板川 文夫(いたがわ ふみお、1946年〈昭和21年〉2月2… 板川 文夫(いたがわ ふみお、1946年〈昭和21年〉2月26日 - )は、日本の政治家。実業家。元埼玉県越谷市長(3期)。 埼玉県越谷市出身。明治大学法学部卒業。中小企業経営者団体理事長を経て、1997年(平成9年)民主・共産・社民・新社会の4党の推薦を受けて、越谷市長に当選した。2009年(平成21年)11月まで務めた。
明治大学:461人
板川 文夫(いたがわ ふみお、1946年〈昭和21年〉2月2… 板川 文夫(いたがわ ふみお、1946年〈昭和21年〉2月26日 - )は、日本の政治家。実業家。元埼玉県越谷市長(3期)。 埼玉県越谷市出身。明治大学法学部卒業。中小企業経営者団体理事長を経て、1997年(平成9年)民主・共産・社民・新社会の4党の推薦を受けて、越谷市長に当選した。2009年(平成21年)11月まで務めた。
北村 茂男(きたむら しげお、1945年(昭和20年)11月… 北村 茂男(きたむら しげお、1945年(昭和20年)11月8日 ‐ )は、日本の政治家。 環境副大臣(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、総務大臣政務官兼内閣府大臣政務官(第2次安倍内閣)、衆議院議員(4期)、衆議院農林水産委員長、第73代石川県議会議長、石川県議会議員(7期)を歴任した。藍綬褒章受章(地方自治功労)。 石川県輪島市出身。石川県立輪島高等学校を経て明治大学経営学部卒業[要出典]。 旧石川2区選出の衆議院議員稲村左近四郎の秘書を経て、29歳の時に石川県議会議員選挙に自由民主党から出馬し初当選。自民党石川県支部連合会会長や幹事長、政調会長、総務会長を歴任した。また県議会運営委員長、石川県議会最大会派「拓政会」の会長を務めた[要出典]。
鈴木 淳雄(すずき あつお、1945年11月7日 - )は、… 鈴木 淳雄(すずき あつお、1945年11月7日 - )は、日本の政治家。元愛知県東海市長(5期)。 愛知県知多郡内海町(現:南知多町)出身。愛知県立半田高等学校卒業。1968年(昭和43年)3月、明治大学政治経済学部経済学科卒業。同年4月、上野町役場に採用される。1969年(昭和44年)4月1日、上野町と横須賀町が合併し東海市が誕生、東海市職員となる。 2001年(平成13年)1月、東海市役所を退職。同年4月22日に行われた東海市長選挙に自民党・民主党・公明党・社民党の推薦を受けて出馬し初当選。投票率は46.44%。5月17日、市長に就任。 2005年(平成17年)、再選。2009年(平成21年)、無投票で3選。
佐久間 清治(さくま せいじ、1945年〈昭和20年〉11月… 佐久間 清治(さくま せいじ、1945年〈昭和20年〉11月2日 - 2025年〈令和7年〉1月7日)は、日本の政治家、元千葉県富津市長(3期)。 千葉県出身。明治大学法学部卒。 富津市議会議員を経て、2004年(平成16年)、富津市長選挙に立候補し、現職の白井貫を5000票余の差で破って、初当選する。 2008年(平成20年)は無投票で再選。 2012年(平成24年)の市長選挙は「雇用創出」「子育て支援」「安全安心なまちづくり」の3点を2期目の課題に挙げ、「雇用や子育て環境が充実すれば富津に人が残る」として、浅間山砂利採取場跡地への就労施設誘致、「待機児童ゼロ」を売りにした子育て環境整備に取り組む考えを示し、公認会計士の新人を破って三選した。
荻野 正直(おぎの まさなお、1945年(昭和20年)9月1… 荻野 正直(おぎの まさなお、1945年(昭和20年)9月13日 - )は、日本の政治家。元山梨県笛吹市長(2期)。 山梨県出身。明治大学農学部卒。地元で農園を経営し、石和町議会議員、同町長を経て、石和町は2004年に近隣町村との合併で笛吹市となる。合併後の笛吹市長選挙に立候補し、元県議と元御坂町長の2候補を破って当選する。2008年に再選。2012年の市長選挙では元農水官僚の倉嶋清次に敗れた。2016年の市長選挙に再び立候補したが、元県議の山下政樹に敗れ、返り咲きはならなかった(現職の倉嶋も落選した)。2018年 春の叙勲で旭日小綬章を受章。
山岸 正裕(やまぎし まさひろ、1945年4月29日 - )… 山岸 正裕(やまぎし まさひろ、1945年4月29日 - )は、日本の政治家。元福井県勝山市長(5期)、元福井県議会議員(2期)。 福井県勝山市出身。明治大学法学部卒業。 1995年(平成7年)4月の福井県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。1999年(平成11年)の県議選は自民党公認で立候補し無投票で再選。 2000年(平成12年)、勝山市長選挙に立候補し初当選。2016年(平成28年)、元市議の松村治門を小差でかわし5期目の当選を果たした。 2019年(令和元年)12月、翌年の市長選挙に不出馬を表明。 2021年(令和元年)11月3日、秋の叙勲において旭日中綬章を受章。 勝山市長在任中及び市長退任後に一度ずつ、えちぜん鉄道株式会社の代表取締役社長(初代、4代)を務め、2022年(令和4年)より同社取締役会長。
山田 英介(やまだ えいすけ、1945年4月6日 - 201… 山田 英介(やまだ えいすけ、1945年4月6日 - 2012年11月25日)は、日本の政治家・法律家。衆議院議員経験者(5期)。 1971年司法書士の試験に合格し開業、埼玉県第4区が新しい区割りとなって初の衆院選の1976年第34回衆議院議員総選挙同区から公明党新人として出馬も落選、1979年第35回衆議院議員総選挙で初当選(公明党新人代議士同期に木内良明)。1980年の第36回衆議院議員総選挙で落選し1983年の第37回衆議院議員総選挙で返り咲き、その後1993年の第40回衆議院議員総選挙まで連続4期、通算5期衆議院議員を務めた。93年内閣総理大臣指名選挙で細川護煕日本新党代表を持し政治改革政権発足で与党国会議員になる。
漆原 良夫(うるしばら よしお、1944年〈昭和19年〉11… 漆原 良夫(うるしばら よしお、1944年〈昭和19年〉11月18日 - )は、日本の政治家、弁護士。愛称は「うるさん」。 衆議院議員(7期)、公明党国会対策委員長、公明党中央幹事会会長(初代)、公明党顧問などを歴任した。 新潟県出身。新潟県立三条高等学校卒業後に大学進学のために上京。大学時代は住み込みで新聞配達をしながら勉学に励み、明治大学法学部を卒業した。 1968年、23歳で司法試験に合格(司法修習23期。同期に仙谷由人がいる)。 1971年、東京弁護士会に弁護士登録を行い、弁護士として活動。 1996年10月の第41回衆議院議員総選挙に比例北陸信越ブロックから新進党公認で出馬し、初当選。
牧島 功(まきしま いさお、1944年10月18日 - 20… 牧島 功(まきしま いさお、1944年10月18日 - 2025年2月27日)は、日本の政治家。第98代神奈川県議会議長。神奈川県政の重鎮として知られ、小泉純也・純一郎・進次郎と三代にわたって小泉家を支えた。娘は衆議院議員の牧島かれん。 横須賀市生まれ。横須賀高校を経て、1967年明治大学商学部卒業。小泉純一郎の弟と同級生だった縁から、小泉家の選挙運動に協力する。大学卒業後、1967年~1974年にかけて、小泉純也・純一郎の秘書を務めた。1975年横須賀市議会議員に初当選。同職を3期務めた後、1987年に神奈川県議会議員に初当選。9期務めた。2005年には、第98代神奈川県議会議長を務めた。県議引退後、まちづくり・人づくりコーディネーターとして活動したほか、FMブルー湘南の立ち上げに関与した。
山口 昇士(やまぐち のぶお、1944年10月14日 - 2… 山口 昇士(やまぐち のぶお、1944年10月14日 - 2024年9月3日)は、日本の政治家。元神奈川県箱根町長(5期)。 神奈川県小田原市出身。1967年(昭和42年)3月、明治大学商学部商学科卒業。同年9月1日、箱根町役場の事務員となる。 1993年(平成5年)3月31日、箱根町役場を依願退職。同年4月1日、箱根町助役に就任。2000年(平成12年)7月31日、助役を退任。 2000年(平成12年)11月15日、箱根町長に就任。2016年(平成28年)10月30日の選挙で5選。投票率は35.82%だった。 2021年、旭日小綬章受章。 2024年9月3日、死去。79歳没。
照山 俊一(てるやま しゅんいち、1944年〈昭和19年〉1… 照山 俊一(てるやま しゅんいち、1944年〈昭和19年〉10月3日 - )は、日本の政治家。元大分県国東市長(1期)。 大分県出身。明治大学農学部卒。国東町役場に入り、産業、企画の各課長、助役など経て、1999年〈平成11年〉国東町長に当選する。町長を2期務め、2006年〈平成18年〉合併により国東市が発足。合併後の市長選挙に立候補し、当選する。翌年収賄容疑で逮捕され、市長を辞職した。
長谷川 忠男(はせがわ ただお、1944年8月31日 - 2… 長谷川 忠男(はせがわ ただお、1944年8月31日 - 2020年12月20日[要出典])は、日本の政治家。山口県議会議員(柳井市選挙区選出)、同副議長、自由民主党山口県連幹事長を歴任した。
太田 安規(おおた やすのり、1944年(昭和19年)3月1… 太田 安規(おおた やすのり、1944年(昭和19年)3月17日 - )は、日本の政治家。元千葉県匝瑳市長(3期)。元八日市場市議会議員(4期)。 食品製造販売業のタイヘイ(本社:匝瑳市)創業者一族に生まれる。父は2代目の旧八日市場市長。千葉県立匝瑳高等学校、明治大学卒業。印刷業を営む。剣道教士七段。 31歳のときに旧八日市場市議会議員に就任。市議を4期務めたのち八日市場市長選挙に出馬するも落選。 2010年(平成22年)2月7日に行われた匝瑳市長選挙に出馬。後継指名はしないと述べていた現職の江波戸辰夫は選挙戦に入って方針転換し、太田を支援した。前市議の佐藤悟と前市議の石田勝一を破り初当選を果たした。
西村 伸一郎(にしむら しんいちろう、1944年(昭和19年… 西村 伸一郎(にしむら しんいちろう、1944年(昭和19年)1月24日 - 2011年(平成23年)7月19日)は、日本の政治家。高知県土佐清水市長(2期)。 高知県幡多郡清水町(現・土佐清水市)出身。明治大学政経学部卒。日本社会党に入り、高知県本部県民生活部長を務め、土佐清水市議会議員となる。1979年、高知県議会議員となり、2期務める。1998年の第18回参議院議員通常選挙に高知県選挙区から無所属(民主党、社会民主党推薦)で立候補したが、落選した。2000年の第42回衆議院議員総選挙において高知3区から社会民主党公認で立候補したが、落選した。2001年の土佐清水市長選挙に立候補し、現職の杉村章生を破って当選した。
原 正夫(はら まさお、1943年(昭和18年)12月1日 … 原 正夫(はら まさお、1943年(昭和18年)12月1日 - )は、日本の政治家。郡山市長(2期)、福島県議会議員(4期)を務めた。存命中の最年長で最古参の郡山市長経験者である。 福島県郡山市出身。郡山市立橘小学校、郡山市立郡山第三中学校、福島県立安積高等学校卒業。1966年、明治大学商学部商学科卒業。 青年会議所での活動を経て、1981年、郡山市議会議員選挙に初当選し2期務める。 1991年、福島県議会議員選挙に初当選。2003年に4期目の当選を果たす。県議時代は自民党に所属した。 2005年4月10日執行の郡山市長選挙に無所属で立候補。前自民党県議の佐藤憲保も立候補したため保守分裂選挙となった。
石井 直彦(いしい なおひこ、1943年〈昭和18年〉9月1… 石井 直彦(いしい なおひこ、1943年〈昭和18年〉9月16日 - 2026年〈令和8年〉3月1日)は、日本の政治家。勲等は旭日双光章。埼玉県行田市長(1期)、行田市議会議員(3期)を務めた。 群馬県藤岡市出身。野村證券に在籍中に明治大学商学部商学科に入学し卒業。島忠に転職し店舗開発を担当したが、経営方針で対立して30歳で退職。そろばん塾を開いた。 2003年(平成15年)、行田市議会議員選挙に立候補して初当選。市議1期目のときに明治大学大学院で学ぶ。2007年(平成19年)、行田市長選挙に立候補するも候補者4人中最下位で落選。この選挙で初当選したのは元市職員の工藤正司であった。 2011年(平成23年)、市議に返り咲く。
細川 律夫(ほそかわ りつお、1943年〈昭和18年〉8月8… 細川 律夫(ほそかわ りつお、1943年〈昭和18年〉8月8日 - )は、日本の政治家、弁護士。 厚生労働大臣(第13代)、厚生労働副大臣(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、衆議院決算行政監視委員長、同環境委員長、衆議院議員(7期)、第89代裁判官弾劾裁判所長、民主党国会対策委員長代理などを歴任した。 高知県吾川郡吾北村(のちの高知県吾川郡いの町)出身。高知学芸高等学校を経て、1966年、明治大学法学部を卒業。卒業後、司法試験に合格し、1974年に弁護士登録(埼玉弁護士会)。1981年、越谷総合法律事務所を開設。大森勧銀事件の被告人の弁護を手がけ、冤罪を晴らし逆転無罪を勝ち取った。 その後、2回連続で総選挙に立候補するが落選。
小林 多門(こばやし たもん、1943年(昭和18年)4月2… 小林 多門(こばやし たもん、1943年(昭和18年)4月24日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、東京都議会議員(3期)、八王子市議会議員(3期)を務めた。 山梨県大月市出身。1967年明治大学政治経済学部卒業。大学時代は明治大学の雄弁部に所属していた。小山省二衆議院議員秘書を経て、八王子市議会議員を3期務めた後、東京都議会議員(自由民主党)を3期務めた。 1996年の第41回衆議院議員総選挙で東京24区から立候補して初当選。衆議院議員時代は自由民主党の宏池会に所属していた。2000年(平成12年)の第42回総選挙でも立候補したが、比例東京ブロックでも復活出来ず落選した。自然を大切にし蛍を復活させる会の会長。
坪川 禮巳(つぼかわ ひろみ 1943年4月15日 - )は… 坪川 禮巳(つぼかわ ひろみ 1943年4月15日 - )は、広島県議会議員(1991~2007年、2011~2015年)を5期務めた政治家。 学校法人清水ヶ丘学園 理事長。 明治大学 在学中、自由民主党学生部幹事長(学生部長は橋本龍太郎)に就任。
松原 忠義(まつばら ただよし、1943年〈昭和18年〉2月… 松原 忠義(まつばら ただよし、1943年〈昭和18年〉2月8日 - )は、日本の政治家。東京都大田区長を4期、大田区議会議員を3期、東京都議会議員を3期務めた。 2010年、京浜急行電鉄は全てのエアポート快特が京急蒲田駅を通過するダイヤへの改正を計画したが、大田区は京急蒲田駅の高架化工事の一部費用を負担したため、松原は京急のダイヤ改正に苦言を呈し、ダイヤ改正前日の5月15日に行われたエアポート快特の京急蒲田駅通過に反対する集会に出席した。 2018年11月の大田区議会本会議において、(政治倫理の確立のための大田区長の資産等の公開に関する条例により、資産等報告書の作成が義務づけられているにもかかわらず)「過去2回退職金を受領されたが、資産公開の資産のところに退職金相当の金額が計上されていない。
森田 武雄(もりた たけお、1942年〈昭和17年〉12月1… 森田 武雄(もりた たけお、1942年〈昭和17年〉12月17日 - )は、群馬県出身のフリースタイルのレスリング選手、元館林市議会議員である。階級は62kg級。 群馬県館林市羽附出身。赤羽中学校を経て群馬県立館林高等学校に入学。レスリング部に入部し3年時には関東大会優勝、国体で3位に入賞した。明治大学入学後は4年時に全日本学生選手権で優勝を果たす。 明治大学を卒業して館林高校教員になると、1965年の世界選手権フェザー級(60kg級)で3位となった。1966年の全日本選手権では2位だったが、1967年には優勝を飾った。しかし、1968年のメキシコオリンピックには出場できなかった。1969年の世界選手権では62kg級に出場して高校の教員でありながら優勝を成し遂げた。
星野 勝司(ほしの かつじ、1942年〈昭和17年〉7月15… 星野 勝司(ほしの かつじ、1942年〈昭和17年〉7月15日 - )は、日本の政治家。元神奈川県座間市長(6期)。 神奈川県座間市出身。明治大学商学部を卒業。座間市議会議員に3期在任。1984年(昭和59年)より2008年(平成20年)まで6期・24年間、第3代座間市長を務めた。 2013年2月11日、海老名市オークラホテルにて旭日中綬章受章の祝賀会が行われた。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
山口 幸太郎(やまぐち こうたろう、1942年(昭和17年)… 山口 幸太郎(やまぐち こうたろう、1942年(昭和17年)4月10日 - )は、日本の政治家。元北海道千歳市長(5期)。元北海道議会議員(3期)、元千歳市議会議員(2期)。
寺内 靖治(てらうち せいじ、1941年8月24日 - )は… 寺内 靖治(てらうち せいじ、1941年8月24日 - )は、日本の政治家・元地方公務員。北海道石狩市出身。北海道石狩町(現・石狩市)長(1980年-1994年)。 北海道札幌西高等学校、明治大学経済学部卒業。寺内弓道具店役員、石狩町議会議員を経て、1980年に新自由クラブ単独推薦・無所属で石狩町長に当選。3回目の挑戦での初当選だった。選挙戦では新自由クラブの河野洋平代表代行や土谷享道連代表が応援に訪れた。また横路孝弘は高校の同級生であり、日本社会党代議士時代から応援に駆けつけていた。町長は連続5期務め、石狩新港の建設に手腕を発揮した。 1994年に収賄で逮捕、町長を辞任した。翌1995年7月、裁判所から有罪判決を受けた。
武信 弘隆(たけのぶ ひろたか、1941年〈昭和16年〉4月… 武信 弘隆(たけのぶ ひろたか、1941年〈昭和16年〉4月12日 - 2001年〈平成13年〉7月2日)は、日本の政治家。福岡県山田市(現・嘉麻市)長(2期)。 福岡県出身。1965年、明治大学文学部卒。同年、丸栄産業に入社、1967年に武信建設機械を創業する。山田市議会議員を経て、1993年、山田市長に立候補し、現職の松岡正文を破って当選する。1997年の市長選挙でも再選された。2001年7月、現職のまま死去した。自宅にて首吊り自殺。
今井 清二郎(いまい せいじろう、1940年〈昭和15年〉1… 今井 清二郎(いまい せいじろう、1940年〈昭和15年〉12月28日 - )は、日本の政治家。富岡市長を務めた。群馬県出身。 高校卒業後に東京ガス株式会社に就職し、夜学で明治大学商学部産業経営学科で学び、1965年に卒業。1969年にタルヤ建設に入社する(のち専務取締役)。その後、青年会議所での活動を経て、1991年9月8日の富岡市市長選に立候補する(当時50歳)。当時現職で3選をかけて立候補した広木康二との一騎打ちとなった。選挙戦は保守系同士の争いとなり、福田康夫、中曽根康弘両元総理大臣、小渕恵三自民党幹事長(当時)の3系列が入り混じる乱戦であったが、広木は小渕系と中曽根系の大半から支持を受け、「市政の継続」を訴え、3期目を「8年間の市政の集大成」として、工場の誘致実績や計画中の美術館、博物館の建設といったこれまでの成果を市民にアピールした。
田野井 一雄(たのい かずお、1940年10月12日 - )… 田野井 一雄(たのい かずお、1940年10月12日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の横浜市会議員(10期)。第37代横浜市会議長。 神奈川県横浜市港南区生まれ。横浜市立桜岡小学校、関東学院六浦中学校・高等学校、明治大学文学部を卒業。 青年会議所に所属しており、1983年には横浜青年会議所理事長に就任している。政界入りを考えはじめたのは、横浜市会議員の松村千賀雄に市議選への出馬を打診されたことがきっかけだが、青年会議所の活動に専念するために一度は辞退をしている。その後1983年に、横浜市会議員選挙に港南区から立候補し、定数6のうち5番目の得票数(8642票)で初当選。1999年には横浜市会議長に就任し、2002 FIFAワールドカップの誘致に尽力した。
山口 敏夫(やまぐち としお、1940年〈昭和15年〉8月2… 山口 敏夫(やまぐち としお、1940年〈昭和15年〉8月29日 - )は、日本の元政治家。埼玉県東松山市出身。父は元衆議院議員の山口六郎次。ニックネームは「政界の牛若丸」「珍念」「隙間政治家」。 衆議院議員(10期)、労働大臣(第47代)、新自由クラブ幹事長(第3代)を経て、政治団体国民主権の会代表。 埼玉県立松山高等学校を経て、明治大学法学部法律学科に進学するが、在学中に父・六郎次が死去。1963年に卒業し、労働省職員を経て、石田博英の秘書を務める。 1967年の第31回衆議院議員総選挙に父・六郎次の後継者として旧埼玉県第2区から無所属で出馬し初当選するが、当時最年少の26歳で話題になった。
石川 道政(いしかわ みちまさ、1940年〈昭和15年〉8月… 石川 道政(いしかわ みちまさ、1940年〈昭和15年〉8月28日 - )は、日本の政治家。実業家。元岐阜県美濃市長。美濃市名誉市民。旭日中綬章受章。 岐阜県武儀郡美濃町(現・美濃市)出身。明治大学商学部卒業。美濃市議会議員を経て、1995年(平成7年)美濃市長に当選。5期目の途中で辞職した。ほか、石川紙業社長を務めた。 在任中は市町村の合併問題や学校再編、伝統的建造物群保存地区の整備、美濃病院の移転・安定経営、テクノパークへの企業誘致、道路や上下水道、ケーブルテレビなどの基盤整備、道の駅美濃にわか茶屋の整備などに尽力した。
佐藤 征治郎(さとう せいじろう、1939年7月11日 - … 佐藤 征治郎(さとう せいじろう、1939年7月11日 - )は、日本の政治家、さいたま市議会議員(1期)、元埼玉県岩槻市長(第13代・第14代〈最終〉)、元社会民主党埼玉県議会議員(4期)、元日本社会党岩槻市議会議員(3期)。 秋田県出身。明治大学法学部卒。1971年に岩槻市議選に日本社会党公認で立候補して初当選。1975年でも再選したが、1979年に岩槻市議を2期目の途中で辞して埼玉県議選に東8区(当時・選挙区域は岩槻市)から社会党公認で立候補して落選、1983年に再び埼玉県議選に東8区から立候補して落選する。だが、1987年に岩槻市議選に8年振りに立候補して復帰当選した。1991年、岩槻市議を通算3期目の途中で辞して、埼玉県議選に東8区から3度目の立候補で初当選を果たし、1995年でも再選。
大城 伸彦(おおしろ のぶひこ、1939年〈昭和14年〉4月… 大城 伸彦(おおしろ のぶひこ、1939年〈昭和14年〉4月7日 - )は、日本の政治家。元静岡県伊豆市長(1期)。 明治大学工学部卒。東芝に入り、東芝テック三島工場長などを務めた。2001年静岡県修善寺町長に当選。2004年修善寺町は近隣3町と合併し、伊豆市が誕生。合併後の市長選挙に当選した。市長を1期務める。2008年退任した。
松本 和那(まつもと かずな、1939年(昭和14年)3月1… 松本 和那(まつもと かずな、1939年(昭和14年)3月14日 - )は、日本の政治家、実業家。 衆議院議員(2期)、千葉県議会議員(6期)、株式会社マツモトキヨシ会長を務めた。千葉県東葛飾郡(現:松戸市)出身。 ドラッグストアチェーン大手「マツモトキヨシ」の創業者である父・松本清の長男として千葉県東葛飾郡(現:松戸市)に生まれる。明治大学商学部を卒業後、マツモトキヨシ入社。その後、同社の役職を歴任し、1975年には社長に就任する。その傍ら、同年に千葉県議会議員に初当選、6期務める。 1996年の第41回衆議院議員総選挙で自由民主党から千葉7区で立候補し、初当選。小渕派→橋本派に所属する。2000年の加藤の乱の際には主流派閥に属しながら内閣不信任決議を欠席した。
今泉 利拓(いまいずみ としひろ、1939年〈昭和14年〉2… 今泉 利拓(いまいずみ としひろ、1939年〈昭和14年〉2月9日 - 2024年〈令和6年〉6月16日)は、日本の元政治家。元茨城県行方郡潮来町(現在の潮来市)長(3期)。元潮来市議会議員(6期)。 1962年に明治大学法学部を卒業した。同年、NHKに入り、報道局社会番組ディレクターとなる。 1983年に退職し、同年行われた潮来町長選挙に立候補し、当選する。潮来町長を3期務める。 1995年に団体役員の今泉和に敗れて落選した。同年10月に町内の業者から賄賂を受け取った贈賄容疑で妻と逮捕された。翌年6月水戸地裁で懲役2年6か月、執行猶予3年、追徴金400万円の判決を受けた。控訴しなかったため、刑が確定した。
柴谷 光謹(しばたに みつなり、1939年〈昭和14年〉1月… 柴谷 光謹(しばたに みつなり、1939年〈昭和14年〉1月10日 - 2007年〈平成19年〉7月6日)は、日本の政治家。大阪府八尾市長(第5代、2期)。大阪府議会議員(4期)、八尾市議会議員(3期)を務めた。 大阪府八尾市出身。明治大学農学部卒業。1961年(昭和36年)日本バルカー工業(現バルカー)に勤務。 1967年4月28日の第6回統一地方選挙で日本社会党から立候補。八尾市安中町を拠点に選挙運動を展開し、28歳で八尾市議会議員に初当選した。 以後、市議3期12年を務め、知名度をもとに1983年4月10日の第10回統一地方選挙で大阪府議会議員に鞍替えし初当選。以後、府議4期16年を務めた。
藤波 彰(ふじなみ あきら、1938年(昭和13年)4月20… 藤波 彰(ふじなみ あきら、1938年(昭和13年)4月20日 - 2008年(平成20年)3月26日)は、日本の政治家。埼玉県八潮市長(3期)。 埼玉県南埼玉郡八潮村(のち八潮町、現・八潮市)出身。明治大学商学部卒。サラリーマン生活を経て、1972年、藤波商事を設立する。1981年、八潮市議会議員に当選。1989年、八潮市長に当選し、3期務める。2001年、市長を退任する。2008年死去。全国生涯学習まちづくり協会副理事長、やしお生涯学習まちづくり理事長などを務めた。2008年(平成20年)3月26日死去、69歳。死没日をもって旭日小綬章追贈、正五位に叙される。
高橋 一夫(たかはし かずお、1937年(昭和12年)6月1… 高橋 一夫(たかはし かずお、1937年(昭和12年)6月18日 - )は日本の政治家。元新潟県三条市長(3期)。 新潟県出身。明治大学工学部卒。卒業後は金物卸会社を経営する。1999年三条市長選挙に立候補し、現職の候補を破って初当選する。2003年の市長選挙では無投票で再選。2004年に7・13水害が発生。市内に大きな被害が生じた。2005年に三条市は南蒲原郡栄町と下田村が合併し、新しい三条市が誕生した。高橋は合併後の市長選挙に出馬しない考えだったが、河川改修の責任があるとして、合併後の市長選挙に出馬、無投票で当選した。翌2006年9月25日に10月17日付で市長職を辞職する考えを明らかにした。
荒木 勇(あらき いさむ、1937年(昭和12年)5月20日… 荒木 勇(あらき いさむ、1937年(昭和12年)5月20日 - )は、日本の政治家。弁護士。元千葉県習志野市長。旭日中綬章受章。 佐賀県出身。明治大学法学部卒業。 東京弁護士会常任議員を経て、1991年(平成3年)習志野市長に当選。2011年(平成23年)まで務めた。 2014年 春の叙勲で旭日中綬章を受章
保坂 司(ほさか つかさ、1937年3月3日 - 2018年… 保坂 司(ほさか つかさ、1937年3月3日 - 2018年1月21日)は、山梨県甲府市出身の元サッカー選手、サッカー指導者、政治家。 積翠寺温泉(甲府市)の旅館「古湯坊 坐忘庵」の保坂家の22代目であり、サッカーは山梨県立甲府第一高校の3年次より始めた。当初はウィングであったが、その後にGKにポジションを変更し、同年の第9回国民体育大会では準優勝を経験した。進学した明治大学でもサッカー部に所属、1年次よりスタメンに定着した。 大学卒業後は古河電工サッカー部に入部。古河では実業団初となる天皇杯獲得に貢献した。 1960年11月6日の韓国代表戦で日本代表として初出場。1964年の東京五輪でもレギュラーと目されていたが、大会直前の遠征で手を骨折してしまい、横山謙三にポジションを譲る事になった。
諸里 正典(もろさと まさのり、1937年(昭和12年)1月… 諸里 正典(もろさと まさのり、1937年(昭和12年)1月18日 - 2015年(平成27年)8月27日)は、日本の政治家。新潟県十日町市長(2期)。 新潟県出身。1960年、明治大学法学部卒。卒業後は日刊スポーツ新聞社に入る。1年で退社し、睦織物に入社、その後社長となる。1979年、十日町市長に当選する。1983年に再選する。1985年、2期目途中で辞任。翌1986年の新潟県知事選挙に立候補するが落選。1990年の第39回衆議院議員総選挙で新潟3区から立候補(無所属)したが落選した。1995年の新潟県議会議員選挙に立候補したが落選した。2014年、旭日双光章を受章。2015年死去。
中尾 義孝(なかお よしたか、1936年〈昭和11年〉11月… 中尾 義孝(なかお よしたか、1936年〈昭和11年〉11月25日 - 2008年〈平成20年〉6月4日)は、日本の政治家。広島県竹原市長(3期)。 広島県竹原市出身。明治大学法学部卒業。中尾醸造に入社し、同社専務、社長となる。1987年(昭和62年)竹原商工会議所会頭に就任した。 1990年(平成2年)1月14日の竹原市長選挙に立候補して、新人1人を破って初当選を果たした。 ※当日有権者数:-人 最終投票率:80.73%(前回比:-pts) 同月、第4代市長に就任した。市長を3期務めた。2002年(平成14年)1月13日に退任した。2008年に死去した。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
七尾 晶一朗(ななお しょういちろう、1936年8月18日 … 七尾 晶一朗(ななお しょういちろう、1936年8月18日 - 1998年10月)は、日本の政治家。富山県氷見市長(2期)。位階は従五位。勲四等瑞宝章。 富山県出身。明治大学商学部卒。氷見市議会議員、富山県議会議員を経て、1990年氷見市長選挙に立候補し、現職を破って初当選する。1994年無投票で再選。市長は1998年まで務めた。同年10月に死去。死没日付をもって従五位に叙され、勲四等瑞宝章を追贈された。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
本田 維憲(ほんだ これのり、1936年5月6日 - )は、… 本田 維憲(ほんだ これのり、1936年5月6日 - )は、日本の政治家。元大分県速見郡日出町長(2期)。株式会社ハーモニーランド監査役、株式会社日出ハイテック代表取締役社長を歴任。 1936年(昭和11年)5月6日、大分県直入郡松本村(現・竹田市)で軍医をしていた本田文生と妻[歯科医師]千枝の三男として生まれる。 大分県立竹田高等学校、明治大学政治経済学部政治学科卒業。1960年(昭和35年)に株式会社ラジオ大分(現・株式会社大分放送)に入社。秘書部長、総務局長等を歴任し、1994年(平成6年)に大分放送を退職。この間、1975年(昭和50年)に日出町に移住。 1996年(平成8年)に民間出身として初めて日出町長に当選(一期)。
御法川 英文(みのりかわ ひでふみ、1936年4月3日 - … 御法川 英文(みのりかわ ひでふみ、1936年4月3日 - 2003年4月24日)は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員を4期務めた。秋田県仙北郡田沢湖町(現・仙北市)出身。秋田県立大曲農業高等学校を経て明治大学政治経済学部卒業。衆議院議員・御法川信英は長男。 自由民主党職員を経て、1975年に仙北郡選挙区から秋田県議会議員に初当選。3期務めた後、衆議院議員選挙に立候補。2度目の立候補となる1990年の第39回衆議院議員総選挙で初当選。1996年の総選挙以降は、自民党の村岡兼造衆議院議員とコスタリカ方式で比例区と小選挙区から2回おきに交互に立候補することで合意し、中選挙区(旧秋田2区)時代2期、比例選出2期を含め連続4期当選。
岩崎 泰也(いわさき やすや、1936年〈昭和11年〉3月1… 岩崎 泰也(いわさき やすや、1936年〈昭和11年〉3月1日 - 2019年〈平成31年〉3月31日)は、日本の政治家。大分県津久見市長。 大分県出身。1958年(昭和33年)明治大学政経学部政治学科卒業。 1967年(昭和42年)から大分県議会議員に4選。1981年(昭和56年)7月14日から1982年(昭和57年)7月16日まで同第46代議長を務めた。1983年(昭和58年)津久見市長に当選した。2003年(平成15年)の選挙には立候補しなかった。同年、12月25日に退任した。 市長退任後は、大分県森林再生機構理事長などを務めた。
笹川 堯(ささがわ たかし、新字体:笹川 尭、1935年〈昭… 笹川 堯(ささがわ たかし、新字体:笹川 尭、1935年〈昭和10年〉10月5日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(7期)、国務大臣(総合科学技術会議担当)、科学技術政策担当大臣、衆議院議院運営委員長(第68代)、自由民主党総務会長(第47代)、自由民主党群馬県連会長などを歴任した。現在は、求人代行、アウトソーシング会社の株式会社Hitotechnologyの名誉会長に就任。 父は元衆議院議員で日本船舶振興会創設者の笹川良一。弟は日本財団会長の笹川陽平。三男に衆議院議員の笹川博義。 東京都文京区生まれ。明治大学付属中野高等学校卒業。明治大学法学部に進学するも1956年に中退。1954年より全国モーターボート競走会に勤務。
山本 栄彦(やまもと たかひこ、1935年〈昭和10年〉9月… 山本 栄彦(やまもと たかひこ、1935年〈昭和10年〉9月6日 - 2023年〈令和5年〉4月9日)は、日本の政治家。第58代山梨県知事(2003年2月 - 2007年2月)、第33-35代山梨県甲府市長(1991年4月 - 2002年12月)。 明治大学経営学部を卒業。県経営者協会勤務の後、家業の旅館業を継ぐ(後述)。 伯父の山本達雄は元甲府市長で、自身も1991年4月に市民グループの公募に応じる形で甲府市長選挙に立候補。自民党の支援も得て初当選を果たし3期11年務める。この間、山梨県市長会長(1994年11月 - 1996年6月、2002年6月 - 2002年12月)・全国市長会副会長(1995年1月 - 1995年6月)・全国首長連携交流会会長(1997年4月 - 1999年5月)を歴任した。
花川 與惣太(はなかわ よそうた、1935年〈昭和10年〉4… 花川 與惣太(はなかわ よそうた、1935年〈昭和10年〉4月21日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日中綬章。 東京都北区長(5期)、東京都議会議員(5期)、北区議会議員(3期)を務めた。「與」は「与」の旧字体であるため、媒体によっては「花川 与惣太」と表記されることもある。 岩手県釜石市出身。明治大学政治経済学部、明治大学大学院政治経済研究科修了。1971年(昭和46年)、北区議会議員に初当選。区議を3期務めたのち、1985年に東京都議会議員に初当選した。都議を5期務め、自由民主党に所属した。 2003年4月27日執行の北区長選挙に立候補し、新人2人を下し初当選した。同日、区長に就任。 2019年4月21日執行の区長選では、元都議の音喜多駿、共産党推薦の川和田博らを破り、5期目の当選を果たした(花川:65,807票、音喜多:54,072票、川和田:22,213票)。
横江 金夫(よこえ かねお、1934年〈昭和9年〉6月22日… 横江 金夫(よこえ かねお、1934年〈昭和9年〉6月22日 - 2025年〈令和7年〉2月3日)は、日本の政治家。元日本社会党衆議院議員(1期)、元愛知県議会議員(4期)。 愛知県名古屋市出身。1958年、明治大学法学部卒業。 24歳で下之一色漁業協同組合に入り、4年間組合長を務める。1963年、愛知県議会議員選挙に名古屋市中川区選挙区から日本社会党公認で立候補し初当選した。以後4期務め、この間社会党愛知県本部書記長や副委員長を歴任した。 1983年の第37回衆議院議員総選挙で旧愛知6区から立候補して初当選。1985年11月にはジャパンライフからの献金を巡って中曽根康弘内閣総理大臣を追及した。
野間 赳(のま たけし、1934年4月3日 - 2023年3… 野間 赳(のま たけし、1934年4月3日 - 2023年3月11日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(2期)。第1次小泉内閣において、農林水産副大臣を歴任。 愛媛県今治市出身。愛媛県立今治西高等学校を経て、1957年明治大学政経学部政治学科を卒業。 1972年に愛媛県議会議員に初当選(連続6期)。 1990年に愛媛県議会議長に就いた後、1992年に第16回参議院議員通常選挙に愛媛県選挙区より立候補し当選。1998年第18回参議院議員通常選挙においても連続当選を果たす。2004年、政界から引退した。 2005年、旭日重光章受章。 2023年3月11日、老衰のため、死去した。88歳没。
千葉 卓朗(ちば たくろう、1934年3月8日 - 2011… 千葉 卓朗(ちば たくろう、1934年3月8日 - 2011年5月31日)は、日本のフェンシング選手、指導者、政治家。宮城県本吉郡本吉町長(4期)。 宮城県本吉郡本吉町(現在の気仙沼市)津谷松岡出身。実家は味噌醤油で知られるカネセン徳田屋。宮城県仙台第一高等学校、明治大学卒業。 仙台一高ではフェンシング部を創設。大学時代には、全日本選手権エペ3位、フルーレ5位の成績を収めている。 1955年、宮城県鼎が浦高等学校フェンシング班コーチに就任。同校にフェンシング同好会を発足させた顧問と共に、鼎が浦高校を宮城県高校総体団体・個人優勝に、さらにインターハイ団体優勝、1958年には4連覇に導いた。教え子には1964年東京オリンピック出場の大和田智子などがいる。