土田 正剛(つちだ せいごう、1943年(昭和18年)10月… 土田 正剛(つちだ せいごう、1943年(昭和18年)10月25日 - 2026年(令和8年)4月16日)は、日本の政治家。山形県東根市長(7期、在任中死去)。元・山形県議会議員(4期)。 山形県東根市出身。山形県立山形東高等学校卒業。1967年(昭和42年)3月、慶應義塾大学法学部卒業。1969年(昭和44年)5月、衆議院議員松沢雄蔵の秘書となる。1974年(昭和49年)12月、国務大臣となった松沢の秘書官となる。 1979年(昭和54年)4月30日、山形県議会議員に就任。4期連続当選。県議時代は自由民主党に所属し、同党山形県連組織委員長、政調会長、幹事長などを務めた。 1993年(平成5年)2月14日に行われた山形県知事選挙に加藤紘一や近岡理一郎など自民党主流派の支援、さらに公明党、民社党、スポーツ平和党の推薦を得て立候補するも落選。
野田 侃生(のだ ただお、1943年(昭和18年)10月12… 野田 侃生(のだ ただお、1943年(昭和18年)10月12日)は、日本の政治家、実業家。元大分県国東市長(1期)。 大分県出身。慶應義塾大学商学部卒業。大学時代は柔道部に所属していた。 1971年、国東物産を創業。 2007年1月21日、国東市長の照山俊一が収賄容疑で逮捕される。照山の辞職に伴い2007年に行われた国東市長選挙に出馬。前市助役の森正二を破り初当選。 2011年に行われた国東市長選挙に出馬したが、新人の三河明史に破れ落選した。
宇津 徹男(うづ てつお、1943年(昭和18年)8月1日 … 宇津 徹男(うづ てつお、1943年(昭和18年)8月1日 - 2018年(平成30年)12月13日)は、日本の政治家。島根県浜田市長(新制)(2期)。浜田市長(旧制)(3期)。島根県議会議員(7期)。旭日中綬章受章。位階は従四位。 島根県浜田市出身。慶應義塾大学法学部卒業。1968年(昭和43年)2月、竹下登衆議院議員の秘書になる。 1971年(昭和46年)4月、島根県議会議員選挙に出馬し、初当選。以後7期連続当選。その間、1991年(平成3年)5月から1993年(平成5年)6月まで県議会の議長をつとめる。 1996年(平成8年)4月、浜田市長選挙に出馬し、初当選。以後3期連続当選。 2005年(平成17年)10月1日、浜田市が那賀郡三隅町・旭町・金城町・弥栄村の3町1村と合併し、新制の浜田市が誕生する。
北川 穰一(きたがわ じょういち、1943年(昭和18年)8… 北川 穰一(きたがわ じょういち、1943年(昭和18年)8月1日 - )は、日本の政治家。元東京都昭島市長(5期)。東京都昭島市出身。元昭島市議会議員(5期)。 東京都昭島市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。昭島市議会議員(5期)、昭島市議会副議長などを経て、1996年昭島市長に就任。2016年任期満了に伴い退任。昭島市長を5期20年務めた。 2017年秋の叙勲で旭日中綬章を受章。
斎藤 文昭(齋藤 文昭、さいとう ふみあき、1943年6月8… 斎藤 文昭(齋藤 文昭、さいとう ふみあき、1943年6月8日 - 1999年12月10日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、福島県議会議員(4期)を務めた。 1943年(昭和18年)、福島県河沼郡会津坂下町に生まれた。1966年(昭和41年)に慶應義塾大学法学部を卒業し、伊東正義の秘書となった。1979年(昭和54年)、福島県議会議員へ当選し、4期務めた。 1993年(平成5年)、第40回衆議院議員総選挙に伊東の後継者として旧福島2区から立候補し初当選(自由民主党所属)。1996年(平成8年)の第41回衆議院議員総選挙では、福島4区から立候補したが新進党公認の渡部恒三に敗れ、比例東北ブロックには重複立候補していなかったため、1期で落選。
藤本 昭夫(ふじもと あきお、1943年(昭和18年)5月2… 藤本 昭夫(ふじもと あきお、1943年(昭和18年)5月24日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日小綬章。大分県東国東郡姫島村長を10期務めた。 満洲出身。3歳の時に姫島に移り住む。大分県立国東高等学校、慶應義塾大学経済学部を卒業後、日本住宅公団(現都市再生機構)等に勤務。姫島村長であった父藤本熊雄の急死を受けて1984年に姫島村長に無投票で初当選。以後、8期連続無投票当選で姫島村長を務めた。9期目にあたる2016年の村長選挙は61年ぶりの選挙戦となったが、対立候補の藤本敏和を抑えて9選を果たした。2020年11月の同選挙で藤本敏和を再び破り10選。 姫島村では1955年(昭和30年)の村長選挙が島を2分する激しい争いとなり村内にしこりを残したことから、2年後の1957年(昭和32年)に行われた選挙以来、2016年(平成28年)まで16期にわたって村長選挙での無投票が続いていた。
山岡 賢次(やまおか けんじ、1943年〈昭和18年〉4月2… 山岡 賢次(やまおか けんじ、1943年〈昭和18年〉4月25日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(5期)、参議院議員(2期)、法務政務次官(竹下内閣)、大蔵政務次官(第2次海部内閣)、国家公安委員会委員長(第84代)・内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全担当)・拉致問題担当大臣(野田内閣)、衆議院農林水産委員長、自由党国会対策委員長(第4代)、民主党副代表、民主党国会対策委員長(第13代)、国民の生活が第一代表代行などを歴任。1987年までは「藤野賢二」の名前で政治活動を行っていた。 城北高等学校を経て慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、安田生命の人事課、アメリカ留学を経て1983年(昭和58年)の第13回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で当選し政界入りした。
西川 正純(さいかわ まさずみ、1943年(昭和18年)3月… 西川 正純(さいかわ まさずみ、1943年(昭和18年)3月17日 - 2022年(令和4年)9月2日)は、日本の政治家。新潟県柏崎市長(3期)。 新潟県柏崎市出身。1967年慶應義塾大学経済学部卒。柏崎市議会議員、同議長を経て、1992年に市長に当選。3期務める。在任中に東京電力柏崎刈羽原子力発電所で実施が計画されたプルサーマルの事前了解に向けた議論を新潟県と刈羽村と協力して進め、同計画に同意した。その後、2002年に発覚した東京電力による柏崎刈羽原子力発電所のトラブル隠しを巡る対応にあたった。そして、一連のトラブル隠しを受け、不正再発防止に向けた住民組織「地域の会」の発足を主導した。また、1978年7月に北朝鮮に拉致され、24年後の2002年に帰国した蓮池薫と祐木子の支援にあたり、拉致問題の全面解決に向け、政府への働きかけを続けた。
前田 勲男(まえだ いさお、1943年2月4日 - 2016… 前田 勲男(まえだ いさお、1943年2月4日 - 2016年8月22日)は、日本の政治家。位階は正三位。 自由民主党所属の参議院議員を4期務め、法務大臣を務めた。 1965年、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業。 1978年、自由民主党所属の参議院議員である父・前田佳都男が死去。これにより同年行われた和歌山県選挙区補欠選挙に後継として立候補し、初当選した。父と同じく自民党に所属し、以後当選4回。 通産政務次官などを経て村山内閣で法務大臣(1994年6月30日 - 1995年8月8日)に就任し、初入閣。法相在任中に地下鉄サリン事件が発生し、オウム真理教事件の捜査や起訴が進む中で盗聴、おとり捜査や司法取引を前向きに検討する考えを示す。
金子 一義(かねこ かずよし、1942年〈昭和17年〉12月… 金子 一義(かねこ かずよし、1942年〈昭和17年〉12月20日 - )は、日本の政治家、元衆議院議員(10期)、自由民主党岐阜県支部連合会顧問。 衆議院厚生委員長、衆議院大蔵委員長、建設政務次官、内閣府特命担当大臣(規制改革担当、産業再生機構担当)、地域再生担当大臣、衆議院予算委員長、国土交通大臣(第11代)、自民党衆議院議員総会長、金融調査会長、住宅土地・都市政策調査会長等などを歴任した。 都立九段高校、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。大学時代は加藤寛(後、金子が内閣府特命担当大臣(規制改革担当)在任中、内閣府規制改革担当顧問)の下でソ連経済論や経済政策論などを学ぶ。慶應大卒業後、日本長期信用銀行に入行した。
河村 建夫(かわむら たけお、1942年〈昭和17年〉11月… 河村 建夫(かわむら たけお、1942年〈昭和17年〉11月10日 - )は、日本の政治家。 山口県議会議員(4期)、自由民主党選挙対策委員長(第2代)、文部科学大臣(第3・4代)、内閣官房長官(第76代)、拉致問題担当大臣(麻生内閣)、衆議院予算委員長、議院運営委員長、衆議院議員(10期)を歴任した。 1942年〈昭和17年〉11月10日、山口県阿武郡三見村(現・萩市)に生まれる。山口県立萩高等学校を経て、慶應義塾大学商学部を卒業する。 1967年(昭和42年)の卒業後に、西部石油に入社。 1976年(昭和51年)、父・河村定一の死去に伴う山口県議会議員補欠選挙(萩市選挙区)に自由民主党公認で出馬し、初当選した。
相川 宗一(あいかわ そういち、1942年〈昭和17年〉9月… 相川 宗一(あいかわ そういち、1942年〈昭和17年〉9月13日 - 2021年〈令和3年〉1月25日)は、日本の政治家。位階は従四位。 埼玉県議会議員(3期)、浦和市長(第18代 - 第20代〈最終〉)、さいたま市長(初代・第2代)を歴任。 埼玉県浦和市(現:さいたま市浦和区)岸町出身。相川曹司の長男。相川家の家業は米穀商 で、元禄時代に先祖が亡くなり、300年以上は続いている。 1961年 (昭和36年) 慶應義塾志木高等学校卒業。1965年(昭和40年)慶應義塾大学商学部卒業。浦和青年会議所理事長を務めた。 1980年(昭和55年)旧浦和市から埼玉県議会議員の補欠選挙で埼玉県議会議員に当選(自由民主党)。
服部 信吾(はっとり しんご、1942年7月21日 - 19… 服部 信吾(はっとり しんご、1942年7月21日 - 1987年4月25日)は、日本の政治家。参議院議員(1期)。 1942年(昭和17年)神奈川県横浜市神奈川区生まれ。1955年(昭和30年)横浜市立一本松小学校卒業。1965年(昭和40年)慶應義塾大学卒業。大学在学中はボクシング部所属。 その後、公明党衆議院議員伏木和雄の秘書を務める。1974年(昭和49年)横浜市会議員補欠選挙(西区選挙区)に立候補し落選するも、翌1975年(昭和50年)横浜市会議員選挙に再び西区選挙区から立候補し、当選し、2期務める。1966年5月に横浜市鶴見区臨港鶴見川橋付近で発生した殺人事件被害者の両親が始めた犯罪被害者補償法制定運動(映画『衝動殺人 息子よ』のモデル)に伏木の秘書時代から関わり、横浜市議事務所の一部を運動関係者に開放した。
中井 洽(なかい ひろし、1942年〈昭和17年〉6月10日… 中井 洽(なかい ひろし、1942年〈昭和17年〉6月10日 - 2017年〈平成29年〉4月22日)は、日本の政治家。位階は正三位。 衆議院議員(11期)、国家公安委員会委員長(第80・81代)、拉致問題担当大臣、内閣府特命担当大臣(防災)、法務大臣(第54代)、衆議院予算委員長、民社党副委員長、自由党副党首、民主党副代表などを歴任した。父は元衆議院議員の中井徳次郎。 満洲国新京市(現在の中国吉林省長春市)に生まれた。終戦後の1946年(昭和21年)9月に三重県上野市(現在の伊賀市)に引き揚げた。上野市立白鳳幼稚園・上野市立西小学校・上野市立崇広中学校を経て、東京都へ父と引越して東京都立立川高等学校、1969年(昭和44年)3月慶應義塾大学経済学部経済学科を卒業した。
小沢 一郎(おざわ いちろう、1942年〈昭和17年〉5月2… 小沢 一郎(おざわ いちろう、1942年〈昭和17年〉5月24日 - )は、日本の政治家。自由党所属の衆議院議員(16期)、自由党代表。
小平 忠正(こだいら ただまさ、1942年〈昭和17年〉3月… 小平 忠正(こだいら ただまさ、1942年〈昭和17年〉3月18日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(7期)、農林水産政務次官、衆議院逓信委員長、衆議院農林水産委員長、衆議院外務委員長、衆議院議院運営委員長(第72代)、東京電力福島原子力発電所事故に係る両議院の議院運営委員会の合同協議会会長(初代)、国家公安委員会委員長(第86代)、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全担当)などを歴任。2015年旭日大綬章受章。 北海道空知郡岩見沢町(のちの北海道岩見沢市)にて生まれた。岩見沢市立幌向小学校、札幌市立柏中学校、北海道札幌南高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業した。慶應義塾大学卒業後、ワシントンD.C.のジョージタウン大学大学院への留学を経て、1969年に総合商社である東洋棉花(のちのトーメン、現在の豊田通商)に入社した。
小泉 純一郎(こいずみ じゅんいちろう、1942年〈昭和17… 小泉 純一郎(こいずみ じゅんいちろう、1942年〈昭和17年〉1月8日 - )は、日本の政治家。 内閣総理大臣(第87・88・89代)、農林水産大臣(第37代)、外務大臣(第127代)、厚生大臣(第68・69・80代)、年金問題担当大臣(竹下改造内閣)、郵政大臣(第55代)、大蔵政務次官(第2次大平内閣)、衆議院大蔵委員長、衆議院議員(12期)、自由民主党総裁(第20代)を歴任した。 福田赳夫の秘書を経て、1972年(昭和47年)の第33回衆議院議員総選挙で初当選し、以降12期連続当選。自由民主党では清和会(福田派、安倍派、三塚派、森派)に所属した。また、山崎拓や加藤紘一と「YKK」を結成し、経世会支配からの脱却や党の世代交代を訴え「グループ・新世紀」を旗揚げした。
清水 聖義(しみず まさよし、1941年〈昭和16年〉12月… 清水 聖義(しみず まさよし、1941年〈昭和16年〉12月7日 - )は、日本の政治家。 群馬県太田市長(5期)、旧太田市長(3期)、群馬県議会議員(3期)、太田市議会議員(1期)などを務めた。 群馬県新田郡太田町(現・太田市)に、父孝一・母せんの長男として生まれる。1960年群馬県立太田高等学校を卒業し、1964年慶應義塾大学商学部卒業。同年シオノギ製薬に入社。学習塾の経営も行った。 1979年に太田市議会議員に初当選し1期務める。1983年群馬県議会議員選挙に太田市選挙区から無所属で立候補し当選。以降連続3期務める。同年自由民主党に入党、同党群馬県連副幹事長などを務める。 1993年に日本新党に党籍変更。
栗本 慎一郎(くりもと しんいちろう、1941年〈昭和16年… 栗本 慎一郎(くりもと しんいちろう、1941年〈昭和16年〉11月23日 - )は、日本の経済学者(経済人類学)・評論家・政治家・健康食品開発者。有明教育芸術短期大学学長、衆議院議員(2期)、経済企画政務次官、有限会社大学総合研究所理事長、朝日新聞書評委員 を歴任した。 東京都(出生当時は東京府)出身。父は元最高裁判事の栗本一夫(岐阜県出身)。母トシ子は元東京府会議長中野勇治郎(京都府出身)三女。 東京学芸大学附属世田谷小学校、同中学校、東京都立戸山高等学校、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。同大学大学院経済学研究科博士課程退学[要出典]。 天理大学専任講師、奈良県立短期大学(現:奈良県立大学)助教授、ノースウェスタン大学客員教授(1975年 - 1976年)を経て、明治大学教授在任中、ヴァンダービルト大学客員教授(1986年 - 1987年)も務める。
最上 進(もがみ すすむ、1941年〈昭和16年〉7月23日… 最上 進(もがみ すすむ、1941年〈昭和16年〉7月23日 - 2015年〈平成27年〉4月15日)は、日本の政治家。参議院議員(2期)、群馬県議会議員(2期)。群馬県高崎市出身。 1941年(昭和16年)、父・佐藤勇(運輸省官僚、月島倉庫株式会社副社長)と母・俊子の長男として誕生。出生地は朝鮮京城府栄町。 東京都立小山台高等学校卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科へ進学。1962年(昭和37年)、最上政三(立憲民政党所属代議士)、英子(実母・俊子の姉)夫妻の養子となった。1965年(昭和40年)に卒業。同大学院政治研究科修士課程へ進み、在学中より参議院議員の伯母・英子の第一秘書を務める。 1967年(昭和42年)群馬県議会議員選挙に立候補。
平沢 豊満(ひらさわ とよみつ、1941年6月28日 - )… 平沢 豊満(ひらさわ とよみつ、1941年6月28日 - )は、日本の政治家。元長野県箕輪町長(3期)。ローカル・マニフェスト推進首長連盟町村長代表。旭日双光章受章。
青山 丘(あおやま たかし、1941年4月11日 - 201… 青山 丘(あおやま たかし、1941年4月11日 - 2019年1月9日)は、日本の政治家。位階は従三位。勲等は旭日大綬章。 衆議院議員(9期)、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、衆議院労働委員長、文部科学副大臣などを歴任。 愛知県瀬戸市生まれ。1964年に慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、青山硝子に入社。 1971年、瀬戸市議会議員選挙に立候補し当選。自由民主党に所属し、以後2期務める。 衆院選立候補にあたり自民党の公認を得られなかったため、1976年第34回衆議院議員総選挙に民社党から立候補し当選する。以後、落選を挟んで9回の当選を果たすことになる。民社党では最後の国会対策委員長に就任。
秋岡 毅(あきおか つよし、1941年〈昭和16年〉2月15… 秋岡 毅(あきおか つよし、1941年〈昭和16年〉2月15日 - )は、日本の政治家、元岡山県高梁市長(1期)。旭日小綬章受章。 岡山県出身。慶応義塾大学商学部卒業。成羽町長を5期務めた。 2004年(平成16年)10月1日、成羽町は旧高梁市などと合併し、新たな高梁市が発足。合併後の市長選挙に立候補し、4人の争いを制し、当選した。 ※当日有権者数:31,447人 最終投票率:84.56%(前回比:-pts) 10月24日に市長に就任した。 2008年(平成20年)の市長選挙に立候補し、再選を目指したが、元高梁市職員の近藤隆則に敗れた。 ※当日有権者数:30,050人 最終投票率:82.41%(前回比: 2.15pts) 10月23日に退任した。
笹山 登生(ささやま たつお、1941年〈昭和16年〉2月8… 笹山 登生(ささやま たつお、1941年〈昭和16年〉2月8日 - )は、日本の政治家。 農林水産政務次官(竹下改造内閣)、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、同労働委員長、衆議院議員(5期)などを歴任。 埼玉県浦和市常磐町生まれ。1964年に慶應義塾大学経済学部を卒業すると農林中央金庫へ就職。1977年に退職し、衆議院議員秘書を務めた後、父・笹山茂太郎の地盤を継いで、1979年の第35回衆議院議員総選挙に秋田2区より自由民主党公認で出馬するも落選。それからは衆議院議員伊東正義の秘書を務める。翌1980年の第36回衆議院議員総選挙で初当選し、自民党内では宏池会(鈴木派、後に宮沢派)に所属。
芹澤 勤(せりざわ つとむ、1941年(昭和16年)1月22… 芹澤 勤(せりざわ つとむ、1941年(昭和16年)1月22日 - )は、日本の政治家。元長野県小諸市長(2期)。 静岡県沼津市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。 大学卒業後は長野県庁に入庁。県職員を経て2000年から1期4年、小諸市助役を務めた。 2004年、小諸市長選に出馬し初当選。2期8年を務める。 2010年5月20日、自民党本部で開催された自由同和会第25回全国大会に祝電を贈った。 2012年と2016年に小諸市長選に出馬するも落選した。
石渡 清元(いしわた きよはる、1940年12月9日 - 2… 石渡 清元(いしわた きよはる、1940年12月9日 - 2014年1月20日)は、日本の政治家。元参議院議員(2期)。位階は従四位。 横浜市南区生まれ。小学校卒業後、栄光学園中学・高校で学ぶ。1963年、慶應義塾大学商学部を卒業し、病院に入職、その後理事長となる。1971年の統一地方選挙で横浜市南区選出県議に当選。1985年に県議会議長に就任。1987年の県議選5度目の当選を果たす。 1988年11月12日、自民党神奈川県連は、翌年の第15回参議院議員通常選挙神奈川県選挙区(改選数2)の候補者に関し第4回選考委員会を開き、党公認候補に石渡を選んだ。同選挙区は改選期を迎えた杉元恒雄が病気療養のため立候補を辞退。
田中 直紀(たなか なおき、1940年〈昭和15年〉6月19… 田中 直紀(たなか なおき、1940年〈昭和15年〉6月19日 - )は、日本の政治家、実業家。越後交通代表取締役会長。 外務政務次官(宇野内閣、第1次海部内閣)、農林水産副大臣(初代)、防衛大臣(第10代)、参議院議員(3期)、衆議院議員(3期)を歴任した。旧姓は鈴木。父は、内務官僚、自由党衆議院議員であった鈴木直人。妻は越後交通グループ前会長で現相談役である田中眞紀子。 石川県金沢市生まれ。現在は新潟県在住。武蔵高等学校中学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。大学卒業後は日本鋼管(現JFEスチール、JFEエンジニアリング)に入社。1969年に田中角栄元総理の長女・田中眞紀子と結婚して田中家に婿入りし、姓を田中に改める。
矢田 美英(やだ よしひで、1940年〈昭和15年〉6月2日… 矢田 美英(やだ よしひで、1940年〈昭和15年〉6月2日 ‐ 2024年〈令和6年〉10月5日)は、日本の政治家。位階勲等は従四位旭日中綬章。元東京都中央区長(8期)。 東京都中央区新富町出身。 中央区立京橋小学校(現在の中央区立京橋築地小学校)、中央区立明正中学校(中央区立第二中学校を経て、中央区立銀座中学校)、東京都立江北高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。大学卒業後はアメリカ合衆国に留学し、ミズーリ州立大学ジャーナリズム学科を卒業する。 帰国後は共同通信社に入社。国際局海外部の報道記者を務める。 1987年(昭和62年)4月、中央区長選に立候補し初当選。その後、連続8期務めた。2001年(平成13年)に特別区長会会長。
榊原 康正(さかきばら やすまさ、1940年4月8日 - )… 榊原 康正(さかきばら やすまさ、1940年4月8日 - )は、日本の政治家。愛知県西尾市長(2期)、愛知県議会議員(4期)、西尾市議会議員(1期)などを歴任した。 愛知県西尾市出身。父親は西尾市議会議長を務めた榊原一郎。なお、父の一郎は1969年の西尾市長選挙に挑むも、同じく新人の本多貫一に敗れている。慶應義塾大学文学部卒業。 1991年(平成3年)4月の愛知県議会議員選挙をめぐって、当選した自由民主党の川上万一郎の幹部による大規模な買収工作が発覚。市議ら19人が逮捕され、同年5月5日には川上本人も逮捕された。市議17人辞職に伴う補欠選挙が同年9月8日に行われ、榊原は新人ながらもこの選挙でトップ当選を果たした。
宮腰 洋逸(みやこし よういつ、1940年(昭和15年)2月… 宮腰 洋逸(みやこし よういつ、1940年(昭和15年)2月9日 - 2003年(平成15年)6月5日)は、日本の政治家。秋田県能代市長。 1940年2月、秋田県山本郡能代港町に生まれる。1958年、慶應義塾大学経済学部卒。同年、伊藤忠商事に入る。のち、伊藤忠建材販売に転じる。その後、帰郷し、1976年、能代市教育委員、1983年、能代市議会議員となる。1987年、能代市長に初当選。自民党員だったが、造反して立候補したため、除名された。1991年と1995年、1999年と連続当選。2003年に市長を退任した。退任後間もない6月5日に死去した。
斎藤 十朗(齋藤 十朗、さいとう じゅうろう、1940年〈昭… 斎藤 十朗(齋藤 十朗、さいとう じゅうろう、1940年〈昭和15年〉2月5日 - 2025年〈令和7年〉3月17日)は、日本の政治家。位階は従二位、勲等は桐花大綬章。自由民主党所属。参議院議員(6期)、厚生大臣(66代)、参議院議長(21・22代)、自由民主党参議院議員会会長等を歴任した。 厚生大臣・警察庁長官を務めた斎藤昇は父。妻は表千家家元千宗左の妹。 三重県伊賀市(旧伊賀町)出身。1958年(昭和33年)に東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。 1962年(昭和37年)慶應義塾大学商学部卒業後、三井銀行、ロンドン大学留学を経て、父・昇の死去に伴う1972年(昭和47年)の参議院議員補選に父の後を継いで立候補して初当選する。
江口 克彦(えぐち かつひこ、1940年2月1日 - )は、… 江口 克彦(えぐち かつひこ、1940年2月1日 - )は、日本の実業家、政治家、経済学博士。おおさか維新の会所属の前参議院議員(1期)。元みんなの党最高顧問(両院議員総会長)。地域政党自由を守る会顧問。PHP総合研究所・PHP研究所前社長。
冨沢 篤紘(とみざわ あつひろ、1939年(昭和14年)12… 冨沢 篤紘(とみざわ あつひろ、1939年(昭和14年)12月5日 - [疑問点 – ノート])は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)・元神奈川県議(2期)・元大和市議(1期)。 神奈川県大和市生まれ。神奈川県立希望ヶ丘高等学校卒業。1963年(昭和38年)慶應義塾大学法学部卒業後、都市銀行に入行し、のちに貸しビル会社社長を務めた。1979年(昭和54年)より大和市市議会議員を1期、1987年(昭和62年)から神奈川県議会議員(自民党)を2期務め、1996年(平成8年)の第41回衆議院議員総選挙に新進党公認で神奈川13区から出馬し中曽根派現職甘利明破り初当選。新進党分党で1998年(平成10年)1月改革クラブに、その後1999年(平成11年)12月民主党に移ったが、2000年(平成12年)の第42回衆議院議員総選挙では前回比例復活した甘利に破れ落選した。
福永 浩介(ふくなが こうすけ、1939年(昭和14年)8月… 福永 浩介(ふくなが こうすけ、1939年(昭和14年)8月30日 - 2020年(令和2年)9月14日)は、日本の政治家。熊本県人吉市長。 東京都に生まれる。1963年、慶應義塾大学商学部を卒業。同年東洋レーヨンに入社。1979年退職。福田赳夫・安倍晋太郎の秘書を務める。1979年~1986年まで、4回連続で衆議院旧熊本2区から出馬するが敗退。 1987年5月より人吉市長を5期務めるが、2007年3月3日、人吉球磨広域行政組合が運営するし尿処理施設建設をめぐる汚職事件で収賄の疑いで逮捕され、懲役2年6ヶ月、執行猶予3年、追徴金50万円の有罪判決を受けた。 2020年9月14日、急性循環不全のため死去、81歳。
中村 寿文(中村 壽文、なかむら としふみ、1939年8月4… 中村 寿文(中村 壽文、なかむら としふみ、1939年8月4日 - 2024年12月1日)は、日本の政治家。元青森県議会議員(7期)、元八戸市長(1期)。 父は衆議院議員で八戸市長を務めた中村拓道。青森県立八戸高等学校、慶應義塾大学法学部卒業。東北電力、衆議院議員船田中秘書を務める。父の死後、1976年・1979年・1980年の衆議院選挙に立候補するが落選。1976年は七日会保守系無所属候補、1979年は新自由クラブ公認候補、1980年は西岡武夫の保守刷新会議系候補だった。 1983年の青森県議会議員選挙で八戸市から無所属で立候補し、トップ当選。以後5期青森県議を務める(そのうち4期はトップ当選)。
平沼 赳夫(ひらぬま たけお、1939年(昭和14年)8月3… 平沼 赳夫(ひらぬま たけお、1939年(昭和14年)8月3日 - )は、日本の政治家。自由民主党の衆議院議員(12期)。
井出 正一(いで しょういち、1939年6月20日 - 20… 井出 正一(いで しょういち、1939年6月20日 - 2018年9月2日)は、日本の実業家、政治家。橘倉酒造代表取締役会長。 衆議院議員(3期)、厚生大臣(第77代)、新党さきがけ代表(第2代)を歴任。 父は内閣官房長官や農林大臣、郵政大臣を務めた元衆議院議員の井出一太郎。作家の井出孫六は叔父。衆議院議員の井出庸生は甥。 長野県南佐久郡臼田町(現:佐久市)生まれ。長野県野沢北高等学校、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。大学では中国経済を研究していた。大学卒業後は、政治家である父・井出一太郎に代わって家業の酒造業の経営に携わる。 1986年、父・一太郎の引退に伴い、父の支持者から要請を受け、第38回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で旧長野2区から立候補し、初当選した。
髙野 宏一郎(たかの こういちろう、1939年4月27日 -… 髙野 宏一郎(たかの こういちろう、1939年4月27日 - )は、日本の政治家。初代新潟県佐渡市長(2期)。 新潟県佐渡市出身。慶應義塾大学商学部卒業。 佐渡テレビジョン代表取締役社長、マルゴ味噌代表取締役社長等を経て、2000年真野町長に就任。 2004年佐渡市初代市長に就任。2期8年務め、2012年任期満了に伴い退任。 現在は「曽我さん母娘を救う会」顧問を務める。
細田 重雄(ほそだ しげお、1938年(昭和13年)2月11… 細田 重雄(ほそだ しげお、1938年(昭和13年)2月11日 - )は、日本の政治家、元島根県議会議員(14期)。 島根県松江市出身。1963年、慶應義塾大学法学部卒。衆議院議員細田吉蔵の秘書、自由民主党島根県支部連合会青年部長、会社役員などを経て、1967年、島根県議会議員選挙に初当選し、以来6期務める。1981年に副議長、1987年に議長に就任する。 1989年の参議院選挙に自民党公認で島根県から立候補したが、現職の成相善十も無所属で立候補したため、保守は分裂となり、この年の参院選はリクルート事件や消費税導入など、自民党にはかつてない逆風が吹き荒れ、落選した。 1991年に県議に復帰。2019年まで8期連続当選する。
石原 健太郎(いしはら けんたろう、1937年8月25日 -… 石原 健太郎(いしはら けんたろう、1937年8月25日 - 2020年7月5日)は、日本の元政治家。位階は従四位。 衆議院議員(3期)、参議院議員(2期)、新自由クラブ国会対策委員長、通商産業政務次官(第1次海部内閣)、参議院選挙制度に関する特別委員会委員長、衆議院国会等の移転に関する特別委員会委員長などを歴任。 父石原幹市郎、母石原三起子の長男として生まれる。幼少期は内務官僚だった父とともに東京都、北海道、大阪府、福島県等で過ごした。福島時代には父親が福島県知事を務めている。 慶應義塾大学法学部卒業後は日本勧業銀行に入行するが、1年足らずで退職。北海道大学農学部研修生になり、福島県福島市荒井に入植して酪農業を営んだ。
橋本 龍太郎(はしもと りゅうたろう、1937年(昭和12年… 橋本 龍太郎(はしもと りゅうたろう、1937年(昭和12年)7月29日 - 2006年(平成18年)7月1日)は、日本の政治家、登山家。位階は正二位。勲等は大勲位。学位は法学士(慶應義塾大学)。岡山県総社市名誉市民。剣道錬士六段。
永井 英慈(ながい えいじ、1937年(昭和12年)6月2日… 永井 英慈(ながい えいじ、1937年(昭和12年)6月2日 - 2021年(令和3年)3月5日)は、日本の政治家。位階は従四位。 元衆議院議員(3期)。群馬県勢多郡赤城村(現・渋川市)出身。 永井は川崎市北部を主な営業地域とするスーパーマーケットチェーン、永井商店(現・ナガイ)の経営者一族の一員で、地域住民への知名度は以前から高かった。
稲留 照雄(いなとめ てるお、1937年(昭和12年)2月1… 稲留 照雄(いなとめ てるお、1937年(昭和12年)2月10日 - )は、日本の政治家。元大阪府泉南市長。 大阪府出身。1959年(昭和34年)慶應義塾大学文学部哲学科卒業。 1974年(昭和49年)以来、泉南市長に3選。1986年(昭和61年)8月、落選した。その後、2004年(平成16年)まで泉南市議会議員を務めた。
河合 常則(かわい つねのり、1937年1月10日 - 20… 河合 常則(かわい つねのり、1937年1月10日 - 2017年9月7日)は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(1期)。富山県東礪波郡城端町(現南砺市)出身。 1955年、富山県立福野高等学校、1961年、慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業。卒論は「日本中小商業の一分析視角」。1964年、城端町議会議員に当選。以後連続3期務める。1975年、富山県議会議員に当選。以後8期連続務める。1991年には富山県議会議長に就任。 2004年7月、第20回参議院議員通常選挙に自民党公認で富山県選挙区に立候補し初当選。額賀派に所属する。 2005年8月8日の郵政民営化法案の参議院本会議採決では反対票を投じ、1年間の党役職資格停止のペナルティを受けるが、後に賛成に転じた。
久野 隆作(くの りゅうさく、1936年(昭和11年)8月1… 久野 隆作(くの りゅうさく、1936年(昭和11年)8月17日 - 2010年(平成22年)6月22日)は、日本の政治家。神奈川県三浦市長(4期)。 神奈川県出身。1959年、慶應義塾大学法学部卒。1963年、三浦市議会議員に初当選。4期務め、1985年、三浦市長に初当選する。1989年と1993年は無投票当選。1997年の市長選挙では元市議の小林一也らを破って4選。2001年に引退した。2007年春の叙勲で旭日中綬章受章。 2010年6月22日、クモ膜下出血のため神奈川県横須賀市の横須賀市立うわまち病院で死去、73歳。死没日をもって従四位に叙される。
吉岡 静夫(吉岡 靜夫、よしおか しずお、1936年〈昭和1… 吉岡 静夫(吉岡 靜夫、よしおか しずお、1936年〈昭和11年〉5月21日 - 2023年〈令和5年〉7月2日)は、日本の政治家。元新潟県糸魚川市長(1期)。 新潟県糸魚川市出身。慶応義塾大学法学部(通信制)中退。1958年(昭和33年)糸魚川市役所に入り、26年間勤務する。1984年(昭和59年)に退職。タウン誌を発行する。糸魚川市議会議員を3期務めた。 1997年(平成9年)糸魚川市長選挙に立候補するが、元市議会議長の山田紀之に敗れて落選した。※当日有権者数:-人 最終投票率:78.40%(前回比:-pts) 2001年(平成13年)に再び立候補し、現職を破って初当選する。同年11月5日に市長に就任した。
亀井 善之(かめい よしゆき、1936年〈昭和11年〉4月3… 亀井 善之(かめい よしゆき、1936年〈昭和11年〉4月30日 - 2006年〈平成18年〉5月12日)は、日本の政治家。衆議院議員(自民党、9期)。位階は正三位。 運輸大臣(第1次橋本内閣)、農林水産大臣(第1次小泉内閣・第2次小泉内閣)を歴任した。 神奈川県中郡成瀬村(現伊勢原市)出身。亀井善彰の四男。 1955年(昭和30年)、神奈川県立湘南高等学校卒業。1962年(昭和37年)、慶應義塾大学経済学部卒業。大日本製糖、神糧物産でのサラリーマン生活を経て、父親の秘書となる。 1979年(昭和54年)、自由民主党から衆議院議員に初当選(当選同期に佐藤信二・保利耕輔・畑英次郎・麻生太郎・小里貞利・岸田文武・白川勝彦・丹羽雄哉・亀井静香・吹田愰・宮下創平・船田元など)。
加賀見 俊夫(かがみ としお、1936年1月5日 - )は、… 加賀見 俊夫(かがみ としお、1936年1月5日 - )は、日本の実業家(株式会社オリエンタルランド代表取締役会長兼CEO)、慶應義塾評議員。千葉県在住
桑原 敏武(くわばら としたけ、1935年(昭和10年)6月… 桑原 敏武(くわばら としたけ、1935年(昭和10年)6月22日 - )は、日本の政治家。元東京都渋谷区長(3期)。元東京都職員。 愛媛県立松山東高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、東京都庁入庁。 渋谷区教育委員会社会教育部長、渋谷区助役などを経て、2003年4月渋谷区長選挙に出馬し初当選。 2003年から2015年までの3期12年、渋谷区長を務めた。 区長就任中の2015年4月に、日本国内の自治体で初となる同性カップルの「パートナーシップ制度」を導入した。
安藤 嘉治(あんどう よしはる、1934年(昭和9年)10月… 安藤 嘉治(あんどう よしはる、1934年(昭和9年)10月22日 - 2007年(平成19年)6月6日)は、日本の政治家、実業家。愛知県知多市長。 愛知県出身。安藤梅吉の二男として生まれる。1958年(昭和33年)慶應義塾大学経済学部を卒業し、岡徳織布に入社。1971年(昭和46年)オカトクを設立し代表、のち会長を務める。ほか、1980年(昭和55年)金丸鉄工所会長、岡徳石油社長、日本綿スフ織物工業連合会会長、知多ロータリークラブ初代会長を歴任した。 1989年(平成元年)9月、知多市長に当選。2001年(平成13年)10月、引退した。