新藤 卓広(しんどう たかひろ、1988年 -)は、日本の推… 新藤 卓広(しんどう たかひろ、1988年 -)は、日本の推理作家・公務員。宮崎県宮崎市出身。中央大学法学部卒。2012年、『秘密結社にご注意を』で第11回『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞を受賞。宮崎市在住。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
野村 宗作(のむら そうさく、1965年 <昭和40年> 9… 野村 宗作(のむら そうさく、1965年 <昭和40年> 9月 - )は日本の地方公務員。千葉県地域産業推進・観光担当部長、政策調整・観光担当部長、商工労働部長、企業局長を歴任。 千葉市花見川区出身。1989年 (平成元年) 3月 中央大学法学部法律学科を卒業。同年千葉県庁に入庁し、企業庁や総務部財政課などでの勤務を経て、地域産業推進・観光担当部長、政策調整・観光担当部長、商工労働部長。2025年 (令和7年) 3月 同職を関雄二と交代し、三神彰の後任として企業局長。30年ぶりの水道料金改定、九十九里地域および南房総地域の水道用水供給事業体との統合、新庁舎への移転に取り組んでいる。
岩成 政和(いわなり まさかず、1963年3月 - )は、日… 岩成 政和(いわなり まさかず、1963年3月 - )は、日本の鉄道研究家、鉄道評論家、地方公務員(東京都交通局・水道局)、日本鉄道運転協会会員、鉄道史学会会員。 岡山県岡山市出身。東京都練馬区在住。 1963年3月、岡山県岡山市で生まれる。高校卒業後に東京へと転居し中央大学に入学。 1985年同大学法学部を卒業し、当時は丸の内にあった東京都庁舎内にある東京都交通局に入局。配属先は都庁内の勤務で、高速電車部運転課(現・電車部運転課)に所属となった。 その後交通局から人事異動となったが、水道局の副参事を務めたこともあった。現在も東京都職員である。2010年代前半頃には東京メトロポリタンテレビジョンの営業担当に出向したり、2018年4月から数年間東京臨海高速鉄道営業課長として出向し、コミックマーケット輸送の現場にも従事した。
大久保 智子(おおくぼ ともこ、1961年1月21日 - … 大久保 智子(おおくぼ ともこ、1961年1月21日 - )は、日本の地方公務員。横浜市西区長、総務局長、水道局長を経て横浜市副市長。 神奈川県横浜市瀬谷区出身。神奈川県立希望ケ丘高等学校卒業、中央大学法学部卒業。1983年(昭和58年)4月、横浜市役所入庁。市民局男女共同参画推進室男女共同参画推進課長、西区総務部地域振興課長、都市経営局秘書部秘書課長。2009年(平成21年)、水道局お客さまサービス推進部長。2011年(平成23年)、総務局人材組織部長。 2012年(平成24年)、西区長に就任。重点施策として「住民間の顔の見える関係づくりを一層進めていく。みなとみらいのような新しい街と古くからの市街地の住民の交流を図り、防災面からも地域の『絆・つながり』を深める」ことを挙げた。
片山 安孝(かたやま やすたか、1960年〈昭和35年〉6月… 片山 安孝(かたやま やすたか、1960年〈昭和35年〉6月2日 - )は、日本の地方公務員。兵庫県公営企業管理者、同県信用保証協会理事長、同県副知事を歴任。 兵庫県高砂市出身。白陵高校卒業。1983年中央大学法学部を卒業し、兵庫県庁に入庁。総務省自治行政局給与能率推進室に出向経験がある。その後は人事畑を歩み、人事課長、2012年 企画県民部管理局長、西播磨県民局長、2016年 産業労働部長、公営企業管理者。県庁退職後の2021年4月 兵庫県信用保証協会理事長。同年9月 兵庫県副知事に就任。「守るべきものを守り、変えるべきものは果敢に改める。職員の力を引き出し、斎藤元彦知事を職員全体で支える。38年勤務した県庁に恩返しをしたい」との抱負を語った。
森口 朗(もりぐち あきら、1960年6月1日 - )は、日… 森口 朗(もりぐち あきら、1960年6月1日 - )は、日本の教育評論家、元東京都職員。ハッピー・サイエンス・ユニバーシティのアソシエイト・プロフェッサー(准教授相当)。 1960年、大阪府生まれ。1984年、中央大学法学部を卒業。佛教大学大学院通信教育部教育学研究科修士課程を修了。東京都庁に入り、下水道局、衛生局に勤務。1995年に都内の小学校に転出。養護学校、都立高等学校を経て、2005年再び東京都庁に勤務。2016年、都庁を退職し教育改革の言論活動に専念する。 学者:藤田英典、内藤朝雄、森田洋司らのいじめ理論を基礎に『いじめの構造』を執筆し、特に内藤の理論をベースに独自の「スクールカースト」の概念を導入した。
城 博俊(しろ ひろとし、1959年〈昭和34年〉9月18日… 城 博俊(しろ ひろとし、1959年〈昭和34年〉9月18日 - )は、日本の地方公務員。横浜市交通局長、同市副市長を経て神奈川県内広域水道企業団企業長。 中央大学法学部卒業。1987年4月 横浜市役所入職、2001年 (平成13年) 4月 総務局担当課長、2003年4月 衛生局医療対策部病院事業課市立病院経営問題担当課長、2004年4月 同局市立病院経営改革推進部市立病院経営改革推進課港湾病院担当課長、2005年4月 総務局組織改革推進部行政システム改革課長、2006年4月 行政運営調整局行政システム推進部行政運営課長、2007年7月 交通局経営部長、2008年4月 交通局副局長、2011年5月 政策局副局長、2012年4月 堀誠次の後任として病院経営局長、2015年4月 新設された医療局長。
砂川 裕紀(すなかわ ひろき、1958年5月5日 - )は、… 砂川 裕紀(すなかわ ひろき、1958年5月5日 - )は、日本の地方公務員。埼玉県下水道事業管理者を経て、埼玉県副知事。 琉球政府平良市(現沖縄県宮古島市平良)西里出身。沖縄返還前の1970年に現在の埼玉県ふじみ野市に移住し、中央大学法学部卒業。1982年埼玉県庁入庁。埼玉県税務局長、埼玉県病院局長、埼玉県企画財政部参事等を経て、2017年埼玉県企画財政部長。2019年に定年退職し、埼玉県下水道事業管理者に就任。2020年埼玉県副知事。
濱 嘉之(はま よしゆき、1957年 - )は、日本の元警察… 濱 嘉之(はま よしゆき、1957年 - )は、日本の元警察官・小説家・テレビコメンテーター・危機管理コンサルティング会社代表。福岡県出身。テレビ番組に出演する際は本名の江藤史朗の名で出演している。 中央大学法学部法律学科卒業後、警視庁に入庁。警備部警備第一課、公安部公安総務課、警察庁警備局警備企画課、内閣官房内閣情報調査室、再び公安部公安総務課を経て、生活安全部少年事件課係長に勤務。2004年、警視で22年勤めた警視庁を退官した。その後衆議院議員政策担当秘書を経て2007年に「警視庁情報官」で作家としてデビューした。 菅義偉をモデルにした小説を巡り、警察サイドから『裏切り者』扱いされていると一部メディアから報じられた。
秋山 俊行(あきやま としゆき、1954年7月7日 - )は… 秋山 俊行(あきやま としゆき、1954年7月7日 - )は、日本の地方公務員。東京都生活文化スポーツ局長や、東京都知事本局長、東京都副知事、東京都職員共済組合理事長、東京都人材支援事業団理事長を歴任し、2017年から日本自動車ターミナル代表取締役社長。瑞宝中綬章受章。 中央大学附属高等学校を経て、1977年中央大学法学部卒業、東京都入庁。2004年東京都知事本局自治制度改革推進担当部長。2006年東京都知事本局企画調整部長。2007年東京都病院経営本部長。2008年東京都生活文化スポーツ局長。2010年東京都知事本局長。 2012年から東京都副知事を務め、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会副理事長などを兼務して、2020年東京オリンピック招致にあたった。
向井 正博(むかい まさひろ、 1954年<昭和29年> -… 向井 正博(むかい まさひろ、 1954年<昭和29年> - )は、日本の地方公務員。元大阪府教育委員会教育長。瑞宝小綬章受章。 中央大学法学部卒業。大阪府庁入庁、同教委事務局教育次長、同東京事務所長、同商工労働部労働政策監、同教委理事。2015年 (平成27年) 4月 隂山英男の後任として大阪府教育長。同年7月 文部科学省が全国学力・学習状況調査について実施要領を見直し、入試への活用を制限する意向を示していることについて向井は記者会見で「制限に法的拘束力はない」と述べ、高校入試の内申点評価に活用したい考えを強調した。その後も「大阪府教育振興基本計画」に基づき、「子供たちの学びに向かう力を育み、確かな学力の定着」や「ネイティブ英語教員配置」などを図った。
山川 利治 (やまかわ としはる、1952年<昭和27年> … 山川 利治 (やまかわ としはる、1952年<昭和27年> - ) は、日本の地方公務員、鉄道実業家。愛知県企業庁長、愛知環状鉄道社長を歴任。瑞宝小綬章受章。 岡崎市生まれ。愛知県立岡崎高等学校卒業。1974年 中央大学法学部卒業。同年愛知県庁入庁、1985年から1987年は民主部で高齢化対策を担当。1993年 (平成5年) 企画部企画課長補佐で西三河地区の地方計画を担当。2004年6月 鳥取県米子市で行われたアジア太平洋環境会議に県環境部次長としてオブザーバー参加。県東三河事務所所長、愛知県企業庁長。豊田浄水場、幸田浄水場、安城浄水場、豊橋浄水場及び豊川浄水場の施設整備・運営について民間資金等の活用による方式 (PFI) を用いた。
藤井 芳弘 (ふじい よしひろ、1951年12月27日 - … 藤井 芳弘 (ふじい よしひろ、1951年12月27日 - ) は、日本の地方公務員。東京都収用委員会事務局長、東京動物園協会理事長を歴任。瑞宝小綬章受章。 1971年 (昭和46年) 東京都庁入庁。1976年(昭和51年)中央大学法学部卒業。渋谷区福祉部障害者福祉課長、財務局主計部予算第二課長、福祉局総務部総務課長、総務局人事部人事課長、東京都立保健科学大学事務局長、知事本局参事(企画調整担当)、建設局用地部長、同局道路管理部長、同局総務部長。2010年7月 野口孝の後任として収用委員会事務局長。同委員会の取扱件数が約100件前後で推移する中、「収用制度の活用プラン」をとりまとめ、権利者や起業者から十分な協力が得られれば、受理から裁決まで10カ月程度で終わるよう迅速性を求めた。
金子 正一郎(かねこ しょういちろう、1951年10月29日… 金子 正一郎(かねこ しょういちろう、1951年10月29日 - )は、日本の地方公務員。東京都交通局長や、はとバス代表取締役社長を務めた。 東京都で郵便局員の子として生まれる。6畳1間の寮に一家5人で暮らし、1975年に中央大学法学部を卒業後、東京都庁に入庁した。労働局配属。1994年東京都住宅局住宅政策室計画調査担当課長。1998年東京都住宅局参事。2000年東京都都市計画局参事(多摩都市モノレール総務部長)。2002年東京都知事本部危機管理調査担当部長。2003年東京都総務局総合防災部長。2004年東京都交通局総務部長。東京都交通局次長を経て、2008年東京都交通局長。2011年はとバス代表取締役社長に就任。
斎藤 力良(さいとう ちから、別表記 : 齋藤 力良、195… 斎藤 力良(さいとう ちから、別表記 : 齋藤 力良、1951年または1952年 - )は、日本の地方公務員。川崎市建設局長、同市上下水道事業管理者、同市副市長を歴任。瑞宝小綬章受章。 中央大学卒業。1978年 川崎市役所に入庁し、総務局秘書部長、建設局長などを歴任。2010年 (平成22年) 4月 水道局と建設局下水道部を統合して誕生した川崎市上下水道局の初代上下水道事業管理者に就任。2011年7月 国土交通省に戻った小田広昭の後任として副市長就任。重点施策として「羽田空港国際化を踏まえた川崎臨海部の新たな展開」と「JR東日本南武線の機能強化(連続立体交差事業)」を挙げた。2014年3月 福田紀彦市長が元総務局長の菊地義雄を新副市長とする人事案を提出したことに伴い、副市長退任。
大原 正行(おおはら まさゆき、1950年12月8日 - )… 大原 正行(おおはら まさゆき、1950年12月8日 - )は、日本の地方公務員。東京都総務局長や、東京都知事本局長、東京都教育委員会教育長、東京臨海ホールディングス代表取締役社長、東京臨海熱供給代表取締役社長等を歴任した。 中央大学法学部卒業後、1975年東京都庁入庁。東京都総務局参事、東京都産業労働局商工部長、東京都総務局長兼東京マラソン組織委員会監事、東京都知事本局長等を経て、2008年から東京都教育委員会教育長を務めた。2012年東京臨海ホールディングス代表取締役社長、東京港埠頭代表取締役社長、東京臨海熱供給代表取締役社長。退任後、東京都都市づくり公社理事長を経て、2019年東京のあすを創る協会会長。
吉川 和夫(よしかわ かずお、1950年7月17日 - )は… 吉川 和夫(よしかわ かずお、1950年7月17日 - )は、日本の地方公務員。東京都環境局長や、東京都知事本局長、東京都副知事、東京都公園協会理事長、東京交通会館副館長などを歴任した。 1973年中央大学法学部卒業、東京都入庁。足立区教育委員会事務局学校教育部副主幹、東京都総務局副参事、全国知事会出向、東京都福祉局高齢福祉部計画課長、東京都福祉局参事等を経て、2002年東京都福祉局総務部長。2005年東京都福祉保健局次長。2007年東京都環境局長。2008年東京都知事本局長。2010年には副知事が3人体制から4人体制に戻り村山寛司とともに東京都副知事に選任された。退任後、東京都公園協会理事長、東京交通会館副館長、東京社会福祉士会理事等を歴任し、2020年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章した。
塩川 修(しおかわ おさむ、1949年10月1日 - )は、… 塩川 修(しおかわ おさむ、1949年10月1日 - )は、日本の地方公務員。埼玉県副知事を経て、埼玉県公安委員会委員長。 埼玉県立川越高等学校を経て、1973年中央大学法学部卒業、埼玉県入庁。2003年埼玉県知事秘書。2004年埼玉県知事室長。2007年埼玉県総務部長。2008年埼玉県企画財政部長。 2009年から埼玉県副知事を務め、山本隆東京都副知事と2020年東京オリンピック・2020年東京パラリンピックの費用負担の協議にあたるなどし、「仮設は大会組織委員会、常設は自治体」との原則を示した。 2011年首都圏新都市鉄道取締役。2017年埼玉県副知事退任、埼玉県信用保証協会会長。2019年埼玉県信用保証協会会長退任、埼玉県公安委員会委員。
道家 孝行(どうけ たかゆき、1949年7月22日 - 20… 道家 孝行(どうけ たかゆき、1949年7月22日 - 2013年5月7日) は、日本の地方公務員、技術士。東京都建設局長を経て、5年間空席となっていた技術系のトップの東京都技監を務めた。 1974年中央大学理工学部土木工学科卒業、東京都庁入庁、建設局第一建設事務所工事課。2000年東京都建設局第二建設事務所長。2002年東京都交通局技術管理担当部長。2003年東京都都市計画局都市基盤部外かく環状道路担当部長。2004年東京都都市整備局外かく環状道路担当部長。2005年東京都建設局道路建設部長。2006年東京都建設局道路監。2007年から東京都建設局長を務め、マイスター制度の創設などを行った。2009年からは5年間空席となっていた東京都庁技術系トップ東京都技監を兼務。
森 邦雄(もり くにお、1949年〈昭和24年〉3月26日 … 森 邦雄(もり くにお、1949年〈昭和24年〉3月26日 - )は、日本の地方公務員。新潟県知事政策局長、同県副知事、にいがた産業創造機構理事長等を歴任。 1971年年3月 中央大学法学部卒業。同年4月 新潟県庁入庁、農林水産部長、2005年 (平成17年) 4月 同総務部長、2006年4月 同知事政策局長。2008年4月 関根洋祐の後任として同副知事就任。小熊博、神保和男と同時期に副知事を務めた。2016年3月 高井盛雄を後任として副知事退任。同年4月 公益財団法人にいがた産業創造機構理事長、2018年6月 公益財団法人環日本海経済研究所 副代表理事、2020年 (令和2年) 6月 ブルボン社外取締役
十河 清(とおごう きよし、1948年〈昭和23年〉2月3日… 十河 清(とおごう きよし、1948年〈昭和23年〉2月3日 - )は、日本の地方公務員、航空実業家。高知県政策企画部長、高知県副知事、高知空港ビル社長などを歴任。瑞宝中綬章受章。 高知学芸高校卒業、中央大学法学部卒業、1971年 高知県庁に入庁、中内力知事の秘書を長く務めた。1993年 (平成5年) から8年間、県教育委員会で教育次長等を歴任し、2002年 企画振興部長、2005年4月 財団法人高知県政策総合研究所を解散、2007年4月 政策企画部長。2008年1月 中西穂高の後任として高知県副知事就任。2009年5月 学校法人高知工科大学を解散。 県庁退職後の2012年6月 高知空港ビル代表取締役社長就任、2015年6月 ニッポン高度紙工業取締役、2021年 (令和3年) 6月 高知空港ビル社長を退任。
小幡 幹雄(おばた みきお、1948年~1949年 - 20… 小幡 幹雄(おばた みきお、1948年~1949年 - 2020年8月22日)は、日本の国会職員。第16代参議院事務総長。瑞宝重光章受章。 新潟県古志郡太田村(現長岡市)出身。1967年新潟県立長岡高等学校卒業。1973年中央大学法学部卒業。参議院事務局委員部長等を経て、2007年から参議院事務総長を務め、江田五月参議院議長に仕えた。2010年退任。2017年越後長岡ふるさと会会長。令和元年秋の叙勲で瑞宝重光章受章。 2020年8月22日、肺がんのため死去。71歳没。死没日をもって従四位に叙される。
木下 達則(きのした たつのり、1947年(昭和22年)11… 木下 達則(きのした たつのり、1947年(昭和22年)11月8日)は、日本の地方公務員、政治家。埼玉県下水道公社理事長や、鳩ヶ谷市長、さいたま市副市長等を歴任した。 1970年中央大学法学部卒業後、1972年埼玉県庁入庁。1996年岩槻市助役。埼玉県人事委員会事務局長を経て、2005年埼玉県下水道公社理事長。 2006年10月22日、川口市との合併を公約に出馬し、現職の名倉隆を破って鳩ヶ谷市長に初当選した。※当日有権者数:47,361人 最終投票率:60.17%(前回比:1.84pts) 2010年10月24日、新人2人を破って、鳩ヶ谷市長に再選した。※当日有権者数:49,180人 最終投票率:51.67%(前回比:-8.5pts) 2011年には川口市と鳩ヶ谷市の合併を実現した。
菅原 秀夫(すがわら ひでお、1947年5月8日 - )は、… 菅原 秀夫(すがわら ひでお、1947年5月8日 - )は、日本の地方公務員。元東京都副知事。元首都高速道路株式会社社長。 都庁では主に主税畑を歩いた。脱税を暴く税務調査官の仕事に携わり、局長時代には過去最高の税徴収率を記録した。石原慎太郎都知事の時、2007年(平成19年)から2010年(平成22年)の4年間副知事として仕えた。石原慎太郎元知事から、「都庁イチロー」と称されるとともに、その風貌から「侍」とも言われた。
石渡 哲彦(いしわた てつひこ、1947年 - )は、日本の… 石渡 哲彦(いしわた てつひこ、1947年 - )は、日本の地方公務員。千葉県副知事を経て、社会福祉法人千葉県社会福祉協議会会長。瑞宝中綬章受章。 千葉県市原市姉崎生まれ。市原市立姉崎小学校、市原市立姉崎中学校を経て、1966年千葉県立木更津高等学校卒業。1970年中央大学経済学部卒業、千葉県入庁。財政課長、環境生活部長、総合企画部長を経て、2007年退職、成田国際空港株式会社常勤監査役。2009年千葉県副知事。2013年に千葉県副知事任期満了退任後、株式会社千葉銀行顧問、市原青年経済人交流会顧問、社会福祉法人千葉県社会福祉協議会会長、公益財団法人千葉日報福祉事業団理事等を歴任した。
中村 正彦(なかむら まさひこ、1946年5月31日 - )… 中村 正彦(なかむら まさひこ、1946年5月31日 - )は、日本の地方公務員。東京都教育委員会教育長や、全国都道府県教育長協議会会長、文部科学省中央教育審議会委員を務めた。瑞宝小綬章受章。 長野県諏訪清陵高等学校を経て、1969年中央大学法学部卒業。1971年東京都庁入庁。1987年東京都総務局副主幹(東京自治会館組合派遣)。1989年東京都住宅局副主幹(東京都住宅供給公社派遣)。1990年東京都労働経済局副参事(東京国際コンベンションパーク整備担当)。 1992年東京都財務局主計部予算第二課長。1994年東京都財務局主計部議案課長。1995年東京都財務局主計部議案課長(統括課長)。1996年東京都財務局経理部総務課長(統括課長)。
松尾 均(まつお ひとし、1946年 - )は、日本の地方公… 松尾 均(まつお ひとし、1946年 - )は、日本の地方公務員。東京都交通局長や、はとバス代表取締役社長を務めた。 岡山県生まれ。中央大学法学部卒業後、東京都庁入庁。東京都交通局経営企画室長、東京都交通局自動車部長、東京都交通局総務部長、東京都交通局次長を経て、2002年東京都交通局長。2005年株式会社はとバス代表取締役社長に転じ、以後リストラによる財政基盤確立や、営業強化などを進め、大幅な増収を実現した。2011年任期満了退任。のち、川崎市バス事業路線検討委員会委員、一般財団法人東京都弘済会評議員。
麻生 利正(あそう としまさ、1945年2月28日 - )は… 麻生 利正(あそう としまさ、1945年2月28日 - )は、日本の地方公務員。栃木県副知事や、一般財団法人とちぎメディカルセンター理事長を経て、同センター会長。 1963年栃木県立栃木高等学校卒業。1968年中央大学法学部卒業、栃木県入庁。1993年総務部秘書課長。2002年保健福祉部長。2004年総務部長。2005年出納長。2007年副知事。2011年栃木県済生会副会長兼業務担当理事。2014年栃木県済生会支部長、栃木銀行取締役。 2015年秋の叙勲で瑞宝中綬章受章。同年から一般財団法人とちぎメディカルセンター理事長を務め、働き方改革や、病院の統合再編、連携体制整備にあたるなどした。2018年一般財団法人とちぎメディカルセンター会長。
尾高 暉重(おだか てるしげ、1944年2月28日 - 20… 尾高 暉重(おだか てるしげ、1944年2月28日 - 2016年8月23日)は、日本の地方公務員。神奈川県副知事や、神奈川県内広域水道企業団企業長を務めた。瑞宝中綬章受章。位階は従五位。 中央大学法学部卒業。1969年神奈川県入庁。1993年企画部湘南国際村推進室長。1995年商工部産業政策課長。1997年総務部参事・財政課長。1999年京浜臨海部担当部長。2001年理事。2003年副知事。2007年神奈川県内広域水道企業団企業長。2009年全国水道企業団協議会会長。2014年秋の叙勲で瑞宝中綬章受章。2016年鎌倉市内の病院で死去。享年72。叙従五位。
大木 宏之(おおき ひろゆき、1944年または1945年 -… 大木 宏之(おおき ひろゆき、1944年または1945年 - )は、日本の地方公務員。神奈川県警察総務部長、神奈川県副知事、神奈川県下水道公社理事長等を歴任した。 1967年中央大学法学部卒業。神奈川県警本部警務部監察官室長として、神奈川県警覚醒剤使用警官隠蔽事件の調査にあたるなどしたのち、神奈川県警察本部総務部長を経て、2003年から神奈川県副知事。 副知事退任後、神奈川県下水道公社理事長、一般社団法人神奈川県安全運転管理者会連合会会長、公益財団法人神奈川県交通安全協会副会長等を歴任した。2015年秋の叙勲で瑞宝中綬章受章。
室井 勝(むろい まさる、1944年または1945年 - )… 室井 勝(むろい まさる、1944年または1945年 - )は、日本の地方公務員。福島県総務部長、同出納長、同信用保証協会会長を歴任。瑞宝中綬章受章。 1970年 (昭和45年) 3月 中央大学法学部卒業。福島県庁入庁、2001年 (平成13年) 4月 南澤大二郎の後任として生活環境部長、総務部長、2004年4月 同職を鈴木泰雄と交代し福島県出納長就任。2005年2月 地方職員共済組合監事を兼務、2008年3月 出納長を辞職。 県庁退職後、福島県信用保証協会会長、福島県立医科大学顧問、福島県退職公務員連盟会長。
青山 佾(あおやま やすし、1943年10月5日 - )は、… 青山 佾(あおやま やすし、1943年10月5日 - )は、日本の地方公務員、政治学者。東京都出身。東京都人事委員会委員長。元東京都副知事、元東京都住宅供給公社理事長。博士(政治学)、明治大学名誉教授。ペンネームは郷 仙太郎(ごう せんたろう)。
川上 忠義(かわかみ ただよし、1943年または1944年 … 川上 忠義(かわかみ ただよし、1943年または1944年 - 2017年 <平成29年> 11月29日)は、日本の地方公務員。新潟県総務部長、同出納長、同副知事を歴任。瑞宝中綬章受章。位階は従五位。 1966年 中央大学法学部卒業。新潟県庁入庁、1999年 (平成11年) 4月 磯部春昭の後任として総務部長、2001年4月 同職を関根洋祐と交代し平野清明の後任として出納長、2003年4月 同職を関根と交代し磯部の後任として副知事、株式会社新潟国際貿易ターミナル代表取締役社長を兼務、2006年3月 関根と総務省官僚の小熊博を後任に高橋正樹とともに副知事退任。 2017年11月29日 死去。
横山 洋吉(よこやま ようきち、1942年2月9日 - 20… 横山 洋吉(よこやま ようきち、1942年2月9日 - 2023年2月6日)は、日本の地方公務員。東京都教育委員会教育長、東京都副知事、全国信用保証協会連合会会長、日本宝くじ協会理事長等を務めた。 2001年、以前から識者に問題視されていた東京都立高等学校の大学入試への準備体制の強化をはかるため、進学指導重点校を設定した。 また日の丸・君が代をめぐる問題で、日本教職員組合とは対立する姿勢を取った。2003年10月23日には「10.23通達」において、入学式・卒業式などの学校行事に際して、現場の教職員が率先して『君が代』斉唱を行うことを要求し、違反した者には「服務上の責任がとられる」として戒告などの処分が下されることを示唆。
寺内 廣壽(てらうち ひろじゅ、1942年 - )は、日本の… 寺内 廣壽(てらうち ひろじゅ、1942年 - )は、日本の地方公務員。 東京都交通局長や、東京臨海高速鉄道代表取締役社長、東京都地下鉄建設代表取締役社長を務めた。 東京生まれ。1965年中央大学卒業後、東京都入庁、交通局大塚電車営業所配属。東京都副知事秘書、報道課長、情報連絡室参事、交通局電車部長、交通局長等を歴任した。2001年第2回GRCJ表彰受賞。2002年に東京都を退職後は、東京臨海高速鉄道株式会社代表取締役社長を経て、東京都地下鉄建設株式会社代表取締役社長を務め、都営日暮里・舎人ライナーの整備を進め、2008年の開業を実現させた。
桝本 賴兼(ますもと よりかね、1941年(昭和16年)1月… 桝本 賴兼(ますもと よりかね、1941年(昭和16年)1月29日 - )は、日本の政治家、元公務員。満洲国出身。元京都市長(3期)。
佐々木 克已(ささき かつみ、1940年3月16日 - )は… 佐々木 克已(ささき かつみ、1940年3月16日 - )は、日本の地方公務員。東京都出納長や、東京都住宅供給公社理事長、首都高速道路代表取締役社長などを歴任した。 1963年中央大学法学部卒業、東京都庁入庁。1987年東京都企画審議室調整部庶務課長。1993年東京都企画審議室調整部長。1994年東京都清掃局理事。1995年東京都企画審議室長。1996年東京都政策報道室長。1999年東京都出納長。2001年東京都地下鉄建設株式会社代表取締役社長。2002年東京都住宅供給公社理事長。2003年首都高速道路公団副理事長。2005年首都高速道路株式会社専務取締役。2006年東京都人事委員会委員。2008年首都高速道路株式会社代表取締役社長・最高執行責任者。
瀬田 悌三郎(せた ていさぶろう、1937年6月14日 - … 瀬田 悌三郎(せた ていさぶろう、1937年6月14日 - )は、日本の地方公務員。東京都総務局長や、東京都副知事、首都高速道路公団理事長、日本宝くじ協会理事長などを歴任した。 1956年東京都入庁。1960年中央大学法学部卒業。1972年文京区教育委員会事務局文京総合体育館長。1973年文京区教育委員会事務局社会教育課長。1975年文京区保健衛生部管理課長。同年東京都水道局副主幹(局務担当)。1979年東京都水道局総務部主計課長。1982年東京都総務局人事部職員課長。1984年東京都総務局主幹(人事部職員課長事務取扱)。1985年東京都総務局主幹(区市町村行財政連絡調整担当)。1987年東京都総務局参事。
安井 俊夫(やすい としお、1937年 - )は、日本の地方… 安井 俊夫(やすい としお、1937年 - )は、日本の地方公務員。 愛知県生まれ。名古屋学院名古屋中学校・高等学校、1961年中央大学法学部卒業。大学卒業後、愛知県庁に勤務し、芸術文化や福祉関係の部局長、教育長を歴任する。1997年から「2005年日本国際博覧会(愛知万博)協会」の事務次長を務める。2004年から愛知総合看護福祉専門学校校長に就任。学生から「モリゾー先生」と呼ばれている。2007年、瑞宝小綬章受賞。 名古屋中学校・高等学校敬愛同窓会会長、俳句同好会青葉会会長、社会福祉法人愛知たいようの杜理事、社会福祉法人恩賜財団愛知県同胞援護会理事、社会福祉法人中日新聞社会事業団理事、社会福祉法人東海テレビ文化福祉事業団理事などを務めた[要出典]。
薬師寺 克一(やくしじ かついち、1933年(昭和8年)2月… 薬師寺 克一(やくしじ かついち、1933年(昭和8年)2月15日 - 2004年(平成16年)3月7日)は、昭和から平成期の地方公務員、政治家。東京都目黒区長(2期)。 大分県で生まれ、中央大学法学部を卒業し、目黒区職員課長、区議会事務局長、総務部長、助役など務めた。 1998年10月18日の目黒区長選挙で、自民党・民主党・公明党・自由党・社民党・自由連合から推薦を得て立候補し、共産党推薦の片岡敏康を破り初当選した。 1988年の区長選挙で選挙参謀を務めた元区長室長の菊谷伸夫と目黒区議会議員の横山大は、公職選挙法違反で2001年5月に逮捕されるも起訴猶予となる。 2002年10月に自民党・民主党・公明党・自由党・社民党から推薦を受けて再選される。
田宮 榮一(たみや えいいち、1932年〈昭和7年〉10月1… 田宮 榮一(たみや えいいち、1932年〈昭和7年〉10月16日 - 2018年〈平成30年〉2月16日)は、日本の警察官、コメンテーター。最終階級は警視監。日本テレビ客員解説員を務めた。表記は田宮栄一になっている場合もある。 日本統治時代の台湾で生まれる。 戦後、日本に復員して山形県西村山郡河北町で高校卒業まで過ごした。山形県立谷地高等学校を卒業後、中央大学法学部を経て1952年に警視庁採用。 所謂「ノンキャリア」として、採用時の巡査から警視監(現役警察官としては警視長)まで昇任を経験。田宮以外にもノンキャリアで警視監まで昇任した者は他にも居るが、その数は非常に少ない狭き門であり、特に刑事畑出身の者は事件捜査で多忙を極める関係上、昇任試験の勉強をする時間的な余裕がなく、昇任しにくい傾向にある。
小菅 亘恭(こすが のぶやす、1930年8月21日 - )は… 小菅 亘恭(こすが のぶやす、1930年8月21日 - )は、日本の地方公務員。元愛媛県副知事。 東京都出身。旧制香川県立三豊中学校、中央大学法学部卒業。 1954年(昭和29年)愛媛県入庁。1980年(昭和55年)総務部財政課長、1982年(昭和57年)総務部次長、1983年(昭和58年)商工労働部長を歴任。出納長を経て愛媛県副知事に就任。
宇田川 信一(うだがわ しんいち、1929年(昭和4年)5月… 宇田川 信一(うだがわ しんいち、1929年(昭和4年)5月1日 - )は、日本の警察官、実業家。中央大学第一法学部卒。 新潟県出身。昭和20年に警視庁少年警察官となり、昭和24年に警視庁巡査を拝命。公安部と警務部が長かったが、佐々淳行にスカウトされ、警備部警備第1課課長代理となる。警備実施を統括し「コンバットチーム」と呼ばれる現場情報班を率いて、東大安田講堂事件・あさま山荘事件をはじめ幾多の警備事案を担当した。佐々の一連の著作にも頻繁に名前が登場する。 最終的には巡査から警視監に登りつめた。昭和62年に退官した後は警備業界に勤務し、84歳を迎えた平成25年に独立して現在に至る。 2002年5月11日に公開された『突入せよ! あさま山荘事件』では宇崎竜童が宇田川信一警視(警視庁警備部警備第一課首席課長代理・警備実施及び現場情報担当)を演じている。
石倉 孝昭(いしくら たかあき、1925年(大正14年)6月… 石倉 孝昭(いしくら たかあき、1925年(大正14年)6月23日 - 2019年(令和元年)11月19日)は、昭和から平成初期の地方公務員、政治家。松江市長。 島根県松江市出身。中央大学法学部卒。1945年、松江市役所に入る。総務部長を経て、助役に就任する。1986年松江市総合文化センター館長になる。1989年の松江市長選挙に立候補して当選する。1993年の市長選挙で再選を目指したが、宮岡寿雄に敗れた。2011年、旭日双光章受章。 2019年11月19日、内臓疾患のため自宅で死去。94歳没。死没日をもって正六位に叙される。
文 鍾斗(ムン・ジョンドゥ、朝鮮語: 문종두、1916年12… 文 鍾斗(ムン・ジョンドゥ、朝鮮語: 문종두、1916年12月25日 - 1987年8月29日)は、日本統治時代の朝鮮および大韓民国の教育公務員、実業家、政治家。第3・4代韓国国会議員。 本貫は南平文氏(朝鮮語版)。号は悟耕。 日本統治時代の慶尚北道漆谷郡出身。大邱公立商業学校(現・大邱商苑高等学校(朝鮮語版))、中央大学法科卒。大邱市学務課長署理、慶尚北道知事官房、人事審査院慶尚北道高試課長、金泉中学期成会会長、慶尚北道理事官・教育委員、金泉時報社長、金泉商工会議所会長、金泉新聞記者団団長、民主共和党慶尚北道金泉地区党委員長・中央常任委員を務めた。 晩年は尹奉吉義士義挙55周年記念事業推進会副会長を務めた。
金 光俊(キム・グァンジュン、朝鮮語: 김광준、1915年1… 金 光俊(キム・グァンジュン、朝鮮語: 김광준、1915年11月15日 - 1971年2月24日または3月)は、大韓民国の警察公務員(警監)、政治家、弁護士。第3代春川警察署長、制憲・第2・5代韓国国会議員を歴任した。 本貫は義城金氏(朝鮮語版)。元国会議員の金命潤は弟、呉俊碩は妹の夫。 日本統治時代の江原道(現・慶尚北道)蔚珍郡平海出身。中央大学専門部法科卒。朝鮮弁護士試験合格、総督府普通文官試験合格、日本高等文官試験司法科・行政科合格。全羅南道道属・警務課長、第3代春川警察署長(1946年7月18日~1947年10月25日)、弁護士、無所属の国会議員、国会内務治安委員、憲法起草委員、高試司法行政両科委員、自由党党員、民主党所属の国会議員、民政党結党全党大会副議長を務めた。
芹沢 常行(せりざわ つねゆき、1915年11月2日 - 2… 芹沢 常行(せりざわ つねゆき、1915年11月2日 - 2005年11月21日)は、日本の警察官。 静岡県三島市出身。中央大学法学部二部卒。昭和35年(1960年)に施行された検視官制度において、日本初の検視官3名のうちの一人。 1939年警視庁巡査となる。警邏係、警務係を経て、1948年愛宕警察署捜査係長、1956年本所警察署刑事課長、警視庁刑事部鑑識課現場鑑識係長、同捜査第一課係長を経て、1960年日本で初めての検視官となる。検視官として、臨場した変死体は、15年間で約3,000体。その仕事ぶりからいつからか、「スッポンの芹さん」というあだ名が付けられる。その後、調布警察署長、警視庁刑事部地方課長、警視庁刑事部鑑識課長、板橋警察署長、警視庁刑事部検死官室長(刑事部理事官)を歴任。
曺 在千(チョ・ジェチョン、朝鮮語: 조재천、1912年11… 曺 在千(チョ・ジェチョン、朝鮮語: 조재천、1912年11月9日または11月19日 - 1970年7月5日)は、日本統治時代の朝鮮および大韓民国の教育者、裁判官、検察官、警察官、政治家。慶尚北道知事、法務部長官、内務部長官、第3~6代韓国国会議員を歴任した。 本貫は昌寧曺氏(朝鮮語版)、号は逸雲(イルン、일운)。カトリック教徒。政治家の曺国鉉は親戚。 全羅南道光陽郡津月面またはソウルまたは慶尚北道達城郡出身。1933年大邱師範学校講習科卒。全羅北道青蝦公立普通学校教師、全羅北道南原公立普通学校訓導、全羅北道産業部農務科嘱託を経て、1940年中央大学法学科卒業または中退。在学中の1940年8月朝鮮弁護士試験合格、同年10月日本高等文官試験司法科合格。
山中 要作(やまなか ようさく、1909年 <明治42年> … 山中 要作(やまなか ようさく、1909年 <明治42年> 12月6日 - 2003年 <平成15年> 12月13日)は、日本の地方公務員、経営者。埼玉県副知事、テレビ埼玉初代社長を歴任。埼玉県出身。 1943年に中央大学法学部を卒業。 山形県地方課長を経て、埼玉県庁で商工部長、企業部長、総務部長を歴任し、1969年には副知事に就任。1973年に埼玉県住宅供給公社理事長を経て、1978年から1983年までにテレビ埼玉初代社長を務めた。 1980年に勲三等旭日中綬章を受章。 2003年12月13日老衰のために死去。94歳没。
李 錫基(イ・ソッキ、朝鮮語: 이석기、1907年または19… 李 錫基(イ・ソッキ、朝鮮語: 이석기、1907年または1908年1月2日 - 1974年6月25日または1975年6月25日)は、日本統治時代の朝鮮および大韓民国の公務員、政治家、実業家。牙山郡守、公州郡守、第4・5代大田府尹、ソウル特別市副市長、第2・3・5代韓国国会議員を歴任した。 本貫は洪川李氏。仏教徒。元国会議員の方一弘は娘婿。 忠清南道扶余郡出身。1931年京城法学専門学校卒、1939年中央大学法学部卒。弁護士試験、高等文官試験行政科合格。京畿道内務部を経て、1941年に牙山郡守、1945年に公州郡守、忠清南道地方課長、1946年に第4・5代大田府尹、1948年にソウル特別市副市長、1950年に文教部秘書室長、国会議員、1953年に国会内務委員長、以後弾劾裁判所審判官、民主党院内副総務・総務、1967年に新韓党常務委員を歴任した。