越智 道雄(おち みちお、1936年11月3日 - 2021… 越智 道雄(おち みちお、1936年11月3日 - 2021年5月26日)は、日本の英語圏政治/文化研究者、翻訳家。明治大学名誉教授。 愛媛県今治市出身。1965年広島大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学、1966年玉川大学文学部助教授、1970年明治大学商学部助教授、1975年教授、2007年定年退職、名誉教授。 1983年にザヴィア・ハーバート「かわいそうな私の国」で日本翻訳出版文化賞、1987年にローズマリー・ハリス「遠い日の歌が聞こえる」翻訳で産経児童出版文化賞受賞。 多元文化国家アメリカ論で多数の著書がある。他にオーストラリアを中心にカナダ・ニュージーランド・南アを含めた「英語圏新世界諸国」をアメリカとエコーさせる視点での論考、アメリカを中心とする多数の翻訳に加えて、児童文学・ミステリ・SFの翻訳がある。
吉村 昌弘(よしむら まさひろ、1936年(昭和11年)10… 吉村 昌弘(よしむら まさひろ、1936年(昭和11年)10月28日 - 2003年(平成15年)9月27日)は、愛媛県宇和島市出身の元競泳選手。1956年メルボルンオリンピック競泳男子200m平泳ぎ銀メダリスト。 宇和島東高校、日本大学卒業。大学在学中、メルボルンオリンピック200m平泳ぎで銀メダルを獲得した。金メダルの古川勝と共に潜水泳法を駆使し日本勢ワンツーフィニッシュを飾った。 2003年、66歳で死去。
土居 甫(どい はじめ、1936年(昭和11年)10月8日 … 土居 甫(どい はじめ、1936年(昭和11年)10月8日 - 2007年(平成19年)9月14日)は、日本の振付師。血液型A型。日本振付家協会常任理事。愛媛県北宇和郡津島町(現・宇和島市)出身。愛媛県立宇和島南高等学校卒。 1955年、作家の獅子文六を頼って上京し書生をした後、東京芸能学校(一期生)に入学。1957年に東宝演劇部所属となり、東宝ミュージカル・東宝歌舞伎・日劇ダンシングチーム・日劇ミュージックホール・新宿コマ劇場などに出演。 1961年から1969年まで日本テレビ『シャボン玉ホリデー』にレギュラー出演し、ザ・タイガース、ザ・ピーナッツなどの振付を担当。 1971年から『スター誕生!』(日本テレビ)で、花の中三トリオ(森昌子・桜田淳子・山口百恵)、石野真子、ピンク・レディー他番組出身のタレントなどの振付を担当。
上田 亮三郎(うえだ りょうざぶろう、1936年7月26日 … 上田 亮三郎(うえだ りょうざぶろう、1936年7月26日 - )は、愛媛県出身のサッカー指導者。現大阪商業大学サッカー部総監督。 1936年、愛媛県に生まれる。父の影響で松山南高でサッカーを始め、愛媛大学から東京教育大学に編入した。2学年後輩に勝澤要、3学年後輩に今西和男・坂田信久がいる。 1961年に、当時3部だった大阪商業大学サッカー部の監督となり、1965年には1部へ昇格させた。以降、同部を関西学生選手権優勝11回、同リーグ戦優勝18回、全日本大学選手権優勝4回、総理大臣杯優勝2回の強豪に育て上げた。 1969年、加茂周・大橋謙三・清水泰男・中村義喜らとともに、千葉県で行われた第1回FIFAコーチング・スクールに参加(サッカーに関するすべての理論と実技の教官はデットマール・クラマー)。
伴野 朗(ともの ろう、1936年7月16日 - 2004年… 伴野 朗(ともの ろう、1936年7月16日 - 2004年2月27日)は、日本の小説家・推理作家・歴史作家。 愛媛県松山市生まれ。1954年、愛媛県立松山北高等学校卒業。1960年、東京外国語大学中国語学科卒業。 1962年、朝日新聞社入社。朝日新聞秋田支局を振り出しに、外報部、インドシナ特派員などを経て上海支局長を務めるかたわら、執筆活動を並行した。1976年、『五十万年の死角』で第22回江戸川乱歩賞を受賞。 1983年、日本冒険作家クラブの創設の発起人の一人となる。(同クラブの代表幹事をつとめたことがある ) 1984年、『傷ついた野獣』で第38回日本推理作家協会賞受賞。 1989年、朝日新聞社を退社。
堀川 哲男(ほりかわ てつお、1936年7月15日 - 19… 堀川 哲男(ほりかわ てつお、1936年7月15日 - 1990年10月5日)は、日本の中国史学者。中国近代史専攻。 1936年、愛媛県松山市生まれ。京都大学文学部史学科、同大学院文学研究科博士課程満期退学。岐阜大学助教授、京都大学教養部助教授、教授。1990年、腎腫瘍のため死去。
野本 亀久雄(のもと きくお、1936年6月5日 - )は、… 野本 亀久雄(のもと きくお、1936年6月5日 - )は、日本の免疫学者。愛媛県松山市生まれ。九州大学名誉教授、元社団法人日本臓器移植ネットワーク理事長、元日本移植学会理事長。九州大学生体防御医学研究所の創立者。九州大学医学部卒業、九州大学大学院修了。 野本教授は生命科学を理解するための新しい学問領域として「生体防御学」を提唱し、その理論体系である生体防御論の確立と科学的実証を行ってきた。生体防御論では、生体防御機構を、外来異物あるいは異物的自己を排除することにより生体の恒常性を維持するメカニズムの全体と位置付けている。現在では、この「生体防御」が学術用語として定着し、大きな学問領域として認知されるに至った。
津島 利章(つしま としあき、1936年〈昭和11年〉年5月… 津島 利章(つしま としあき、1936年〈昭和11年〉年5月22日 - 2013年〈平成25年〉11月25日)は、日本の作曲家。岡山県出身。 愛媛県立新居浜工業高等学校電気科を卒業。上京し、東京工業大学を受験するも不合格となり、日本大学芸術学部音楽理論科に入学。音楽を志すつもりはなく、合格後も代々木の予備校に通ったが、夏休みに黄疸にかかり、翌年春までの闘病となり、工大受験を断念した。 日本大学芸術学部3年生の折に作曲した『管弦四重奏』が、毎日音楽コンクールで入賞。周囲の勧めもあり、作曲家となる。1961年、フジテレビの『宮本武蔵』で注目を浴び、 1964年の『三匹の侍』で東映京都のプロデューサーの目に留まり、誘いを受けて映画音楽家となる。
篠原 とおる(しのはら とおる、1936年4月28日 - )… 篠原 とおる(しのはら とおる、1936年4月28日 - )は、日本の漫画家。男性。愛媛県新居浜市出身、現在は大阪府八尾市在住。愛媛県立新居浜工業高校卒業。 代表作に『さそり』『にっぽん競馬伝』『ワニ分署』『河内残侠伝 軍鶏』など。 ヒロイン・アクション劇画の第一人者にしてパイオニア的存在で、多くの作品が映像化されているが、アニメ化された作品は一本もない。映像化された作品は怨念が強調されたピンキーバイオレンスが多く、原作のほうも初期はそうした傾向があったが、前述の「夜光虫」事件以降は明るいお色気と娯楽色が前面に出たものが目立つ。 一貫して強く賢明な女性主人公を描き続け、男性はたいてい悪人か無能者、良くて若干抜けたところのある協力者というポジションで描かれる。
清家 新一(せいけ しんいち、1936年(昭和11年)4月[… 清家 新一(せいけ しんいち、1936年(昭和11年)4月[要出典] - 2009年(平成21年)12月30日)は、日本のUFO研究家。 愛媛県宇和島市出身。東京大学理学部大学院修了後、茨城大学機械工学や愛媛帝京短期大学物理学教室で教鞭を取る。本人の弁によれば、学生時代に火星人の女性からのラブレターを受け取ったという。1969年(昭和44年)に「超相対性理論」を発表し、1973年(昭和48年)に宇和島市長堀、三島神社下に「重力研究所」(現「宇宙研究所」・同市、野川)を設立してUFO研究や宇宙人の研究に本格的に取り組む。重力消滅の実験、「空飛ぶ円盤」の試作やタイムマシンの理論と試作、重力子反応炉などの研究に取り組み、完成間近であるかのようなタイトルの著作を何冊も刊行と論文発表したが、未だに完成はしていない。
愛宕山 武司(あたごやま たけし、1936年1月11日 - … 愛宕山 武司(あたごやま たけし、1936年1月11日 - 2000年5月5日)は、愛媛県八幡浜市幸町出身で高砂部屋に所属した大相撲力士。本名は大澤 慶吉(おおさわ よしきち)。最高位は西前頭3枚目(1959年11月場所)。身長177cm、体重117kg。得意手は左四つ、突っ張り、寄り。 愛宕中学校を卒業後、前ノ山の口利きで高砂部屋へ入門し、1951年5月場所で初土俵を踏んだ。同期の初土俵組には、後の前頭・起雲山らがいる。 初土俵の場所では番付外と新序で続けて好成績を収めたため、翌場所では序ノ口を飛び越して、序二段に付け出された。 なお、当初の四股名は、本名でもある「大澤」。その後、1952年5月場所より、故郷・八幡浜市にある山に因んだ「愛宕山」へ改名した。
重松 惠三(しげまつ けいぞう、1936年 - )は、愛媛県… 重松 惠三(しげまつ けいぞう、1936年 - )は、愛媛県出身の陸上自衛官。第25代東部方面総監、第21代西部方面総監。 愛媛県立今治西高等学校卒。防衛大学校第3期卒。陸上自衛隊幹部候補生学校教官、第9師団長、西部方面総監を歴任。 1993年、東部方面総監で退官。 2008年11月、瑞宝中綬章を受章。 陸上自衛隊幹部候補生学校校歌の作詞者。青年時代は三島由紀夫と親交があった。定年退官後は日本会議愛媛県本部会長に就任(2013年6月退任。後任は愛媛銀行会長・中山紘治郎が務める)、尖閣諸島防衛や憲法改正による自衛隊の国軍化を訴える政治活動を行う。田母神俊雄を故郷の愛媛県に数回招待し、講演会等を開催したこともある。
丹 道夫(たん みちお、1935年(昭和10年)12月15日… 丹 道夫(たん みちお、1935年(昭和10年)12月15日 - )は、日本の実業家。名代富士そばを運営するダイタングループの創業者である。 1935年(昭和10年)に名古屋市で生まれ、生後すぐに父親が死去したため、母親の実家のある愛媛県西条市に転居。父親の大野釜次郎は陸軍省から払い下げを受けた革製の馬具をカバンなどに仕立て直して売る商売で成功していた。母親は愛媛で芸者となり、道夫が4歳のとき、17歳年上の丹高助と再婚。丹は新居郡大保木村(現・西条市)で山林の立木を測定する仕事のほかに借家業を営み裕福だったが、弟が生まれて以降道夫に辛く当たり重労働を課すようになった。大保木国民学校(のちの村立大保木小学校)を経て村立大保木中学校入学直前に肺門リンパ腺炎を患い、3か月間療養する。
時浪 春樹(ときなみ はるき、1935年11月20日 - 没… 時浪 春樹(ときなみ はるき、1935年11月20日 - 没年不明)は、時津風部屋に所属した元力士。本名は石丸 春樹(いしまる はるき)。現在の愛媛県新居浜市出身。178cm、97kg。最高位は東十両3枚目。得意技は右四つ、寄り。 1953年5月場所に初土俵。1959年9月場所に十両昇進。21場所十両を務め、1963年5月場所に27歳で廃業。巡業では初っ切りや弓取りを務めており、大田山の後継候補に挙げられたことがある。
伊藤 菊雄(いとう きくお、1935年10月24日 - 20… 伊藤 菊雄(いとう きくお、1935年10月24日 - 2015年8月15日)は、日本の元野球指導者、プロ野球スカウト。元読売ジャイアンツスカウト部長。
小川 滋夫(おがわ しげお、1935年9月9日 - )は、愛… 小川 滋夫(おがわ しげお、1935年9月9日 - )は、愛媛県出身の元プロ野球選手。1954年から1958年までの登録名は小川 滋。
千葉 英二(ちば えいじ、1935年9月3日 - 1992年… 千葉 英二(ちば えいじ、1935年9月3日 - 1992年1月17日)は愛媛県松山市生まれのプロ野球選手・審判。
児玉 泰(こだま やすし、1935年7月19日 - )は、愛… 児玉 泰(こだま やすし、1935年7月19日 - )は、愛媛県西予市出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。1954年から1957年までは空谷 泰(そらたに やすし)。
松野 正子(まつの まさこ、1935年7月12日 - 201… 松野 正子(まつの まさこ、1935年7月12日 - 2011年12月21日)は、日本の児童文学作家、翻訳家。本姓(夫姓)は小林。 愛媛県新居浜市生まれ。早稲田大学第一文学部国文科卒業後、コロンビア大学大学院で児童図書と図書館学を学ぶ。帰国後は創作・翻訳活動を行う。1987年、『りょうちゃんとさとちゃんのおはなし』で第34回産経児童出版文化賞大賞、『森のうそくいどり』他で第9回路傍の石幼少年文学賞受賞。創作活動のかたわら、住所地の吹田市を中心に、大阪YMCA専門学校などで講演活動を行った。梅花女子大学非常勤講師も務めた。 2011年12月21日、膵臓がんのために死去。76歳没。 主な作品に『ふしぎなたけのこ』(福音館書店)、『こぎつねコンとこだぬきポン』(童心社)、『かぎのすきな王さま』(童心社)、『かみなりのちびた』(理論社)、『こぎつねキッコ』シリーズ(小峰書店)などがあり、アリソン・アトリーなどの英米児童文学の翻訳書も多数てがけた。
桑原 敏武(くわばら としたけ、1935年(昭和10年)6月… 桑原 敏武(くわばら としたけ、1935年(昭和10年)6月22日 - )は、日本の政治家。元東京都渋谷区長(3期)。元東京都職員。 愛媛県立松山東高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、東京都庁入庁。 渋谷区教育委員会社会教育部長、渋谷区助役などを経て、2003年4月渋谷区長選挙に出馬し初当選。 2003年から2015年までの3期12年、渋谷区長を務めた。 区長就任中の2015年4月に、日本国内の自治体で初となる同性カップルの「パートナーシップ制度」を導入した。
木崎 喜代治(きざき きよじ、1935年3月14日 - )は… 木崎 喜代治(きざき きよじ、1935年3月14日 - )は、日本の経済思想史家。京都大学名誉教授。 1935年、愛媛県生まれ。1950年、川之江市立金田中学校卒業。1953年、愛媛県立川之江高等学校卒業。1963年、香川大学経済学部卒業。1968年、パリ大学法経学部大学院退学。1969年、専修大学経済学部助手。1970年、京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。同年専修大学経済学部講師、1972年同大学経済学部助教授。1977年、京都大学経済学部助教授、同年「フランス政治経済学の生成」で京都大学より経済学博士の学位を取得、1983年、同大学経済学部教授。1995年京都大学名誉教授。のち、立命館大学教授、京都橘大学教授、放送大学京都学習センター教授。
杉田 弘子(すぎた ひろこ、1935年〈昭和10年〉3月 -… 杉田 弘子(すぎた ひろこ、1935年〈昭和10年〉3月 - 2024年〈令和6年〉6月16日)は、日本の比較哲学研究者。武蔵大学名誉教授。 愛媛県松山市生まれ。愛知県立刈谷高等学校卒、1957年東京大学法学部卒業、文化放送勤務ののち1962年東大大学院比較文学比較文化修士課程入学、1968年同博士課程満期退学。1969年7月東大教養学部助手(ドイツ語)、1971年7月退任、西ドイツ・ハンブルク大学、1974年イタリア、米国で滞在研究。1976年帰国、武蔵大学人文学部教授、2000年定年退任、特任教授、2001年名誉教授。2011年『漱石の「猫」とニーチェ』で和辻哲郎文化賞受賞。 2024年6月16日に老衰のため死去。
大西 伝一郎(おおにし でんいちろう、1935年2月19日 … 大西 伝一郎(おおにし でんいちろう、1935年2月19日 - 2022年3月29日)は、日本の児童文学作家。 愛媛県西条市出身。玉川大学卒業。1958年から愛媛県で小学校教員を務め、1995年新居浜市立中萩小学校長を最後に退職。1960年代から椋鳩十に師事し、児童向け図書、指導書などを数多く刊行した。 1961年『僻地教師の記録』で読売教育賞、1998年『お手玉』写真絵本で愛媛出版文化賞を受賞、厚生労働省・中央児童福祉審議会推薦文化財指定、2003年『目の見えない犬ダン』が映画のモデルになる。2004年『がんばれ! しろくまピース』がサンケイ児童出版文化賞推薦作に選ばれた。 2022年3月29日、急性肺炎のため西条市の病院で死去、87歳。
大江 健三郎(おおえ けんざぶろう、1935年〈昭和10年〉… 大江 健三郎(おおえ けんざぶろう、1935年〈昭和10年〉1月31日 - 2023年〈令和5年〉3月3日)は、日本の小説家。昭和中期から平成後期にかけて活躍した現代日本文学を代表する小説家の一人。愛媛県喜多郡大瀬村(現:内子町)出身。 東京大学文学部仏文科卒。学生小説家としてデビューして、大学在学中の1958年、短編小説「飼育」により当時最年少の23歳で芥川賞を受賞。新進小説家として脚光を浴びた。 新しい文学の旗手として、豊かな想像力と独特の文体で、現代に深く根ざした作品を次々と発表していく。1967年、代表作とされる『万延元年のフットボール』により歴代最年少で谷崎潤一郎賞を受賞した。 1973年に『洪水はわが魂に及び』により野間文芸賞、1983年に『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』により読売文学賞(小説賞)など多数の文学賞を受賞。
山泉 和子(やまいずみ かずこ、1935年1月17日 - 2… 山泉 和子(やまいずみ かずこ、1935年1月17日 - 2024年8月27日)(現姓名・伊藤和子)は、大阪府生まれの卓球選手。日本卓球界の黄金期を支えた女子選手の一人で、2010年にはその功績を称えられ世界卓球殿堂入りを果たした。 孫の池田和正(明治大学出身)も卓球選手。 疎開で愛媛県北宇和郡津島町(現宇和島市)に移住。1946年に卓球を始めた。愛媛県立津島高等学校を経て大阪樟蔭女子大学へ進学。大学卒業後は東洋レーヨンに入社した。世界卓球選手権に6回出場し、1959年に女子ダブルスで優勝、1963年に混合ダブルスで優勝、女子団体では3度優勝している。 1960年の全日本卓球選手権では女子シングルス、ダブルス、混合ダブルスで優勝、女子選手として初の三冠王となった。
華城文子(はなぎ ふみこ 1935年- )は、愛媛県出身の日… 華城文子(はなぎ ふみこ 1935年- )は、愛媛県出身の日本の小説家。 山口県立防府高等学校、山口女子短期大学家政科卒業。1984年、小説『ダミアンズ、私の獲物』で第27回群像新人文学賞受賞、講談社から出版される。その後、1999年に『マタンサはまだ』、2002年に『スケルトン』を講談社出版サービスセンターから、2005年に『流浪のクルパ』を新風舎から出版する。
宮中 雲子(みやなか くもこ、1935年 - 、本名・宮中ち… 宮中 雲子(みやなか くもこ、1935年 - 、本名・宮中ちどり)は日本の詩人、童話作家、作詞家。日本童謡協会副会長。同人誌『木曜手帖』編集人。
戸嶋 平八(としま へいはち、1934年〈昭和9年〉11月1… 戸嶋 平八(としま へいはち、1934年〈昭和9年〉11月10日 - 1998年〈平成10年〉7月11日)は愛媛県で活動していたラジオパーソナリティ、イラストライター。 愛媛県松山市出身。愛媛県立松山東高等学校を卒業。 伊予弁による本音トークが人気であった。 1998年7月11日、死去。享年63。
越智 敬(おち たかし、1934年10月30日 - 2010… 越智 敬(おち たかし、1934年10月30日 - 2010年11月14日)は、日本出身のドイツで活躍したマンドリン奏者、作曲家。 愛媛県今治市生まれ。13歳の時からマンドリンを始めた。1954年、東京外国語大学に入学してイタリア語や英語などを学び、そのかたわら比留間きぬ子のプライベートスクールでマンドリンとギターを学んだ。大学卒業後の数年間、同スクールでマンドリンとギターの講師を務め、いくつかの団体にソリストとして参加したりテレビ・ラジオの録音の活動を行った。 1961年、ジークフリート・ベーレントの招きでドイツに渡り、ザールラント州ザールルイに居を構え、いくつかの音楽学校でフリーランスの教師を務め、ドイツマンドリン連盟の講師として活動した。
加戸 守行(かと もりゆき、1934年(昭和9年)9月18日… 加戸 守行(かと もりゆき、1934年(昭和9年)9月18日 - 2020年(令和2年)3月21日)は、日本の政治家。元愛媛県知事(第14 - 16代)、元文部官僚、「美しい日本の憲法をつくる愛媛県民の会」実行委員長、日本会議愛媛県本部相談役。 関東州大連市に生まれる。愛媛県立八幡浜高等学校、東京大学法学部を1957年に卒業し、文部省(現:文部科学省)に入省[要出典]。 その後、1970年7月から1974年6月まで文化庁著作権課長として著作権法施行令及び同法施行規則を立案、ベルヌ・万国両条約パリ改正会議など著作権関係国際会議に8回出席している。1983年6月、文化庁文化部長。1983年10月、文化庁次長として著作権法一部改正など5本の法案を担当・成立させた。
二宮 政昭(にのみや まさあき、1934年9月8日 - )は… 二宮 政昭(にのみや まさあき、1934年9月8日 - )は、愛媛県西宇和郡三瓶町(現:西予市)出身の元プロ野球選手(外野手)。 愛媛県立八幡浜高等学校から1953年に大映スターズへ入団。 1956年オフに大洋ホエールズへ移籍し、1958年に引退した。
兵頭 冽(ひょうどう ただし、1934年8月9日 - 201… 兵頭 冽(ひょうどう ただし、1934年8月9日 - 2013年8月)は、愛媛県出身のプロ野球選手。ポジションは内野手。 八幡浜高校時代に若林忠志のスカウトを受け、1953年に毎日オリオンズへ入団。毎日時代は2年間で25試合の出場に留まった。 1955年に同年より若林がコーチに就任したトンボユニオンズに移籍。長身を活かした力強スイングを評価され、春のキャンプでは主力級の扱いを受けた。しかし、兵頭は周囲の期待に応えられず一割台の打率に低迷した。なお、8月2日の毎日戦に「高校時代に投手をやっていたから」との理由で敗戦処理ながら投手として初登板し、無失点に抑える。この起用に対しては、兵頭本人も「まさか本当に登板するとは」と苦笑したという。
吉田 実(よしだ みのる 1934年(昭和9年)5月1日 -… 吉田 実(よしだ みのる 1934年(昭和9年)5月1日 - 2016年(平成28年)8月20日)は、元競輪選手。現在の愛媛県西条市出身。現役時の選手登録地は愛媛→香川。日本競輪選手養成所創設以前の期前選手で選手登録番号5568。ホームバンクは観音寺競輪場。初出走は1950年11月の門司競輪場。 自転車屋の息子として生まれたが、後に兄妹6人のうち男子3人と女子2人が競輪選手となるほどの自転車一家だった。なお長兄の吉田達雄(愛媛・選手登録番号94)の孫にサッカー選手の長友佑都がおり、吉田実の大甥にあたる。 小さい頃から俗に「草レース」と呼ばれる自転車レースに親しみ、中学生の頃、全日本アマチュア自転車競技選手権大会の少年の部で優勝した経験を持つ。
野間 赳(のま たけし、1934年4月3日 - 2023年3… 野間 赳(のま たけし、1934年4月3日 - 2023年3月11日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(2期)。第1次小泉内閣において、農林水産副大臣を歴任。 愛媛県今治市出身。愛媛県立今治西高等学校を経て、1957年明治大学政経学部政治学科を卒業。 1972年に愛媛県議会議員に初当選(連続6期)。 1990年に愛媛県議会議長に就いた後、1992年に第16回参議院議員通常選挙に愛媛県選挙区より立候補し当選。1998年第18回参議院議員通常選挙においても連続当選を果たす。2004年、政界から引退した。 2005年、旭日重光章受章。 2023年3月11日、老衰のため、死去した。88歳没。
星川順一(ほしかわ じゅんいち、1934年3月11日- )は… 星川順一(ほしかわ じゅんいち、1934年3月11日- )は、日本の経済学者、大阪市立大学名誉教授。 愛媛県松山市出身。1956年松山大学経済学部卒、1961年大阪市立大学大学院経済学博士課程満期退学、72年「価格体系と経済機構」で経済学博士。立命館大学講師、大阪市大経済学部助教授、教授を務める。97年定年退官、名誉教授、大阪経済法科大学教授。2014年退職。
三迫 仁志(みさこ ひとし、男性、1934年1月10日 - … 三迫 仁志(みさこ ひとし、男性、1934年1月10日 - 2019年8月1日)は、日本の元プロボクサー、プロボクシング・プロモーター。現役時代は野口ボクシングジム所属で、引退後は三迫ボクシングジムを創設し会長、後に名誉会長を務めた。元日本プロボクシング協会会長、商学士。 愛媛県新居浜市で出生し、当時の新居浜市長と懇意だったライオン野口の知遇を得てボクシングを始め上京、西条高校から明治高校へ転校、高校時代にプロデビュー。高校時代の同級生には後の読売ジャイアンツ監督藤田元司、明治大学同級生に野口の長男でキックボクシング生みの親でもある野口修がいた。 明大在学中に日本フライ級王者となり、約2か月後にOBF東洋フライ級王者となった。
成田修身(なりた おさみ、1934年1月10日- )は、日本… 成田修身(なりた おさみ、1934年1月10日- )は、日本の会計学者、日本大学名誉教授。 愛媛県内子町出身。1956年明治大学商学部卒、58年同大学院会計学修士課程修了。1960年明治大学経理研究所研究員、1967年東京都立商科短期大学助教授、1976年日本大学商学部助教授、教授。2004年定年となり、名誉教授。93年「減価償却の史的展開」で日大商学博士。2013年11月瑞宝中綬章受章。
堀内 律子(ほりうち りつこ、1934年1月1日 - )は、… 堀内 律子(ほりうち りつこ、1934年1月1日 - )は、日本の俳人。俳誌 初花の4代目主宰者。夫は俳人の堀内雄之。 広島市で生まれる。1946年、愛媛県に転居。1952年、愛媛県立松山南高等学校を卒業した。 1953年、堀内雄之(俳人)と結婚する。 2002年、「俳誌 初花」の主宰に就任した。 俳人の大本あきらの娘は、律子の生家へ嫁いでいるため大本とは親族関係となる。また大本の曽孫は、手形コレクターの清古尊に当たる。 ・ 俳句の殿堂 ~全国の俳句結社 主宰の代表100句~ 初花|萬翠荘のイベント・展示のご案内|萬翠荘(ばんすいそう)公式ホームページ
石津 隆敏(いしづ たかとし、1933年〈昭和8年〉10月2… 石津 隆敏(いしづ たかとし、1933年〈昭和8年〉10月22日 - 2020年〈令和2年)2月19日〉は、昭和から平成時代の政治家。実業家。愛媛県川之江市長。 川之江市出身。1952年(昭和27年)愛媛県立川之江高等学校卒業。伊予三島市の大王製紙に入社。1959年(昭和34年)伊予段ボール工業に出向、1965年(昭和40年)取締役工場長を経て、1977年(昭和52年)に独立して紙加工の瀬戸紙工を興した。自民党員としても活発に活動し、自民党川之江支部の幹部を務めた。ほか、宇摩交通安全協会副会長を務めた。 1989年(平成元年)タックシステム設立。1990年(平成2年)川之江市長に当選し、合併するまでの4期務めた。
飯尾 為男(いいお ためお、1933年10月15日 - )は… 飯尾 為男(いいお ためお、1933年10月15日 - )は、愛媛県新居浜市出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。
三木 弘子(みき ひろこ、1933年〈昭和8年〉9月9日 -… 三木 弘子(みき ひろこ、1933年〈昭和8年〉9月9日 - )は、日本の女優。本名は安永弘子。愛媛県出身。 愛媛県立松山北高等学校卒業。 俳優座養成所第8期生(同期には水野久美、柳川慶子がいた)。 手堅いバイプレイヤーとして長年活躍し、1975年の『お美津』では、当時新人であった主演の岡江久美子に演技の基礎から付きっ切りで指導を行ったという。 1979年、『3年B組金八先生』での川村用務主任役で人気を得る。
島原 幸雄(しまばら ゆきお、1933年4月21日 - 19… 島原 幸雄(しまばら ゆきお、1933年4月21日 - 1995年1月6日)は、愛媛県出身のプロ野球選手(投手)。西鉄ライオンズのエース投手として、1956年から1958年の日本一3連覇に貢献した。
安西 徹雄(あんざい てつお、1933年4月20日 - 20… 安西 徹雄(あんざい てつお、1933年4月20日 - 2008年5月29日)は、日本の英文学者、演出家。上智大学名誉教授。専門はイギリス文学、特にウィリアム・シェイクスピア。日本のシェイクスピア研究の第一人者である。大学での研究教育の他、自身の著書多数あり、演劇集団「円」では演出家・翻訳家として活動した。 1933年、愛媛県松山市生まれ。愛媛県立松山東高等学校時代の友人に伊丹十三がいる。1958年愛媛大学文理学部を卒業。上智大学大学院文学研究科に進み、1965年に博士課程を中退して、上智大学の講師となる。1970年より助教授、1978年より教授。2003年に定年退任し、同校名誉教授となった。 1975年、芥川比呂志らと演劇集団 円の創立に参加、訳・演出によるシェイクスピア作品を多数上演し、近年ようやく安西訳によるシェイクスピア作品の刊行が始まった。
図子 英雄(ずし ひでお、1933年3月21日 - 2016… 図子 英雄(ずし ひでお、1933年3月21日 - 2016年6月26日)は、日本の小説家・詩人。 愛媛県西条市生まれ。大分大学経済学部卒。愛媛新聞に入社。論説副委員長などを歴任する。1987年「カワセミ」で新潮新人賞受賞、芥川賞候補。1992年退職。同人誌「原点」を主宰。「えひめ文化図書賞」の選考委員などを務める。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
渡辺 省三(わたなべ しょうぞう、1933年2月26日 - … 渡辺 省三(わたなべ しょうぞう、1933年2月26日 - 1998年8月31日)は、愛媛県西条市出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ・スカウト。
桐野 洋雄(、1932年〈昭和7年〉11月24日 - )は、… 桐野 洋雄(、1932年〈昭和7年〉11月24日 - )は、日本の俳優。愛媛県松山市出身。本名同じ。 ポンジュースの生みの親として知られる桐野忠兵衛の一族であったとされ、父親は愛媛の県会議員を務めていた。 早稲田大学文学部演劇科在学中の1952年、俳優座養成所に四期生として入所し(同期に仲代達矢、中谷一郎、佐藤慶、佐藤允ら)、劇団三期会を経て、1958年に東宝と専属契約。東宝の同期には夏木陽介がおり、契約も2人で同時に行ったという。 社長シリーズやクレージーキャッツの映画の常連であったほか、アクション映画の悪役から、特撮映画の自衛官まで、さまざまなジャンルの作品に個性派の脇役として多数出演。代表作に、『若い娘たち』の学生・橋本、『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』の精悍な防衛隊員、『100発100中 黄金の眼』のハッサン兄弟(一人二役)などがあり、テレビドラマ『ウルトラマン』の第31話「来たのは誰だ」でゴトウ隊員(正体は吸血植物ケロニア)を演じている。
井上 治(いのうえ おさむ、1932年9月16日 - ?)は… 井上 治(いのうえ おさむ、1932年9月16日 - ?)は、日本の陸上競技(長距離走)選手。 愛媛県喜多郡菅田村(現在の大洲市)出身。愛媛県立大洲農業高等学校に入学。1950年には陸上5000メートルを15分56秒0で走り、愛媛県で16分台を初めて割ったエースとして注目された。 中央大学に進み、1952年の第28回箱根駅伝で4区を走り区間賞(1時間9分35秒)。1952年にヘルシンキで開催されたオリンピックに代表として参加、男子5000メートルに出場したが予選失格(14分59秒0)。1953年の第29回箱根駅伝では2区を走り区間2位であった。1953年の第37回日本陸上競技選手権大会では男子5000メートルで優勝(14分58秒6)。
品川嘉也(しながわ よしや、1932年9月15日 - 199… 品川嘉也(しながわ よしや、1932年9月15日 - 1992年10月24日)は、日本の脳生理学者・文筆家。 京都大学助教授を経て、日本医科大学教授。 愛媛県松山市生まれ。俳号・品川良夜。 1957年京都大学医学部卒。1964年医学博士。 1960年京都大学助手、1962年講師、1968年京都大学助教授、京都大学大型計算機センター研究開発部長、1983年日本医科大学教授となる。 右脳ブームの仕掛け人として多くの一般書を著した。
和田 香苗(わだ かなえ、1932年9月3日 - 2001年… 和田 香苗(わだ かなえ、1932年9月3日 - 2001年2月8日)は、日本の作曲家、編曲家、ギタリスト。愛媛県宇和島市出身。男性。 主にアニメソングや演歌の作・編曲家として知られている。アニメの代表作としてはタツノコプロ製作アニメーション作品のコロムビアレコードの作曲、編曲を多数手掛け『紅三四郎』(丘灯至夫 詩 堀江美都子 唄)、『ハクション大魔王』のエンディング曲『アクビ娘』や『昆虫物語みなしごハッチ』のエンディング曲『ママをたずねて』などがある。 その一方で『会津の小鉄』(作詞:松島一夫 = 宮川左近ショー 、唄: 京山幸枝若 、1967年 キングレコード)、また「ご当地ソング」の先駆けともなった『新宿ブルース』(作詞:滝口暉子、唄: 扇ひろこ 、1967年日本コロムビア)など演歌の大ヒット曲も同時期に手掛けている。
白方 勝(しらかた まさる、1932年(昭和7年)8月19日… 白方 勝(しらかた まさる、1932年(昭和7年)8月19日 - )は、国文学者、愛媛大学名誉教授。愛媛県松山市生まれ。1955年愛媛大学教育学部中等教育国語科卒業、愛媛県立松山東高等学校教諭、1962年新居浜工業高等専門学校講師、1974年愛媛大学教育学部助教授、78年教授。1997年定年退官、名誉教授、松山東雲女子大学教授。2003年退職。第26回河竹賞受賞。愛媛出版文化賞受賞。2012年4月瑞宝中綬章受章。