小林 良彰(こばやし よしあき、1932年2月23日 - )… 小林 良彰(こばやし よしあき、1932年2月23日 - )は、日本の経済学者・経済史学者。専門は西洋経済史。 兵庫県神戸市出身。1956年、東京大学文学部西洋史学科卒業後、高等学校の教師となるが、後に並行して大阪大学大学院経済学研究科で経済政策を学んだ。同研究科で1968年修士号取得後、同志社大学講師となり、後に同志社大学商学部助教授・教授を経て、日本大学経済学部教授を務めた。 経済史の視点からフランス革命を研究した。フランス革命と明治維新の比較史や経済史関連の著作も多い。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
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楠井 敏朗(くすい としろう、1932年2月1日 - )は、… 楠井 敏朗(くすい としろう、1932年2月1日 - )は、日本の経済学者、横浜国立大学名誉教授。 長崎県長崎市生まれ。1961年和歌山大学卒、1965年東京大学大学院経済学研究科博士課程中退。1970年「イギリス農業革命史論 近代的農業成立過程の研究」で経済学博士。1965年東京大学経済学部助手。1968年横浜国立大学経営学部助教授、1979年教授、1997年定年退官、名誉教授、横浜商科大学教授。
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荒木 信義(あらき のぶよし、1932年 - )は、日本の経… 荒木 信義(あらき のぶよし、1932年 - )は、日本の経済学者。 東京都出身、東京大学経済学部卒。大蔵省入省、大臣官房調査課、1967年中央大学経済学部助教授、1971年日本長期信用銀行に入り、主任研究員。1984-1992年大分大学経済学部教授。1998年鈴鹿国際大学教授。
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正村 公宏(まさむら きみひろ、1931年(昭和6年)11月… 正村 公宏(まさむら きみひろ、1931年(昭和6年)11月15日 - 2020年(令和2年)10月11日)は、日本の経済学者。専攻は経済政策論、日本経済論。専修大学名誉教授。 東京生まれ。東京大学経済学部卒業。1968年に専修大学経済学部助教授、1974年教授。2002年定年退職、名誉教授。1972年『知識産業論』で専修大学より経済学博士の学位を取得。1989年『福祉社会論』で福武直賞受賞。 産業資本優位主義を批判し、福祉の充実を主張した。『戦後史』などの近現代史家として著書も多数刊行。ダウン症の息子を育てた日々を綴った『ダウン症の子をもって』(新潮社)はロングセラーとなった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
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北條 浩(ほうじょう ひろし、1931年11月7日 -201… 北條 浩(ほうじょう ひろし、1931年11月7日 -2017年 )は、日本の農業経済学者。 東京市神田に生れる。東京大学農学部卒、同大学院から千葉敬愛短期大学講師、徳川林政史研究所主任研究員、帝京大学法学部教授、米国ヴァージニア州立ジョージ・メイソン大学客員教授、徳川林政史研究所客員研究員。 山林、特に入会権、また温泉を研究した。
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青木 正直(あおき まさなお、1931年5月14日-2018… 青木 正直(あおき まさなお、1931年5月14日-2018年7月24日)は、日本の経済学者。専門は応用マクロ経済学 (Applied Macroeconomics)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA) 名誉教授。Econometric Society の Fellow。時系列解析、経済物理学等で業績がある。 元岐阜聖徳学園大学・経済情報学部教授。Society of Economic Dynamics and Control (現 Society of Economic Dynamics) 元会長。Macroeconomic Dynamics, Journal of Economic Dynamics and Control, International Economic Review の編集委員。
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新田 俊三(にった しゅんぞう、1931年5月12日 - 2… 新田 俊三(にった しゅんぞう、1931年5月12日 - 2002年2月8日)は、日本の経済学者。 朝鮮・京城府生まれ。大分県、東京都出身。東京大学経済学部卒、同大学院社会科学研究科理論経済学専攻博士課程満期退学。大分大学助手、講師を経て、1965年東洋大学助教授、1972年教授。1980-1984年経済学部長を務めた。1985年フランスのストラスブール第1大学客員教授を務めた。宇野学派の論客として地域共同体を軸にした社会・経済システム論を提起。日本社会党の経済政策ブレーンの一人で、はじめは社会主義協会に近かったが1970年代中頃に離れ、後には社会党の「新宣言」(1986年採択)に対する理論的助言者の一人だった。
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森田 桐郎(もりた きりろう、1931年4月24日 - 19… 森田 桐郎(もりた きりろう、1931年4月24日 - 1996年4月24日)は、日本の国際経済学者。元東京大学経済学部教授・東京大学名誉教授。
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村上 泰亮(むらかみ やすすけ、1931年〈昭和6年〉2月2… 村上 泰亮(むらかみ やすすけ、1931年〈昭和6年〉2月27日 - 1993年〈平成5年〉7月1日)は、日本の経済学者。専門は理論経済学。学位は、経済学博士(東京大学・1961年)。東京大学教授・国際日本文化研究センター教授・国際大学教授を歴任。 東京生まれ。父は東京学芸大学学長、青山学院大学学長などを務めた教育学者の村上俊亮。1953年東京大学教養学部教養学科イギリス科卒業。58年同助教授、のち教授。1961年、東京大学経済学博士。博士論文は『近代経済学の構造』。 東大教養学部教授在任中の1988年、同学部社会科学科への中沢新一の助教授任用が教授会で否決される(東大駒場騒動)と、東大の閉鎖的体質を批判し、西部邁に続いて辞職した。
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鍋島 力也(なべしま りきや、1931年 - )は、マルクス… 鍋島 力也(なべしま りきや、1931年 - )は、マルクス経済学者。元・専修大学経済学部教授。専門は再生産構造論。 東京生まれ。東京大学経済学部卒業。山田盛太郎のゼミに所属。大月短期大学助手、専任講師、経済企画庁経済研究所を経て、専修大学経済学部兼任講師、助教授、教授。 1967年より専修大学社会科学研究所所員。1998年より同研究所所外研究員。
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南 克巳(みなみ かつみ、1931年 - 2019年)は、マ… 南 克巳(みなみ かつみ、1931年 - 2019年)は、マルクス経済学者。千葉大学名誉教授。専攻は理論経済学・戦後資本主義論。 兵庫県生まれ。1953年東京大学経済学部卒業。東京大学大学院で山田盛太郎のゼミに所属。二瓶敏は「55年に大学院に入学したところ、教養学部に同じ年に入学して学生運動でも一緒だった南克巳さんと金子ハルオさんに再会しました。南さんは私より2年前に大学院に進学して山田ゼミに所属していましたが、恐慌論をテーマとした修士論文で宇野弘蔵批判をしたために、宇野さんに憎まれ、博士課程進学を阻まれて浪人中でした」と語っている。 神奈川大学専任講師、同大学法経学部助教授、法政大学経済学部教授、千葉大学教授を務めた。
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竹内 宏(たけうち ひろし。1930年9月13日 - 201… 竹内 宏(たけうち ひろし。1930年9月13日 - 2016年4月30日)は、日本の経済学者(日本経済・中東アジア経済)、評論家、キャスター。静岡県立大学グローバル地域センターセンター長(初代)・特任教授、株式会社価値総合研究所特別顧問、株式会社静岡新聞社客員論説委員、竹内経済工房主宰、上海師範大学名誉教授。 財団法人静岡総合研究機構理事長(初代)、株式会社日本長期信用銀行専務取締役調査部部長、株式会社長銀総合研究所理事長(初代)、静岡文化芸術大学文化政策学部特任教授、静岡県公立大学法人理事長(第2代)などを歴任した。 1930年、静岡県清水市(のちの静岡県静岡市)にて生まれた。旧制静岡県立清水中学校(静岡県立清水東高等学校の前身)を経て、旧制静岡高等学校(静岡大学の前身)を卒業した。
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岡崎 栄松(おかざき えいまつ、1930年7月16日 - 2… 岡崎 栄松(おかざき えいまつ、1930年7月16日 - 2001年7月24日)は、日本の経済学者。立命館大学教授を経て、同名誉教授。宇野学派のマルクス経済学者の一人。
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湯浅 赳男(ゆあさ たけお、1930年7月4日 - 2019… 湯浅 赳男(ゆあさ たけお、1930年7月4日 - 2019年8月4日)は、日本の経済学者、新潟大学名誉教授。比較文明史、環境経済学、経済人類学、コミュニティ論など。 山口県岩国市生まれ。1953年東京大学文学部仏文学科卒業、サラリーマンとなるが約9年後に大学院に入り、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。新潟大学人文学部助教授、経済学部教授。96年定年退官、名誉教授、常磐大学コミュニティ振興学部教授を経て客員教授。 2016年4月に瑞宝中綬章を受章した。 [増補新版]『世界史の想像力-文明の歴史人類学をめざして』/新評論1996
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安場 保吉(やすば やすきち、1930年5月21日 - 20… 安場 保吉(やすば やすきち、1930年5月21日 - 2005年4月13日)は、日本の経済学者。大阪大学名誉教授。専門は経済発展論、比較経済史。Ph.D.(ジョンズ・ホプキンズ大学)(1961年)。東京都出身。父は元山陽パルプ副社長の安場保国、父方の曾祖父は安場保和(後藤新平の岳父)、母方の祖父は満州国最高法院長の井野英一(元農林大臣・拓務大臣・法務大臣の井野碩哉の兄)。従弟は村田経和。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
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戸原 四郎(とはら しろう、1930年1月25日 - 200… 戸原 四郎(とはら しろう、1930年1月25日 - 2004年10月26日)は、日本のマルクス経済学者。東京大学名誉教授。 東京生まれ。1952年東京大学経済学部卒、1961年「ドイツ金融資本の成立過程」で経済学博士。1952年東大社会科学研究所助手、1959年退職、1961年同助教授、1972年教授、1990年定年退官、名誉教授、新潟大学教授、1995年退官。 1960年『ドイツ金融資本の成立過程』で日経・経済図書文化賞受賞。
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上野 明(うえの あきら、1930年 - )は、日本の評論家… 上野 明(うえの あきら、1930年 - )は、日本の評論家、経済学者。 野村證券株式会社調査部での勤務を経て、株式会社野村総合研究所主席研究員、静岡県立大学国際関係学部教授、静岡県立大学国際関係学部学部長(第3代)などを歴任した。 東京府出身。1953年(昭和28年)、東京大学経済学部を卒業し、野村證券に入社する。同社では調査部に勤務する。1965年(昭和40年)、野村総合研究所に移り、次長に就任する。1975年(昭和50年)、主席研究員に就任した。その後、静岡県立大学に転じ、国際関係学部の教授に就任した。国際関係学部においては、主として国際関係学科の講義を担当した。前任の美尾浩子の急逝を受けて、1992年(平成4年)1月から1993年(平成5年)12月にかけて学部長も兼務した。
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小林 謙一(こばやし けんいち、1930年 - )は、マルク… 小林 謙一(こばやし けんいち、1930年 - )は、マルクス経済学者。元法政大学経済学部教授。専門は労働経済論、産業経済論。宇野学派。 北海道釧路市生まれ。1953年北海道大学農学部農業経済学科卒。1958年東京大学大学院社会科学研究科(農業経済学)博士課程修了。指導教授は近藤康男。1958年東京大学社会科学研究所助手。1961年日本産業構造研究所研究員。1964年名古屋市立大学経済学部助教授。1969年法政大学経済学部教授。1979年から1年間、経済学部長。1981年「労働経済の構造変革」で経済学博士(法政大学)。1996年定年退職。創価大学比較文化研究所特任教授。2000年創価大学経営学部客員教授。
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保志 恂(ほし まこと、1930年 - )は、日本の農業経済… 保志 恂(ほし まこと、1930年 - )は、日本の農業経済学者。 名古屋生まれ。1953年東京大学経済学部卒業。日本経済史の安藤良雄のゼミに所属。1953年北海道立総合研究所(旧北海道立農業研究所)研究員。1963年農林省農業総合研究所研究員。1974年東京農業大学助教授。1976年「戦後日本資本主義と農業危機の構造」で経済学博士(東京大学)。のち東京農業大学教授。山田盛太郎、加用信文から理論的影響を受けた。1963年に山田が土地制度史学会のメンバーを母体に発足させた「再生産構造研究会」に参加した。伯父は農業経済学者の大槻正男。
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二瓶 敏(にへい さとし、1929年12月10日 - )は、… 二瓶 敏(にへい さとし、1929年12月10日 - )は、マルクス経済学者。元専修大学経済学部教授、専修大学社会科学研究所所員。 横浜市生まれ。兵庫県武庫郡御影町(現在の神戸市東灘区)および台北で育つ。1944年秋に日本に引き揚げ、福島県の旧制会津中学校に転校した。1945年江田島の海軍兵学校に入学した。敗戦後に会津中学校の4年生に復帰した。1947年、旧制浦和高等学校に入学した。1949年に落第および旧制高校廃止により中退し、東京大学教養学部文科2類に入学した。日本共産党に入党した。学生自治会結成と同時に副委員長を務めた。1950年夏より全学連書記局を務めた。「50年問題」では国際派に所属する。
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岡野 行秀(おかの ゆきひで、1929年9月19日 - 20… 岡野 行秀(おかの ゆきひで、1929年9月19日 - 2014年5月9日)は、日本の経済学者。位階は従四位。 専門は交通経済学。東京大学名誉教授、創価大学名誉教授。郵政研究所所長、道路経済研究所理事長等を歴任。道路経済研究所最高顧問兼参与。従四位。東京都出身。
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中村 貢(なかむら みつぐ、1929年9月 - )は、日本の… 中村 貢(なかむら みつぐ、1929年9月 - )は、日本の経済学者であり、計量経済学および不動産経済学を専門とする。東京大学経済学部教授や日本大学経済学部教授などを歴任し、日本における計量経済学教育のパイオニアとして知られる。戦後日本で初めて計量経済学の講義を担当した人物で、1980年代後半には東京大学経済学部長(大学院経済学研究科長)も務めた。 東京大学経済学部出身で、1950年代後半から統計学・計量経済学の研究に携わった。1958年には、ノーベル賞経済学者ローレンス・クラインの著書『計量経済学』の宮沢光一教授と共に日本語翻訳を岩波書店から出版しており、これは日本に計量経済学を紹介する草分け的役割となった。
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佐伯 尚美(さえき なおみ、男性、1929年4月29日 - … 佐伯 尚美(さえき なおみ、男性、1929年4月29日 - 2018年2月11日)は、日本の農業経済学者。東京大学名誉教授。 樺太生まれ。1954年東京大学経済学部卒、1961年同大学院応用経済専攻博士課程修了、「日本農業金融史論」で経済学博士。1961年農林中央金庫調査部、1966年立正大学経済学部助教授、1968年東大経済学部助教授、教授、1990年定年退官、名誉教授、新潟大学経済学部教授となり、1995年退任、日本農業研究所研究員、理事を務めた。叙従四位、瑞宝中綬章受章。
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富塚 文太郎(とみづか ぶんたろう、1929年2月28日 -… 富塚 文太郎(とみづか ぶんたろう、1929年2月28日 - 2022年11月28日)は、日本の経済学者、東京経済大学名誉教授、元学長、元法人理事長。 東京出身。東京大学に学び、在学中は「全日本学生自治会総連合の傘下で学生運動にのめり込んでいた」という。1952年、東京大学経済学部経済学科を卒業し、産経新聞に入社し、東京本社で新聞記者となった。その後、大学に戻り、東京大学大学院社会科学研究科理論経済学専攻博士課程に学ぶ。国民経済研究協会主任研究員、後に兼任で理事長、会長となる。1968年に東京経済大学経済学部助教授、1971年に教授、さらに1992年から2000年まで東京経済大学学長、1998年から2005年まで学校法人東京経済大学理事長を務めた。
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金子ハルオ(かねこ はるお、1929年2月3日 - )は、日… 金子ハルオ(かねこ はるお、1929年2月3日 - )は、日本のマルクス経済学者、東京都立大学 (1949-2011)・大妻女子大学名誉教授。門下に五十嵐仁がいる 茨城県新治郡千代田村(現かすみがうら市)出身。1953年東京大学経済学部卒。1959年同大学院社会科学研究科理論経済学博士課程満期退学。1959年東京都立大学法経学部助手、1961年講師、1962年助教授、1970年経済学部教授、1975年-1979年・1981年-1985年経済学部長。1992年定年退官、大妻女子大学社会情報学部教授、学部長、2000年同名誉教授。 1969年「生産的労働と国民所得」で東大経済学博士。1978年-1984年日本学術会議会員。
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並木 信義(なみき のぶよし、1929年 - )は、元官僚の… 並木 信義(なみき のぶよし、1929年 - )は、元官僚の経済学者。東京生まれ。1952年東京大学経済学部卒、通産省入省、1959-1963年経済企画庁出向、1963-1967年ベルギー日本大使館一等書記官、1970年「ヨーロッパ経済論 -欧洲統合の現状と将来- 」で中央大学経済学博士。通産調査課長、産業構造課長、1975年日本経済研究センター、のち理事、常勤顧問。1989年名古屋市立大学経済学部教授、92年亜細亜大学教授、2000年退職。
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大島 雄一(おおしま ゆういち、1929年 - 1988年4… 大島 雄一(おおしま ゆういち、1929年 - 1988年4月21日)は、マルクス経済学者。専門は理論経済学。 東京都生まれ。1949年東京高等学校(旧制)文科丙類卒業。1953年東京大学経済学部経済学科(旧制)卒業。宇高基輔のゼミに所属。高橋幸八郎、内田義彦、平瀬巳之吉の指導も受けた。大学院で横山正彦の指導を受けた。名古屋大学経済学部講師、助教授、教授。1983年経済学部長。1988年死亡退官、叙従四位。
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小宮 隆太郎(こみや りゅうたろう、旧字体:小宮 隆太郞、1… 小宮 隆太郎(こみや りゅうたろう、旧字体:小宮 隆太郞、1928年(昭和3年)11月30日 - 2022年(令和4年)10月31日)は、日本の経済学者。位階は従三位。東京大学名誉教授・青山学院大学名誉教授。国際経済学、日本経済、中国経済の3つの分野での実証的な研究を行った業績で知られる。また、多くの日本の経済論争に中心人物としてかかわっている。2002年、文化勲章受章。 1928年11月30日、京都市で生まれる。父は京都大学電気工学科出身の日立製作所に勤めるエンジニアであった。小学生のときに父親の転勤で東京都大森へ転居。旧制東京高等学校を経て、1949年に東京大学へ入学し、木村健康ゼミへ入る。
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宇沢 弘文(うざわ ひろふみ、旧字体: 宇澤 弘文、1928… 宇沢 弘文(うざわ ひろふみ、旧字体: 宇澤 弘文、1928年〈昭和3年〉7月21日 - 2014年〈平成26年〉9月18日)は、日本の経済学者。専門は数理経済学。意思決定理論、二部門成長モデル、不均衡動学理論などで功績を認められた。シカゴ大学ではジョセフ・E・スティグリッツを指導した。東京大学名誉教授。位階は従三位。 鳥取県米子市出身。父時夫は小学校の教師。宇沢家の始祖は江戸中期に遡る。元は米子の南に位置する法勝寺(現在の南部町)というところの出で、のちに米子に移った。生家は代々米屋を営んでいたが破産している(時期は不明)。宇沢家は長い間、男の子に恵まれなかった。全くの女系家族といってよい。父も祖父も婿養子である。
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島崎 久弥(しまざき きゅうや、1928年5月6日 - )は… 島崎 久弥(しまざき きゅうや、1928年5月6日 - )は、経済学者。 東京府(現世田谷区)出身。1953年東京大学法学部政治学科卒、東京銀行に入り、調査部審議役から東銀リサーチ・インターナショナル主任研究員。1984年関東学院大学経済学部教授。1991年「円の侵略史 円為替本位制度の形成過程」で九州大学博士(経済学)。1992年神奈川大学経済学部教授。京都大学、関東学院大学、中央大学、横浜国立大学、神奈川県立外語短期大学、横浜商科大学、明治学院大学の各非常勤講師兼務。1999年定年。 2. 『日本紳士録』 2002 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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那須 正彦(なす まさひこ、1928年1月5日 - )は、日… 那須 正彦(なす まさひこ、1928年1月5日 - )は、日本の経済学者、明海大学名誉教授。 岡山県岡山市出身。1953年東京大学経済学部卒業。旧太陽銀行(現三井住友銀行)に入行し、審査部総務課長、奥沢支店長、大阪副支店長等を歴任。1976年太陽火災海上保険常務取締役に出向。1981年、太陽神戸銀行に復帰、審議役。1982年中部工業大学(現中部大学)教授に転じる。1990-1993年経営情報学部長。1993年明海大学経済学部教授。2000年定年、名誉教授となる。1988年「現代日本の金融構造 資金循環分析による実証と国際比較」で法政大学経済学博士。専攻は経済学、金融論。
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石崎 昭彦(いしざき てるひこ、1928年 - )は、日本の… 石崎 昭彦(いしざき てるひこ、1928年 - )は、日本の経済学者。神奈川大学名誉教授。専攻はアメリカ経済論、世界経済論、経済政策論。宇野学派。 東京生まれ。1953年横浜国立大学経済学部卒業。1958年東京大学大学院社会科学研究科応用経済学博士課程修了。楊井克巳、遠藤湘吉から指導を受けた。1958年東京大学社会科学研究所助手。1961年神奈川大学経済学部助教授。1963年「アメリカ金融資本の成立」で経済学博士(東京大学)。1968年神奈川大学経済学部教授。1998年退職。1998-2000年産業学会会長。 著書に宇野理論の段階論をアメリカに適用した『アメリカ金融資本の成立』(東京大学出版会、1962年)がある。
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古川 哲(ふるかわ てつ、1928年 - 1990年)は、マ… 古川 哲(ふるかわ てつ、1928年 - 1990年)は、マルクス経済学者。法政大学経済学部教授。専攻は産業循環論・経済原論。 岡山市生まれ。1949年旧制第六高等学校文科甲類卒業。1952年東京大学経済学部卒業。旧制六高時代から東大時代以来宇高基輔、大学の演習以来山田盛太郎に師事。法政大学経済学部助教授を経て、教授。1963年に山田盛太郎が土地制度史学会のメンバーを母体に発足させた「再生産構造研究会」に参加した。同じく山田門下の南克巳と「冷戦研究会」を主催した。
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山野邊 義方(やまのべ よしまさ、1928年 - )は、日本… 山野邊 義方(やまのべ よしまさ、1928年 - )は、日本の経済学者。流通経済大学名誉教授、専攻は物流論、物流管理。茨城県水戸市出身 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
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高梨 昌(たかなし あきら、1927年(昭和2年)9月18日… 高梨 昌(たかなし あきら、1927年(昭和2年)9月18日 - 2011年(平成23年)8月30日)は、日本の経済学者。信州大学名誉教授。労働経済学専攻。 東京の生まれ。東京大学卒業後、労働経済学を専門に研究を行った。1971年(昭和46年)からは信州大学の教授として活動し、第二次世界大戦後の日本の労働市場の研究や労働経済学の教鞭を執る。 その後は中央職業安定審議会の会長や厚生労働省内の中央労働委員会の委員、日本労働研究機構(現在の労働政策研究・研修機構)の会長等を歴任した。晩年は信州大学の名誉教授にも認定された。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
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小山 昭雄(こやま あきお、1927年3月13日 - 201… 小山 昭雄(こやま あきお、1927年3月13日 - 2017年4月15日)は、日本の数学者・数理経済学者。 長野県更級郡上山田町(現千曲市)生まれ。旧制日本大学第二中学、旧制第一高等学校理科を経て、1948年東京帝国大学理学部卒。武蔵大学助教授、上智大学助教授、教授、1970年学習院大学経済学部教授、97年定年、名誉教授。
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磯辺 俊彦(いそべ としひこ、1927年 - 2012年6月… 磯辺 俊彦(いそべ としひこ、1927年 - 2012年6月)は、日本の農業経済学者。 京都市生まれ(原籍福岡県)。1952年東京大学農学部農業経済学科卒。農林省農業総合研究所に入所。1962年「佐賀平坦農業における生産力構造の研究 : いわゆる佐賀段階の構造分析」で農業博士(東京大学)。農業総合研究所農業経営研究室長、農村経済研究室長を経て、1982年千葉大学園芸学部教授。1993年東京農業大学農学部教授。1998年退職。磯辺塾を開設(2010年終了)。この間、1989年沖縄国際大学南島文化研究所特別研究員。1993-1994年日本村落研究学会会長。1998年『村落社会研究ジャーナル』編集委員会編集委員(顧問)。
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島崎 美代子(しまざき みよこ、1927年 - )は、マルク… 島崎 美代子(しまざき みよこ、1927年 - )は、マルクス経済学者。元日本福祉大学経済学部教授。専攻は戦後アメリカ・日本資本主義論、経済政策論。旧姓は石本。夫は社会学者の島崎稔。 東京生まれ。父は地震学者の石本巳四雄、母はコーラス指導者の石本美佐保(医師の高安道成と歌人の高安やす子の娘。歌人の高安国世の姉)。兄は生化学者の石本真。1949年東京女子医学専門学校卒業。1953年東京大学経済学部経済学科卒業。山田盛太郎のゼミに所属。住谷一彦によると、1947年頃、東大の「社研」のメンバーだった。吉澤芳樹によると、東大入学前から内田義彦が自宅でやっていた勉強会のメンバーで、内田の助手役もした。内田と東大音感合唱研究会の指導もした。
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梶井 功(かじい いそし、1926年9月21日 - 2019… 梶井 功(かじい いそし、1926年9月21日 - 2019年7月2日)は、日本の農業経済学者、東京農工大学名誉教授。第15期・16期日本学術会議会員。 新潟県佐渡郡相川町(現・佐渡市)生まれ。1950年東京大学農学部農業経済学科卒業。1961年「農業生産力の展開構造」で農学博士の学位を取得。1964年鹿児島大学農学部助教授、1967年教授。1971年東京農工大学農学部教授、1988年農学部長、1990年定年退官、東京農業大学農学部教授。1995年東京農工大学学長、2001年退任。2002年勲二等瑞宝章受章。 既存統計を加工、駆使しての分析は他の研究者の追随を許さないものである。 常に経営における実証研究を基軸として据え、これと統計との整合性について言及するスタンスを崩さなかった。
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三輪 昌男(みわ まさお、1926年8月27日-2003年2… 三輪 昌男(みわ まさお、1926年8月27日-2003年2月16日)は、日本の農業経済学者。國學院大學名誉教授。専門は協同組合論。 山口県出身。東京大学経済学部卒。協同組合経営研究所研究員、國學院大學経済学部助教授、教授、1997年定年、名誉教授。日本協同組合学会会長を務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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持田 恵三(もちだ けいぞう、1926年5月14日 - 20… 持田 恵三(もちだ けいぞう、1926年5月14日 - 2010年1月20日)は、日本の農業経済学者。 北海道砂川市生まれ。1953年東京大学農学部農業経済学科卒。1962年同大学院博士課程修了、「日本農業の近代化過程」で農学博士の学位を取得。農林省農業総合研究所、和光大学経済学部教授。1997年定年、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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熊野 剛雄(くまの よしお、1926年5月3日 - 2020… 熊野 剛雄(くまの よしお、1926年5月3日 - 2020年11月24日)は、日本の経済学者。専修大学名誉教授。 広島県尾道市出身。1951年東京大学経済学部卒業。同年大学院中退。角丸証券(現・みずほ証券)入社。1965年同社調査部長。日本証券経済研究所主任研究員(のち理事)、1968年専修大学経営学部講師。1977年教授、同経営研究所長。97年定年、名誉教授。証券経済学会代表理事、日本学術会議会員も務めた。1998年から20余年にわたり、大槻久志のペンネームで金融と経済の啓蒙書を刊行した。
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渡部 経彦(わたなべ つねひこ、1926年4月1日 - 19… 渡部 経彦(わたなべ つねひこ、1926年4月1日 - 1976年12月19日)は、日本の経済学者。専門は、経済政策・計量経済学。学位は、経済学博士(東北大学・1962年)(博士論文「国際比較の観点からみた産業連関分析の応用」)。京都大学経済研究所教授・大阪大学経済学部教授を歴任。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
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畠中 道雄(はたなか みちお、1926年3月20日 - 20… 畠中 道雄(はたなか みちお、1926年3月20日 - 2016年11月5日)は、日本の経済学者、大阪大学名誉教授。専門は計量経済学(とくに時系列分析)。Ph.D.(ヴァンダービルト大学)。福岡県出身。 大阪大学社会経済研究所(以下、阪大社研)において、森嶋通夫や二階堂副包と共に阪大社研の黄金時代を現出する。森嶋らの離任後は後任の稲田献一らと共に研究業績をあげ、内紛後の阪大社研を盛り立てた。[要出典]計量経済学研究の第一人者であり、Econometrica等、世界的ジャーナルの編者も務めた。Econometric Societyのフェロー。[要出典] この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。
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島田 克美(しまだ かつみ、1926年1月3日 - )は、日… 島田 克美(しまだ かつみ、1926年1月3日 - )は、日本の経済学者。学位は、博士(商学)(大阪市立大学・1992年)。住友商事理事、京都学園大学教授等を歴任。 石川県生まれ。1947年東京帝国大学法学部卒。1948年人事院、1950年公正取引委員会、1957年経済企画庁、1967年住友商事入社、1974年業務本部調査計画部長、1981年理事、事務本部副本部長、京都学園大学経済学部教授、1989年流通経済大学特任教授、1997年客員教授。1992年「商社商権論」で大阪市立大学より博士(商学)の学位を取得。
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佐藤 進(さとう すすむ、1926年1月1日 - 1998年… 佐藤 進(さとう すすむ、1926年1月1日 - 1998年3月1日)は、日本の経済学者。新潟大学名誉教授。専門は、財政学、地方財政論。東京都生まれ。勲二等瑞宝章受章。 東京都行財政調査会専門委員、税制調査会専門委員、特別区政調査会委員、外務公務員採用上級職試験委員、東京都市政調査会藤田賞選考委員などを歴任。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
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中村 隆英(なかむら たかふさ、1925年10月15日 - … 中村 隆英(なかむら たかふさ、1925年10月15日 - 2013年9月26日)は、日本の経済学者。東京大学名誉教授。専門は、経済統計学・日本経済論。東京出身。
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嘉治 元郎(かじ もとお、1925年8月13日 - 2011… 嘉治 元郎(かじ もとお、1925年8月13日 - 2011年7月23日)は、日本の経済学者。専門は経済学。東京大学名誉教授。嘉治隆一の長男。 53-54年フルブライト奨学生としてハーヴァード大学大学院に学ぶ。55年東大専任講師、58年助教授、60-61年フルブライト研究員としてスタンフォード大学に学ぶ。68年教授、68-69年イェール大学に留学、1974年から1975年まで東京大学評議員、1978年から1979年まで東京大学教養学部長、 84-86年アメリカ学会会長。財団法人放送大学教育振興会理事、財団法人国際文化会館理事長、財団法人グルー基金理事長、財団法人アメリカ研究振興会常務理事、財団法人政策科学研究所理事、財団法人渋沢栄一記念財団理事、財団法人日本ユニセフ協会評議員、財団法人ラボ国際交流センター評議員を歴任した。
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川田 侃(かわた ただし、1925年6月22日 - 2008… 川田 侃(かわた ただし、1925年6月22日 - 2008年2月14日)は、日本の経済学者(国際経済学・国際関係論)。位階は従四位。勲等は勲二等。学位は経済学博士(東京大学)。東京大学名誉教授、上智大学名誉教授、日本学士院会員。 東京大学社会科学研究所研究員、東京大学教養学部助教授、東京大学経済学部教授、上智大学外国語学部教授、フェリス女学院大学教授などを歴任した。 1925年6月22日、栃木県栃木市生まれ。父の川田準一郎は東京帝国大学法科大学卒の弁護士。旧制東京高校、東京大学経済学部卒業。高校教諭を経て、国際経済学や国際関係論を専門とする経済学者となった。東京大学社会科学研究所研究員、東京大学教養学部助手・助教授、東京大学経済学部助教授・教授、上智大学外国語学部教授、フェリス女学院大学教授を歴任。
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近江谷 左馬之介(おうみや さまのすけ、1925年6月14日… 近江谷 左馬之介(おうみや さまのすけ、1925年6月14日 - 1999年10月11日)は、マルクス経済学者。元九州大学経済学部教授。 神奈川生まれ。小牧近江(本名:近江谷駧)の長男。1948年東京大学経済学部経済学科卒業。東京大学社会科学研究所に勤務。1949年6月-1952年3月東京大学社会科学研究所助手。1955年6月九州大学経済学部助教授。のち九州大学経済学部教授を経て、『現代の世界』編集長。 向坂逸郎の門下生で、社会主義協会に所属した。九大在職中の向坂が東京滞在中に自宅で開いていた『資本論』の研究会に参加していた。1985年6月に社会党の綱領等基本問題検討委員会の新宣言作業小委員会が宣言草案「日本社会党の新宣言――愛と知と力のパフォーマンス」を取りまとめた際、社会主義協会は機関誌『社会主義』の緊急号外「日本社会党の新宣言(草案)批判」を発行し、近江谷『社会主義』編集長を委員長とする「『新宣言』に関する小委員会」作成の論文という形で「新宣言」を全面的に批判した。
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