梶 幹男(かじ みきお、1947年 - )は、日本の農学者。… 梶 幹男(かじ みきお、1947年 - )は、日本の農学者。専門は森林学。農学博士。東京大学名誉教授。
信州大学:218人
梶 幹男(かじ みきお、1947年 - )は、日本の農学者。… 梶 幹男(かじ みきお、1947年 - )は、日本の農学者。専門は森林学。農学博士。東京大学名誉教授。
中島 厚(なかじま あつし, 1947年 - )は、日本の航… 中島 厚(なかじま あつし, 1947年 - )は、日本の航空宇宙工学者、制御・システム工学者。元宇宙航空研究開発機構(JAXA)主幹研究員、元信州大学特任教授。 長野県須坂市出身。1970年に信州大学工学部を卒業、同大学院工学研究科に学ぶ。 1972年、科学技術庁航空宇宙技術研究所(現在の宇宙航空研究開発機構)に入所。以後60歳まで在籍し、宇宙工学の研究に携わる。 画像解析によってスペースデブリなどの移動天体を検出する技術の研究を行っており、この技術は小惑星や彗星の発見にもつながる。2006年に入笠山光学観測所で小惑星やスペースデブリを捜索した際は、小惑星センターに発見者に登録されているだけで新しい小惑星を3個発見し、ほかにも多数の小惑星の発見にかかわった。
三谷康彦(みたにやすひこ、1947年 - )は日本のランドス… 三谷康彦(みたにやすひこ、1947年 - )は日本のランドスケープアーキテクト。現在、ランドスケープの計画・設計事務所、株式会社MLS(三谷 ランドスケープスタジオ)を主宰、代表兼チーフデザイナーとして活躍する。日本の登録ランドスケープアーキテクト (RLA)、アメリカ合衆国メリーランド州登録ランドスケープ・アーキテクト。1級造園施工管理技士・2級土木施工管理技士。東京都市大学非常勤講師。IFLA Japanの代表、アメリカ造園協会ASLA正会員。 信州大学農学部林学科で造園学を専攻し、1971年に卒業。同年、環境事業計画研究所へ入社の傍ら、京都大学農学部林学科造園学研究室研修生。1972年、研修生を修了。
平松 清房 (ひらまつ きよふさ、1947年 - ) は、… 平松 清房 (ひらまつ きよふさ、1947年 - ) は、ランドスケープデザイナー。 株式会社フリーハンド代表取締役。測量士、1級土木施工管理技士。チェンバース設計 パートナー。早稲田大学エクステンションセンター講師。 東京都生まれ。横浜市出身。1970年信州大学農学部旧森林工学科卒業後、小形研三の京央造園設計事務所に勤める。1973年にあい造園設計事務所設立に参画後、フリーハンドを設立。1996年~2006年、信州大学森林科学科非常勤講師。 1998年に長野・原村にて石像彫刻家の八木ヨシオと二人展を開催。 共著書に、グロッセ世津子と『園芸療法-植物とのかかわりで心身を癒す』(1994年、日本地域社会研究所)。
丹羽 公雄(にわ きみお、1946年5月21日 - )は、日… 丹羽 公雄(にわ きみお、1946年5月21日 - )は、日本の物理学者、天文学者。専門は素粒子物理学。名古屋大学名誉教授。 丹生潔の下で宇宙線の反応を記録した「原子核乾板」からチャームクォークを観測し、小林・益川理論のきっかけを与えた(1971年)。さらに、原子核乾板中の粒子の軌跡を自動で読み取る原子核乾板全自動走査機を開発(1975年)。これによって初めてタウニュートリノ反応の結果つくられたタウ粒子を直接観測することが可能になり(1998年)、タウニュートリノの存在が証明された(2000年)。
石曽根 新八(いしぞね しんぱち、1946年 - )は、日本… 石曽根 新八(いしぞね しんぱち、1946年 - )は、日本の医師。長野県立こども病院元院長。 1946年(昭和21年)長野県生まれ。1964年(昭和39年)長野県松本県ヶ丘高等学校卒業。1971年(昭和46年)信州大学医学部卒業。1993年(平成5年)開設当初の長野県立こども病院(安曇野市)へ、外科部長として赴任。副院長を経て、2002年(平成14年)から2006年(平成18年)3月まで院長を務めた。現在、丸の内病院理事長。 石曾根が院長を務めていた2004年(平成16年)当時、長野県立こども病院の院内学級をモデルにしたテレビ朝日系木曜ドラマ、「電池が切れるまで -子ども病院からのメッセージ-」(原作 宮越由貴奈)が、同年4月22日から6月24日にかけて放映された。
上山 和雄(うえやま かずお、1946年-)は、日本の歴史学… 上山 和雄(うえやま かずお、1946年-)は、日本の歴史学者。國學院大學文学部名誉教授。専門は日本近現代史。 兵庫県丹波市春日町出身。1970年信州大学文理学部史学科卒業。1973年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1978年同博士課程単位取得退学。城西大学助教授を経て、1984年より國學院大學文学部教授。2005年「北米における総合商社の活動 1896~1941年の三井物産」で東大文学博士。2017年定年退職。横浜都市発展記念館・横浜ユーラシア文化館館長。
江場 秀志(えば ひでし、1946年 - )は、日本の作家、… 江場 秀志(えば ひでし、1946年 - )は、日本の作家、精神科医。本名・庄田秀志。茨城県生まれ。 信州大学医学部卒。同大精神医学教室で研修。1979年「躁うつ病におけるCyclic AMPの変動 炭酸リチウム療法との関連において」で医学博士。 1979年より7年半、沖縄に赴任。第8回新沖縄文学賞受賞、1987年「午後の祀り」ですばる文学賞を受賞。40代から精神病理学を始める。日本精神病理学会評議員。信州大学医学部精神医学教室助教授を経て、1999年国立小諸療養所に赴任。2003年同所長。2004年国立病院機構小諸高原病院院長。信州大学医学部臨床教授を経て、同上名誉院長。
新 正幸(あたらし まさゆき、1945年12月24日 - )… 新 正幸(あたらし まさゆき、1945年12月24日 - )は、日本の法学者。専門は憲法。学位は、法学博士(東北大学・論文博士・1985年)(学位論文「立法過程の憲法学的研究-立法過程法学序説-」)。金沢大学名誉教授。奈良県生まれ。 出典は略歴・業績目録による。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。
中畑 龍俊(なかはた たつとし、1945年7月3日 - )は… 中畑 龍俊(なかはた たつとし、1945年7月3日 - )は、日本の医学者。京都大学iPS細胞研究所副所長・教授を経て、京都大学名誉教授。
一條 孝夫(いちじょう たかお、1945年〈昭和20年〉4月… 一條 孝夫(いちじょう たかお、1945年〈昭和20年〉4月25日 - )は、日本近現代文学研究者、帝塚山学院大学名誉教授。 長野県松本市生まれ。1970年信州大学人文学部国文科卒、1973年旧・東京都立大学大学院国文学修士課程修了。1987年帝塚山学院短期大学専任講師、1989年助教授、1995年教授、1998年帝塚山学院大学文学部教授、リベラルアーツ学部教授。2013年退任、名誉教授。 大江健三郎を中心に研究。
小川 巌(おがわ いわお、1945年 - )は、日本の環境学… 小川 巌(おがわ いわお、1945年 - )は、日本の環境学者・生態学者・動物学者。専門は動物生態学、環境動物学、野生生物学。学位は、農学博士(北海道大学)。元・酪農学園大学農食環境学群環境共生学類環境動物学研究室教授。北海道出身。 北海道松前郡松前町生まれ。高校までを神奈川県横須賀市で送る。1969年信州大学農学部卒業。1971年北海道大学大学院農学研究科博士課程単位取得。1978年北海道庁生活環境部技師として入庁。1984年北海道庁を退職して野生生物情報センターを設立、代表委員。1992年4月にエコ・ネットワークを主宰。札幌学院大学非常勤講師を経て、酪農学園大学環境システム学部教授。2014年に酪農学園大学定年退職。
唐澤 豊(からさわ ゆたか、1945年 - )は日本の科学者… 唐澤 豊(からさわ ゆたか、1945年 - )は日本の科学者、農学者。信州大学理事・農学部長を経て、信州大学名誉教授。日本畜産学会名誉会員。農学博士。専門は動物栄養学、動物科学、畜産・獣医学。 学部長就任後は「フィールドに根ざし食と緑を科学する」を核に、豊な信州の自然の中でこそできる、これからの食と緑を扱う専門家の育成・命を育み健康を支える地域生活への貢献・資源循環型社会の構築を核とした。大学を「研究機関」としてだけでなく、時代に合わせて企業に必要とされるニーズにあった高度な技術を提供できる場とするため社会と大学の繋がりに重きをおく。 一般への研究実績公開の場、オリジナル商品を販売する場として、地元企業・機関各方面への協力を経て食と緑の資料館「ゆりの木」設置。
小河 勝(おごう まさる、1944年9月18日 - ) は、… 小河 勝(おごう まさる、1944年9月18日 - ) は、大阪府大阪市出身の教育者。元公立中学校教諭。元大阪府教育委員会委員。元和歌山大学教育学部非常勤講師。元大阪樟蔭女子大学学芸学部非常勤講師。株式会社小河教育研究所代表取締役社長。ミレニアムエデュケーションセンターJAPAN(MEC-JAPAN)代表理事。学校法人ポプラ学園理事。ポプラ介護福祉学校校長。 1963年、大阪府立生野高等学校卒業。1970年、信州大学文理学部自然科学科卒業。 大阪市立本庄中学校の臨時講師を務めたことがきっかけで教育に関心を持ち、1973年に大阪市立加美中学校の理科教諭となる。大阪市立港中学校を経て、1998年から大阪市立市岡中学校に勤務。
佐々木 陸海(ささき りくかい、本名:ささき むつみ、194… 佐々木 陸海(ささき りくかい、本名:ささき むつみ、1944年1月29日 - 2019年12月19日)は、日本の政治家。元衆議院議員(2期)。日本共産党書記局次長、同幹部会委員、同中央委員会事務室責任者。 長野県飯田市出身。「陸海」の名は、戦時中の1944年(昭和19年)に生まれたため、父親が「将来は陸士(陸軍士官学校)か海兵(海軍兵学校)へ進むように」と願って付けられたとされる。信州大学文理学部を卒業後、赤旗外信部記者などを経て、1993年の第40回衆議院議員総選挙で旧東京10区から立候補し初当選。1996年の第41回衆議院議員総選挙では比例区(東京ブロック)単独で立候補し再選。3選を目指した2000年の第42回衆議院議員総選挙で東京13区から立候補するも落選。
小林 邦夫(こばやし くにお、1944年 - )日本の機械工… 小林 邦夫(こばやし くにお、1944年 - )日本の機械工学者。専門は機械工学のうち機械力学・制御。東京都市大学工学部機械工学科教授。 1967年、信州大学 工学部 機械工学科卒。1971年、信州大学大学院工学研究科 機械工学専攻修了 1986年、油空圧機器技術振興財団研究論文顕彰 日本機械学会, 日本油空圧学会, 計測自動制御学会, システム制御情報学会(771) , 自動車技術会(740)
宮坂 勝之(みやさか かつゆき、1944年 - )は、日本の… 宮坂 勝之(みやさか かつゆき、1944年 - )は、日本の医学者・医師・麻酔科医。 長野県岡谷市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1969年信州大学医学部卒業。1970年国立小児病院(現・国立成育医療研究センター)麻酔科医員。1973年トロント大学医学部トロント小児病院(英語版)麻酔・ICUレジデント。1974年ペンシルベニア大学 医学大学院 フィラデルフィア小児病院(英語版)ICUフェロー。1975年トロント大学医学部麻酔学教室臨床講師。1976年米国小児科学会小児科専門医(FAAP)。1977年ハーバード大学マサチューセッツ総合病院集中治療部臨床フェロー、国立小児病院麻酔科医員、米国胸部疾患学会専門医(FCCP)。
白岡 順(しらおか じゅん、1944年 - 2016年3月1… 白岡 順(しらおか じゅん、1944年 - 2016年3月17日)は、写真家。愛媛県新居浜市出身。 1967年信州大学文理学部自然科学科物理学専攻卒業。1979年から2000年までパリを拠点に活動を行い、アルザス成城学園で数学の教員を務めていたこともある。 東京都新宿区にレンタル暗室カロタイプを開いていた。 2016年3月17日、肝細胞がんのため死去。71歳没。 この項目は、美術・芸術に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
酒井 秋男(さかい あきお、1943年12月5日 - )は、… 酒井 秋男(さかい あきお、1943年12月5日 - )は、日本の動物学者。専門は高地生物学、加齢医科学。 長野県伊那市西春近生まれ。1965年信州大学教育学部卒。「高所環境下にみられる右心室肥大の解明」で1978年4月、信州大学より医学博士の学位を取得。1985年アメリカ留学。 元松本大学人間健康学部スポーツ健康学科教授、2013年3月定年退職。元信州大学医学部助教授。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
今井 郁次(いまい ゆうじ、1943年1月8日 - )は日本… 今井 郁次(いまい ゆうじ、1943年1月8日 - )は日本の技術者、実業家。前NTTコムウェア代表取締役社長。三重県生まれ。 NTTコムウェアが発行するコーポレートマガジン誌上で2004年から2008年まで行われた対談企画である。
清澤 研道(きよさわ けんどう、1943年 - )は日本の医… 清澤 研道(きよさわ けんどう、1943年 - )は日本の医学者。専門は内科学、肝臓病学。医学博士(信州大学)。元信州大学医学部附属病院院長。現在は相澤病院名誉センター長、長野赤十字病院名誉院長、信州大学名誉教授。長野県出身。 C型肝炎研究で、肝がんとの因果関係を世界で初めて明らかにした。
赤羽 啓栄(あかはね ひろしげ、1941年8月4日 - 20… 赤羽 啓栄(あかはね ひろしげ、1941年8月4日 - 2005年8月9日)は、日本の寄生虫学者。 旧満洲国生まれ。1963年3月、信州大学卒業、1965年3月まで志賀高原研究センターに勤務、1965年4月から1978年3月まで信州大学医学部寄生虫学講座に勤務。1978年4月から福岡大学医学部寄生虫学、微生物学、免疫学の部門で働いた。福岡大学医学部助教授で、ライギョ、ドジョウなどを媒介して顎口虫症の原因となる顎口虫の研究をおこなった。1963年から1966年まで、信州大学医学部の宮尾嶽雄らと哺乳類の形態や生態の研究論文を出版した。2005年逝去。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
林 伸豪(はやし のぶひで、1941年 - )は、日本の弁護… 林 伸豪(はやし のぶひで、1941年 - )は、日本の弁護士。日本弁護士連合会副会長や四国弁護士会連合会理事長などを歴任した。信州大学文理学部社会科学科中退(1966年)。同年司法試験合格。司法修習20期(同期に明治大学総長納谷廣美や検事総長松尾邦弘)を経て1968年弁護士登録。徳島ラジオ商殺人事件やトンネルじん肺訴訟などを担当した。九条の会徳島呼びかけ人、日本国民救援会徳島県本部会長、日本共産党徳島後援会会長。徳島県徳島市出身。
白井 汪芳(しらい ひろふさ、1940年8月9日 - )は、… 白井 汪芳(しらい ひろふさ、1940年8月9日 - )は、日本の化学者。専門は高分子化学。信州大学名誉教授、元公立大学法人長野大学理事長、元佐久大学信州短期大学部学長、元繊維学会会長。工学博士。長野県小県郡長瀬村(現上田市)出身。
倉田 毅(くらた たけし、1940年 - )は、日本の医師、… 倉田 毅(くらた たけし、1940年 - )は、日本の医師、医学者。厚生労働省 国立感染症研究所 名誉所員。学位は医学博士(信州大学・1971年)。特定非営利活動法人 バイオメディカルサイエンス研究会 会長。専門は病理学、ウイルス学など。 国立感染症研究所 所長、日本ウイルス学会 理事長、国際医療福祉大学塩谷病院 感染症専門医(教授)などを歴任した。 日本の研究所、大学のみならず、インドとバングラデシュで世界保健機関の天然痘根絶計画に参加したほか、アフリカ西部のシエラレオネでラッサ熱の研究など世界各地で研究をおこなった。 長野県に生まれる。1959年 長野県松本深志高等学校 卒業。1966年 信州大学医学部 卒業。
有泉 學宙(ありいずみ のりおき、1940年 - )は、日本… 有泉 學宙(ありいずみ のりおき、1940年 - )は、日本の文学者(英文学)。静岡県立大学名誉教授。有泉 学宙(ありいずみ のりおき)の標記もある。 静岡女子大学文学部助教授、静岡県立大学国際関係学部教授などを歴任した。 信州大学文理学部人文科学科卒業、長野県長野工業高等学校教師として勤務。1971年立教大学大学院文学研究科英米文学専攻修士課程修了。東京立正女子短期大学、東海大学非常勤講師。のちに静岡女子大学文学部講師、助教授。併合により静岡県立大学国際関係学部教授。2006年定年退任。静岡県立大学名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
花村 肇(はなむら はじめ、1940年 - )は日本の哺乳類… 花村 肇(はなむら はじめ、1940年 - )は日本の哺乳類学者。 長野県生まれ。1963年信州大学教育学部卒。1977年愛知学院大学歯学部助教授(第2解剖学教室)、1993年愛知学院大学歯学部教授(第2解剖学教室)。 1974年愛知学院大学大学歯学博士論文の題は「ヒトおよび数種哺乳動物における臼歯歯冠近遠心径の相対的大きさについて」。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
山岸 哲(やまぎし さとし、1939年3月15日 - )は、… 山岸 哲(やまぎし さとし、1939年3月15日 - )は、日本の鳥類学者。山階鳥類研究所名誉所長。理学博士。 長野県須坂市に生まれる。長野県長野高等学校を経て、1961年信州大学教育学部卒業。大阪市立大学理学部教授、京都大学大学院理学研究科教授を歴任。1993~1997年日本鳥学会会長、次いで2002年に山階鳥類研究所所長に就任。 かたわら、2005年東京農業大学客員教授、2008年より新潟大学特任教授を務める。2010年3月山階鳥類研究所所長を退任し、名誉所長となる。2010年10月兵庫県立コウノトリの郷公園園長就任。 1999年 第8回山階芳麿賞受賞。 また、2003年5月1日から2004年4月30日にかけて、『朝日新聞』朝刊第1面にてコラム『けさの鳥』を連載していた。
小宮山 淳(こみやま あつし、1939年 - )は日本の医学… 小宮山 淳(こみやま あつし、1939年 - )は日本の医学者(小児科学、血液学)。 長野県出身。長野県上田高等学校を経て、昭和39年(1964年)信州大学医学部卒業、同44年(1969年)同大学院医学研究科小児科学専攻博士課程修了、母校助手。同60年(1985年)医学部助教授、平成2年(1990年)教授、同7年(1995年)信州大学医学部附属病院長、同11年(1999年)医学部長、同15年(2003年)学長。同28年(2016年)瑞宝重光章受章。前・松本秀峰中等教育学校校長(2010年-2015年、2018年-2022年)。現・老人保健施設はびろの里施設長(2023年)。
杉本 研士(すぎもと けんじ、1939年 - )は、日本の小… 杉本 研士(すぎもと けんじ、1939年 - )は、日本の小説家・精神科医。長野県生まれ。信州大学医学部卒。法務省矯正局の矯正医官として、府中刑務所、医療少年院に勤務する。関東医療少年院院長などを歴任した。神戸連続児童殺傷事件の容疑者の診療にもあたった。 日本ペンクラブ会員。1977年、『蔦の翳り』で第78回芥川賞候補。瑞宝章。ブログ『いのちはるかに』。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
綿貫 隆夫(わたぬき たかお、1938年(昭和13年)10月… 綿貫 隆夫(わたぬき たかお、1938年(昭和13年)10月2日 - 2020年(令和2年)12月25日)は、日本の政治家、弁理士。長野県中野市長。 長野県下高井郡中野町(現中野市)生まれ。長野県長野高等学校を経て、信州大学工学部卒業。高校卒業時から家業の醤油醸造業を承継し、学生生活と社長を兼ねた。 1973年に弁理士試験合格。科学技術翻訳士資格取得。その後、長野市に綿貫国際特許・商標事務所を開業し、クリエイ知的所有権研究所長も務める。 1996年、中野市長選挙に初当選した。2004年に退任し、2006年からは長野県教育委員長を務めた。 2009年、旭日双光章受章。2020年、紺綬褒章飾版受章。
野村 俊明(のむら としあき、1938年3月21日 - )は… 野村 俊明(のむら としあき、1938年3月21日 - )は、日本の化学者。信州大学名誉教授。専門は分析化学。 長野県東筑摩郡中川村(現・松本市)生まれ。1956年(昭和31年)長野県松本県ヶ丘高等学校卒業。1962年(昭和37年)信州大学文理学部大学院修了。 信州大学理学部助教授、教授を務めた後、2003年(平成15年)定年退官。信州大学名誉教授。 1998年(平成10年)から2002年(平成14年)の間、信州大学付属図書館館長を務る。日本分析化学会名誉会員。 退官後は、四賀村議会議員などを務めた。
小林 茂昭(こばやし しげあき、1938年3月5日 - )は… 小林 茂昭(こばやし しげあき、1938年3月5日 - )は、日本の医学者、医師。専門は脳神経外科。米国脳神経外科学会専門医。前小諸厚生総合病院院長。相澤病院顧問、世界脳神経外科学会連盟名誉会長、信州大学名誉教授。 長野県千曲市出身。長野県上田高等学校を経て、1963年信州大学医学部卒業。脳神経外科を専攻し、在日米軍横須賀海軍病院でのインターンを経て、1965年から6年間メイヨー医科大学院に留学。帰国後は信州大学医学部附属病院で杉田虔一郎に師事し、脳神経外科の手術・研究に従事した。また、ロボット手術の機械を開発し、脳深部の腫瘍や動脈瘤の新たな手術方法を考案するなど脳外科分野の発展に大きく貢献し、米国脳神経外科学会の「国際功労賞」を日本人として初めて受賞。
宮坂 静生(みやさか しずお、1937年11月4日 - )は… 宮坂 静生(みやさか しずお、1937年11月4日 - )は、日本の俳人、国文学者。信州大学名誉教授。本名、敏夫。 長野県千曲市生まれ、松本市育ち。信州大学で近世文学を専攻。卒業後、1961年から長野県の公立高校教諭となり、1974年信州大学医学部保健学科助教授、教授を経て2001年定年退官、名誉教授。大学では近世および近現代国文学、日本人の死生観等を専門とした。 俳句は14歳から始め、18歳から「若葉」に投句、富安風生、加倉井秋をに師事。1962年、「龍膽」編集長となり同誌を小諸から発行。1968年、藤田湘子に会い「鷹」に入会、翌年に無鑑査同人となる(1995年に退会)。1978年俳誌「岳」(たけ)を創刊、主宰。
飯森 嘉助(いいもり かすけ、1937年3月14日 - 20… 飯森 嘉助(いいもり かすけ、1937年3月14日 - 2012年5月27日)は、日本の学者。専門はアラビア語、中東文化。拓殖大学名誉教授。 長野県佐久市出身。1960年信州大学教育学部卒業。大学卒業後に一旦中学校教諭となるが、その後アラビアの語学や文化などに関心を持ちエジプトのアル=アズハル大学に留学し、1968年同大アラビア語学部歴史文明学科を卒業。 1970年拓殖大学非常勤講師、74年拓殖大学専任講師、1976年4月拓殖大学助教授、1983年4月拓殖大学政経学部教授を務め、2003年3月退職は、同年7月に拓殖大学名誉教授の称号を受ける。 中東では一般的な野菜であるモロヘイヤを日本に紹介し、モロヘイヤ普及協会を設立してその普及に努めた。
上條 宏之(かみじょう ひろゆき、1936年1月17日 - … 上條 宏之(かみじょう ひろゆき、1936年1月17日 - 2023年2月7日)は、日本の歴史学者(郷土史家)・教育者。信州大学名誉教授。専攻は日本近代史。 長野県松本市出身。長野県松本深志高等学校を経て、1958年に東京教育大学文学部史学科を卒業。長野県内の公立高等学校教諭を経て、長野県県政史編纂室に勤務後、長野県短期大学助教授、信州大学教授を経て、長野県短期大学学長。 2018年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
和田 登(わだ のぼる、1936年1月1日 - 2025年2… 和田 登(わだ のぼる、1936年1月1日 - 2025年2月4日)は、日本の作家・児童文学作家。信州児童文学会事務局長・編集委員。 長野県長野市生まれ。信州大学教育学部卒業。 1956年大学時代の仲間で親友はまみつを、高橋忠治らと児童文学同人誌「とうげの旗」を創刊。1959年より公立小学校の教師を31年間務めるかたわら、1966年「虫」で第1回日本児童文学者協会短編賞を受賞し児童文学作家となる。1977年、松代大本営設営に駆り出された朝鮮人を描いた『悲しみの砦』で第1回塚原健二郎文学賞。2005年「武器では地球を救えない」で産経児童出版文化賞受賞。 反戦・反差別の立場からする児童文学のほか、人物伝、怪奇もの、児童向けSFなどを多く執筆、中山晋平の伝記を何度か書いている。
青木 範充(あおき のりみつ、1936年 - )は、日本の医… 青木 範充(あおき のりみつ、1936年 - )は、日本の医師。旧国立東信病院元院長。旧東長野病院名誉院長。長野県出身。 1936年(昭和11年)長野県生まれ。1954年(昭和29年)長野県松本県ヶ丘高等学校卒業。1961年(昭和36年)信州大学医学部卒業。同大学院修了。 信大大学院修了後は、国立病院機構信州上田医療センターの前身である旧国立東信病院に入り、整形外科医としてまた院長として30年余り勤務。その間、新病院建設にも関わり「増え続けるがん患者にしっかり対応し、救急医療など地域のニーズにこたえられる病院」を目指した。上田市の旧国立東信病院で5年間、長野市の東長野病院で4年間院長を務め、地域医療の発展に力を注いだことにより、2011年(平成23年)「瑞宝中綬章」(保健衛生功労)を受勲した。
平山 祐次(ひらやま ゆうじ、1935年3月16日 - )は… 平山 祐次(ひらやま ゆうじ、1935年3月16日 - )は、日本の経済学者。信州大学名誉教授、元長崎県立大学学長。専門は近代経済学、産業構造論。 長崎県福江市(現・五島市)生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て、1960年東京大学経済学部卒業後、経済企画庁入庁。同庁経済研究所主任研究官を経て、1978年に信州大学助教授となり、1982年教授。同大学附属図書館長などを務め、2000年に退官、名誉教授。2002年に長崎県立大学学長となり、2005年まで務めた。2008年に長崎県立大学名誉教授。アルカスSASEBOの館長も務めた。
仲村 秀生(なかむら しゅうせい、本名:中村 秀男、1935… 仲村 秀生(なかむら しゅうせい、本名:中村 秀男、1935年3月9日 - 2014年7月30日)は日本の俳優、声優、ナレーター。現役時は、同人舎プロダクション、ぷろだくしょんバオバブを経て81プロデュースに所属していた。声質は端正なバリトン。血液型はO型。
田口 喜一郎(たぐち きいちろう、1935年 - )は、日本… 田口 喜一郎(たぐち きいちろう、1935年 - )は、日本の医学者。医師。信州大学名誉教授。 1935年 (昭和10年)長野県松本市生まれ。1954年(昭和29年)長野県松本県ヶ丘高等学校を卒業、同年信州大学医学部医学研究科入学。1960年 (昭和35年)信州大学医学部医学研究科卒業 。以降、信州大学助教授、教授。1999年(平成11年)信州大学名誉教授。 現在、耳鼻咽喉科学の講義や講演のほか、独立行政法人 労働者健康安全機構 長野産業保健総合支援センターにて産業医の研修にも力を入れ、病める人を病気だけを治すということではなく、東洋医学の思考過程を通して全人格的に観察し、精神面も含めて全身的な改善を計ることの必要性を説き、中高年者の転倒、睡眠、男女の更年期障害 、メタボリック症候群、自律神経異常などの研究を行っている。
武井 たつ子(たけい たつこ、1935年 - )は、日本の工… 武井 たつ子(たけい たつこ、1935年 - )は、日本の工学者。専門は電気工学。工学博士(信州大学)。工学部初の女性教授。日本女性科学者の会会員。
林 正高(はやし まさたか、1935年 - 2016年9月1… 林 正高(はやし まさたか、1935年 - 2016年9月10日)は、日本の医師。専門は、日本住血吸虫症の研究。 旧満洲(現在の中国東北部)大連市出身。長野県岡谷市育ち。兄は農学者の林尚孝。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1962年信州大学医学部卒業。1987年甲府市立甲府病院神経内科部長。医師として臨床に携わる傍ら、日本住血吸虫症が流行するフィリピンを45回、中華人民共和国を6回訪れ、現地医療に尽力。個人でボランティア団体「地方病に挑む会」を1987年12月に創設し、発起人の1人である大岡昇平とともに「700円募金」(1口700円の意味であり、1人当たりの薬代が日本円に換算して約700円)を募り、15年間で約8919万円の募金を集めて現地の患者に治療薬プラジカンテルを届けるNGO活動を行った。
山口 わか子(やまぐち わかこ、1934年12月10日 - … 山口 わか子(やまぐち わかこ、1934年12月10日 - )は、日本の政治家、保健師。長野県出身。元衆議院議員(1期)。祖父は衆議院議員、松本市長を務めた百瀬渡。 信州大学付属高等看護学校、長野県保健婦専門学院卒業。 1957年、豊科町役場に保健婦として奉職する。同学校給食センター所長、学校教育課長、住民課長、総務課長を歴任し、1995年に同町の収入役(女性の就任は長野県では初)となる。 2000年の第42回衆議院議員総選挙で長野2区から社会民主党公認で立候補し小選挙区では落選したが、重複立候補していた比例北陸信越ブロックで復活当選、1期務める。 2003年の第43回衆議院議員総選挙では再選を目指して長野2区から社民党公認で立候補したが落選し、重複立候補の比例北陸信越ブロックでも議席に届かなかった。
飯島 彰(いいじま あきら、1934年7月26日 - 200… 飯島 彰(いいじま あきら、1934年7月26日 - 2001年1月28日)は日本の実業家。トヨタ車体社長・会長を歴任した。 長野県千曲市出身。長野県屋代東高等学校、信州大学工学部卒業。トヨタ車体代表取締役社長を経て、2000年より同社会長。2001年、肝不全のため死去。
羽生田 敏(はにゅうだ さとし、1934年 - )は、日本の… 羽生田 敏(はにゅうだ さとし、1934年 - )は、日本の児童文学者、童話作家、児童文学作家。 長野県更級郡更級村羽尾(現・千曲市羽尾仙石)生まれ。信州大学教育学部卒後、長野県内の小中学校で教師を務める傍ら、日本児童文学者協会員として信州児童文学会に所属し、同会発行文芸誌「とうげの旗」で童話を発表する。須坂市立日滝小学校教員、須坂市立常盤中学校長を最後に教職を退職。その後、高橋忠治の後任として黒姫童話館の館長(2代目)を務めた。現在、所属する信州児童文学会において副会長を経て会長を務めている。また八十二文化財団評議員を兼任。須坂市在住。 地域の民話の編纂に力を入れており、特に自身の出生地であり居住地ともなっている長野県北信地域の民話を研究し、まとめている。
はま みつを(本名:浜 光雄(はま みつお)、1933年9月… はま みつを(本名:浜 光雄(はま みつお)、1933年9月20日 - 2011年2月22日)は、日本の児童文学作家。 長野県塩尻市出身。旧制松本中学を経て、信州大学教育学部修了。信州児童文学会会長を務めていた。 高橋忠治、和田登らとともに「とうげの旗」創刊の参加を機に創作活動に専念。1970年処女作『わが母の肖像』を刊行。1979年『春よこい』で赤い鳥文学賞) 1983年『レンゲの季節』で塚原健二郎文学賞) 1989年『赤いヤッケの駅長さん』で産経児童出版文化賞を受賞。 2011年2月22日、肺炎のため長野県松本市の病院で死去。77歳没。 はま自身が担任を務めた塩尻市の中学校の教え子の一人に、テレビプロデューサーで上智大学文学部新聞学科教授の碓井広義がいる。
平尾 哲男(ひらお てつお、1933年(昭和8年)7月24日… 平尾 哲男(ひらお てつお、1933年(昭和8年)7月24日 - 2016年(平成28年)8月8日)は、日本の政治家。長野県上田市長。 上田市出身。信州大学工学部卒業。上田市役所に入庁し、助役を経て、平成10年(1998年)上田市長選挙で当選し、1期務めた。同18年(2006年)旭日双光章受章。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
中野 和朗(なかの かずお、1933年 - 2026年5月1… 中野 和朗(なかの かずお、1933年 - 2026年5月19日)は、日本のドイツ文学者、教育者、信州大学名誉教授、松本大学名誉教授。松本大学の初代学長を務めた。 長野県松本市、ないし、岡谷市の出身。 信州大学文理学部から、東京都立大学 (1949-2011)(首都大学東京の前身のひとつ)大学院に進んでドイツ文学を学び、1963年に文学修士を取得。信州大学の教員となり、人文学部長、共通教育センター長などを務めた。 この間、おもにスイスのドイツ語作家ゴットフリート・ケラーの研究を行なった。 1999年に信州大学を定年退職し、松商学園短期大学学長に就任したが、当時は国立大学とはまったく異なる、教員も事務職員とともに高校訪問や就職支援業務にあたる私立大学の環境にカルチャーショックを受けたという。
宮尾 嶽雄(みやお たけお、1932年10月1日 - 201… 宮尾 嶽雄(みやお たけお、1932年10月1日 - 2016年)は、日本の哺乳類学者。元愛知学院大学教授。 東京生まれ、長野県出身。信州大学教育学部松本分校卒業。在学中、昆虫学者清水三雄の指導を受けるが、医学部解剖学教室に入局するにあたり、哺乳類の解剖を研究テーマとする。信州大学医学部第二解剖学教室助手、教授を経て、愛知学院大学教授。1968年、信州大学医学博士。論文の題は 「食性の身体諸器官発育および構造におよぼす影響 : 長野県産ネズミ類の種的特徴とその評価」。 日本各地における小型哺乳類の分布や生態に関する基礎研究を固めた。また、日本哺乳類学会の前身である日本哺乳動物学会の評議員や大会長を務めるなど、日本の哺乳類学の確立に貢献した。