山川 偉也(やまかわ ひでや、1938年11月30日- )は… 山川 偉也(やまかわ ひでや、1938年11月30日- )は、日本の哲学研究者、桃山学院大学名誉教授。専攻はギリシア哲学。 徳島市生まれ。1962年同志社大学文学部文化学科哲学専攻卒業。1967年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1975年桃山学院大学経済学部助教授。1977年教授。1989年文学部教授。1991年から1993年まで文学部長。2002年法学部教授。2004年から2006年まで文学研究科長。2009年定年退任、名誉教授。1997年アテネ大学名誉哲学博士。
辻野 功(つじの いさお、1938年2月22日 - 2014… 辻野 功(つじの いさお、1938年2月22日 - 2014年3月16日)は、日本の政治学者。専門は、政治学。大分学の提唱者で、一般社団法人大分学研究会の会長を務めた。また、スーパーJチャンネルおおいたコメンテーターなど、多方面で活躍した。香川県出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
早瀬 圭一(はやせ けいいち、1937年12月14日 - )… 早瀬 圭一(はやせ けいいち、1937年12月14日 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家、毎日新聞社客員編集委員、東洋英和女学院大学名誉教授。 大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業後、1961年毎日新聞入社。名古屋、大阪、東京各社会部を経て、『サンデー毎日』別冊編集長。石川達三『七人の敵が居た』も担当した。その後、編集局編集委員。1982年、『長い命のために』で第13回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。毎日新聞客員編集委員。1993年愛知みずほ大学教授、1998年龍谷大学社会学部教授、2001年東洋英和女学院大学教授、2008年同名誉教授、北陸学院大学副学長・教授、2012年退任。
吉田 曠二(よしだ ひろじ、1937年4月15日 - )は、… 吉田 曠二(よしだ ひろじ、1937年4月15日 - )は、日本のジャーナリスト、歴史家。 京都市生まれ。1963年同志社大学大学院法学研究科修士課程修了。1964年朝日新聞大阪本社入社。入社後も大学院時代の師田畑忍に師事し、日本近現代史研究を継続。1997年定年退職、名城大学非常勤講師となり外交史、政治史の講義を担当。
馬場 伸也(ばんば のぶや、1937年3月25日 - 198… 馬場 伸也(ばんば のぶや、1937年3月25日 - 1989年10月6日)は、日本の政治学者、大阪大学法学部教授。専門は、国際政治学、カナダ研究、平和学、国際社会学。 京都府京都市生まれ。同志社大学法学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校から博士号(歴史学)取得。カナダ・マギル大学準教授、津田塾大学教授を経て、1982年から大阪大学で教鞭を執る。日本平和学会会長(1987年-1989年)、日本カナダ学会初代会長を務める。1989年、心不全のため死去。 日本の国際関係論に、国家というアクターを中心に考えない視座や文化というものの見方を導入した先駆者の一人として、今日でも評価されている。
家 正治(いえ まさじ、1937年(昭和12年) - )は、… 家 正治(いえ まさじ、1937年(昭和12年) - )は、日本の法学者。専門は国際法学。神戸市外国語大学名誉教授、姫路獨協大学名誉教授。京都府生まれ。 2017年1月28日に大阪市で開催された「新春 日朝友好芸術のつどい」実行委員会の実行委員長を務めた。 2017年4月14日には、北朝鮮の親善勲章第2級を受勲している。 2018年、埼玉大学名誉教授の鎌倉孝夫を団長、「福島朝鮮学校を支援する会」会長の住谷圭造を秘書長とする代表団の副団長として北朝鮮を訪問した。 2020年1月11日に沖縄県立博物館・美術館で開催された、北朝鮮の指導者金正恩の誕生日を祝賀するための「チュチェ思想新春セミナー」に、高良鉄美(参議院議員)、平良研一(沖縄大学名誉教授)、尾上健一(チュチェ思想国際研究所事務局長)らとともに参加し、みずからは講演を行った。
仲尾 宏(なかお ひろし、1936年8月27日 - 2023… 仲尾 宏(なかお ひろし、1936年8月27日 - 2023年1月1日)は、日朝関係史学者、京都造形芸術大学客員教授。一般社団法人在日コリアン・マイノリティー人権研究センター(KMJ)理事長。財団法人世界人権問題研究センター理事。龍谷大学安重根東洋平和研究センター客員研究員。前近代日朝関係史、朝鮮通信使を研究。 京都府京都市生まれ。1960年同志社大学法学部政治学科卒業。京都芸術短期大学・京都造形芸術大学教授、2007年京都造形芸術大学客員教授。 2002年京都市国際交流賞。2007年京都新聞学術文化大賞。 2023年1月1日、脳梗塞のため死去。86歳没。
加地 伸行(かじ のぶゆき、1936年〈昭和11年〉4月10… 加地 伸行(かじ のぶゆき、1936年〈昭和11年〉4月10日 - )は、日本の中国哲学者。 大阪大学名誉教授、Z会顧問。号は孤剣楼。筆名は二畳庵主人。『漢文法基礎』の著者としても知られる。 大阪市出身。大阪府立北野高等学校を経て、1960年京都大学文学部卒業。卒業論文では『孝経』を扱う。1963年京都大学大学院修士課程修了。修士論文では『史記』を扱う。大学院在学中は重澤俊郎の指導を受ける。 1963年、高野山大学文学部講師。1968年、同助教授。1969年、名古屋大学文学部助教授。1972年から翌年まで、台湾淡江文理学院副教授を兼任。 1982年、大阪大学文学部助教授。同年、博士論文「『公孫龍子』の研究」で東北大学文学博士(主査は金谷治)。
河原 正彦(かわはら まさひこ、1935年9月25日 - 2… 河原 正彦(かわはら まさひこ、1935年9月25日 - 2017年5月9日)は、日本の美術史学者。京都国立博物館名誉館員。専門領域は文化史学、美術工芸史、東洋陶磁史など。 長野県長野市生まれ。同志社大学文学部文化学科文化史専攻卒業。同大学院文学研究科文化史学専攻博士課程単位取得満期退学。京都府立総合資料館資料部主事。京都国立博物館学芸課工芸室、研究職文部技官、工芸室長、学芸課学芸課長。京都橘女子大学文学部文化財学科教授。滋賀県立陶芸の森館長。 2017年5月9日、細菌性肺炎のため、京都府城陽市内の病院で死去、81歳。
斎藤 偕子(さいとう ともこ、1935年4月27日 -202… 斎藤 偕子(さいとう ともこ、1935年4月27日 -2021年12月23日 )は、日本のアメリカ演劇学者、演劇評論家、慶應義塾大学名誉教授。本姓・楠原。 東京(現中野区)生まれ。1958年同志社大学文学部英文科卒。62年同大学院退学。劇団俳優座舞台部勤務、64年白水社『新劇』編集部勤務。1968年ニューヨーク大学大学院修士課程修了。1969年東洋英和女学院短期大学専任講師、71年助教授、1970年菊田賞受賞。1977年慶大文学部助教授、81年教授、2000年退任、名誉教授、日本橋学館大学教授。2011年『19世紀アメリカのポピュラー・シアター』で日本演劇学会河竹賞受賞。演劇評論は斎藤偕子の名で、学術雑誌には楠原偕子の名で執筆。
中谷 猛(なかたに たけし、1935年 - )は、日本の政治… 中谷 猛(なかたに たけし、1935年 - )は、日本の政治学者。専門は、フランス政治思想。立命館大学名誉教授。 京都市生まれ。同志社大学文学部卒業(1961年)。同大学院文学研究科修士課程、法学研究科博士課程修了。長崎総合科学大学、立命館大学で教鞭をとる。
大谷 實(おおや みのる、1934年10月25日 - )は、… 大谷 實(おおや みのる、1934年10月25日 - )は、日本の法学者。専門は刑事法。法学博士(同志社大学、1972年)(学位論文「人格責任論の研究」)。同志社大学名誉教授。茨城県出身。
上田 勝美(うえだ かつみ、1934年5月16日 - )は、… 上田 勝美(うえだ かつみ、1934年5月16日 - )は、日本の法学者。龍谷大学名誉教授、憲法研究所代表委員、京都憲法会議代表幹事。専門は憲法学。
正木 久司(まさき ひさし、1934年3月7日 - 1995… 正木 久司(まさき ひさし、1934年3月7日 - 1995年6月17日)は、日本の経営学者。 兵庫県高砂市出身。1967年同志社大学大学院経済学研究科博士課程満期退学、1983年「日本の株式会社金融」で立教大学経済学博士。同志社大学商学部助教授、1975年教授となる。1995年6月17日、肝不全のため61歳で死去。
武 邦保(たけ くにやす、1933年〈昭和8年〉12月5日 … 武 邦保(たけ くにやす、1933年〈昭和8年〉12月5日 - 2002年〈平成14年〉7月23日)は、日本の宗教学者。元同志社女子大学教授。神学修士、法学修士。 群馬県伊勢崎市出身。群馬県立前橋高等学校卒。1965年(昭和40年)同志社大学大学院神学研究科卒。 四国学院大学を経て、同志社女子大学に1969年に着任。 2002年7月23日、肝不全のため死去。
笹野 貞子(ささの ていこ、1933年5月27日 - )は、… 笹野 貞子(ささの ていこ、1933年5月27日 - )は、日本の政治家、法学者。元参議院議員(2期)、京都創政塾理事長。 北海道函館市出身。北海道釧路江南高等学校、同志社大学法学部卒業。1962年、同志社大学大学院法学研究科修士課程修了。その後、堺女子短期大学教授などを務め、憲法学を教えた。 1978年から毎日放送『スタジオ2時』に出演。1980年、京都府明るい選挙推進協議会長に就任。 1989年、第15回参議院議員通常選挙に向けて、日本労働組合総連合会を支持母体とする「連合の会」(日本社会党・公明党・民社党・社会民主連合推薦)が結成され、全国で多数候補者が擁立される。笹野は連合の会公認で立候補し、長年、「自共指定席」と呼ばれた京都府選挙区で自民党新人西田吉宏や日本共産党現職佐藤昭夫を凌ぎトップで初当選した。
岩山 太次郎(いわやま たじろう、1933年(昭和8年)1月… 岩山 太次郎(いわやま たじろう、1933年(昭和8年)1月10日 - )は、日本のアメリカ文学者、同志社大学名誉教授。元学長。 京都府出身。同志社中学校、高校卒、1955年同志社大学文学部英文科卒、58年同大学院修士課程修了、助手。 1960年代初頭にケニオン大学とアイオワ州立大学に留学。 1962年アイオワ大学英文科Master of Fine Arts(修士)修了、63年同志社大学文学部専任講師、65年助教授、71年文学部教授、86年文学部長、92年学長。2003年退任、名誉教授。 専門は19世紀アメリカ・リアリズム文学論、モダニズム以降のアメリカ詩、ユダヤ系作家の小説群。 修士論文の対象としてヘンリー・ジェイムズを選択。
山本 明(やまもと あきら、1932年10月9日 - 199… 山本 明(やまもと あきら、1932年10月9日 - 1999年9月28日)は、日本の社会学者。専攻は都市文化論。 大阪市出身。1955年同志社大学文学部卒業、57年同大学院法学研究科修了。1972年同志社大学文学部教授となる。
奥田 昌道(おくだ まさみち、1932年9月28日 - )は… 奥田 昌道(おくだ まさみち、1932年9月28日 - )は、日本の法学者。専門は民法。裁判官。勲等は旭日大綬章。学位は、法学博士(京都大学・論文博士・1980年)。京都大学名誉教授、鈴鹿国際大学名誉教授、日本学士院会員。於保不二雄門下。 京都大学法学部教授、京都大学法学部学部長、京都大学大学院法学研究科教授、鈴鹿国際大学国際関係学部教授、最高裁判所判事、同志社大学大学院司法研究科教授などを歴任した。 東京府出身の法学者であり、民法を専攻していた。学位論文「請求権概念の生成と展開」により、京都大学より法学博士の学位を授与された。京都大学、鈴鹿国際大学、同志社大学で教鞭を執り、最高裁判所の判事も務めた。
井上 一成(いのうえ いっせい、1932年〈昭和7年〉1月5… 井上 一成(いのうえ いっせい、1932年〈昭和7年〉1月5日 - 2025年〈令和7年〉8月25日)は、日本の元政治家、元大学教授。位階は従三位、勲等は勲一等。大阪府摂津市長、衆議院議員、衆議院運輸委員会委員長、日本社会党副委員長、郵政大臣を歴任した。 大阪府三島郡鳥飼村(現在の摂津市鳥飼野々)で農家の長男として生まれる。1950年(昭和25年)に大阪府立茨木高等学校、1954年(昭和29年)に同志社大学経済学部卒業。 1968年(昭和43年)、地元摂津市の市制施行後最初の市長選挙に36歳で当選し、前身である三島町の成立以来町長・市長を12年務めた深田丈夫に代わって市長に就任した(当時の史上最年少市長)。
廣瀬 久也(ひろせ ひさや、[1932年 -2021年])は… 廣瀬 久也(ひろせ ひさや、[1932年 -2021年])は、日本の広告学者。 1955年同志社大学法学部政治学科卒。神戸芸術工科大学教授、日本広告学会常任理事、財団法人日本民芸文化普及協会理事を務めた。
三塚 武男(みつか たけお、1932年 - 2011年3月1… 三塚 武男(みつか たけお、1932年 - 2011年3月12日)は、日本の社会福祉学者。同志社大学名誉教授、熊本学園大学教授。社会福祉学の分野においての研究で地域社会における福祉制度の在り方を問い地域住民が積極的に参加し自治を促進する方法を探る研究をしてきた。 1932年(昭和7年)宮城県に生まれる。1950年(昭和25年)に宮城県古川高等学校卒業後、同志社大学に進学、大学では社会福祉学を学び、地域社会の福祉制度に関する専門的な知識を学んだ。同志社大学文学研究科の教授として、社会福祉学を専門に教育活動を行い、地域福祉や住民自治に関する研究を重ねた。福祉学の理論だけではなく、実践的な問題解決にも重点を置いて研究を進め、地域社会での実践的な福祉制度の改善に貢献してきた。
岡本 栄一(おかもと えいいち、1931年7月22日 - )… 岡本 栄一(おかもと えいいち、1931年7月22日 - )は、日本の社会福祉学者。 兵庫県佐用郡生まれ。1955年同志社大学文学部社会学科社会福祉学専攻卒、同大学院文学研究科修士課程中退。児童福祉施設、ボランティア活動推進機関などの福祉現場で働く。1990年聖カタリナ女子大学教授、西南女学院大学保健福祉学部教授、流通科学大学サービス産業学部教授。大阪ボランティア協会理事長・九州保健福祉大学大学院(通信制)教授を経て、現在、大阪ボランティア協会 顧問。
伊藤 唯真(いとう ゆいしん、別表記:伊藤 唯眞、1931年… 伊藤 唯真(いとう ゆいしん、別表記:伊藤 唯眞、1931年(昭和6年)3月14日 - )は、日本の仏教学者・浄土宗僧侶(浄土門主・総本山知恩院第88世門跡)。佛教大学名誉教授。 1931年、滋賀県甲賀郡(現:湖南市)石部町に生まれた。1948年に旧制滋賀県立膳所中学校卒業し、佛教大学に入学。1953年に卒業し、同志社大学大学院文学研究科に進学。民俗学、文化史学を専攻した。1955年に修士課程を修了し、文学修士号を取得。同研究科博士課程に進み、1955年に単位取得後満期退学。 1961年、佛教大学講師に就いた。1966年に文学部史学科助教授、1974年に同教授に昇格。1981年、学位請求論文『日本聖仏教史の研究:浄土教への関与を中心として』を佛教大学に提出して文学博士号を取得。
西澤 信正(西沢 信正、にしざわ のぶまさ、1931年2月7… 西澤 信正(西沢 信正、にしざわ のぶまさ、1931年2月7日 - 2009年8月14日)は、名古屋を中心に活動したジャーナリスト、ニュースキャスター、大学教授。 山口県下関市出身。京都府立洛北高等学校→同志社大学文学部英文科卒業後、1953年に中日新聞社(当時は「中部日本新聞社」)に入社。当初は社会部記者として活動するが、後にカイロ、ワシントンD.C.特派員記者、東京本社(東京新聞)国会担当記者を歴任。1976年から名古屋本社文化部長を務めた。 1978年、東海テレビ放送が「イブニングニュース」シリーズ (630→600) をスタートさせると、中日新聞社が東海テレビのニュース制作に現在に至るまで協力している関係から初代メインキャスターに抜擢される。
太田 雅夫(おおた まさお、1931年 - )は、日本の政治… 太田 雅夫(おおた まさお、1931年 - )は、日本の政治学者。近代日本の反体制政治思想が専門。 京都府生まれ。1954年同志社大学法学部政治学科卒業、同志社大学学生主事補、1957年立命館大学大学院法学研究科修士課程修了、1964年同志社大学人文科学研究所助手、専任講師、助教授、1974年桃山学院短期大学教授、1982〜92年学長、学校法人桃山学院常務理事、1992年桃山学院大学教育研究所教授・同研究所長、99年定年退職。2003年新島研究功績賞を受賞。
杉江 栄一(すぎえ えいいち、1928年(昭和3年)12月1… 杉江 栄一(すぎえ えいいち、1928年(昭和3年)12月18日 - 2016年(平成28年)10月25日)は、日本の国際政治学者、中京大学名誉教授。専門は国際政治学、軍縮問題。 東京生まれ。同志社大学大学院法学研究科修士課程修了、三重短期大学講師、助教授、中京大学法学部教授。1999年定年退任、名誉教授。日本科学者会議幹事、「日本の科学者」編集長、日本平和学会理事。
笠原 芳光(かさはら よしみつ、1927年5月23日 - 2… 笠原 芳光(かさはら よしみつ、1927年5月23日 - 2018年11月10日)は、日本の宗教学者、京都精華大学名誉教授。宗教思想史専攻。評論家として『思想の科学』などに執筆。文芸評論も行う。 大阪府生まれ。同志社大学卒業、同志社大学大学院神学研究科修士課程修了。同大宗教主事、1969年京都精華大学教授。83年から92年まで学長を三期務めた。1998年定年、名誉教授。
八田 恭昌(やつだ やすまさ、1926年11月12日 - 1… 八田 恭昌(やつだ やすまさ、1926年11月12日 - 1992年11月18日)は、日本の政治学者。ドイツ政治史学者。 1926年、兵庫県神戸市生まれ。静岡県立沼津中学校(現静岡県立沼津東高等学校)卒、1951年同志社大学文学部社会学科卒業、1953年同大学院社会福祉学専攻修了、同文学部社会学科助手、1962年講師、1965年助教授、1968年教授、1973年新聞学専攻教授。
住谷 磬(すみや けい、1926年〈大正15年〉11月11日… 住谷 磬(すみや けい、1926年〈大正15年〉11月11日 - 2009年〈平成21年〉7月24日)は、社会福祉学者。 住谷悦治の次男として京都市に生まれる。兄は住谷一彦。1956年同志社大学文学部卒、58年同大学院社会福祉専攻修士課程修了、同志社大学文学部助手、講師、助教授、1972年教授。94年定年退任、名誉教授、滋賀文化短期大学教授、95年学長。毎日社会福祉顕彰特別賞受賞。
小倉 襄二(おぐら じょうじ、1926年(大正15年)10月… 小倉 襄二(おぐら じょうじ、1926年(大正15年)10月1日 ‐ 2014年(平成26年)12月7日)は、日本の社会政策学者。同志社大学名誉教授。社会問題・社会保障論・社会福祉体系・公的扶助論専攻。元日本社会福祉学会理事。 京都府京都市生まれ。同志社大学卒業。同志社大学文学部社会学科助教授、教授、文学部長、1997年定年退職、名誉教授、新島学園女子短期大学学長、2001年大阪人間科学大学特任教授。 2014年12月7日、慢性腎不全のため死去。
小川 光暘(おがわ こうよう、1926年1月3日 - 199… 小川 光暘(おがわ こうよう、1926年1月3日 - 1995年1月12日)は、日本の美術史学者。東西の古代文化・美術、日本の寝具史を研究。 奈良県奈良市に生まれる。父・小川晴暘と弟・小川光三は著名な写真家。 同志社大学文学部文化学科卒業。同志社大学大学院、同志社大文学部教授として日本美術史を担当。1995年1月12日、在職中に脳梗塞のため死去。
吉田和夫(よしだ かずお、1925年〈大正14年〉9月14日… 吉田和夫(よしだ かずお、1925年〈大正14年〉9月14日- )は、日本の経営学者、関西学院大学名誉教授。専門はドイツ経営学。 京都市生まれ。同志社大学経済学部卒。1971年「ドイツ企業経済学」で関西学院大学商学博士。関西学院大学商学部講師、助教授、教授。89年定年、名誉教授、大阪学院大学教授。
江崎 玲於奈(えさき れおな、1925年〈大正14年〉3月1… 江崎 玲於奈(えさき れおな、1925年〈大正14年〉3月12日 - )は、日本の物理学者。日本国外においてはレオ・エサキ(Leo Esaki)の名で知られる。 1973年(昭和48年)、トンネル効果の研究に関連して、アイヴァー・ジェーバー、ブライアン・ジョゼフソンとともにノーベル物理学賞を受賞し、日本人としては4人目となるノーベル賞受賞者となった。 文化勲章受章者、勲一等旭日大綬章受章者。学位は理学博士(東京大学・1959年)。学位論文は「薄いp-n接合における新現象」。 大阪府中河内郡高井田村(後の同郡布施町、さらに布施市、現在の東大阪市布施地区)で生まれ、1947年に東京帝国大学を卒業し、川西機械製作所(後の神戸工業株式会社、現在のデンソーテン)に入社、真空管の陰極からの熱電子放出の研究を行った。
西村 豁通(にしむら ひろみち、1924年2月26日 - 2… 西村 豁通(にしむら ひろみち、1924年2月26日 - 2010年12月3日)は、日本の社会政策学者。同志社大学名誉教授。 京都市伏見区深草出身。桃山中学校卒、第三高等学校卒、1947年東京帝国大学経済学部卒、京都大学大学院入学。1953年大阪市立大学講師、1953年同志社大学経済学部専任講師、1955年助教授、1961年教授、1969-1971年経済学部学部長、1995年定年、名誉教授。90年「現代社会政策の基本問題」で、経済学博士(北海道大学)。短歌も詠んだ。
野辺地 正之(野邊地正之、のべち まさゆき、1921年8月1… 野辺地 正之(野邊地正之、のべち まさゆき、1921年8月15日-2005年2月2日)は、日本の心理学者。東京府(現中野区)出身。同志社大学卒業。1966年「自我の変容に関する心理学的研究」で京都大学教育学博士。同志社大学文学部助教授、教授。1992年定年退任、名誉教授。1998年勲三等瑞宝章受勲。
平石 善司(ひらいし よしもり、1912年 - 2006年3… 平石 善司(ひらいし よしもり、1912年 - 2006年3月20日)は、日本の哲学研究者、同志社大学名誉教授。 同志社大学文学部神学科卒業、広島文理科大学哲学科卒業。1961年「フィロンのロゴス論」で広島大学文学博士。同志社大学助教授、教授、1982年定年退任、名誉教授。
嶋田 啓一郎(しまだ けいいちろう、1909年12月5日 -… 嶋田 啓一郎(しまだ けいいちろう、1909年12月5日 - 2003年9月24日)は、日本の社会福祉学者。石川県出身。 岡村重夫、孝橋正一らとともに日本を代表する社会福祉学者と言われている。[要出典]同志社大学教授。社会福祉の価値論(哲学)を軸に人権を重視した社会福祉力動論をとなえる。賀川豊彦の後継者として灘生活協同組合理事として理論と実践の両面から協同組合の運営にたずさわる。竹内愛二とともに日本キリスト教社会福祉学会の創設に尽力した。 主著(編集)に『社会福祉体系論』『社会福祉の思想と人間観』など多数。 キリスト者として社会福祉学の研究に尽力したことで1994年にキリスト教功労者を受賞。
高 凰京(コ・ファンギョン、朝鮮語: 고황경、1909年3月… 高 凰京(コ・ファンギョン、朝鮮語: 고황경、1909年3月6日 - 2000年11月2日)は、大韓民国の社会学者、大学教授、女性運動家。ソウル女子大学校初代総長。 本貫は済州高氏、号はパロム(바롬)。 1909年3月6日、ソウルにて1男3女中の次女として生まれた。黄海道恩津義塾を経て、1924年に京城女子高等普通学校(現・京畿女子高等学校)、1928年に同志社女子専門学校(現・同志社女子大学)英文学科、1931年に同志社大学法学部、1933年にミシガン州立大学大学院卒(経済学修士)。1935年にミシガン州立大学で社会学の博士課程を修了して帰国し、1944年までに梨花女子専門学校(現・梨花女子大学校)の教授を務め、法学、経済学、社会学、英語などを教えた。
土居 真俊(どい まさとし、1907年10月24日 - 19… 土居 真俊(どい まさとし、1907年10月24日 - 1988年12月7日)は、日本の神学者、宗教学者。同志社大学名誉教授。 愛媛県西宇和郡双岩村(現・八幡浜市)生まれ。同志社大学文学部神学科卒、シカゴ神学校(英語版)、ハートフォード神学校(英語版)でPh.D.。1956年同志社大神学部教授。1973年紫綬褒章受章。1978年定年退任、名誉教授。1979年勲三等瑞宝章受章。
内田 智雄(うちだ ともお、1905年10月21日 - 19… 内田 智雄(うちだ ともお、1905年10月21日 - 1989年10月3日)は、日本の中国思想史学者。 1905年、愛知県岡崎市生まれ。同志社大学文学部を卒業。卒業後は同志社大学講師となった。1957年に学位論文『中国農村の分家制度』を同志社大学に提出して法学博士号を取得。その後、助教授、教授に昇進。1976年に同志社大学を定年退任し、名誉教授となった。 専門は中国の制度史・法制史。
岡本 清一(おかもと せいいち、1905年4月26日 - 2… 岡本 清一(おかもと せいいち、1905年4月26日 - 2001年1月10日)は、日本の政治学者。 京都府北桑田郡京北町(現・京都市)出身。1930年同志社大学法学部卒。 1947年同志社大学教授、法学部長を務めた。1966年定年、1967年京都精華短期大学設立準備委員長となり、1968年同短大発足とともに学長に就任、1972年まで務めた。のち人文学部教授などを務め、1990年名誉教授となる。 憲法問題研究会、平和問題談話会に参加。 1966年京都市長選に日本社会党の推薦で立候補したが落選した。
田辺 繁子(たなべ しげこ、1903年6月30日 - 198… 田辺 繁子(たなべ しげこ、1903年6月30日 - 1986年6月8日)は、日本の法学者、専修大学名誉教授。京都府出身。1925年、同志社女学校専門学部英文科卒業、1928年、同志社大学法学部法律学科卒業。旧姓・星野。田辺平学の妻。穂積重遠に師事して家族法を研究、専修大学助教授、1956年教授。74年定年退任。古代インドのマヌ法典を翻訳、ハンムラビ法典における女性の地位を研究、家族制度の復活に反対した。
高橋 虔(たかはし まさし、1903年(明治36年) - 1… 高橋 虔(たかはし まさし、1903年(明治36年) - 1992年(平成4年)7月30日)は、日本の神学者、聖書学者。
酒詰 仲男(さかづめ なかお、1902年〈明治35年〉5月2… 酒詰 仲男(さかづめ なかお、1902年〈明治35年〉5月29日 - 1965年〈昭和40年〉5月31日)は、日本の考古学者、文学博士。 東京出身。東京開成中学校に入学し、3年時に両親の不仲から母の地縁で京都へ移り、京都府立京都第一中学校に転入。同志社大学文学部英文科卒。筆名は土岐仲雄。東京開成中学校教諭、大山史前学研究所所員、東京帝国大学助手、1954年同志社大学教授。 開成中学の英語教員時代、同僚石田外茂一と親交を結び、佐野学『日本歴史』をテキストとして日本史の共同研究を進める。社会主義シンパとなった酒詰は、1933年「6.15研究グループ」参加を理由に特別高等警察から検挙される。この時の拷問で酒詰は前歯が数本欠けている。
田畑 忍(たばた しのぶ、1902年1月22日 - 1994… 田畑 忍(たばた しのぶ、1902年1月22日 - 1994年3月14日)は、日本の法学者。専門は憲法。同志社大学名誉教授。
足利 惇氏(あしかが あつうじ、1901年〈明治34年〉5月… 足利 惇氏(あしかが あつうじ、1901年〈明治34年〉5月9日 - 1983年〈昭和58年〉11月2日)は、日本のインド・ペルシア学者。第5代東海大学学長。京都大学・東海大学名誉教授。文学博士(京都大学、1949年)。日本オリエント学会会長。 東京市本郷区駒込千駄木林町(現:東京都文京区千駄木)生まれ。インド学において業績を残すとともに日本に本格的なイラン学を導入した。東海大学付属図書館には『足利惇氏文庫』と冠して資料が所蔵されている。 関東公方系足利氏で旧喜連川藩家の足利子爵家当主。先代当主足利於菟丸と後妻ヒロの長男。前名・惇麿。妻は有馬頼寧の次女・澄。父の隠居に伴い、1935年(昭和10年)12月2日に子爵を襲爵した。
野村 重臣(のむら しげおみ、1901年 - 1954年)は… 野村 重臣(のむら しげおみ、1901年 - 1954年)は、民法学者・政治評論家。大日本言論報国会理事。 石川県出身。同志社大学法学部政治科を卒業し同大助教授となるが、右翼的・国粋主義的な言論について学内で反発を呼び、1936年『同志社論叢』に寄稿した論文「日本国民社会科学の建設と国体の真実」が不掲載となったことをきっかけとして林要・田畑忍・松山斌を左翼偏向と糾弾し、同僚の古谷美貞と計らって林らの解雇を要求。これに対し湯浅八郎総長は林を馘首するものの、その一方で古谷ともども野村も大学を解雇される。 その後も野村は学外で右翼団体や配属将校を巻き込みながら湯浅や同志社内のリベラル・左派系の教員への攻撃を続け、翌1937年には瀬川次郎・村井藤十郎両教授らが野村に同調する形で湯浅総長に上申書を提出。
松好 貞夫(まつよし さだお、1899年12月1日 - 19… 松好 貞夫(まつよし さだお、1899年12月1日 - 1982年10月19日)は、日本の経済史学者。専門は日本経済史。経済学博士(同志社大学)。東京都立大学名誉教授、流通経済大学名誉教授。 滋賀県生まれ。1925年同志社大学法学部経済学科卒。本庄栄治郎の下で日本経済史研究に従事。大阪市職員として#明治経済市史の編纂にあたり、次いで大蔵省に於いて#明治財政史の編纂員を務める。1947年同志社大学教授。1949年「新田の研究」で同志社大学経済学博士。1952年東京都立大学教授、1957年初代法経学部長、1963年定年退官、名誉教授。1965年開学の流通経済大学に招かれ経済史を教授、のち名誉教授。大学歌のひとつである「登竜の門」の作詞を手掛けた。
高橋 信司(たかはし のぶし、1899年6月6日 - 197… 高橋 信司(たかはし のぶし、1899年6月6日 - 1971年11月15日)は、日本の社会科学者。同志社大学法学部卒業、高知短期大学名誉教授。専門は政治史・政治思想史・比較憲法。 岐阜県大垣市出身。同志社大学法学部で、高木庄太郎に政治史を学ぶ。1924年(大正13年)、法学部を卒業。同志社大学法学部で政治史の講師を務める。 1928年(昭和3年)から1929年(昭和4年)にかけ、同志社で法学部教授会と理事会(津下紋太郎、西村金三郎ら)との対立が生じた際に、高橋貞三講師とともに学生新聞で理事会を激しい言葉で批判した。理事会から「自発的辞表」提出を要求され、能勢克雄教授とともに解任させられた。これに対して法学部教授会は連名で理事会を批判した。