天畠 大輔(てんばた だいすけ、1981年〈昭和56年〉12… 天畠 大輔(てんばた だいすけ、1981年〈昭和56年〉12月29日 - )は、日本の政治家、研究者。学位は博士(学術)(立命館大学・2019年)。専門は当事者研究、障害学、社会福祉。れいわ新選組所属の参議院議員(1期)。一般社団法人「わをん」代表理事。日本学術振興会特別研究員。14歳の時、医療ミスにより後天的に重度の障害を抱えた。「日本で最も重い身体障害を持つ研究者」を自称している。 広島県呉市生まれ。1996年、14歳の時、若年性急性糖尿病により、救急搬送された病院での処置が悪く、心停止を起こす。約3週間の昏睡状態後、後遺症として、四肢麻痺・発話障害・視覚障害・嚥下障害など重複障害を抱える。
青山 圭秀(あおやま まさひで、1959年2月12日 - )… 青山 圭秀(あおやま まさひで、1959年2月12日 - )は、日本の作家、インド医学(アーユルヴェーダ)研究者。広島県福山市出身。 広島学院高等学校、東京大学教養学部基礎科学科卒。1989年、東京大学大学院理学系研究科相関理化学専門課程博士課程修了。アーユルヴェーダ研究所(米国)招聘研究員を経たのち、現在、東洋伝承医学研究所副所長、カリフォルニア州立大学客員教授。理学博士、医学博士。 1993年、自らのインドにおける経験・思索を綴った著書『理性のゆらぎ』を発表し、グル・サイババを日本に紹介した。続けて発表した『アガスティアの葉』、『真実のサイババ』もベストセラーとなり、サイババの紹介者として世間の注目を集めることとなる。
秋田 茂(あきた しげる、1958年 - )は、日本の歴史学… 秋田 茂(あきた しげる、1958年 - )は、日本の歴史学者、西洋史研究者。専門はイギリス帝国史、グローバルヒストリー、アジア国際関係史。大阪大学(レーザー科学研究所)特任教授。学位は博士(文学)。2022年、紫綬褒章を受章。 広島県福山市生まれ。1981年3月広島大学文学部卒業、同大学院文学研究科博士後期課程中退。1985年から大阪外国語大学外国語学部にて助手・講師として勤務。1991年同大学助教授。2003年から大阪大学大学院文学研究科世界史講座教授。2022年、改組に伴い大阪大学大学院人文学研究科人文学専攻グローバルヒストリー・地理学コース教授。以後定年まで勤務し、2024年3月退職。「1970年代の石油危機と国際秩序の変容:グローバルヒストリーの文脈で」と題する最終講義を行った。
内野 儀(うちの ただし、1957年10月22日 - )は、… 内野 儀(うちの ただし、1957年10月22日 - )は、日本の演劇研究者、学習院女子大学国際文化交流学部日本文化学科教授。アメリカ演劇専攻。 京都府生まれ。ユージン・オニールからパフォーミング・アーツに至る20世紀米国演劇が専門だが、AICT国際演劇評論家協会日本センター事務局長、『シアターアーツ』編集委員を務め(現在はAICT国際演劇評論家協会日本センターから退会)、野田秀樹にインタビューするなど、小劇場以降の日本演劇にも造詣が深い。 広島学院高等学校卒、1981年東京大学文学部英文科卒業、84年同大学院博士課程中退、岡山大学専任講師。1986-1987年、ニューヨーク大学留学。1991年明治大学助教授、1992年東京大学教養学部助教授、2006年教授。
稲賀 繁美(いなが しげみ、1957年1月26日 - )は、… 稲賀 繁美(いなが しげみ、1957年1月26日 - )は、日本の美術研究者、比較文化学者。男性。国際日本文化研究センター教授・副所長。父は平安文学研究者で広島大学教授だった稲賀敬二。
古田 真美(ふるた まみ、1954年- )は、世界遺産などの… 古田 真美(ふるた まみ、1954年- )は、世界遺産などの研究者。夫の古田陽久が設立したシンクタンクせとうち総合研究機構および世界遺産総合研究所の各事務局長を務めた(1998年現在[update]–)。 広島県呉市生まれ。広島県立呉三津田高等学校から青山学院大学に進学し文学部史学科を卒業する。1990年からシンクタンクせとうち総合研究機構の事務局長職につき、世界遺産総合研究所事務局長兼務(1998年–)。広島県景観審議会委員、広島県放置艇対策あり方検討会委員、NHK視聴者会議委員などを歴任する。世界の40か国約200箇所の世界遺産地を歴訪、世界遺産委員会に例年、オブザーバーとして出席してきた。
綾目 広治(あやめ ひろはる、1953年12月3日 - )は… 綾目 広治(あやめ ひろはる、1953年12月3日 - )は、日本の日本近代文学研究者。ノートルダム清心女子大学教授。 広島市生まれ。京都大学経済学部卒業。広島大学大学院文学研究科博士課程中退。1983年広島文教女子大学講師、1986年ノートルダム清心女子大学助教授、教授。小畑精和、高良留美子、原仁司らと「千年紀文学の会」会員。「試想」同人。
藤原 克巳(ふじわら かつみ、1953年1月8日 - )は、… 藤原 克巳(ふじわら かつみ、1953年1月8日 - )は、日本中古文学研究者、東京大学教授。博士(文学)(東京大学、2001年)(学位論文「菅原道真と平安朝漢文学」)論文執筆等では「克己」を用いる。
曽根 幹子(そね みきこ、1952年10月24日 - )は、… 曽根 幹子(そね みきこ、1952年10月24日 - )は、日本の陸上競技選手(走高跳)、スポーツ科学・スポーツ史研究者。走高跳の元日本記録保持者であり、1976年モントリオールオリンピックに参加した。広島市立大学名誉教授。姓は「曾根」とも表記される。 現在の三次市甲奴町出身。甲奴中学校を経て広島県立上下高等学校に進み、高校2年生の時に日本選手権を制する。翌年の日本選手権では鈴木久美江(東洋大学)と死闘のすえ1m69cm(高校記録)を出した。東洋大学に進学後、茨城国体で1m83cm(日本記録)、世界室内陸上競技会で1m80cm(室内新記録)の記録を残す。当時のスポーツ界では異色の才女と呼ばれたといい、東洋大学文学部国文学科に提出した卒業論文は「奥の細道-芭蕉と木曾義仲の接点-」であった。
中川純男(なかがわ すみお、1948年―2010年4月9日)… 中川純男(なかがわ すみお、1948年―2010年4月9日)は、日本の哲学研究者。
橋本朝生(はしもと あさお、1947年3月22日 - 201… 橋本朝生(はしもと あさお、1947年3月22日 - 2011年9月11日)は、日本の能・狂言研究者。 広島県尾道市生まれ。1970年東京大学文学部国文科卒、1980年同大学院博士課程満期退学。1975年日本古典文学会賞受賞。山形大学講師、助教授、山梨大学教育学部助教授、教授。1997年観世寿夫記念法政大学能楽賞受賞。在任中に死去、没後正四位瑞宝中綬章受勲。
桑原 真夫(くわばら まさお、1947年3月 - )は、日本… 桑原 真夫(くわばら まさお、1947年3月 - )は、日本の詩人、スペイン・ガリシア文学研究者、翻訳家。本名・中西 省三。 所属は日本イスパニア学会、スペイン史学会、日本観光研究学会、京都セルバンテス懇話会。 広島県福山市鞆の浦生まれ。広島大学附属福山高等学校、北海道大学経済学部卒。三井銀行に入行後、ブリュッセル、マドリッド、ロンドン等ヨーロッパに約14年駐在。のち赤福相談役。
中本環(なかもと たまき、男性、1937年8月15日- )は… 中本環(なかもと たまき、男性、1937年8月15日- )は、日本文学研究者。 広島県呉市生まれ。広島大学文学部国文科卒、同大学院博士課程満期退学、尾道短期大学講師、比治山女子短期大学助教授、熊本大学教育学部助教授、教授、2003年定年退官。文学雑誌『町塾』を刊行する。光村図書の小中学校国語教科書の編纂にも携わった。
藤原 宰太郎(ふじわら さいたろう、1932年 - 2019… 藤原 宰太郎(ふじわら さいたろう、1932年 - 2019年5月21日)は、日本の小説家、推理作家・研究者。広島県尾道市出身。本名は宰(おさむ)。広島県立尾道北高等学校を経て早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。推理研究家として多くの著作を刊行、他にも様々な活躍を続けた。 1968年3月にKKベストセラーズから刊行した『探偵ゲーム』を始め同様の推理クイズ本を量産し、推理クイズブームを創りだした。内容は、いわゆる殺人のトリック、密室なのにどうやって殺せたか、凶器はどこに隠したか、というものだった。これを見て該当する作品を読むという、ガイドブックのようなものとしても使用できるものであったが、一方でトリックがあらかじめ分かってしまうことも事実であった。
長田 順行(ながた じゅんこう、本名:木谷順行、1929年4… 長田 順行(ながた じゅんこう、本名:木谷順行、1929年4月4日 ‐ 2007年8月31日)は広島県呉市出身の作家、海上自衛官、暗号研究者。日本暗号協会会長(1986年8月~)。 呉第一中学校(現広島県立呉三津田高等学校)を卒業後、1945年に海軍兵学校予科(第78期、昭和20年4月入校)に入校するが、終戦により閉校となる。1954年広島大学文学部哲学科を卒業。1955年防衛庁暗号専門機関に入り、暗号理論の研究及び解読に従事。1965年海上自衛隊暗号専門部隊に転じ、通信保全業務隊司令となり1983年1等海佐で退職した。 1986年8月日本暗号協会を設立し初代会長。暗号に造詣が深く、暗号関係の著作は1964年から刊行しており多数。
岩佐 嘉親(いわさ よしちか、1922年〈大正11年〉7月2… 岩佐 嘉親(いわさ よしちか、1922年〈大正11年〉7月21日 - 2014年〈平成26年〉2月17日)は、日本の探検家、研究者。 広島県呉市生まれ。1942年関西高等工業学校(現:大阪工業大学)卒業。1965年太平洋文化研究所を設立して所長となる。1959年より1995年までの間に50数回にわたってポリネシアを中心とした南太平洋海域の民俗学的な調査をする。 太平洋地域の言語の入門書・会話集も多数執筆した。サモア語やフィジー語など、類書がほかになく、その言語を学習する者にとって、日本語で書かれたものとしては唯一の教材であるものもある。オセアニアの諸語だけでなく、パプア・ニュー・ギニアのトク・ピシンについても入門書を執筆している。
松山 納(まつやま おさむ、1919年7月13日 - 200… 松山 納(まつやま おさむ、1919年7月13日 - 2002年10月2日)は、日本のタイ語学研究者。東京外国語大学名誉教授。 1919年、広島県広島市生まれ。東京帝国大学を卒業。 太平洋戦争後の1950年、東京外国語大学インドシナ語学科助教授に就任。後に教授昇進。1983年に定年退官し、名誉教授となった。門下に岩城雄次郎がいる。 2002年10月2日、急性肺炎のため死去。
三戸サツヱ(みとさつえ、1914年4月21日 - 2012年… 三戸サツヱ(みとさつえ、1914年4月21日 - 2012年4月7日)は教師、研究者。小学校、中学校の教員をしながら、1948年から始まった京都大学の宮崎県串間市幸島(発音は本により、コウシマと、コージマがある)のサルの研究に加勢した。三戸はサル全数の個体識別を行い、戸籍を作り、サルがイモを洗って食べる習慣の発生と伝達など発見し、サル学の発展に貢献した。1970年から1984年にかけて、京都大学霊長類研究所研究員になった。著書の名義では三戸サツエの表記も使われる。
横山 正(よこやま ただし、1913年2月27日 - 198… 横山 正(よこやま ただし、1913年2月27日 - 1989年11月29日)は、日本の芸能・演劇史研究者。 広島県福山市生まれ。1938年九州帝国大学文学部国文科卒、1944年京都帝国大学大学院退学。大阪学芸大学助教授、大阪教育大学教授。1962年「近世的性格に焦点をおいた浄瑠璃の史的研究」で大阪大学文学博士。78年定年退官、名誉教授。
池田 亮次(いけだ りょうじ、1886年〈明治19年〉3月1… 池田 亮次(いけだ りょうじ、1886年〈明治19年〉3月16日 - 1972年〈昭和47年〉3月28日)は日本の研究者・実業家である。日立製作所常務。後、第二次世界大戦中の統制会理事長。日本エレベーター(現:日本ケーブル)代表取締役。広島県福山市出身。 1886年(明治19年)、広島県深安郡山野村(現:福山市)で生まれる。旧制岡山県立高梁中学(現:岡山県立高梁高等学校)を経て、1905年(明治38年)第六高等学校二部乙類に進学、1909年(明治42年)6月、同校を卒業し、東京帝国大学工学部電気科へ進学した。1912年(明治45年)同大学を卒業後、日立製作所へ就職した。 帝大卒業後、日立製作所へ入社したが、これは当時、創業したばかりの日立製作所(創業:1910年・明治43年)の社長であった小平浪平の影響が大きかった。
八木 秀次(やぎ ひでつぐ、1886年(明治19年)1月28… 八木 秀次(やぎ ひでつぐ、1886年(明治19年)1月28日 - 1976年(昭和51年)1月19日)は、電気工学、通信工学を専門とする日本の研究者、教育者。八木・宇田アンテナの発明家として知られる。東北帝国大学、大阪帝国大学教授、内閣技術院総裁を歴任し、東京工業大学、大阪帝国大学、武蔵工業大学で学長を務めた。八木アンテナ株式会社社長として企業家、参議院議員として政治家の経歴も持つ。日本学士院会員。勲一等瑞宝章受章、文化勲章受章、贈勲一等旭日大綬章(没時陞勲)。栄典は従二位。 電気工学を専門とし、宇田新太郎と共に開発した「八木・宇田アンテナ」の共同発明者として知られている。東北帝国大学や大阪帝国大学での研究指導、教育や、東京工業大学、武蔵工業大学などで学長として奉職するなど、長年にわたり学術研究、教育分野で活躍した。