石垣 元気(いしがき げんき、2007年8月16日 - )は… 石垣 元気(いしがき げんき、2007年8月16日 - )は、北海道登別市出身のプロ野球選手(投手)。右投両打。千葉ロッテマリーンズ所属。 登別市立幌別西小学校1年時に柏木ジュニアーズで野球を始める。登別西陵中学校では洞爺湖シニアに所属し、キャプテンとして北海道選抜に選ばれる。 高崎健康福祉大学高崎高等学校では1年からベンチ入りし、2年春のセンバツでは5試合に登板し優勝に貢献。2年秋の関東大会・準々決勝の佐野日大高校戦では2年生史上最速を1km/h更新する158km/hを記録した。3年春のセンバツでは3試合に登板しベスト4入りに貢献。3年春夏の両大会で佐藤由規(由規)、安樂智大に並び甲子園最速となる155km/hを記録。
工藤 真帆(くどう まほ、2004年8月5日 - )は、日本… 工藤 真帆(くどう まほ、2004年8月5日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 北海道登別市出身。母の影響で小学4年生からバレーボールを始めた。小学生のときはセッターを務め、中学時代はアタッカーを務めた。 2020年、札幌山の手高等学校に進学。高校では再びセッターを務めた時期もあったが、2年時にレシーブ力を買われてリベロに転向した。2022年、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)での活躍がプレステージ・インターナショナルアランマーレ(アランマーレ山形)の監督である北原勉の目に留まり、2022-23シーズン、V.LEAGUE DIVISION2 WOMEN(V2女子)に所属する同チームの内定選手となった。
秋山 俊(あきやま しゅん、2003年4月20日 - )は、… 秋山 俊(あきやま しゅん、2003年4月20日 - )は、北海道登別市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 登別市立富岸小学校に入学し、小学1年から軟式野球を始める。また、小学6年の時には北海道日本ハムファイターズのジュニアチームに入る。登別市立緑陽中学校に進み、中学時代は登別ビッグ・フラップ・オーシャンに所属する。その後、仙台育英学園高等学校に進学し、1年の秋からベンチ入りする。2年の秋からレギュラーに定着し、主に「3番・中堅手」を、3年では4番を務めた。 中京大学では1年の春から中堅手としてレギュラーになり、主に7番で起用される。2年の秋から「3番・三塁手」、3年の春からまた中堅手に戻っている。
Non(ノン、2001年時点の本名:大村 のぞみ(おおむら … Non(ノン、2001年時点の本名:大村 のぞみ(おおむら のぞみ)、1978年5月16日 - )は、ピアノでの弾き語りを得意とする日本の女性シンガーソングライターである。北海道登別市出身。田辺音楽出版に所属していた。 1997年4月10日に他界した作詞家、大津あきらの最後の弟子である。 1978年5月16日に北海道網走市で出生し、間もなく北海道登別市へ転居、登別市立幌別西小学校、登別市立西陵中学校を経て、1994年4月に北海道室蘭栄高等学校に入学した。 3歳からピアノを始め、高校2年生であった1996年2月に函館市で行われたNHK衛星放送の歌謡番組『BS歌謡塾あなたが一番』北海道大会に出場。ZARDの「二人の夏」(アルバム『揺れる想い』収録曲)を歌い、準グランプリを受賞する。
小原 美南(おばら みなみ、1997年9月1日 - )は、北… 小原 美南(おばら みなみ、1997年9月1日 - )は、北海道出身の女子プロ野球選手(投手)。2024年から広島県内の女子野球チーム・はつかいちサンブレイズに所属。 出身は北海道登別市。北海道登別明日中等教育学校卒。 2016年レイアアカデミーに加入。同年の入団テストに合格しアカデミー出身者初の女子プロ野球入団選手となる。 2017年はレイアに所属し、主に外野手として出場した。 2018年愛知ディオーネに移籍。この年から投手に専念となり3勝を記録した。 2020年限りで退団したことを自身のTwitterにて発表。 2021年からは東海NEXUSに所属する。背番号は11。 2024年にはつかいちサンブレイズへの移籍が発表された。
櫛引 一紀(くしびき かずき、1993年2月12日 - )は… 櫛引 一紀(くしびき かずき、1993年2月12日 - )は、北海道登別市出身のプロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。Jリーグ・V・ファーレン長崎所属。 サッカー選手の櫛引祐輔は実兄。 小学生時代は室蘭地区の少年サッカークラブ、富岸ジュニアキッカーズに所属し、全日本少年サッカー大会や全日本少年フットサル大会の地区予選大会に出場した。中学校時代は通学先のサッカー部でプレーし、その間の2007年にJFAナショナルトレセンU-14東日本メンバーに選出された。 2008年に室蘭大谷高等学校(現・北海道大谷室蘭高等学校)へ進学。サッカー部在籍中にJFAプリンスリーグU-18北海道や全国高等学校サッカー選手権大会の北海道大会に出場した。
一戸 悠人(いちのへ ゆうと、1992年12月20日 - )… 一戸 悠人(いちのへ ゆうと、1992年12月20日 - )は、日本の実業家、情報経営イノベーション専門職大学客員准教授。 株式会社BUB代表取締役社長。青山学院大学経済学部卒業。青山学院大学在学中に世界一周に出発。北海道登別市出身。兄は一戸健人(株式会社ドゥーファの代表取締役CEO)。[要出典]
平塚 由佳(ひらつか ゆか、1991年6月25日 - )は、… 平塚 由佳(ひらつか ゆか、1991年6月25日 - )は、日本のタレント、グラビアアイドル。北海道登別市出身。愛称は「ゆかちん」。元サンスポアイドルリポーター(SIR)のメンバーとして活動していた。 特技はブリッジ歩行(エクソシスト歩行)とジグソーパズル。また、野球好きを公言し、千葉ロッテマリーンズのユニフォーム姿で番組に出演したことがある。別れの挨拶に北海道弁の「したっけねーっ」(「じゃあね」の意)をよく使う。 視力は悪く、プライベートでメガネは必需品である。チャームポイントは腹筋。 実家は登別温泉で酒屋を営む。 この項目は、アイドル(グラビアアイドル・ライブアイドル・ネットアイドル・レースクイーン・コスプレイヤーなどを含む)に関連した書きかけの項目です。
住岡 梨奈(すみおか りな、1990年2月15日 - )は、… 住岡 梨奈(すみおか りな、1990年2月15日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。北海道登別市出身。所属芸能事務所はソニー・ミュージックアーティスツ、所属レコードレーベルはキューンミュージック。
鷲谷 修也(わしや なおや、1988年10月3日 - )は、… 鷲谷 修也(わしや なおや、1988年10月3日 - )は、北海道登別市出身の元プロ野球選手(外野手)、元陸上競技選手(短距離走)、車椅子ソフトボール選手。 小学3年生の時に野球を始める。登別西陵中時代はリトルシニアチームでプレーし、3年時に北海道大会で準優勝。複数の強豪校から勧誘を受けたが、見学した時の雰囲気が気に入ったという駒大苫小牧高に特待生として入学。田中将大と同期となる。 1年夏までは「落ちこぼれ組」だったが、香田誉士史監督のアドバイスで打撃が向上し秋の明治神宮野球大会で初めてベンチ入りする。2005年の第87回全国高等学校野球選手権大会に出場、優勝メンバーとなる。翌2006年春には不振となり一時ベンチ入りメンバーからも外れたが、夏の南北海道大会では2打席連続本塁打、第88回全国高等学校野球選手権大会にはレギュラーとして出場し3回戦の青森山田高戦でも本塁打を放つ。
那須川 将大(なすかわ まさひろ、1986年12月29日 -… 那須川 将大(なすかわ まさひろ、1986年12月29日 - )は、北海道登別市出身のサッカー指導者、元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(左サイドバック)。既婚。 小学校時代、中学校時代といずれも全国大会出場を経験し、中学校卒業後は青森山田高校に進学。プロクラブへのアピールの場と考えていた高校3年次の全国高等学校サッカー選手権大会開催前に骨折し、高校最後の大会に出場することが出来なかった。高校卒業後は中京大学に進学し、体育会サッカー部に入部。左サイドパックとしてプレーし、4年次には主将を務めた。3年次には同年度の全日本大学選手権で3位の成績を修めるなど、高校時代の鬱憤を晴らす活躍を見せた。
生田 斗真(いくた とうま、1984年〈昭和59年〉10月7… 生田 斗真(いくた とうま、1984年〈昭和59年〉10月7日 - )は、日本の俳優、タレント。北海道室蘭市出身。弟はフジテレビアナウンサーの生田竜聖。妻は女優の清野菜名。 生誕から2歳まで北海道室蘭市で過ごす。1996年、SMAPのファンだった母親が「SMAPに会えるかも」と考えたことをきっかけに母親が履歴書を送り、オーディションに参加して採用される。11歳でジャニーズ事務所に入所し、ジャニーズJr.として活動を開始する。その2か月後から2年間、教育番組『天才てれびくん』(NHK教育)にてれび戦士として出演。番組の企画でウエンツ瑛士・前田亜季らとバンドを組み、ストロベリーパフェとしてCDデビューを果たした。
大崎 初音(おおさき はつね、1983年6月20日 - )は… 大崎 初音(おおさき はつね、1983年6月20日 - )は、日本プロ麻雀協会所属の女性プロ雀士。北海道登別市出身。愛称は「卓上のひまわり」。鳴き仕掛けを多用しない門前主体の雀風を持つ。
河野 真幸(こうの まさゆき、1980年4月12日 - )は… 河野 真幸(こうの まさゆき、1980年4月12日 - )は、日本の男性プロレスラー、総合格闘家。北海道登別市出身。血液型B型。 幼い頃からプロレスラーの武藤敬司に憧れ、中学校進学から北海道登別南高等学校卒業まではバスケットボールを経験。アニマル浜口ジムでトレーニングし、2002年に憧れであった武藤率いる全日本プロレスに入門する。 2003年3月28日、地元北海道の北海道立総合体育センターで荒谷信孝を相手にデビュー。その190cmを超える巨体から当時から期待されていた。また総合格闘家のミルコ・クロコップとの対戦を志願するなど総合格闘技にも目を向けていた。 6月13日、天龍源一郎とシングルで対戦、敗れはしたものの天龍から「若い頃のジャンボ鶴田を思い出した」と評価された。
鳴海 伸一(なるみ しんいち、1976年- )は、日本の版画… 鳴海 伸一(なるみ しんいち、1976年- )は、日本の版画家。研究者。北海道登別市生まれで北海道在住。 総合芸術として建築デザインを学んだ後、実務を経てフランク・ロイド・ライト、安藤忠雄、高松伸、磯崎新、白井晟一などのドローイングに出会い版画家に転身。専門分野をアートワークとし、環境と空間に共生するファインアートを制作。 バウハウス、フランク・ロイド・ライトに強く影響を受け、工業高校、大学と建築学を学び、実務を経て1997年頃から本格的に版画制作をはじめる。 美術と環境、空間の共生をテーマに国内外での作品発表、国内でのアートワークを数多く手がけており、建築的で構築的な面と線、豪放なラインで直刻された作品を数々制作している。
津村 知与支(つむら のりよし、1975年7月13日 - )… 津村 知与支(つむら のりよし、1975年7月13日 - )は、日本の俳優。北海道登別市出身。劇団モダンスイマーズ所属。 北海道室蘭栄高等学校理数科在学中に、学校祭の演劇コンテストで同級生の三浦大輔(現ポツドール代表)と舞台劇を開催し、主演男優賞を受賞する。舞台芸術学院に進学し、西條義将、蓬莱竜太、古山憲太郎に出会う。同級生の西條、蓬莱が1999年に旗揚げしたモダンスイマーズに第1回公演から参加。2003年に劇団員となる。元同級生に2人の岸田國士戯曲賞受賞者(蓬莱、三浦)を持つという、異色の経歴を持つ。 兼業俳優であり、1999年12月より全交警備池袋支社に勤務している。
松木 秀(まつき しゅう、1972年1月14日 - )は、歌… 松木 秀(まつき しゅう、1972年1月14日 - )は、歌人、川柳作家。北海道登別市出身・在住。 北海道室蘭栄高等学校、札幌学院大学法学部卒業。1996年に川柳、1997年に短歌をはじめる。1998年に歌誌「短歌人」および川柳誌「川柳さっぽろ」に入会。2001年、「川柳展望」に入会および第46回短歌人新人賞を受賞。2006年、第1歌集『5メートルほどの果てしなさ』で第50回現代歌人協会賞を受賞。2019年、第4歌集『色の濃い川』で第34回北海道新聞短歌賞佳作。川柳の影響を受けたシニカルで風刺的な作風。 第1歌集の『5メートルほどの果てしなさ』は加藤治郎のプロデュースにより設立されたオンデマンド印刷形式の歌集専門レーベル「歌葉」からの出版であり、同レーベルの歌集として初めて現代歌人協会賞を受けた。
土肥 美帆(どい みほ、1971年 - )は、日本の動物写真… 土肥 美帆(どい みほ、1971年 - )は、日本の動物写真家。北海道登別市出身。 2008年、猫と暮らし始めたことを機に、被写体が猫中心になる。2016年、日本写真家協会主催2016JPS展文部科学大臣賞、2017年第65回ニッコールフォトコンテスト大賞(モノクロームの部)を受賞。 2015年、2016年、アサヒカメラ主催岩合光昭ネコ写真コンテスト連覇、その他受賞多数。 2024年から、読売新聞オンラインの猫学(ニャンコロジー)のコーナーで、『ボス猫・ケンジと愉快な仲間たち』を連載中。
成田 貴志(なりた たかし、1969年10月6日 - )は、… 成田 貴志(なりた たかし、1969年10月6日 - )は、日本の元男子バレーボール選手(全日本代表)。身長185cm、体重75kg。北海道登別市出身。ポジションはセッター。 現在、熊本県・鎮西高校女子バレー部の監督を務めている。また、2020年よりアルテミス北海道のGMを務める。
小笠原 春一(おがさわら はるいち、1967年2月18日 -… 小笠原 春一(おがさわら はるいち、1967年2月18日 - )は、日本の政治家。北海道登別市長(5期)。元全国青年市長会会長。 北海道登別市生まれ。登別市立登別小学校、登別市立登別中学校、北海道登別南高等学校(現・北海道登別青嶺高等学校)卒業。1989年(平成元年)3月、東京農業大学農学部造園学科卒業。同年4月、株式会社丸勇小笠原緑化の専務取締役に就任。 2008年(平成20年)8月10日執行の登別市長選挙に、自民党の推薦を受けて無所属で出馬。連合と民主党が推した前登別市職員の田辺雅博を僅差で破り、初当選した。得票数は、小笠原:13,178票、田辺:12,435票。投票率は、59.24%。同年8月28日、市長に就任。
相原 コージ(あいはら コージ、本名:相原 弘治、1963年… 相原 コージ(あいはら コージ、本名:相原 弘治、1963年(昭和38年)5月3日 - )は、日本の漫画家。北海道登別市出身。 妻の両角ともえも漫画家で、現在は相原のアシスタント(元・いしかわじゅんのアシスタント)。兄はミュージシャンの相原ピリカ。 北海道室蘭東高等学校(現・北海道室蘭東翔高等学校)を卒業後、日本デザイナー学院に入学。まんが専攻科卒業だが、相原自身は「専門学校の漫画コースは、行っても役に立ちません」と、この最終学歴を拒絶している(『サルでもやれる編集者教室』などで言及)。また『文化人類ぎゃぐ』の著者紹介でも同校に関して記載し、「恥ずかしい経歴」と書いている。 ほどなく『ガロ』や『DUO』に作品を投稿するも落選。
豊岡 豊(とよおか ゆたか、1930年5月29日 - 201… 豊岡 豊(とよおか ゆたか、1930年5月29日 - 2012年11月30日)は、日本のジャズミュージシャン、ビッグバンド豊岡豊とスイング・フェイスの指揮者・バンドマスターである。 所属はジョイナスエンターテインメントであった。 北海道登別市登別温泉出身。 15歳で終戦を迎え、故郷・登別温泉町の「登別グランドホテル」が米軍に接収され、豊岡はラジオ(FEN)で初めてジャズに接し、やがてダンスホールに入り浸る毎日を送るようになった。 旧制中学校卒業後に音楽界に入り、ドラマーとして演奏家の活動を開始。1年後に東京へ行き自らのジャズバンドを結成し、在日米軍キャンプ慰問や東京都内のクラブなどでの演奏活動を展開。
中浜 元三郎(なかはま もとさぶろう、1923年(大正12年… 中浜 元三郎(なかはま もとさぶろう、1923年(大正12年)2月4日 - 2012年(平成24年)6月26日)は、日本の政治家。北海道登別市長(3期)。 北海道幌別郡幌別村(のち幌別町→登別町、現・登別市)出身。鉄道教習所卒。国鉄に入り、その後、帰郷し、登別町役場に勤務し、観光課長、開発、総務の各部長や助役を歴任し、1979年、登別市長選挙に立候補し、現職を破って当選した。1983年に再選。1987年に三選した。翌1988年、贈収賄事件で助役が逮捕され、その責任を取って市長を辞職した。
泊谷 裕夫(とまりや やすお、1921年(大正10年)8月1… 泊谷 裕夫(とまりや やすお、1921年(大正10年)8月10日 - 1991年(平成3年)10月5日)は、昭和期の労働運動家、政治家。衆議院議員。 北海道幌別郡、現在の登別市出身。1944年(昭和19年)日本国有鉄道札幌鉄道教習所運輸高等科を修了。 北海道大学医学部附属登別分院勤務、室蘭駅助役、副鉄道官補、運輸事務官、国鉄労働組合北海道地評議長、全北海道労働組合協議会議長、北海道交通運輸労働組合協議会議長、北海道産業教育審議会委員、北海道環境衛生適正化審議会委員、札幌陸運局自動車運送協議会委員、北海道開発審議会委員などを務めた。 1963年(昭和38年)11月の第30回衆議院議員総選挙で北海道第1区から日本社会党公認で出馬して当選し、衆議院議員に1期在任した。
佐山 俊二(さやま しゅんじ、1918年9月13日 - 19… 佐山 俊二(さやま しゅんじ、1918年9月13日 - 1984年1月30日)は、日本のコメディアンであり俳優である。本名は中江 勇(なかえ いさむ)。 1918年(大正7年)9月13日、北海道登別市に中江勇として生まれる。兄は劇作家の中江良夫である。室蘭市の旧制・室蘭尋常高等小学校(現在の室蘭市立本室蘭小学校)を卒業する。 その後上京して、20歳になる1938年(昭和13年)に初舞台、1943年(昭和18年)、25歳になる頃「佐山俊二一座」を旗揚げ、1944年(昭和19年)に「劇団新生座」を旗揚げした。 第二次世界大戦の終結後、八波むと志とあらいやだコンビを結成した。浅草・フランス座で人気を博す。
知里 真志保(ちり ましほ、1909年〈明治42年〉2月24… 知里 真志保(ちり ましほ、1909年〈明治42年〉2月24日 - 1961年〈昭和36年〉6月9日)は、アイヌの言語学者。文学博士。北海道大学名誉教授。専攻はアイヌ語学。姉は『アイヌ神謡集』著者の知里幸恵、伯母は口承文芸伝承者の金成マツ。 1909年2月24日、北海道幌別郡登別村(現在の登別市登別本町)で生まれた。。1929年3月、北海道庁立室蘭中学校(現在の北海道室蘭栄高等学校)を卒業し、地元の幌別役場に勤務する。その後、喜田貞吉と金田一京助が両親に大学進学を勧め、進学を決意した。 1930年、上京して東京・杉並の金田一家に逗留し、第一高等学校に150人中12番の成績で合格し入学。1933年3月に卒業。
知里 幸恵(ちり ゆきえ、旧字体: 知里 幸惠、1903年〈… 知里 幸恵(ちり ゆきえ、旧字体: 知里 幸惠、1903年〈明治36年〉1月15日〈戸籍上:6月8日〉 - 1922年〈大正11年〉9月18日)は、北海道幌別郡登別村(現:登別市登別本町2丁目)出身のアイヌ女性。19年という短い生涯ではあったが、その著書『アイヌ神謡集』の出版が、絶滅の危機に追い込まれていたアイヌ伝統文化の復権復活へ重大な転機をもたらしたことで知られる。 生誕100年を迎える2003年頃から、マスコミや各地のセミナー等でその再評価の声が高まり、また幸恵への感謝から「知里幸恵」記念館の建設運動が活発化した。2008年10月には、NHKの『その時歴史が動いた』で幸恵が詳細に取り上げられ、インターネット書店「アマゾン」の「本のベストセラー」トップ10に『アイヌ神謡集』が入った。
金成 マツ(かんなり まつ、1875年〈明治8年〉11月10… 金成 マツ(かんなり まつ、1875年〈明治8年〉11月10日 - 1961年〈昭和36年〉4月6日)は、アイヌの口承文芸・ユカㇻの伝承者、キリスト教伝道師。アイヌ名はイメカヌ/Imekanu、戸籍名は金成 广知、洗礼名はマリア。 北海道幌別郡幌別村(現:登別市本町)出身のアイヌ女性で、母はアイヌの口承文芸の名手と称された金成モナㇱノウㇰ、姪で養女に『アイヌ神謡集』を編訳した知里幸恵、甥にアイヌ語研究者の知里真志保。母から受け継いだアイヌ文学を大学ノート約2万ページに記録し、アイヌ文学研究者のインフォーマントとなった。1956年に無形文化財の技術保持者に認定され、紫綬褒章を受章。 1875年11月10日、父・ハエリレと母・モナㇱノウㇰの長女として誕生。
金成 太郎(かんなり たろう、アイヌ名:ペテロ、1867年1… 金成 太郎(かんなり たろう、アイヌ名:ペテロ、1867年1月20日〈慶応2年12月15日〉 - 1897年〈明治30年〉1月20日)は、北海道幌別郡幌別村(現:登別市幌別)出身のアイヌ。アイヌ学校愛隣学校の教師。アイヌで最初にプロテスタントの洗礼を受けた人物で、アイヌ初の伝道者である。 幌別アイヌの長老である金成喜蔵(アイヌ名:カンナリキ)の長男で、金成マツ(同名:イメカヌ)・ナミ(同名:ノカアンテ)姉妹の従兄で、知里幸恵・高央・真志保姉弟の従伯父である。 1877年(明治10年)5月に常盤小学校に入学し、ただ一人アイヌ生徒として教育を受けた。聖公会の宣教師のジョン・バチェラーにアイヌ語を教えていく中で、キリスト教に入信して、1885年(明治18年)にバチェラーより、アイヌとして最初の洗礼を受けた。
金成 喜蔵(かんなり きぞう、旧字体: 金成 喜藏、アイヌ名… 金成 喜蔵(かんなり きぞう、旧字体: 金成 喜藏、アイヌ名:カンナリキ、1824年2月18日〈文政7年1月19日〉 - 1912年〈明治45年〉1月1日)は、北海道幌別郡幌別村(現:登別市幌別)出身のアイヌ(父親は和人)。実業家。愛隣学校の創設者。 喜蔵は幌別で漁業、農業で成功し、宿屋を経営するなど多くの雇用を生む実業家であった。キリスト教を信仰し、正直者として徳望が高く、酒もタバコもやらない人物で、幌別にアイヌのための学校を作る活動をした。 1883年、東京・上野恩賜公園で開催された水産博覧会に投銛を出品し、褒状を授与された。 1888年9月、北海道幌別郡幌別村に愛隣学校を開設。 廃使置県、室蘭も含めて札幌県管轄になった年、1882年(明治15年)に札幌県に対して「幌別旧土人学校設立嘆願書」がカンナリキ他5名の署名で出されている。
松木 創(まつき つくる)は、日本のテレビディレクター、映画… 松木 創(まつき つくる)は、日本のテレビディレクター、映画監督、脚本家である。北海道登別市出身。 北海道室蘭栄高等学校、中央大学文学部西洋史学科卒。1991年に北海道文化放送に入社。フリーランスを経て、現在は共同テレビジョン所属。
斗猛矢(ともや)は、日本のプロレスラー。政治家(北海道登別市… 斗猛矢(ともや)は、日本のプロレスラー。政治家(北海道登別市議会議員)。北海道登別市出身。本名:足立 知也(あだち ともや)。 北海道登別高等学校卒業後、札幌市に移る。吉田学園札幌経理専門学校、自由が丘産能短期大学卒業。1996年1月25日デビュー。道産子プロレス道場 元気に所属し、PWCなどのインディー団体で経験を積む。コンドル(当時は「ヘブン」)、アジアン・クーガー、ファントム船越とZIPANGを設立。 1997年10月18日、出身地である北海道登別市でプレ旗揚げ戦、翌1998年3月に旗揚げ戦を行う。しかし同年9月、クーガーと船越が、西野勇喜、ザ・グレート・タケルと、当時参戦していたIWA・JAPANを中心に活動するユニット「Jolt Jokers」を結成の興行中に宣言した事を受けて離脱(団体追放処分)した事から、団体活動は徐々に縮小化、他団体参戦が中心となる(2003年3月、団体は活動休止)。
石田 壱城(いしだ いちじょう、本名:石田 孝一(いしだ こ… 石田 壱城(いしだ いちじょう、本名:石田 孝一(いしだ こういち))は書家。昭和15年生。北海道登別市出身。北広島市在住。 読売書法展理事審査会員。北海道書道展審査会員。北広島市文化連盟顧問。北広島市書道連盟会長。平成13年「北広島市文化賞」受賞。北海道新聞文化センター「書と表装入門」講師。書道研究『尚志会』代表。元高等学校教諭(英語、書道)