久古 はる香(1994年 - )は、デザイナー、博報堂社員。… 久古 はる香(1994年 - )は、デザイナー、博報堂社員。 東京藝術大学美術学部出身。 日経ARアワード審査員特別賞、ACC YOUNG CREATIVITY COMPETITIONグランプリを受賞。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
滝野 ますみ(たきの ますみ、1990年10月11日 - )… 滝野 ますみ(たきの ますみ、1990年10月11日 - )は日本のサウンドデザイナー、音響技師。 栃木県立栃木女子高等学校卒、東京藝術大学音楽環境創造科卒、東京藝術大学音楽学部修士課程修了。 大学在学中にアニメーションのサウンドデザイン、サラウンド音響作品の制作を行う。 株式会社ヴェントゥオノから株式会社ビー・ブルーへ移籍。現在はフリーランスとして活動している。 アニメーション、CM、ゲーム、インスタレーション等のサウンドデザインを手がける。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
吉田 まほ(よしだ まほ、1986年 - )は、東京生まれの… 吉田 まほ(よしだ まほ、1986年 - )は、東京生まれのアートディレクター、デザイナーである。 同氏は2010年に東京芸術大学美術学部デザイン科を卒業したのち、2012年に東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻を修了しており、現在は株式会社NHKアートでアートディレクターとして活動している。 他の作品に『Al Dente Tango』『ねじくれおじさん』などがある。 また、吉田まほが監督・脚本を務め、東京藝術大学大学院の修了制作作品として制作・提出した「ニッポン式就活」を題材とした自主制作アニメ『就活狂想曲』は、2021年2月現在580万回以上の再生回数を誇っており、2012年に日本で開かれた第16回文化庁メディア芸術祭で審査委員会推薦作品となった他、フランスのアヌシー国際アニメーションフェスティバルの学生作品部門、ブラジルのAnima Mundi 2012で学生作品部門選外、ポルトガルのCINANIMA 2012の学生部門などで入選を果たしている。
井関 修一(いせき しゅういち、1985年6月4日 - )は… 井関 修一(いせき しゅういち、1985年6月4日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。 東京芸術大学デザイン科卒業後、ガイナックスにアニメーターとして入社する。動画時代から壮絶な作画技術を有しており、その評価は今石洋之の折り紙つきである[要出典]。ガイナックスのメインアニメーターたちによるTRIGGER及びスタジオカラーへの大量移籍騒動が起こると、当時まだ動画マンだった井関もスタジオカラーへと移籍した。『よんでますよ、アザゼルさん。Z』の2話「牛は見た!」で原画デビュー。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
シズリーナ(本名:荒井 健治(あらい けんじ)、1984年8… シズリーナ(本名:荒井 健治(あらい けんじ)、1984年8月2日 - )はアイス評論家兼イートデザイナー。 スリースマイルマネジメント代表取締役。 日本唯一のグルメアイス研究家として活動。初めてアイスクリームを食べたのは“1歳1ヶ月”毎日最低6個。人生で42,000個以上ものアイスを食べた記録を保持するアイスマニアであり、日本一アイスを愛するスーパーアイスマン。 東京都練馬区出身。東京藝術大学出身。 2007年 - 大手芸能プロダクション入社。2013年に「株式会社スリースマイル」を設立。2017年から「日本初の辛口アイスジャーナリスト」として活動を開始。その後多数のメディアに出演。(株)不二家フードサービスで期間限定のメニュー開発から(株)タカラトミーアーツのクッキングトイのレシピ監修まで多岐にわたって活動している他、企業同士のコラボ企画やタイアップの期間限定イベントでは、集客設計のプランニングなども手がけている。
大野 新(おおの あらた、男性、1981年4月 - )は、大… 大野 新(おおの あらた、男性、1981年4月 - )は、大阪府出身のデザイナー。株式会社Borderlessの代表取締役。 大阪府立八尾高等学校卒業後、東京芸術大学美術学部デザイン科に進学・卒業。GK Dynamicsに入社。2012年に独立し、株式会社Borderlessを設立、同社代表取締役に就任。 GK Dynamics所属時、主に担当したデザインは以下のとおり。 http://red-dot.de/pd/online-exhibition/work/?lang=en&code=2013-16-8239&y=2013&c=166&a=1000 http://elecom-compe.jp/
高橋 理子(たかはし ひろこ、TAKAHASHI Hirok… 高橋 理子(たかはし ひろこ、TAKAHASHI Hiroko、1977年8月29日 - )は、日本出身のアーティスト、デザイナー、博士(美術)。埼玉県朝霞市出身。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科教授、高橋理子株式会社代表。円と直線のみで構成された図柄が特徴である。 1996年、埼玉県立新座総合技術高等学校(服飾デザイン科)を卒業後、東京藝術大学美術学部工芸学科入学。2002年同大学大学院修士課程修了後、アパレル企業にデザイナーとして勤務。 2003年、東京藝術大学大学院博士後期課程に再入学。在学中の2005年、AFAA (Association Françaised'Action Artistique)の招聘により、PARIS・CITE INTERNTIONALE DES ARTSに滞在し活動する。
平社 直樹(ひらこそ なおき、Naoki Hirakoso、… 平社 直樹(ひらこそ なおき、Naoki Hirakoso、1974年 9月18日- )は日本のデザイナー。東京都生まれ。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。 1974年東京都生まれ。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。株式会社リビングデザインセンター勤務の後フリーランス。2004年から拠点をイタリア・ミラノへ移す。ミラノにてGIBAを結成。Salone del mobile Satelliteへ出展するなど活動。2006年帰国、拠点を東京に移す。国内外の様々なプロジェクトへ 積極的に参加・活動している。2009年より大学の同窓生、俳優・伊勢谷友介が立ち上げたリバースプロジェクトへ参画。
清水慶太(しみず けいた、1974年4月23日-)は、 日本… 清水慶太(しみず けいた、1974年4月23日-)は、 日本人のインテリアデザイナー、デザインコンサルタント。Creative Norm (クリエイティブノルム)主宰。株式会社クリエイティブノルム代表取締役。東京藝術大学非常勤講師、女子美術大学非常勤講師 more trees 賛同人、 hide kasuga & PARTNERS パートナー。(KEITA SHIMIZU PROFILE https://www.keitashimizu.com/profile/) 東京都生まれ。幼少期をアメリカ合衆国で過ごす。東京都立富士高等学校卒業。東京芸術大学美術学部デザイン科を経て、2000年に同大学院美術研究科修士課程修了。
色部 義昭(いろべ よしあき、1974年 - )は日本のグラ… 色部 義昭(いろべ よしあき、1974年 - )は日本のグラフィックデザイナー、アートディレクター。東京芸術大学デザイン科非常勤講師、株式会社日本デザインセンター取締役。 1974年、千葉県我孫子市で生まれ、同県柏市で育つ。2001年に東京芸術大学美術学部デザイン科を卒業、同大学大学院美術研究科修士課程に進み、2003年に修了して株式会社日本デザインセンターに入社した。 原デザイン研究所などでの勤務を経て、2011年に日本デザインセンター内に色部デザイン研究室を設立(2018年に色部デザイン研究所に名称変更)。 グラフィックデザインをベースに平面から立体、空間を含む作品を手がける。主な仕事にOsaka MetroのCI、国立公園のVI、東京芸術大学のVIや、草間彌生美術館・市原湖畔美術館・天理駅前広場Cofufun・須賀川市民交流センターtetteなど公共施設のVIとサイン計画、富山県美術館・DIC川村記念美術館のサイン計画。
浜渦 正志(はまうず まさし、1971年9月20日 - )は… 浜渦 正志(はまうず まさし、1971年9月20日 - )は、日本の作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、映像作家、デザイナー、フォトグラファー、DTPデザイナー、脚本家。ドイツ・ミュンヘン出身。IMERUATのメンバー。元スクウェア・エニックス所属。 1971年、両親の留学中にドイツ・ミュンヘンにて出生。父は声楽家の浜渦章盛で自ら合唱団を主催し、正志も幼少より同団に所属していた。1991年、東京藝術大学音楽学部声楽科に進学。1996年にスクウェア(現・スクウェア・エニックス)に入社、ファイナルファンタジーシリーズ、サガシリーズを始め数々のゲーム音楽を担当。2009年全編担当した『ファイナルファンタジーXIII』の音楽では世界的な評価を受け、サウンドトラックもオリコン初登場3位を記録。
南 一夫(みなみ かずお、1968年 - )は日本のグラフィ… 南 一夫(みなみ かずお、1968年 - )は日本のグラフィックデザイナー、装丁家。元バンバンバザールのベーシスト。ホームワークグラフィックスのアートディレクター。 現在、CDジャケットのデザインやポスターなどの音楽関係のデザインや文芸書の装丁などを行っている。バンバンバザールのオリジナルメンバーの一人であり、在籍時にはウッドベースを担当していた。脱退後もバンバンバザールと関係が続いており、バンバンバザールのインディーズレーベルであるホームワーク社のデザイン部門であるホームワークグラフィックスのアートディレクターを務めている。 Sano ibuki 『紙飛行機』
伊藤 丙雄(いとう あきお、1966年 - )は、日本の美術… 伊藤 丙雄(いとう あきお、1966年 - )は、日本の美術家、イラストレーター、グラフィックデザイナー。東京工科大学教授。修士(美術学)。 1966年千葉県市川市生まれ。東京芸術大学美術学部デザイン科を卒業後、同大大学院美術研究科を修了する。その後、同大美術学部デザイン科非常勤講師、東京デザイン専門学校講師、文化女子大学短期大学部専任講師を歴任した。2005年より同大生活造形学科准教授、2010年に東京工科大学デザイン学部准教授を経て、2015年に東京工科大学デザイン学部教授に就任。専門分野は、イラストレーション、グラフィックデザインなど。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
廣田 尚子(ひろた なおこ、1965年12月21日 - )は… 廣田 尚子(ひろた なおこ、1965年12月21日 - )は、東京都出身のプロダクトデザイナー。ヒロタデザインスタジオ代表。女子美術大学教授。多摩美術大学客員教授。グッドデザイン賞審査委員。 東京芸術大学美術学部デザイン科卒業。株式会社GKテック入社。GKプランニング&デザインを経てヒロタデザインスタジオ設立。 1997年ミラノサローネ出展。1998年The I.D.Annual Design Review入賞。ニューヨーク近代美術館(MoMA)、アムステルダム市立近代美術館にてオリジナルバッグ(NAOCA)を販売。プロダクトデザイン、バッグのデザインで注目されるデザイナー。 日本大学藝術学部非常勤講師を経て2006年から女子美術大学芸術学部デザイン学科准教授、2010年から同教授。
浅岡 肇(あさおか はじめ、1965年 - )は、日本の時計… 浅岡 肇(あさおか はじめ、1965年 - )は、日本の時計師、プロダクトデザイナー。独立時計師アカデミー(AHCI)会員。現代の名工。東京時計精密創業者。 メーカーに所属せず、個人で高級機械式腕時計を製作する独立時計師で、国産初となるトゥールビヨン腕時計を発表。 浅岡自身の名を関したHAJIME ASAOKA Tokyo Japanの時計は、浅岡自身のアトリエでデザインからほぼすべての部品製造、組み立てにいたるすべての工程が行われる。年間製造本数は数本であり、顧客には王室や世界的な時計コレクターが名を連ねる。 1990年、東京藝術大学デザイン科卒業。その後、プロダクトデザイナーとしてキャリアを歩んだ。
工藤 青石(くどう あおし、1964年 - )は、東京都出身… 工藤 青石(くどう あおし、1964年 - )は、東京都出身のグラフィックデザイナー、クリエイティブ・ディレクター。東京藝術大学デザイン科非常勤講師、コミュニケーションデザイン研究所代表。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術)。
水津 功(すいづ いさお、1962年 - )は、日本のデザイ… 水津 功(すいづ いさお、1962年 - )は、日本のデザイン教育者、環境デザイナー。愛知県立芸術大学教授。名古屋大学客員教授。山口県生まれ。 1986年、東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。1988年、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程環境造形デザイン修了。 1988年から1996年、清水建設設計本部。1996年からデザインスタジオ WaterMarkDesign.lab1996年、愛知県立芸術大学専任講師。2000年から名古屋大学工学部非常勤講師。2003年、愛知県立芸術大学准教授。2014年、愛知県立芸術大学教授。2015年、名古屋大学未来社会創造機構客員教授 1990年、小石川パークタワー外構デザイン。
梶原 良成(かじはら よしなり、1959年 - )は、日本の… 梶原 良成(かじはら よしなり、1959年 - )は、日本の建築家、デザイナー、デザイン教育者。宇都宮大学名誉教授。 1959年、長野県辰野町に生まれる。東京都出身。1986年、東京藝術大学美術学部建築科卒業後、土屋巌建築設計事務所に勤務、土屋巌に師事して、医療福祉施設、学校教育施設、社会教育施設、大学キャンパス計画などのプロジェクトに参画する。1998年に退所後、ジオアーキテクチュア一級建築士事務所を設立、東京と栃木県那珂川町の二つの拠点を中心に活動する。2001年、宇都宮大学専任講師に着任。助教授、准教授を経て、2009年、教授。2025年、名誉教授となり、ナカリバデザイン一級建築士事務所を那珂川町に共同設立。
清水 泰博(きよみず やすひろ、1957年 - )は日本の建… 清水 泰博(きよみず やすひろ、1957年 - )は日本の建築士、デザイナー。京都府出身。 プロダクトからインテリア、建築、ランドスケープ、都市環境デザインまでを手がける建築士、デザイナー。 1957年生まれ、京都府京都市出身。父は金属彫刻家の清水九兵衛。1981年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1983年東京芸術大学大学院美術研究科修了。黒川雅之建築設計事務所を経てSESTA DESIGNを設立。 2002年に東京芸術大学デザイン科助教授に就任。 主な作品は「御母衣ダムサイドパーク・御母衣電力館」(岐阜県)、「月見橋」(静岡県)、「平和の交響」(兵庫県)など。環境芸術大賞受賞(1991、95)ほか受賞。
澁谷 克彦(しぶや かつひこ、1957年 - )は、東京都出… 澁谷 克彦(しぶや かつひこ、1957年 - )は、東京都出身の日本のグラフィックデザイナー。2017年の独立まで、資生堂宣伝部で多くのブランド広告などを手がけた。女子美術大学教授。 1957年東京生まれ。1981年東京藝術大学デザイン科卒業。同年、資生堂宣伝部入社。化粧品をはじめとした広告デザイン、アートディレクション、CIデザインなどを多数手がける。2012年、資生堂のグローバルブランド「SHISEIDO」のイメージポスターで第14回亀倉雄策賞を受賞。 2017年3月に資生堂を退社、フリーとなる。同年4月より女子美術大学教授。
佐藤 卓(さとう たく、1955年 - )は、日本のグラフィ… 佐藤 卓(さとう たく、1955年 - )は、日本のグラフィックデザイナー。パッケージデザイン、グラフィックデザイン、アートディレクションを中心に活動する。東京都杉並区出身。TSDO Inc.主宰、21_21 DESIGN SIGHTディレクター・館長、日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)六代目会長、京都芸術大学学長。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」のアートディレクター、「デザインあneo」総合指導。 東京ADC・東京TDC・JAGDA・日本デザインコミッティー・AGI会員。 1955年、東京都生まれ。練馬区立関町北小学校、練馬区立石神井西中学校、東京都立豊多摩高校(第26期生)卒業。御茶の水美術学院を経て、東京芸術大学に入学。
ヤマザキ ミノリ(本名:山崎 稔、1954年3月29日 - … ヤマザキ ミノリ(本名:山崎 稔、1954年3月29日 - )は、日本の造形作家、空間デザイナー。女子美術大学名誉教授。 群馬県桐生市生まれ。群馬県立桐生高等学校、東京芸術大学工芸科鋳金専攻卒業(安宅賞受賞)。東京芸術大学構成デザイン大学院修了。 東京工芸大学芸術学部デザイン学科助教授(1995年~1998年)、女子美術大学芸術学部デザイン科助教授(1998年~2001年)、女子美術大学芸術学部メディアアート学科助教授(2001年~2003年)、2003年に同教授に昇格、2010年4月から2019年3月まで女子美術大学芸術学部アート・デザイン表現学科ヒーリング表現領域教授。 空間設計、ライトアートを中心に美術活動を展開。
面出 薫(めんで かおる、1950年6月12日 - )は、日… 面出 薫(めんで かおる、1950年6月12日 - )は、日本の建築照明デザイナー。東京都生まれ。男性。 1950年、東京に生まれる。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業後、同大学院美術研究科修士課程を修了。ヤマギワを経て、1990年に株式会社ライティング プランナーズ アソシエーツを設立、代表取締役。住宅照明から建築照明、都市・環境照明の分野まで幅広い照明デザインのプロデューサー、プランナーとして活躍するかたわら、東京藝術大学非常勤講師、そして武蔵野美術大学客員教授としても教鞭を振る。市民参加の照明文化研究会・照明探偵団を組織し団長として精力的に活動を展開中。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
入江 経一(いりえ けいいち、1950年 - )は、日本の建… 入江 経一(いりえ けいいち、1950年 - )は、日本の建築家、工業製品デザイナー・キュレーター・デザインディレクター。デザイン教育者。デザイン教育者としての専門はインタラクションデザイン理論やインタラクションデザインプログラム。建築とアート、デジタルネットワーク環境などの境界域で活動を築いてきた人物。多摩美術大学美術学部、情報科学芸術大学院大学教授を歴任し、現神戸芸術工科大学大学院/芸術工学部映像表現学科教授。東京出身。 1974(昭和49)年、東京芸術大学美術学部建築科卒業、1976年同大学大学院修士課程修了。大学院時代に建築評論も行っていた評論家の多木浩二と出会ってMOMAでの都市展(1975年)に向けて1年半のリサーチと制作にかかわり、都市フィールドワークとその理論化を図る。
羽良多 平吉(はらた へいきち、1947年9月28日 - )… 羽良多 平吉(はらた へいきち、1947年9月28日 - )は、日本のエディトリアルデザイナー、グラフィックデザイナー。男性。東京芸術大学美術学部工芸科卒業。東京都武蔵野市吉祥寺南町出身。独特のタイポグラフィや補色・特色を使った、鮮やかにして繊細なデザインを実践している。 別名義として、波羅多平吉、原田平吉などがある。また、欧文表記には複数のパターンが見られる。 1970年代から、松岡正剛が主催する工作舎の雑誌『遊』、青林堂の漫画雑誌『ガロ』をはじめ、『ロッキング・オン』『地下演劇』『新宿プレイマップ』『HEAVEN』『QuickJapan』などのサブカルチャー系雑誌、白泉社などによるコミックスといった、幅広いエディトリアルデザイン・ブックデザインを手がける。
中嶋 猛夫(なかじま たけお、1947年 - )は、日本の環… 中嶋 猛夫(なかじま たけお、1947年 - )は、日本の環境デザイナー(博士(学術))。専門は環境デザイン、特に宗教空間・景観論と設計に関する研究。女子美術大学名誉教授。中嶋環境設計主宰。 東京都生まれ。東京芸術大学美術学部工芸科工業デザイン専攻卒業。東京芸術大学大学院美術研究科デザイン専攻博士課程修了。東京芸術大学に博士論文「日本の山岳寺院・神社の境内構成研究」を提出し博士(学術)の学位を取得。 植藤造園勤務(京都府、1972年 - 1975年)、東京芸術大学美術学部デザイン科非常勤講師(1987年 - 2001年)、女子美術大学芸術学部デザイン学科助教授(1990年 - 1998年)/教授(1998年 - 2010年)、女子美術大学芸術学部デザイン・工芸学科環境デザイン専攻教授(2010年4月 - 2013年3月)。
杉本 貴志(すぎもと たかし、1945年(昭和20年)3月3… 杉本 貴志(すぎもと たかし、1945年(昭和20年)3月31日 - 2018年(平成30年)4月5日)は、日本のインテリアデザイナー。デザイン事務所である株式会社スーパーポテト創業者。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科名誉教授。日本商環境デザイン協会名誉会員。 1945年3月31日に東京都中野で生まれる。 1968年に東京芸術大学美術学部工芸科を卒業する。 1973年に株式会社スーパーポテトを設立し、代表取締役となる。1986年には株式会社春秋を設立して、こちらでも代表取締役に就任した。 1992年に武蔵野美術大学空間演出デザイン学科教授に就任した(2010年退任)。2012年に名誉教授となる。
河村 要助(かわむら ようすけ、1944年4月28日 - 2… 河村 要助(かわむら ようすけ、1944年4月28日 - 2019年6月4日)は、日本のグラフィックデザイナー、イラストレーター、音楽評論家。 東京芸術大学美術学部ビジュアルデザイン専攻卒業。グラフィックデザイナーとして西武百貨店やパルコなどの広告を制作。1970年には、矢吹申彦、湯村輝彦と「100%スタジオ」を結成(1974年まで)。1974年、湯村輝彦、原田治、佐藤憲吉、大西重成と「ホームラン」というイラストレーター・チームを結成。ニュース・ペーパー『ホームラン』を創刊する。しかし数か月でこのチームは分解する。 1971年よりフリーランスのイラストレーターとなり、『話の特集』『MUSIC MAGAZINE』(旧『NEW MUSIC MAGAZINE』)などの表紙や挿絵を担当。
安達 史人(あだち ふみと、1943年 - 2024年9月3… 安達 史人(あだち ふみと、1943年 - 2024年9月30日)は福井県出身のブックデザイナー、編集者、著述家。 「木の聲舎」代表。武蔵野美術大学機関誌「武蔵野美術」の元編集主幹兼アートディレクター。元武蔵野美術大学講師。 「あらちふみと」「森 魚名」名義での著書・寄稿も存在する。 東京芸術大学美術学部芸術学科卒業。
松永 真(まつなが しん、1940年4月13日 - )は、日… 松永 真(まつなが しん、1940年4月13日 - )は、日本のグラフィックデザイナー。日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)理事。東京藝術大学客員教授。日本デザインコミッティー理事。 東京市芝区高輪生まれ。父は書家。第二次世界大戦中の5歳から福岡県筑豊地域、15歳からを京都で過ごす。 1964年、東京藝術大学美術学部デザイン科卒。資生堂の宣伝部に7年在籍した後、1971年松永真デザイン事務所設立。 1997年『松永真のデザイン展』(セゾン美術館)開催。 各企業のCI計画やポスターなど、携わった作品多数。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
川上 元美(かわかみ もとみ、1940年 - )は日本のデザ… 川上 元美(かわかみ もとみ、1940年 - )は日本のデザイナー、川上デザインルーム代表。東京芸術大学、金沢美術工芸大学、神戸芸術工科大学などの客員教授を歴任。現在、多摩美術大学美術学部環境デザイン学科客員教授。GENOVA家具展金賞(イタリア)、アメリカ建築家協会主催インターナショナル・チェア・デザインコンペティション1席(USA)、iFデザイン賞(ドイツ)など国内外の賞を多数受賞。 1940年(昭和15年)、兵庫県に生まれる。兵庫県立芦屋高等学校、東京芸術大学美術学部工芸科(ID専攻)卒業。東京芸術大学院美術研究科(デザイン)修士課程終了。その間、作品集『アンジェロ・マンジャロッティ1955-64』(青銅社)に出会い、強く感銘する。
マッド・アマノ(1939年7月28日 - )は、東京都出身の… マッド・アマノ(1939年7月28日 - )は、東京都出身のグラフィックデザイナー、パロディスト。有限会社ビッグバン代表取締役。本名は天野 正之()。東京都立竹早高等学校を経て東京藝術大学美術学部卒。フォトモンタージュによるパロディ作品で知られる。現在は月刊誌『創』誌上において狂告の時代の後継ともいえる、風刺パロディ作品を連載している。自身は風刺やパロディ作品にについて「風刺は権力者との闘争の手段である。」と述べている。 『狂告の時代』(きょうこくのじだい)とは、写真週刊誌「FOCUS」(新潮社)に1981年10月の創刊から2001年10月の休刊まで、最終ページに掲載されていたマッド・アマノによるオマージュ写真の連載企画。
前澤 義雄(まえざわ よしお、1939年3月18日[要出典]… 前澤 義雄(まえざわ よしお、1939年3月18日[要出典] - 2014年11月17日)は、カーデザイナーであり、日本の自動車評論家である。元・日産自動車チーフデザイナーとして、おもに自動車のデザインについての評論を行っていた。 東京都青梅市出身。1965年3月東京藝術大学美術学部を卒業後、同年4月プリンス自動車工業(現・日産自動車)に入社。1980年10月から1984年3月までの日産ディーゼル工業(当時)への出向期間を含め、1992年12月に日産自動車を退社するまでの長期間にわたって数々の日産車のデザインに携わった。 1993年1月、フリーランスの自動車評論家、デザインコンサルタントとして独立し、自動車関連メディア等において活動していた。
石井 幹子(いしい もとこ、1938年10月15日 - )は… 石井 幹子(いしい もとこ、1938年10月15日 - )は、日本の照明デザイナー。石井幹子デザイン事務所主宰。 日本に「ライトアップ」という文化を根付かせたパイオニア的存在であり、東京タワーやレインボーブリッジの照明を手がけるなど、日本の都市夜景に変革をもたらした人物として知られる。 東京都出身。幼稚園から高校までお茶の水女子大学附属に通い、1962年に東京芸術大学美術学部図案計画科を卒業。デザイン会社で照明器具のデザインに携わり、1965年から1967年にかけてフィンランドとドイツの照明設計事務所に助手として勤務する。 帰国後の1968年に石井幹子デザイン事務所を設立し、1970年に開催された大阪万博、1975年に開催された沖縄国際海洋博覧会の照明デザインを手がけるが、オイルショックの影響で照明デザインは電力の浪費と受け取られ日本国内では不遇の時期を過ごす一方、日本の建築雑誌で作品を見たミノル・ヤマサキの目に留まったことをきっかけに「日本に仕事がなくても、地球上のどこかにはあるはず」とオイルマネーで建設ラッシュに沸く中東をはじめ海外での仕事をこなし実績を作っていった。
石岡 瑛子(いしおか えいこ、1938年7月12日 - 20… 石岡 瑛子(いしおか えいこ、1938年7月12日 - 2012年1月21日)は、東京府出身のアートディレクター、テキスタイルデザイナー。 妹は同じくアートディレクター、イラストレーターの石岡怜子。米国映画芸術科学アカデミー協会 (Academy of Motion Picture Arts and Sciences) 会員。 お茶の水女子大学附属中学校・ お茶の水女子大学附属高等学校を経て、東京藝術大学美術学部図案計画科を卒業後、資生堂宣伝部に入社。村瀬秀明、中村誠らとともにグラフィックデザイナー、アートディレクターとして活動した。 1970年、石岡瑛子デザイン室として独立し、パルコや角川書店などの広告で1970年代の日本で活躍。
香西 隆男(こうざい たかお、1937年7月26日 - 2… 香西 隆男(こうざい たかお、1937年7月26日 - 2024年4月29日)は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。香川県出身。東京芸術大学卒。 漆職人を目指して、高松工芸高等学校へ。しかし漆にかぶれる体質から、東京芸術大学彫刻科へ進学する。卒業後は、東映動画(現:東映アニメーション)に入社。アニメのことを全く知らずに、東映で実写映画のスタッフになろうと入社試験を受けての入社だったという。アニメ映画『西遊記』を経て、アニメーターとなる。入社4年後の1964年に、永樹凡人、我妻宏、小泉謙三らと共に退社し、ハテナプロの設立に参加。同プロでは東映動画作品の『魔法使いサリー』などの作画を担当した。
佐藤 允弥(さとう まさひろ、1937年 - 2015年2月… 佐藤 允弥(さとう まさひろ、1937年 - 2015年2月)は、日本のインダストリアルデザイナー。CB400FOUR(1974年)、CBX400F、タクト、フュージョンなどをデザインした。元本田技術研究所ECE(主席研究員)。 静岡市に生まれる。1956年、静岡県立静岡高等学校卒業。1962年、東京芸術大学卒業。同年、本田技術研究所造形室入社。シャリー、ハミング、タクト、フュージョンなどのファミリーバイク、スクーターから、SS50、CB50、CB90、CB125、CB400FOUR、CBX400Fなどホンダの主力となるCBシリーズまで広くデザインした。1992年よりミュージアム・プロジェクトのリーダーとして活躍。
小田部 羊一(こたべ よういち、1936年9月15日 - )… 小田部 羊一(こたべ よういち、1936年9月15日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団評議員。アニメーター・銅版画家の奥山玲子は妻。 日本統治時代の台湾・台北州台北市に生まれる。小学校教員の父は、油彩を嗜んでいた。幼少時より『ポパイ』や『桃太郎の海鷲』・『くもとちゅうりっぷ』などのアニメーション映画に親しんで育つ。日本の敗戦後、家族とともに日本に引き揚げ、奈良市・新潟市・日立市を移り住む。帰国後は手塚治虫(『新宝島』『ロストワールド』)や小松崎茂・山川惣治の作品に惹かれて頻繁に模写し、『せむしのこうま』『白雪姫』といった外国のアニメーション映画にも接する。
高木 滋生(たかぎ しげお、1936年2月2日 - 2013… 高木 滋生(たかぎ しげお、1936年2月2日 - 2013年12月18日)は日本の建築家、建築デザイナー。 高校時代、美術教師の大村政夫(日展参与)が高校生のために開放した自宅のアトリエに通い、デッサンを繰り返した。同じ志を持つ静高生ら十人ほどが集まっていた。三年間で制作したデッサンなどは約200点。1954年、静岡県立静岡高等学校卒業1959年、東京藝術大学建築科卒業。1962年〜1984年、女子美術大学非常勤講師を務めた。1963年、高木滋生建築設計事務所開設。東海大学短期大学部、静岡大学でも非常勤講師を務めた。1975年、地域開発センター設立、理事長。静岡県を拠点とし地域に根ざした設計を心がけ、50年間で約500軒を設計した。
岩崎 堅司(いわさき けんじ、1935年 - )は、日本の戦… 岩崎 堅司(いわさき けんじ、1935年 - )は、日本の戦後のデザイナー。 ‘64年東京オリンピック、‘70年大阪万博と、日本が産業の発達と生活の豊かさをめざしていた時代に、第一線で活躍した。'60年代に、作家の開高健らとともに「ベトナム戦争反対」を訴えるポスターを発表して脚光を浴びた。平和や自然環境、社会問題などを素材に、独特の力強さと優しさにユーモアを交えた作風で知られる。 静岡市紺屋町に誕生。少年時代に静岡大空襲を体験。1954年、静岡県立静岡高等学校卒業。1959年、東京芸術大学図案計画科卒業。同年、明治製菓入社。医薬品やキャラメルの包装デザインを手がけた。新人の登竜門と言われた日本宣伝美術会の公募展で2年連続入賞。
小松 敏明(こまつ としあき、1934年 - 2021年3月… 小松 敏明(こまつ としあき、1934年 - 2021年3月29日)は、日本のデザイナー。東京芸術大学名誉教授。長野県出身。 1953年(昭和28年)、長野県松本県ヶ丘高等学校卒業。1959年(昭和34年)、東京芸術大学美術学部デザイン科、同大学院修了。 東京芸術大学美術学部助教授、教授を務めた後、2002年(平成14年)定年退官。東京芸術大学名誉教授。 小松のデザインは、通信機器や登山・スキー用具などのデザインにはじまり、 教育・研究の場においては、"はたらきと美の統合"をテーマとして、工業デザインを軸に幅広いフィールドで展開されてきた。 東京芸術大学大学美術館で開催された退官記念展では、1980年代以降のデザインに関わった製品及び試作的作品を中心に、 その一端を"生活のどうぐ"、"生産のどうぐ"に大別し、「どうぐデザイン展」と題して展示紹介された。
仲條 正義(なかじょう まさよし、1933年5月4日 - 2… 仲條 正義(なかじょう まさよし、1933年5月4日 - 2021年10月26日)は、日本のグラフィックデザイナー、女子美術大学客員教授。 東京都生まれ。千葉県立匝瑳高等学校、東京芸術大学美術学部図案科卒業。大学時代の同級生に福田繁雄、江島任がおり、芸大三羽烏と呼ばれた。1956年に資生堂宣伝部に入社。 1959年、資生堂を退社し河野鷹思を中心に八幡製鐵(現・新日本製鐵)との共同出資で設立されたデスカに福田繁雄、江島任、森下俊彦、日下弘らとともに参加。 翌年にフリーランス。1961年に仲條デザイン事務所を設立。以降、グラフィックデザインを領域に資生堂、松屋銀座、東京都現代美術館など中心に様々なクライアントで活躍する。
河上 恭一郎(かわかみ きょういちろう、1933年 - )は… 河上 恭一郎(かわかみ きょういちろう、1933年 - )は、日本のガラス工芸家、デザイナー。伝統的な江戸切子や現代ガラス工芸の分野で国際的に活動し、日本の伝統美と現代デザインを融合させた作品で高く評価されている。毎日産業デザイン賞や日本クラフト賞など受賞多数。 千葉県出身。東京藝術大学美術学部工芸科で図案(デザイン)を学び、1957年に卒業。卒業後は保谷硝子(現・HOYA)に入社し、クリスタルガラスのデザインや商品開発に従事した。 1970年代に独立し、以降はフリーランスのガラスデザイナー、工芸家として活動を開始。日本の伝統的なカットガラス(切子)の技法を再解釈し、現代のライフスタイルに調和する器やオブジェを多数発表。
望月 好夫(もちづき よしお、1932年10月14日 - 2… 望月 好夫(もちづき よしお、1932年10月14日 - 2019年3月10日)は、日本の産業工芸分野のインダストリアルデザイナー、技術者。工芸品を普段の生活で使えるものとしてデザインし、青森県の産業として定着させた。 静岡市に生まれる。1952年、静岡県立静岡城内高等学校卒業。1956年、東京芸術大学美術学部工芸科漆芸専攻卒業。同年、青森県工業試験場漆工課勤務。1986年、青森県木工指導所所長。1988年、青森県工業試験場場長。1993年、同試験場停年退官。1994年、弘前工芸協会理事長。青森県技術アドバイザー、社団法人日本クラフトデザイン協会会員。 2019年3月10日、慢性閉塞性肺疾患のため死去。
杉浦 康平(すぎうら こうへい、1932年9月8日 - )は… 杉浦 康平(すぎうら こうへい、1932年9月8日 - )は、日本のグラフィックデザイナー、アジアの図像学研究者、神戸芸術工科大学名誉教授、同大学アジアンデザイン研究所(RIAD)所長。 意識領域のイメージ化で多元的なデザイン宇宙を切り開き、レコードジャケット、ポスター、ブックデザイン、雑誌デザイン、展覧会カタログデザイン、ダイアグラム、切手などの第一線で先端的かつ独創的な活躍を展開。また、「マンダラ 出現と消滅」展や「アジアの宇宙観」展、「花宇宙・生命樹──アジアの染め・織り・飾り」展など、アジアの伝統文化を展覧会企画構成および斬新なカタログデザインで紹介するとともに、マンダラ、宇宙観を中核とする自らの図像研究の成果を『かたち誕生』ほかの幾多の著作をとおして精力的に追究している。
日下 弘(くさか ひろし、1932年6月1日 - 1989年… 日下 弘(くさか ひろし、1932年6月1日 - 1989年2月13日)は、日本のデザイナー、装丁家。 東京生まれ。東京芸術大学美術学部卒業。1956年、同研究科修了。 1950年代、デザイン事務所「デスカ・DESKA (DESigners Kono Associates)」(河野鷹思と、河野の妻の静子が創設)に参加。仲條正義、福田繁雄、江嶋任、森下俊彦らがメンバーだった。 60年代~70年代、創元推理文庫のブックデザインを多数担当した。また、角川文庫のJ・D・サリンジャー作品、アルベルト・モラヴィア作品のデザインも担当。 1961年東京芸術大学講師、1964年女子美術大学講師、1966年日本エディタースクール講師、1969年愛知県立芸術大学講師を経て、後に東京学芸大学教育学部教授を務めた。
福田 繁雄(ふくだ しげお、1932年2月4日 - 2009… 福田 繁雄(ふくだ しげお、1932年2月4日 - 2009年1月11日)は、日本のグラフィックデザイナー。 日本グラフィックデザイナー協会三代目会長。単純化された形態とトリックアートを融合させたシニカルなデザインが特徴。「日本のエッシャー」とも称される。 画家の福田美蘭は娘。童画家の林義雄は義父(妻・靖子の父)。 東京都台東区浅草出身。母の郷里二戸市に疎開し、岩手県立福岡高等学校を経て東京芸術大学図案科卒業(1956年)。大学在学中に日本童画会展アンデルセン生誕150年記念賞などを受賞。 卒業後、味の素デザイン室を経て、1958年フリーとなる。1966年、日本宣伝美術会会員。1967年、日本万国博覧会の公式ポスターに入選して脚光を浴びる。
杉浦 範茂(すぎうら はんも、男性、1931年9月17日 -… 杉浦 範茂(すぎうら はんも、男性、1931年9月17日 - )は、日本のイラストレーター、デザイナー。児童文学の挿絵を多数担当する。 愛知県生まれ。1958年に東京芸術大学美術学部図案科卒業。製薬会社やデザイン事務所の職歴を経由した後、現在は画業のみに専念。日本児童出版美術家連盟、東京イラストレーターズ・ソサエティなどに所属。 芸術選奨新人賞(1985年)、紫綬褒章受章。 現在、東京都世田谷区在住。
小野 かおる(おの かおる、1930年8月19日 - 202… 小野 かおる(おの かおる、1930年8月19日 - 2020年10月13日)は、日本の絵本作家・画家、スペースデザイナー。東京造形大学名誉教授。 本名は成子(=しげこ)。父は詩人でロシア文学者の中山省三郎。娘は絵本作家おのりえん(小野里宴)。 東京芸術大学美術学部油絵科卒業。2007年、長年にわたる昔話絵本の創作活動に対して第30回巖谷小波文芸賞受賞。厚生大臣賞、サンケイJR賞、吉村証子賞のほか、『オンロックがやってくる』(福音館書店)で第43回産経児童出版文化賞受賞。
泉 眞也(泉 真也、いずみ しんや、1930年3月30日 -… 泉 眞也(泉 真也、いずみ しんや、1930年3月30日 - 2022年1月2日)は、日本の環境デザイナー、プロデューサー。 東京都出身。1955年、東京芸術大学美術学部工芸科を卒業し、キヤノンカメラに入社(技術部配属)。1962年に同社を退社し、フリーランスとなる。同年、世界の都市・高速道路の視察団に参加。帰国後、高速道路標識の文字フォントのデザイン策定統括を担当した。博覧会関連では、1970年大阪万博、1975年沖縄海洋博、1985年つくば科学万博への関与を皮切りに、1990年花の万博、2005年愛・地球博では総合プロデューサーを務めた。後進指導では、金沢美術工芸大学特別客員教授、多摩美術大学美術学部2部デザイン学科客員教授を歴任した。