松野 正子(まつの まさこ、1935年7月12日 - 201… 松野 正子(まつの まさこ、1935年7月12日 - 2011年12月21日)は、日本の児童文学作家、翻訳家。本姓(夫姓)は小林。 愛媛県新居浜市生まれ。早稲田大学第一文学部国文科卒業後、コロンビア大学大学院で児童図書と図書館学を学ぶ。帰国後は創作・翻訳活動を行う。1987年、『りょうちゃんとさとちゃんのおはなし』で第34回産経児童出版文化賞大賞、『森のうそくいどり』他で第9回路傍の石幼少年文学賞受賞。創作活動のかたわら、住所地の吹田市を中心に、大阪YMCA専門学校などで講演活動を行った。梅花女子大学非常勤講師も務めた。 2011年12月21日、膵臓がんのために死去。76歳没。 主な作品に『ふしぎなたけのこ』(福音館書店)、『こぎつねコンとこだぬきポン』(童心社)、『かぎのすきな王さま』(童心社)、『かみなりのちびた』(理論社)、『こぎつねキッコ』シリーズ(小峰書店)などがあり、アリソン・アトリーなどの英米児童文学の翻訳書も多数てがけた。
鈴木 志郎康(すずき しろうやす、1935年5月19日 - … 鈴木 志郎康(すずき しろうやす、1935年5月19日 - 2022年9月8日)は、日本の詩人、映像作家。東京市江東区亀戸生まれ。本名・鈴木康之。 1952年頃から詩を書き始める。1954年、日本大学第一高等学校卒業、1961年3月、早稲田大学第一文学部仏文専修卒業。在学中の1959年に高野民雄と雑誌「青鰐」を刊行。1961年から1977年までNHKに16ミリ映画カメラマンとして勤務。 1963年頃から個人映画を作り始める。ジョナス・メカスの影響を受け、日記的な作品を多数制作。この年に詩集「新生都市」が発刊され、注目を浴びる。 1964年、天沢退二郎、渡辺武信、菅谷規矩雄、藤田治、彦坂紹男、秋元潔、山本道子、野沢暎、高野民雄とともに、雑誌「凶区」創刊。
三木 卓(みき たく、1935年5月13日 - )は、日本の… 三木 卓(みき たく、1935年5月13日 - )は、日本の小説家、詩人、翻訳家。日本芸術院会員。
平 龍生(たいら りゅうせい、1935年4月5日 - )は、… 平 龍生(たいら りゅうせい、1935年4月5日 - )は、日本の小説家。 兵庫県神戸市生まれ。本名・忠夫。早稲田大学第二文学部日本文学科卒。広告業界で働いたのち、1972年「真夜中の少年」でオール読物新人賞受賞(平忠夫名義)、1983年「脱獄情死行」で横溝正史賞受賞。以後、平龍生の名で小説を発表する。サスペンス、官能小説、ホラー、バイオレンスなどを主に手がける。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
飯田 章(いいだ あきら、1935年2月28日 - )は、日… 飯田 章(いいだ あきら、1935年2月28日 - )は、日本の作家。 東京市(現:墨田区)生まれ。早稲田大学第二政治経済学部卒業。 同人誌『文藝首都』に参加。1974年「迪子とその夫」で群像新人文学賞受賞。1987年「あしたの熱に身もほそり」で芥川賞候補。
李 恢成(り かいせい、イ・フェソン、이회성、1935年2月… 李 恢成(り かいせい、イ・フェソン、이회성、1935年2月26日 - 2025年1月5日)は、在日コリアンの小説家。1972年に芥川賞を受賞した。 樺太真岡郡真岡町に生まれる。父親は黄海北道、母親は慶尚北道の出身。1944年に母が病死、1945年の敗戦後、家族で日本人引揚者とともに樺太より脱出。、GHQによって長崎県大村市の収容所に収監された後、朝鮮への帰還を図ったが果たせず、札幌市に住む。このとき、樺太に姉を残留させたことが、その後の作品内でもトラウマとして残っていたことが語られている(在樺コリアン参照)。 北海道札幌西高等学校から、早稲田大学第一文学部露文科に進学。早稲田大学時代は留学生運動の中で活動していた。
今村 光一(いまむら こういち、1935年2月14日 - 2… 今村 光一(いまむら こういち、1935年2月14日 - 2003年)は、日本の死生・健康問題著作家、心霊主義者。 東京市大森生まれ。1955年早稲田大学文学部英文科中退。 死後の世界や生まれ変わりを信じる立場からの文筆活動と、健康・ガンに関する民間療法の著作、翻訳を行ったほか、千葉県で有機農法を営んだ。 オフィス今村(現在の自健会)主宰、月刊「ヘルスレター」を発行などを手掛けた。
牛島 秀彦(うしじま ひでひこ、1935年1月27日 - 1… 牛島 秀彦(うしじま ひでひこ、1935年1月27日 - 1999年7月12日)は、日本のノンフィクション作家、文芸評論家。 中華民国青島市にて生まれる。1953年佐賀県立佐賀高等学校卒業、1958年早稲田大学第一文学部東洋哲学科卒業、同年4月旺文社雑誌編集部入社。1969年3月旺文社退社、同年4月日本リーダーズ・ダイジェスト特別出版部入社。1974年2月日本リーダーズ・ダイジェスト退社、同年5月富士観光開発ハワイ入社、単身ハワイに渡り、8月には家族をハワイに呼び寄せる、1976年3月富士観光開発退社。1981年4月、東海女子大学文学部助教授(比較文化論、英米文化担当)。1985年4月、東海女子大学文学部教授。
阿刀田 高(あとうだ たかし、1935年1月13日 -)は、… 阿刀田 高(あとうだ たかし、1935年1月13日 -)は、日本の小説家。「奇妙な味」の短編で知られる。1993年から1997年まで日本推理作家協会会長、2007年から2011年まで日本ペンクラブ会長を務めた。文化功労者。山梨県立図書館名誉館長。 国会図書館司書を経て、『冷蔵庫より愛をこめて』(1978年)で作家に。『ナポレオン狂』(1979年)で直木賞を受賞。ブラックユーモアやミステリーを盛り込んだ短編の名手。ほかに『佐保姫伝説』(2009年)、『闇彦』(2010年)など。 東京生まれ。一人の兄と三人の姉の下で双子の兄として生まれるが、弟は1歳になる前に早世。両親は共に宮城県仙台市の出身だった。
中町 信(なかまち しん、1935年1月6日 - 2009年… 中町 信(なかまち しん、1935年1月6日 - 2009年6月17日)は、日本の小説家・推理作家。群馬県沼田市生まれ。早稲田大学第一文学部独文科卒業。本名は同じ字であきらと読む
八尋 舜右(やひろ しゅんすけ、1935年 - )は、日本の… 八尋 舜右(やひろ しゅんすけ、1935年 - )は、日本の歴史小説作家・ノンフィクション作家、詩人。平壌生まれ。早稲田大学文学部卒業。日本文芸家協会、日本ペンクラブ、日本現代詩人会会員。 人物往来社に入社、歴史雑誌『歴史読本』編集長、その後朝日新聞社東京本社出版局部長を経て作家となる。編集者としての傍ら小説や詩を書く。1978年(昭和53年)、歴史的人物の人生とその足跡を追ったシリーズの1冊、『高杉晋作 物語と史蹟をたずねて』にて本格デビュー、同シリーズを数冊手掛ける。また『風よ軍師よ落日よ』や『慶喜残暦』など、史実には忠実ながらも、歴史の不明の部分、謎の部分の解明に重きを置いた歴史小説を手掛ける。
水沢 渓(みずさわ けい、本名・阪本 遵 さかもと じゅん、… 水沢 渓(みずさわ けい、本名・阪本 遵 さかもと じゅん、1935年〈昭和10年〉 - 2009年〈平成21年〉6月4日)は、日本の経済評論家・作家・出版社代表取締役。 北海道函館市生まれ。早稲田大学第一政治経済学部政治学科卒業。山一證券入社。山一證券従業員労働組合執行委員を経て、社会福祉法人函館共愛会病院事務長となる。同会退会後、経済評論家・作家に転身。1989年、小説『巨大証券の犯罪』(健友館)がベストセラーとなる。 以後、経済小説やノンフィクション、医療問題、官僚腐敗、酒や食品に関する著書を多く手がける。 その傍ら東京都中野区野方にあった出版社健友館の代表取締役兼編集長となり、自身の著書のほかは主に医学専門書やアマチュア作家の自費出版作品を多く扱ったが、2004年6月、負債1億7000万円を抱えて倒産した。
井口 民樹(いぐち たみき、別名:井口 隆史、1934年12… 井口 民樹(いぐち たみき、別名:井口 隆史、1934年12月23日 -2022年10月7日)は、日本の作家・ノンフィクション作家。 大分県生まれ。早稲田大学卒。『産経新聞』、『週刊サンケイ』記者を経て1963年にフリーとなり、小説、ノンフィクションを書く。丸山ワクチンの擁護者。2012年に『安部磯雄の生涯 - 質素之生活 高遠之理想』(著者名は別名の、井口隆史)で、第60回 日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。
鈴木 銀一郎(すずき ぎんいちろう、1934年11月24日 … 鈴木 銀一郎(すずき ぎんいちろう、1934年11月24日 - 2021年1月6日)は、日本の作家、ゲームデザイナー。有限会社翔企画取締役。愛称は「G大佐」「(ヒゲの)大佐」「銀爺」など。妻を将軍と称していたために、「大佐」を名のったという。 日本におけるカードゲーム・ブームの火付け役となった『モンスターメーカー』シリーズのデザイナーとして知られるほか、ボードゲーム(ウォー・シミュレーションゲーム)、テーブルトークRPG(モンスターメーカー関連など)のデザインも手がけている。同じゲームデザイナーである鈴木一也は実子である。 1934年(昭和9年)11月24日、東京生まれ。早稲田大学高等学院卒、早稲田大学政治経済学部中退。
斎藤 吉見(さいとう よしみ、1934年10月2日 - 20… 斎藤 吉見(さいとう よしみ、1934年10月2日 - 2005年7月29日)は、日本の作家。齋藤 吉見名義もある。 静岡県生まれ。早稲田大学文学部仏文学科卒業。サラリーマン生活のかたわら小説を書き、1979年「倒産」が日経経済小説賞佳作入選。経済小説、歴史小説などを書いた。 2005年7月29日、脳梗塞のため70歳で死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
長部 日出雄(おさべ ひでお、1934年〈昭和9年〉9月3日… 長部 日出雄(おさべ ひでお、1934年〈昭和9年〉9月3日 - 2018年〈平成30年〉10月18日)は、日本の小説家、評論家。ミュージシャンの大友康平は甥。 青森県弘前市出身。弘前市第一大成国民学校、弘前市立第三中学校、青森県立弘前高等学校卒業。早稲田大学第二文学部哲学科を中退し、読売新聞社に入社。1957年『週刊読売』記者となる。大島渚、永六輔、野坂昭如、筒井康隆、小林信彦らをいち早く評価し、彼らと交友する[要出典]。その後退職し、雑誌『映画評論』編集者、映画評論家・ルポライターを経て、作家となる。 1973年『津軽じょんから節』と『津軽世去れ節』により、第69回直木賞を受賞。1979年『鬼が来た-棟方志功伝』により、第30回芸術選奨文部大臣賞を受賞。
甘糟 幸子(あまかす さちこ、1934年6月18日 - )は… 甘糟 幸子(あまかす さちこ、1934年6月18日 - )は、静岡県生まれのエッセイスト、作家、野草料理研究家。 1934年(昭和9年)、静岡県沼津市に生まれる。早稲田大学第二文学部露文科中退。在学中に東京大学新聞の第1回五月祭賞を小説で受賞。在学中より雑誌のフリーライターとして活動する。1960年(昭和35年)5月には向田邦子らと女性3人のフリーライター事務所「ガリーナクラブ」を開く。結婚後、娘のりり子が3歳の頃の1968年(昭和43年)3月末に横浜から鎌倉に移住。1974年(昭和49年)、通信社の人にすすめられて書いた食べられる野草についての新聞連載エッセイが好評となり、のちに『野草の料理』として本にまとめられる。
白井 愛(しらい あい、1934年2月5日 - 2005年2… 白井 愛(しらい あい、1934年2月5日 - 2005年2月20日)は、日本の作家、フランス文学者(浦野衣子)、翻訳家。 岸和田市生まれ。旧姓名・田島衣子。1956年医師・浦野元幸と結婚、浦野衣子となる。1966年早稲田大学大学院仏文学専攻博士課程退学。1969年浦野と離婚し戸籍名は田島に戻るが、公的に浦野衣子を名のる(徳島文理大学では「田島衣子」として勤務)。1979年『あらゆる愚者は亜人間である』を白井愛名義で発表。その際の共同事業者・夫は彦坂諦で、最期まで彦坂と一緒であった。
田草川 弘(たそがわ ひろし 1934年1月28日 - 20… 田草川 弘(たそがわ ひろし 1934年1月28日 - 2024年7月30日)は、日本の作家・ジャーナリスト。 東京都出身。東京都立新宿高等学校を経て早稲田大学第一文学部英文科卒業後、NHK記者、AP通信記者、東海大学教授を経てフリー・ジャーナリスト。 放送ジャーナリストエドワード・R・マローの評伝『ニュースキャスター』と、翻訳『マロー・ボーイズ』を刊行している。 『黒澤明VS.ハリウッド 「トラ・トラ・トラ!」その謎のすべて』(文藝春秋)で、第28回講談社ノンフィクション賞、第33回大佛次郎賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞、第57回芸術選奨文部科学大臣賞を、各受賞した。また映画本大賞2006(キネマ旬報)で、ベストワンに選出された。
松本 明(まつもと あきら、1934年1月22日 - 202… 松本 明(まつもと あきら、1934年1月22日 - 2022年7月18日)は、日本のテレビディレクター・プロデューサー・小説家である。京都市右京区出身。 1952年、京都府立嵯峨野高等学校を卒業し、1957年、早稲田大学第一文学部演劇科を卒業。同年6月、大映京都撮影所企画部に入社。同年末に退社。 大映退社後、大阪テレビ放送(のちにラジオ単営局だった朝日放送と合併)に移籍。演出部に配属され、フロアディレクターとして活躍後、1960年、『サンドイッチマン物語』の演出で正ディレクターとしてデビュー。『スチャラカ社員』、『てなもんや三度笠』といった公開コメディの先駆けとなった。 のちにドラマ部門に移籍し、『女の劇場』(帯ドラマ)、『近鉄金曜劇場』、『東芝日曜劇場』(当時のキー局であるTBS制作で、系列局も持ち回りで制作していた)などの単発ドラマをはじめ、マルチカメラのスタジオドラマに勝新太郎を起用した『悪一代』(1969年)、町工場を舞台にした庶民派喜劇『おやじ火山』(1970年)などを演出。
岩崎 隆治(いわさき たかはる、1934年 - )は、日本の… 岩崎 隆治(いわさき たかはる、1934年 - )は、日本の自己啓発書著作家。 長崎県生まれ。早稲田大学文学部卒、同大学大学院を経て、日本生産性本部、日本能率協会、ダイヤモンド社に勤務。 多くの自己啓発書を書いた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
こわせ たまみ(小和瀬 玉三、1934年〈昭和9年〉- )は… こわせ たまみ(小和瀬 玉三、1934年〈昭和9年〉- )は、日本の絵本作家、童話作家、作詞家、詩人。 1934年に埼玉県比企郡に生まれる。1957年早稲田大学第一商学部卒業。 この期、サトウハチロー主宰の木曜会に所属。コピーライターを経て、1960年以降、NHKの幼児番組の構成に参加しつつ作品を発表する。1960年、童謡同人誌「ピアノとペン」を創刊。1963年、おうちやすゆき・阪田寛夫・荘司武・関根榮一・鶴見正夫らとともに、新しい童謡の創作運動をめざして「6の会」を結成。1974年解散。 1982年、日本童謡協会に入会。事務局長、機関誌『季刊どうよう』編集長、副会長などを歴任し、現在は理事、広報委員。
山口 裕一(やまぐち ゆういち、1934年 -)は、日本の作… 山口 裕一(やまぐち ゆういち、1934年 -)は、日本の作家。 中国生まれ。早稲田大学理工学部卒業。NHK勤務を経て作家となる。
林 えいだい(はやし えいだい、本名・林 栄代〔しげのり〕、… 林 えいだい(はやし えいだい、本名・林 栄代〔しげのり〕、1933年12月4日 - 2017年9月1日)は、日本の記録作家。アリラン文庫主宰。強制動員真相究明ネットワーク呼びかけ人。 福岡県田川郡採銅所村(現・香春町)生まれ。神主だった実父は、脱走してきた朝鮮人炭鉱労働者を匿い、特高警察に検挙され、拷問の後間もなく死去した。林は2017年の新聞記事で「私を奮い立たせるものは何か。元をたどればそこに行き着く」と述べている。早稲田大学文学部在学中に荒畑寒村の「谷中村滅亡史」を読み社会主義運動に傾倒する。大学を中退し故郷に帰る。北九州市教育委員会などに勤めた後にフリーライターとなった。独立したのは37歳の時である。
石和 鷹(いさわ たか、1933年11月6日 - 1997年… 石和 鷹(いさわ たか、1933年11月6日 - 1997年4月22日)は、日本の小説家、編集者。本名は水城 顕(みずしろ あきら)。 埼玉県生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒。大学在学中から『早稲田文学』に小説を書き、後藤明生や森内俊雄の仲間だった。卒業後の1958年に集英社に入社、1972年『週刊プレイボーイ』編集長、1976年より85年まで文芸雑誌『すばる』の編集長を務め、石川淳の担当として『狂風記』『江戸文学掌記』などの晩年の代表作の執筆に貢献した。 編集者時代に深沢七郎と交流し、深沢の小説「秘戯」にやはり当時編集者だった嵐山光三郎とともに「水代(みずしろ)」という名前で登場する。 編集者としての活動の傍ら執筆を行い、1985年「掌の護符」(『早稲田文学』)で芥川賞候補、続いて「果つる日」で同候補、89年『野分酒場』で泉鏡花文学賞、95年『クルー』で芸術選奨文部大臣賞、97年『地獄は一定すみかぞかし』で伊藤整文学賞を受賞した。
本間 千枝子(ほんま ちえこ、1933年10月1日 - )は… 本間 千枝子(ほんま ちえこ、1933年10月1日 - )は、日本のノンフィクション作家、随筆家。 東京生まれ。早稲田大学文学部仏文科中退。早稲田大学4年の時にニューヨーク市立大学クイーンズ校に留学し、本間長世と知り合い結婚。その後4回、通算7年間の滞米生活を送る。 1982年、『アメリカの食卓』でサントリー学芸賞受賞。この時の肩書は主婦であった。その後次々と食を中心としたエッセイを書く。 画家・石垣栄太郎の記念美術館を建てる運動にも参加した。 三鷹市教育委員・委員長 (1994年〜2002年) のときに務めた三鷹の森ジブリ美術館理事、日本人のこころを考える会100人委員会委員を歴任。 またNPO法人「海のくに・日本」副理事長として魚食を中心とした食育にかかわり、日本酒と日本文化の普及や発展に尽くしたとして名誉唎酒師酒匠に任命された (第7回平成18・2006年)。
川崎 彰彦(かわさき あきひこ、1933年9月27日-201… 川崎 彰彦(かわさき あきひこ、1933年9月27日-2010年2月4日)は、日本の詩人、作家。 群馬県生まれ。兄は英文学者の川崎寿彦。太平洋戦争末期から滋賀県の農村で暮らす。滋賀県立八日市高等学校を経て、1958年早稲田大学第一文学部露文科卒。在学中は五木寛之、三木卓らと交流。北海道新聞函館支社記者として働きながら「新日本文学」「函館勤労者文学」に執筆。1965年「まるい世界」で第三回新日本文学賞佳作。1967年退社し、大阪府で作家生活に入る。大阪文学学校講師。
砂田 弘(すなだ ひろし、1933年5月26日 - 2008… 砂田 弘(すなだ ひろし、1933年5月26日 - 2008年3月20日)は、日本の児童文学作家、評論家。
荒巻 義雄(あらまき よしお、1933年4月12日 -)は、… 荒巻 義雄(あらまき よしお、1933年4月12日 -)は、日本の小説家、SF作家、推理作家、評論家、詩人。本名、荒巻邦夫、後に荒巻義雅と改名。『紺碧の艦隊』の大ヒットで、いわゆる架空戦記小説の世界を代表する小説家として広く知られている。静修女子大学(現・札幌国際大学)教授も務めた。 日本文芸家協会会員。日本SF作家クラブ会員。現代俳句協会会員(旭太郎名義)。 北海道小樽市で、荒巻山の名前の元になった、採石業を営む荒巻家に生まれる。荒巻によると荒巻家は平将門一門の末裔であり、両親は母方の祖父が小樽市色内町(現在の稲穂)で開いていた一万坪の採石場を継ぐため水戸市から移住してきたという。幼少期にはロース幼稚園というミッション系の幼稚園に通っており、その時に触れた聖書の世界観に影響を受ける。
加奈山 径(かなやま けい、1933年4月2日 - 2017… 加奈山 径(かなやま けい、1933年4月2日 - 2017年3月30日)は、日本の作家。 青森県生まれ。本名・金山虔。早稲田大学文学部卒。1971年「他人からの案内状」で文學界新人賞佳作。全作家協会常務理事、相談役。1993年『兎の復讐』で日本文芸大賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
石原 藤夫(いしはら ふじお、1933年〈昭和8年〉4月1日… 石原 藤夫(いしはら ふじお、1933年〈昭和8年〉4月1日 -)は、日本の小説家、SF作家、サイエンス・ライター、SF書誌研究家、通信工学者(工学博士)である。2000年ごろ、インターネット上で保守的な発言を始めた頃から、過去の自作に因んで“オロモルフ”と名乗り始めた。 ハードSF研究所、SF資料研究会主宰。日本文芸家協会、日本推理作家協会、日本SF作家クラブなどの会員。靖国神社崇敬奉賛会終身会員。元玉川大学教授。論文特許多数あり。 遠縁に社会主義者の沖野岩三郎。 東京府東京市(現在の東京都渋谷区原宿)生まれ。歯科医の長男としてうまれる。母親は同志社大学卒業で、吉屋信子の英語の家庭教師をしたこともある。
本田 靖春(ほんだ やすはる、1933年(昭和8年)3月21… 本田 靖春(ほんだ やすはる、1933年(昭和8年)3月21日 - 2004年(平成16年)12月4日)は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。 朝鮮・京城府生まれ。父は朝鮮総督府の役人で、後に日本高周波重工業に移った。会社では廉潔な管理職だったが、自宅では異様なほどに躾に厳しかったという。東京都立千歳高等学校、早稲田大学政治経済学部新聞学科卒業。高校時代の同級生に映画監督の恩地日出夫がいる。 1955年、読売新聞社に入社。直後から社会部に在籍、朝日新聞社の深代惇郎とは同じ警察担当記者として接点があった。1964年、売血の実態を抉った「黄色い血」追放キャンペーンでは、自らも山谷の売血常習者たちの列に並んで売血するなどの綿密な取材の効果あって大きな反響を呼び、献血事業の改善につながった。
生島 治郎(いくしま じろう、1933年1月25日 - 20… 生島 治郎(いくしま じろう、1933年1月25日 - 2003年3月2日)は、日本の小説家。本名は小泉 太郎(こいずみ たろう)。早川書房の編集者から作家に転じ、『追いつめる』で直木賞を受賞した。日本に正統ハードボイルドを移植した功労者の一人。 上海生まれ。1945年2月に長崎に引き揚げ、6月に母の郷里・金沢に移る。そのため、被爆を免れた。その後、父が横浜で職を持ったため横浜に転居した。 転居に伴い神奈川県立横浜第二中学校3年に編入した。学制改革により翌年(1948年)には神奈川県立横浜第二高校(現在の神奈川県立横浜翠嵐高等学校)へと改組された同校で4年間学ぶ。同期に青木雨彦と宮原昭夫がいた。
小林 信彦(こばやし のぶひこ、1932年12月12日 - … 小林 信彦(こばやし のぶひこ、1932年12月12日 - )は、日本の小説家、評論家、コラムニスト。中原 弓彦(なかはら ゆみひこ)の筆名も用いた。早稲田大学第一文学部英文学科卒業。血液型B型。 風間賢二は小林をさして「我が国における元祖おたく作家」と評した。 東京市日本橋区米沢町2-5(のちの東京市日本橋区両国18-5、現在の東京都中央区東日本橋2-18-5)に生まれる。江戸時代から9代続いた老舗和菓子屋「立花屋」の長男であった。 代々婿養子が跡を継ぐ家風であったが、やり手であった祖父は自分の息子に跡を継がせようと考えていた。だが、その「長男」(小林の父)は自動車の運転・修理が趣味であるようなモダンな趣味人であり、商人としては無能で後に小林の一家が没落する原因となった。
西条 道彦 (さいじょう みちひこ、1932年12月6日 -… 西条 道彦 (さいじょう みちひこ、1932年12月6日 - ) は、日本の作家、脚本家、小説家。日本脚本家連盟理事。本名、増成道彦。
黒須 紀一郎(くろす きいちろう、1932年11月3日 - … 黒須 紀一郎(くろす きいちろう、1932年11月3日 - )は、日本の作家。 千葉県生まれ。本名・孝治。1955年早稲田大学文学部卒業。日活株式会社入社。映像本部企画部長、テレビ本部企画部長を経て作家。伝奇歴史小説を書く。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
五木 寛之(いつき ひろゆき、1932年〈昭和7年〉9月30… 五木 寛之(いつき ひろゆき、1932年〈昭和7年〉9月30日 - )は、日本の小説家・随筆家。福岡県出身。旧姓は松延(まつのぶ)。日本芸術院会員。 第二次世界大戦での日本の敗戦に伴い少年期に朝鮮半島から引揚げ、早稲田大学露文科中退。作詞家を経て『さらばモスクワ愚連隊』でデビューした。『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞受賞。反体制的な主人公の放浪的な生き方(デラシネ)や現代に生きる青年のニヒリズムを描いて、若者を中心に幅広い層にブームを巻き起こした。その後も『青春の門』をはじめベストセラーを多数発表。1990年代以降は『大河の一滴』など仏教、特に浄土思想に関心を寄せた著作も多い。 1932年、教員の松延信蔵とカシエの長男として福岡県八女郡上妻村に生まれる。
松本 孝(まつもと たかし、1932年9月28日 -2016… 松本 孝(まつもと たかし、1932年9月28日 -2016年11月27日)は、日本の小説家。 東京府生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科卒。ルポライターを経て、1960年「夜の顔ぶれ」で直木賞候補になった。『週刊新潮』に「黒い報告書」を書いていた。のち官能小説家として活躍する。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
宮原 昭夫(みやはら あきお、1932年8月5日 - )は、… 宮原 昭夫(みやはら あきお、1932年8月5日 - )は、日本の小説家。1972年に第67回芥川賞を受賞した。 神奈川県横浜市生まれ。中学3年から神奈川県立横浜翠嵐高等学校にかけての同期に青木雨彦と生島治郎がいた(ただし宮原は高校在学中に胸を患って数年間休学している)。早稲田大学第一文学部露文科卒業。同人誌「木靴」に参加し、太宰治の門弟として知られる小山清に師事した。 1963年、『ごったがえしの時点』を出版。1966年、「石のニンフ達」で文学界新人賞を受賞して文壇デビューし、第56回芥川賞候補に挙がる。以後「やわらかい兇器」「待っている時間」でも同賞候補に挙がり、1972年、「誰かが触った」で第67回芥川賞受賞を果たした。
青島 幸男(あおしま ゆきお、1932年〈昭和7年〉7月17… 青島 幸男(あおしま ゆきお、1932年〈昭和7年〉7月17日 - 2006年〈平成18年〉12月20日)は、日本の政治家、小説家、作詞家、タレント、テレビ司会者、俳優、放送作家、映画監督、歌手。位階は正四位。 参議院議員(5期)、第二院クラブ代表(初代・第5代)、東京都知事(第13代)等を歴任した。 テレビ業界で当初は放送作家として成功し、高度成長期を歌った「スーダラ節」を作詞する。クレージーキャッツ主演の映画はもとより、『若大将シリーズ』などでも映画の主題歌を作詞した。主演したドラマ『いじわるばあさん』では国民的キャラクターとして定着し、小説を執筆すれば処女作『人間万事塞翁が丙午』が直木賞を受賞するなど、多才の人として知られ、「超マルチタレント」と呼ばれた。
鈴木 実(すずき みのる、1932年7月16日 - )は、日… 鈴木 実(すずき みのる、1932年7月16日 - )は、日本の児童文学作家、教育者。山形童話の会代表、羽陽学園短期大学非常勤講師。 山形県山形市出身。山形二中(現・山形県立山形南高等学校)の文芸部では芳賀秀次郎から教えを受ける。 早稲田大学第一政治経済学部および山形大学教育学部卒業。早大在学中に早大童話会に参加。古田足日らと交流を持つようになり、1953年に古田とともに県内文学界の中心で活動していた須藤克三を訪ね、地域の児童文学を盛んにするために山形童話の会を創立。同士とともに、「もんぺの子」を創刊した。「もんぺの子」は戦前、山形で綴り方教育を普及させた国分一太郎が学級文集として出していた「もんぺ」「もんぺの弟」にちなんだもの。
高井 有一(たかい ゆういち、1932年4月27日 - 20… 高井 有一(たかい ゆういち、1932年4月27日 - 2016年10月26日)は、日本の小説家。内向の世代の作家の一人。本名は田口哲郎(たぐち てつお)。日本芸術院会員。 祖父は角館町出身の小説家だった田口掬汀(たぐち きくてい)、父は画家の田口省吾(しょうご)、妻はジャーナリストの中村輝子。 父田口省吾、母信子の長男として、東京府北豊島郡長崎町(現・東京都豊島区)に生まれる。1943年祖父、父があいついで死去。1945年母妹とともに秋田県へ疎開するが、11月に母が死去し、母方の叔父最上孝敬に引き取られる。成蹊高等学校で中村草田男の授業を受け、1951年成蹊大学に進学した。1952年に早稲田大学第二文学部英文学科に編入し、1955年に卒業した。
後藤 明生(ごとう めいせい、1932年4月4日 - 199… 後藤 明生(ごとう めいせい、1932年4月4日 - 1999年8月2日)は、日本の小説家。本名は明正(あきまさ)。福岡県出身。 出版社勤務の傍ら作品を発表し、『人間の病気』で文壇に登場。「内向の世代」の一人に数えられ、実験的手法を用いた前衛小説を多く書いた。 朝鮮咸鏡南道永興郡生まれ。生家は植民地朝鮮の元山市で商店を営んでいたが、彼が中学に入学した年に敗戦となり、両親の故郷である福岡県に引き揚げた。その引き揚げの途中で父と祖母を失った。このことは作品の幾つかに散見される。旧制福岡県立朝倉中学校に転入し、早稲田大学第二文学部露文学科を卒業。大学在学中の1955年に「赤と黒の記録」で『文藝』の全国学生小説コンクールに入選。
田村 多津夫(たむら たつお、本名:田村 稔(たむら みのる… 田村 多津夫(たむら たつお、本名:田村 稔(たむら みのる)、1932年1月31日 - 2019年11月13日)は、大阪府大阪市出身の日本の脚本家、構成作家。 早稲田大学卒業後大学院に進み、飯島正に師事。日本のテレビ放送黎明期に、外国テレビ映画の翻訳のアルバイトなどを務めたのち、脚本家デビュー。 1960年代半ばから特撮・テレビアニメ・テレビドラマ・時代劇など多くの作品を執筆し活躍する。またそれと共に戯曲も多く手掛けた。 脚本家の弟子に富田祐弘がいる。 2019年11月13日、肺がんにより東京都内の自邸にて死去。87歳没。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
ロバートソン 黎子(ロバートソン れいこ、1932年 - 2… ロバートソン 黎子(ロバートソン れいこ、1932年 - 2020年)は、作家、ジャーナリスト。 現在の富山県高岡市能町生まれ。生家は古くからの地主であり、農地改革前は「三歩あるけば一歩は蒲田はんの地面」と言われるほどの土地を所有していた。富山県立高岡北部高等学校の同期に後の高岡法科大学学長吉原節夫がいた。東京外国語大学英語学科を経て1957年に早稲田大学第一政治経済学部卒業。岩波書店とNHKの採用試験にも合格したが、1957年、毎日新聞東京本社に入社。1年間の仙台支局勤務を経て、女性初の外信部記者となる。フルブライト奨学金を獲得し、1958年8月から日本人女性として初めてヴァージニア大学(国際関係論修士課程)に留学していた時、同大学医科大学院在学中に、宣教師の息子で高校時代にインドのダージリンで過ごした経験があるスコットランド系アメリカ人のトマス・リー・ロバートソンJrと知り合う。
永川 幸樹(ながかわ こうき、1932年- )は、日本のノン… 永川 幸樹(ながかわ こうき、1932年- )は、日本のノンフィクション作家、実業家。 長崎県生まれ。早稲田大学法学部卒業。新聞、雑誌記者などを経て、ノンフィクション作家になる。 1997年『善で動くべし! 実践の人・稲盛和夫』で日本文芸大賞・ノンフィクション賞受賞。 実業家の伝記や評論を執筆する。故郷・島原の「手延そうめん」業界の活性化にも貢献。
境野 勝悟(さかいの かつのり、1932年 - )は、日本の… 境野 勝悟(さかいの かつのり、1932年 - )は、日本の哲学者、東洋思想研究家、著作家。 神奈川県横浜市出身。浅野学園高等学校を経て、1955年、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。同年より、栄光学園で国語科教員として教鞭を執る。1973年、同校を退職。1973年、神奈川県大磯町に「道塾」を開設。1975年、駒澤大学大学院禅学特殊研究科博士課程修了。
藤原 宰太郎(ふじわら さいたろう、1932年 - 2019… 藤原 宰太郎(ふじわら さいたろう、1932年 - 2019年5月21日)は、日本の小説家、推理作家・研究者。広島県尾道市出身。本名は宰(おさむ)。広島県立尾道北高等学校を経て早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。推理研究家として多くの著作を刊行、他にも様々な活躍を続けた。 1968年3月にKKベストセラーズから刊行した『探偵ゲーム』を始め同様の推理クイズ本を量産し、推理クイズブームを創りだした。内容は、いわゆる殺人のトリック、密室なのにどうやって殺せたか、凶器はどこに隠したか、というものだった。これを見て該当する作品を読むという、ガイドブックのようなものとしても使用できるものであったが、一方でトリックがあらかじめ分かってしまうことも事実であった。
白石 一郎(しらいし いちろう、1931年(昭和6年)11月… 白石 一郎(しらいし いちろう、1931年(昭和6年)11月9日 - 2004年(平成16年)9月20日)は、日本の作家。「海洋時代小説」「海洋冒険小説」という新分野を切り開いた。 釜山の生まれで、本籍は壱岐市。終戦までは釜山、戦後は佐世保市で育つ。長崎県立佐世保北高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業。 大学在学中より、懸賞小説に応募を始め、民放のラジオドラマに投稿した「靴下の穴から」が三席に入選した。卒業後、ゴム会社に就職するが、半年で退職。父の経理事務所で働くかたわら、創作活動に励んだ。1955年、九州時事新聞社の懸賞に応募した「臆病武者」が一席入選、作家デビューを果たす。1957年、「みかん」で山岡荘八奨励賞を受賞、「雑兵」で第10回講談倶楽部賞を受賞。
富島 健夫(とみしま たけお、冨島は本名、1931年10月2… 富島 健夫(とみしま たけお、冨島は本名、1931年10月25日 - 1998年2月5日)は、日本の小説家。 当時日本領だった朝鮮の京城に生まれる。1945年敗戦とともに引揚げ、福岡県立豊津高等学校に学ぶ。1951年早稲田大学第一文学部仏文科入学。在学中に丹羽文雄の『文学者』同人となり、1952年同人誌第二次『街』を創刊、創作活動に入った。 1953年12月、『街』の代表として応募した『新潮』同人雑誌推薦特集に「喪家の狗」が掲載され、文壇にデビューする。同作は芥川賞の候補になった。卒業後、河出書房に勤務の傍ら、1956年に処女長編『黒い河』を同社より刊行する。1957年、河出書房の倒産を機会に、作家生活に入る。