青木 隆嘉(あおき たかよし、1932年 - )は、日本の哲… 青木 隆嘉(あおき たかよし、1932年 - )は、日本の哲学者、大阪女子大学名誉教授。 福岡県生まれ。京都大学文学部哲学科卒、同大学院文学研究科博士課程満期退学。福岡女子大学講師、助教授、大阪女子大学教授、95年定年退官、名誉教授。2007年、ハンナ・アーレント『思索日記』でレッシング翻訳賞受賞。
京都大学:2,182人
青木 隆嘉(あおき たかよし、1932年 - )は、日本の哲… 青木 隆嘉(あおき たかよし、1932年 - )は、日本の哲学者、大阪女子大学名誉教授。 福岡県生まれ。京都大学文学部哲学科卒、同大学院文学研究科博士課程満期退学。福岡女子大学講師、助教授、大阪女子大学教授、95年定年退官、名誉教授。2007年、ハンナ・アーレント『思索日記』でレッシング翻訳賞受賞。
小野 和子(おの かずこ、1932年〈昭和7年〉 - )は、… 小野 和子(おの かずこ、1932年〈昭和7年〉 - )は、日本の東洋史学者、京都橘女子大学名誉教授。専攻は中国近世史・中国近代女性史。 1932年、大阪府生まれ。京都大学文学部を卒業。 その後は、三重大学助教授に就いた。1981年、学位論文『近代中国女性史研究』を京都大学に提出して文学博士号を取得。京都大学人文科学研究所教授。1993年に京都大学でセクシャルハラスメント事件の矢野事件が起こった際には女性教官のまとめ役として動き、矢野暢から名誉棄損で民事訴訟を起こされたが勝訴した。1996年に京都大学人文科学研究所を定年退官し、同研究所名誉所員となった。その後は京都橘女子大学歴史学科教授として教鞭をとった。
神野 慧一郎(かみの けいいちろう、1932年 - 2024… 神野 慧一郎(かみの けいいちろう、1932年 - 2024年11月)は、大阪市立大学名誉教授。京都大学文学部哲学科卒。長崎県佐世保市生まれ。京都府京都市育ち。奈良県奈良市在住。
佐々木 昭夫(ささき あきお、1932年 - )は、日本の工… 佐々木 昭夫(ささき あきお、1932年 - )は、日本の工学研究者(電子工学) 学位はPh.D.(カリフォルニア大学バークレー校・1966年)および工学博士(京都大学・1976年)。京都大学および大阪電気通信大学名誉教授、ユタ大学 Clyde Chair(招へい教授)。 「混晶半導体」を提唱し、新学術分野に発展に寄与した。「電子材料シンポジウム」を通じて若手人材の育成も行った。 研究内容は混晶半導体の物理と光デバイス。 1.省庁関連:◎文部省科学研究費補助金特定研究「混晶エレクトロニクス」研究領域代表◎科学技術庁航空・電子技術審議会専門委員◎新技術事業団個人研究者選考・推進委員◎学位授与機構審査専門委員主査2.学会関連:◎米国情報表示学会日本支部長◎電子通信学会電子デバイス研究専門委員会委員長 ◎電子情報通信学会エレクトロニクスグループ運営委員長◎電気学会情報認識技術委員会委員長◎電子情報通信学会副会長3.国内会議関連:◎電気学会「センサの基礎と応用」シンポジュウム論文委員長◎同上実行委員長◎液晶討論会論文委員長4.国際会議関連:◎第3回ディスプレイ研究国際会議論文委員長◎第9回ディスプレイ研究国際会議運営委員長◎日米科学協力日米セミナー「混晶エレクトロニクス」主宰◎第6回固体センサとトランジューサ国際会議アジア代表◎第7回気相成長とエピタキシー国際会議論文委員長◎第7回固体センサーとトランジューサ国際会議論文委員長◎米国電子材料会議アジア委員(20年間)
竹岡 敬温(たけおか ゆきはる、1932年 - )は、日本の… 竹岡 敬温(たけおか ゆきはる、1932年 - )は、日本の経済史学者(経済史・経営史・社会史)。大阪大学名誉教授。専門は、フランス経済史・経営史・社会史。経済学博士。名古屋大学の竹岡敬和は次男。総務事務次官および京セラの専務を務めた山本貞雄は義理の弟。 京都府京都市に生まれる。1954年、京都大学文学部フランス語フランス文学科を卒業。当時の京都大学フランス文学科には、高橋たか子らがいた。1957年に同大学院フランス語フランス文学科を修了したのち、大阪大学経済学部・経済学研究科において、経済史学を宮本又次教授(のち名誉教授)に師事。1964‐1966年にはフランス政府給費留学生ならびに文部省在外研究員としてパリ大学文学部、高等研究実習学院第6部門(経済学・社会学部門)に学ぶ。
中西 襄(なかにし のぼる、1932年 - )は、日本の物理… 中西 襄(なかにし のぼる、1932年 - )は、日本の物理学者。京都大学名誉教授。元プリンストン高等研究所、ブルックヘブン国立研究所研究員。学位は理学博士(京都大学)。場の量子論を専門とする。 1955年京都大学理学部物理学科卒業。プリンストン高等研究所、ブルックヘブン国立研究所研究員を経て、京都大学数理解析研究所教授、現在は京都大学名誉教授。 専門は場の量子論。「場の量子論における散乱振幅の諸性質の分析」により1973年度仁科記念賞を受賞。「QEDの中西-Lautrup 形式と不定計量の場の理論の研究」で2010年度素粒子メダル受賞。 主に数学者の在籍する数理解析研究所の教授であったことからも分かるように一貫して数学的な立場から物理学を研究してきた。
丹治 昭義(たんじ てるよし、1932年 - )は、日本の仏… 丹治 昭義(たんじ てるよし、1932年 - )は、日本の仏教学者、関西大学名誉教授。
筧 久美子(かけひ くみこ、1932年 - )は、日本の中国… 筧 久美子(かけひ くみこ、1932年 - )は、日本の中国文学者、神戸大学名誉教授。
朝尾 直弘(あさお なおひろ、1931年12月17日 - 2… 朝尾 直弘(あさお なおひろ、1931年12月17日 - 2022年7月7日)は、日本の歴史学者(日本近世史)、京都大学名誉教授、文化功労者。住友史料館館長。 1931年、大阪府吹田市で生まれた。 京都大学文学部に進学し、史学科で小葉田淳に師事した。1954年に卒業。京都大学大学院文学研究科国史学専攻に進み、1956年に修士課程を修了。1959年に博士課程を単位取得退学。 1960年、京都大学研修員に採用された。1963年より『堺市史(続編)』編集主任。1964年に学位論文『寛永時代の基礎的研究』を京都大学に提出して文学博士の学位を取得。1968年4月、京都大学文学部史学科助教授に就き、国史学第二講座を担当した。
山田 康之(やまだ やすゆき、1931年〈昭和6年〉10月3… 山田 康之(やまだ やすゆき、1931年〈昭和6年〉10月31日 - 2021年〈令和3年〉8月15日)は、日本の農学者。京都大学名誉教授。植物分子細胞生物学の研究を行った。 大阪府生まれ。1957年、京都大学農学部卒業。同大学大学院農学研究科修士課程修了。1963年、京都大学農学博士。数十年にわたり、京都大学を研究の拠点とし活動。植物分子細胞生物学研究の権威。細胞を大量培養する実験系を確立。これらの培養細胞系を用いて、次々に新しい研究分野を開拓し、植物分子細胞生物学の基礎とその応用に大きく貢献。特にアルカロイドを高産生する培養細胞を用い、その生合成系の解析とその生合成系を遺伝子工学的に改変した分子育種学の新しい道を開く。
平井 一正(ひらい かずまさ、1931年10月31日 - 2… 平井 一正(ひらい かずまさ、1931年10月31日 - 2021年2月15日)は、日本の工学者。神戸大学名誉教授。専門はシステム制御工学。京都大学工学博士。 登山家としても知られており、1958年に、チョゴリザ北東峰(7,654m)の初登頂者となったほか、隊長として数次にわたるヒマラヤ遠征を無事故で成功させた。岐阜県出身。 京都大学工学部を卒業して、大学院に進み、1963年に「非線形要素を持つサーボ機構の振動現象に関する研究」により、京都大学から工学博士を取得した。 1964年、神戸大学工学部に助教授として赴任し、その後、ドイツのシュトゥットガルトに2年間留学した。その後、教授として、日本初のカタカナ学科として1972年に新設されたシステム工学科の開設と運営に携わった。
菊井禮次(きくい れいじ、1931年10月25日 - )は、… 菊井禮次(きくい れいじ、1931年10月25日 - )は、日本の政治学者。専門は、国際政治学、ソ連外交。 滋賀県生まれ。京都大学法学部卒業。岡山大学法文学部助手・講師・助教授・教授、立命館大学法学部教授を務める。
八木 充(やぎ あつる、1931年9月11日 - )は、日本… 八木 充(やぎ あつる、1931年9月11日 - )は、日本の歴史学者、山口大学名誉教授。学位は、文学博士(京都大学・1967年)。 山口県防府市生まれ。1954年山口大学文理学部国史学専攻卒、1959年京都大学大学院文学研究科博士課程中退。1967年「律令国家成立過程の研究」で京大文学博士となる。1959年山口大学文理学部助手、1961年同大講師、1966年に同大助教授、1974年に同大教授、1978年に同大人文学部教授、1985年から1991年まで同大学部長。1993年同大を定年退官、名誉教授となる。その後、奈良産業大学教授、京都学園大学人間文化学部教授を務め、2003年に退職した。
奥野 良之助(おくの りょうのすけ、1931年8月29日 -… 奥野 良之助(おくの りょうのすけ、1931年8月29日 - )は、日本の生物学者、生態学者。 大阪府大阪市生まれ。京都大学大学院理学研究科3年中退。神戸市立須磨水族館勤務後、金沢大学理学部生物学科助教授。1997年退職。
光藤 景皎(みつどう かげあき、1931年8月28日 - 2… 光藤 景皎(みつどう かげあき、1931年8月28日 - 2023年10月16日)は、日本の法学者。専門は刑事訴訟法。学位は、法学博士(京都大学・論文博士・1976年)。大阪市立大学名誉教授。信州大学教授。弁護士。岡山県岡山市出身。 ドイツ刑事訴訟法の歴史的研究や英米証拠法の研究など比較法的研究を基礎とした緻密な解釈論を展開する。その解釈論的集大成である口述刑事刑事訴訟法の下巻が遂に公刊された。また多くの優れた弟子を育てたことでも知られている。[要出典] この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。
三輪 泰司(みわ ひろし、1931年 (昭和6年)8月27日… 三輪 泰司(みわ ひろし、1931年 (昭和6年)8月27日 - )は、京都芸術大学教授、同大学環境デザイン学科長、工学博士(京都大学、1974)。現・客員教授。株式会社地域計画建築研究所代表取締役・会長を経て現取締役相談役。専門学校ビジネスカレッジ京都校長。京都デザイン会議議長。NPO平安京 理事長。日本の都市プランナーで都市計画協会マスター都市プランナー。都市災害に備える技術者の会役員。府庁旧本館利活用応援ネット代表。京都デザイン関連団体協議会議長。京都商工会議所議員(都市美化・環境対策特別委員会副委員長)など。京都市生まれ。技術士建設部門(都市計画/地方計画)/再開発プランナー/一級建築士。
吉田 民人(よしだ たみと、1931年8月20日 - 200… 吉田 民人(よしだ たみと、1931年8月20日 - 2009年10月27日)は、日本の社会学者。専門は理論社会学。日本学士院会員。第18期日本学術会議副会長。元日本社会学会会長。東京大学名誉教授。 愛知県出身。京都大学文学部社会学専攻卒業。同大学大学院博士課程中退。 機能主義社会学を理論的に追求した。「情報」を社会科学的な研究対象とした先駆者の一人としても知られる。 上野千鶴子や木村洋二、宮台真司などの恩師と仰がれている。
稲葉 宏雄(いなば ひろお、1931年8月16日 - )は、… 稲葉 宏雄(いなば ひろお、1931年8月16日 - )は、教育学者、京都大学名誉教授。 岐阜県大垣市生まれ。1954年京都大学教育学部卒業。59年同大学院教育学研究科博士課程単位取得退学、京都女子大学文学部専任講師、65年助教授。1972年京都大学教育学部助教授、79年教授。88年教育学部長、95年定年退官、名誉教授、近畿大学生物理工学部教授。2000年龍谷大学文学部教授。2003年退職。
三宅 一郎(みやけ いちろう、1931年7月30日 - )は… 三宅 一郎(みやけ いちろう、1931年7月30日 - )は、日本の政治学者(政治行動論)。勲等は勲二等。学位は、法学博士(京都大学・論文博士・1986年)。神戸大学名誉教授。日本学士院会員。 京都大学人文科学研究所講師、同志社大学法学部教授、神戸大学法学部教授、大阪国際大学政経学部教授、関西大学総合情報学部教授などを歴任した。 兵庫県生まれの政治学者。政治過程論を専攻し、とりわけ投票行動についての研究に従事。日本における投票行動分析の第一人者として知られる。元々は猪木正道の下で日本政治史を研究していたが、アメリカのミシガン大学留学後は投票行動研究に転じた。京都大学より法学博士の学位を取得。神戸大学より名誉教授の称号を授与され、日本学士院会員にも選任された。
山下 正男(やました まさお、1931年7月16日 - )は… 山下 正男(やました まさお、1931年7月16日 - )は、日本の哲学者。京都大学名誉教授。専門は論理と数理の比較思想史。 京都府京都市出身。1953年京都大学文学部哲学科卒。1958年同大学院博士課程満期退学。1965年関西学院大学文学部助教授、1968年京都大学人文科学研究所助教授、1981年教授。1995年定年退官、名誉教授、近畿大学文芸学部教授。
前川 道郎(まえかわ みちお、1931年6月22日 - 20… 前川 道郎(まえかわ みちお、1931年6月22日 - 2000年11月10日)は、日本の建築学者・建築史家。専門は、西洋建築史・建築学。工学博士。京都大学名誉教授、九州大学名誉教授。 フランスのゴシック建築を中心とする西洋中世建築の空間論的研究に取り組むとともに、ゴシック建築および空間論に関する海外の主要な著作を日本に紹介し、ゴシック建築研究の第一人者と目された。また、晩年には、プロテスタントにおける教会建築の研究にも関心を向けた。
田中 礼(たなか ひろし、1931年6月2日 - 2019年… 田中 礼(たなか ひろし、1931年6月2日 - 2019年9月13日)は、英文学者、日本近代文学研究者、京都大学名誉教授。 兵庫県神戸市生まれ。1960年京都大学文学部英文科卒業。神戸大学助教授、京都大学教養部助教授、教授、1995年定年退官、名誉教授、英知大学教授。日本ホイットマン協会会長、新日本歌人協会全国幹事。1978年『論攷 石川啄木』で新日本歌人協会賞、2011年の『啄木とその系譜』で岩手日報社啄木賞、渡辺順三賞受賞 。 2019年9月13日、肺癌のため死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
望田 幸男(もちだ ゆきお、1931年5月30日 - 202… 望田 幸男(もちだ ゆきお、1931年5月30日 - 2023年1月6日)は、日本の歴史学者、同志社大学名誉教授。専門はドイツ近現代史。 山梨県甲府市生まれ。1974年京都大学大学院文学研究科博士課程修了、「近代ドイツの政治構造 :プロイセン憲法紛争史研究」で文学博士。同志社大学助教授、教授。2002年定年、名誉教授。 非核の政府を求める会・京都 代表世話人を務めるなど、市民運動にも携わった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
稲上 正(いながみ ただし、1931年5月20日 - 202… 稲上 正(いながみ ただし、1931年5月20日 - 2023年3月13日)は、日本の生化学者。ヴァンダービルト大学大名誉教授、日本学士院会員。専門は栄養生化学、分子細胞生理学。たんぱく質分解酵素「レニン」の構造を解明するなど、血圧の降圧剤の開発に貢献した。 1931年5月、神戸市生まれ。1953年、京都大学農学部を卒業、栄養化学の学士号を取得。1954年にフルブライト奨学生として渡米し、イェール大学に進学。1958年にイェール大学で生物物理化学の博士号を取得。1963年に京都大学で栄養学の理学博士号を取得した。1966年にヴァンダービルト大学の生化学教室の助教授となる。 米国心臓協会高血圧研究学会からCIBA賞、日本学士院賞(村上和雄と共同)などを受賞した。
清水 善三(しみず ぜんぞう、1931年5月13日 - 20… 清水 善三(しみず ぜんぞう、1931年5月13日 - 2012年7月16日)は、仏教美術史学者、京都大学名誉教授。 静岡県出身。1958年京都大学文学部美学美術史卒、1963年同大学院博士課程満期退学。1964年京大文学部助手、1968年京都精華短期大学助教授、教授。1971年京大文学部助教授、1979年「平安彫刻史の研究」で京大文学博士、1980年教授、1995年定年退官、名誉教授。
市川 浩(いちかわ ひろし、1931年5月2日 - 2002… 市川 浩(いちかわ ひろし、1931年5月2日 - 2002年8月17日)は、日本の哲学者・身体論者。明治大学名誉教授。 ベルクソンらのフランス哲学が専門。身体論を軸に人間存在の把握を追究する、独自の哲学を展開した。著書に『精神としての身体』(1975年)、『〈身〉の構造』(1984年)、『〈中間者〉の哲学』(1990年)など。 京都府出身。仏教学者市川白弦の長男。1954年京都大学文学部卒業。毎日新聞記者となるが、退社し、1959年、東京大学大学院人文科学研究科比較文学比較文化専攻課程入学、山崎正一の教えを受ける。明治大学助教授、教授を経て、名誉教授。『精神としての身体』(1975) で身体論に新しい地平を開き、『<身>の構造』でこれを発展させる。
早川 和男(はやかわ かずお、1931年5月1日 - 201… 早川 和男(はやかわ かずお、1931年5月1日 - 2018年7月25日)は、日本の建築学者、神戸大学名誉教授。専門は住居学。 奈良市出身。京都大学工学部建築学科卒業。西山夘三に師事。1973年「都市開発における空間価値の研究」で京都大学工学博士。日本住宅公団技師、建設省建築研究所建築経済研究室長などを経て、1978年神戸大学教授。1982年日本住宅会議事務局長。1993年『居住福祉の論理』で今和次郎賞受賞。1995年神戸大学を定年、名誉教授、長崎総合科学大学教授、日本福祉大学客員教授。「住まいは人権」をかかげて住宅・土地問題に取り組む。日本居住福祉学会会長、国際居住福祉研究所長を歴任。2001年より「日中韓居住問題国際会議」を三国の研究者らと開催。
太田 富雄(おおた とみお、1931年4月17日 - 201… 太田 富雄(おおた とみお、1931年4月17日 - 2016年11月27日)は、日本の脳神経外科医、大阪医科大学名誉教授。 1956年京都大学医学部卒、同大学院脳神経外科博士課程修了、1961年「合成樹脂による脳動脈瘤の破裂予防およびその補強法」で京都大学より医学博士の学位を取得。大阪医科大学教授、2002年定年退任、名誉教授、医誠会病院脳機能研究所、大阪脳神経外科病院、富永脳神経外科病院院長。
中川 久定(なかがわ ひさやす、1931年3月15日 - 2… 中川 久定(なかがわ ひさやす、1931年3月15日 - 2017年6月18日)は、日本の文学者(フランス文学)。勲等は勲二等。学位は文学博士(京都大学・1976年)。京都大学名誉教授、日本学士院会員。 名古屋大学教養部助教授、京都大学文学部教授、京都大学文学部学部長、近畿大学文芸学部教授、京都国立博物館館長、財団法人国際高等研究所副所長などを歴任した。 日本のフランス文学者であり、新・京都学派の一員としても知られる。日本学士院会員、および、京都大学名誉教授。豊後国・岡藩(大分県竹田市)中川家(旧伯爵家)第18代当主。 東京生まれ。名前が難読のため、同世代の学者からは「キューテイ」と呼ばれていた。
川端 季雄 (かわばた すえお、1931年3月10日 - 2… 川端 季雄 (かわばた すえお、1931年3月10日 - 2001年9月12日)は、日本の化学工学者。京都大学名誉教授。滋賀県立大学名誉教授。 奈良県生まれ。1955年京都工芸繊維大学工芸学部桟織工芸学科卒業。1960年京都大学大学院工学研究科博士課程修了、京都大学工学部助手。1961年工学博士。1964年カリフォルニア工科大学研究員。 京都大学工学部助教授を経て、1983年京都大学工学部教授。1994年停年退官、京都大学名誉教授。同年から滋賀県立大学開設準備室顧問として滋賀県立大学設立にあたり、1995年から滋賀県立大学工学部材料科学科長・教授。2001年定年退職、滋賀県立大学名誉教授。同年9月12日、肝不全のため死去。
種谷 春洋(たねや はるみ、1931年3月3日 - 1987… 種谷 春洋(たねや はるみ、1931年3月3日 - 1987年9月19日)は、日本の憲法学者。とりわけ、幸福追求権や基本的人権の歴史研究で知られる。 1931年、京都市に生まれる。京都府立山城高等学校を卒業後、京都大学文学部に入学。その後、法学部に転じ、1954年3月に同学部を卒業。同年、京都大学大学院法学研究科に進学し、公法学を専攻。杉村敏正に師事する。1956年、岡山大学法文学部に赴任し、助手、講師、助教授を歴任。1968年、大阪市立大学法学部に教授として就任(憲法)。1987年、心不全のため死去。享年56。 種谷は日本で初めて、日本国憲法13条の「幸福追求権」を、包括的な基本権(主観的権利)として捉え、独自の意味を見出す学説を提唱した。
塩原 勉(しおばら つとむ、1931年2月23日 - )は、… 塩原 勉(しおばら つとむ、1931年2月23日 - )は、日本の社会学者、大阪大学名誉教授。 富山県出身。1955年京都大学文学部卒、1961年同大学院博士課程満期退学、城戸賞受賞、1962年関西学院大学社会学部専任講師、1965年助教授、1969年奈良女子大学助教授、1972年千葉大学教授、1976年大阪大学人間科学部教授、1982年評議員、1990-1992年人間科学部長、1994年定年退官、名誉教授、甲南女子大学教授、2001年退職。1998年秋、紫綬褒章受章。 『組織と運動の理論 矛盾媒介過程の社会学』新曜社 1976『社会学の理論 1』旺文社 (ラジオ大学講座) 1984『社会学の理論 2』放送大学 1985『転換する日本社会 対抗的相補性の視角から』新曜社 1994
木村 敏(きむら びん、1931年2月15日 - 2021年… 木村 敏(きむら びん、1931年2月15日 - 2021年8月4日)は、日本の医学者・精神科医。位階は従四位。専門は精神病理学。河合文化教育研究所所長。学位は、医学博士(京都大学・論文博士・1964年)。京都大学名誉教授。元名古屋市立大学医学部教授。元日本精神病理学会理事長。 人間存在を探究し、「あいだ」を基軸とする独自の人間学を構築して、国内外に影響を与える。著書に『自己・あいだ・時間』(1981年)、『関係としての自己』(2005年)などがある。 1931年、朝鮮慶尚南道生まれ。旧制岐阜県斐太中学校、三高を経て、1955年に京都大学医学部卒業。1964年、京都大学より医学博士の学位を取得。
末石 冨太郎(末石 冨太郎、すえいし とみたろう、1931年… 末石 冨太郎(末石 冨太郎、すえいし とみたろう、1931年2月11日 - 2025年7月15日)は、日本の土木工学者、環境学者、大阪大学名誉教授。 兵庫県武庫郡(現神戸市灘区)出身。1953年京都大学工学部土木工学科卒、1955年同大学院修了。1961年「上下水道における集配水の合理化に関する基礎的研究」で工学博士。大阪水道局技術吏員、1958年京大工学部助教授、1967年教授、1975年大阪大学工学部教授。1973-1977年京大経済研究所教授兼任。1994年定年退官、名誉教授。2025年7月15日、自宅にて老衰により死去。
橋谷 義人(はしたに よしと、1931年〈昭和6年〉2月11… 橋谷 義人(はしたに よしと、1931年〈昭和6年〉2月11日 - )は、日本の農学博士、元大阪成蹊女子短期大学学長。 鳥取県出身、日野郡溝口町(現・西伯郡伯耆町)在籍。1955年、神戸大学農芸化学科助手。1964年、京都大学大学院農学研究科博士課程修了、同年京都大学化学研究所研究員。 1965年、「高等植物におけるビタミンB1の生合成について」にて同大学より学位を取得、同年大阪成蹊女子短期大学助教授。1969年、教授。1972年、家政学科栄養コース主任。 1975年、大阪成蹊学園評議員。1976年、理事。1978年、大阪成蹊女子短期大学学生部長。1986年、教務部長。1991年7月、学長に就任。
川又 良也(かわまた よしや、1931年(昭和6年)2月9日… 川又 良也(かわまた よしや、1931年(昭和6年)2月9日 - 2019年(令和元年)7月12日)は、日本の法学者。専門は商法・アメリカ海事法。京都大学名誉教授。大隅健一郎門下。 京都大学百年史編集委員会『【部局史編 1】第4章: 大学院法学研究科・法学部』京都大学後援会、1997年。https://hdl.handle.net/2433/152980。
飯野 春樹(いいの はるき、1931年2月8日 - 1995… 飯野 春樹(いいの はるき、1931年2月8日 - 1995年7月18日)は、日本の経営学者。経済学博士(京都大学・1980年)(学位論文「バーナード研究」)。関西大学教授・京都大学教授・大阪学院大学教授を歴任。 京都市生まれ。1953年京都大学経済学部卒、1958年同大学院博士課程退学、関西大学商学部講師、1961年助教授、1969年教授、1978年商学部長、1980年「バーナード研究」で経済学博士(京都大学)の学位を取得。1985年京都大学経済学部教授。1994年定年退官、大阪学院大学教授。
井村 裕夫(いむら ひろお、1931年(昭和6年)2月4日 … 井村 裕夫(いむら ひろお、1931年(昭和6年)2月4日 - )は、日本の医学者、医学博士。京都大学名誉教授・元総長。第27代日本学士院院長。専門は内分泌代謝病学、糖尿病学。 1931年、滋賀県神崎郡八日市町(現:東近江市)生まれ。滋賀県立八日市高等学校卒業。1954年京都大学医学部医学科卒業、医学博士。米国カリフォルニア大学内科研究員、京都大学講師、神戸大学医学部教授、京都大学医学部教授、同大学医学部長を経て、1991年~1997年京都大学総長。同時に国立大学協会会長。京大総長選挙は当時、立候補も他者推薦も無しで各教官が適任と思う人物を紙に書く制度であったため予期せず突如選ばれ、研究を一時中断するほど多忙であったという。
藤多 哲朗(ふじた てつろう、1931年1月4日 - 201… 藤多 哲朗(ふじた てつろう、1931年1月4日 - 2017年1月1日)は、日本の薬学者・天然物化学者。京都大学名誉教授。 多発性硬化症治療薬フィンゴリモド (FTY720) の開発において、基礎となる重要な発見をした。京都大学評議員、日本生薬学会会長(第16代)、一般財団法人生産開発科学研究所評議員を歴任。京都市左京区出身。 1953年 京都大学医学部薬学科卒業。1958年 京都大学大学院薬学研究科博士課程(新制大学院1期生)を修了。生薬学教室にて刈米達夫教授に師事。 1959年 京都府立医科大学助手(生化学教室:能勢善嗣教授主宰)。1963年 京都大学化学研究所助手(生理活性部門:藤田榮一教授主宰)。
根井 正利(ねい まさとし、1931年1月2日 - 2023… 根井 正利(ねい まさとし、1931年1月2日 - 2023年5月18日)は、日本出身のアメリカ合衆国の集団遺伝学者・進化生物学者。ペンシルベニア州立大学教授 (the Evan Pugh Professor of Biology)・同大学分子進化遺伝学研究所所長。日本遺伝学会、日本人類遺伝学会名誉会員。 最先端の分子生物学の知識を考慮しつつ、単独または学生との共同研究により分子進化の分野での新しい統計的理論を開発してきた。それとともに、進化理論に関するいくつかの新しい概念を提唱した。 遺伝子間に相互作用がある場合、自然選択は常に遺伝子座の連鎖を強めるか、または同じ連鎖関係を維持する傾向のあることを最初に数学的に証明した。
増井 禎夫(ますい よしお、1931年1月1日 - 2024… 増井 禎夫(ますい よしお、1931年1月1日 - 2024年4月18日)は、日本生まれでカナダ国籍の細胞生物学者。トロント大学名誉教授、王立協会フェロー。 1971年、カエル卵の卵母細胞から卵成熟を引き起こす卵成熟促進因子(英語版)(maturation promoting factor, MPF)を発見。MPF は後に普遍的かつ中心的な細胞周期の制御因子であることが判明し、1980年代後半からのこの分野の爆発的な発展に大きく貢献した。
中村 一(なかむら まこと、1931年1月1日 - )は、日… 中村 一(なかむら まこと、1931年1月1日 - )は、日本の造園学者。京都大学名誉教授。日本造園学会会長も歴任。京都造形芸術大学客員教授。日本庭園・歴史遺産研究センター顧問。農学博士。愛称はピンさん。台湾台南市生まれ。和歌山県出身。 1972年から、岡崎文彬を引き継ぎ京都大学農学部林学科造園学講座の主任教授として後進の育成にあたるとともに、レクリエーションや造園の本質的な意味について深く研究。 1953年、京都大学農学部林学科卒業。同期に近藤公夫。1955年、京都大学大学院農学研究科林学専攻修士課程修了。京都大学助手。その後講師、助教授を経て1975年、京都大学農学部教授。 文化庁文化財保護審議会第三調査会委員、京都府文化財保護審議会委員、京都市文化財保護審議会委員など多数。
川田 殖(かわだ しげる、1931年 - )は、日本の哲学者… 川田 殖(かわだ しげる、1931年 - )は、日本の哲学者、倫理学者。専門は古代ギリシア哲学。 1931年、北海道網走市で生まれた。国際基督教大学の第一期生として入学し、1957年に卒業。京都大学文学部哲学科に移り、在学時代は主としてエミール・ブルンナー、 神田盾夫、田中美知太郎の薫陶を受けた。1959年に卒業し、同大学大学院に進学。1964年に博士課程を満期退学した。 その後は母校の国際基督教大学助教授に就いた。大阪医科大学助教授を経て、山梨医科大学医学部教授となった。恵泉女学園学園長を経て、2000年から2005年まで日本聾話学校校長。
野口 昌巳(のぐち まさみ、1931年 - )は、日本の森林… 野口 昌巳(のぐち まさみ、1931年 - )は、日本の森林学者。京都大学名誉教授。 長野県生まれ。長野県松本県ヶ丘高等学校を経て京都大学農学部卒業、同大学院修了。 東京農工大学農学部教授、京都大学農学部教授を務めた後、1992年(平成4年)定年退官。京都大学名誉教授。 野口は、1982年から1991年にかけて、シロアリの木材食害によって発生するAE(アコースティック・エミッション)をモニタリングすることによって、シロアリの活動を検出する研究を、今村祐嗣教授(現:京都大学名誉教授)と共に始める。 当時、住宅の耐久性向上に環境負荷の低い方法を導入する社会的気風が高まってきたことや、非破壊検査技術の分野における技術進歩を受け、木材の劣化診断法の開発研究に着手した。
多田 稔(ただ みのる、1931年 - )は、英米文学者、大… 多田 稔(ただ みのる、1931年 - )は、英米文学者、大谷大学名誉教授。専門は19世紀後半~20世紀前半の英米作家研究。 1931年、広島市生まれ。旧制山口県立徳山中学校を卒業し、旧制第六高等学校へ進む。その後京都大学文学部英文科へ進学し、1954年に卒業。 卒業後は京都府立嵯峨野高等学校教諭、明石工業高等専門学校助教授、1966年からは京都工芸繊維大学助教授、1971年同大学教授。セントオラフ大学で人文学博士(Ph.D.)を授与される。1984年より大谷大学教授、1987年文学研究科長、2002年帯広大谷短期大学学長。2008年退任。 京大英文学会(評議員歴任), 日本英文学会, 大学英語教育学会(関西支部長歴任), William Morris Sociely(ロンドン)(終身会員), 国際応用言語学会日本イエーツ協会, IASAIL JAPAN-アングロアイリッシュ協会アメリカ文学会, 国際真宗学会(評議員歴任), 東西宗教交流学会, 日本ソロー学会, 東京ラスキン協会 他
大江 慶治(おおえ けいじ、1931年 - )は、日本の医学… 大江 慶治(おおえ けいじ、1931年 - )は、日本の医学者。産業医科大学名誉教授。 旧制第五高等学校を経て、1955年京都大学医学部卒業。 1964年から1975年までアメリカ合衆国、カナダにてRNAの基礎研究に従事。VA RNAの塩基配列決定(サンガー法)の仕事は、現在[いつ?]、pre-mRNA splicing研究の基質に使われているadenovirus E1A transcriptとして引き継がれている。 帰国後、広島大学医学部講師から産業医科大学教授。消化管ホルモン分泌の研究と臨床、肥満と肝機能障害の健康管理に携わる。ことに胃酸を中和する十二指腸球部粘膜のアルカリ分泌の発見に貢献した。
勝藤 猛(かつふじ たけし、1931年 - 2019年)は、… 勝藤 猛(かつふじ たけし、1931年 - 2019年)は、日本の東洋史学者、ペルシア語学者、大阪外国語大学名誉教授。 徳島市に生まれる。1954年京都大学文学部(東洋史学専攻)卒業。同大学大学院文学研究科修士課程修了。大阪外国語大学助教授、教授を務め、95年定年退官、名誉教授、岩手県立大学教授。2001年退職。 2011年11月瑞宝中綬章受章。
高島 昌二(たかしま しょうじ、1931年 - 2016年)… 高島 昌二(たかしま しょうじ、1931年 - 2016年)は、日本の社会学者。龍谷大学名誉教授、皇學館大学名誉教授。文学博士(文博第9号 京都大学)。 専門は、国際社会福祉論、福祉政策論、政治社会学。近年はスウェーデンの社会福祉に関する論文などを多数発表している。 1955年、神戸大学文学部を卒業、京都大学大学院文学研究科社会学専攻修士課程社会福祉学専攻をへて、1960年同博士課程社会学専攻を修了し、課程博士の学位を取得。 その後、京都大学助手から愛知学芸大学(愛知教育大学に改称)講師・助教授・教授、京都府立大学文学部教授、龍谷大学文学部教授、同社会学部教授・学部長を経て、1998年、皇學館大学社会福祉学部開設と同時に同学部教授および学部長(2004年まで)に就任。
高橋 哲雄(たかはし てつお、1931年 - 2022年)は… 高橋 哲雄(たかはし てつお、1931年 - 2022年)は、日本の経済学者、英国経済史学者、甲南大学・大阪商業大学名誉教授。専攻は産業組織論・イギリス社会文化史。 兵庫県神戸市生まれ。1954年京都大学経済学部卒業。同大学院で大野英二に師事。1971年「イギリス鉄鋼独占の研究」で経済学博士。関西学院大学講師、甲南大学経済学部助教授、教授、副学長、1996年退職、名誉教授、大阪商業大学教授、同名誉教授。
野村 庄吾(のむら しょうご、1931年 - 2019年)は… 野村 庄吾(のむら しょうご、1931年 - 2019年)は、発達心理学を専門とする日本の心理学者。京都教育大学、奈良女子大学、花園大学の教授を歴任した。 金沢市生まれ。京都大学教育学部に学び、1954年に卒業した。 発達心理学を専門とし、「発達障害」という用語が一般化する以前から障害の問題について研究に取り組んだ。また、「笑い」の心理学的研究にも取り組んだ。