岡村 堯(おかむら たかし、1937年1月2日 - )は、日… 岡村 堯(おかむら たかし、1937年1月2日 - )は、日本の法学者・弁護士・環境運動家。学位は、法学博士(九州大学・1974年)(学位論文「ヨーロッパ共同体裁判所による司法的規制の研究 ヨーロッパ共同体裁判所判例を中心としたヨーロッパ共同体法の実証的研究」)。上智大学名誉教授、 中国生まれ。九州大学法学部卒、1965年同大学院法学研究科修士課程修了、同大学法学部助手。 西南学院大学法学部助教授、教授、1982年上智大学法学部教授、地球環境研究所長、2007年定年、名誉教授。 1974年学位論文「ヨーロッパ共同体裁判所による司法的規制の研究 ヨーロッパ共同体裁判所判例を中心としたヨーロッパ共同体法の実証的研究」で九州大学より法学博士の学位を取得。
勝田 茂(かつた しげる、1936年12月2日 - )は、日… 勝田 茂(かつた しげる、1936年12月2日 - )は、日本の医学者。医学博士(九州大学)。筑波大学名誉教授。東亜大学大学院名誉教授。専門はスポーツ科学、環境生理学、運動生理学(特に体力医学・栄養生理学)。研究テーマは骨格筋線維の可塑性、超高齢エリートアスリートの身体機能とパフォーマンスなど。日本体育学会副会長。 日本体力医学会理事、評議会会長。 日本バイオメカニクス学会監事。日本運動生理学会理事。秩父宮記念スポーツ医・科学賞受賞(2020年)。 スポーツ医科学分野における研究者であると同時に自身もアスリートであり、80歳を超えてもなおテニスプレーヤーとして活動している。高校・大学時代はレスリングや柔道に没頭していたが、30歳を超えてからセカンドスポーツとしてテニスを始めた。
千石 好郎(せんごく よしろう、1936年11月21日 - … 千石 好郎(せんごく よしろう、1936年11月21日 - 2019年10月 )は、日本の社会学者、松山大学名誉教授。 鹿児島県生まれ。1961年九州大学文学部社会学科卒、1966年同大学院博士課程満期退学。1966年鹿児島女子短期大学講師、1968年西日本工業大学講師、1970年熊本商科大学助教授、1977年教授、1978年松山商科大学教授となる。1986年松山大学(校名変更)人文学部長、1995年同総合研究所所長。2010年定年、名誉教授となる。マルクス主義の立場から研究した。
野本 亀久雄(のもと きくお、1936年6月5日 - )は、… 野本 亀久雄(のもと きくお、1936年6月5日 - )は、日本の免疫学者。愛媛県松山市生まれ。九州大学名誉教授、元社団法人日本臓器移植ネットワーク理事長、元日本移植学会理事長。九州大学生体防御医学研究所の創立者。九州大学医学部卒業、九州大学大学院修了。 野本教授は生命科学を理解するための新しい学問領域として「生体防御学」を提唱し、その理論体系である生体防御論の確立と科学的実証を行ってきた。生体防御論では、生体防御機構を、外来異物あるいは異物的自己を排除することにより生体の恒常性を維持するメカニズムの全体と位置付けている。現在では、この「生体防御」が学術用語として定着し、大きな学問領域として認知されるに至った。
國武 豊喜(くにたけ とよき、1936年(昭和11年)2月2… 國武 豊喜(くにたけ とよき、1936年(昭和11年)2月26日 - )は、日本の化学者・教育者・会社役員。理研ベンチャーである株式会社ナノメンブレン取締役および北九州産業学術推進機構の理事長。北九州市立大学元副学長。 福岡県久留米市に生まれ、久留米大学附設高等学校卒業後、九州大学工学部応用化学科に入学。大学4年時に秋吉三郎教授、麻生忠二助教授の高分子化学講座へと配属される。修士課程修了後、秋吉教授の「アメリカの大学院を範とする基礎研究重視の大学院教育システムの確立」のため、ペンシルベニア大学の博士課程へと進学する (Ph.D. Adviser, Charles. C. Price)。約2年半で博士学位を取得し、カリフォルニア工科大学のCarl G. Niemann Groupで博士研究員として研究を行う。
宮本 康昭(みやもと やすあき、1936年〈昭和11年〉2月… 宮本 康昭(みやもと やすあき、1936年〈昭和11年〉2月26日 - )は、日本の法学者、弁護士。専門は刑法。ひめしゃら法律事務所所属、元東京経済大学現代法学部教授、元裁判官。満洲国チチハル市出身。 九州大学法学部法律学科卒業。司法試験合格後、司法修習(13期)を経て、1961年(昭和36年)4月に判事補へ任官にする。1964年(昭和39年)、簡易裁判所判事に任官し、簡易裁判所判事が本務、判事補が兼務となる。なお、司法修習の同期には、のちに最高裁判所長官に就任した町田顕、のちに法務省官房長に就任した堀田力がいた。 1967年(昭和42年)5月、東京地方裁判所に赴任。1970年(昭和45年)4月、熊本地方・家庭裁判所に赴任。
奥田 拓道(おくだ ひろみち、1936年1月22日- 202… 奥田 拓道(おくだ ひろみち、1936年1月22日- 2023年11月1日)は、日本の医学者、栄養学者、愛媛大学名誉教授。専攻は生化学。 福岡県に生まれる。1962年九州大学医学部卒業。1969年徳島大学医学博士。徳島大学医学部付属酵素研究施設酵素生理部助手、同助教授、愛媛大学医学部助教授をへて、同教授。2000年定年退官、名誉教授、熊本県立大学環境共生学部教授。 農林水産省学術審議委員として学術面で指導的役割を果たし、1993年には、愛媛大学内に「機能性栄養学」の講座を開設した。和漢医薬学会会長、日本肥満学会会長、第54回日本栄養・食糧学会大会会頭などを歴任。日本東洋医学会会員、日本キチン・キトサン学会会員。
川﨑 晃一(かわさき てるかず、1936年 - 2014年)… 川﨑 晃一(かわさき てるかず、1936年 - 2014年)は日本の医学者。九州大学名誉教授。 福岡県出身。1955年福岡県立修猷館高等学校卒業。1961年九州大学医学部卒業。九州大学医学部附属病院にて実地修練ののち、九州大学医学部第2内科(勝木司馬之助教授)に入局し、大学院に入学。1969年9月助手となる。 1973年1月から1975年1月にかけて米国に留学し、アメリカ国立衛生研究所(NIH)訪問研究員として研究。1977年6月九州大学医学部講師を経て、1981年12月九州大学健康科学センター教授に就任。1978年には、食塩感受性という遺伝的要因が高血圧を発症させる事実を発見し報告している。1997年4月から1998年3月にかけて留学生センター長、1998年11月から1999年3月にかけて健康科学センター長を務めた。
高橋 睦正(たかはし むつまさ、1935年8月26日 - 2… 高橋 睦正(たかはし むつまさ、1935年8月26日 - 2013年9月16日)は、日本の医学者、熊本大学名誉教授。叙正四位、瑞宝中綬章追贈。 九州大学医学部を卒業後、在日米軍の空軍病院でインターンを行い、放射線医学の道に進むことを決意した。当時放射線治療の役割しか与えられていなかった放射線科医を放射線診療を行えるようにアメリカでレジデント、フェローとしての臨床修練を受けた。1984年に日本神経放射線学会会長“沿革:歴代会長”. 日本神経放射線学会. 2010年10月16日閲覧。、1991年の日本磁気共鳴医学会の大会長を務めた。1994年に北米放射線学会の名誉会員に推挙され、2001年の大会では同学会のGold Medal賞を受賞した。
石川 春律(いしかわ はるのり、1935年4月22日 - 2… 石川 春律(いしかわ はるのり、1935年4月22日 - 2008年9月23日)は、日本の細胞生物学者、医師。群馬大学名誉教授。日本電子顕微鏡学会会長や、日本細胞生物学会会長を務めた。 鹿児島県出水市出身。1960年九州大学医学部医学科卒業後、整形外科入局。1965年九州大学大学院医学研究科修了、医学博士。1966年ペンシルベニア大学医学研究員。1972年東京大学医学部助教授。1983年群馬大学医学部解剖学第二講座教授。1994年群馬大学医学部長、日本細胞生物学会会長。2000年日本電子顕微鏡学会会長。2001年群馬大学名誉教授。2008年没。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
川村 博忠(かわむら ひろただ、1935年1月25日 - )… 川村 博忠(かわむら ひろただ、1935年1月25日 - )は、日本の古地図学者、東亜大学名誉教授。 1935年年、朝鮮半島の京城府で生まれた(福岡県出身)。九州大学文学部西洋史学科で学び、1961年に卒業。その後、広島大学文学部に進み、地理学専攻を1965年に卒業。 卒業後は、佐世保工業高等専門学校助教授に就いた。1978年に山口大学教育学部助教授に転じた。1981年、学位論文『江戸幕府撰国絵図の研究』を広島大学に提出して文学博士号を取得。1986年に同教授昇格。1997年に東亜大学教授に転じた。2006年に退任し、東亜大学名誉教授となった。
佐々治 寛之(ささじ ひろゆき、1935年 - 2006年8… 佐々治 寛之(ささじ ひろゆき、1935年 - 2006年8月1日)は、日本の動物学者。 長崎県出身。旧姓・神谷。長崎県立長崎東高等学校、九州大学農学部卒、同大学院、1967年農学博士(九州大学)。福井大学教育学部助教授、教授。99年定年退官、名誉教授。 佐々治寛之は、甲虫類、とくにテントウムシを中心とする標本の収集・整理にも尽力し、その結果得られた標本群は佐々治寛之コレクションとして九州大学総合研究博物館のデータベースとして公開されている。現在公開されているデータには学名・採集年月日・採集地・採集者などが収録され、2020年12月末時点での標本データは4,456件である。
太田 一也(おおた かずや、1934年12月14日 - )は… 太田 一也(おおた かずや、1934年12月14日 - )は日本の火山学者、地質学者。九州大学名誉教授。長崎県南高来郡国見町出身。九州大学理学部教授(1988-1994年)。九州大学理学部卒、九州大学大学院中退。専門分野は火山学、温泉学。2015年現在、島原市弁天町在住。
龍円 恵喜二(りゅうえん えきじ、1934年12月1日 - … 龍円 恵喜二(りゅうえん えきじ、1934年12月1日 - 2021年)は、日本の政治学者、帝京大学名誉教授、政治学博士。専攻は政治過程論、政治変動論。長女は元テレビ朝日アナウンサーで東京都議会議員の龍円愛梨。 長崎県出身。九州大学を卒業後、東洋工業(現・マツダ)勤務を経てスウェーデン・ウプサラ大学政治学研究科修了(Ph.D、政治学)。オスロ国際平和研究所リサーチ・フェローなど滞欧20年を経て、帝京大学法学部教授に就任。2005年、同大学名誉教授。 政治学者の傍ら、老年学・福祉国家論などにも取り組み、全国シルバー人材センター事業協会・評議員も務めている。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
加藤 昭夫(かとう あきお、1934年1月1日 - 2020… 加藤 昭夫(かとう あきお、1934年1月1日 - 2020年6月3日)は、日本の化学者。無機材料化学専攻。九州大学名誉教授。日本セラミックス協会会長や、人工結晶工学会会長を務めた。 山口県出身。1956年九州大学工学部応用化学科卒業。 1962年、工学博士(九州大学)の学位を取得。同年九州大学助教授。1972年九州大学教授。1979年窯業協会学術賞受賞。1980年名古屋大学教授併任。1984年粉体粉末冶金協会研究功績賞受賞。1987年電気化学協会九州支部長。1988年粉体粉末冶金協会理事。1994年人工結晶工学会会長。1995年日本セラミックス協会会長、日本化学会九州支部長。 1997年九州大学名誉教授、崇城大学工学部応用化学科教授、九州ファインセラミックス・テクノフォーラム会長。
森本 芳樹(もりもと よしき、1934年 - 2012年5月… 森本 芳樹(もりもと よしき、1934年 - 2012年5月29日)は、西洋史学者、九州大学名誉教授。父と母は数学者の森本清吾、治枝。兄は天文学者の森本雅樹。息子はイスラム史の研究者、森本一夫。
犬童一男(いんどう かずお、1933年12月1日 - 200… 犬童一男(いんどう かずお、1933年12月1日 - 2007年3月28日)は、日本の政治学者(イギリス政治史)。神戸大学名誉教授(法学部)。 長男は日本経済新聞記者で広報室長、犬童文良。 熊本県生まれ。九州大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修了。神戸大学法学部教授・大阪経済法科大学教授を歴任。 2007年3月28日、食道癌のため死去。
高浜 素秀(たかはま もとひで 、1933年〈昭和8年〉4月… 高浜 素秀(たかはま もとひで 、1933年〈昭和8年〉4月1日 - 2024年〈令和6年〉12月13日)は、日本の医学者・病理学者。医師。宮崎県延岡市出身。主に大学医学部において病理学教育・研究に従事し、後年には健康・美容分野における一般向け書籍の著者・監修者としても活動した。 高浜素秀は1933年4月宮崎県延岡市にて生まれる 1958年3月九州大学医学部を卒業後、1959年4月東京医科歯科大学にて病理学を専攻。フルブライト奨学金を得て渡米し、アメリカ・マウントサイナイ医科大学(Mount Sinai School of Medicine)に留学した。帰国後は東京医科歯科大学の講師として教育・研究に従事し、その後、埼玉医科大学第2病理学教室に所属し、臨床病理学の分野で活動した。
手島 孝(てしま たかし、1933年3月30日 - )は、日… 手島 孝(てしま たかし、1933年3月30日 - )は、日本の法学者・法学博士、九州大学・熊本県立大学名誉教授。専門は憲法・行政法・行政学。 香川県高松市生まれ。1953年九州大学法学部卒業、同助手、56年助教授、64年「アメリカ行政学史論」で法学博士。66年九大法学部教授、94年退官、名誉教授、熊本県立大学学長、教授、名誉教授。2001年退任。専門は憲法・行政法・行政学。妻のるりは江崎悌三の次女。長谷部銀次は孫。 2004年3月23日、弁護士登録(福岡弁護士会)。2010年12月28日、著述に専念のため、弁護士会を退会。
融 道男(とおる みちお、1933年1月31日 - 2017… 融 道男(とおる みちお、1933年1月31日 - 2017年5月7日 は、日本の医学者・精神科医。専門は精神薬理学。東京医科歯科大学名誉教授。元東京医科歯科大学学生部長(副学長)。元日本精神神経学会会長。元信州大学医学部教授。学位は、医学博士(東京医科歯科大学・1969年)。
大久保 英雄(おおくぼ ひでお、1933年 - )は、日本の… 大久保 英雄(おおくぼ ひでお、1933年 - )は、日本の医学者。九州大学医学部第一内科元准教授。医学博士(1967年、同大学にて取得)。専門は内科、消化器病、糖尿病、肝臓病。 福岡県小倉市(現・北九州市)生まれ。福岡県立小倉高等学校を卒業。九州大学医学部を卒業。同大学第一内科に入局し、1967年、同大学にて医学博士を取得。同年から同大学第一内科講師、1978年から1985年まで同大学同科助教授を歴任。その間、1969年アメリカのオクラホマ大学に留学。公益社団法人日本糖尿病協会員。1992年から1999年まで北九州市立医療センター総括副院長。新栄会病院南ヶ丘病院最高顧問、北九州市保健福祉局嘱託医(2009-2019)、公益社団法人日本糖尿病協会療養指導医である。
東 清二(あずま きよじ、1933年 - 2018年11月2… 東 清二(あずま きよじ、1933年 - 2018年11月28日)は、日本の昆虫学者。琉球大学名誉教授。 沖縄県石垣市白保出身。九州大学農学部卒、1977年「沖縄におけるサトウキビ重要害虫の生態学的研究,特にサトウキビ品種の変遷と害虫の発生消長について」で農学博士。琉球大学農学部助教授、教授、1997年定年退官、名誉教授。ヨナグニサンの人工飼育に成功した。
横山 哲夫(よこやま てつお、1933年 - 2026年5月… 横山 哲夫(よこやま てつお、1933年 - 2026年5月6日)は、日本の化学者。研究分野は、高分子化学。福岡県出身。 元玉木女子短期大学及び長崎大学学長。 2026年5月6日午前9時21分、食道がんなどのため長崎市の病院で死去。92歳没。
野村 達朗(のむら たつろう、1932年12月18日 - 2… 野村 達朗(のむら たつろう、1932年12月18日 - 2020年12月14日)は、日本のアメリカ史学者、愛知県立大学名誉教授。 鹿児島県出身。1955年九州大学文学部西洋史学科卒、1960年同大学院文学研究科博士課程満期退学、1966年愛知県立大学文学部講師、助教授、教授を務める。1996年定年退官、名誉教授、愛知学院大学文学部教授となり、2003年定年。 アメリカ労働史研究の草分けで、アメリカ学会会長を務め、名古屋アメリカ研究会の設立者の一人だった。 2011年11月瑞宝中綬章受章。
杉岡 洋一(すぎおか よういち、1932年11月6日 - 2… 杉岡 洋一(すぎおか よういち、1932年11月6日 - 2009年11月27日)は、日本の医学者。整形外科医。第20代九州大学総長。広島県生まれ。 福岡県立東筑高等学校を経て、1958年九州大学医学部卒業。1970年、米ペンシルヴェニア大学に留学。1972年、大腿骨頭壊死症の新しい手術法を考案。九州大学医学部助教授を経て、1983年同教授に就任。1995年から2001年まで同学長を務める。この間東北大学などとともに、国立大学初の人物重視を掲げたアドミッションオフィス入試(AO入試)を導入。 学長退任後の2002年3月、韓国国民勲章無窮花章を受章。2008年秋の叙勲で瑞宝大綬章を受章。 2009年11月27日、十二指腸癌のため死去。
日浦 勇(ひうら いさむ、1932年10月24日 - 198… 日浦 勇(ひうら いさむ、1932年10月24日 - 1983年10月18日)は、日本の昆虫学者。 徳島県生まれ。1955年、九州大学農学部農学科卒業。1957年、大阪市立自然科学博物館(後の大阪市立自然史博物館)に勤務する。1958年、同館学芸員補、1959年、同学芸員。1971年、同館主任学芸員。1974年、同館学芸課長。1983年、急性心不全のため急逝した。 東京大学教授の日浦勉は息子。
広田 良吾(ひろた りょうご、1932年2月1日 - 201… 広田 良吾(ひろた りょうご、1932年2月1日 - 2015年1月17日)は、日本の数学者、物理学者、工学者。専門は非線形波動、差分学、離散可積分系。非線形偏微分方程式を双線形化し直接的に解く独自の手法は非常に有名であり、その名を冠して広田の方法と呼ばれる。 広田良吾 - KAKEN 科学研究費助成事業データベース この項目は、数学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
原 寛(はら ひろし、1932年 - 2025年10月16日… 原 寛(はら ひろし、1932年 - 2025年10月16日)は、日本の医師、医史学者である。病院と看護学校を経営しながら、高齢化社会のための「養生学」に取り組んでいる。 1932年福岡市に生まれる。福岡県立福岡高等学校、九州大学医学部卒業。九大精神神経科入局、医学博士号修得(九州大学医学研究院生理学)。 1967年原土井病院を開設、同病院理事長。1976年原看護専門学校を設立。2013年、「博多養生処」を開設。日本慢性期医療協会、全国公私病院連盟などの理事。多々良福祉会、能古博物館の理事長を務める。
新城 長有(しんじょう ちょうゆう、1931年〈昭和6年〉1… 新城 長有(しんじょう ちょうゆう、1931年〈昭和6年〉10月31日 - 2019年〈平成31年〉3月26日)は、日本の育種学者。琉球大学名誉教授。 世界各地のイネ品種が持つ遺伝様式のメカニズムを解明し、超多収米(ハイブリッド米)を開発した日本における先駆者である。 沖縄県石垣市石垣出身。1957年に琉球大学農家政学部(現在の農学部)を卒業後、1960年に九州大学大学院農学研究科農学専攻修士課程修了。琉球大学講師となり、イネの育種研究に打ち込む。その間、1958年(昭和33年)に雄性不稔性のあるイネ品種をインドの野生種から発見している。そこから研究を重ね、通常の栽培種では1つの花の中に雄しべと雌しべが同有しており、交配による雑種強勢を困難としてきたイネにおいて、雄性不稔性を持つジャポニカ米の一代雑種イネを開発。
中村 栄子(なかむら えいこ、1931年(昭和6年)8月1日… 中村 栄子(なかむら えいこ、1931年(昭和6年)8月1日 - )は、日本のフランス文学者、西南学院大学名誉教授。佐賀県小城町(現小城市)生まれ。旧姓・永淵。1953年九州大学文学部卒、58年同大学院フランス文学専攻博士課程満期退学。1965年西南学院大学助教授、67年教授、1970年よりパリ第4大学博士課程、1972年同文学博士。2002年西南学院大学を定年、名誉教授。フランス政府より教育功労章シュヴァリエを受ける。
向井 純一郎(むかい じゅんいちろう、1931年(昭和6年7… 向井 純一郎(むかい じゅんいちろう、1931年(昭和6年7月30日) - 1998年(平成10年)1月5日)は、日本の生化学者。九州大学名誉教授。学位は農学博士。専門は農芸化学。 1967年(昭和42年)「家蚕幼虫の核酸消化酵素に関する研究」 で農芸化学賞 を受賞する。 フリッツ・アルベルト・リップマンとの共同研究による共著論文 がある。 応用化学者の向井參之充と英文学者の母の間に生まれる。 熊本県立済々黌高等学校を卒業したのち、九州大学に入学。同大学を卒業し、大学院を修了。九州大学助教授、教授を経て、同大学名誉教授。九州大学を定年退官したのち、尚絅短期大学教授に就任するも、在職中に熊本市内で急死。
瀬野 精一郎(せの せいいちろう、1931年7月20日 - … 瀬野 精一郎(せの せいいちろう、1931年7月20日 - 2022年1月11日)は、日本の歴史学者、早稲田大学名誉教授。専門は日本中世史、主な研究対象は中世武士。 長崎県佐世保市生まれ。1954年九州大学文学部国史学科卒業。1957年同大学院修士課程修了、九大助手。1960年東京大学史料編纂所教務職員、1962年同助手、1976年同助教授、1977年早稲田大学文学部助教授、1978年「鎭西御家人の研究」で早稲田大学文学博士。1982年同教授。2002年定年退職、名誉教授。2022年1月11日、前立腺癌のため死去。90歳没。 門下生に海老澤衷(早稲田大学文学学術院教授)、久保健一郎(早稲田大学文学学術院教授)、高木徳郎(早稲田大学教育・総合学術院教授)、大塚ひかりなどがいる[要出典]。
吉村 徳重(よしむら とくしげ、1931年(昭和6年)6月2… 吉村 徳重(よしむら とくしげ、1931年(昭和6年)6月23日 - )は、日本の法学者。専門は、民事手続法・民事訴訟法。九州大学名誉教授。元日本学術会議会員。2010年瑞宝中綬章受章。弁護士。福岡県生まれ。
阿部 洋(あべ ひろし、1931年6月19日 - 2025年… 阿部 洋(あべ ひろし、1931年6月19日 - 2025年1月 )は、教育学者、国立教育研究所名誉所員、福岡県立大学名誉教授。 北九州市出身。1954年九州大学教育学部卒、1959年同大学院教育史専攻博士課程満期退学、九大助手、福岡工業大学助教授、国立教育研究所に入り、アジア教育研究室長、名誉所員。福岡県立大学教授、2000年退官、名誉教授。南京師範大学名誉教授。1992年、「清末中国における近代学校制度の成立過程に関する研究」で九州大学より教育学博士を授与された。
石川良輔(いしかわ りょうすけ、1931年1月3日- )は、… 石川良輔(いしかわ りょうすけ、1931年1月3日- )は、日本の昆虫学者、東京都立大学名誉教授。初期には膜翅目の系統分類学の研究に携わり、やがてオサムシの種分化の研究を開拓した。 京都府生まれ。横浜国立大学理学部生物学科卒業。九州大学大学院農学研究科昆虫学専攻博士課程満期退学。1971年「日本産コツチバチ属の検討」で、理学博士(北海道大学)。国立科学博物館研究員、東京都立大学理学部教授、95年定年退官、名誉教授。
平田 寛(ひらた ゆたか、1931年1月3日 - 2013年… 平田 寛(ひらた ゆたか、1931年1月3日 - 2013年9月14日)は、日本の美術史学者、九州大学名誉教授 1931年、佐賀県で生まれた。九州大学文学部を卒業し、同大学大学院に進んだ。 修了後は九州大学文学部助手に採用され、その後奈良国立文化財研究所所員となった。1971年、九州大学文学部助教授に就いた。1978年に教授昇格。1995年に九州大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は長崎純心大学教授として教鞭をとった。1996年、学位論文『絵仏師の時代』を九州大学に提出して文学博士号を取得。2004年1月、講書始で「絵仏師」を御進講。 2013年9月、膀胱癌のため、自宅で死去。82歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
甲木 伸一(かっき しんいち、1931年 - )は、日本の… 甲木 伸一(かっき しんいち、1931年 - )は、日本の物理学者。 熊本県立玉名高等学校を経て九州大学理学部を卒業後、九州大学大学院修士課程を修了した。 大学院修了後は、九州大学教養部の助手や助教授、教授を歴任した。1971年に論文「Hg[1-x]Cd[x]Te系合金のバンド構造と、その圧力依存性」で、九州大学より工学博士号を取得した。 九州大学を退官後は名誉教授となり、カナダのアルバータ大学の客員教授も務めた。
北村 泰一(きたむら たいいち、1931年 - 2025年1… 北村 泰一(きたむら たいいち、1931年 - 2025年12月1日)は、日本の地球物理学者。九州大学名誉教授。理学博士。京都市出身。 京都府立京都第一中学校、京都府立鴨沂高等学校を経て、1950年(昭和25年)、京都大学理学部地球物理学科に入学。京都大学山岳部に在籍。1954年(昭和29年)卒業、同大学院修士課程に進学し、長谷川万吉研究室で広野求和から地磁気の指導を受ける。なお、のちに第4次南極越冬隊に参加し、ブリザードのため遭難死した福島紳とは、小学校から大学院まで一貫して同級生同士だった。 修士課程在籍中、長谷川万吉から第1次南極地域観測隊への参加を打診される。その後、長谷川が、隊長に選ばれた永田武との確執から、南極関係の人事から事実上手をひくことになっため、山岳部の先輩である今西錦司に直訴して西堀栄三郎副隊長への紹介状を書いてもらい、西堀に直訴して観測隊に加えられる。
藤井 哲(ふじい てつ、1931年 - 2011年3月21日… 藤井 哲(ふじい てつ、1931年 - 2011年3月21日) は、日本の機械工学者。九州大学名誉教授。元日本伝熱学会会長。元日本熱物性学会会長。 1931年、福岡県生まれ。1947年に福岡県立朝倉中学校(現福岡県立朝倉高等学校)を卒業。1950年、山口高等学校卒業。九州大学工学部機械工学科に進み、大学では山縣清に師事した。1953年に卒業。卒業後は九州大学大学院に進み、1956年に研究奨学生前期修了すると、電力中央研究所技術研究所研究員となった。 1960年、九州大学に『自由対流熱伝達に関する研究』を提出して工学博士の学位を取得。1961年、九州大学生産科学研究所助教授。1967年、九州大学生産科学研究所教授に昇進。
比留木 忠治(ひるき ちゅうじ、1931年 - 2021年1… 比留木 忠治(ひるき ちゅうじ、1931年 - 2021年11月15日)は、日本・カナダの生物学者(植物病理学)。学位は、農学博士(九州大学・1963年)。特定非営利活動法人五島の椿と自然を守る会理事長、International Camellia Society副会長、アルバータ大学名誉教授、カナダ王立協会会員。長崎県出身。長年カナダに在住。 日本専売公社秦野たばこ試験場での勤務を経て、アルバータ大学農生命環境学部教授、アルバータ大学マッカラ研究教授、アルバータ大学特別全学教授、International Society for Plant Pathology会計役などを歴任した。 長崎県出身の生物学者である。
武野 秀樹(たけの ひでき、1930年12月5日 - )は、… 武野 秀樹(たけの ひでき、1930年12月5日 - )は、日本の経済学者、九州大学名誉教授。 福岡県出身。旧制山口高等学校を経て、1953年九州大学経済学部卒、55年助手。73年「国民経済計算の基礎」で経済学博士。1958年九大助教授、70年教授、86年経済学部長。92年定年退官、名誉教授、九州産業大学教授、兵庫大学教授。近代経済学、国民経済論が専門。
下川 浩一(しもかわ こういち、1930年11月28日 - … 下川 浩一(しもかわ こういち、1930年11月28日 - 2016年9月24日)は、日本の経営学者。法政大学名誉教授、東海学園大学名誉教授。元組織学会会長。 東京に生まれる。1957年九州大学経済学部卒、1962年同大学院経営学博士課程満期退学、1980年「米国自動車産業経営史研究」で経済学博士の学位を取得。富山大学経営短期大学部講師・助教授、1969年法政大学経営学部助教授・教授。1999年同名誉教授、東海学園大学経営学部教授、のち名誉教授。自動車産業が専門。
川崎 恭治(かわさき きょうじ、1930年8月4日 - 20… 川崎 恭治(かわさき きょうじ、1930年8月4日 - 2021年11月12日)は、日本の物理学者。九州大学名誉教授。専門は化学物理学、統計力学。
大村 恒雄(おおむら つねお、1930年(昭和5年)7月29… 大村 恒雄(おおむら つねお、1930年(昭和5年)7月29日 - 2022年(令和2年)1月29日)は、日本の生化学者。シトクロムP450発見者。九州大学名誉教授。理学博士。 静岡市に生まれる。静岡県立静岡中学校を経て、1949年(昭和24年)、静岡高等学校 (旧制)卒業。1953年(昭和28年)、東京大学理学部化学科卒業。同年、静岡大学文理学部化学科助手。1960年(昭和35年)、 大阪大学蛋白質研究所助教授。 1961年(昭和36年)、理学博士。1970年(昭和45年)、九州大学理学部生物学科教授。1986年(昭和61年)、九州大学大学院医学系研究科教授(分子生命科学専攻)。1994年(平成6年) 、九州大学を定年退職、名誉教授。
柏木 駿(かしわぎ たかし、1930年6月23日 - )は、… 柏木 駿(かしわぎ たかし、1930年6月23日 - )は、日本の法学者。専門は経済法。 大阪府泉北郡北上神村(現・堺市西区)に生まれる。1950年福岡県立修猷館高等学校を経て、1954年九州大学法学部法律学科を卒業。1956年九州大学大学院法学研究科修士課程(私法学専攻)を修了、1959年同博士課程を満了退学。 1961年4月九州大学法学部助手を経て、同年11月名城大学法商学部法学科専任講師(労働法担当)に転じ、1963年11月法商学部が分離した法学部の助教授となる。1969年4月同教授(経済法担当)に就任。1975年4月同大学院法学研究科修士課程で英米法、1978年4月社会法を担当。1985年4月同博士課程で社会法を担当。
梶山 純(かじやま じゅん、1930年(昭和5年)5月 - … 梶山 純(かじやま じゅん、1930年(昭和5年)5月 - )は、日本の法学者。専門は商法。八幡大学名誉教授。長崎県国見町出身。 長崎県立長崎中学校 (旧制)3年生の時に原爆を体験する。第七高等学校造士館 (旧制)を経て、1953年九州大学法学部法律学科卒業。その後九州大学大学院助手を経て、1960年八幡大学法経学部講師に就任、以後助教授、教授を歴任。2003年九州国際大学より名誉教授の称号を受く。
小野 勇一(おの ゆういち、1930年4月21日 - 201… 小野 勇一(おの ゆういち、1930年4月21日 - 2015年7月20日)は、大分県出身の動物学者、生態学者。九州大学名誉教授。元日本生態学会会長。 1930年、大分県生まれ。北九州市立いのちのたび博物館名誉館員、前館長。教員だった父が2歳の時に他界し、同じく教員だった17歳上の長姉の転勤につれて一家で大分県内を転々とするうち旧制竹田中学校(現竹田高等学校)に入って終戦を迎えたが、竹田中学の4年後輩に、のちに北九州市長を5期務める末吉興一がいた。九大理学部卒業、森下正明の下で、同大大学院生態学専攻、九州大学博士、九州大学大学院教授、平成10(1998)年日本生態学会会長。平成14(2002)年11月 北九州市立自然史・歴史博物館のオープンに際して竹田市長との関係もあり、館長に就任する。
井田輝敏(いだ てるとし、1930年1月25日 - 2010… 井田輝敏(いだ てるとし、1930年1月25日 - 2010年9月)は、日本の政治学者。 愛媛県出身。九州大学法学部政治学科卒、同大学院をへて、八幡大学(のち九州国際大学)講師、助教授、北九州大学助教授、教授、学部長を務め、93年定年退官、名誉教授、九州国際大学教授、2002年退任、名誉教授。近代日本政治史が専門。
桃井 齊(ももい ひとし、1930年1月20日 - 2002… 桃井 齊(ももい ひとし、1930年1月20日 - 2002年2月26日)は、日本の地球科学者。専門は鉱物学・鉱床学。東京都生まれ。 旧制第五高等学校を経て、1953年九州大学理学部地質学科を卒業。1956年九州大学理学部助手、1968年同助教授。1976年愛媛大学理学部教授に転任。1987年から1995年まで同大学評議員。1995年定年退官。1962年、九州大学より理学博士の学位を取得。 学部から大学院にかけて冨田達の指導を受け、花崗岩および黒色頁岩中のラジウム含有量に関する研究を行った。1956年から吉村豊文のもとで、マンガン珪酸塩鉱物(イネス石、ダンネモル石、パイロクスマンガン石、バナジウム柘榴石、ばら輝石など)の鉱物化学的研究に従事した。
原田 實(はらだ みのる、1930年1月1日 - 2011年… 原田 實(はらだ みのる、1930年1月1日 - 2011年11月7日)は、日本の経営情報学者。 山口県出身。1947年福岡県中学修猷館、1949年旧制福岡高等学校文科甲類(第1学年終了)を経て、1955年九州大学経済学部を卒業。1960年同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。 1960年4月年西南学院大学商学部専任講師、1963年4月同助教授を経て、1969年4月九州大学経済学部助教授に転じ、1974年6月同教授に就任。経営労務論講座を担当。1988年4月経済学部組織変更に伴い企業管理講座を担当。 1985年4月から1987年3月まで九州大学評議員を務めた。 2011年11月瑞宝中綬章受章。