佐野 藍(さの あい、本名同じ、1989年 - )は、日本の… 佐野 藍(さの あい、本名同じ、1989年 - )は、日本の彫刻家。2016年からは主に東京都根津にあるGallery花影抄を中心に作品を発表、販売している。 東京都出身。桐朋女子高等学校、東京藝術大学を経て、2016年東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻を修了。 第62回東京藝術大学卒業・修了作品展で「涔々」がサロン・ド・プランタン賞、平山郁夫賞等を受賞。第64回 東京藝術大学卒業・修了作品展で大作「サクラオオカミ」が大学買上となり、同大学美術館に所蔵されている。作風は、竜種を始めとする幻獣をモチーフに大理石を彫ることが多いが、これには肉親が大学で古代オリエントの動物意匠を専攻していたことと、幼少期に庭の奥の繁みでトカゲと接近遭遇をしたことがきっかけだという。
本郷 真也(ほんごう しんや、1984年- )は、千葉県出身… 本郷 真也(ほんごう しんや、1984年- )は、千葉県出身の鍛金作家(彫刻家)。父の本郷寛は元東京藝術大学教授で彫刻家、兄の本郷芳哉も金属による作品を主に手掛ける彫刻家。 主に鉄を使用し、動植物などの彫刻を中心に手掛ける。 1984年、千葉県生まれ。 2010年、東京藝術大学大学院 美術研究科鍛金専攻修了。 2013年、第52回現代工芸美術展 新人賞を受賞。 2016年、第55回現代工芸美術展 現代工芸賞を受賞。同年、初の個展となる「本郷真也鍛金展─積み重なる時─」を開催。 2018年、第34回淡水翁賞 最優秀賞を受賞。 2019年、個展「本郷真也鐵鍛金展」を開催。 現在は千葉県野田市を拠点に活動している。
吉水 快聞(よしみず かいもん、男性、1982年7月14日-… 吉水 快聞(よしみず かいもん、男性、1982年7月14日-)は日本の彫刻家、仏師、文化財修復家、僧侶。 1982年、奈良県橿原市の浄土宗寺院正楽寺に生まれる。東京芸術大学美術学部彫刻科卒業。学士(美術)の学位を取得。東京芸術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻にて、 快慶作東大寺俊乗堂阿弥陀如来立像の想定復元模刻研究を行う。2011年に博士後期課程を修了。博士(文化財)の学位を取得。卒業後は仏像制作や文化財修復に携わりながら、その技術や技法を応用し、動植物をモチーフとした木彫作品を発表。大正大学客員教授、龍谷大学非常勤講師を兼任し、浄土宗の僧侶でもある。
大平龍一(おおひらりゅういち、1982年 - )は、日本の彫… 大平龍一(おおひらりゅういち、1982年 - )は、日本の彫刻家、現代美術家。学位は博士(美術)(東京芸術大学・2011年)。現代美術ギャラリーNANZUKA UNDERGROUND所属。 東京都生まれ。2011年に東京芸術大学大学院修了。2005年、「SICF 6th」SPIRALにて森美術館館長南條史生賞を受賞。2006年、安宅賞を受賞。2008年、東京国際映画祭で使用されたTOYOTA Earth Grand Prixトロフィーを制作。シェアオフィスHAPON新宿創設者の1人。2020年以前は木彫を中心に金色が特徴の作品を発表していた。2022年現在はフルーツをモチーフにした木彫や青色を特徴にした作品を多く発表している。
大成 哲(おおなり てつ、Tets Ohnari 1980年… 大成 哲(おおなり てつ、Tets Ohnari 1980年6月30日 - )は、日本の彫刻家、現代美術家である。 東京都八王子市出身。2004年、日本大学芸術学部を卒業。同年東京芸術大学大学院入学。2005年、チェコ政府奨学金を取得しチェコ・プラハへ留学。プラハ美術アカデミー(AVU)とプラハ工芸美術大学(VSUP)に各1年ずつ在籍。2008年、東京芸術大学大学院修士課程を修了。2022年、ヤン・エヴァンゲリスタ・プルキニェ大学(UJEP)芸術デザイン学部 ビジュアルコミュニケーション学科の博士号を取得。 東京とチェコに滞在し、ガラス、石、木などを用いて彫刻、インスタレーションを制作している。
土屋 仁応(つちや よしまさ、1977年 - )は、日本の彫… 土屋 仁応(つちや よしまさ、1977年 - )は、日本の彫刻家。神奈川県横須賀市出身。 東京芸術大学美術学部彫刻科卒業後、同大学院美術研究科文化財保存学専攻にて仏教美術の古典技法と修復を学んだ。2007年に同専攻博士課程修了。その後仏教美術の技術を応用し、檜や樟を素材に水晶などの玉眼を施した木彫作品を発表。馬や羊などの実在の動物やユニコーンや麒麟、人魚などの幻獣をモチーフとした幻想的な作風であり、書籍装幀にも起用されている。
保坂 俊彦(ほさか としひこ、1974年4月20日 - )は… 保坂 俊彦(ほさか としひこ、1974年4月20日 - )は日本の彫刻家。秋田県能代市生まれ。1998年東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。妻は乙幡啓子。 日本に数少ないプロ砂像彫刻家のひとり。大学在学中より各種イベントにおいて砂像の制作を始める。卒業後 様々な素材による店舗や撮影用の美術品、ディスプレイ用オブジェなどの立体造形物、商業玩具原型等の制作を手がける。砂では難しい人体や動物等の表現力に優れ、日本代表としてアメリカやヨーロッパで開催される砂像イベントに招待作家として参加し、制作・指導している。現在は国内、国外の各種イベントにおいて砂像の制作、指導のほか、CM・PR用砂像の制作、イベントの総合演出、また砂の定着剤や玩具の共同開発、砂像を通し海外との交流事業への協力などを行っている。
保井 智貴(やすい ともたか、1974年 - )は、日本の彫… 保井 智貴(やすい ともたか、1974年 - )は、日本の彫刻家。ベルギーアントワープ生まれ、イスラエル育ち。小学四年に日本に帰国。東京芸術大学彫刻科卒業。武蔵野美術大学教授。乾漆や螺鈿といった古くからある工芸技法を用いて、『自然との共存』をテーマに自然の本来の姿を静謐な空間から表現を試みる。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
小谷 元彦(おだに もとひこ、1972年 - )は、日本の彫… 小谷 元彦(おだに もとひこ、1972年 - )は、日本の彫刻家・美術家。京都府生まれ。所属するギャラリーはANOMALY。2006年から東京芸術大学准教授を務めており、現在同大学教授を務めている
岡 孝博(おか たかひろ、1970年3月28日 - )は、日… 岡 孝博(おか たかひろ、1970年3月28日 - )は、日本の彫刻家である。 広島県尾道市御調町に生まれる。 1996年、日本大学藝術学部 美術学科彫刻コース卒業。1998年、日本大学大学院芸術学研究科造形芸術専攻博士前期課程修了。2011年、東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻素材と創造性研究生修了。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
皆川 嘉博(みながわ よしひろ、1968年 - )は、日本の… 皆川 嘉博(みながわ よしひろ、1968年 - )は、日本の彫刻家、美術教育学者、秋田公立美術大学教授。専門は、彫塑表現研究、テラコッタ(素焼彫刻)の表現研究。 1968年(昭和43年)秋田県平鹿郡十文字町(現・横手市)生まれ、1987年3月に秋田県立横手高等学校普通科を卒業、東京芸術大学に入学し、1993年3月には同大学の美術学部彫刻科を卒業した。1995年3月、同大学の大学院院美術研究科彫刻研究領域を修了し、1998年3月、同研究科の博士後期課程美術専攻彫刻研究領域を満期退学した。 1995年4月から東京芸術大学美術学部彫刻科のティーチング・アシスタント(指導助手)を務め、同時に学校法人河合塾美術研究所彫刻科の講師を、1999年4月からは同研究所の主任講師を務めた。
上原 三千代(うえはら みちよ、1966年 - )は、日本の… 上原 三千代(うえはら みちよ、1966年 - )は、日本の現代具象彫刻家。群馬県生まれ。別名、三輪 途道(みわ みちよ)。 1989年に東京造形大学彫刻科卒業、1990年に同大学彫刻科研究生修了。1994年に東京藝術大学大学院保存修復技術専攻修了。 伝統的な仏像の制作技法である「木心乾漆技法」を応用して身近なものを制作モデルにしたオリジナルな木彫制作に取り入れている。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
曽根 裕(そね ゆたか、1965年 - )は、日本の彫刻家、… 曽根 裕(そね ゆたか、1965年 - )は、日本の彫刻家、画家。1988年東京藝術大学美術学部建築科卒業、1992年 東京藝術大学大学院建築専攻修士課程修了。現在、日本、ベルギー、中国、メキシコで作品制作を行っている。都市計画家の曽根幸一は父。
前原冬樹(まえはら ふゆき、1962年 - )は、東京都出身… 前原冬樹(まえはら ふゆき、1962年 - )は、東京都出身の芸術家、彫刻家。 代表作に1本の木から写実的な木彫作品を生み出すことで知られており、真っ白な皿の上に身を食べられ骨だけになった秋刀魚を横たえた《一刻(皿に秋刀魚)》(2014)などがある。これまで参加したグループ展に 「驚異の超絶技巧!明治工芸から現代アートへ」(三井記念美術館、東京、2017)など。 日本大学藝術学部を中退後、80年にプロボクサーとしてデビュー。その後、10年間ボクサーとして活動した。 引退後、サラリーマンを経験した後7浪の末、32歳で東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻に入学し、98年に卒業。卒業制作は半立体ともいうべき作品だったが、その後は木彫に転じ以後、驚異的な一木造りの作品を発表してきた。
三沢 厚彦(みさわ あつひこ、1961年11月28日 - )… 三沢 厚彦(みさわ あつひこ、1961年11月28日 - )は、日本の彫刻家。京都府生まれ。武蔵野美術大学特任教授。西村画廊所属。 東京芸術大学美術学部彫刻科卒業。同大学院美術研究科修士課程修了。代表作は樟を素材とした木彫で動物を表現した「ANIMALS」シリーズ。全国の公立美術館にて展覧会を開催している。
安藤 栄作(あんどう えいさく、1961年 - )は、日本の… 安藤 栄作(あんどう えいさく、1961年 - )は、日本の彫刻家。丸太を手斧で叩いて刻む技法で作品を制作している。サーファー。妻は彫刻家の長谷川浩子。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
加藤 宇章(かとう たかふみ、1960年8月15日 - )は… 加藤 宇章(かとう たかふみ、1960年8月15日 - )は、日本の彫刻家。宮崎県都城市出身。文化教室「アトリエぱお造形教育研究所」創業者。広島芸術学会会員、こども環境学会会員、広島市立大学芸術学部彫刻科非常勤講師。 宮崎県都城市出身。その後1962年から高校卒業までを長崎県長崎市で育つ。 東京芸術大学彫刻科卒業。 1994年、広島県広島市への転居を機に、文化教室「アトリエぱお造形教育研究所」を創立。代表に就任。現在は会員数650名、教室数15ヶ所になるまで成長した。創設のきっかけは、幼少期に通っていた絵画教室があまり楽しいものではなく、「自分自身が通いたくなるような理想の教室」を作りたかったためである。
西村 浩幸(にしむら ひろゆき 、1960年6月12日 - … 西村 浩幸(にしむら ひろゆき 、1960年6月12日 - )は、日本の彫刻家、画家、漫画家。 大阪出身。東京芸術大学を卒業。ファッションブランドの企画デザイン、イラストレーターなどフリーの仕事。代々木ゼミナール講師を経て、2008年(株)象鯨設立。絵画講座、美術予備校、原画作成などを主な内容とする。 •2024年 第18回鹿島彫刻コンクール 金賞
平戸 貢児(ひらと こうじ、1958年 - )は、日本の彫刻… 平戸 貢児(ひらと こうじ、1958年 - )は、日本の彫刻家。女子美術大学教授。 千葉県出身。千葉県立薬園台高等学校、東京芸術大学美術学部彫刻科卒業。東京芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。 1988年に「HIRATO ATELIER」開設。千葉工業大学非常勤講師(1990年-1998年)、東京芸術大学非常勤講師(1995年-2001年)を経て、2001年から女子美術大学芸術学部立体アート学科助教授、2008年に教授に昇格。2010年より女子美術大学芸術学部美術学科立体アート専攻教授。環境芸術学会理事。 金属を中心とした彫刻作品を数多く発表している。
籔内 佐斗司(やぶうち さとし、1953年5月13日 - )… 籔内 佐斗司(やぶうち さとし、1953年5月13日 - )は日本の彫刻家。東京藝術大学名誉教授、奈良県立美術館館長。学校法人ミスパリ学園ビューティー&ウェルネス専門職大学副学長。国立青少年教育振興機構アンバサダー。 1953年、大阪府大阪市にて生まれる。大阪府立三国丘高等学校を経て、1978年、東京芸術大学美術学部彫刻科卒業。1980年、東京芸術大学大学院美術研究科澄川喜一研究室で彫刻を専攻し、修了する。 1982年から1987年まで、東京芸術大学大学院美術研究科保存修復技術研究室の非常勤講師を勤める。仏像などの古美術の古典技法とその修復技術を研究、新薬師寺地蔵菩薩立像(奈良市)、平林寺十六羅漢像(新座市)などで東京芸術大学が中心となって行った、保存修復に参加する。
北郷 悟(きたごう さとる、1953年 - )は、日本の彫刻… 北郷 悟(きたごう さとる、1953年 - )は、日本の彫刻家。東京芸術大学名誉教授。秋田公立美術大学理事長・学長。 福島県生まれ。東京造形大学造形学部美術学科彫刻専攻卒業。東京芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。新潟大学教育学部助教授、東京芸術大学美術学部彫刻科助教授を経て2008年より教授。2009年から東京芸術大学副学長/理事。2019年度東京芸術大学退任。東京芸術大学名誉教授、2023年から秋田公立美術大学/理事長・学長。1996年から1997年まで文化庁芸術家在外研究員としてイタリアブレラアカデミア美術学校へ留学。
古郷 秀一(ふるごう しゅういち、1952年(昭和27年) … 古郷 秀一(ふるごう しゅういち、1952年(昭和27年) - )は、日本の栃木県益子町出身の彫刻家である。 1952年(昭和27年)、 栃木県芳賀郡益子町に生まれる。 栃木県立真岡高等学校を卒業後、1978年(昭和53年)、東京芸術大学彫刻科を卒業し、同大大学院に進み、1980年(昭和55年)に大学院を修了した後から、日本国際美術館賞受賞、ヘンリー・ムーア大賞展佳作賞受賞など、数多くの展覧会に出品。 1983年(昭和58年)、東京芸術大学大学院博士課程を修了する後も数多くの展覧会に出品し、東京都や神奈川県などで個展を多数開催した。 1985年(昭和60年)に横浜から山林に囲まれた故郷の益子に戻りアトリエを建て、活動の場とする。
深井 隆(ふかい たかし、1951年8月6日 - )は、日本… 深井 隆(ふかい たかし、1951年8月6日 - )は、日本の彫刻家。 1951年、群馬県高崎市に生まれる。1970年群馬県立高崎高等学校卒業。浪人時代は早稲田の古本屋街をうろちょろし、BTや美術書を買い漁っていた。 1976年東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。1978年東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。1984年より東京藝術大学彫刻科専任講師。 1988年第19回中原悌二郎賞優秀賞、1989年第14回平櫛田中賞、同年第13回上毛芸術奨励賞特別賞受賞。2005年東京藝術大学美術学部彫刻科教授、2019年より東京藝術大学名誉教授、COI拠点特任教授。2013年に紫綬褒章を受章、2014年に板橋区民文化特別賞を受賞した。
武藤 順九(むとう じゅんきゅう、1950年2月18日- )… 武藤 順九(むとう じゅんきゅう、1950年2月18日- )は、日本の男性彫刻家・画家。宮城県仙台市出身。 1973年に東京芸術大学を卒業し、ヨーロッパに渡る。イタリアのローマと彫刻の町ピエトラサンタにアトリエを構えて、大理石の彫刻を中心に抽象的なテーマの彫刻を制作している。1997年にピエトラサンタでヴェルシリア賞国際グランプリを受賞した作品「風の環(わ)・PAX 2000」は、2000年7月25日にカステル・ガンドルフォにあるローマ教皇の避暑用の離宮に永久設置された。その後、「風の環」と題した彫刻作品を世界各地に設置している。2019年6月9日には昭島市の昭和の森内に大理石彫刻園を開園させた。
百瀬 啓一郎(ももせ けいいちろう、1950年 - )はニュ… 百瀬 啓一郎(ももせ けいいちろう、1950年 - )はニューヨーク在住の彫刻家。主に石材を用いた作品を残している。1996年鳥取県米子市にて開催された第5回米子彫刻シンポジュームの作品である「塚」は米子市加茂川遊歩道沿いに現在も展示されている。 2011年3月現在ニューヨーク在住。ニューヨーク育英学園教諭。
市川 明廣(いちかわ あきひろ、1948年 - )は、日本の… 市川 明廣(いちかわ あきひろ、1948年 - )は、日本の彫刻家。二科会評議員。 愛知県一宮市生まれ。東京芸術大学大学院彫刻科を修了後、黒御影石や大理石などの石彫を中心に数々の作品を制作。公共施設のモニュメント制作から一般家庭のインテリア作品まで幅広く制作活動を行っている。 1948年 愛知県一宮市に生まれる 1975年 東京芸術大学大学院彫刻科修了 東京芸術大学彫刻科 非常勤講師となる(~1977年) 二科展で特選受賞 1982年 二科展で会友賞受賞 1987年 神戸具象彫刻大賞展 読売賞受賞1988年 二科会会員に推挙される 1992年 二科展で会員賞受賞 1995年 名古屋芸術大学彫刻科非常勤講師となる(~2000年) 1997年 愛知県芸術文化選奨 文化賞受賞 2015年 第100回記念二科展でローマ賞受賞 北海道NTT札幌病院新潟県JR十日町駅前武蔵野音楽大学千葉県佐倉市長隈橋東京都中央区立常盤小学校神奈川県立茅ヶ崎養護学校名古屋市中区広小路歩道名古屋明徳短期大学(現 星城大学)尾西信用金庫一宮末広支店愛知県立一宮高等学校愛知県一宮市三井緑地 神戸市中央区湊川神社西側歩道 福岡県行橋市京都ホテル他 各所
湯村 光(ゆむら ひかる、1948年 - )は、日本の彫刻家… 湯村 光(ゆむら ひかる、1948年 - )は、日本の彫刻家。 1948年(昭和23年)、鳥取県東伯郡東郷町(現・湯梨浜町)に生まれる。1966年(昭和41年)、鳥取県立倉吉東高等学校卒業。東京芸術大学美術学部彫刻科に進み、澄川喜一に学んだ。1971年(昭和46年)に東京芸大を卒業し、1972年(昭和47年)までフランスのパリ国立高等美術学校に留学した。その後、個展・美術展に自作品を出展し、1983年(昭和58年)に第10回現代日本彫刻展神戸須磨離宮公園賞を受賞した。 主として黒色の御影石を用いた彫刻作品を製作している。自然石との対話を重視し、鑑賞者に静かな印象を抱かせる作風である。研磨した滑らかな面と、凹凸を残した破断面とが一つの作品に共存しており、それらの対比も特徴的である。
國松 明日香(くにまつ あすか、1947年 - 2025年3… 國松 明日香(くにまつ あすか、1947年 - 2025年3月6日)は、日本の彫刻家。星槎道都大学客員教授。名は女性名に多い「明日香」だが、男性である。芸術修士(東京芸術大学)。 北海道小樽市生まれ。北海道札幌西高等学校、東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。同美術研究科彫刻専門課程修了。札幌市立高等専門学校教授を歴任。 画家國松登の長男として小樽に生まれる。舟越保武、千野茂に師事。鉄を題材にした大型のモニュメントを手がけ、札幌駅前通りや札幌ドームなど、札幌市内の公共施設に多くの作品が展示されており、北海道を代表する美術家である。長男・希根太も彫刻家。 2025年3月6日午前2時25分、肺炎のため札幌市内の病院で死去。
黒川晃彦(くろかわ あきひこ、1946年 - )は、日本の彫… 黒川晃彦(くろかわ あきひこ、1946年 - )は、日本の彫刻家。1980年頃より写真を始めている。 彫刻の大半は楽器を手にした野外彫刻(ブロンズ)で、人との関係を大切にして、人々の生活の場に置かれている。1989年には初めて”人物とベンチを組み合わせた”「プリーズ・リクエスト」を発表し、具象彫刻の可能性を開いたとして「横浜美術館長賞」を受賞した。その後、トランペット、アルトサックス、フルートの三人の奏者が三重奏を川岸いっぱいに響かせている「リバーサイド・トリオ」などミュージシャンとペンチを組み合わせた野外彫刻(ブロンズ)を次々と発表。「彫刻は人が参加することで完成する」との信条の元に創られた”風景の中に溶け込み、行き交う人とコミュニケーションし、自然そのもののように存在してする”ちゃめっけのあるユニークな人物”や”猫”の彫刻が人々の心に安らぎを与えている。
春山 文典(はるやま ふみのり、1945年 - )は、日本の… 春山 文典(はるやま ふみのり、1945年 - )は、日本の芸術家、彫刻家。横浜美術大学元学長。日本芸術院会員。長野県小布施町出身。蓮田修吾郎に師事。
茂木 弘行(もぎ ひろゆき、1945年 - )は、日本の彫刻… 茂木 弘行(もぎ ひろゆき、1945年 - )は、日本の彫刻家である。東京藝術大学大学院修了。新樹会展招待出品。無所属。 新潟県出身。新潟県立巻高等学校卒業。東京藝術大学美術学部彫刻科(山本豊市教授に師事)を経て、東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻を修了。舟越保武教室。1966年より新樹会展に出品(日本橋三越本店。以降毎回)。1969年にサロン・ド・プランタン賞受賞。1971年より同大学助手。1973年に同大学を退官し、彫刻制作専業の道へと進む。1977年にヨーロッパを巡遊し、イタリア・ローマに滞在する。制作に専念できる環境を求めて、1983年にアトリエを東京・世田谷から郷里の新潟に移す。 いずれの公募展にも出品せず、一貫して個展・グループ展のみを発表の場とするとともに、国内外からモニュメントなどの制作依頼を数多く受けるなど、昭和~平成~令和にわたり、具象彫刻界の第一線で活動している。
中垣 克久(なかがき かつひさ、1944年 - )は、日本の… 中垣 克久(なかがき かつひさ、1944年 - )は、日本の彫刻家・美術家。飛騨市立中垣克久彫刻庭園美術館名誉館長。 1944年飛騨に生まれ飛騨で育つ。1968年東京藝術大学大学院彫刻家修了。1978年第1回ロダン大賞展を皮切りに、長野野外彫刻特別賞など受賞。1987年芸術と文化に貢献したとして中曽根内閣総理大臣より表彰。イタリア・ミラノ国立ブレラ美術学校で学び、全国各地にモニュメントを制作建立。
吉野 毅(よしの たけし、1943年 - )は、日本の彫刻家… 吉野 毅(よしの たけし、1943年 - )は、日本の彫刻家。日本藝術院会員。日本藝術院賞受賞者。 1943年、千葉県に生まれる。1967年に東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業した。1968年、第53回二科展彫刻部に初出品し、特選を受賞した。1974年、二科会彫刻部会員に推挙された。 1982年、第67回二科展彫刻部でローマ賞を受賞し、2003年、第88回二科展彫刻部で文部科学大臣賞を受賞した。その後も二科会を中心に活動し、多摩美術大学客員教授も務めた。 精神性の高い品位ある女性像を中心に創作したと評される。また、《夏の終り》は長年にわたって繰り返し制作した主題の一つであり、1995年設置の《夏の終り》や1991年制作の《夏の終り’91》など、同系列の作品が各地に確認できる。
黒田 能勝(くろだ よしかつ 1942年 - )は、日本の彫… 黒田 能勝(くろだ よしかつ 1942年 - )は、日本の彫刻家、教育学者。元群馬大学教授。栃木県出身。 群馬県立高崎女子高等学校、前橋市、高崎市、伊勢崎市、大田原市などの記念碑を制作している。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
沖村 正康(おきむら まさやす、1940年7月13日 - 2… 沖村 正康(おきむら まさやす、1940年7月13日 - 2012年9月4日)は、日本の彫刻家、鋳造家。東京芸術大学大学院において高田博厚の講義を受けたことがきっかけで、卒業と同時にアトリエを引き継ぎ、以来師事する。ロストワックス法による鋳造を独学でマスターし、埼玉県三郷市で有限会社三郷工房を創立。 東京都生まれ、東京芸術大学大学院で高田博厚の「彫刻論」を受講。大学院修了と同時に高田が借りていた新宿区西落合のアトリエを引き継ぎ、鎌倉市稲村ガ崎に転居した高田の第一作「ガンジー立像」の制作を手伝い、以来、高田を師と仰ぐ。群馬県前橋市の書店、煥乎堂において高田を中心に「一元会」を結成し、中心メンバーとして「一元会展」を25年以上にわたり参加する。
松本 キミ子(まつもと きみこ、1940年5月4日 - 20… 松本 キミ子(まつもと きみこ、1940年5月4日 - 2022年2月23日)は、日本の彫刻家、美術教師、絵画教育の研究者であり、1975年に誰でもたのしく絵が描ける指導方法として「キミ子方式」を発表した。キミ子方式は仮説実験授業研究会に紹介されると広く実践され、その指導法の有効性が確立した。また「美術の授業研究会」と「キミコ・プラン・ドゥ」を設立しアートスクールで多くの人々に絵の描き方を教えた。 1975年に松本は三原色と白だけを使って、モデルごとに描き始めを決めて、色作りをしながら隣へ隣へと描き進めていく絵画指導法を開発した。松本はそれをキミ子方式と名付けて、臨時教員として小中学校で実践していった。
細谷 泰茲(ほそや やすじ、1938年 - )は、日本の彫刻… 細谷 泰茲(ほそや やすじ、1938年 - )は、日本の彫刻家。子供や母子をモチーフにしたモニュメントを中心に屋内外展示作品を多数発表している。 1938年、静岡市に生まれる。1957年、静岡県立静岡高等学校卒業。1963年、東京芸術大学美術学部専攻科彫刻修了。1967年、静岡大学教育学部助手。1968年、新制作協会会員。1972年、イタリア政府給費留学生 ローマ美術学校 ペリクレ・ファッツィーニ教室に学ぶ(〜1973年)。1984年、静岡大学教育学部教授。1991年、静岡大学教育学部附属浜松小学校校長(〜1994年)。2004年、静岡大学名誉教授。2018年、瑞宝中綬章受章。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
最上 壽之(もがみ ひさゆき、1936年3月3日 - 201… 最上 壽之(もがみ ひさゆき、1936年3月3日 - 2018年10月2日)は、日本の彫刻家。武蔵野美術大学名誉教授。 神奈川県横須賀市に生まれる。1960年東京芸術大学彫刻科卒。在学中は石井鶴三に師事した。1981年に武蔵野美術大学の教授となり、2005年に定年退職、名誉教授となった。 1992年に横須賀市平和都市モニュメントを制作。木を媒介とした抽象的な作風が特徴とされる[要出典]。 2018年10月2日、心不全のため死去。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
若林 奮(わかばやし いさむ、1936年1月9日 - 200… 若林 奮(わかばやし いさむ、1936年1月9日 - 2003年10月10日)は、日本の彫刻家。 東京都町田市出身。東京都立立川高等学校、東京芸術大学美術学部彫刻学科卒業。 鉄、銅、鉛などの金属素材を用いて自然をモチーフとした彫刻を制作した。1980年、1986年のベネチア・ビエンナーレに出品。武蔵野美術大学、多摩美術大学教授を歴任した。詩人の吉増剛造や河野道代と共同制作を試みている。また700点の銅版画作品も制作しており、吉増剛造は没後に銅板を譲り受けてオブジェ作品を制作している。
小畠 廣志(こばたけ ひろし、1935年8月2日 - 199… 小畠 廣志(こばたけ ひろし、1935年8月2日 - 1996年11月8日)は、東京都武蔵野市出身の彫刻家。東京芸術大学卒業後、二科会に出品するとともに個展、グループ展、野外展などで作品を発表した。 初期の抽象的で有機的形態の石彫、白セメント、硬質石膏と鉄などによる作品から1963年を境に具象的な木彫作品を制作するようになる。1969年に開校した美学校に木彫刻工房を開く。1972年頃から吉祥寺のアトリエでイタリア蝋型美術鋳造を始め、木彫と共にブロンズ作品を多く発表する。美学校から独立したKOBATAKE彫刻工房で後進の指導を続けるとともに、工房内に大型の鋳造設備を備えスケールのある公共彫刻を各地に制作した。
柴田 鋼造(しばた こうぞう、1935年(昭和10年)1月1… 柴田 鋼造(しばた こうぞう、1935年(昭和10年)1月11日 - )は、日本の彫刻家。愛知県出身。東京芸術大学卒。 1974年(昭和49年)第6回日展、1975年(昭和50年)第7回日展の2年連続で日展特選を受賞。 1977年(昭和52年)愛知県芸術文化選奨文化賞(個人)を受賞。 1989年(平成元年)第21回日展にて内閣総理大臣賞受賞。 1992年(平成4年)、前年第23回日展出品作「香雲」に対し平成3年度日本芸術院賞受賞。 1993年(平成5年)、「新領域を開く彫刻制作と後進の指導」の功績により第46回中日文化賞受賞。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
麦倉 忠彦(むぎくら ただひこ、1935年 - 2025年1… 麦倉 忠彦(むぎくら ただひこ、1935年 - 2025年1月26日)は、日本の彫刻家。九州産業大学大学院芸術研究科教授。 埼玉県草加市出身。1954年埼玉県立春日部高等学校卒業。1959年東京芸術大学芸術学部彫刻科卒業。1961年東京芸術大学研究科彫刻専攻修了。同大学研究室副手。 1963年日本美術家連盟会員に推挙。 アメリカ合衆国サウスダコタ州K・ジョーロコフスキー彫刻研究所に留学。1968年新制作協会会員に推挙。 1997年新宿パークタワー・ギャラリー1にて東京ガス都市開発主催による記念個展を開催。1999年新制作協会委員長。2000年草加市文化会館にて草加市文化賞受賞記念展開催。その後、埼玉県美術家協会運営審査員を歴任。
中井延也(なかい のぶや、1934年5月16日 - 1999… 中井延也(なかい のぶや、1934年5月16日 - 1999年5月6日)は、日本の彫刻家。 北海道上川郡愛別町出身。1958年東京藝術大学彫刻科卒業。多摩美術大学助教授、教授を歴任。1991年より彫刻科長。 1999年、肝臓癌のため死去。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
池田 満寿夫(いけだ ますお、1934年〈昭和9年〉2月23… 池田 満寿夫(いけだ ますお、1934年〈昭和9年〉2月23日 - 1997年〈平成9年〉3月8日)は、日本の画家・版画家・挿絵画家・彫刻家・陶芸家・作家・映画監督などの従来の芸術の枠にとどまらず多彩に活躍した芸術家。エロスの作家といわれるように、官能的な作風が多い。しかし、多岐にわたる活動や多才さは、かえって“池田芸術”の高い知名度にふさわしい正当な評価を困難にしている。 旧満洲国奉天市(現在の瀋陽市)に生まれ、戦後長野県長野市で育つ。長野市立柳町中学校、長野北高等学校(現・長野県長野高等学校)定時制課程卒業。高校在学中に絵画が入選、画家を志し上京するが、東京芸術大学の受験に3度失敗し大学進学を断念。
斎藤 誠治(さいとう せいじ、1933年 - )は栃木県宇都… 斎藤 誠治(さいとう せいじ、1933年 - )は栃木県宇都宮市出身の彫刻家、石彫作家。 1933年に栃木県宇都宮市に生まれる。東京芸術大学彫刻科に入学し、石井鶴三教室にて素描、彫像、木彫を学ぶ。1958年東京芸術大学専攻科で昭和の名工の一人である明石亀太郎に石彫を学ぶ。1960年大晦日に貨客船でアメリカに向かう。ブルックリン美術学校(ニューヨーク)に奨学金を得て入学し、イタリアの彫刻家オデリオ・ベッジに御影石による彫刻技法を学ぶ。全米彫刻協会の特別会員(Fellow of NSS)、アート・スチューデンツ・リーグのインストラクターを務める。現在もニューヨーク、ブルックリンのスタジオにて制作を続けている。
江口 週(えぐち しゅう、1932年(昭和7年)4月3日 -… 江口 週(えぐち しゅう、1932年(昭和7年)4月3日 - )は、日本の彫刻家である。 京都市の生まれ。東京芸術大学で彫刻科を専攻する。スケール感が強い技術を用いた斬新な技法を使った木彫を基本とした。卒業後の1963年(昭和38年)に東京国立近代美術館で開催された展示会において初めて彼の作品が出品された。この業績により、1965年(昭和40年)に山口県宇部市で開催された記念すべき第一回現代日本彫刻展にて受賞した。 また1974年(昭和49年)に平櫛田中賞、1977年(昭和52年)には中原悌二郎賞をそれぞれ受賞し、一躍有名な彫刻家となった。 海外にも進出しており、1965年にニューヨーク近代美術館で出品され、以後アントワープ、インドのトリエンナーレでのそれぞれの展示会でも出品された。
澄川 喜一(すみかわ きいち、1931年5月2日 - 202… 澄川 喜一(すみかわ きいち、1931年5月2日 - 2023年4月9日)は、日本の彫刻家。勲等は文化勲章。東京芸術大学名誉教授、学校法人國學院大學顧問、日本芸術院会員、文化功労者。 島根県出身の彫刻家である。東京芸術大学美術学部教授を経て学長を務め、金沢美術工芸大学では客員教授を務めた。新制作協会の会員であり、2006年には委員長を務めた。日本芸術院会員にも選任され、文化功労者となった。また、島根県芸術文化センター グラントワのセンター長、石見美術館の館長、財団法人横浜市芸術文化振興財団の理事長などを歴任した。 島根県六日市町(現・吉賀町)生まれ。山口県立岩国工業高等学校機械科卒業。東京芸術大学美術学部彫刻科卒業。
板津 邦夫(いたづ くにお、1931年4月14日 - 202… 板津 邦夫(いたづ くにお、1931年4月14日 - 2023年1月26日)は、日本の彫刻家。北海道教育大学名誉教授。 北海道出身。北海道札幌東高等学校、東京芸術大学卒業。東京芸術大学では石井鶴三に師事した。木の特性を生かした、土俗的風合いを持った自由で斬新な木彫作品で知られる。北海道教育大学旭川校の彫刻ゼミの卒業生らでつくる彫刻グループ「青銅会」の設立者・指導者。
細川 宗英(ほそかわ むねひで、1930年〈昭和5年〉7月2… 細川 宗英(ほそかわ むねひで、1930年〈昭和5年〉7月25日 - 1994年〈平成6年〉4月30日)は日本の彫刻家。号は観無水。 長野県松本市に生まれ、同県諏訪市で育った。長野県諏訪清陵高等学校を経て東京藝術大学美術学部彫刻科専攻科を卒業。1956年に同大学院彫刻科専攻科修了。同年同大学美術学部助手、1981年に彫刻科教授に就任。 大学在学中から新制作協会展に出品し、1950年代から1960年代初頭、日本へ流入する欧米現代美術の影響を受けつつも、やがて日本的なものへ回帰するイメージから生まれた「装飾古墳シリーズ」を制作し、第8回高村光太郎賞を受賞。 1968年、第1回文化庁芸術家在外研修員として海外派遣となった際にメキシコのマヤ文明に触れ、自らが目指す彫刻の本質を確信する。
橋本 堅太郎(はしもと けんたろう、1930年7月23日 -… 橋本 堅太郎(はしもと けんたろう、1930年7月23日 - 2021年1月31日)は、日本の彫刻家。位階は従四位。勲等は旭日中綬章。東京学芸大学名誉教授、日本芸術院会員、文化功労者。 宝仙学園短期大学助教授、東京学芸大学教育学部教授、社団法人日展理事長、社団法人日本彫刻会理事長などを歴任した。 1930年7月23日生まれ。東京出身。1953年、東京芸術大学彫刻科卒業(平櫛田中に師事)。 1954年、日展初入選、1966年、日展特選。宝仙学園短期大学助教授などをへて、1973年、東京学芸大学助教授、1974年、日展審査員、1982年、教授、1990年、日展評議員、1992年、日展文部大臣賞、1994年、日本彫刻会監事、東京学芸大学を退官、名誉教授。