川原 泉(かわはら いずみ、1960年〈昭和35年〉9月24… 川原 泉(かわはら いずみ、1960年〈昭和35年〉9月24日 - )は、日本の女性漫画家。 鹿児島県指宿市出身。鹿児島大学法文学部卒業。専攻は日本史。大学4年在学中に、初めての漫画「ジュリエット白書」を『花とゆめ』に投稿。その後、大学の教授の紹介で地元女子校の教員採用の面接を受けたが、良妻賢母教育と勉学のどちらを優先するかという質問に「もちろん勉学」と答えた結果、不採用となる。この件が川原のお嬢様学校コンプレックスの元となったという。以降は目標を漫画に定め、1983年、『花とゆめ』増刊に掲載された「たじろぎの因数分解」でデビューした。以来、白泉社を中心に活動。 1985年、「ゲートボール殺人事件」の頃、東京へ引越しし、世田谷区に住む。
城光寺 剛(じょうこうじ つよし、1960年7月24日 - … 城光寺 剛(じょうこうじ つよし、1960年7月24日 - )は、MBC南日本放送のアナウンサー。鹿児島県鹿児島市出身。 1991年(平成3年)度の第17回・アノンシスト賞では、テレビCM・テレビショッピング番組部門で優秀賞を受賞。報道ドキュメント『11人の墓標』では、民放祭テレビ報道部門で最優秀賞を受賞。 両親により、力士の柏戸剛から剛と名付けられ、鹿児島市で生まれ育つ。高校3年のとき、自転車で帰宅しようとした際に後ろから来た友人から「そんなに喋るならアナウンサーになれば」と言われ、学習雑誌『大学受験 高3コース』に大学のアナウンス研究会の意義について写真付き記事が書かれていたことや、野球中継をよく聴いていたこともありアナウンサーを志望。
定岡 徹久(さだおか てつひさ、1960年7月23日 - )… 定岡 徹久(さだおか てつひさ、1960年7月23日 - )は、鹿児島県鹿児島市出身の元プロ野球選手、俳優。
高田 みづえ(たかだ みづえ、1960年6月23日 - )は… 高田 みづえ(たかだ みづえ、1960年6月23日 - )は、元相撲部屋の女将で、元歌手・元タレント。鹿児島県揖宿郡頴娃町(現・南九州市)出身。 夫は元大関の大相撲力士で元親方の若嶋津六夫(本名:日高六男)。長男は元俳優の勝信。長女はタレントのアイリ。本名は日高みづえ(旧姓:高田)。 2017年2月20日、出生から中学卒業までを過ごした南九州市の観光大使に就任した。 1960年(昭和35年)6月23日、鹿児島県指宿郡頴娃町別府にて生まれる。 1976年、フジテレビのオーディション番組『君こそスターだ!』で第18代グランドチャンピオンとなる。 1977年3月25日、シングル『硝子坂』でアイドル歌手としてデビュー。
栄 和人(さかえ かずひと、1960年6月19日 - )は、… 栄 和人(さかえ かずひと、1960年6月19日 - )は、日本の元レスリング選手。元全日本女子レスリングヘッドコーチ。元至学館大学(旧・中京女子大学)健康科学部健康スポーツ学科教授。同大学レスリング部の監督。大府市レスリング協会会長。 鹿児島県奄美市笠利町万屋(旧・大島郡笠利町万屋)出身。奄美市立赤木名中学校、鹿児島商工高等学校(現樟南高等学校)、日本体育大学体育学部体育学科卒業。マネジメントはエイベックス・スポーツ株式会社。身長166cm。血液型A型。 至学館大学レスリング部の教え子に48kg級の伊調千春・小原日登美・登坂絵莉、55kg級の吉田沙保里、63kg級の伊調馨・川井梨紗子、69kg級の土性沙羅など、多くのオリンピックメダリストを送り出している。
尾上 克郎(おのうえ かつろう、1960年6月4日 - )は… 尾上 克郎(おのうえ かつろう、1960年6月4日 - )は、日本の特撮映画・テレビの特撮監督。鹿児島県出身。 鹿児島県いちき串木野市生まれ。学生時代に自主制作映画へ携わったのをきっかけに、テレビ番組の装飾・小道具を手掛ける大晃商会でアルバイトを入る。以後、映画、コンサートを中心に美術、装飾、特殊効果マンとして活躍。1982年の映画『爆裂都市 BURST CITY』で美術スタッフとして映画キャリアをスタートした。 1985年に特撮研究所所属となる。スーパー戦隊シリーズやメタルヒーローシリーズなどで操演技師を務めた後、1994年『ブルースワット』で特撮監督としてデビュー。東映特撮のデジタル化を推進した。
平田厚(ひらた あつし、1960年5月- )は、日本の弁護士… 平田厚(ひらた あつし、1960年5月- )は、日本の弁護士・民法学者。明治大学教授。 鹿児島市生まれ。鹿児島県立鶴丸高等学校卒業、1985年東京大学経済学部卒業、1987年司法試験合格。1990年弁護士登録。 1996年ベルギー、ルーヴァン・カトリック大学留学、2004年明治大学法科大学院専任教授となる(民法担当)。 2012年日比谷南法律事務所を設立。
西川 美代子(にしかわ みよこ、1960年4月2日 - )は… 西川 美代子(にしかわ みよこ、1960年4月2日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 鹿児島県鹿屋市出身。農家の三姉妹の次女として生まれる。中学入学時の体力テストで「バレーボールに適正あり」と診断されたため、バレーボールを始める。第5回夏の中学バレーで元全日本選手上口たづ子(元鐘紡)が臨時コーチを務めたほど注目された。 博多女子商業高校を経て、1979年に日本リーグのユニチカに入団。 1981年に全日本メンバーに選出され、同年のバレーボールワールドカップに出場し、銀メダル獲得に貢献した。
横峯 良郎(よこみね よしろう、1960年(昭和35年)3月… 横峯 良郎(よこみね よしろう、1960年(昭和35年)3月15日 - )は、日本の実業家、ゴルフキャディー、ラジオパーソナリティ、政治家。プロゴルファーの横峯瑠依(長女)、横峯さくら(三女)の父。通称「横峯パパ」「さくらパパ」(「瑠依パパ」と呼ばれることもある)。参議院議員を1期務めた。 鹿児島県鹿屋市出身。 鹿児島県立串良商業高等学校卒業後は大阪のスーパーマーケットに就職。鮮魚部門で働くも退職し、鹿児島に帰郷。20歳の時に、大阪にいた頃から交際していた3歳年上の女性と結婚。3児をもうける。 兄の経営する保育園勤務などを経て、弁当屋のチェーン店に勤め独立。弁当屋を始め、10店舗まで拡大する。 プライベートゴルフ場を造成、この際に数千万の借金を抱えたが横峯姉妹の賞金から返済している。
土器手 司(どきて つかさ、1960年2月6日 - )は、日… 土器手 司(どきて つかさ、1960年2月6日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。鹿児島県指宿市出身。 自身が幼かった頃は、地元の民間放送局はアニメ放送の少なかったTBS系列の南日本放送のみだったこともあって、子供の頃にアニメを観た印象があまり無く、観ていた子供番組で記憶に残っているのはTBS系列で放送していた『ウルトラマン』くらいだったと話している。それでも絵を描くことだけは好きだったが、当時はまだアニメ制作をやりたい願望が出て来ることは無かったという。 鹿児島県立錦江湾高等学校理数科卒業。高校卒業後は2年ほど遊んでいたが、それもだんだん許されないような状況になって「何とかなるのでは」と思うがままに上京、どうしようかと思って色々考えた後に「絵を描く仕事ならいいんじゃないか」ということになり、そのうちにアニメーターが面白そうだと思うようになってアニメ界入りすることになる。
岩田 和久(いわた かずひさ、1960年1月21日 - )は… 岩田 和久(いわた かずひさ、1960年1月21日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。鹿児島県姶良郡牧園町出身。 千代田デザイン写真学院で漫画を学び、卒業後山田ゴロのアシスタントとなり、その後も津原義明、桜多吾作、すがやみつるとアシスタントを転々としていく。1982年デビュー。主に児童・少年漫画を手掛けていたが、1994年からはイラストレーターとしての活動、1998年からは青年漫画も手掛けるなど活動の幅を広めていった。 現在、『ざ・いけのぼう』(日本華道社)にて、『もみじ君花日記』を連載中。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
山﨑 浩子(やまさき ひろこ、1960年1月3日 - )は、… 山﨑 浩子(やまさき ひろこ、1960年1月3日 - )は、日本の新体操指導者、元選手、タレント、スポーツライター。身長154cm。血液型はB型。 鹿児島県揖宿郡山川町(現・指宿市)に生まれる。3人姉妹の末っ子として育つ。3歳の時、小学校の国語教師の父親が教頭として種子島に赴任するのに伴い引っ越した。姉2人は、厳格で亭主関白だった父親を敬遠していた。一方、末っ子だった山崎は父親に甘え、父親も猫可愛がりした。教師の子ゆえに贔屓されていると虐められていたが、母親からは「苛めるより虐められるほうがいい。どんな生き方をしてもいいが、人に迷惑だけはかけるな」と言われていた。 スポーツ万能な姉に対し山崎は運動音痴だったが、入学した鹿児島純心女子高等学校で新体操の演技を見て入部を決める。
山崎 浩子(やまさき ひろこ、1960年1月3日 - )は、… 山崎 浩子(やまさき ひろこ、1960年1月3日 - )は、鹿児島県揖宿郡山川町(現・指宿市)出身の新体操指導者、元選手・タレント・スポーツライター。身長154cm。血液型はB型。
櫨山 裕子(はぜやま ひろこ、1960年 - )は、日本テレ… 櫨山 裕子(はぜやま ひろこ、1960年 - )は、日本テレビ放送網所属で現在はコンテンツ制作局・局長待遇ゼネラルプロデューサー。 鹿児島県出身。鹿児島県立鶴丸高等学校卒業後、東京女子大学社会学部に入学して上京。大学在学中は4年間演劇のスタッフをした。卒業後、1983年に日本テレビ入社。バラエティ番組や音楽番組のADを担当し、1989年に『鶴ちゃんのプッツン5』のディレクターに昇格。1994年にドラマ制作部に異動。以後、数多くのテレビドラマをプロデュースしている。『金田一少年の事件簿』のプロデュースを皮切りに、堤幸彦とのタッグで「土9」ドラマを日テレの看板枠に押し上げ、『銀狼怪奇ファイル』『サイコメトラーEIJI』『ぼくらの勇気 未満都市』などジャニーズ主演ドラマをヒットさせた。
藤 浩志(ふじ ひろし、1960年 - )は、日本の美術家、… 藤 浩志(ふじ ひろし、1960年 - )は、日本の美術家、アーティスト、ディレクターである。秋田公立美術大学美術学部アーツ&ルーツ専攻および秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科教授。金沢美術工芸大学客員名誉教授。株式会社藤スタジオ代表取締役。NPO法人アーツセンターあきた理事長。NPO法人プラスアーツ副理事長。 2014年から2016年まで十和田市現代美術館の館長を務めた。青年海外協力隊員としてパプアニューギニアに派遣され美術を教える。この時の体験と、また国際協力の場で議論される適正技術は、その後の芸術活動に影響を与えた。また自身の芸術活動を「OS作品」と呼び、アートワーク『かえっこ』をライフワークとして取り組んだ。
佐藤 光三(さとう こうぞう、1960年 - )は、日本の工… 佐藤 光三(さとう こうぞう、1960年 - )は、日本の工学者、東京大学教授。専門は地球・資源システム工学。 1978年、ラ・サール高等学校卒業。1982年、東京大学工学部資源開発工学科卒業。1987年、スタンフォード大学地球科学部石油工学科修士課程、1992年同大学地球科学部石油工学科博士課程。 1982年~1999年まで帝国石油株式会社に勤務し、2003年から東京大学地球システム工学専攻教授。
藤井 信吾(ふじい しんご、1959年12月25日 - )は… 藤井 信吾(ふじい しんご、1959年12月25日 - )は、日本の政治家。前茨城県取手市長(4期)。 鹿児島県鹿児島市に生まれる。鹿児島県立鶴丸高等学校卒業。東京大学法学部第3類(政治コース)卒業後、第一生命保険に20年間勤務した。 2003年(平成15年)4月の取手市長選挙に立候補するも落選。同選挙においては新人の塚本光男が初当選し、現職の大橋幸雄も落選した。 2007年(平成19年)4月の取手市長選挙に再挑戦し、現職の塚本光男(公明党推薦)との一騎打ちを制し初当選した。4月27日、市長就任。 2019年(平成31年)、元市議の竹原大蔵を破り4選。 2023年(令和5年)、次期市長選挙への不出馬を表明した。
陣岳 隆(じんがく たかし、1959年12月24日 - )は… 陣岳 隆(じんがく たかし、1959年12月24日 - )は、鹿児島県曽於郡志布志町(現・同県志布志市)出身で井筒部屋(入門時は君ヶ濱部屋)に所属した元大相撲力士。本名は中山 隆(なかやま たかし)。現役時代は身長190cm・体重148kg。得意手は左四つ・突っ張り・吊り。最高位は東小結(1987年11月場所)。趣味は映画鑑賞・ゴルフ。血液型はB型。好物は焼肉とアイスクリーム。 志布志町役場に勤務していた公務員の父と元陸上選手の母との間に生まれた。家族は姉も実業団バレーボールの選手として鳴らした典型的なスポーツ一家であった。志布志小学校在学時から志布志高校の2年生までは、剣道で鳴らした。 その後相撲に転向し、高校を2年生の途中で中退して上京。
鶴嶺山 宝一(かくれいざん ほういち、1959年11月24日… 鶴嶺山 宝一(かくれいざん ほういち、1959年11月24日 - 2020年3月28日)は、鹿児島県姶良郡加治木町 (現在の姶良市)出身(出生地は東京都墨田区)で、井筒部屋(入門時は君ヶ濱部屋)に所属した大相撲力士。本名は福薗 好政(ふくぞの よしまさ)。身長182cm、体重122kg。最高位は西十両2枚目(1983年7月場所)。得意手は突っ張り、諸差し、寄り。引退時の四股名は鶴ノ富士。 生まれ育ったのは父・鶴ヶ嶺が居宅及び部屋を構えた墨田区であるが、大相撲入り後は父の出身地である鹿児島県を自身の出身地として届け出た。 父が師匠を務める君ヶ濱部屋(のちに井筒部屋に名称変更)へ入門し、中学校卒業後の1975年3月場所初土俵。
今村 悦朗(いまむら えつろう、1959年10月26日 - … 今村 悦朗(いまむら えつろう、1959年10月26日 - )は、日本のテレビプロデューサー、ディレクター、映画監督。女性アイドルグループSKE48およびNGT48の元劇場支配人。鹿児島県出水市出身。 約30年間に渡ってテレビ業界で活躍し、プロデューサー、ディレクターとして関わった番組は300本を数える。また、映画制作にも関わり、2006年公開の「調布空港」では監督・脚本を手がけている。 2014年3月、恩師である秋元康の命を受け、SKE48劇場支配人に就任。翌2015年4月には新たに結成されたNGT48の初代劇場支配人に就任した。 2019年1月8日にNGT48のメンバーである山口真帆が前年12月に暴行被害に遭っていたことを告発すると、今村はNGT48の管理責任者の立場でありながらかかる事態に対する説明を行わないまま公の場から姿を晦ましてしまい、その姿勢に世間から批判が集中した。
上野 知子(うえの ともこ、1959年〈昭和34年〉10月1… 上野 知子(うえの ともこ、1959年〈昭和34年〉10月11日 - )は、鹿児島県を拠点に活動する日本のフリーアナウンサー。 鹿児島県立鹿児島中央高等学校を卒業後東京女子大学を卒業し、1982年(昭和57年)4月1日にMBC南日本放送に入社。同期は采野吉洋。 同局アナウンス部専任部長を務めた。ラジオのニュース番組の担当は2018年(平成30年)3月をもって降板し、以降はCMのナレーションが中心で、事実上当局直属のナレーターとして扱われる。 2020年(令和2年)3月末で定年退職となり、同年4月からの嘱託再雇用も2025年(令和7年)3月をもって定年退職。2023年(令和5年)に本場大島紬クイーンコンテストの審査員も務める。
吉俣 良(よしまた りょう、1959年9月6日 - )は、日… 吉俣 良(よしまた りょう、1959年9月6日 - )は、日本の作曲家・編曲家・音楽プロデューサー。鹿児島県鹿児島市甲突町出身。横浜市立大学商学部卒業。血液型はO型。「Ryo」名義で作曲・編曲を行う事がある。 1959年に鹿児島市の老舗旅館の長男として生まれる。小学校時代よりピアノを習い、短大レベルで習う音楽理論も習得、テレビで流れる曲やドラマの曲を耳で聴いてすぐ弾けたという。鹿児島県立鹿児島中央高等学校に入学すると吹奏楽部へ入部、鹿児島県大会で優勝する。 1977年に上京し横浜市立大学へ進学。音楽サークル「セカンド・ウィンド・ジャズ・オーケストラ」に所属する一方で、アルバイトでビアガーデンのバンド演奏をしている時にプロのミュージシャンと知り合い、大学2年生の頃より一緒にディスコバンドとして活動を開始。
椎木 伸一(しいのき しんいち、1959年〈昭和34年〉4月… 椎木 伸一(しいのき しんいち、1959年〈昭和34年〉4月27日 - )は、日本の政治家。鹿児島県出水市長(3期)。 鹿児島県出水市出身。 1978年(昭和53年)4月、鹿児島県庁に入庁。1982年(昭和57年)3月、鹿児島県立短期大学二部商経科卒業。 2010年(平成22年)7月、出水市副市長に就任。2017年(平成29年)8月、鹿児島県庁を退職。 2018年(平成30年)4月8日告示・4月15日投票の出水市長選挙に立候補し、無投票により初当選。同月23日に第2代出水市長となる。 2022年(令和4年)4月17日投開票の市長選で新人1人を破って再選を果たした。 ※当日有権者数:42,490人 最終投票率:57.17%(前回比:-pts) 元市議会議長との争いになったが、これを破って3選を果たした。
三遊亭 歌之介(さんゆうてい うたのすけ、1959年4月8日… 三遊亭 歌之介(さんゆうてい うたのすけ、1959年4月8日 - )は、日本の落語家。本名、野間 賢(のま さとし)。落語協会所属。故郷の鹿児島弁の落語で注目を集めている。出囃子は『われは海の子』。
霧島 一博(きりしま かずひろ、1959年(昭和34年)4月… 霧島 一博(きりしま かずひろ、1959年(昭和34年)4月3日 - )は、鹿児島県姶良郡牧園町(現在の霧島市)出身で井筒部屋(入門時は君ヶ濱部屋)所属の元大相撲力士。本名は吉永 一美(よしなが かずみ)。最高位は東大関。現役時代の体格は身長187cm、体重132kg。得意手は左四つ、寄り、吊り、出し投げ。うっちゃり。現在は年寄・陸奥。弟子の霧島鐵力と区別して「初代霧島」と呼ばれることもある。 農家の長男として生まれる。幼少時から体を鍛えるのが好きで、小学校では3年生の時から真冬でも頭から水をかぶって登校し、5年生からは重さ3kgもある鉄下駄を履くなどしていた。サッカーが好きであったが、中学にサッカー部が無かったため中学時代は野球部に入部し、2年生から柔道部に転向。
山縣 由美子(やまがた ゆみこ、1959年3月19日 - )… 山縣 由美子(やまがた ゆみこ、1959年3月19日 - )はアナウンサー。九州大学元理事で、南日本放送元アナウンサー・ニュースキャスター。 羽鳥書店HP 著書「奇跡の集落やねだんを取材した日々」と番組DVD 産経新聞 書評「ビブリオエッセー」(2020年3月5日) 婦人公論 書評(2020年1月21日) 朝日新聞 記事「ニッポン人脈記」(2009年7月15日)
竹原 信一(たけはら しんいち、1959年〈昭和34年〉3月… 竹原 信一(たけはら しんいち、1959年〈昭和34年〉3月7日 - )は、日本の政治家、元航空自衛官。鹿児島県阿久根市議会議員(4期)。前阿久根市長(2期)。最終階級は2等空尉。 1977年、鹿児島県立出水高等学校を卒業。総理府防衛庁入庁(防衛大学校入校)、1983年卒業(第27期。同期に佐藤正久)。航空自衛隊に幹部候補生として任官するも、1988年に二等空尉で退官。帰郷して父親の経営する建設会社である株式会社三笠興産に就職する。一時期は同社の代表取締役を務めた。 2005年、阿久根市議会議員選挙に出馬し、初当選。 2008年8月31日投開票の阿久根市長選挙に、阿久根市議会議員を辞職して立候補して初当選。
本田 勝規(ほんだ かつのり、1959年〈昭和34年〉3月2… 本田 勝規(ほんだ かつのり、1959年〈昭和34年〉3月2日 - )は、日本の地方公務員。元鹿児島県職員。奄美群島振興開発基金理事長。 鹿児島県大島郡龍郷町出身。兵庫県立兵庫高等学校を経て、1981年(昭和56年)3月、京都大学法学部を卒業。同年4月、鹿児島県庁へ入庁。 入庁後、土木部監理課用地対策室長、企画部離島振興課長、東京事務所次長、企画部次長(中長期政策等担当)兼交通政策統括監、鹿児島地域振興局長、農政部長などを歴任。大島支庁には2度赴任したことがあり、離島振興課長在任時には奄美群島の在り方検討委員会のメンバーとして、奄美群島の振興開発の方向性や方策などについて討議した。 2019年(平成31年)4月1日、独立行政法人奄美群島振興開発基金理事長に就任。
松富 かおり(まつとみ かおり、1959年2月17日 - )… 松富 かおり(まつとみ かおり、1959年2月17日 - )は、日本のキャスター、ジャーナリスト、作家で、元駐ポーランド日本大使松富重夫の夫人である。旧姓、有村(ありむら)。身長158センチメートル。 鹿児島県鹿児島市出身。鹿児島県立鶴丸高等学校、東京大学文学部卒業後、アメリカ合衆国・マカレスター・カレッジに1年間留学。ニュージーランド・ヴィクトリア大学ウェリントン国際関係学修士号取得。 1983年4月、TBSにアナウンサーとして入社。1999年3月、TBSを退社。2011年、松富 かおりに改名。 1983年4月にアナウンサー第20期生としてTBSに入社(同期には浦口直樹・野口雅子・牧嶋博子)。
尾崎 晋也(おざき しんや、1959年1月28日 - )は、… 尾崎 晋也(おざき しんや、1959年1月28日 - )は、日本の指揮者。鹿児島県谷山市(現鹿児島市)生まれ。現在はルーマニア国立トゥルグ・ムレシュ交響楽団常任指揮者、芸術監督。ルーマニア国立ディヌ・リパッティ交響楽団常任指揮者(サツ・マーレ市)。ルーマニアで二つの楽団の常任指揮者、およびトランシルバニア室内管弦楽団音楽監督を務める。 4歳よりピアノを始める。 桐朋学園大学で指揮を小澤征爾、秋山和慶、黒岩英臣、森正に師事。卒業後、ヨーロッパ各地、アメリカで研鑚を積み、同地ペンシルベニア州で指揮活動を始める。その間、ジャン・フルネ、オットー・ウエルナー・ミューラーに師事。1992年、ルーマニアで行われたディヌ・ニクレスク国際指揮コンクールにて入賞。
末廣 誠(すえひろ まこと、1959年1月26日 - )は、… 末廣 誠(すえひろ まこと、1959年1月26日 - )は、日本の指揮者。 鹿児島県鹿児島市生まれ。鹿児島大学教育学部音楽科卒。その後、桐朋学園大学研究科卒業。1991年に第4回フィッテルベルク国際指揮者コンクールで優勝(第1位)。指揮を秋山和慶・堤俊作・H.レーグナーの各氏に師事。 クラコフ放送交響楽団首席客演指揮者、国立シレジア歌劇場定期客演指揮者、宮城フィルハーモニー管弦楽団(現仙台フィルハーモニー管弦楽団)・群馬交響楽団・札幌交響楽団の指揮者を歴任。 広範なレパートリーを持ち、特にオペラ、バレエ等の舞台作品において活動している。 小学生の頃、自ら小太鼓を習いに行き、学生時代はティンパニ奏者でもあった。
梨木 香歩(なしき かほ、1959年 - )は、日本の小説家… 梨木 香歩(なしき かほ、1959年 - )は、日本の小説家、絵本作家。 鹿児島県鹿児島市出身。同志社大学神学部卒業。イギリスに留学し、児童文学者のベティ・モーガン・ボーエンに師事する。ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』を愛読書の一つに挙げており、新潮社版『ガルシア=マルケス全小説』では同作の解説を担当した。カヤックの愛好者でもある。時に宗教への思いが強く表れるが、特定の宗教には帰依していない。
今村 保忠(いまむら やすただ、1959年 - )は、日本の… 今村 保忠(いまむら やすただ、1959年 - )は、日本の生化学者、工学院大学教授、学長、学校法人工学院大学理事長。 おもな研究テーマは、コラーゲンを基質とする細胞培養などの生化学研究。 鹿児島県生まれ。同県肝属郡東串良町川東の役所地区出身。1978年鹿児島県立鹿屋高等学校卒業。 1983年に東京大学教養学部基礎科学科を卒業して大学院に進み、1985年に東京大学大学院理学系研究科相関理化学専攻修士課程を修了、1987年11月に博士課程を中途退学して、東京大学教養学部化学教室の助手となった。 1989年9月、「筋小胞体Ca[2+]輸送ATPaseにおけるエネルギー共役機構の研究」により、東京大学から理学博士を取得した。
鳥丸 聡(とりまる さとし、1959年 - )は、日本の経済… 鳥丸 聡(とりまる さとし、1959年 - )は、日本の経済学者、エコノミスト。 鹿児島県鹿児島市出身。九州大学経済学部卒業後、鹿児島銀行入行し10年間勤務。その間、アメリカ国務省からインターナショナル・ビジタープログラムに招聘され、NPOによるコミュニティビジネスの現状を調査。(財)九州経済調査協会主任研究員・主幹・情報研究部長を歴任し、九州経済白書等を執筆。長崎大学工学部、福岡大学経済学部の非常勤講師を兼務。 2004年㈱鹿児島地域経済研究所調査部長就任。2008年シンクタンク・バードウィング(九州経済社会研究所)を設立し、代表に就任。中小企業基盤整備機構九州支部プロジェクトマネージャー等を務めた。 現在は総務省「合併サポーター」、国土交通省「国土形成計画九州圏地方計画検討小委員会」委員、福岡県「協働推進協議会」委員、鹿児島県「行政評価監視委員会」委員、NHK鹿児島県視聴者会議委員、RKBラジオの情報番組コメンテーター、長崎県立大学地域創造学部教授。
早乙女 愛(さおとめ あい、1958年12月29日 - 20… 早乙女 愛(さおとめ あい、1958年12月29日 - 2010年7月20日)は、日本の女優である。身長166cm。B86cm。 鹿児島県肝属郡高山町(現:肝付町)生まれ。鹿児島県立高山高等学校卒業。アルファエージェンシーに所属していた。 7人兄弟の長女(最年長)で、5人が弟で一番下に15歳離れた妹(江原道ブランドディレクターの瀬戸口めぐみ)がいる。実家は印刷屋を経営していた。中学時代は陸上部で鳴らす。中学3年のとき、地元のカメラマンに『愛と誠』のオーディションの話を聞く。 1974年(昭和49年)、漫画雑誌『週刊少年マガジン』に連載されていた、梶原一騎原作の漫画 『愛と誠』が映画化されるにあたり、主人公・太賀誠を演じる西城秀樹の相手役が公募された。
宮原 厚次(みやはら あつじ、1958年12月20日 - )… 宮原 厚次(みやはら あつじ、1958年12月20日 - )は、鹿児島県曽於郡大隅町(現曽於市)出身の元アマチュアレスリング選手で現在は元自衛隊所属の日本代表コーチ。2014年12月20日定年退官。最終階級は一等陸佐。1984年ロサンゼルスオリンピック男子レスリンググレコローマンスタイル52kg級金メダリスト。
赤木 誠(あかぎ まこと、1958年10月24日 - )は、… 赤木 誠(あかぎ まこと、1958年10月24日 - )は、元・毎日放送(MBS)アナウンサー。 MBSを含むJNN・JRN加盟局の優秀なアナウンサーを毎年表彰するアノンシスト賞において、2005年度にラジオ・スポーツ実況部門、2017年度にテレビ・スポーツ実況部門で最優秀賞を受賞。2018年10月31日の定年退職後も、同局の「シニアスタッフ(嘱託社員)」として、アナウンサーとしての活動を続けていた。「シニアスタッフ」としての任期(最長で5年間)を2023年10月31日に満了することに伴って、同日付でMBSを退社。 福岡県内で出生した後に、自衛官だった実父の転勤に伴って、1972年札幌オリンピックの前後に北海道札幌市で8年間生活。
金指 誠(かなさし まこと 1958年10月7日 - )は、… 金指 誠(かなさし まこと 1958年10月7日 - )は、毎日放送(MBS)元アナウンサー。 鹿児島県鹿児島市出身。鹿児島市立鹿児島商業高等学校、駒澤大学卒業後、1982年に毎日放送のアナウンサーとして入社。主にラジオ番組中心にスポーツ番組の実況を担当。2000年にMBSスタジオ in USJのデスク業務に異動。2007年10月よりラジオ局制作部ディレクター。2010年1月31日放送の自社制作テレビ番組『となりのマエストロ』(TBS系列全国ネット)のコーナー「タカMAX」にて、1990年当時MBSラジオの京都競馬場での雪で全く見えない競馬実況で金指自身のアナウンスがVTRで流れた。 2018年の時点で毎日放送の定年である60歳に到達しているが、以降の動向は不明。
小里 泰弘(おざと やすひろ、1958年〈昭和33年〉9月2… 小里 泰弘(おざと やすひろ、1958年〈昭和33年〉9月29日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(7期)。 農林水産大臣(第70代)、内閣総理大臣補佐官、農林水産副大臣、環境副大臣兼内閣府副大臣、農林水産大臣政務官、衆議院災害対策特別委員長、衆議院財務金融委員長、衆議院農林水産委員長、自由民主党副幹事長、同党国土交通部会長、同党地方組織・議員総局長、同党経済成長戦略本部長、同党選挙対策筆頭副委員長を歴任した。 父は総務庁長官や労働大臣、北海道開発庁長官、沖縄開発庁長官を歴任した小里貞利。 鹿児島県姶良郡霧島町(現:霧島市)生まれ。鹿児島県立鶴丸高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科を卒業し、野村証券に入社。
千田 恵介(せんた けいすけ、1958年8月12日 - )は… 千田 恵介(せんた けいすけ、1958年8月12日 - )は、日本の検察官、公証人。東京大学大学院法学政治学研究科教授や、高松地方検察庁検事正等を経て、駐サモア特命全権大使。 鹿児島県日置市生まれ。東京大学法学部卒業後、1987年検察官任官。外務省欧州共同体日本政府代表部一等書記官、大分地方検察庁次席検事、国際連合アジア極東犯罪防止研修所次長、国際連合薬物犯罪事務所東アジア・太平洋地域センター上級法律専門家、東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻教授、東京地方検察庁交通部長、東京地方検察庁公判部長、最高検察庁検事、佐賀地方検察庁検事正、法務省法務総合研究所国際連合研修協力部長(国際連合アジア極東犯罪防止研修所長)等を経て、2018年高松地方検察庁検事正。
児玉 泰介(こだま たいすけ、1958年7月26日 - )は… 児玉 泰介(こだま たいすけ、1958年7月26日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。マラソン元日本記録保持者。 鹿児島県薩摩郡東郷町(現在の鹿児島県薩摩川内市)出身。私立川内実業高等学校(現れいめい高等学校)卒業後、陸上競技部があった隣県(宮崎県)の旭化成に入社。 1986年の別府大分毎日マラソンで日本歴代9位(当時)となる2時間10分34秒の好タイムで優勝。続く10月の北京国際マラソンではジュマ・イカンガー( タンザニア)、伊藤国光らを抑え2時間7分35秒のマラソン日本最高記録(当時)をマークし優勝。この記録は1999年に犬伏孝行によって塗り替えられるまで12年間破られることはなかった。
上脇 博之(かみわき ひろし、1958年7月25日 - )は… 上脇 博之(かみわき ひろし、1958年7月25日 - )は、日本の法学者。憲法学を専門として研究・教育する憲法学者。1994年「政治改革」は日本国憲法の議会制民主主義に逆行する改悪だったとして、その違憲の諸制度により過剰代表されて誕生する政権与党の暴走を監視するために、市民運動にも積極的に取り組んでいる。弁護士の支援を受けて情報公開訴訟を提起したり、政治資金・選挙資金問題を中心に多数の大臣ら政治家を刑事告発してきた。神戸学院大学法学部教授。 鹿児島県姶良郡隼人町(現・霧島市隼人町)の会社員の家庭に生まれた。3人兄弟の次男で、父は九州電力に勤めていた。幼い頃は、父の転勤で姶良郡内を幾度か転居した。
小牧 次郎(こまき じろう、1958年4月22日 - )は、… 小牧 次郎(こまき じろう、1958年4月22日 - )は、スカパーJSATホールディングス取締役、スカパーJSAT取締役執行役員専務有料多チャンネル事業部門長兼放送本部長、スカパー・エンターテイメント代表取締役社長。 鹿児島県鹿児島市出身。 ラ・サール高等学校、東京大学教養学部教養学科卒業後、1983年4月、フジテレビジョン(現フジ・メディア・ホールディングス)に入社。 フジテレビ入社後、スポット営業部、営業推進部、編成局編成部、経営企画室、映画部、CS事業部に在籍。深夜番組帯「JOCX-TV2」などの番組企画開発や、映画のプロデュースに数多く携わった。また、フジテレビのCS放送にも立ち上げから関わっている。
上園信武(うえぞの のぶたけ、1958年3月30日 - )は… 上園信武(うえぞの のぶたけ、1958年3月30日 - )は、日本の数学教師、代々木ゼミナール講師。主に九州で活動している。 昭和33年3月30日生まれ 鹿児島県肝属郡吾平町麓(現鹿屋市)出身 昭和51年3月:鹿児島県立鶴丸高等学校卒業 昭和55年3月:九州大学理学部数学科(計画数学専攻)卒業 昭和55年4月:鹿児島県立鹿屋高等学校教諭 昭和59年4月:鹿児島県立沖永良部高等学校教諭 昭和63年4月:代々木ゼミナール講師 平成11年4月:池田学園池田高等学校教諭 平成13年4月:代々木ゼミナール小倉校、福岡校、熊本校講師 平成25年4月:YSAPIX(代々木ゼミナール系列現役専門塾)西小倉校、西新校、新水前寺校講師 平成27年5月:あゆみ学院(サテライト予備校部)開講
三反園 訓(みたぞの さとし、1958年〈昭和33年〉2月1… 三反園 訓(みたぞの さとし、1958年〈昭和33年〉2月13日 - )は、日本のジャーナリスト、政治家。自由民主党所属の衆議院議員(3期)、財務大臣政務官。 早稲田大学教育学部卒業後、テレビ朝日に入社し、政治記者やコメンテーターを務めた。テレビ朝日退社後は鹿児島県知事(第19代)を務めた。 鹿児島県指宿市生まれ。鹿児島県立指宿高等学校、早稲田大学教育学部卒業。1980年、全国朝日放送(2003年、テレビ朝日に改名)に入社し、政治部に配属。日本社会党担当を皮切りに首相官邸や自由民主党を担当し、自民党担当時代は金丸信や安倍晋太郎の番記者を務めた。その後は首相官邸や自民党、大蔵省や外務省、防衛庁担当のキャップを歴任し、その後はテレビ朝日コメンテーター(解説委員)に就任。
永井 守(ながい まもる、1958年1月25日- )は、日本… 永井 守(ながい まもる、1958年1月25日- )は、日本の写真家。鹿児島県西之表市出身、馬毛島生まれ。2人の子供の父親。 幼年期を種子島、青年期を大阪府北河内で過ごす。 1980年1月、大阪より上京、同年3月アートセンタースタジオ入社。1981年 アートセンタースタジオ退社。スタジオ時代から磯辺重美、河野千年、立木三郎、長末正忠、山岸伸などのアシスタントを経て、フリーカメラマンとして独立。1981年、アシスタントをしつつ、東京原宿の歩行者天国にて、ローラー・一世風靡を撮り始める。仕事としてはファッション、物、タレント、全てのジャンルにとらわれない写真家として活動を始める。当時、最年少の年鑑入りファッション・カメラマンとなる。
上釜 健宏(かみがま たけひろ、1958年1月12日 - )… 上釜 健宏(かみがま たけひろ、1958年1月12日 - )は日本の技術者、実業家。TDK代表取締役社長や、同社代表取締役会長、オムロン取締役、ヤマハ発動機取締役などを歴任した。 鹿児島県加世田市(現南さつま市)生まれ。鹿児島県立加世田高等学校を経て、1981年長崎大学工学部電気工学科卒業後、1年留年していたので家電トップメーカーは無理だと考え、東京電気化学工業(現TDK)入社。2001年記録デバイス事業本部技術戦略部長。2002年執行役員。2003年常務執行役員。2004年取締役専務執行役員。 2006年からTDK代表取締役社長を務め、M&Aにより自動車向け事業等の強化をはかり、また生産拠点の統廃合など構造改革を進めた。
番匠 幸一郎(ばんしょう こういちろう、1958年〈昭和33… 番匠 幸一郎(ばんしょう こういちろう、1958年〈昭和33年〉1月5日 - )は、日本の陸上自衛官。第35代 西部方面総監。 鹿児島県鹿児島市出身。1980年(昭和55年)3月、防衛大学校を卒業し、陸上自衛隊に入隊。職種は普通科。1981年(昭和56年)3月に第30普通科連隊に配属。その後は富士学校幹部レンジャー課程修了。1989年(平成元年)、外務省アジア局北東アジア課に出向。1999年(平成11年)から米国陸軍戦略大学留学(戦略学修士) 2004年(平成16年)からの自衛隊イラク派遣では第1次復興支援群長(1等陸佐)を務めた。2005年(平成17年)7月、陸将補に昇任し、西部方面総監部幕僚副長、陸上自衛隊幹部候補生学校長兼前川原駐屯地司令を経て、陸上幕僚監部防衛部長に就任。
石兼 公博(いしかね きみひろ、1958年(昭和33年)1月… 石兼 公博(いしかね きみひろ、1958年(昭和33年)1月4日 - )は、日本の外交官、裁判官。外務省アジア大洋州局長、外務省総合外交政策局長、カナダ駐箚特命全権大使兼国際民間航空機関代表部大使を経て、国際連合日本政府代表部在勤特命全権大使。2023年(令和5年)末に同職を依願退官したのち、2024年(令和6年)4月17日、長嶺安政の後任として最高裁判所判事に就任。 山口県出身。ラ・サール中学校・高等学校を経て、1980年(昭和55年)10月東京大学法学部在学中に外務公務員採用上級試験に合格する。1981年(昭和56年)東大法学部第二類を卒業して、外務省に入省した。
溝上 憲文(みぞうえ のりふみ、1958年 - )は、日本の… 溝上 憲文(みぞうえ のりふみ、1958年 - )は、日本の人事ジャーナリスト。 鹿児島県阿久根市出身。明治大学政治経済学部政治学科卒業。月刊誌や週刊誌の記者などのキャリアを経て、独立する。主に新聞や雑誌・Webメディアなどで、経営・人事・雇用・賃金・年金問題などを中心としたテーマを執筆している。また、日本労働ペンクラブ会員・事務局長を務め、『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞を受賞した。