末永 透瑛(すえなが とうあ、2005年10月13日 - )… 末永 透瑛(すえなが とうあ、2005年10月13日 - )は、山口県山口市出身のサッカー選手。Jリーグ・レノファ山口FC所属。ポジションはフォワード(FW)。 6歳の頃からサッカーを始め、レノファ山口FC育成組織の前身となるスクールに加入する。そのままレノファの育成組織に入り、2022年にはU-18のプリンスリーグ中国昇格に貢献。同年には2年生ながらトップチームに2種登録された。 2023年8月18日、翌シーズンからのトップチーム昇格と同年の2種登録が発表された。ユースからのトップチーム昇格は伊東稜晟、河野孝汰に続く3人目。 2024年3月13日に行われたJリーグYBCルヴァンカップ1回戦・松本山雅FC戦に途中出場し公式戦デビュー、その試合で得点を決め公式戦初得点となった。
河野 孝汰(かわの こうた、2003年8月12日 - )は、… 河野 孝汰(かわの こうた、2003年8月12日 - )は、山口県周南市出身のサッカー選手。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)・ファジアーノ岡山所属。ポジションは、フォワード(FW)。 幼少期に一時住んでいた広島県尾道市で5歳上の兄が入っていたクラブチームに誘われてサッカーを始める。山口に戻ってレノファ山口FCのアカデミーに加入し、高円宮杯 JFA U-18サッカーリーグ 山口県ユースリーグ1部所属の山口U-18では高校1年生から背番号10番を付け、2019年5月にトップチームに2種登録された。同年11月16日のJ2第41節・モンテディオ山形戦で途中出場し、Jリーグデビューした。 翌2020年も2種登録され、7月29日のJ2第8節・対V・ファーレン長崎戦でJリーグ初ゴールを挙げた。
尾崎 優成(おざき ゆうせい、2003年7月26日 - )は… 尾崎 優成(おざき ゆうせい、2003年7月26日 - )は、山口県周南市出身のプロサッカー選手。J2リーグ・RB大宮アルディージャ所属。ポジションはDF。 ヴィッセル神戸のアカデミー出身。U-18チームに所属していた2020年7月、2種登録選手としてトップチームに登録された。2021年も引き続き2種登録選手としてトップチームに帯同。6月、2022年からトップチームに正式昇格することが発表された。 2024年1月7日、愛媛FCへの育成型期限付き移籍が発表された。 2024年12月22日、ブラウブリッツ秋田への育成型期限付き移籍が発表された。 2026年1月6日、RB大宮アルディージャに育成型期限付き移籍を発表。
三戸 舜介(みと しゅんすけ、2002年9月28日 - )は… 三戸 舜介(みと しゅんすけ、2002年9月28日 - )は、山口県宇部市出身のプロサッカー選手。 エールディヴィジ・スパルタ・ロッテルダム所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。日本代表。JFAアカデミー福島10期生。 山口県出身。中学校進学と同時にJFAアカデミー福島へ加入した。2020年9月に翌年からのアルビレックス新潟への加入が内定し、同時にJFA・Jリーグ特別指定選手に登録され2020年中から新潟の練習に参加した。 2021年2月27日、J2開幕戦のギラヴァンツ北九州戦でプロデビュー。3月27日、第5節の東京ヴェルディ戦でプロ初ゴールを決めた。この年は25試合2ゴールの成績を残した。
磯谷 駿(いそたに しゅん、2002年7月30日 - )は、… 磯谷 駿(いそたに しゅん、2002年7月30日 - )は、山口県下関市出身のサッカー選手。Jリーグ・サガン鳥栖所属。ポジションはDF。 9歳の頃からサッカーを始め、九州国際大学附属高校に進学。元々特進クラスで国公立大学への進学を考えていたと言うが、1学年上の吉田晃がプロに進んだのに影響を受け、大学でも引き続きサッカーを続けプロサッカー選手を目指す道を選ぶ。 大学は福岡大学に進み、サッカー部に所属。1年次からデンソーカップに参加する九州選抜チームの常連となり、2024年には準優勝したプレーオフ選抜の一員として大会優秀選手にも選ばれた。 2024年7月25日、2025年シーズンからのレノファ山口FCへの加入が発表された。
鳥飼 椋平(とりがい りょうへい、2000年5月22日 - … 鳥飼 椋平(とりがい りょうへい、2000年5月22日 - )は、大阪府出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。JFL・ジェイリースFC所属。 高川学園高校では2年時に全国高等学校サッカー選手権大会に出場。卒業後は立正大学に進学し、同大サッカー部でプレーした。2022年12月15日、大学同期の竹村俊二と共に2023年シーズンからカマタマーレ讃岐に加入することが発表された。 2023年3月5日、J3リーグ開幕戦のアスルクラロ沼津戦でJリーグデビューを飾った。 2024年、FC.AWJへ期限付き移籍。 2025年、ジェイリースFCへ完全移籍。
川井 歩(かわい あゆむ、1999年8月12日 - )は、山… 川井 歩(かわい あゆむ、1999年8月12日 - )は、山口県岩国市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・モンテディオ山形所属。ポジションはミッドフィールダー。 地元のスポーツ少年団から中学進学時にサンフレッチェ広島の育成組織に加入し、2018年にMF川村拓夢と共にトップチームに昇格。主にカップ戦メンバーとして出場したが、リーグ戦への出場はなかった。 2019年4月、レノファ山口FCへ育成型期限付き移籍。J2第8節長崎戦でJリーグ初出場を果たし、第13節大宮戦ではJリーグ初ゴールを決めた。シーズンを通して最終的に24試合に出場した。 2021年よりレノファ山口FCに完全移籍。 2022年よりモンテディオ山形に完全移籍。
土信田 悠生(としだ ゆうせい、1999年7月23日 - )… 土信田 悠生(としだ ゆうせい、1999年7月23日 - )は山口県出身のサッカー選手。テゲバジャーロ宮崎所属。ポジションはFW。 小学校に上がると同時にサッカーを始めた。高川学園高校では2年次と3年次にに全国高等学校サッカー選手権大会に出場。高校卒業後は駒澤大学に進学。同大サッカー部では10番を背負い、同期の宮崎鴻、荒木駿太と強力なトリオを形成。2021年には関東大学サッカーリーグ戦1部で得点王となる14得点を挙げると、インカレでも4ゴールを決め優勝に大きく貢献した。2021年9月、2022年シーズンからのロアッソ熊本加入内定が発表された。 2022年2月20日、J2リーグ開幕節のレノファ山口FC戦でプロデビューを飾った。
山本 駿亮(やまもと しゅんすけ、1999年3月24日 - … 山本 駿亮(やまもと しゅんすけ、1999年3月24日 - )は、山口県萩市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・レノファ山口FC所属。ポジションは、フォワード。 2017年に高川学園高等学校卒業後、徳山大学(現・周南公立大学)に進学した。同期に藤武剛がいる。 2020年12月3日に、鹿児島ユナイテッドFCへの2021年シーズン加入内定が発表された。2023年J3最終節ではガイナーレ鳥取戦に途中出場し同点ゴールを挙げた。 2023年12月19日に、レノファ山口FCへの完全移籍が発表された。2024年3月30日に、J2第7節のヴァンフォーレ甲府戦にJ2での初得点を挙げた。 2025年8月18日に奈良クラブへ期限付き移籍が発表された。
梅田 魁人(うめだ かいと、1997年5月15日 - )は、… 梅田 魁人(うめだ かいと、1997年5月15日 - )は、山口県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ブラウブリッツ秋田所属。ポジションはフォワード。 福岡大学から2020年に当時JFLのテゲバジャーロ宮崎に加入した。この年リーグ戦に全15試合に出場し、JFL新人王を獲得してテゲバジャーロ宮崎のJ3加盟に大きく貢献した。 2021年1月に入籍を発表。 2021年3月21日のJ3第2節AC長野パルセイロ戦で宮崎のJ3加盟後の初ゴールを決めた。 2022年、水戸ホーリーホックに完全移籍。 2025年末で水戸との契約が満了。 2026年、ブラウブリッツ秋田に加入。
江頭 一輝(えがしら かずき、1997年5月13日 - )は… 江頭 一輝(えがしら かずき、1997年5月13日 - )は、山口県宇部市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(ボランチ)。 中学卒業後、大分トリニータU-18に入団。2016年より岩田智輝、吉平翼と共にトップチームへ昇格。9月22日、第96回天皇杯3回戦・清水エスパルス戦にて、後半35分に交代出場で公式戦初出場を果たしたが、これが大分の一員としての唯一の公式戦出場機会であった。 2017年は新体制発表時のメンバーには名を連ねたが、始動直後に東海リーグ1部・鈴鹿アンリミテッドFCに育成型期限付き移籍。同年12月に一旦は大分に復帰することが発表されたが、翌2018年1月にグルージャ盛岡(現:いわてグルージャ盛岡)への育成型期限付き移籍が発表された。
石田 皓大(いしだ こうた、1997年2月13日 - )は、… 石田 皓大(いしだ こうた、1997年2月13日 - )は、山口県出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)、ディフェンダー(DF)。 高川学園高校時代に第93回全国高等学校サッカー選手権大会に主将として出場している。その後福岡大学に進学して2019年に当時JFLのテゲバジャーロ宮崎に加入した。 2021年を以て現役引退。
永石 拓海(ながいし たくみ、1996年2月16日 - )は… 永石 拓海(ながいし たくみ、1996年2月16日 - )は、山口県防府市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・徳島ヴォルティス所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。 牟礼FCを経て、中学は国府中学校のサッカー部で活動し、2年生の時に全国大会を経験。高校では地元の高川学園高校へ進学。その後福岡大学へ進学。2015年7月、サガン鳥栖に特別指定選手として登録。 2017年5月16日、セレッソ大阪へ加入内定したことが発表され、同月26日には特別指定選手として承認された。 2019年、レノファ山口FCへ育成型期限付き移籍で加入したが、公式戦出場機会はなく翌年はセレッソ大阪に復帰。 2021年、アビスパ福岡へ期限付き移籍で加入。
半田 優希(はんだ ゆうき、1996年1月10日 - )は、… 半田 優希(はんだ ゆうき、1996年1月10日 - )は、山口県山口市出身のサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。 神村学園高等部では中心選手として活躍し、2014年2月、モンテネグロ1部リーグのOFKグルバリ・ラダノヴィチへ加入。欧州挑戦のため同年1月中旬からグルバリのキャンプに参加し、トレーニングマッチにおける好プレーが評価され、契約に至った。 2015年9月、SC相模原へ完全移籍で加入した。2016年シーズン終了後、契約満了に伴い退団。 2017年、FC刈谷へ移籍加入。同年6月21日、退団が発表された。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:サッカー/PJサッカー選手/PJ女子サッカー)。
藤原 奏哉(ふじわら そうや、1995年9月9日 - )は、… 藤原 奏哉(ふじわら そうや、1995年9月9日 - )は、山口県山口市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・アルビレックス新潟所属。ポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー(サイドバック)。 2018年、阪南大学からギラヴァンツ北九州に加入。北九州がJ3時代の2019年まではMFとしての起用のみだった。2020年は前半戦は第9節でシーズン初出場したものの、出場した9試合中先発は2試合のみにとどまったが、後半戦に入り第23節で途中出場して以降は最終戦まで20試合連続、うち18試合で先発出場、サイドバックとして起用される機会もあり、第31節大宮アルディージャ戦でJリーグ初得点を挙げ、第35、36節と2試合連続得点を挙げるなど3得点を記録した。
清永 丈瑠(きよなが たける、1994年10月24日 - )… 清永 丈瑠(きよなが たける、1994年10月24日 - )は、山口県周南市出身 の元サッカー選手。ポジションはMF。 レオーネ山口U-15(現・レノファ山口FCアカデミーU-15)から鹿島アントラーズユースに入団。2012年の高円宮杯U-18プレミアリーグイーストで16試合に出場し、2ゴールを挙げた。また、2011年にU-17日本代表候補に選出されている。 2013年、関西大学に進学、背番号10番を背負い、鋭いドリブル突破や正確なキックで関西大をインカレベスト8に導いた。 2016年12月22日、レノファ山口FC加入が発表された。2020年シーズン終了後に契約満了で山口を退団。 2021年、ガイナーレ鳥取に移籍。
藤岡 浩介(ふじおか こうすけ、1994年8月13日 - )… 藤岡 浩介(ふじおか こうすけ、1994年8月13日 - )は、山口県下関市出身のサッカー選手。ポジションはFW。Jリーグ・レノファ山口FC所属。 山口県下関市吉田出身日章学園高校在学時に国体選抜選手 に選出される。2011年、プリンスリーグU-18九州1部では得点王、2012年には得点ランキング3位となる17得点を挙げ、高い得点能力を誇る。2013年にファジアーノ岡山FCへ加入。同年3月29日にファジアーノ岡山ネクストへ登録変更されたが、4月25日に復帰した。6月28日、再びファジアーノ岡山ネクストへ登録変更。7月26日に再びファジアーノ岡山に復帰した。8月2日、三度ファジアーノ岡山ネクストへ登録変更された。
大谷 真史(おおたに まさし、1994年6月14日 - )は… 大谷 真史(おおたに まさし、1994年6月14日 - )は、山口県岩国市出身の元プロサッカー選手。ポジションはフォワード。駒澤大学卒業。 8歳のころ、父親の影響でサッカーをはじめたという。 中学年代ではサンフレッチェ広島ジュニアユースに所属する。同期に野津田岳人・前川黛也・塚川孝輝ら。のちに盛岡で一緒になる脇本晃成は当時から1つ上の先輩になる。2008年JFAプレミアカップ決勝進出に貢献している。 高校年代では広島ユースに昇格する。同期に、野津田・西嶋有矢ら。大谷が所属していた3年間の広島ユースは2010年・2011年・2012年と高円宮杯3連覇を達成しているが、大谷は2年時の決勝はベンチ入り、3年時にはエースとして高円宮杯制覇に貢献した。
久保 裕也(くぼ ゆうや、1993年12月24日 - )は、… 久保 裕也(くぼ ゆうや、1993年12月24日 - )は、山口県山口市出身の元プロサッカー選手。ポジションはMF、FW。元日本代表。 武道家の一家に生まれた久保は、5歳からサッカーを始め、小学校ではディフェンダーとしてプレーし、中学校でフォワードに転向した。2年生の時に京都サンガFCにスカウトされ、ユースアカデミーに入団。中学3年生の時には全国中学校サッカー選手権大会に出場し、国民体育大会では山口県代表として活躍した。 2009年、15歳で京都サンガU-18に入団。16歳でトップチームに暫定登録された後、Jリーグユース選手権でユースチームに復帰し、「黄金世代」と呼ばれる京都サンガユースを準決勝に導いた。
原川 力(はらかわ りき、1993年8月18日 - )は、山… 原川 力(はらかわ りき、1993年8月18日 - )は、山口県山口市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・柏レイソル所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 京都サンガF.C.で、ユース(下部組織)出身として初めて背番号10番を着けた選手。 ジュニアユースチームのレオーネ山口(現・レノファ山口FCアカデミー)でサッカーを始めた。鴻南中学校のサッカー部に所属していた久保裕也は、チームこそ違うものの同中学の同級生で、中学校の校庭や学校の隣にある維新百年記念公園で朝練をしていた間柄であった。中学3年時の2008年には高円宮杯第20回全日本ユース(U-15)サッカー選手権大会に初出場、中心選手としてベスト4進出を果たす。
菊本 侑希(きくもと ゆうき、1993年7月10日 - )は… 菊本 侑希(きくもと ゆうき、1993年7月10日 - )は、山口県山口市出身の元サッカー選手、フットサル選手。登録ポジションはDF。 山口市立鴻南中学校ではU-23日本代表の久保裕也・原川力と同学年。原川とは小学校も一緒で実家も近所の幼なじみで、中学卒業までレオーネ山口U-15(現・レノファ山口アカデミー)で一緒にプレーした仲である。当時レオーネ山口にユースクラス (U-18) がなかったことから、中学卒業後はアビスパ福岡U-18でプレー。2年生(2010年)の時には福岡のJFAプリンスリーグ九州初優勝とU-18プレミアリーグへの昇格に貢献した。 U-18卒業後はトップチーム昇格はかなわず、中京大学へ進学しサッカー部でプレー。
利根 瑠偉(とね るい、1993年2月15日 - )は、山口… 利根 瑠偉(とね るい、1993年2月15日 - )は、山口県下関市出身のサッカー選手。JFL・ヴェルスパ大分所属。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。 中学進学時に静岡学園に進学。静岡学園中・高含め計6年間在学し、同校サッカー部に在籍した(静岡学園高での同級生は大島僚太、中西倫也、星野有亮)。高校3年次にはフォワードとして全国高等学校サッカー選手権大会に出場。高校卒業後は地元・山口の徳山大学に進学しサッカー部に入部。4年次には背番号10を背負い、2012年・2014年の2度に渡って天皇杯に山口県代表として出場した。 2015年にヴェルスパ大分に加入。2017年より背番号を10に変更。同年は天皇杯2試合を含むV大分の全公式戦にスタメン出場したが、無得点に終わった。
孫 正倫(ソン・ジョンリュン、1991年9月18日 - )は… 孫 正倫(ソン・ジョンリュン、1991年9月18日 - )は、山口県出身の元サッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー、ディフェンダー(左サイドバック)。 ミレニオ・アスレティッククラブU-15ではキャプテンを務める。中学生時代には朝鮮代表としてワールドカップに出場したいという思いを抱く。その後アビスパ福岡U-18に加入。U-18在籍時からトップチームのトレーニングや練習試合などに参加し、2009年3月にはトップチームの春季(宮崎)キャンプにも参加した。さらにその後、トップチームの天皇杯出場メンバーにも登録される。そして11月5日に2010年からのトップチームへの昇格が内定しクラブと仮契約を締結するも、2012年11月26日、契約満了に伴いアビスパ福岡を退団。
平田 拳一朗(ひらた けんいちろう、1991年6月12日 -… 平田 拳一朗(ひらた けんいちろう、1991年6月12日 - )は、山口県出身のサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)、ミッドフィールダー(MF)。 福岡大学卒業後の2014年、スペインに渡りバレンシア州・レヒオナル・プレフェレンテ(5部相当)のミズラータCF(スペイン語版)と契約を結んだ。 翌2015‐16シーズンは、テルセーラ・ディビシオン(4部相当)のADパルラ(スペイン語版)でプレーした。 2016年4月、J3リーグ・FC琉球へ移籍加入。同年シーズン終了後に契約満了となり、1年で琉球を退団した。 2017年3月、JFL・FCマルヤス岡崎へ加入した。 2018年、高知ユナイテッドSCへの移籍が発表された。
野村 直輝(のむら なおき、1991年4月17日 - )は、… 野村 直輝(のむら なおき、1991年4月17日 - )は、山口県出身のサッカー選手。
藤本 陽平(ふじもと ようへい、1991年2月11日 - )… 藤本 陽平(ふじもと ようへい、1991年2月11日 - )は、山口県出身のサッカー選手。登録ポジションはミッドフィールダー(MF)。
木村 大輔(きむら だいすけ、1988年7月23日 - )は… 木村 大輔(きむら だいすけ、1988年7月23日 - )は、山口県山口市出身のサッカー選手。
竹重 安希彦(たけしげ あきひこ、1987年8月21日 - … 竹重 安希彦(たけしげ あきひこ、1987年8月21日 - )は、山口県山口市出身の元プロサッカー選手。ポジションはゴールキーパー(GK)。 2010年にジュビロ磐田に加入した。 川口能活等の控えだったが、2012年にナビスコカップ予選第5節川崎フロンターレ戦で公式戦プロ初出場。J1第15節名古屋グランパス戦にて、GKの八田直樹が負傷退場したため、リーグ戦初出場を果たす。 2013年、東口順昭が長期離脱していたアルビレックス新潟に期限付き移籍で加入した。カップ戦で出場機会を得たが、リーグ戦では黒河貴矢の牙城を崩すには至らず、9月に磐田へ復帰した。長らく正GKを務めた川口はシーズン終了後にFC岐阜へ移籍したものの、翌2014年は八田や新加入の藤ヶ谷陽介からポジションを奪う事が出来ず出場機会はなかった。
平間 直道(ひらま なおみち、1987年7月6日 - )は、… 平間 直道(ひらま なおみち、1987年7月6日 - )は、神奈川県出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 多々良学園高等学校では3年時、全国高等学校サッカー選手権大会でベスト4を経験。高校卒業後は愛知学院大学へ進学し、4年時は主将を務めた。 2010年、横浜スポーツ&カルチャークラブへ入団。2011年、関東サッカーリーグ1部でベストイレブンに選出された。2015年12月、退団が発表された。
片山朗(かたやま あきら、1985年7月24日 - )は、山… 片山朗(かたやま あきら、1985年7月24日 - )は、山口県出身のプロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(ボランチ)。
吉弘 充志(よしひろ みつゆき、1985年5月4日 - )は… 吉弘 充志(よしひろ みつゆき、1985年5月4日 - )は、山口県下松市出身の元サッカー選手(DF)。 中学3年生の時、サンフレッチェ広島ユースのセレクションを受けたが 合格せず、広島皆実高校へ進学。1年生からレギュラーCBに定着、3年生次の2003年には主将となり、全国高校選手権でベスト16に輝いた。同年7月に特別指定選手として広島に登録。 2004年に広島とプロ契約を結んだ。同年、持ち前のスピードを活かして浦和のエメルソンのマークに付くなど信用を得た。翌2005年は負傷で出遅れるも、練習での好パフォーマンスから終盤には信用を回復、最終戦に途中試合出場。2006年はレギュラーをほぼつかんでいたが、同年7月1日、セレッソ大阪との練習試合中ゼ・カルロス選手と激突し、「中心性頸髄損傷」の大怪我を負い、一時は選手生命を危ぶまれた。
中原 貴之(なかはら たかゆき、1984年11月18日 - … 中原 貴之(なかはら たかゆき、1984年11月18日 - )は、山口県山口市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはフォワード (FW) 。 2003年、多々良学園高校(現・高川学園高校)からベガルタ仙台に入団。2006年、アルビレックス新潟に期限付き移籍した。2007年、仙台に復帰。 2009年、序盤は出場機会に恵まれなかったものの、7月以降はスーパーサブ、試合終盤の切り札として活躍。J2第38節ファジアーノ岡山戦でJリーグ史上初となる途中出場での4試合連続得点を記録するなど、自身初のシーズン2桁得点を挙げ、仙台のJ1昇格に貢献した。 2011年以降は膝などの怪我に泣かされ出場機会が減少。
長沼 圭一(ながぬま けいいち、1984年5月15日 - )… 長沼 圭一(ながぬま けいいち、1984年5月15日 - )は、山口県出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。
髙杉 亮太(たかすぎ りょうた、1984年1月10日 - )… 髙杉 亮太(たかすぎ りょうた、1984年1月10日 - )は、山口県宇部市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 明治大学卒業後、当時関東サッカーリーグ2部のFC町田ゼルビアにテスト入団した苦労人。町田でのプレーが認められ、2007年からJ2の愛媛FCに移籍加入。2009年5月14日の練習中に右ハムストリング肉離れで全治4週間の怪我を負い、またその約2ヶ月後のコンサドーレ札幌戦で再発し、こちらは全治1ヶ月と発表された。2011年はリーグ戦35試合出場、3得点の活躍をしたが、2012年になるとリーグ戦の出場は8試合にとどまった。 2013年当時JFLからJ2に昇格したV・ファーレン長崎へ完全移籍。
伊藤 淳嗣(いとう あつし、1983年9月24日 - )は、… 伊藤 淳嗣(いとう あつし、1983年9月24日 - )は、山口県出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。
宮本 亨(みやもと とおる、1982年12月3日 - )は、… 宮本 亨(みやもと とおる、1982年12月3日 - )は、山口県下関市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー。
和泉 新(いずみ あらた、1982年7月31日 - )は、日… 和泉 新(いずみ あらた、1982年7月31日 - )は、日本の山口県下関市出身で、インド国籍のサッカー選手。ポジションは、MF、FW。
堀 健人(ほり けんと、1982年6月13日 - )は、山口… 堀 健人(ほり けんと、1982年6月13日 - )は、山口県出身の元サッカー選手。現役時代の主なポジションはフォワード。 広島皆実高校時代(2年先輩に朝日大輔、1年先輩に瀬戸彬仁・秦賢二、同級生に柴村直弥ら)は、森崎和幸・浩司兄弟・駒野友一らと広島県選抜のメンバーとして1999年熊本国体3位。順天堂大学時代の2003年には大邱ユニバーシアード優勝に貢献した。 2005年からはJFLの佐川急便東京SCに加入。チームに慣れた夏場以降に2トップに入ると、天皇杯東京都予選決勝の横河武蔵野FC戦で延長決勝ゴール、後期第6節での首位愛媛FC戦で2ゴール、第85回天皇杯4回戦の川崎フロンターレ戦での先制ゴール など勝負所での活躍をみせた。
岩政 大樹(いわまさ だいき、1982年1月30日 - )は… 岩政 大樹(いわまさ だいき、1982年1月30日 - )は、山口県大島郡周防大島町出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(センターバック)。元日本代表。東京学芸大学(教育学部・数学専攻)卒業。サッカー指導者。 現役時代は鹿島アントラーズのJ1リーグ3連覇に貢献。引退後は解説者、指導者として活動している。 瀬戸内海に浮かぶ屋代島(周防大島)の出身。大島町立沖浦西小学校(現・周防大島町立沖浦小学校)2年生時、3歳上の兄とサッカーボールで遊んでいたことをきっかけにサッカーを始めたという。島内の大島スポーツ少年団、及び島外の周東FC(熊毛郡平生町)へは祖父母や両親が送り迎えしてもらって通う。
中山 元気(なかやま げんき、1981年9月15日 - )は… 中山 元気(なかやま げんき、1981年9月15日 - )は、山口県下関市出身のサッカー指導者、元サッカー選手。現役時代のポジションはFW。 下関市立桜山小学校2年からサッカーを始め、4年生から試合に出始める。 高校時代は多々良学園へ進学。高校1年生から試合に出始め、高1の時は横山聡と2トップを組み活躍し、高松大樹は同級生だが高松は当時DF登録だった。1999年には同高初のインターハイベスト4入りに貢献した。 2000年、サンフレッチェ広島へ入団、同期入団は森崎和幸・森崎浩司兄弟・駒野友一・松下裕樹・山形恭平・八田康介。しかし、同年3月に右膝前十字靭帯を断裂、復帰後2002年に今度は左足の靭帯を痛め(部分断裂)、再びリハビリに日々を費やす。
高松 大樹(たかまつ だいき、1981年9月8日 - )は、… 高松 大樹(たかまつ だいき、1981年9月8日 - )は、山口県宇部市出身の元プロサッカー選手、サッカー解説者、政治家。現役時代のポジションはフォワード。元日本代表。現大分市議会議員(2期)。 小学校3年生(9歳)の時にサッカーを始める。1997年、多々良学園高校(現:高川学園高校)に進学。当時のポジションはディフェンダーで、在学中の3年間、総体(インターハイ)及び選手権に連続出場。3年時の1999年、高校同期の中山元気と共にJ1(Jリーグ1部)・サンフレッチェ広島に強化指定選手として選手登録された。同年の総体では全国3位。 高校卒業の2000年、中山が広島に加入する一方、高松は当時J2に所属していた大分トリニータに加入。
西本 竜洋(にしもと たつひろ、1980年4月29日 - )… 西本 竜洋(にしもと たつひろ、1980年4月29日 - )は山口県出身の一級建築士、元プロサッカー選手。現役時代は湘南ベルマーレに所属していた。愛称はノッチ。(お笑い芸人、デンジャラスのノッチに似ていた事に由来しており、スーパーサッカーのクラブCMコンテストでもネタにされた)。 山口県立岩国高等学校卒業後、1999年にベルマーレ平塚に入団。同年のJリーグ・ディビジョン1 2ndステージ・名古屋グランパスエイト戦にてデビュー、その試合で2ゴールを挙げる。 その後、湘南ベルマーレに引き続き在籍するが、怪我などに見舞われ出場機会は減少。2002年末に戦力外通告を受け、そのまま現役を引退。 現役引退後の2003年に広島工業大学専門学校に入学し、一級建築士の資格を取得。
横山 聡(よこやま さとし、1980年2月14日 - )は、… 横山 聡(よこやま さとし、1980年2月14日 - )は、山口県熊毛郡平生町出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはFW。
末岡 龍二(すえおか りゅうじ、1979年5月22日 - )… 末岡 龍二(すえおか りゅうじ、1979年5月22日 - )は、日本の元サッカー選手。ポジションはMF、FW。 山口県光市出身。兄の影響でサッカーを始める。 進学した光高校にはサッカー部が存在せず、同好会で活動(卒業後には部に昇格)。 卒業後は中京大学サッカー部所属。2000年には全日本大学サッカー選手権優勝を経験した。在学中にアルビレックス新潟(当時J2)のトライアルの誘いを受け、2002年に入団した。 2004年にアルビレックス新潟シンガポールにレンタル移籍しリーグ戦12ゴールをあげSリーグ年間MVP候補に選出され、2005年にはアルビレックス新潟に復帰。しかし2005年度限りで退団、その後はシンガポールやタイのクラブでプレーした。
中川 雄二(なかがわ ゆうじ、1978年10月22日 - )… 中川 雄二(なかがわ ゆうじ、1978年10月22日 - )は、山口県宇部市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはGK。 元日本代表のGK都築龍太は、国見高校時代の同期。当時は中川が正GKの背番号1を背負っていた。またU-16、U-17日本代表にも選ばれている。大学卒業後はJFL所属のYKKに入団。2008年に所属するYKK APとアローズ北陸の合併によって誕生したカターレ富山に加入し、2009年、チームのJ昇格により30歳で初めてJリーグの舞台に立つこととなった。一見派手なスーパーセーブこそ少ないが、的確な判断とミスの少ない安定したプレーが特徴の堅実な選手で、素早く正確なスローによるフィードも特徴のひとつであった。
林晃平(はやし こうへい、1978年6月27日 - )は、山… 林晃平(はやし こうへい、1978年6月27日 - )は、山口県出身の元プロサッカー選手。ポジションはフォワード。 当時J2所属だった川崎フロンターレ・モンテディオ山形でスーパーサブとして起用されたが、足首の怪我もあり2007年をもって現役を引退した。川崎時代には同じ年の伊藤宏樹と仲が良かったという。 引退後は山口に帰郷し社会人としてサッカー界からは離れていたが、2016年に山口放送にてスカパー!向けJリーグ中継のサッカー解説を担当することになった。
原 裕晃(はら ひろあき、1978年6月4日 - )は、山口… 原 裕晃(はら ひろあき、1978年6月4日 - )は、山口県出身のサッカー選手。ポジションはGK。 2001年、当時JFL所属の栃木SCに入団。入団初年度から正GKとして活躍し、2002年以外はほぼ休みなしで栃木のゴールマウスを守った。しかし2007年シーズン終了後、「従来のプロ・アマ混合からオールプロ化への移行」というチーム方針により栃木を退団。 2008年に当時北信越1部所属の松本山雅FCに移籍。ここでも正GKとして活躍してチームのJFL昇格に貢献。さらに、2009年10月11日に行われた第89回天皇杯2回戦ではJ1浦和の猛攻を身を挺して最後まで凌ぎ2-0で勝利し、「ジャイアント・キリング」に貢献した。
藤本 主税(ふじもと ちから、1977年10月31日 - )… 藤本 主税(ふじもと ちから、1977年10月31日 - )は、山口県出身の元プロサッカー選手(MF)。元日本代表。サッカー指導者。徳島県育ちであることから、ゴールを決めると阿波踊りのパフォーマンスをすることで有名だった。 山口県で生まれ、2歳で徳島県鳴門市に移り、小学2年生からサッカーを始める。徳島市立高等学校を卒業後、1996年にアビスパ福岡へ加入。1年目は10試合に出場したが、2年目の1997年は監督のカルロス・オスカール・パチャメと衝突し、1試合の出場にとどまる。監督が代わった1998年にはリーグ戦30試合に出場して6ゴールを記録。2ゴールを決めた開幕戦の鹿島アントラーズ戦にて、のちに藤本の代名詞となる阿波おどりパフォーマンスを初披露する。
藏川 洋平(くらかわ ようへい、1977年8月10日 - )… 藏川 洋平(くらかわ ようへい、1977年8月10日 - )は、元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー(右サイドバック)。 大学を卒業後、横浜F・マリノスに入団するもプロの壁は厚く、自由契約となった後に群馬県リーグ1部の群馬のFCホリコシ(現 アルテ高崎)に入団する。ホリコシではチームを引っ張り、群馬県リーグから関東リーグ、そしてJFLへと昇格させチームの躍進に貢献した。2004年の天皇杯4回戦では、後に所属する柏と対戦。フル出場し見事勝利を収めている。 2005年にFCホリコシの監督を務めた小見幸隆が2006年より柏レイソルのチーフスカウトに就任し、その小見とともに当時J2の柏に入団。
冨田 大介(とみた だいすけ、1977年4月24日 - )は… 冨田 大介(とみた だいすけ、1977年4月24日 - )は、山口県宇部市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 宇部高校から一般入試で筑波大学へ進み、卒業後水戸ホーリーホックに入団。入団当時のポジションはボランチ。1年目より守備の中心選手として活躍。2001年シーズン途中よりディフェンスにコンバート。 2004年シーズン、当時J2の大宮アルディージャに移籍し、レギュラーとしてシーズンを通して活躍。その年の大宮のJ1昇格へ貢献。その後も守備の要、チームの精神的支柱として活躍していたが、2009年をもって退団。 2010年よりヴィッセル神戸へ完全移籍するが6試合の出場に留まり、2011年よりヴァンフォーレ甲府へ完全移籍。