学校時代は小沢通宏、高校時代は船本幸路、中国リーグ時代は小滝勇一 など全日本経験者の指導を受けている。 現役引退後、出身チームの中山サッカークラブで少年サッカーの指導者として、指導の道に進む。
竹下 美保(たけした みほ、1971年〈昭和46年〉6月30… 竹下 美保(たけした みほ、1971年〈昭和46年〉6月30日 - )は、日本のアナウンサー。岡山放送 (OHK) 社員。 広島県廿日市市出身。徳島文理大学卒業。 広島県廿日市市出身。中学・高校時代には放送部に在籍していた。同じ広島県出身の魚住りえとは中学・高校時代に参加していた放送コンテストで面識があり、大学への進学後に日本テレビのアナウンサー採用試験会場で再会。その際に意気投合し、交友関係を持つに至っている。 大学を卒業後、1995年に岡山放送に入社。同期に同局アナウンサーの上岡元と堀靖英がいる。当初の配属先は制作部で、担当番組はバラエティ番組が中心であった。 1998年に報道部へ異動し、『OHKスーパーニュース』のキャスターおよび福祉関連のコーナーリポーターを担当。
本多 洋(ほんだ ひろし、1971年6月26日 - )は、日… 本多 洋(ほんだ ひろし、1971年6月26日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 現崇徳高等学校バレーボール部監督。 広島県広島市出身。崇徳高校、東海大学出身。1993年大学4年次にはキャプテンを務め、大学四冠を達成した。 1994年4月、日本たばこ産業(JT)入社、JTサンダーズへ入団した。オールラウンダーなエースとして活躍するも、肩の故障の影響から1999年に引退、その後は社業に専念していた。 その後退社し、崇徳高校教諭へ転身し、同校バレー部を指導している。2012年には全日本男子ユース代表監督に就任しアジアユース3位、翌2013年ユース世界選手権出場を獲得した。
谷口 信輝(たにぐち のぶてる、1971年5月18日 - )… 谷口 信輝(たにぐち のぶてる、1971年5月18日 - )は、広島県佐伯郡大野町(現:廿日市市)出身のレーシングドライバー、YouTuber。愛称は「ノブ」「NOB(谷口NOB)」。 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。 16歳(1987年)よりバイクに夢中になり、18歳(1989年)でミニバイクレースで日本一に輝く。その後、いくつかのバイクチームからのオファーもあり、ライダーのステップアップも考えていたが、バイクレースの帰り道にドリフトしながら交差点を曲がって行くAE86に遭遇し、ドリフトに興味を持ち始める。その時、知人からバイク運搬用としてマツダ・ボンゴを購入予定だったが、マツダ・RX-7(FC3S)でドリフトしたいと思っていた。
星奈 優里(ほしな ゆり、1971年4月19日 - )は、日… 星奈 優里(ほしな ゆり、1971年4月19日 - )は、日本の女優。元宝塚歌劇団星組トップ娘役。 広島県出身。身長165cm。愛称は「ゆり」。 1988年、宝塚音楽学校に入学。第76期生。 同期生には、彩輝直(元月組トップスター)、純名里沙(元花組トップ娘役)、風花舞(元月組トップ娘役)、月影瞳(元星組・雪組トップ娘役)、樹里咲穂などがいる。 1990年、宝塚歌劇団入団。花組『ベルサイユのばら』で初舞台。組回りを経て、翌年星組に配属。 1992年のニューヨーク公演と1994年のロンドン公演と2度の海外公演に参加。 1993年には『サタディナイト・ロマンス』(主演は稔幸)で初のバウホール公演ヒロイン。
松梨 智子(まつなし ともこ、1971年4月14日 - )は… 松梨 智子(まつなし ともこ、1971年4月14日 - )は、日本の元映画監督、女優。現在はイタリアンシェフ。広島県出身。 広島大学附属高校を経て、早稲田大学商学部卒業。映像制作集団「地下テントろばくん」主宰。監督としての代表作に、『毒婦マチルダ』、『映画監督になる方法』など。 身長160cm、血液型はB型。 早稲田大学在学中、劇団高円寺爆弾クラブにて俳優修行を積み、早稲田大学映画研究会の自主制作映画『きままちゃんはあんたたちじゃないからのぼるのぼる』に主演。この作品が1994年、ぴあフィルムフェスティバルで審査員特別賞を受賞するとともに、松梨の演技が審査員の市川準の目にとまり、市川監督作『トキワ荘の青春』(1996)に出演。
田中 秀道(たなか ひでみち、1971年3月29日 - )は… 田中 秀道(たなか ひでみち、1971年3月29日 - )は、広島県広島市出身のプロゴルファーである。身長166cm、体重62kgと小柄な体格ながら、力強いスイングを見せる。テーラーメイドゴルフと用具契約を結んでいる。 11歳から自宅裏の空地でゴルフを始める。同郷の倉本昌弘に憧れプロを目指し、広島県瀬戸内高等学校(山本圭一はゴルフ部の3年先輩、河井博大、谷原秀人は後輩)を卒業後、1991年10月にプロ入り。1995年の「フィリップモリス・チャンピオンシップ」でツアー初優勝。1998年の日本オープン選手権でメジャータイトルを獲得した。1999年の「アコムインターナショナル」や2000年の「ダイドードリンコ静岡オープン」など、日本ゴルフツアーで「10勝」を挙げる。
平岩英子(ひらいわ えいこ、1971年2月17日 - )は、… 平岩英子(ひらいわ えいこ、1971年2月17日 - )は、日本の作曲家、シンガーソングライター。広島音楽高等学校を卒業。国立音楽大学でリトミックを専修する。大学卒業後はリトミック教室の講師となる。ソニー・ミュージック・SDヴォイスオーディションに応募したデモテープが評価され、最優秀賞を受賞。その後、1995年7月21日発売のシングル「私が私である時」でデビューする。 シンガーソングライターとしての活動の他、仲間由紀恵や広末涼子などにも楽曲を提供している。 現在は公式サイトで、活動を一時的に休止することを宣言している。
遠藤 愛(えんどう まな、1971年2月6日 - )は、日本… 遠藤 愛(えんどう まな、1971年2月6日 - )は、日本の元女子プロテニス選手、スポーツ科学者。東京経済大学コミュニケーション学部准教授。 広島県福山市出身の元女子プロテニス選手。伊達公子と同学年の選手で(遠藤は早生まれのため)、身近なライバルとしての伊達とともに成長し、日本女子テニスの黄金期を築いた名選手のひとりである。福山暁の星女子高校を経て筑波大学体育専門学群卒業。筑波大学大学院人間総合科学研究科博士課程修了。博士(体育科学)。シングルス自己最高位は26位(1994年9月26日付)。身長160cm、体重54kg、右利き。 2013年より東京経済大学コミュニケーション学部准教授。 7歳からテニスを始め、父親の手ほどきを受ける。
永田 周太郎(ながた しゅうたろう、1971年1月31日 -… 永田 周太郎(ながた しゅうたろう、1971年1月31日 - )は、日本の美術デザイナー。緑山スタジオ・シティ代表取締役社長。広島県呉市出身。 幼稚園から高校までは呉市。呉三津田高等学校卒業後、広島大学工学部に進学しドイツ建築について学んだ。同大学院博士課程前期まで一貫して建築意匠学について学ぶ。 1995年、広島大学大学院工学研究科博士課程前期修了。就職を考えた時は東京に行こうとは思っていなかったが、「テレビ局でデザインの仕事ができるのが東京のキー局しかなくて、また採用を行っていたのがTBSしかなかった。TBSの採用時期が当時4月で、他の企業より早く、TBSに受かってしまったから他は受けなかった」とインタビューで述べている。
大松 しんじ(おおまつ しんじ、1971年1月31日 - )… 大松 しんじ(おおまつ しんじ、1971年1月31日 - )は、日本の広島ローカルタレント。広島県安芸郡海田町出身。愛称は大ちゃん(だいちゃん)。 海田町立海田中学校、広島県立熊野高等学校卒業。1993年に広島テレビ放送(HTV)の夕方の人気情報番組『柏村武昭のテレビ宣言』のレポーターになったことを契機にタレント活動を開始。
川口 正(かわぐち ただし、1971年1月1日 - )は、広… 川口 正(かわぐち ただし、1971年1月1日 - )は、広島県出身の元プロ野球選手(内野手)、元競輪選手。 山口県桜ケ丘高から、入団テストに合格し1988年オフにドラフト外で横浜大洋ホエールズに入団。一軍公式戦への出場が無いまま、1993年限りで現役を引退。 その後、日本競輪学校第76期生として競輪選手に転身(日本競輪選手会山口支部所属)。同期に市田佳寿浩、石丸寛之らがいる。1995年8月5日、松阪競輪場でデビューし5着。初勝利は1996年3月30日の一宮競輪場。2014年7月4日に競輪選手登録削除。通算成績1430戦94勝、優勝なし。 その後は、社会人野球のMSH医療専門学校のコーチを務めていた。
大山 誠一郎(おおやま せいいちろう、1971年 -)は、日… 大山 誠一郎(おおやま せいいちろう、1971年 -)は、日本の推理作家、翻訳家。埼玉県蕨市生まれ。少年時代を広島県の福山市で過ごす。京都大学在学中は推理小説研究会に所属。本格ミステリ作家クラブ会員。京都大学法学部中退。 2002年、電子書籍販売サイト「e-NOVELS」に犯人当てミステリ「彼女がペイシェンスを殺すはずがない」を発表し注目される。2004年、『アルファベット・パズラーズ』で本格的に小説家デビュー。同作は『本格ミステリ・ベスト10』2005年版で第8位にランクインする。 2011年に発表された「新世紀本格短編オールベスト・ランキング」では、「彼女がペイシェンスを殺すはずがない」が第8位に、「佳也子の屋根に雪ふりつむ」が第15位にランクインしている。
谷繁 元信(たにしげ もとのぶ、1970年12月21日 - … 谷繁 元信(たにしげ もとのぶ、1970年12月21日 - )は、元プロ野球選手(捕手)、元監督、野球解説者。2014年シーズンより中日ドラゴンズ選手兼任監督、2016年シーズンは専任監督を務めた。
兼本 貴司(かねもと たかし、1970年12月12日生 - … 兼本 貴司(かねもと たかし、1970年12月12日生 - )は、広島県因島(現・尾道市)重井町出身のプロゴルファー。178センチ、70キロ。 広島県立因島北高校(現・広島県立因島高等学校)2年16歳から、地元の練習場でアルバイトをしながらゴルフを習い卒業後、父親を説得して研修生となる。1993年、2度目の受験でプロテスト合格。デビュー戦は1994年7月のヨネックスオープン広島(予選落ち)。1999年に初シード権を獲得。2006年のシード落ちでレッスンプロ転向を考えるが中嶋常幸に師事し翌2007年復調し再びシード権を獲た。2009年5月、国内男子ツアー「三菱ダイヤモンドカップゴルフ」で、当時は通算8勝を挙げていた実力者ブレンダン・ジョーンズをPOの末に下して苦節17年目にして悲願のツアー初優勝を果たした。
古邊 考功(ふるべ よしのり、1970年12月9日 - )は… 古邊 考功(ふるべ よしのり、1970年12月9日 - )は、広島県福山市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 現役時代のポジションは、ディフェンダー(DF)。一時期、登録選手名を"考功"から"芳昇"に改名(読みは同じ)していた事がある。 大学卒業後、香川紫雲クラブ (現:カマタマーレ讃岐)を経て、1994年に中央防犯FC藤枝ブルックスに加入。以後ジャパンフットボールリーグからJリーグ昇格、アビスパ福岡へとプロ化した直後のチームをキャプテンとして支え、1998年末にはJ1参入決定戦で川崎フロンターレやコンサドーレ札幌を破りJ2降格回避に貢献した。 1999年にJ2・FC東京に移籍。プロ化及びJリーグ加盟初年度のチームにおいて、Jリーグ経験者として守備陣をバックアップし、激しくパワフルなプレーでチームの精神的支柱として活躍した。
小早川 幸二(こばやかわ こうじ、1970年12月1日 - … 小早川 幸二(こばやかわ こうじ、1970年12月1日 - )は、広島県呉市出身の元プロ野球選手(投手)。株式会社K-アシスト代表取締役社長。 西条農業高では、3年次に春の選抜に一塁手で出場、夏は県大会準々決勝で先発したが全国制覇することになる広島商業高に敗れた。 1988年オフにドラフト外で福岡ダイエーホークスに入団。 しかし、一軍出場がないまま1990年オフに広橋公寿との交換トレードで中日ドラゴンズに移籍。 移籍した中日でも一軍出場がないまま、1992年オフに松井隆昌との交換トレードで広島東洋カープに移籍。同姓の小早川毅彦がいたため、スコアボード等の表記は「小早川幸」となった。広島では、清川栄治の放出と石貫宏臣の故障により手薄となっていた左のリリーフとして活躍し、1996年には46試合に登板した。
小林 宏(こばやし ひろし、1970年11月30日 - )は… 小林 宏(こばやし ひろし、1970年11月30日 - )は、広島県廿日市市出身の元プロ野球選手(投手)、プロ野球コーチ、野球解説者。現在はオリックス・バファローズ二軍育成チーフコーチを務める。 佐伯郡廿日市町(現:廿日市市)立宮内小学校4年の時、少年野球「廿日市ジュニア」で野球を始めた。廿日市町立七尾中学校、崇徳高校、広島経済大学を経て、1992年のNPBドラフト会議でオリックス・ブルーウェーブから1位指名を受けて入団。 少年野球時代は捕手、高校時代は軟式野球部に所属し大学でも3年生までは遊撃手だった。3年秋の明治神宮大会では初戦で慶応義塾大学を相手に2番手として登板後は一塁手に入ったが若松幸司にノーヒットノーランを喫して敗れた。
吉田 幸(よしだ こう、1970年11月18日 - )は、中… 吉田 幸(よしだ こう、1970年11月18日 - )は、中国放送(RCC)のアナウンサー。総務局広報部長。身長157cm。広島県呉市安浦町出身。 瀬戸内の安浦町の魚屋の娘として生まれる。 広島県立広高等学校→広島県立広島女子大学(現:県立広島大学)家政学部生活科学科を卒業。 1993年に中国放送に入社。生活情報番組やバラエティ番組を中心にテレビやラジオに出演。 2004年6月に第一子(男児)を出産。 2008年3月23日放送のラジオ番組『吉田幸のサンデー!Sunday!』内で自身の妊娠五ヶ月を発表。同番組を次週で降板し、第二子の出産に備え、2008年6月から産休(産前産後休暇)に入ると明かした。
光成 英一朗(みつなり えいいちろう、1970年10月25日… 光成 英一朗(みつなり えいいちろう、1970年10月25日 - )は、日本の実業家。広島県福山市出身、東北学院大学卒業。 大阪PL学園から東北学院大学へ進学して剣道をたしなむ。大学に在学中の19歳からホストクラブやネット関連企業にたずさわり、旧商工ファンドで最年少の役員に就いたのち、独立。ゲームソフト販売会社など企業3社の代表取締役会長を歴任、上場させる。2011年上場企業のネステージにおいて、かんぽの宿事件に巻き込まれ、日本初、証券市場初の認識論裁判となる。 現在はドバイ、アジア、日本でM&Aや成長企業に積極的投資をして30数社の企業オーナーに至る。柔道オリンピック2連覇を果たした内柴正人氏の身元保証人になり、保釈後支援をしている。
天野 武文(あまの たけふみ、1970年9月30日 - )は… 天野 武文(あまの たけふみ、1970年9月30日 - )は、広島県出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。
斉藤 満喜子(さいとう まきこ、本名:日比 満喜子、1970… 斉藤 満喜子(さいとう まきこ、本名:日比 満喜子、1970年9月19日 - )は、1980年代から1990年代にかけて活動した日本の元アイドル。女性アイドルグループ『おニャン子クラブ』及び派生ユニット『うしろ髪ひかれ隊』の元メンバーで、会員番号は42番。 広島県出身。広島市立美鈴が丘中学校→進徳女子高等学校→堀越高等学校卒業。堀越のクラスメートには沖本姉妹、酒井法子、林千春(パンプキン)、西村知美、渡辺美奈代などが居た。広島にいた頃には、地元のラジオ番組『サテライトNo.1』(RCCラジオ)にアシスタントとして出演していた。因みに、同僚に松村邦洋がいた。 高校在学中の1986年8月10日、「ミスセブンティーン・コンテスト with おニャン子クラブ」で準グランプリを獲得し、9月29日におニャン子クラブの会員番号42番としてデビュー。
西田 一生(にしだ いっせい、1970年〈昭和45年〉9月1… 西田 一生(にしだ いっせい、1970年〈昭和45年〉9月17日 - )は、日本の振付師。ダンサー事務所(株)西田プロジェクト代表。タレント育成、プロモーター。自身のキャッチコピーは、おっさん史上最強カワイイ振付師。やっぱ西P!。広島県広島市出身。亜細亜大学経営学部経営学科卒業。2児の父。 広島県広島市出身。亜細亜大学経営学部経営学科卒業。 父は学校の教師。次男。幼稚園のとき体操教室に通い宙返りができるようになったことからダンスに興味をもった。小学時代に器械体操で床選手として活躍。その頃からザ・ドリフターズの志村けんに憧れるようになった。中学時代には広島東洋カープ球場の表でストリートダンスに没頭。
佐藤 信介(さとう しんすけ、1970年9月16日 - )は… 佐藤 信介(さとう しんすけ、1970年9月16日 - )は、日本の映画監督、アニメ監督、脚本家、ゲーム制作者。広島県比婆郡東城町森(現・庄原市東城町森)出身。ミリアゴンスタジオ所属。 庄原市立八幡中学校(現・庄原市立東城中学校)、広島城北高等学校、一浪の後、武蔵野美術大学映像学科卒。 武蔵野美術大学在学中の1994年、河津太郎と、Angle Picturesを立ち上げ、2011年12月に法人化。 ぴあフィルムフェスティバル94 (PFF94)でグランプリを受賞した『寮内厳粛』(りょうないげんしゅく)が初監督作品。 監督デビューからオリジナルストーリー中心だったが、2008年公開の『砂時計』(芦原妃名子原作)で初めて本格的な原作ものに挑んだ。
瀬川 嘉(せがわ よしみ(旧姓:沖山)、1970年9月12日… 瀬川 嘉(せがわ よしみ(旧姓:沖山)、1970年9月12日 - )は、フリーアナウンサー。元KRY山口放送 アナウンサー。 広島県呉市出身。広島県立広高等学校、広島女学院大学卒業。1988年NHK杯全国高校放送コンテストアナウンス部門優良賞を受賞。1993年山口放送に入社(同期に中村千景、水田薫、山本博子)。1998年頃に結婚。
津雲 博子(つくも ひろこ、現姓:吉川、1970年9月11日… 津雲 博子(つくも ひろこ、現姓:吉川、1970年9月11日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。広島県広島市安佐南区出身。ニックネームはリン。
安保 澄(あぼ きよし、1970年8月4日 - )は、日本の… 安保 澄(あぼ きよし、1970年8月4日 - )は、日本のバレーボール指導者である。 広島県広島市出身。明治大学卒業後、筑波大学大学院修了。 1998年より、筑波大学女子バレーボール部のアシスタントコーチを務める。2年間チームを指導した。 2000年、イトーヨーカドープリオールのアシスタントコーチに就任。2001年、チームの廃部により、武富士バンブーに全体移籍。2002/03シーズンにチームは準優勝を果たす。 2009年、武富士バンブーが廃部となる。同年、女子日本代表アシスタントコーチに就任。女子日本代表は2010年から快進撃を続け、2010年世界選手権で銅メダル、2011年ワールドカップで4位、ロンドンオリンピックで銅メダルを獲得した。
大久保 貴光(おおくぼ たかみつ、1970年7月27日 - … 大久保 貴光(おおくぼ たかみつ、1970年7月27日 - )は、日本の俳優。広島県広島市出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
三上 絵里(みかみ えり、本名:川堀 絵里〈かわほり えり〉… 三上 絵里(みかみ えり、本名:川堀 絵里〈かわほり えり〉、1970年6月11日 - )は、日本の政治家、アナウンサー、テレビディレクター。立憲民主党所属の参議院議員(1期)、政治団体「結集ひろしま」副代表。三上えりの表記も使用する。 テレビ新広島のアナウンサー、ディレクターを務め、報道部、総務部を経て、2022年3月31日に退社。 広島県広島市中区出身。広島市立鈴が峰小学校、広島市立井口中学校、広島県立広島井口高等学校、アメリカバージニア州サザンセミナリーカレッジ卒業。 大学を卒業後、1991年からNHK広島放送局の地域情報番組でアシスタントを務めた[何の?]。また、1994年からテレビ新広島の朝の生活情報番組『どっこい!神田の日めくりテレビ』のアシスタントを務めた(入社後も継続)。
大下 容子(おおした ようこ、1970年5月16日 - )は… 大下 容子(おおした ようこ、1970年5月16日 - )は、テレビ朝日のエグゼクティブアナウンサー。 広島県広島市南区生まれ。父は内科の開業医。自身も子どものころ医師に憧れた。医師となった兄は、実家を継いで院長を務めている。 広島大学附属小学校、広島大学附属中学校・高等学校を卒業後、慶應義塾大学法学部法律学科へ進学。宮島司ゼミで会社法を学ぶ。1993年、同大学を卒業。 中学・高校時代はバレーボール部に所属。また、同級生とガールズバンドを結成、キーボードを担当し文化祭で演奏した。大学時代はテニスサークルで4年間活動した。 1993年、アナウンサーとしてテレビ朝日へ入社。同期は丸川珠代、坪井直樹、角澤照治。
中川 俊直(なかがわ としなお、1970年〈昭和45年〉4月… 中川 俊直(なかがわ としなお、1970年〈昭和45年〉4月25日 - )は、日本の政治家、政治記者、舞台俳優。俳優としての芸名は中川 サンタ朗(なかがわ サンタろう)。 テレビ東京社員を務めたのち、衆議院議員(2期)、経済産業大臣政務官、日本精神対話学会会長を歴任。父方の祖父は一級建築士で三井建設常務を務めた佐藤胖、母方の祖父は衆議院議員を務めた中川俊思。父は衆議院議員、科学技術庁長官、内閣官房長官を歴任した中川秀直。 広島県東広島市出身。東広島の西条幼稚園、広島県東広島市立西条小学校、東京都港区立青山中学校、日本大学鶴ヶ丘高等学校卒業。中学高校時代は陸上競技(3000メートル競走など)に打ち込んだ。
林家 すい平(はやしや すいへい、1970年4月7日 - )… 林家 すい平(はやしや すいへい、1970年4月7日 - )は、落語協会に所属していた元落語家。林家こん平門下で、廃業時点では真打。本名:木村 亮。 広島県呉市出身で、インドと日本のクォーター(曾祖母がインド人)。両親は画家。地元の私立呉港高校卒業後上京。東映大泉撮影所の撮影助手を経て、東京都台東区上野の鈴本演芸場の裏でアルバイトをしているうちに落語に興味を抱くようになる。柳家小さんに入門を志願したが断られ、一年後の1992年4月に林家こん平に入門。前座名は呉市出身ということで「かもめの水兵さん」に因んで「すい平」。1995年5月、二ツ目昇進。 2005年9月、三遊亭丈二、三遊亭金也、橘家圓十郎、三代目桃月庵白酒とともに真打昇進。
原田 泰造(はらだ たいぞう、1970年〈昭和45年〉3月2… 原田 泰造(はらだ たいぞう、1970年〈昭和45年〉3月24日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優。お笑いトリオ・ネプチューンのボケ担当。愛称はタイゾー、泰ちゃん。東京都出身。ワタナベエンターテインメント所属。血液型はB型。既婚者で一男一女の父。姉と弟が1人ずついる。 1970年3月24日、父親の故郷である広島県で生まれた。3歳まで同県で育ち、父親の転勤により、その後小学校1年生まで北海道札幌市、さらに小学5年生まで東京都狛江市、小学6年生以降は現在の実家がある東村山市に転居。 両親は過去に、埼玉県所沢市松葉町(新所沢駅東口付近)で「ランチショップたきたて」という屋号の弁当店を営んでいた。幼少からテレビの世界に憧れ、内緒で児童劇団に応募したこともあったが、両親が月謝を払うことができず断念した。
大石 博暁(おおいし ひろあき、1970年3月13日 - )… 大石 博暁(おおいし ひろあき、1970年3月13日 - )は、広島県出身の陸上競技(円盤投)・ボブスレー選手である。現在はスポーツトレーナーをしている。 広島県に生まれ、崇徳高等学校から東海大学体育学部体育学科へ進み卒業する。1996年の広島国体には陸上競技の円盤投げ選手として出場し優勝する。その後、陸上競技とボブスレーの2足のわらじを履きながら、1996年にボブスレー日本代表入りをする。1998年には長野オリンピックのボブスレー日本代表として出場。竹脇直巳と男子2人乗りで結果は17位であった。男子4人乗りは15位。次の2002年ソルトレークシティオリンピックではパイロットとして出場し、三浦伸二との男子2人乗りで結果は29位。
七瀬 もみじ(ななせ もみじ 1970年3月10日 - )は… 七瀬 もみじ(ななせ もみじ 1970年3月10日 - )は、日本の演歌歌手。 広島県安芸郡府中町出身。身長162cm。
大浜 直樹(おおはま なおき、1970年3月5日 - )は、… 大浜 直樹(おおはま なおき、1970年3月5日 - )は、日本の俳優、脚本家、演出家。 広島県広島市出身、近畿大学文芸学部卒業。 1999年に大学時代の仲間と共に演劇ユニット LIVES(ライヴズ)を立ち上げ、主宰となっている。俳優のほかに、脚本家、演出家としても活躍。LIVESの公演では作・演出と俳優を務める。 また、清水崇の短編映画作品などのダンディー西とザ・ダンディジャックスの全曲を作詞・作曲を手掛けている。 2013年、EXILEのKEIJIの初主演ドラマおよび初舞台となる『ムッシュ!』の脚本・演出を手がけた。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
松下 徹(まつした とおる、1970年2月26日- )は、… 松下 徹(まつした とおる、1970年2月26日- )は、日本の警察官僚。警視庁総務部長。 広島県呉市出身。広島大学附属高校を経て、東京大学法学部を卒業後、1995年 (平成7年)、警察庁に入庁。大学時代に刑事訴訟法に関心を持ち、警察庁に入庁したという。 入庁後、京都府警察本部刑事部捜査第二課長、警視庁府中警察署長、財務省主計局主計官補佐、警察庁長官官房企画官兼人事課理事官、公益財団法人交流協会台北事務所主任、内閣官房内閣参事官(内閣情報調査室)=内閣情報調査室総務部門参事官、警察庁長官官房参事官(拉致問題対策担当)などを歴任。 2021年2月24日、佐賀県警察本部長に就任。約2年間の在任中、福岡県太宰府市で女性が暴行され、死亡した事件を受け、複数人での相談対応や相談票の様式見直しなどに取り組んだ。
西田 尚美(にしだ なおみ、1970年〈昭和45年〉2月16… 西田 尚美(にしだ なおみ、1970年〈昭和45年〉2月16日 - )は、日本の女優、タレント。広島県福山市出身。福山市立福山高等学校、文化服装学院卒業。 所属事務所は、2007年から2024年は鈍牛倶楽部→フリーランス。身長は163センチメートル。血液型はB型。 父や親戚のほとんどが公務員で、父にずっと「公務員になりなさい」と言われていた。母は中学一年生のときに病気で他界。父の思い描くレールを進むのは嫌、生まれた家から出たいという気持ちが強くなり、高校卒業後の進路は父を説得するため、東京に行くための手段として、当時は東京でしか学べなかった「ファッションビジネス」を勉強したいという理由を探し、猛反対を受けたが祖母の助けを得て父を説得し上京した。
くぼ 英樹(くぼ ひでき、1970年2月15日 - )は、日… くぼ 英樹(くぼ ひでき、1970年2月15日 - )は、日本の児童文学作家。2023年6月以前はくぼひできの筆名を使用していた。 日本児童文学者協会、日本児童文芸家協会会員。 広島県広島市出身、在住。1988年、広島県立広島皆実高等学校卒業。1989年、淑徳大学社会福祉学部除籍の後、1992年、日本児童教育専門学校児童文学専攻科卒業。 2023年7月に雑誌『日本児童文学』に発表した文章をもって筆名を変更したと公式ウェブサイトに記載している。 在学中の1991年の第2回創作コンクール佳作。以降、2007年「とおこさちうた」で第9回ちゅうでん児童文学賞奨励賞。2009年にアンソロジー『怪奇の心霊写真ツアー』に作品を所収しデビュー。
山本 健之(やまもと けんじ、1970年2月12日 - )は… 山本 健之(やまもと けんじ、1970年2月12日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、現指導者。元全日本代表。 広島県広島市安佐南区出身。小学校4年次からバレーボールを始める。1985年、県バレーの強豪・広島工業大学附属工業高校(現広島工業大学高等学校)に入学。1988年、日本体育大学に進学、1990年インカレ優勝に貢献。 その後日本たばこ産業に入社、JTバレーボール部(JTサンダーズ)に入部。小柄ながらレシーブ全般が得意で、リベロ制度ができる前からレシーバーとして活躍した。1994年Vリーグ開幕以降も、リベロとして引き続きチームに在籍した。 一方、1994年全日本に選ばれ、同年ワールドリーグ、同年世界選手権に出場。
小坂 由美子(こさか ゆみこ、1970年2月3日 - )は、… 小坂 由美子(こさか ゆみこ、1970年2月3日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。広島県尾道市出身。血液型はA型。 高校時代に先輩に誘われ、軽音楽部に入部。最初「歌に自信が無かった」と謙遜したが、負けず嫌いなので断らなかったという。その後、友人と共にバンドを組んだことがきっかけで、音楽の世界に入る。なおデビュー曲となる「REASON」は高校時代に作った曲である。 中国地区のコンテストで数々のタイトルを獲得し、1991年4月に上京。ライブ活動を中心に活動していたが、1992年にスターチャイルドから、テレビアニメ『宇宙の騎士テッカマンブレード』のオープニングテーマである「REASON」でデビューし、同作終了まで主題歌・挿入歌の大半を担当した(同作品への楽曲には原曲が存在し、歌詞や編曲が違う。