スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
青木 成文(あおき しげぶみ、1922年(大正11年)4月1… 青木 成文(あおき しげぶみ、1922年(大正11年)4月14日 - 1996年(平成8年)5月10日)は、日本の原子力工学者。東京工業大学名誉教授。東京工業大学原子炉工学研究所所長や、日本伝熱学会会長、原子力委員会放射性物質安全輸送専門部会部会長、運輸省放射性物質等海上輸送技術顧問会会長などを歴任した。 現在の東京都港区出身。1945年東京工業大学機械工学科卒業。工学博士取得後、東京工業大学大学教授、東京工業大学原子炉工学研究所所長を経て、東京工業大学名誉教授、電力中央研究所研究顧問、日本原子力文化振興財団副理事長。日本伝熱学会会長、原子力委員会放射性物質安全輸送専門部会部会長、原子力委員会原子炉安全専門審査会委員、運輸省放射性物質等海上輸送技術顧問会会長なども歴任し、1993年に勲三等旭日中綬章を受章した。
松濤 明(まつなみ あきら、1922年〈大正11年〉3月5日… 松濤 明(まつなみ あきら、1922年〈大正11年〉3月5日 - 1949年〈昭和24年〉1月6日)は日本の登山家。
森永 晴彦(もりなが はるひこ、1922年 - )は、日本の… 森永 晴彦(もりなが はるひこ、1922年 - )は、日本の原子核物理学者である。
由良 三郎(ゆら さぶろう、1921年10月14日 - 20… 由良 三郎(ゆら さぶろう、1921年10月14日 - 2004年4月3日)は日本の推理作家である。
大森 荘蔵(おおもり しょうぞう、1921年8月1日 - 1… 大森 荘蔵(おおもり しょうぞう、1921年8月1日 - 1997年2月17日)は、日本の哲学者。東京大学名誉教授。 物理学から哲学に転向し、科学における哲学的問題の検証を目指した。物心二元論を否定し、独特の一元論による哲学体系を確立。著書に『言語・知覚・世界』(1971年)、『時間と存在』(1994年)などがある。 岡山県生まれ。東京府立一中から第一高等学校理科乙類を経て、1944年 東京帝国大学理学部物理学科を卒業。 1945年、海軍技術研究所三鷹実験所勤務。当初は物理学を志すも、科学における哲学的問題を問うため、哲学に転向。1949年、東京大学文学部哲学科を卒業する。はじめ現象学などを学ぶが、満足せずアメリカに留学。
力武 常次(りきたけ つねじ、1921年3月30日 - 20… 力武 常次(りきたけ つねじ、1921年3月30日 - 2004年8月22日)は、日本の地球物理学者。東京大学名誉教授、東京工業大学名誉教授。理学博士。
竹内 道雄(たけうち みちお、1921年3月17日 - 20… 竹内 道雄(たけうち みちお、1921年3月17日 - 2004年2月27日)は、日本の官僚。大蔵事務次官。
粟山 明(もみやま あきら、1921年1月23日 - 200… 粟山 明(もみやま あきら、1921年1月23日 - 2006年9月21日)は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員。衆議院議員を務めた粟山博は義父、同じく衆議院議員を務めた粟山秀は姉。
楠岡 豪(くすおか たけし 1920年12月15日 - )は… 楠岡 豪(くすおか たけし 1920年12月15日 - )は、日本の通産官僚。元通産省繊維雑貨局長。
江尻 宏一郎(えじり こういちろう 1920年9月1日 - … 江尻 宏一郎(えじり こういちろう 1920年9月1日 - 2015年4月21日)は、日本の実業家。三井物産第6代社長。神奈川県横浜市生まれ。位階は従三位。 父は三井物産勤務の商社マンだった。東京府立一中卒業後、柔道の力量を見込まれ第六高等学校に入学した。六高を経て、東京帝国大学法学部入学。中学時代から柔道部に所属し、六高、東大と通じてキャプテンを務めた。六高柔道部先輩に永野重雄、同部同期に亀長友義(参議院議員、農林事務次官)らがいた。同じクラスの石井多加三(国際電電社長、郵政事務次官)とは親友だった。1943年(昭和18年)9月、戦時中の折、東京帝大法学部を繰り上げ卒業し、父と同様三井物産入社。
肥田野 直(ひだの ただし、1920年7月9日 - )は、東… 肥田野 直(ひだの ただし、1920年7月9日 - )は、東京出身の日本の教育心理学者。東京大学・大学入試センター名誉教授、学校法人旭出学園理事長。
坂野 常和(さかの つねかず1920年6月14日 - 201… 坂野 常和(さかの つねかず1920年6月14日 - 2011年7月10日)は、日本の実業家。元日本化薬社長。元大蔵省証券局長。父は坂野常善(海軍中将)、叔父は坂野鉄次郎(逓信官僚)、岳父は原安三郎(日本化薬社長・会長)。
三根谷 徹(みねや とおる、1920年3月7日 - 2000… 三根谷 徹(みねや とおる、1920年3月7日 - 2000年9月5日)は、日本の言語学者。
飯田 庸太郎(いいだ ようたろう、1920年(大正9年)2月… 飯田 庸太郎(いいだ ようたろう、1920年(大正9年)2月25日 - 2002年(平成14年)9月9日)は日本の実業家、元三菱重工業社長・会長。元経済団体連合会副会長。三重県出身。
池永 次郎(いけなが じろう、1920年1月9日 - 201… 池永 次郎(いけなが じろう、1920年1月9日 - 2016年1月16日)は、日本の実業家。日魯漁業(現・マルハニチロ食品)の元社長。 東京府出身。東京府立第一中学(現・日比谷高校)四修卒を経て、水産講習所(現・東京海洋大学)卒業。一中ではのちにNHK経営委員長となる竹見淳一らと同期。日魯漁業入社。取締役を経て、1973年に常務、翌年に専務に就任するが、1975年に常務に降格。子会社の日魯工業社長を経て、1981年に日魯漁業に社長として復帰。1986年2月に会長、以後は相談役。
大内 淳義(おおうち あつよし、1919年10月10日 - … 大内 淳義(おおうち あつよし、1919年10月10日 - 1996年4月20日)は、元日本電気会長。
道正 邦彦(どうしょう くにひこ 1919年10月9日 - … 道正 邦彦(どうしょう くにひこ 1919年10月9日 - 2016年10月26日)は、日本の官僚。内閣官房副長官(事務担当)、労働事務次官。
加藤 周一(かとう しゅういち、1919年(大正8年)9月1… 加藤 周一(かとう しゅういち、1919年(大正8年)9月19日 - 2008年(平成20年)12月5日)は日本の評論家。医学博士(専門は内科学、血液学)。妻は評論家・翻訳家の矢島翠。
水田 洋(みずた ひろし、1919年9月3日 - )は、日本… 水田 洋(みずた ひろし、1919年9月3日 - )は、日本の思想史家。日本の社会思想史研究の代表的人物で、世界でのアダム・スミス研究推進者の一人。1998年12月日本学士院会員に就任。18世紀スコットランド研究国際学会 (Eighteenth-Century Scottish Studies Society) 生涯業績賞を2001年に受賞[3]。名古屋大学名誉教授、名古屋大学高等研究院アカデミー会員。水田からの寄付金により名古屋大学では「水田賞」を設置し、人文・社会科学(思想史)の若手研究者を表彰している[4][5]。
尾崎 中和(おざき なかかず、1919年8月9日 - 194… 尾崎 中和(おざき なかかず、1919年8月9日 - 1943年12月27日)は、日本陸軍の軍人。戦死後、二階級特進し陸軍中佐。 水戸藩家老に連なる海軍中佐・尾崎貴信の二男として長崎県佐世保市で生まれる。出身地は東京市四谷区若葉町。東京府立一中、東京陸軍幼年学校、陸軍士官学校予科を経て、1940年6月、陸軍航空士官学校(53期)を卒業。航空兵少尉任官。明野陸軍飛行学校学生。 1940年10月、飛行第33戦隊付になり、1941年3月、太刀洗飛行学校教官、8月に中尉任官。1942年10月から1943年4月にかけて明野飛行(甲)学生、同じく同年4月から飛行第25戦隊第二中隊長に着任。同年12月に大尉。
渥美 健夫(あつみ たけお 1919年(大正8年)7月24日… 渥美 健夫(あつみ たけお 1919年(大正8年)7月24日 - 1993年(平成5年)10月14日)は、日本の実業家、官僚。鹿島建設(鹿島)名誉会長。 大阪商船取締役・渥美育郎の長男として東京に生まれる。 東京府立一中、旧制浦和高校を経て、1943年(昭和18年)、東京帝国大学法学部政治学科卒業後、商工省入省。鹿島守之助の長女・伊都子と結婚する。短期現役海軍主計科士官(10期)を志願し、1943年(昭和18年)9月、海軍経理学校に入学。1944年(昭和19年)3月に卒業し、海軍主計中尉に任官。呉経理部に配属。1945年(昭和20年)3月、主計大尉に進み終戦を迎えた。 1945年10月に商工省に復職。
岩波 雄二郎(いわなみ ゆうじろう、1919年〈大正8年〉6… 岩波 雄二郎(いわなみ ゆうじろう、1919年〈大正8年〉6月25日 - 2007年〈平成19年〉1月3日)は、日本の実業家。岩波書店社長・会長・相談役。神奈川県出身。 岩波書店の創業者である岩波茂雄の次男として生まれる。東京府立第一中学校、旧制成城高校を経て、東京帝国大学文学部を卒業。 1946年(昭和21年)1月16日に岩波書店に入店する。1949年(昭和24年)4月25日、同社が株式会社に改組されたおり社長に就任した。1949年(昭和24年)9月3日、東京青年商工会議所(現・東京青年会議所)の発足に参画し、発足当初のチャーター・メンバー48名のひとりとなる。およそ30年に渡って社長を務め、社長在任中には広辞苑を刊行している。
小池 欣一(こいけ きんいち 1919年4月14日- 200… 小池 欣一(こいけ きんいち 1919年4月14日- 2008年7月4日)は、日本の官僚。元内閣官房副長官(事務担当)。従三位勲一等。東京府出身。
奥田 教久(おくだ のりひさ、1919年2月1日 - 201… 奥田 教久(おくだ のりひさ、1919年2月1日 - 2010年)は、大日本帝国陸軍大尉。戦後は科学ジャーナリスト、エンジニアとして活動した朝日新聞社論説委員。科学技術庁原子力局長期計画専門部会総合文化会委員・核燃料分科会委員。後に朝日カルチャーセンター社長。1939年、第一高等学校、1942年、東京帝国大学工学部卒。陸軍第三期航空技術候補生出身。カトリック教徒。 朝日新聞社が他社に先駆けてネルソン法方式を採用する際の主幹を務め、コンピュータ製版化を達成。 村松藩主堀家の末裔として1919年2月1日、福島県に生まれ、宮城県仙台市で育つ。父・武二郎は公務員、母・愛子は関義臣の庶子。奥田教朝は兄。旧制仙台第一中学校に進むが、家庭の事情で東京に転居することとなり、旧制東京第一中学校に編入。
藤本 能道(ふじもと よしみち、1919年1月10日 - 1… 藤本 能道(ふじもと よしみち、1919年1月10日 - 1992年5月16日)は日本の陶芸家。1986年に人間国宝に認定された。
安田 元久(やすだ もとひさ、1918年10月19日 - 1… 安田 元久(やすだ もとひさ、1918年10月19日 - 1996年1月23日)は、日本の歴史学者。元学習院大学学長。文学博士(東京大学、1962年)。専門は日本中世史・鎌倉時代史研究。
芦原 義信(蘆原、あしはら よしのぶ、1918年 <大正7年… 芦原 義信(蘆原、あしはら よしのぶ、1918年 <大正7年> 7月7日 - 2003年 <平成15年> 9月24日)は、日本の建築家。ソニービル、東京芸術劇場などの作品で知られる。『街並みの美学』で、いち早く都市景観の重要性を述べた。位階は従三位。 東京府(現・東京都)生まれ。府立一中(現・東京都立日比谷高等学校)、旧制成城高校を経て、1942年(昭和17年)東京帝国大学工学部建築学科卒業、技術士官として海軍に入る。 1945年(昭和20年)、坂倉準三のアトリエ系建築設計事務所に入所。1953年(昭和28年)、ハーバード大学大学院で修士号(M.Arch.)取得後、マルセル・ブロイヤーの事務所に入所。
矢内原 伊作(やないはら・いさく、1918年5月2日 - 1… 矢内原 伊作(やないはら・いさく、1918年5月2日 - 1989年8月16日)は、日本の哲学者、評論家。
笹井 醇一(ささい じゅんいち、1918年(大正7年)2月1… 笹井 醇一(ささい じゅんいち、1918年(大正7年)2月13日 - 1942年(昭和17年)8月26日)は、日本の海軍軍人。海兵67期。戦死による二階級特進で最終階級は海軍少佐。太平洋戦争におけるエース・パイロット。
北條 誠(ほうじょう まこと、1918年1月5日 - 197… 北條 誠(ほうじょう まこと、1918年1月5日 - 1976年11月18日)は、日本の小説家、劇作家。
北條 誠(ほうじょう まこと、1918年1月5日 - 197… 北條 誠(ほうじょう まこと、1918年1月5日 - 1976年11月18日)は、日本の小説家、劇作家。 東京生まれ。1934年旧制府立一中(現・東京都立日比谷高等学校)を四修で卒業。1940年早稲田大学国文科卒。出征ののち、1943年東亜交通公社勤務。川端康成に師事し、1940年『埴輪と鏡』で芥川賞候補。戦後、鎌倉文庫に入社、編集をおこなう。1946年『寒菊』『一年』で野間文芸奨励賞受賞。1947年(昭和22年)、ラジオドラマ『向う三軒両隣』の脚本を八住利雄、伊馬春部、北村寿夫とともに交代で執筆。終戦直後の民主的で明るい人間関係を描くホームドラマは人気番組となった。1953年(昭和28年)『白扇』で直木賞候補。
井上 孝(いのうえ たかし、1917年7月30日 - 200… 井上 孝(いのうえ たかし、1917年7月30日 - 2001年2月21日)は、日本の都市計画家。技術者。都市工学者、都市研究者。建設官僚。東京大学名誉教授。東京大学工学部、横浜国立大学工学部教授を歴任し、全国各地の都市計画に関する審議会や委員会委員をつとめて全国各地や海外の計画に関与、また長きにわたり都市計画の研究と人材の育成につとめる。戦後結成された国際住宅都市計画連合IFHPでは初代理事で後に会長。米国生まれ。 1917年、アメリカ合衆国ニュージャージー州ウェストフィールド生まれ。生まれたころ父親は三井物産ニューヨーク支店に勤務していた。 東京府立第一中学校 (旧制:後の東京都立日比谷高等学校)をへて、第一高等学校に入学。
村井 七郎(むらい しちろう、1917年4月13日 - 19… 村井 七郎(むらい しちろう、1917年4月13日 - 1993年2月21日)は、日本の官僚(大蔵省)。大阪府出身。
森山 欽司(もりやま きんじ、1917年1月10日 - 19… 森山 欽司(もりやま きんじ、1917年1月10日 - 1987年5月2日)は、日本の政治家、外務官僚。科学技術庁長官・運輸大臣。元法務大臣の森山眞弓は妻。没後に正三位を追賜。愛称はモリキン。保守合同で自由民主党が誕生してからは三木派に所属し、後身の河本派では代表世話人を務める。2度の衆議院社会労働委員長、同建設委員長、第2次池田内閣で郵政政務次官等を経て、1973年 第2次田中角榮内閣第1次改造内閣で科学技術庁長官、1978年第1次大平内閣で運輸大臣として入閣した。長年、自民党の労働問題調査会の事務局長、会長を務め、政府、3公社5現業、公社公団、特殊法人の労働問題にかかわった。1987年4月29日勲一等旭日大綬章受章。
隅谷 三喜男(すみや みきお、1916年(大正5年)8月26… 隅谷 三喜男(すみや みきお、1916年(大正5年)8月26日 - 2003年(平成15年)2月22日)とは、日本の経済学者。専門は労働経済学。1982年日本学士院会員。東京大学名誉教授、北京大学名誉教授、遼寧大学名誉教授、東北師範大学名誉教授、中国社会科学院名誉高級研究員。昭和36年、東京大学経済学博士。博士論文は「日本賃労働史論」。キリスト教功労者。
細郷 道一(さいごう みちかず、1915年11月25日 - … 細郷 道一(さいごう みちかず、1915年11月25日 - 1990年2月15日)は、日本の政治家、内務官僚。神奈川県横浜市長(3期)、自治事務次官を歴任した。
河村 勝(かわむら かつ、1915年(大正4年)10月4日 … 河村 勝(かわむら かつ、1915年(大正4年)10月4日 - 2001年(平成13年)1月30日)は、日本の政治家。
藤山 楢一(ふじやま ならいち 1915年9月17日 - 1… 藤山 楢一(ふじやま ならいち 1915年9月17日 - 1994年5月5日)は、日本の外交官。駐英国大使。
前田 護郎(まえだ ごろう、1915年6月17日 - 198… 前田 護郎(まえだ ごろう、1915年6月17日 - 1980年4月17日)は、新約聖書学者、東京大学名誉教授。
天城 勲(あまぎ いさお、1915年(大正4年)5月12日 … 天城 勲(あまぎ いさお、1915年(大正4年)5月12日 - 2011年(平成23年)7月22日)は、日本の文部官僚。 静岡県出身。府立一中、一高を経て1942年東京帝国大学法学部政治学科卒。朝鮮総督県道府警視、1946年文部省入省。 1960年大臣官房長、62年調査局長、65年管理局長、66年大学学術局長、69年事務次官。72年日本育英会理事長、76年日本学術振興会理事長。89年日本ユネスコ国内委員会会長。2011年死去。
井上 四郎(いのうえ しろう、1915年2月8日 - 201… 井上 四郎(いのうえ しろう、1915年2月8日 - 2010年7月11日)は、昭和期の日本の銀行員。日本銀行理事、アジア開発銀行総裁(第2代)などを務めた。東京都出身。父は1932年に、血盟団事件で暗殺された元大蔵大臣の井上準之助、母は華族・吉敷毛利家の毛利重輔の娘・千代子。 1931年、東京府立一中を四修で修了し、府立高等学校 (旧制)、東京帝国大学卒業後、日本銀行に入行。日本銀行理事(外国局担当 1967年10月-1972年9月)に就任、ニクソンショックの渦中にあって、当時の柏木雄介大蔵省顧問らと同様、日本銀行を代表して日本市場閉鎖に反対の立場をとった。この間、閉鎖するまでの12日間で当時2200億円の為替差損を生じさせることとなったが、一方で、これは市中銀行が輸出奨励政策の一貫からこれまで巨額のドルを保持していたこと、また、日本の国際収支の“黒字隠し”のためにこの「ドルの保持」が利用されていたこともあって、国家が民間企業の巨額の差損を肩代わりすることで“救った”ものだと評されている 。
臼田 甚五郎(うすだ じんごろう、1915年〈大正4年〉1月… 臼田 甚五郎(うすだ じんごろう、1915年〈大正4年〉1月25日 - 2006年〈平成18年〉10月26日)は、日本の国文学者・民俗学者・歌人(雅号:碧洋)。文学博士(國學院大学・論文博士・1961年)(学位論文「日本歌謡の文学史的民俗学的考察」)。國學院大學名誉教授。 東京都大田区生まれ。東京府立第一中学校を経て、1937年國學院大學文学部卒。柳田國男、折口信夫、河野省三らに師事[要出典]。1953年國學院大學文学部助教授、1957年同教授。1961年「日本歌謡の文学史的民俗学的考察」で國學院大学より文学博士の学位を取得。1985年定年退職、同大学名誉教授。1990年、勲三等瑞宝章受章。学外では日本学術会議会員や歌謡学会会長などを歴任した。
大来 佐武郎(おおきた さぶろう、1914年〈大正3年〉11… 大来 佐武郎(おおきた さぶろう、1914年〈大正3年〉11月3日 - 1993年〈平成5年〉2月9日)は、日本の逓信・経済企画官僚、外交官、政治家、経済学者。位階は正三位。 第二次世界大戦後の日本を代表する国際派のエコノミストであり、外務大臣(第108代)や総合研究開発機構研究評議会議長を務めた。 東京帝国大学工学部電気工学科卒業後、逓信省に入省した。工務局、興亜院出向を経て大東亜省に移籍した。第二次世界大戦終戦後に外務省調査局に勤務した。その後、芦田内閣の下に設置された経済安定本部で、池田勇人首相の肝煎りである所得倍増計画の策定に中心的に関わった。 大来は終戦直後から日本国内のみならず国外にも豊富な人脈を築き、また分け隔てなく留学を希望する者の紹介状を書いていた。
橋口 隆吉(はしぐち りゅうきち 1914年8月23日 - … 橋口 隆吉(はしぐち りゅうきち 1914年8月23日 - 1996年10月4日)は、日本の金属・材料物理学者。
岡田 又三郎(おかだ またさぶろう、1914年8月2日 - … 岡田 又三郎(おかだ またさぶろう、1914年8月2日 - 1984年3月2日)は、昭和期の洋画家、日展理事。東京都出身。荒削りの大胆な技法で背景の省略された処理の巧みさと、伝統的な写実性を兼ね備えた風格ある画風が特徴。岡田三郎助、浦和画家の寺内萬治郎に師事。1965年にフランスのサロン・ドートンヌで日本人初の金賞を受賞、フランス政府から芸術勲章を授与された。 親しい友人に、三木武夫がいる。
本木 荘二郎(もとき そうじろう、1914年6月19日 - … 本木 荘二郎(もとき そうじろう、1914年6月19日 - 1977年5月21日)は、日本の映画プロデューサー、映画監督、脚本家である。独立し、映画監督を兼ねるようになってからの筆名に岸本 恵一(きしもと けいいち)、高木 丈夫(たかぎ たけお)、藤本 潤三(ふじもと じゅんぞう)、藤本 潤二 (ふじもと じゅんじ)等がある。
丸山 眞男(まるやま まさお、1914年(大正3年)3月22… 丸山 眞男(まるやま まさお、1914年(大正3年)3月22日 - 1996年(平成8年)8月15日)は、日本の政治学者、思想史家。東京大学名誉教授、日本学士院会員。専攻は日本政治思想史。新字体で丸山真男とも表記される。
小田村 寅二郎(おだむら とらじろう、大正3年〈1914年〉… 小田村 寅二郎(おだむら とらじろう、大正3年〈1914年〉3月2日 - 平成11年〈1999年〉6月4日)は、日本の保守派の学者。亜細亜大学教授。日本学生協会理事、精神科学研究所創立者、国民文化研究会理事長。戦前の帝大での学風刷新運動の中心人物で、右派の立場から体制批判、自由主義・社会主義批判、反戦運動を展開し、小田村事件により東京帝国大学法学部退学処分となった。 東京府東京市四谷区に小田村有芳の次男として生まれる。大正9年(1920年)4月、学習院初等科入学。大正15年(1926年)4月、学習院中等科入学。同年9月、東京府立第一中学校編入。中学卒業の頃に肋膜炎に罹患し、療養生活に入る。昭和8年(1933年)4月、第一高等学校文科丙類(仏語専攻)入学。
鈴木 正雄(すずき まさお、1914年(大正3年) - 20… 鈴木 正雄(すずき まさお、1914年(大正3年) - 2006年(平成18年)11月7日)は、日本の実業家。三菱銀行入行を皮切りに、三菱グループで三菱重工業副社長や三菱自動車販売(現三菱自動車工業)社長・会長などを歴任した。
林 宏(はやし ひろし、1914年 - )は、日本の民俗学者… 林 宏(はやし ひろし、1914年 - )は、日本の民俗学者・地理学者。奈良教育大学元教授。