浜田 涼(はまだりょう、1966年 - )は、日本の現代美術… 浜田 涼(はまだりょう、1966年 - )は、日本の現代美術家、洋画家。 東京都生まれ。女子美術大学付属高等学校、女子美術大学芸術学部絵画科洋画専攻卒業。多摩美術大学研究生を経て、2002年から2016年まで、女子美術大学洋画研究室非常勤講師。 2010年より、女子美術大学付属高等学校・中学校美術科専任教諭。 専門の洋画の他に、写真でも高い評価を受け、2016年に写真作品19点が東京都写真美術館に永久保存された。 storeroom浜田涼ウェブサイト
藏屋 美香(くらや みか、1966年 - )は、千葉県出身の… 藏屋 美香(くらや みか、1966年 - )は、千葉県出身のキュレーター。横浜美術館館長。倫雅美術奨励賞受賞。多摩美術大学客員教授 2013年の第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展では日本館キュレーターを務め、日本館として初の特別表彰に選出された。
久米 直子(くめ なおこ、1963年4月29日 - )は、日… 久米 直子(くめ なおこ、1963年4月29日 - )は、日本の元競泳選手。東京都出身。1980年モスクワオリンピック・1984年ロサンゼルスオリンピック日本代表。50m・100m・200mバタフライの元日本記録保持者。 女子美術大学付属中学1年時に、全国中学校体育大会の100mバタフライで優勝した。 1978年のアジア競技大会では100mバタフライ・200mバタフライともに銀メダルを獲得した。1979年に代々木オリンピックプールで行われた第1回ワールドカップで100mバタフライ・200mバタフライの2種目で日本新記録を樹立した。 1980年のモスクワオリンピック最終選考会でも100m・200mバタフライの2種目で日本記録を更新。
小澤 摩純(おざわ ますみ、1962年5月5日 - )は、東… 小澤 摩純(おざわ ますみ、1962年5月5日 - )は、東京都出身の画家。女子美術大学版画科卒。大学在学中は期特の新人版画大賞展や大学版画展にて買い上げ賞を受賞している。 銅版画による童謡のような作品を中心に活動しているほか、絵本などの挿絵なども手掛けている。レストランのキリコ・ディ・ナポリや卵と私などのロゴやデザインも担当している。 1998年には絵本『天使はみつめている』を発売。自身が内容他絵も手掛けた。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
青木 るえか(あおき るえか、1962年 - )は、エッセイ… 青木 るえか(あおき るえか、1962年 - )は、エッセイスト。 東京都出身。主婦。「るえか」は「かえる」を逆にした筆名。女子美術大学卒業。『本の雑誌』で間抜けな主婦としての自分を書くエッセイで人気を博し、『週刊朝日』『週刊文春』などに連載を持つ。OSK日本歌劇団のトップスター・大貴誠(2007年退団)のファンであり、『OSKを見にいけ』を著している。 2019年時点で徳島市民。夫は青木宏・徳島文理大学教授(1958年-、犯罪心理学者) この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
川田 祐子(かわだ ゆうこ、1962年 - )は、日本の現代… 川田 祐子(かわだ ゆうこ、1962年 - )は、日本の現代美術家。東京都小金井市出身。長野県軽井沢町在住。
賀来 千香子(かく ちかこ、1961年〈昭和36年〉10月1… 賀来 千香子(かく ちかこ、1961年〈昭和36年〉10月17日 - )は、東京都出身の女優。 東京都出身[信頼性要検証]。テアトル・ド・ポッシュ所属。甥は俳優の賀来賢人。女子美術大学付属高等学校・中学校、女子美術大学短期大学(現・女子美術大学短期大学部)造形科生活デザイン教室卒業。高校3年生の時、原宿でスカウトを受ける。厳格な両親に芸能界入りを猛反対されたがそれを押し切り、短大在学中に雑誌『JJ』モデルとしてデビュー。父親は三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)支店長だったが、ライバル銀行である住友銀行(現・三井住友銀行)や、丸善石油(現・コスモ石油)のポスターに起用され、身長165cmで特に股下83cmの長い脚を生かしたパンツスタイルで知られた。
高村 亜留(たかむら ある、1961年9月25日 - 201… 高村 亜留(たかむら ある、1961年9月25日 - 2014年8月14日)は、日本の女性歌手。1985年にビクター音楽産業のレーベルInvitationよりデビュー。1986年まで活動した。 高村光雲の曾孫。光雲の息子・高村光太郎、高村豊周は祖父の兄弟。写真家の高村規は伯父。 「亜留」という名前は、「これから国際交流が盛んになる」ということから、どこの国の人にとっても呼びやすいようにとして名付けられた。 1977年、女子美術大学付属高等学校在学中の16歳の時に「お母さん、私、歌手になるわ!」と宣言して、ロックバンドに加入。最初はキッスやエアロスミスのコピーを行い、次にルーファス・ウェインライトやシェリル・リンなどのソウルでシャウトしながら独特の声を鍛えた。
岡安 由美子(おかやす ゆみこ、1961年2月25日 - )… 岡安 由美子(おかやす ゆみこ、1961年2月25日 - )は、日本の女優、歌手、レーシングドライバー。本名:岡安 裕美子(読み同じ)。株式会社愛企画所属。独身。 東京都千代田区出身。妹がいる。銀行員の父の転勤のため、小学生時代は北九州市で過ごすなど転居が多かった。幼稚園児の頃から絵とピアノを習う。この頃、絵ではよく抽象画のような絵を描いていたという。女子美術大学付属高等学校卒業→女子美術大学デザイン学科卒業。大学生時代、ストリートパフォーマンスで「ホコ天の女王」とマスコミに取りあげられる。一方で千葉県の中学校へ2週間教育実習に行っていたことがある。 ストリートパフォーマンスチーム「秘密結社G」のメンバーとして人気を集め、フジテレビの深夜番組『オールナイトフジ』の司会を経て、女優および歌手として活動。
高橋 陽子(たかはし ようこ、1961年 - )は日本の漫画… 高橋 陽子(たかはし ようこ、1961年 - )は日本の漫画家・イラストレーター。東京都出身。女性。 女子美術大学卒業。1990年代前半に、婦人生活社の育児雑誌「プチ・タンファン」に『陽子ママの子育てアタフタ日記』を連載。同じ雑誌に連載された田島みるく『あたし天使あなた悪魔』や青沼貴子『ママはぽよぽよザウルスがお好き』と並んで育児コミックの先駆けとなる。以後も、主にコミックエッセイやイラストレーションのジャンルで活躍する。 銅版画家・絵画講師としても活動している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
長野 まゆみ(ながの まゆみ、1959年8月13日 -)は、… 長野 まゆみ(ながの まゆみ、1959年8月13日 -)は、東京都出身の小説家。1982年、女子美術大学芸術学部産業デザイン科デザイン専攻卒業。自作の表紙等を描くイラストレーターでもある。 小学3年生の時に竹宮惠子『空がすき!』(少年愛の要素がある)を読んで衝撃を受け、少年愛ものの世界に入り、萩尾望都や稲垣足穂を読んでいた。高校大学時代は少年愛ものの種類が少なかったので、ジュネのような古典や司馬遼太郎らの歴史小説まで読んでいたという。元々は少女漫画を描いていた。三島由紀夫を非常に高く評価しており、一番好きな作家と述べている。文章は三島と夏目漱石、内田百閒が好きで、稲垣足穂は取り扱っているものや感覚がおもしろく、自分なりに研究している。
新井 今日子(あらい きょうこ、1959年7月20日 - )… 新井 今日子(あらい きょうこ、1959年7月20日 - )は、東京都日野市出身の女優。
樋口 可南子(ひぐち かなこ、1958年〈昭和33年〉12月… 樋口 可南子(ひぐち かなこ、1958年〈昭和33年〉12月13日 - )は、日本の女優。戸籍名は糸井 可南子(いとい かなこ)、旧姓は樋口。 新潟県加茂市出身。ユマニテ所属。新潟県立加茂高等学校、女子美術大学(中退)。夫は糸井重里。 1978年、大学1年在学時に銀座のあんみつ屋でアルバイトをしているところをスカウトされたという設定で、20歳の時にポーラテレビ小説『こおろぎ橋』で主演デビュー(その後、大学は中退する)。 1980年に『戒厳令の夜』で映画に初出演し、初ヌードを披露した(同作品でゴールデン・アロー賞の新人賞を受賞)。 1981年に『北斎漫画』、1983年に『もどり川』に出演。『もどり川』では萩原健一、原田美枝子と共演を果たした。
薫 くみこ(くん くみこ、1958年 - )は、日本の児童文… 薫 くみこ(くん くみこ、1958年 - )は、日本の児童文学作家、絵本作家。ENEOS童話賞選考委員。 代表作に「十二歳」シリーズ、「おまかせ探偵局」シリーズなど。 1958年、東京都に生まれる。女子美術大学デザイン科卒業。広告デザイナーを経て、児童文学、絵本、童話の創作を始める。 1982年「十二歳の合い言葉」(ポプラ社)で第12回児童文芸新人賞を受賞。1994年「風と夏と11歳 - 青奈とかほりの物語」(ポプラ社)で産経児童出版文化賞を受賞。2007年「なつのおうさま」(ポプラ社)で第18回ひろすけ童話賞を受賞。 全5作。ポプラ社、ポプラポケット文庫 テディベア作成:市川和子
奥野 敦子(おくの あつこ、1957年10月30日 - )は… 奥野 敦子(おくの あつこ、1957年10月30日 - )は、日本のロック歌手、ギタリスト。東京都中野区出身、女子美術大学卒業。本名よりもイリアという愛称で広く知られている。夫は俳優の山崎大輔。2児の母。自身には弟がいる。 ギャルズ・ロッカー抬頭の引き金となった先駆的存在。 中学校在学時はフォークブームで、中学3年のとき、友人からクラシックギターを買い、教則本を見てギターを始める。ベッツィ&クリスの「白い色は恋人の色」など。高校1年のとき、エレキ・グレコのレスポールモデルを買う。中学のとき、誘われてバンドに入るが、みんな男ばかりでピックを使ったことがなく慣れるまで時間がかかった。さすがに当時エレキをやる女の子は、学校にも近所にも全くおらず、ギターを持って練習に行くのも恥ずかしかったという。
高野 向子(たかの さきこ、1956年 - )は、日本の現代… 高野 向子(たかの さきこ、1956年 - )は、日本の現代美術家。 高知県出身。1983年、女子美術大学絵画科卒業。 大胆な筆跡と明るい色調の油彩画で知られる。ドットを多用したものや、絵具を撒き散らしたものなど、制作時期によって変化は見られるが、一貫して印象派を思わせる作風が特徴である。 2003年にはポーラ美術館企画展『光をとらえた女性たち』に出展。他、東京や福岡などで個展、グループ展に多数出展。 夫も現代美術家の桑野進。現在は福岡にて、夫婦で後進の指導にも当たっている。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
山口 裕子(やまぐち ゆうこ、1955年10月24日 - )… 山口 裕子(やまぐち ゆうこ、1955年10月24日 - )は、高知県高知市出身のキャラクターデザイナー。第3代ハローキティデザイナー。サンリオ所属。サンリオでの役職は取締役キャラクター制作部長。 中学2年生のとき、美術の先生に美大進学を勧められ、高校に入ると同時にデッサン教室に通い始める。高校3年生のとき、「HOW ABOUT MILK?」という猫の絵で高知県の県展の褒状を受賞。女子美術大学に合格し、大学進学のために上京する。1978年、女子美術大学芸術学部産業デザイン科デザイン専攻卒業。 1978年、サンリオに入社。1980年、ハローキティの3代目デザイナーに就任する。本人によれば、最初はキティはあまり好きではなく、キキララのほうが好きだったという。
松田 美智子(まつだ みちこ、1955年9月25日 - )は… 松田 美智子(まつだ みちこ、1955年9月25日 - )は、料理研究家でテーブルコーディネーター。 1955年9月25日、東京都生まれの神奈川県鎌倉市育ち。清泉小学校、清泉女学院中学校・高等学校卒業。女子美術大学卒業。 ホルトハウス房子に師事し、各国の家庭料理を学ぶ一方、日本料理、中国家庭料理を学ぶ。 1984年からケイタリング会社「パロル」を知人と経営。1993年から『松田美智子料理教室』の主宰者を務める。 メニュー開発、システムキッチンの開発。 料理本、エッセー、雑誌、テレビ、CM 、講演、パーティープロデュースなど多方面の料理関係の仕事を行う。 日本雑穀協会理事。料理研究家、テーブルコーディネーター。
内田 善美(うちだ よしみ、1953年10月28日 - )は… 内田 善美(うちだ よしみ、1953年10月28日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。山梨県出身。女子美術大学出身。1974年から1986年にかけて約12年間にわたって漫画家として活動した。代表作は『星の時計のLiddell』、「草迷宮・草空間」、「空の色ににている」など。 美術系の大学に在学中の1974年、マンガ誌『りぼん』の新人賞に投稿した「すみれ色の季節に」が大賞を受賞。同年「なみの障害物レース」(『りぼん』1974年7月号)でプロデビューする。卒業制作で忙しくなるまで、一条ゆかりのアシスタントをしていた。内田に紹介されて代わりに一条のアシスタントになった松苗あけみは、内田は一条の『5愛のルール』(雑誌『りぼん』1975年5月号 - 12月号掲載)で背景などを描いていたと述べた。
中山 庸子(なかやま ようこ、1953年〈昭和28年〉 - … 中山 庸子(なかやま ようこ、1953年〈昭和28年〉 - )は、日本のエッセイスト、イラストレーター。プロデューサー・演出家ならびに映画監督である堀川とんこうは従兄。 1953年、群馬県に生まれる。群馬県立前橋女子高等学校、女子美術大学を卒業後、セツ・モードセミナーに学び、美術教育と視覚表現の基礎を修めた。高校で美術教師として勤務したのち、37歳で退職し、イラストレーターとして独立。書籍や雑誌の挿絵を手がけながら、1995年に『願いがかなう「夢ノート」のつかいかた』(大和出版)を刊行し、エッセイストとしての活動を開始した。 「夢ノート」は、願望を可視化し行動に結びつける手法として注目され、自己実現を志す女性層を中心に支持を集めた。
天野 可淡(あまの かたん、1953年 - 1990年11月… 天野 可淡(あまの かたん、1953年 - 1990年11月1日)は、日本の人形作家。創作球体関節人形で耽美表現を始めた。女性。本名、大作紀美子。 1989年に「KATAN DOLL」、1990年に「KATAN DOLL fantasm」、1992年に「KATAN DOLL RETROSPECTIVE」の三冊がトレヴィルより出版されている(写真撮影は吉田良一)。ただし出版社の倒産により、いずれも入手困難。 1995年には、シンフォレストから、写真集のソースをCD-ROM化した「KATAN DOLL」も発売されているが、こちらも販売終了となっている。 2007年2月9日復刊ドットコム(外部リンク)にて上記3冊の復刊決定が発表され、エディシオン・トレヴィル「KATAN DOLL」(2007年8月)、「KATAN DOLL fantasm」(2007年9月)、「KATAN DOLL RETROSPECTIVE」(2007年12月)の3冊が無事復刊された。
団野雅子(だんの まさこ、1952年10月31日 - )は、… 団野雅子(だんの まさこ、1952年10月31日 - )は、山梨県在住の日本画家、現代美術家。 自然をテーマに、和紙の上に日本画の手法で書かれた抽象画、掛け軸、屏風などを主な作品とする。日本画の伝統を引き継ぎながらも、モダンな和を表現する作風は『和の現代美術』と称される。作品は山梨の自然に囲まれたアトリエで、窓辺に座して内なる自然と外なる自然の声を聞き作成している。 1972年 女子美術大学芸術学科卒業。 大阪出身だが、山梨に移住し生活の拠点としている。定期的に行う国内の個展が中心だが、2000年にベルリンで開催された日独交流展への出展以降ロサンジェルス、ソウル、広州など様々な国外展覧会に出展し、文化交流も盛んである。
田中 いっこう(たなか いっこう、本名:田中 一幸、1951… 田中 いっこう(たなか いっこう、本名:田中 一幸、1951年4月20日 - )は、日本の洋画家。女子美術大学教授。国画会会員。 滋賀県栗田郡瀬田町南大萱(現・大津市大萱)生まれ。滋賀県立大津高等学校、東京芸術大学美術学部絵画科卒。東京芸術大学大学院美術研究科油画専攻修士課程修了。東京芸術大学美術学部助手を経てベルリン芸術大学へ留学。1985年ベルリン芸術大学マイスターシューラー修了。1996年から女子美術大学芸術学部絵画専攻教授。
イルカ(1950年〈昭和25年〉12月3日 - )は、日本の… イルカ(1950年〈昭和25年〉12月3日 - )は、日本のフォークシンガー、絵本作家。本名、神部 としえ(かんべ としえ)。旧姓、保坂(ほさか)。 東京都中野区出身。イルカオフィス所属。 東京都中野区出身。中野区立谷戸小学校、東京文化中学校、東京文化高等学校、女子美術大学卒業。芸名の由来は、女子美術大学のフォークソング同好会に在籍していた当時、皆がギターケースを持って帰る姿を見て「イルカの群れみたい」と言ったのがきっかけで、周囲からイルカと呼ばれるようになった。 小学校では音楽部鼓笛隊に所属しベルリラを担当。小学校の同級生には作曲家・編曲家の船山基紀がいる。 1970年、シュリークスのメンバーとしてデビュー。
石山ヒロ子(いしやま ひろこ、1949年6月17日 - )は… 石山ヒロ子(いしやま ひろこ、1949年6月17日 - )は日本の人形作家、造形作家。 東京都出身。女子美術大学短期大学部造形科卒業後、 辻村寿三郎に師事。のちフランスに渡り、帰国後は百貨店やギャラリーなどで 個展・企画展など多数開催。 辻村ジュサブローに師事 企画展「7人の人形展」(銀座ギャラリー三番街) (池袋サンシャインアルパ・名古屋セントラルパーク) 企画展「サーカス展」(新宿紀伊国屋画廊) 企画展「創作人形展」(池袋西武百貨店)企画展「グリム展」(日本橋高島屋)企画展「第二回創作人形作家展」(多摩プラザ) 企画展「世界大人形展」(奈良近鉄百貨店)企画展「女流人形作家10人展」(プランタン銀座) 企画展「第四回ヨーロッパ人形展」(金沢)企画展「人形幻夢」(渋谷東急東横店アートホール)企画展「選抜創作人形展」(新潟) 「寺山修司没後20周年 われに五月を」の人形制作 「上海異人娼館」の人形制作 「美女と野獣」の人形制作 「ティンゲル・グリム」美術制作 宇野亜喜良美術監督作品の舞台においても人形や小道具も製作。
萩尾 望都(はぎお もと、本名同じ、1949年5月12日 -… 萩尾 望都(はぎお もと、本名同じ、1949年5月12日 - )は、日本の女性漫画家。女子美術大学客員教授、日本SF作家クラブ名誉会員、日本漫画家協会理事、日本芸術院会員。 福岡県大牟田市生まれ。1969年に『ルルとミミ』でデビューする。1972年から『ポーの一族』を連載、1976年に同作および『11人いる!』により第21回小学館漫画賞を受賞した。同時期に連載された『トーマの心臓』も人気となり、少女漫画に革新をもたらし黄金時代を築いたとして、竹宮惠子や大島弓子、山岸凉子らと共にその生年から「花の24年組」と呼ばれた。 作品のジャンルはSF、ファンタジー、ミステリー、ラブコメディー、バレエ、サスペンスなど幅広い分野にわたる。
吉田 和子(よしだ かずこ、1949年5月6日- )は、日本… 吉田 和子(よしだ かずこ、1949年5月6日- )は、日本の政治家。元日本社会党衆議院議員(1期)。
クライ・ムキ(本名:倉井 美由紀、1949年2月11日 - … クライ・ムキ(本名:倉井 美由紀、1949年2月11日 - )は、日本のソーイングデザイナー。岩手県花巻市出身。 女子美術短期大学を卒業後、1971年よりフリーデザイナーとなる。 誰でも簡単にできるソーイングを提唱し、「らくらくパターン」を考案。 子育ての体験を生かして子供服を作り始め、1987年から 1998年まで雑誌『手づくりママ キディー』編集アドバイザーをする。 2001年6月にクライ・ムキ株式会社を発足。アトリエでソーイング教室を開催している。 現在は、単行本、TV、セミナーのほか、ミシンのプロデュースなど各方面で活動中。
市川 壽紅(いちかわ じゅこう、本名:堀越 治代、ほりこし … 市川 壽紅(いちかわ じゅこう、本名:堀越 治代、ほりこし はるよ、1949年 - )は、日本の日本舞踊家、振付師。日本舞踊市川流の総代。十一代目市川團十郎の長女。十二代目市川團十郎の妹。東京都出身。女子美術大学付属高校卒業。日本舞踊協会会員。
広瀬 きよみ(ひろせ きよみ、1949年 - )は、日本画家… 広瀬 きよみ(ひろせ きよみ、1949年 - )は、日本画家。 東京都生まれ。女子美術大学卒業。佐藤太清に師事。日展会員。1995年に女子美術大学教授。2014年3月に女子美術大学を退職。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
朝永 徹一(ともなが てついち、1948年6月30日 - )… 朝永 徹一(ともなが てついち、1948年6月30日 - )は、日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー、サインデザイナー。都市計画や大型施設のサイン・ディスプレーのプロデュースを行っている。元女子美術大学短期大学部非常勤講師。 長崎県長崎市に生まれる。 1964年、長崎市立長崎商業高等学校 時代、1年先輩の蛭子能収らと美術部で活動した。1965年、日本宣伝美術会西日本展で準入選となる。 1968年、新宿の歌声喫茶「灯」 で、合唱歌集の楽譜・イラスト等グラフィック面から、舞台装置・照明に至るまで演出を担当する。 1970年、日本万国博覧会においてテーマ館太陽の塔内部の展示計画(ディスプレイ)の一部を、また東京都の世界貿易センタービルのサイン計画を乃村工藝社所属で、それぞれ担当する。
丹内モモコ(丹内百子)(たんない ももこ、1948年〈昭和2… 丹内モモコ(丹内百子)(たんない ももこ、1948年〈昭和23年〉5月30日 - )は、元秋田放送アナウンサー・フリーアナウンサー。 秋田県秋田市出身。女子美術大学短期大学部デザイン科卒業後、秋田放送入社。 アナウンス部次長からラジオ局ラジオ制作部次長(ディレクター・パーソナリティ)を経て、2008年(平成20年)12月に退職。 退職後は、同じく秋田放送アナウンサーだった参議院議員・松浦大悟の秋田事務所秘書として勤務した[要出典]。
津田 裕子(つだ ひろこ、1948年 - )は、日本の彫刻家… 津田 裕子(つだ ひろこ、1948年 - )は、日本の彫刻家。二科会評議員、女子美術大学名誉教授。 東京都杉並区出身。女子美術大学付属高等学校・中学校、女子美術短期大学(現・女子美術大学短期大学部)造形科彫塑教室卒業。女子美で桑原巨守に師事。 第62回二科展特選(1977年)、第63回安田火災美術財団激励賞(現・損保ジャパン美術財団選抜奨励賞)、第69回二科展会友賞を受賞し、二科会会員に推挙(1987年)。第3回高村光太郎賞箱根彫刻の森美術館賞、第10回安田火災美術財団奨励賞展記念特別賞受賞(1991年)。 1991年から1992年まで女子美術大学海外研究員としてフランチェスコ・メッシーナ美術館(ミラノ)へ留学。
芥川 耿子(あくたがわ てるこ、1945年3月 - )は、日… 芥川 耿子(あくたがわ てるこ、1945年3月 - )は、日本のエッセイスト、児童文学者、詩人。 芥川比呂志・瑠璃子夫妻の三女として神奈川県藤沢市鵠沼に生まれ、祖父・芥川龍之介の未亡人である祖母・文の寵愛を受けて育つ。4歳で東京都目黒区に転居する。小学校時代、肺門リンパ腺炎で1年間休学する。当時は病弱でいじめを受ける。1958年、女子美術大学附属中学校に入学。女子美術大学附属高等学校を経て女子美術大学造形科を卒業する。23歳でデザイナー本村弘と結婚、のち一男一女を儲ける。 子育ての傍ら、詩や童話や随筆を発表する。さらに、ワイドショーの司会者や美術番組の聞き手、CMソングの作詞者、CFのモデルを務めるなど、テレビの世界でも活躍する。
吉村 実子(よしむら じつこ、1943年4月18日 - )は… 吉村 実子(よしむら じつこ、1943年4月18日 - )は、日本の女優。オフィスぴろっと所属。東京都出身。実姉は芳村真理。 女子美術大学付属高等学校在学中の17歳の時に、今村昌平にスカウトされて『豚と軍艦』のヒロイン役で映画デビュー。 1964年には新藤兼人監督作品『鬼婆』で、第15回ブルーリボン賞助演女優賞を受賞。 1970年以後は半ば引退状態だったが、1980年の『あ・うん』のヒロイン役で本格復帰した。 1968年には石立鉄男と結婚していたが、約25年間の別居生活を経て、1998年に離婚。
岡本佳津子(おかもと かつこ、1942年8月21日 - )は… 岡本佳津子(おかもと かつこ、1942年8月21日 - )は、日本のバレリーナ・バレエ指導者・振付家・女優である。本名、岡本勝子。橘秋子のもとでバレエを始め、小牧バレエ団、井上バレエ団などで主役級の役柄を踊った。草創期のテレビ界でも活躍し、テレビドラマ『春のバレリーナ』や『風林火山』、『泣いてたまるか』などに出演した。ダンサーとしての現役を退いた後は、後進の指導にたずさわる傍ら、公益財団法人井上バレエ団の理事長や日本バレエ協会の役員職などを務めている。女子美術大学付属高等学校卒業、文化学院デザイン科卒業。 東京都港区の生まれ。バレエを始めたのは、1950年のことだった。小学校1年生の秋、隣に住んでいた仲の良い女の子がバレエの稽古に通っていたため、クラシック音楽を愛好していた両親の勧めによって彼女もバレエを始めることになった。
三田 佳子(みた よしこ、1941年10月8日 - )は、日… 三田 佳子(みた よしこ、1941年10月8日 - )は、日本の女優。本名は高橋 嘉子(たかはし よしこ)で、旧姓は石黒(いしぐろ)。女子美術大学付属中学校・高等学校卒業。所属事務所は三田佳子事務所(生島企画室と業務提携)を経て、2017年2月24日付けでプロダクション尾木に移籍。 芸名の三田は、早稲田の高田(馬場)、明治の神田(駿河台)と共に3案示され、慶応の三田を選択。慶応大学野球部のファンだったため。夫は元NHKプロデューサーの高橋康夫。長男は森宮隆、次男は高橋祐也。 代表作は映画『極道の妻たち三代目姐』、ドラマは大河ドラマ『いのち』『花の乱』など。大河ドラマで複数回主演した唯一の女優となっている。
吉井 爽子(よしい あきこ、1940年 - )は日本の画家。… 吉井 爽子(よしい あきこ、1940年 - )は日本の画家。池袋モンパルナスの吉井忠の娘であり、父と同じように画家をしていた。 女子美術大学洋画科出身
継岡 リツ(つぎおか -、 (旧姓:丸橋) 1939年 - … 継岡 リツ(つぎおか -、 (旧姓:丸橋) 1939年 - )は、日本の洋画家。 神奈川県横浜市生まれ。女子美術大学付属高等学校、女子美術大学洋画科卒業。女子美術大学洋画研究室助手、高崎芸術短期大学教授を経て、文化庁在外特別研究員としてイタリアブレラ美術学院へ留学。 女子美術大学付属高等学校・中学校長(2009年4月 - 2013年3月)、学校法人女子美術大学理事(中等部門担当、2009年5月 - 2013年5月)。女子美術大学大学院美術研究科洋画研究室兼任講師、女流画家協会会員、立軌会同人、日本美術家連盟会員。
ユミ・シャロー(Yumi Charraut、1938年8月1… ユミ・シャロー(Yumi Charraut、1938年8月1日 - )は、日本人ファッションデザイナー。出生名は高木弓。 1938年、東京都港区麻布の鳥居坂に生まれる。父は建築家の高木秀寛。祖父は医学者・貴族院議員の高木喜寛。曽祖父は東京慈恵会医科大学を創設した高木兼寛。祖母・シマは有島武郎と有島生馬の妹で、里見弴の姉。学習院幼稚園、田園調布雙葉小学校、田園調布雙葉中学校・高等学校を経て、女子美術大学油絵科に進学。大学在学中から既にセツ・モードセミナーで学び、当時より「装苑」のスタイル画の仕事をする。 1967年、パリに渡り、高田賢三らと活躍。フリーで「ELLE」「ジャルダン・デ・モード」のデザイン活動やファッション・ジャーナリストとして活躍後、デザイン会社レラシオン・テキスタイルに入社。
川上 玲子(かわかみ れいこ、1938年〈昭和13年〉8月 … 川上 玲子(かわかみ れいこ、1938年〈昭和13年〉8月 - )は、日本のインテリアデザイナー。実業家。武蔵野美術大学客員教授。元昭和女子大学非常勤講師。 女子美術短期大学卒業。桑沢デザイン研究所卒業。福岡県出身。長女は女優の川上麻衣子。 福岡県出身。1958年(昭和33年)に女子美術短期大学を卒業し、前川国男建築設計事務所で勤務。1959年(昭和34年)にスウェーデン王立工芸学校に留学し、1965年(昭和40年)にはスウェーデン国王・グスタフ6世アドルフに作品が認められる。 帰国後は武蔵野美術大学、昭和女子大学などで非常勤講師を務め、後に武蔵野美術大学の客員教授に就任する。 またテキスタイルアートやインテリアデザインでは岡山県庁、盛岡グランドホテル、横浜市中央図書館、スウェーデン輸入住宅のモデルハウスデザインなどのデザインに携わった。
川邉 サチコ(かわべ サチコ、1938年 - )は、川邉サチ… 川邉 サチコ(かわべ サチコ、1938年 - )は、川邉サチコ美容研究所代表。東京都出身。 娘は、美木ちがや。孫はスタイリスト・エディターの川邉伸太朗。 女子美術大学卒業後、22歳で結婚。義母芝山みよかの誘いで共にパリに渡り、1カ月滞在している間にメイクを学び、芝山サチコ名義で活動しはじめた。 1967年、東京・南青山に美容室を開店。35歳で離婚。1975年、アルファタッチ株式会社設立。1986年、企画デザイン会社・株式会社カクティ設立。1994年、川邉サチコ美容研究所設立、代表を務める。 (美容師養成施設を卒業していなければ、美容師免許は取得していない)。
高橋 靖夫(たかはし やすお、1938年 - 2021年4月… 高橋 靖夫(たかはし やすお、1938年 - 2021年4月29日)は、日本の洋画家。女子美術大学名誉教授。国画会会員。 長野県岡谷市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京芸術大学美術学部油画科卒業。1962年国展初入選。女子美術大学教授。2004年定年退官後、同大学名誉教授。大学で後進の育成に尽力した。故郷の岡谷市にアトリエがあり、絵画教室を主宰した。
真島 節子(ましま せつこ、昭和12年(1937年) - )… 真島 節子(ましま せつこ、昭和12年(1937年) - )は、日本の絵本作家。山形県鶴岡市出身。 現代的な絵を、日本の伝統的な色使いで描く。
小池 暢子(こいけ のぶこ、1937年 - )は、日本の銅版… 小池 暢子(こいけ のぶこ、1937年 - )は、日本の銅版画家である。 1937年に高知市で生まれた。父は医師であった。1941年に士別市に引っ越した。上京して女子美術大学に進学し、一時期は安保闘争のデモ活動に参加していた。1961年に女子美術大学を卒業した。その後、壁画を作成する会社で働くようになり、1964年6月頃から東京オリンピックの準備として国立競技場の壁画制作作業の現場監督として働いた。1960年代頃までは油絵を描いており、油絵の個展も行っていた。 1972年、35歳の時に東京では制作に没頭できないと考え、渡仏してパリで活動するようになった。ローマなどにも滞在した。ヨーロッパ在住中は「アラプペ」と呼ばれる一版多色刷りの銅版画を多数制作した。
福島 瑞穂(ふくしま みずほ、1936年 - )は、日本の洋… 福島 瑞穂(ふくしま みずほ、1936年 - )は、日本の洋画家。独立美術協会会員、女流画家協会委員、21美術協会代表、女子美術大学大学院客員教授。 広島県尾道市生まれ。広島県立尾道東高等学校、女子美術大学芸術学部洋画科卒業。 1986年「タナトス」が安井賞佳作となった。他に受賞多数。
久保田 政子(くぼた まさこ、1934年(昭和9年)8月30… 久保田 政子(くぼた まさこ、1934年(昭和9年)8月30日 - )は、青森県八戸市鮫町出身の画家。主に馬を題材にした油絵を描いている。女子美術大学卒業。 馬を描く画家として知られており、日本中央競馬会・競馬博物館メモリアルホールに、顕彰馬のトウショウボーイ、メジロマックイーン、タイキシャトルなどを描く。軍馬として徴用された馬への鎮魂の思いも込め、これまでに8,000頭以上の馬の絵を描いている。1990年以降は、青森県南の各神社に大絵馬を奉納。2005年以降は、等身大の馬の絵を描くため、廃校となった小学校での制作も行っており、銀座フォルム画廊、銀座松屋、八戸市のさくら野百貨店、青森県立美術館、八戸市美術館、東京芸術劇場(2015年4月)など各地で個展を開催した。
佐藤 早苗(さとう さなえ、1934年7月1日 - )は、日… 佐藤 早苗(さとう さなえ、1934年7月1日 - )は、日本のノンフィクション作家。 東京市(現東京都)中野区生まれ。広島県福山市育ちで、広島大学附属福山高校卒業、女子美術大学洋画科中退。鶴岡政男に師事、自由美術協会に属して美術活動をするが、40歳でノンフィクション作家に転向した。
桜田久美(さくらだ ひさみ、1934年 - )は、日本の洋画… 桜田久美(さくらだ ひさみ、1934年 - )は、日本の洋画家。日展評議員、日洋会理事、日本美術家連盟会員。実父は洋画壇の巨匠・桜田精一である。 『千葉県美術家名鑑』に経歴記載あり。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
小泉 和子(こいずみ かずこ、1933年11月19日 - )… 小泉 和子(こいずみ かずこ、1933年11月19日 - )は、日本の民俗学者・歴史学者・生活史研究家。小泉和子生活史研究所代表。昭和のくらし博物館館長。NPO法人昭和のくらし博物館理事長。家具道具室内史学会会長。重要文化財熊谷家住宅館長。 父の小泉孝(1901 - 1982)は建築技師で、自ら設計施工した自宅が、登録有形文化財になり、昭和のくらし博物館(東京都大田区)として公開されている。日本社会党の衆議院議員を務めた野間千代三は母方の叔父である。 東京生まれ。女子美術大学で洋画をまなび、卒業後家具製作会社に入社。1970年東京大学工学部建築学科の研究生となり、日本家具・室内意匠史を研究。1971年生活史研究所を設立。