細窪 孝(ほそくぼ たかし、1931年 - 2021年)は、… 細窪 孝(ほそくぼ たかし、1931年 - 2021年)は、日本の文学研究者。 東京生まれ。東京大学国文科卒。 東京都立雪谷高校学校、東京都立西高等学校教諭。 文学同人「獨樂の会」会員。 民族芸能を守る会、日本民主主義文学同盟などに所属した。 東京家政学院大学人文学部日本文化学科教授。2002年定年退任。
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細窪 孝(ほそくぼ たかし、1931年 - 2021年)は、… 細窪 孝(ほそくぼ たかし、1931年 - 2021年)は、日本の文学研究者。 東京生まれ。東京大学国文科卒。 東京都立雪谷高校学校、東京都立西高等学校教諭。 文学同人「獨樂の会」会員。 民族芸能を守る会、日本民主主義文学同盟などに所属した。 東京家政学院大学人文学部日本文化学科教授。2002年定年退任。
井上 重治(いのうえ しげはる、1931年 - 2012年5… 井上 重治(いのうえ しげはる、1931年 - 2012年5月19日)は、日本の研究者。抗菌アロマテラピーの第一人者。 1931年、埼玉県長瀞町(旧白鳥村)に生まれる。1950年、埼玉県立熊谷高等学校を卒業。1954年、東京大学医学部薬学科卒業。1965年米国オハイオ州立大学化学科に留学する。明治製菓に入社し、その後40年間抗生物質の研究に従事する。その間『メイセリン』を発明する。1989年明治製菓・薬品総合研究所副所長兼探索研究所長。1996年千葉大学真菌医学研究センター客員教授、以後抗菌アロマテラピーの研究に従事する。1997年帝京大学医真菌研究センター非常勤講師。2000年井上ハーブ園開設。
劉 進慶(りゅう しんけい、1931年 - 2005年10月… 劉 進慶(りゅう しんけい、1931年 - 2005年10月23日)は、台湾経済の研究者。日本名、中山 進慶(なかやま しんけい)。 1931年日本統治下の台湾台南州斗六郡斗六街(現・雲林県)生まれ。1956年台湾大学経済学系卒業、1972年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。1975年より東京経済大学助教授、1978年同教授、同経済学部長、図書館長、学校法人東京経済大学理事を歴任。1985年対外経済貿易大学(北京)、1996年北京大学客員教授。1991年スタンフォード大学、1992年ハーバード大学客員研究員。2002年東京経済大学名誉教授。 マルクス経済学者であり、社会主義者として台湾問題で両岸統一を主張していた。
竹田 晃(たけだ あきら、1930年11月26日 - )は、… 竹田 晃(たけだ あきら、1930年11月26日 - )は、日本の中国文学研究者。東京大学教養学部名誉教授。明海大学名誉教授。六朝の志怪小説、唐代伝奇小説が専門。元東京大学運動会硬式野球部監督。
上妻 精(こうづま ただし、1930年10月31日 - 19… 上妻 精(こうづま ただし、1930年10月31日 - 1997年6月26日)は、日本の哲学研究者、東北大学名誉教授。ヘーゲルを専門とした。 1930年、愛知県名古屋市生まれ。旧制水戸高等学校1年修了。東京大学文学部倫理学科で学び、指導教官は金子武蔵であった。学科の同期には評論家の俵孝太郎、思想の科学研究会会長代行の後藤宏行、東京大学教授の谷嶋喬四郎、山口大学教授の山田洸がいた。1953年、東京大学文学部を卒業し、同大学大学院に進む。1960年、同大学院博士課程を中退。 卒業後は東邦大学助教授となった。1965年、成蹊大学助教授。1970年に教授昇進。1985年、東北大学文学部教授となった。1993年、東北大学を定年退官し、名誉教授となった。
吉田 凞生(よしだ ひろお、1930年10月25日 - 20… 吉田 凞生(よしだ ひろお、1930年10月25日 - 2000年5月13日)は、日本近代文学研究者。難字であるため、「吉田 煕生」「吉田 熈生」などで代用記載されることが多い。 広島県出身。東京大学国文科卒。東京女子大学助教授、教授、千葉大学教授、大妻女子大学教授、1992年城西国際大学教授。 小林秀雄、中原中也の研究・作品解説で知られた。邦楽家(箏曲者)中島雅楽之都(1896 - 1979)の伝記と著書編纂(さん)もしている。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
久保 正彰(くぼ まさあき、1930年10月10日 - )は… 久保 正彰(くぼ まさあき、1930年10月10日 - )は、日本の文学研究者(西洋古典学専攻)。勲等は瑞宝重光章。学位は文学修士(東京大学・1957年)。東京大学名誉教授、東北芸術工科大学名誉教授、日本学士院会員。 東京大学教養学部助手、成蹊大学文学部助教授、東京大学教養学部助教授、東京大学文学部教授、東京大学文学部学部長、東北芸術工科大学学長、日本学士院院長、一般社団法人学士会理事長などを歴任した。 日本における西洋古典学の第一人者で、太平洋戦争後、ハーバード大学を卒業し、東京大学の大学院修士課程を修了、東京大学や成蹊大学で教鞭を執った。東京大学文学部では学部長に就き、新設された東北芸術工科大学で初代学長に就任するなど、要職を歴任した。
大隅 清治(おおすみ せいじ、1930年7月12日 - 20… 大隅 清治(おおすみ せいじ、1930年7月12日 - 2019年11月2日)は、日本の水産動物研究者。特に鯨類の権威。 学位は、農学博士(東京大学・1964年)。日本鯨類研究所理事長等を歴任。 妻は電子顕微鏡学者の大隅正子。長女は神経科学者の大隅典子。 群馬県伊勢崎市出身。旧制群馬県立前橋中学校、東京陸軍幼年学校(49期)、旧制新潟高等学校を経て、東京大学農学部卒業。1964年、農学博士(東京大学)(学位論文:「A study on age determination of the fin whale(ナガスクジラの年令査定法に関する研究) 」)取得。 日本鯨類研究所・水産庁などで鯨の研究に従事。
荒井 献(あらい ささぐ、1930年5月6日 - 2024年… 荒井 献(あらい ささぐ、1930年5月6日 - 2024年8月16日)は、日本の新約聖書学者・グノーシス主義研究者。学位は、神学博士(ドイツ・エアランゲン=ニュルンベルク大学)。東京大学名誉教授、恵泉女学園大学名誉教授。日本学士院会員。 1930年(昭和5年)、秋田県大曲市(現大仙市)で生まれた。秋田県立秋田高等学校より東京大学へ進み、1954年、東京大学教養学部を卒業。東京大学大学院人文科学研究科に進み、西洋古典学を専攻した。1959年に博士課程を単位取得満期退学。その後はドイツ・フリードリヒ・アレクサンダー大学エアランゲン=ニュルンベルクに留学し、『ナグ・ハマディ写本』中の『真理の福音』のキリスト論に関する学位論文を提出して神学博士の学位を得た。
和泉 模久(いずみ ひろひさ、1930年5月5日 - )は、… 和泉 模久(いずみ ひろひさ、1930年5月5日 - )は、東南アジア諸語の研究者。 東京生まれ。1957年東京大学文学部西洋史学科卒。1963年大阪外国語大学講師。1967-1970年カンボジアに滞在、プノンペン大学客員教授。カンボジア語(クメール語)、フィリピン語(タガログ語)、インドネシア語、タイ語、マレー語などを研究。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
板倉 聖宣(いたくら きよのぶ、1930年〈昭和5年〉5月2… 板倉 聖宣(いたくら きよのぶ、1930年〈昭和5年〉5月2日 - 2018年〈平成30年〉2月7日)は、科学史や教育学、理科教育史を専門とする日本の研究者。 主な業績は「科学的認識の成立条件」の発見、仮説実験的認識論の発見と仮説実験授業による具体化と実証によって「授業の科学的研究」を確立した。仮説実験授業研究会設立による「たのしい授業学派」の確立など。 東京大学理学博士。「仮説実験授業」の提唱者で、「いたずら博士」として科学啓発書を中心に多数の著書を執筆した。国立教育研究所 物理教育推進室長、仮説実験授業研究会 代表、(私立)板倉研究室 室長、日本科学史学会 会長を歴任。『ひと』(太郎次郎社)や『たのしい授業』(仮説社)の創刊にも貢献。
新谷 洋二(にいたに ようじ、1930年(昭和5年)4月26… 新谷 洋二(にいたに ようじ、1930年(昭和5年)4月26日 - 2022年(令和4年)2月16日)は、日本の都市計画研究者。交通工学者。東京大学名誉教授。専門は都市交通工学で、駐車場の関連法規制定などに関わり、東京大学工学部都市工学科、日本大学理工学部土木工学科で研究の傍ら後進の育成にあたる。日本都市計画学会会長を歴任。工学博士(東京大学)。旧東京府荏原郡北品川宿(現・東京都品川区)生まれ。 ※本節の記載は日本大学理工学部科学技術史センターウェブサイトによる。 1953年3月、東京大学工学部土木工学科卒業。 1955年3月、東京大学大学院数物系研究科土木工学専門課程修士課程修了。以後、北海道開発局、建設省都市局など勤務を経て1965年に東京大学工学部助教授。
菊地 昌典(きくち まさのり、1930年2月17日 - 19… 菊地 昌典(きくち まさのり、1930年2月17日 - 1997年5月22日)は、日本のソ連研究者。東京大学名誉教授。 東京出身。東京都立第九中学校、宇都宮高等農林学校を経て1952年東京大学農学部獣医畜産学科卒業。1955年、同大学院農学研究科農業経済学専攻修士課程修了。国立国会図書館勤務を経て、1966年、農学博士、東大教養学部助教授(国際関係論)、1980年、同教授。1990年定年退官、東大名誉教授、千葉敬愛短期大学教授。1992年同短大学長、1997年、敬愛大学教授。在任中死去。
石田 力三(いしだ りきぞう、1930年 - 没年不詳)は、… 石田 力三(いしだ りきぞう、1930年 - 没年不詳)は、日本の水産環境研究者、農学博士。アユに関する研究が有名。 1930年(昭和5年)静岡県に生まれる。1954年(昭和29年)東京大学卒。その後大学院に進み、1960年(昭和35年)3月に「アユの産卵場の構造とその産卵習性に関する研究」で東京大学大学院生物系研究科水産学専門課程博士課程を修了する(農学博士)。そのまま大学の研究室にしばらく在籍したのち、1963年(昭和38年)より水産庁水産研究所に入り、河川養殖部主任研究官、河川湖沼部資源研究室長、内水面利用部漁場管理研究室長等を歴任する。そのかたわら、NHKの番組「趣味講座」の「釣り入門」「釣り専科」の講師を担当する。
戸塚 秀夫(とつか ひでお、1930年 - 2017年)は、… 戸塚 秀夫(とつか ひでお、1930年 - 2017年)は、日本の労働問題研究者。東京大学社会科学研究所名誉教授。経済学博士。専攻は社会政策、労働問題。 1930年東京都生まれ。海軍軍人・戸塚道太郎の三男。1954年東京大学経済学部卒業。学生時代は日本共産党東大細胞のメンバーとして学生運動に参加した。戸塚らが同じ国際派グループから「査問」を受けたのは日本の学生運動で最初の内ゲバだったとされる。 1959年東京大学大学院社会科学研究科博士課程修了。明治大学政経学部専任講師、東京大学社会科学研究所助教授、教授を経て、名誉教授。1990年から1995年埼玉大学経済学部教授。1995年6月に国際労働研究センターを設立し、共同代表となる。
小林 彰太郎(こばやし しょうたろう、1929年11月12日… 小林 彰太郎(こばやし しょうたろう、1929年11月12日 - 2013年10月28日)は、日本の自動車評論家、自動車社会史研究者。 世界的に著名な自動車評論家の1人であり、日本の「モータージャーナリズム」を築き上げた第一人者として、戦後の日本車発展に大きく貢献した。また、自動車史研究やクラシックカーの権威としても知られ、欧州志向の伝統的な自動車趣味を自ら実践し、その魅力を発信した。自動車雑誌『カーグラフィック』(二玄社)の創刊者および名誉編集長であったほか、日本自動車ジャーナリスト協会副会長、日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員会委員長、カー・オブ・ザ・センチュリー名誉専門委員会副委員長等を歴任した。
越智 治雄(おち はるお、1929年10月27日 - 198… 越智 治雄(おち はるお、1929年10月27日 - 1983年6月24日)は、日本近代文学研究者、元東京大学教養学部教授。
新井 直之(あらい なおゆき、1929年9月21日 - 19… 新井 直之(あらい なおゆき、1929年9月21日 - 1999年5月13日)は、日本のジャーナリスト、ジャーナリズム研究者。 岩手県盛岡市出身。東京大学文学部独文科卒業。在学中に同大学新聞研究所の第1期研究生となった。1951年共同通信入社。社会部、文化部を経て文化部次長、科学部長、編集委員、調査部長を歴任し、1978年退社して創価大学文学部教授、1993年東京女子大学現代文化学部教授。日本ジャーナリスト会議設立時には共同支部幹事を務め、1973年から1979年まで同会議副議長を務めた。 評論家の樋口恵子とは事実婚の関係にあった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
後藤 和彦(ごとう かずひこ、1929年7月12日 - 20… 後藤 和彦(ごとう かずひこ、1929年7月12日 - 2016年1月3日)は、日本のマスメディア研究者、常磐大学名誉教授。 東京生まれ。1953年東京大学文学部卒業、NHK入局。制作現場を経て、放送文化調査研究所研究部長など。83年退職、常磐大学教授。2002年定年退職、名誉教授。ダニエル・J・ブーアスティン『幻影の時代』の翻訳、マクルーハンの紹介などで知られる。
谷口 幸男(たにぐち ゆきお、1929年7月 - )は、日本… 谷口 幸男(たにぐち ゆきお、1929年7月 - )は、日本の文学者、文学研究者、民俗学者、翻訳家。専門はドイツ文学および北欧文学。
岡谷 公二(おかや こうじ、1929年4月9日 - )は、日… 岡谷 公二(おかや こうじ、1929年4月9日 - )は、日本のフランス文学・美術研究者、翻訳家。跡見学園女子大学名誉教授。 東京生まれ。岡谷鋼機創業者一族の出。父の岡谷順之助は岡谷商店副社長で岡谷鋼機取締役。外祖父の高松定一は堀川貯蓄銀行取締役。 慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部を卒業。 父親の指示で慶應義塾予科医学部に進学するが、医学を放棄して東京大学文学部に進学する。1952年東京大学文学部美学美術史学科卒業。大学時代は『第15次新思潮』に参加。 その後ゴーギャン、アンリ・ルソーなど、熱帯に魅せられた画家たちの翻訳、研究を著し、柳田國男の青春期を研究し、友人であった田山花袋の初期作品が、ほぼ柳田自身の悲恋をモデルとしていることをつきとめた。
春日 佑芳(かすが ゆうほう、1929年 - )は、日本の哲… 春日 佑芳(かすが ゆうほう、1929年 - )は、日本の哲学研究者、防衛大学校名誉教授。道元とヴィトゲンシュタインを研究。 福島県伊達郡国見町の安養寺に生まれる。海軍兵学校を経て、東京大学文学部倫理学科卒業。防衛大学校助教授、教授、1994年定年、名誉教授、駒澤大学教授。2000年退職。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
杖下 隆英(つえした りゅうえい、1929年 - 2017年… 杖下 隆英(つえした りゅうえい、1929年 - 2017年11月21日)は、日本の哲学研究者、東京大学教養学部名誉教授。英国哲学、デイヴィッド・ヒュームを専攻。 東京生まれ。父は1928年に東京帝国大学を卒業した中国思想研究家で、東洋大学教授の杖下隆之。1952年東京大学文学部哲学科卒業。同年東京大学教養学部助手、のち助教授、教授。1990年定年退官、名誉教授。2014年瑞宝中綬章受章。
川村 善二郎(かわむら ぜんじろう、1928年11月1日 -… 川村 善二郎(かわむら ぜんじろう、1928年11月1日 - 2024年1月15日)は、岐阜県出身の部落問題研究者。植木等の妹の夫。 岐阜市伊奈波通に生まれ、1930年から1951年まで東京市本所区両国に育つ。1948年、浦和高等学校 (旧制)文科卒業。同年、東京大学 (旧制)に入った年に植木徹誠の一家と知り合い、初めて三重県の部落差別の話を聞く。1951年、東京大学文学部(日本近代史専攻)卒業。 1953年、植木徹誠の娘と結婚。1961年ごろから徹誠のもとで部落問題を学び始める。『幸徳秋水全集』(明治文献資料刊行会)の編纂・解説に当たる。 和光大学、法政大学、女子聖学院短期大学、東京経済大学、横浜市立大学、東京学芸大学の各講師を歴任。
柳父 章(やなぶ あきら、1928年6月12日 - 2018… 柳父 章(やなぶ あきら、1928年6月12日 - 2018年1月2日)は、翻訳語研究者、比較文化論研究者。桃山学院大学名誉教授。本名・章新(ゆきよし)。 東京生まれ。父は農商務省の官吏。旧制浦和高等学校に進むが、20歳の時肺結核を病み、サナトリウムで8年の療養を余儀なくされる。その後東京大学に入り、はじめ理系だったが「文転」し、教養学部国際関係論を卒業した。同期に蓮實重彦がおり、在学中、「東京大学新聞」に「黒船ショック以後」「武内宿祢」などを載せ、五月祭賞を受賞、堀田善衛らの賞賛を受けた。卒業後は評論家となるべく、私塾講師などをしながら著述を出すが、1987年、大学時代のフランス語の師であった平井啓之の誘いで桃山学院大学教授となる。
山田 昭夫(やまだ あきお、1928年1月2日 - 2004… 山田 昭夫(やまだ あきお、1928年1月2日 - 2004年9月15日)は、日本近代文学研究者、文芸評論家。 北海道生まれ。北海道大学文学部国文科卒。東京大学大学院修士課程(国文学専攻)修了。中学・高校教諭などを経て、1973年、藤女子大学文学部助教授、のちに教授、1993年、退任。有島武郎を中心に北海道の作家を研究した。
下村 隆一(しもむら りゅういち、1928年 - 1969年… 下村 隆一(しもむら りゅういち、1928年 - 1969年11月)は日本のスウェーデン文学研究者、翻訳家。 大阪市出身。東京大学経済学部2年生のときに結核性脳髄炎を発症。一部麻痺が残り、薬の副作用による障害も抱えながら、スウェーデン語を独学で学び、翻訳を始める その後兵庫県宝塚市に在住し、神戸在住のスウェーデン人にスウェーデン語を学び、山室静に相談してスウェーデンの児童文学の翻訳を始める。 1968年より、トーベ・ヤンソンの代表作『ムーミン』シリーズ二作のほか、いくつかのスウェーデン児童文学を翻訳したが、散歩している最中に自動車事故に遭い、41歳で急死した。このとき進めていたエディト・ウンネルスタード作の『すえっ子Oちゃん』の訳は未完に終わったが、下村の遺族から依頼を受けた石井桃子による加筆・修正が施された上で、1971年に出版された。
長谷川 博隆(はせがわ ひろたか、1927年9月20日 - … 長谷川 博隆(はせがわ ひろたか、1927年9月20日 - 2017年5月31日)は、日本のローマ史研究者。名古屋大学名誉教授。 1927年、東京都で生まれた。東京大学文学部西洋史学科で学び、1953年に卒業。 関西学院大学助教授を経て、名古屋大学文学部教授。1991年に名古屋大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は中部大学教授として教鞭をとった。2017年に死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
祖父江 昭二(そふえ しょうじ、1927年9月3日 - 20… 祖父江 昭二(そふえ しょうじ、1927年9月3日 - 2012年1月15日)は、日本近代文学・演劇の研究者。 兵庫県出身、愛知県名古屋市で育つ。武蔵高等学校卒、1952年東京大学文学部美学美術史学科卒業。1957年同大学文学部大学院(旧制)修了。1960-1965年東京都立戸山高等学校講師。和光大学助教授、教授を務め、1997年定年となり名誉教授。劇団民藝顧問。
鳥居 フミ子(とりい ふみこ、1927年(昭和2年)6月29… 鳥居 フミ子(とりい ふみこ、1927年(昭和2年)6月29日 - 2015年(平成27年)1月11日)は、日本文学研究者、東京女子大学名誉教授。専門は日本近世文学、特に土佐浄瑠璃。 愛知県宝飯郡塩津村(現・蒲郡市)生まれ。1944年愛知県立国府高等女学校(現・愛知県立国府高等学校)卒業。同年、愛知県立第二師範学校女子部本科(現・愛知教育大学)入学。1947年、愛知県立女子専門学校(現・愛知県立大学)国文学科入学。1950年に同校を卒業すると、東京女子大学文学部日本文学科に編入学。1952年同大学卒業。1953年東京大学人文科学研究科国語国文学専攻修士課程入学。1955年同博士課程進学、1960年単位取得退学。
浜田 隆(はまだ たかし、1927年3月27日 - )は、日… 浜田 隆(はまだ たかし、1927年3月27日 - )は、日本の美術評論家、美術史研究者。 大連生まれ。1951年東京大学文学部美学美術史卒。1953年奈良国立文化財研究所勤務、1959年文化財保護委員会美術工芸課勤務、のち課長。東京国立博物館次長、1983年奈良国立博物館館長、1988年東京国立文化財研究所所長。1991年山梨県立美術館館長。
川林 昭郎(かわばやし あきお、1927年〈昭和2年〉3月1… 川林 昭郎(かわばやし あきお、1927年〈昭和2年〉3月14日 - 2005年〈平成17年〉7月31日)は、日本の研究者。 篆刻家の川林寛治郎(川林泱雲)の長男として東京市牛込町出生。 府立六中卒、成蹊高校卒、東京帝国大学第一工学部電気工学科入学、日本放送協会松本支局、渋谷本部勤務を経て 1973年に総合技術研究所放送衛星担当部長として渡米し、米国フィラデルフィア勤務、NHKのチーフとしてGE(ゼネラル・エレクトリック)社、東芝との3社で放送衛星の共同開発を行う。1975年帰国。 主任研究員(理事待遇) 青山学院大学非常勤講師兼業。 NHK早期退職後はシャープ第一研究部長、技術本部副本部長(役員待遇)。
稲子 恒夫(いなこ つねお、1927年2月7日 - 2011… 稲子 恒夫(いなこ つねお、1927年2月7日 - 2011年8月23日)は、ソビエト法・社会主義法研究者。 1948年東京大学法学部卒業。名古屋大学で法学部長を務めた。1990年名古屋大学名誉教授。日中友好協会愛知県連合会顧問。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
篠田 一士(しのだ はじめ、1927年(昭和2年)1月23日… 篠田 一士(しのだ はじめ、1927年(昭和2年)1月23日 - 1989年(平成元年)4月13日)は、日本の文学研究者・文芸評論家・英文学者。 岐阜県出身。旧制岐阜中学から旧制松江高等学校へ進み、1948年、東京帝国大学文学部英文科入学。1951年、東京大学英文科を卒業。高校教諭を経て、1955年、東京都立商科短期大学専任講師。1957年、旧・東京都立大学英文科専任講師。1960年、助教授。1973年、教授。 松江高校時代に駒田信二から新しい文学状況に関しての知見を得て、当時刊行され間もないマチネ・ポエティク運動の加藤周一・中村真一郎・福永武彦共著『1946・文学的考察』(後年に冨山房百科文庫版で解説を担当)に出会い、近代日本の私小説的風土を克服する、国際的な文学のありかたに関心をもつ。
米田 利昭(よねだ としあき、1927年1月6日 - 200… 米田 利昭(よねだ としあき、1927年1月6日 - 2000年4月13日)は、昭和・平成期の歌人、日本文学研究者。 東京府北豊島郡滝野川町(現・東京都北区西ヶ原)生まれ。1948年東京大学文学部国文学科卒業。東京大学時代は、東大アララギ会を中心としたグループ「芽」の中心人物で、岡井隆などと交友を持った。後に未来短歌会に参加。東大大学院を経て、東京都立北園高等学校教諭、宇都宮大学助教授、教授、名誉教授を歴任。1992年定年、駒沢女子大学教授を務めた。闊達な語り口で「リショー氏」と呼ばれた。 斎藤茂吉、土屋文明など主にアララギ系の詩歌を論じた。1968年に発表した『戦争と歌人 渡辺直己の生涯と芸術』では、日中戦争で戦死したアララギ歌人・渡辺直己の戦争詠が、ニュース映画や『西部戦線異状なし』等の戦争映画に影響されたフィクションであったことを実証し、アララギのリアリズムを問い直す問題提起を行った。
大山 陽生(おおやま はるお、1927年 - 2015年)は… 大山 陽生(おおやま はるお、1927年 - 2015年)は、日本の造園研究者。明治大学農学部農学科で造園学研究室や緑地意匠学研究室を主宰し後進育成にあたる。専門は綠地意匠学。 著書に『住宅の造園 - 住環境と庭』(鹿島出版会、1980年)『造園美学―場の造形と構成』(誠文堂新光社、1969年)『緑空間の計画技法』(彰国社、1987年)『緑地と環境緑化計画』(監修、景観緑地研究会編、フジ・テクノシステム, 1992年)など。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
杉﨑 善治郎(すぎさき ぜんじろう、1927年(昭和2年)-… 杉﨑 善治郎(すぎさき ぜんじろう、1927年(昭和2年)- 2013年(平成25年))は、日本の農芸化学研究者。東京理科大学名誉教授。農学博士。 1927年(昭和2年)、千葉縣東葛飾郡野田町(現千葉県野田市)出身。 (旧制)東葛飾中學校、海軍兵學校、東京帝國大學、東京物理學校卒業。 1957年(昭和32年)、野田産業科学研究所(キッコーマン)研究員を経て、 1976年(昭和51年)、東京理科大学理工学部応用生物科学科教授に就任。 東京理科大学生命科学研究所員、東京理科大学図書館長、東京理科大学理事を歴任。 2007年(平成19年)、永年にわたる研究で多くの功績を挙げ、名誉教授の称号を授与された。
田中 元(たなか げん、1927年 - )は、日本の哲学研究… 田中 元(たなか げん、1927年 - )は、日本の哲学研究者、工学院大学名誉教授。 東京出身。東京大学文学部哲学科卒。工学院大学助教授、教授を務めて1998年定年退任、名誉教授。2009年瑞宝中綬章受章。
内川 芳美(うちかわ よしみ、1926年8月28日 - 20… 内川 芳美(うちかわ よしみ、1926年8月28日 - 2004年11月17日)は、日本のマス・コミュニケーション研究者。マス・メディア史、マス・コミュニケーション史の分野において『マス・メディア法政策史研究』(1989年)に代表される業績を残した。また、放送制度研究にも業績を残し、2004年には「『20世紀放送史』編集への指導・助言」などを理由にNHK放送文化賞を受賞した。 佐賀県生まれ。1948年、東京大学法学部を卒業し、大学院(旧制)に進んで岡義武に師事した。1949年5月31日に東京大学新聞研究所が設立された後、8月30日付で助手に採用され、以降、1954年に助教授、1964年に教授と昇任した。
木幡順三(こばた じゅんぞう、1926年6月29日-1984… 木幡順三(こばた じゅんぞう、1926年6月29日-1984年9月20日)は、日本の美学研究者。 大阪府出身。第三高等学校卒、1952年東京大学文学部美学美術史学科卒、同大学院をへて、東洋大学助教授、教授、1976年慶應義塾大学文学部教授。妻は木幡瑞枝。
久司 道夫(くし みちお、1926年5月17日 - 2014… 久司 道夫(くし みちお、1926年5月17日 - 2014年12月28日)は、アメリカ合衆国のボストンを拠点に自然食のマクロビオティックの研究、発展、普及に努めた。アメリカ国内を起点としてヨーロッパ、日本でも活動した。健康が世界平和の鍵だとした。クシインスティチュートインターナショナル代表、久司財団会長、イーストウエスト財団会長、社団法人日本緑十字社社長。和歌山県紀の川市(旧:粉河町)出身。 1926年5月17日、和歌山県紀の川市(旧:粉河町)にて生誕する。幼少期から世界平和に関心を持っており東京大学にて政治学・法学を学ぶ。東京大学法学部政治学科卒業。同大学院国際政治学修了。 東京大学在学中に、食養研究家・思想家の桜沢如一の世界政府運動に関わる。
山極 圭司(やまぎわ けいじ、1925年3月23日 - )は… 山極 圭司(やまぎわ けいじ、1925年3月23日 - )は、日本近代文学研究者。 宮城県仙台市出身。旧制水戸高等学校卒、1949年東京大学文学部国文科卒。東京都立戸山高等学校教諭、白百合女子大学文学部教授。1996年定年。木下尚江を研究した。
米川 哲夫(よねかわ てつお、1925年1月3日 - 202… 米川 哲夫(よねかわ てつお、1925年1月3日 - 2020年9月18日)は、日本のロシア文学・ロシア近代史の研究者、東京大学教養学部名誉教授。 東京外国語学校露語科を経て東京大学文学部西洋史学科卒業。1963年東京大学教養学部助教授を経て教授(ロシア文学講座)、1985年に定年退官し名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
山下 龍二(やました りゅうじ、1924年9月14日 - 2… 山下 龍二(やました りゅうじ、1924年9月14日 - 2011年3月23日)は、中国哲学研究者、名古屋大学名誉教授。 東京生まれ。父は日本大学教授を務めた弁護士の山下博章(1898年 - 1943年)。1943年東京府立高等学校(七年制)文科乙類卒業。1947年東京帝国大学文学部支那哲学文学科卒業、52年同大学院中国哲学科特別研究生満期退学。1954年法政大学第二高等学校教諭、1957年名古屋大学文学部講師、61年助教授、68年教授、70年文学部長、1988年定年退官、名誉教授、名古屋学院大学教授、89-92年同外国語学部長。
高橋 安光(たかはし やすみつ、1924年8月3日 - 20… 高橋 安光(たかはし やすみつ、1924年8月3日 - 2008年3月8日)は、日本のフランス思想史研究者。専門はヴォルテール研究。 1924年、埼玉県生まれ。1947年に 東京大学文学部仏文科を卒業。その後は、一橋大学教授、東京国際大学教授をつとめた。 2008年3月8日、循環器不全のため死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
関 楠生(せき くすお、1924年7月15日 - 2014年… 関 楠生(せき くすお、1924年7月15日 - 2014年7月3日)は、日本のドイツ文学者、超常現象研究者。東京大学・獨協大学名誉教授。正四位、瑞宝中綬章。 1924年、ドイツ文学者・関泰祐の任地であった静岡県で生まれた。旧制武蔵高等学校を経て、東京大学独文科に進学。1946年に卒業。 卒業後は教員となり、松本高等学校講師、水戸高等学校教授を務めた。1950年、千葉大学助教授に就いた。1952年、東京学芸大学助教授に転じた。1954年より1955年まで、ドイツ・ミュンヘン大学に留学し、帰国後の1956年に武蔵中学校・高等学校講師となった(1965年まで)。 1959年、東京大学教養学部助教授に就いた。
丸山 弘志(まるやま ひろし、1924年(大正13年)7月1… 丸山 弘志(まるやま ひろし、1924年(大正13年)7月15日 - 2007年(平成19年)10月10日)は、日本の運輸官僚、超電導リニア研究者、鉄道技術者、鉄道工学者、交通工学者、安全工学者、生産工学者、機械工学者、精密工学者、工学博士。元日本国有鉄道鉄道技術研究所所長、元科学技術庁参与、元文部科学省参与、元材料技術研究協会理事、元研友社顧問、元日本規格協会評議員、日本機械学会名誉員、東京理科大学名誉教授。弟の桑名昭治は桑名病院2代目院長。
鴨澤 巌(かもざわ いわお、1924年3月 - 2003年2… 鴨澤 巌(かもざわ いわお、1924年3月 - 2003年2月4日)は、日本の経済地理学者、トルコ研究者、法政大学名誉教授、特定非営利活動法人難民支援協会初代代表理事。 1924年3月、当時の東京市本郷区(現在の文京区の一部)に生まれ、後に埼玉県北足立郡浦和町(浦和市を経て、現在のさいたま市)へ移り、浦和町立浦和尋常高等小学校分校(現在のさいたま市立常盤小学校)、埼玉県女子師範学校付属小学校に学び、1936年に埼玉県立浦和中学校(現在の埼玉県立浦和高等学校)、1942年に浦和高等学校 (旧制)(理科乙類)に入学した。浦和高等学校では気管支喘息の悪化のため留年を余儀なくされ、また、学徒勤労動員で理化学研究所の圧延工場での労働も経験した。
土屋 哲(つちや さとる、1923年9月19日 - 2007… 土屋 哲(つちや さとる、1923年9月19日 - 2007年3月25日)は、日本のアフリカ文学・カリブ海文学研究者。明治大学・ナイロビ大学名誉教授。本名の読みは「てつ」。 和歌山県生まれ。東京大学卒。ナイジェリアのイバダン大学、ケニアのナイロビ大学などで日本文学を教え、これらの大学やセネガルのダカール大学に日本語関係の講座を開設。明治大学教授を務め、アフリカ文化などの紹介に努めた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
鈴木 勝忠(すずき かつただ、1923年9月15日 - 20… 鈴木 勝忠(すずき かつただ、1923年9月15日 - 2012年6月3日)は、日本の日本近世文学研究者、岐阜大学名誉教授。 愛知県岡崎市生まれ。1943年、愛知第二師範学校卒業、入営。1953年、東京大学文学部国文科卒。愛知学芸大学講師、岐阜大学助教授、教授。1987年、定年退官、名誉教授、中京大学教授。1963年、東京大学国語国文学会賞受賞。1993年、芭蕉祭奨励賞受賞。2000年、勲三等旭日中綬章叙勲。没後正四位。 川柳・雑俳研究の第一人者で、『雑俳集成』を24巻のほか多く私家版を刊行した。