湯元 健一(ゆもと けんいち、男性、1984年12月4日 -… 湯元 健一(ゆもと けんいち、男性、1984年12月4日 - )は、日本の元レスリング選手(60kg級)。和歌山県和歌山市出身。日本体育大学助手。2008年北京オリンピック銀メダリスト。和歌山県立和歌山工業高等学校、日本体育大学卒業。身長165cm。 双子の弟・湯元進一(自衛隊)はロンドンオリンピックフリースタイル55kg級銅メダリスト。北京オリンピックでは兄健一の練習パートナーを務めた。 2007年1月28日、天皇杯全日本レスリング選手権大会 男子フリースタイル60kg級に出場し、決勝で井上謙二を下し優勝を果たした。なお、山本"KID"徳郁が出場し注目を集めた大会・階級でもあった。 2008年5月、ポーランドのワルシャワで開催された北京オリンピック出場権獲得予選最終ステージ第2戦にて男子フリースタイル60kg級で優勝を果たし、五輪出場権を獲得した。
肥後ノ城 政和(ひごのじょう まさかず、1984年11月5日… 肥後ノ城 政和(ひごのじょう まさかず、1984年11月5日 - )は、熊本県下益城郡城南町(現在の熊本市南区)出身で、木瀬部屋(閉鎖処分中は北の湖部屋)に所属した元大相撲力士。本名は緒方 政和(おがた まさかず)。身長180cm、体重146kg、血液型はA型。最高位は西十両9枚目(2014年3月場所)。 下益城城南中学校、熊本農業高校を経て日本体育大学体育学部武道学科に入学し、相撲部に入部。1年次から団体戦レギュラーとなったが、個人戦では3位が大学時代の最高成績だった。大学卒業後、熊本で教員になることを志していたが当時欠員が無かったため諦めた。一時はプロ入りを断念してアクアドームくまもとにスポーツインストラクターとして正規社員で勤務していた時期もあるが、仕事に追われて相撲の稽古が満足に出来ず、実業団の大会でも不本意な結果に甘んじたことが大相撲入りのきっかけとなった。
市野 育代(いちの いくよ、1984年10月10日 - )は… 市野 育代(いちの いくよ、1984年10月10日 - )は鹿児島県出身の女子バスケットボール選手である。富士通レッドウェーブ所属。ポジションはセンター。 福岡中村学園女子高校では主将として全国高等学校バスケットボール選手権大会(インターハイ)と全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(ウインターカップ)での準優勝に導く。 日本体育大学では、1年と4年で全日本学生バスケットボール選手権大会(インカレ)優勝を経験する。1年時にはユニバーシアードも経験。 2007年、富士通に入社。
早川 浪(はやかわ なみ、本名・関 浪〈せき なみ〉、韓国名… 早川 浪(はやかわ なみ、本名・関 浪〈せき なみ〉、韓国名:嚴 恵浪〈オム・ヘラン、엄혜랑〉、1984年10月6日 - )は、大韓民国・全州出身の日本のアーチェリー選手である。身長166cm、体重62kg。全北体育高校から日本体育大学体育学部体育学科卒業。妹である早川漣もアーチェリー選手。 小学校5年生からアーチェリーを始める。始めた当初はきつくて、僅か3日余りで辞めてしまった。しかしコーチの説得により、再びアーチェリーを始め、才能を開花しジュニア代表にも選出。その後、スポーツエリート校の全北体育高校に進学。全北体育高校卒業後、実業団に就職した。実業団時代にはヨーロッパジュニアグランプリ優勝、国内大会で銅メダルなどの成績を残す。
神田 聖馬(かんだ せいま、1984年9月21日 - )は、… 神田 聖馬(かんだ せいま、1984年9月21日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 兵庫県明石市出身。上宮太子高校時代には全日本高校選抜、日本体育大学時代には全日本B代表に選出されている。 2007年大学を卒業後、大分三好ヴァイセアドラーに入団。2008年チャレンジ!おおいた国体ではエースとして成年男子6人制初優勝に貢献した。 2010年7月、JTサンダーズへ移籍。同年度のV・サマーリーグ優勝に貢献、自身もMVPに選ばれた。2014年に引退し、JTでの社業に専念する。
東 直明(ひがし なおあき、1984年9月14日 - )は、… 東 直明(ひがし なおあき、1984年9月14日 - )は、熊本県出身の元ハンドボール選手。 日本体育大学時代の2006年に第18回男子世界学生ハンドボール選手権大会の日本代表に選出。 2007年に日本ハンドボールリーグの大同特殊鋼へ加入。 2009年の第50回全日本実業団ハンドボール選手権大会でベストセブンを受賞。 2011年の第1回社会人選手権ではベストセブンに選ばれた。 2016-17年シーズンからコーチを兼任することとなった。 2017-18年シーズン終了後に現役引退を発表した。 ※前身の実業団選手権を含む
村山 裕次(むらやま ゆうじ、1984年9月13日 - )は… 村山 裕次(むらやま ゆうじ、1984年9月13日 - )は、沖縄県浦添市出身の元ハンドボール選手、指導者。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)のザ・テラスホテルズ ラティーダ琉球でアナリストを務めている。 日本体育大学時代の2006年には全日本学生ハンドボール選手権大会で優秀選手(ベストセブン)に選出された。 2007年にFC琉球ハンドボール(現在の琉球コラソン)へ加入。 2008年からチームが日本ハンドボールリーグに参入し、村山は2008-09年シーズンでリーグトップの7mスロー得点(37得点)を記録。得点はリーグ2位の128得点を記録し、最優秀新人賞を受賞した。 2009-10年シーズンはリーグ10位の69得点を挙げ、7mスローはリーグ3位の22得点を記録した。
保科 光作(ほしな こうさく、1984年8月31日 - )は… 保科 光作(ほしな こうさく、1984年8月31日 - )は、日本の元陸上競技選手、現指導者。専門は長距離走。宮城県出身。東北高校、日本体育大学卒業。日清食品グループ陸上競技部でコーチを務めた後、2017年4月に慶應義塾大学競走部のヘッドコーチに就任。 2003年に日本体育大学に入学すると、同学年の上野飛偉楼・鷲見知彦・稲垣晃司とともに「1年生カルテット」として注目された。保科は2003年の出雲駅伝で、大学駅伝デビュー戦ながら3区で区間賞獲得。その後も卒業まで、日本体育大学の主力選手として大学三大駅伝で活躍する。個人のレースでは、大学1年時に出場した地元である宮城県開催の仙台国際ハーフマラソンで、1時間03分09秒というタイムで優勝を飾った。
米山 裕太(よねやま ゆうた、1984年8月29日 - )は… 米山 裕太(よねやま ゆうた、1984年8月29日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 埼玉県比企郡嵐山町出身。菅谷小学1年(嵐山ガッツジュニア)の時にバレーボールを始める。坂戸西高から大学バレーボール界の伝統校である日本体育大学に進学し卒業。大学4年生の時にキャプテンを務め活躍しインカレ第4位。その後、2007年東レアローズに入団。2012年から2015年まで東レアローズの主将を務めた。 第57回(2008年)黒鷲旗選抜大会では、ベスト6に選ばれた。 2009年、日本代表に初選出され、2010年、イタリアで行われた世界選手権に出場。 第60回(2011年)黒鷲旗選抜大会で優勝。黒鷲賞(最高殊勲選手)とベスト6に選ばれる。
早水 将希(はやみず まさき、1984年8月19日 - )は… 早水 将希(はやみず まさき、1984年8月19日 - )は、日本のプロバスケットボール指導者である。大阪府出身。 大阪府立大塚高校・日本体育大学を卒業後、幼児体操インストラクターを経て、2012年にJBL2のデイトリックつくばへ練習生として入団。 2013年に選手を引退し、NBLのつくばロボッツにてマネージャー就任、翌2014年にアシスタントコーチを務める。2015年1月退団。 2015年2月、ジュニア期アカデミー・プロ選手のオフ期活動の場として「ペネトレイトバスケットボールクラブ」を設立、代表に就く。同年、NBDLの東京八王子トレインズヘッドコーチに就任。プロクラブ化初年度のチームを率い、6位でシーズンを終える。
齋藤 裕俊(さいとう ひろとし、1984年8月12日 - )… 齋藤 裕俊(さいとう ひろとし、1984年8月12日 - )は、日本の男性総合格闘家。茨城県猿島郡出身。和術慧舟會GODS所属。 笑みを浮かべながら剛腕を振り回すファイトスタイルから、マヌーフと呼ばれている。 境町立境第二中学校、茨城県立境高等学校では、6年間、野球一筋。 2004年、日本体育大学在学中に、星野勇二が代表の和術慧舟會GODSに入門した。 2005年、JTC2005西関東大会で優勝し、JTC2005全国大会に出場。67kg未満級で優勝。決勝の相手は、同門の井上誠午。 2006年2月19日、パンクラスネオブラッド・トーナメントのライト級に出場。予選1回戦で奥山健太に勝利するも、準決勝で荒牧拓に敗れた。
上野 飛偉楼(うえの ひいろう、1984年8月9日 - )は… 上野 飛偉楼(うえの ひいろう、1984年8月9日 - )は、日本の元陸上競技(長距離)選手、タレント。熊本県鎮西高等学校、日本体育大学卒業。AVILLA STAGEに所属していた。熊本県玉名郡菊水町(現:和水町)出身。身長175cm 、58kg。 高校 5,000m 14分13秒3、3000mSC インターハイ出場、クロスカントリー 日本代表とマルチランナー(高体連陸上競技専門部記録)。大学 全日本大学駅伝 1年時 7区区間賞、箱根駅伝 1年時 6区区間10位(日本学生陸上競技連盟記録)。2005年(平成17年)箱根駅伝、この年の日体大は、強豪駒澤大学に負けて準優勝であった。上野を欠いた日体大はあと一歩のところで優勝を逃がした。
吉田 沙織(よしだ さおり、1984年7月19日 - )は、… 吉田 沙織(よしだ さおり、1984年7月19日 - )は、東京都出身の元バスケットボール選手である。現姓上吹越(かみひごし)。ニックネームは「リコ」。ポジションはガード。父は元東京日産のバスケットボール選手だった吉田康行。現アイシン ウィングス・元日本代表の吉田亜沙美は実妹。 東京成徳高校で1年よりインターハイに出場。 日本体育大学では3年でインカレ初出場。4年で主将を務めインカレ優勝とともに最優秀選手に選ばれる。 卒業後は日本航空に入社。背番号は妹と同じ「12」。2シーズン目で初先発。先発はその1試合にとどまるもそのシーズンは23試合出場。 2010年、エバラヴィッキーズに移籍。 2011年引退。
小林 訓也(こばやし のりや、1984年7月14日 - )は… 小林 訓也(こばやし のりや、1984年7月14日 - )は、日本の元ラグビー選手。 16歳からラグビーを始めた。 2003年、巻高校卒業後、日本体育大学に入る。 2007年、日本体育大学卒業後、ヤマハ発動機ジュビロ(現・静岡ブルーレヴズ)に加入。同年10月27日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節のトヨタ自動車ヴェルブリッツ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2009年、ワールドゲームズの7人制日本代表に選ばれた。 2010年、NTTコミュニケーションズシャイニングアークス(現・NTTコミュニケーションズ シャイニングアークス東京ベイ浦安)に加入。 2017年、三菱重工相模原ダイナボアーズに加入。
小林 幸司(こばやし こうじ、KOBAYASHI Koji、… 小林 幸司(こばやし こうじ、KOBAYASHI Koji、1984年4月30日 - )は、日本のソフトテニス選手。ポジションは前衛、篠原秀典とのペアでながらく日本代表を率いた。 神奈川県出身。 岡山理大付属高校ー日本体育大学-岡山理大付属ーミズノ。2004アジア選手権が国際大会初代表。
今西 郁瑠(いまにし かおる、1984年4月6日 - )は、… 今西 郁瑠(いまにし かおる、1984年4月6日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 千葉県船橋市出身。実姉がバレーボールをしていたのがきっかけで小学校2年生よりバレーボールを始める。市立船橋高校在学時は春高バレー等に出場。日本体育大学に進学し、4年次に同チーム主将を務めた。 2007年、プレミアリーグ・トヨタ車体クインシーズに入団。都築有美子とともに強烈なジャンプサーブが持ち味である。平成20年度天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会で初優勝に貢献した。2010年度よりチーム主将を務める。 2012年6月に現役を引退し社業専念。
矢野 貴章(やの きしょう、1984年4月5日 - )は、静… 矢野 貴章(やの きしょう、1984年4月5日 - )は、静岡県浜松市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・栃木SC所属。 ポジションはフォワード、ディフェンダー。元日本代表。 実兄の矢野晴之介は現在、日本体育大学サッカー部の監督を務める。 小学生時代はジュビロ浜北サッカースクールおよび静岡大学附属浜松サッカー少年団に在籍。中学生時代に在籍したヤマハジュビロSSではサイドバックを務めていたが、浜名高校在籍時にフォワードにコンバートされた。2001年にはU-17日本代表としてU-17世界選手権に出場し、5-1と大敗したフランス戦でゴールを決めた。2002年は、ジュビロ磐田の強化指定選手に登録された。 高校卒業時には4クラブから誘われた中からJ1・柏レイソルに入団。
橋本 亘司(はしもと こうじ、1984年3月12日 - )は… 橋本 亘司(はしもと こうじ、1984年3月12日 - )は、日本の整体師。元トレーニングジムインストラクター、フィジカルトレーナー、浜田市体育協会体操指導員、TBS『SASUKE』の有力選手。 サッカー、体操の経験があり、体操競技では関西高校時代にインターハイ出場。日本体育大学では全国入賞の経験を持つ。卒業後はジムインストラクター・スポーツインストラクター・フィジカルトレーナー・トップアスリートの専属トレーナーなどで活躍。また体操指導員として地元で子供たちの体操指導にあたっている。 『SASUKE』には第21回大会に予選会を勝ち上がって初出場。第24回大会にFINAL STAGEに進出し、現時点で10回の出場経験がある。
熊本 剛(くまもと たけし、1984年1月6日 - )は、兵… 熊本 剛(くまもと たけし、1984年1月6日 - )は、兵庫県高砂市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。兵庫県立西脇工業高等学校、日本体育大学卒業。大学卒業後はトヨタ自動車陸上長距離部に所属。現在は現役を退き、同部のコーチを務める。 駅伝の強豪校である兵庫県立西脇工業高等学校を経て日本体育大学に進学。なお、サンベルクスに所属していた北村聡と小学校から大学まですべて同じ学校に通っている。大学時代は箱根駅伝に4年連続出場。4年間すべて異なる区間を走り、その全てで区間順位一桁の走りをしている。(1年-7区4位/2年-4区4位/3年-2区6位/4年-10区4位) 大学卒業後、トヨタ自動車に入社。2011年元日のニューイヤー駅伝では最終区間7区を担当。
野田 裕子(のだ ゆうこ、1983年11月26日 - )は、… 野田 裕子(のだ ゆうこ、1983年11月26日 - )は、愛媛県出身の日本の元バスケットボール選手である。ポジションはガード。元日立ハイテク クーガーズ所属。 新居浜市立惣開小学校、新居浜市立西中学校、愛媛県立丹原高等学校、日本体育大学卒業。 小学校でバスケを始め、高校3年次にウィンターカップ準優勝となりベスト5に選ばれる。 大学4年次には主将を務めユニバーシアード日本代表に選出される。 2006年、日立ハイテクノロジーズに入社。2013年、引退。
平田 典靖(ひらた のりやす、1983年11月17日 - )… 平田 典靖(ひらた のりやす、1983年11月17日 - )は、富山県東礪波郡利賀村(現南砺市)出身のバドミントン選手。バドミントン日本代表ナショナルチームに選出されている。富山県南砺市立利賀中学校、富山県立高岡工芸高等学校、日本体育大学卒業。 富山県利賀村(現南砺市)に生まれる。 小学校時代は、野球に夢中だった。中学時代は、バドミントン部しかない小規模の学校だったためそのまま入部。中学3年生で県大会シングルス優勝。 高校時代は、ダブルスで前衛として大活躍をする。高校2年生で米隆夫(元トナミ運輸)と組んでインターハイで3位に。また、高校選抜で劉志遠と組んで全国優勝。 大学生時代は、日本体育大学で活躍。
高田 秀一(たかだ しゅういち、1983年10月13日 - … 高田 秀一(たかだ しゅういち、1983年10月13日 - )は、東京都板橋区中台出身のプロバスケットボール選手である。ポジションは、スモールフォワード/パワーフォワード。195cm、91kg。 13歳の時にバスケットボールを始める。中台中学校を卒業後、日大豊山高校に進学。最大の激戦区である東京都において、高校2年生(2000年)のウィンターカップ(16年ぶり3回目の出場)で初めて全国大会に出場。1回戦で熊本国付に敗れた。高校卒業後は、日本体育大学に進学。インカレなどで活躍するものの、大学4年生の時に大きな怪我を負ってしまう。 大学卒業後は三菱電機ダイヤモンドドルフィンズに入団し、プロ選手となったが、怪我のリハビリに大半を費やすこととなる。
松尾 香奈(まつお かな、現姓:大西(おおにし)、1983年… 松尾 香奈(まつお かな、現姓:大西(おおにし)、1983年10月8日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。ニックネームは「ヒロ」。北海道出身。現役時代のポジションはフォワードで、三菱電機コアラーズに所属していた。174cm、66kg。 札幌市立手稲西小学校でバスケをはじめ、手稲西中学校、札幌山の手高校を経て、日本体育大学に進学、バスケットボール部(フェニックス)に所属。在学中2大会連続でユニバーシアード日本代表にも選出される。 卒業後、三菱電機に入社。WIリーグルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞。 在籍当時はWリーグに昇格できずにいたが、2009年、入れ替え戦を制して来季Wリーグ昇格を決める。
田嶋 はる(たじま はる、1983年10月5日 - )は、日… 田嶋 はる(たじま はる、1983年10月5日 - )は、日本の女子キックボクサー。2008年にJ-GIRLSミニフライ級王座、2015年にWPMF世界ミニフライ級王座を獲得。 熊本県に生まれ、埼玉県小川町で育つ。中学では陸上競技部、高校ではバスケットボール部、日本体育大学では少林寺拳法部に所属。在学中にアクティブJに所属しキックボクシングを始める。 2007年3月31日に田島はるのリングネームでプロデビュー。東邦中学校に体育教師として赴任する傍ら、プロとして活動。 2007年9月9日、J-GIRLSミニフライ級新人王を獲得。 2008年3月2日の試合よりリングネームを田嶋はるに変更した。 2008年11月9日、紅絹を2-0判定で下し第2代J-GIRLSミニフライ級王者となった。
河野 将吾(かわの しょうご、1983年9月28日 - )は… 河野 将吾(かわの しょうご、1983年9月28日 - )は、埼玉県出身のサッカー選手。ポジションはFW。
速見 佑斗(はやみ ゆうと、1983年〈昭和58年〉9月27… 速見 佑斗(はやみ ゆうと、1983年〈昭和58年〉9月27日 - )は、日本の元体操選手。長崎県出身。関西高等学校、日本体育大学、徳洲会体操クラブ、日本オリンピック委員会。 2006年から神奈川県の徳洲会体操クラブに在籍、米田功・水鳥寿思などトップ選手が活躍する中、自身もオリンピックを目指した。2008年北京オリンピック代表選考後に選手を引退し、同クラブを退職する。日本代表のコーチを務めるが、宮川紗江選手への度重なる暴力により日本体操協会倫理規定違反による無期限の登録抹消・味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)への出入禁止処分を受けた。 2022年3月4日に日本体育協会へ再登録。 2018年8月15日、所属選手の宮川紗江に暴力(体罰)を振るったとして無期限登録抹消処分とされた。
小林 研也(こばやし けんや、1983年(昭和58年)8月2… 小林 研也(こばやし けんや、1983年(昭和58年)8月21日 - )は、日本の体操選手である。 大阪府富田林市出身。富田林市立明治池中学校、清風高等学校を経て、日本体育大学を卒業する。2006年アジア競技大会において、団体総合で銀メダルを獲得した日本チームの一員だった。
徳田 将至(とくだ まさよし、1983年7月11日 - )は… 徳田 将至(とくだ まさよし、1983年7月11日 - )は、大阪府出身の元プロ野球選手(投手)。
馬場 大拓(ばば だいたく、1983年6月30日 - )は、… 馬場 大拓(ばば だいたく、1983年6月30日 - )は、日本のバレーボール指導者。 兵庫県美方郡新温泉町出身。 兵庫県立浜坂高等学校から日本体育大学に進学し、1年生の6月から女子バレーボール部のコーチを務める。大学卒業後は日本体育大学大学院に進学。 神戸学院大学女子バレーボール部やベトナムのクラブチームのコーチを経て、2015年にJTマーヴェラスのコーチに就任。 2018年からは中田久美が監督を務める日本女子代表のコーチとなった。 2020年9月、埼玉上尾メディックスのコーチに就任。2024年5月の第72回黒鷲旗をもって退団。 2024年6月、PFUブルーキャッツ石川かほくの監督に就任した。
下川 めぐみ(しもかわ めぐみ、1983年5月31日 - )… 下川 めぐみ(しもかわ めぐみ、1983年5月31日 - )は、日本の女子プロゴルファー。環境ステーション所属。 神奈川県出身。ゴルフは10歳の時に始める。ゴルフ部の強豪校、神奈川県立厚木北高等学校から、日本体育大学に進学。大学2年の時にQTファイナルまで進み、プロ宣言をして大学を中退。2007年に3度目の挑戦でプロテストに合格。 弱点の飛距離を伸ばそうと多くの指導者に習うがなかなか成果が出ず、よく飛ばす若い選手の台頭もあって一時は引退まで考えていた。2014年に出会った北野正之プロの指導により、すぐに飛距離を30ヤードも伸ばす。その年、賞金ランキング47位となりプロ宣言から11年目にして初の賞金シード権を獲得する。
野口 大介(のぐち だいすけ、1983年〈昭和58年〉5月2… 野口 大介(のぐち だいすけ、1983年〈昭和58年〉5月26日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。北海道亀田郡七飯町出身。ポジションはパワーフォワード。3x3.EXE PREMIER・FUz HOKKAIDO.EXEに所属している。 幼稚園の頃からスキーを始め、七飯町立七飯中学校でバスケに転向し函館選抜に選ばれる。中1で既に身長は180cmあった。高校は東海大四高に進み、1年次より全国大会に出場。 大学は日本体育大学に進学。同期の大西崇範、新井靖明、与那嶺翼らとともに4年次にインカレ3位となる。 卒業後、大塚商会(現:越谷アルファーズ)を経て、2007年に高校時代の同期である菅原洋介とともにレラカムイ北海道に加入。
新井 靖明(あらい やすあき、1983年5月22日 - )は… 新井 靖明(あらい やすあき、1983年5月22日 - )は、東京都文京区出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。180cm、75kg。
地引 貴志(じびき たかし、1983年5月20日 - )は、… 地引 貴志(じびき たかし、1983年5月20日 - )は、茨城県出身の元ハンドボール選手、指導者。 守谷市立けやき台中学校時代の1998年に第7回JOCジュニアオリンピックカップでオリンピック有望選手に選ばれた。中学卒業後は茨城県立伊奈高等学校へ進学。 高校卒業後は日本体育大学へ進学し、2003年に第8回アジア男子ジュニア選手権の日本代表U-21に選出。 2006年に日本ハンドボールリーグの大同特殊鋼へ加入。同年は第18回世界男子学生選手権大会の日本代表U-24に選出された。 2011年は全日本社会人ハンドボール選手権大会でベストセブンに選ばれた。 2013年に日韓定期戦の日本代表に選出。 2014年は第16回男子アジア選手権に日本代表として出場。
斉藤 資(さいとう たすく、1983年5月17日 - )は、… 斉藤 資(さいとう たすく、1983年5月17日 - )は、岩手県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。180cm、77kg。bjリーグの大阪エヴェッサに2006-07シーズン所属し、シーズン終了後に引退した。
篠原秀典(しのはら ひでのり、1983年5月16日 - )は… 篠原秀典(しのはら ひでのり、1983年5月16日 - )は、日本のソフトテニス選手。ポジションは後衛、小林幸司とのペアでながらく日本代表を率いた。 群馬県渋川市出身。東京農大二高 - 日本体育大学。2005東アジア競技大会が国際大会初代表。
与那嶺 翼(よなみね つばさ、1983年5月13日 - )は… 与那嶺 翼(よなみね つばさ、1983年5月13日 - )は、沖縄県沖縄市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。 10歳でバスケットボールを始める。コザ中学校に進学後、全国中学校バスケットボール大会やジュニアオールスターに出場。1998年に全国中学校バスケットボール大会で優勝する。北中城高校時代にも全国大会を経験。日本体育大学に進学後はインカレで活躍。 2006年、大学卒業後、大分ヒートデビルズにドラフト外で入団。1年目からプレイオフ進出に貢献。2008年9月、チャレンジ!おおいた国体バスケットボール競技成年男子の部に佐藤博紀、君塚大輔と共に大分県選抜として出場したが初戦敗退。
高安 勇太朗(たかやす ゆうたろう、1983年4月27日 -… 高安 勇太朗(たかやす ゆうたろう、1983年4月27日 - )は、日本のラグビーユニオン指導者。ジャパンラグビーリーグワンヤクルトレビンズ戸田の監督及びGMを務めている。 2002年、水戸農業高校卒業後、日本体育大学に入る。 2006年、日本体育大学卒業後、ヤクルトレビンズ(現・ヤクルトレビンズ戸田)に加入。 2013年、現役引退後にヤクルトレビンズのコーチに就任。2016年、監督に昇格。
大西 崇範(おおにし たかのり、1983年4月3日 - )は… 大西 崇範(おおにし たかのり、1983年4月3日 - )は、日本の男子バスケットボール選手である。兵庫県加古川市出身。ポジションはパワーフォワード。身長195cm、体重100kg。2005年にパナソニックトライアンズに入部、2013年からは東芝ブレイブサンダース神奈川に移籍し、2015-16シーズンを最後に引退した。 両荘中学校、育英高校を経て日本体育大学に進学。インカレを経験する一方、ユニバーシアード日本代表に選出される。日本体育大学グリズリー2005年キャプテン。 卒業後、松下電器に入社。 2006年バスケットボール世界選手権の日本代表候補に選ばれた。 2007年にはユニバーシアード代表に選出される。
尾熊 栄輔(おぐま えいすけ、1983年3月30日 - )は… 尾熊 栄輔(おぐま えいすけ、1983年3月30日 - )は、日本の元陸上競技(マラソン)選手。 埼玉県川口市出身の元陸上選手。 埼玉栄高等学校、日本体育大学卒業。NTT西日本陸上競技部に所属していた。埼玉県川口市出身。身長168cm 、48kg。 高校から陸上競技を始め、埼玉栄高等学校、日本体育大学へ進学し、活躍。 大学卒業後はNTT西日本陸上部に所属し、2008年3月に引退した。 現國學院大学陸上部所属の尾熊迅斗の父親 2000年岐阜総体 5000m 予選3組 14位 15分11秒69 全国高等学校駅伝競走大会 第50回4位(4区区間3位23分57秒)、第51回9位(3区区間4位24分45秒)) 全国都道府県対抗駅伝大会 埼玉県代表 第5回10位(4区区間31位15分13秒)第6回3位(5区区間7位25分20秒) 2000年済州島国際マラソン2位 第33回全日本大学駅伝予選会 3組 19位 30分31秒92 第78回東京箱根間往復大学駅伝予選会 2位 個人全体31位 1時間1分2秒 (全大学1学年1位) 大阪実業団駅伝競走大会 (59回3位(4区区間3位9分48秒)60回3位(5区区間3位9分57秒))
丸山 桂里奈(まるやま かりな、1983年3月26日 - )… 丸山 桂里奈(まるやま かりな、1983年3月26日 - )は、日本の女子サッカー選手。身長163cm。ポジションはフォワード。日本体育大学体育学部体育学科卒業。ホリプロ所属。
森 渉(もり わたる、1983年2月25日 - )は、日本の… 森 渉(もり わたる、1983年2月25日 - )は、日本の俳優、タレント、YouTuber、経営者。本名同じ。神奈川県出身。元妻は声優の金田朋子。駒澤大学高等学校、日本体育大学体育学部社会体育学科卒業。アクロスエンタテインメント所属。身長172cm 体重65.7kg。 小学校1年次に器械体操を始め、小学5年次は野球をメインにしていたが、駒澤大学高等学校では体操競技で東京都代表に選出。卒業後は、一浪して日本体育大学に入学し、当初は体操部への入部を考えていたが、体操部はアルバイト禁止と知って、他の部を考えた時に、「1つの部に入ると1つの競技しか極められない」と思い、トライアスロン部に入部。その後、レストランのホールのアルバイトと並行しながら競技に打ち込み、大学3年次に主将を務め、2004年の全日本大学選抜トライアスロン大会にて団体準優勝などの記録を持つ。
琴欧洲 勝紀(ことおうしゅう かつのり、1983年2月19日… 琴欧洲 勝紀(ことおうしゅう かつのり、1983年2月19日 - )は、ブルガリア人民共和国(現在のブルガリア共和国)ヴェリコ・タルノヴォ州ヴェリコ・タルノヴォ市出身の元大相撲力士。佐渡ヶ嶽部屋に所属していた。身長202cm、体重155kg、握力120kg、血液型O型。本名は安藤 カロヤン(あんどう かろやん)。ブルガリア国籍時代の本名はカロヤン・ステファノフ・マハリャノフ(ブルガリア語:Калоян Стефанов Махлянов、ラテン文字転写例:Kalojan Stefanov Mahljanov)、愛称はカロヤン。得意手は右四つ・寄り・上手投げ。最高位は東大関。現在は年寄・鳴戸。鳴戸部屋の師匠を務めている。
有馬 香(ありま かおり、1983年1月28日 - )は、フ… 有馬 香(ありま かおり、1983年1月28日 - )は、フリーアナウンサー。 東京都出身。身長156cm。日本体育大学体育学部健康学科卒業。大学時代インカレチアリーディング競技で名門のVORTEXチアリーダー部に所属していた。2007年、タレントユニオンに所属しながら四国放送に契約アナウンサーとして入社。2009年3月に四国放送を退社、タレントユニオンとの契約も終了した。 その後、ジョイスタッフに移籍。2010年1月、文化放送の菊池雄星(埼玉西武ライオンズの選手)専属レポーターに就任。専属レポーター自体は1年限りで終了したが、「文化放送ライオンズナイター」のスタンドレポートは2012年度の公式戦終了まで務めた。
中嶋 敬春(なかじま たかはる、1983年1月2日 - )は… 中嶋 敬春(なかじま たかはる、1983年1月2日 - )は、長野県川上村出身の元スピードスケート選手である。 佐久長聖高等学校-日本体育大学-日体大研究員-十六銀行。 1998年全国中学校スケート大会3000mで優勝。 2000年の世界ジュニアスピードスケート選手権大会(フィンランド・セイナヨキ)で総合2位。2000年、2001年の全国高等学校スケート選手権大会スピード競技(インターハイ)1500mを連覇。 2002年ソルトレイクシティオリンピック代表に選ばれ、男子1500m23位となった。 2005年冬季ユニバーシアードでは1000mで金、1500mで銅メダルを獲得した。 2006年トリノオリンピック代表に選ばれ、男子1000m27位、男子1500m38位となった。
中瀬 卓也(なかせ たくや、1982年(昭和57年)11月1… 中瀬 卓也(なかせ たくや、1982年(昭和57年)11月19日 - )は、日本の体操選手である。滋賀県立栗東高等学校、日本体育大学卒、徳洲会体操クラブ、滋賀県大津市出身。 9歳で体操を始め、大津市立日吉中学校の時には全国中学生大会に出場し跳馬で優勝[いつ?]。滋賀県立栗東高等学校の在学中には、1999年(岩手県)、2000年(岐阜県)と高校総体個人総合二連覇。2000年全日本ジュニア体操競技選手権大会 個人総合・種目別(ゆか・つり輪)優勝。 2006年世界選手権オーフス大会に日本代表として出場。団体3位に貢献し個人総合6位と活躍。 2007年世界選手権シュトゥットガルト大会に日本代表団体メンバーとして出場。
寺島 武志(てらしま たけし、1982年11月4日 - )は… 寺島 武志(てらしま たけし、1982年11月4日 - )は、日本のセパタクロープレーヤー、日本代表男子チームの監督。 阪神酒販株式会社(阪神酒販Dee's TC)所属。 東京都足立区西新井出身 日本セパタクロー協会A指定強化選手。 2011年より本場タイのプロリーグ唯一の日本人選手として活動。 セパタクロープレーヤーになる以前はサッカー選手として街クラブの名門三菱養和にジュニア〜ユースまで籍を置き活動。 同期には本橋卓巳らがおり、ジュニアからジュニアユースに昇格し次第に出場機会が減るものの、チームは3年時に高円宮杯全日本ユース(U-15)サッカー選手権大会に於いて日本一に輝いた。 日本体育大学へ進学後、セパタクローと出会いセパタクロープレーヤーへ転向し、半年後に世界選手権の遠征メンバーに選出される。
山田 紘之(やまだ ひろし、1982年11月2日 - )は元… 山田 紘之(やまだ ひろし、1982年11月2日 - )は元陸上競技選手。愛知県豊川市出身。 愛知県立豊川工業高等学校-日本体育大学-コニカミノルタ陸上競技部所属。 箱根駅伝10区の元区間記録保持者。2005年の第81回箱根駅伝では最終10区で区間新記録の好走をしたが先頭を走っていた駒澤大学の選手を抜く事は出来ず、日本体育大学は準優勝に終わった。2008年ニューイヤー駅伝ではメンバーに選ばれ優勝に貢献した。2013年3月、コニカミノルタ陸上競技部を退部した。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
冨金原 徹(ふきんばら とおる、1982年10月18日 - … 冨金原 徹(ふきんばら とおる、1982年10月18日 - )は、神奈川県出身の元フットサル選手。ポジションはゴレイロ。フットサル日本代表。日本体育大学卒業。機動力に定評がある。 神奈川県出身。神奈川県立金井高等学校、日本体育大学卒業。2007年にFリーグが発足すると湘南ベルマーレに加入。2007年シーズン開幕戦のバサジィ大分戦でデビュー。2010-11シーズンは22試合出場2得点。 2009年にミゲル・ロドリゴが日本代表の監督に就任すると、東アジアフットサル選手権2009に出場。この大会で日本代表は若手を積極的に招集しており、冨金原の他には藤原潤と篠田龍馬が選ばれた。2010年には川原永光、藤原とともに2010 AFCフットサル選手権に出場。
北島 康介(きたじま こうすけ、1982年9月22日 - )… 北島 康介(きたじま こうすけ、1982年9月22日 - )は、日本の元競泳選手。アテネオリンピック並びに北京オリンピック100m平泳ぎ、200m平泳ぎの金メダリスト。
今鉾 一恵(いまほこ かずえ、1982年8月25日 - )は… 今鉾 一恵(いまほこ かずえ、1982年8月25日 - )は、日本の女子重量挙げ選手。埼玉県出身。主に75キロ級に出場する。陸上自衛隊、自衛隊体育学校に所属する自衛官であり、階級は三等陸佐。 埼玉栄高校から日本体育大学を経て2005年(平成17年)に陸上自衛隊に入隊し、自衛隊体育学校に所属。2005年のマカオで開催された東アジア競技大会でのトータル230キロは現在の女子75キロ級の日本記録である。 ウエイトリフティング世界選手権やアジア競技大会には出場しているが、オリンピック出場経験はまだない。 高校及び自衛隊体育学校の先輩に三宅敏博(三宅義行の次男)がおり、全日本女子チームヘッドコーチに就任した三宅から指導を受けたことがある。