安原 太陽(やすはら たいよう、2001年4月23日 - )… 安原 太陽(やすはら たいよう、2001年4月23日 - )は、日本の陸上競技選手。滋賀県東近江市出身。花王陸上競技部所属。専門種目は長距離走。 東近江市立船岡中学校、滋賀学園高等学校、駒澤大学文学部卒業。 三大駅伝での出場はなし。 2021年10月10日の第33回出雲駅伝で2区を担当し、三大駅伝初出場を果たす。8位で襷を受けると、区間3位の好走で順位を2つ上げる。しかし、駒澤大は3区以降優勝争いから遠ざかり、5位に終わった。 同年11月7日の第53回全日本大学駅伝では6区を担当。5区終了時点ではシード圏外の9位だったが、区間2位の快走を見せ4位まで押し上げた。その後、駒澤大は青学大とのデットヒートを制し2連覇を達成した。
茶野 篤政(ちゃの とくまさ、1999年8月4日 - )は、… 茶野 篤政(ちゃの とくまさ、1999年8月4日 - )は、滋賀県八日市市(現:東近江市)出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 東近江市立八日市南小学校(現:東近江市立箕作小学校)1年生から野球を始める。八日市ビクトリーを経て、東近江市立聖徳中学校時代は竜王ジャガースの10期生としてプレーした。中学3年生春には一塁へのヘッドスライディングで左腕を複雑骨折する怪我を負うも、片手で練習を続け、夏の大会にも出場した。 岐阜県にある中京高等学校に進学したが控え選手に甘んじ、3年夏は代打出場したのみであった。1年先輩に、今井順之助と加藤壮太がいる。 愛知大学野球連盟2部リーグ所属の名古屋商科大学では1年秋からレギュラーの座を掴んだ。
福永 裕基(ふくなが ひろき、1996年9月16日 - )は… 福永 裕基(ふくなが ひろき、1996年9月16日 - )は、滋賀県八日市市(現:東近江市)出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 八日市市立布引小学校(現:東近江市立)2年時に野球を始め、布引ハンターズでプレー。近江兄弟社中学校在学時は竜王ジャガーズの7期生としてプレーした。 高校は最初慶應義塾高等学校を受験するも不合格で、「慶應がだめだったらここにしよう」と決めていたという天理高等学校に入学。高校では1年時秋よりベンチ入りするも、2年時夏は奈良県大会3回戦で敗退し、3年時夏には決勝戦で岡本和真擁する智辯学園高等学校に敗れたため、甲子園出場経験はない。1学年下に姫野優也、2学年下に森浦大輔がいた。
橘 ゆりか(たちばな ゆりか、1992年〈平成4年〉12月2… 橘 ゆりか(たちばな ゆりか、1992年〈平成4年〉12月23日 - )は、日本の女性マルチタレントであり、女性アイドルグループ・アイドリング!!!の元メンバー。旧芸名は、田中 柚里佳()。滋賀県八日市市(現:東近江市)出身。エイベックス・マネジメント・エージェンシー所属。 滋賀県出身。日常会話は関西弁を使用する場合もある。一人っ子。愛称は「ゆりっぺ」「ゆりかる」など。サッカーファン(FC東京公式サポーター)であり、指導者ライセンス「JFA公認キッズリーダー」を取得している。プロ野球では「東京ヤクルトスワローズ」のファン。 趣味は色んな電車に乗って景色を楽しむこと、サッカー観戦。特技はバドミントン(中学時代バドミントン部に所属)、エレクトーン(歴8年)、動物モノマネ(犬、猫、馬、ラスカル)。
近藤 保乃佳(こんどう ほのか、1991年6月28日 - )… 近藤 保乃佳(こんどう ほのか、1991年6月28日 - )は、滋賀県東近江市出身の元ハンドボール選手。 中京大学時代は2012年の東海学生ハンドボール春季リーグでベストセブンに選出され、秋季リーグでは最優秀選手に選出。 2013年は春季リーグ・秋季リーグでベストセブンに選ばれた。同年の西日本学生選手権大会(西日本インカレ)では特別賞を受賞。 2014年に日本ハンドボールリーグの三重バイオレットアイリスへ加入。 2021-22年シーズン限りで現役を引退。
渡辺 綾子(わたなべ あやこ、1990年12月19日 - )… 渡辺 綾子(わたなべ あやこ、1990年12月19日 - )は日本の女優。滋賀県東近江市出身。 3〜18歳までクラシック・バレエを習い、2009年から演劇を始める。
田中 崇博(たなか たかひろ、1990年9月7日 - )は、… 田中 崇博(たなか たかひろ、1990年9月7日 - )は、滋賀県東近江市出身の元プロ野球選手(投手)。2010年の登録名は崇博。
小梶孝行(こかじ たかゆき、1986年(昭和61年)11月1… 小梶孝行(こかじ たかゆき、1986年(昭和61年)11月15日 - )は、カヌースプリント競技の日本代表選手。2008年(平成20年)「第1回アジア大学カヌースプリント選手権大会」の男子カナディアンシングル200mで優勝した。
中井 真奈(なかい まな、1986年8月28日 - )は、日… 中井 真奈(なかい まな、1986年8月28日 - )は、日本のラジオパーソナリティ、DJ。セイプロダクション所属。 滋賀県東近江市出身で、外国語大学在学中に地元のエフエム滋賀で放送されていた『あめんぼ!』で、パーソナリティを務めた。なお、この番組にはエフエム徳島で放送されている番組『東京ぞめきステーション』でパーソナリティを務めた福田遥菜も出演していた。 大学卒業後の2009年4月、エフエム徳島にアナウンサーとして入社し、同月6日から『T-Cross』の月・火曜日の担当となり。1年間在籍して2010年3月に退社。同年5月より地元・滋賀県東近江市のコミュニティFM、Radio Sweetに活動の場を移し、朝の番組『おはようスイート』の月曜日から木曜日のパーソナリティを担当した。
吉原 寛人(よしはら ひろと、1983年10月26日 - )… 吉原 寛人(よしはら ひろと、1983年10月26日 - )は、地方競馬の金沢競馬場・加藤和義厩舎所属の騎手である。地方競馬最多重賞勝利記録保持者。 滋賀県神崎郡能登川町(現東近江市)に生まれ、競馬とは無縁の家庭環境で育つ。小・中学校を通して、整列はいつも一番前という小さな体格に着目した中学の担任から「競馬の騎手はカッコいいぞ」と声をかけられたのをきっかけに、テレビの競馬中継を見て興味を持ち、JRAの競馬学校騎手課程に応募するが書類審査で落とされた。続けてNARが主宰する地方競馬教養センター騎手課程の試験を受けて合格。 2001年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得し、松野勝己厩舎からデビュー。
JP(ジェーピー、1983年(昭和58年)7月31日 - )… JP(ジェーピー、1983年(昭和58年)7月31日 - )は、日本のものまねタレント。本名は前坂 淳平(まえさか じゅんぺい)。滋賀県八日市市(現・東近江市)出身。血液型O型。研音所属。 1983年、男三人兄弟の長男として生まれ、幼少期はおばあちゃん子で、田舎の自宅には祖母が管理する牛・豚・鶏の動物舎があった。小学校時代は、田圃に突き落とされる、用水路の水を飲まされるなどのいじめに遭い、学校に馴染めなかったことで友達ができず、放課後は動物舎の動物に向かってモノマネをしていた。状況を一転すべく、中学校で先生のモノマネで笑いをとることでいじめられなくなったという経験を持つ。ただ、同じネタでは飽きられてしまうため、先生以外にもウルトラマンや長瀬智也など、レパートリーを増やしていったという。
平松 隆円(ひらまつ りゅうえん 1980年8月1日 - )… 平松 隆円(ひらまつ りゅうえん 1980年8月1日 - )は、日本の化粧心理学者。京都光華大学准教授。専門は、化粧心理学、化粧文化論、ブランド戦略論。 滋賀県に生まれる。近江兄弟社高等学校を経て、2003年に佛教大学教育学部を卒業した。引き続き同大学院教育学研究科に進み、2005年に修士課程を、2008年に博士後期課程をそれぞれ修了した。博士後期課程修了と同年に「日本の生活文化における化粧」で博士(教育学)の学位を取得した。 博士後期課程在籍中に国際日本文化研究センターの特別共同利用研究員となり、井上章一に指導を受ける。同センターの機関研究員として笠谷和比古の伝統文化芸術総合研究プロジェクトに参加して、伝統文化芸術の諸分野を総合的に取り扱い、それらの持つ現代的意味、グローバルな観点から意義や役割を実践的に追及する取り組みをおこなった。
舟岡 昭浩(ふなおか あきひろ、本名:舟岡 昭博〈読み同じ〉… 舟岡 昭浩(ふなおか あきひろ、本名:舟岡 昭博〈読み同じ〉、1975年10月14日 - )は、日本の元お笑い芸人。滋賀県八日市市(現:東近江市)出身。血液型はA型。身長166cm。所属事務所は吉本興業(デビュー当初は松竹芸能に所属していた)。 1995年に松竹芸能入りし、芸人デビューする。「ラブミーテンダー」「レイカーズ」などで活躍し、びわ湖放送の「びわ湖カンパニー」にもレギュラーで出演していた。2003年には、第3回M-1グランプリ準決勝に進出した(「レイカーズ」時代)。2006年以降は吉本興業に所属し、元騎兵隊の柳瀬たかおとコンビを組み、ザ・やなせふなおかとして活動。いずれのコンビでもツッコミを担当していた。
林 久美子(はやし くみこ、1972年〈昭和47年〉9月7日… 林 久美子(はやし くみこ、1972年〈昭和47年〉9月7日 - )は、日本のタレント、ニュースキャスター、コメンテーター、政治家。吉本興業所属。 参議院議員(2期)、文部科学大臣政務官(菅直人第1次改造内閣・第2次改造内閣)、参議院総務委員長、参議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、民主党滋賀県連代表を歴任。夫は衆議院議員の世耕弘成。本名:世耕久美子。 1972年9月7日に生まれる。1988年、八日市市立聖徳中学校、1991年、滋賀県立彦根東高等学校を卒業。2013年9月11日、世耕弘成と結婚。 1995年、早稲田大学第一文学部卒業後、びわ湖放送(BBC)に入社し、報道部キャスターを務める。
山本 隆夫(やまもと たかお、1972年7月10日 - )は… 山本 隆夫(やまもと たかお、1972年7月10日 - )は、日本のパティシエ、経営者。滋賀県八日市市出身。血液型はA型。全国で24店舗を構える「CLUB HARIE」(クラブハリエ)のグランシェフであり、代表取締役。また洋菓子の世界大会である「ワールド・ペーストリー・チームチャンピオンシップ」では日本代表のキャプテンとして出場し優勝の他、「クープ・ド・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」では準優勝の実績を持つ。 1972年 滋賀県近江八幡市の和菓子屋たねやの次男として八日市市に生まれる。 1991年 株式会社たねや入社 1995年 洋菓子店レザンジュ(鎌倉)で修行を重ねる。 1996年 株式会社クラブハリエ役員に就任 1999年 バームクーヘン専門店「B-studio 梅田阪神店」を阪神百貨店(梅田本店)にオープン 2002年 株式会社クラブハリエ 常務取締役グランシェフに就任 2003年 株式会社クラブハリエ 専務取締役グランシェフに就任 2010年 滋賀県彦根市にパン専門店「ジュブリルタン」をオープン 2011年 株式会社クラブハリエ 代表取締役社長に就任 2014年 東京・日本橋にフランス菓子専門店「オクシタニアル」をオープン 2015年 滋賀県近江八幡市に「ラ コリーナ近江八幡」をオープン 2020年 東京駅一番街(東京ギフトパレット)にエコをコンセプトにした「CLUB HARIE e-challenge」をオープン 2021年 羽田空港(第2ターミナル 2F 金の翼)に「CLUB HARIE 羽田空港店」をオープン、千葉県・イクスピアリ(2階トレイル&トラック)に「CLUB HARIE 舞浜イクスピアリ店」をオープン 2023年 「ラ コリーナ近江八幡」内に「バームファクトリー」をオープン
外村 彰(とのむら あきら、1964年8月4日 - )は、日… 外村 彰(とのむら あきら、1964年8月4日 - )は、日本近代文学研究者。 元は高校教諭で、1994年から研究者を志して大学院に進学。学位は、文学博士(立命館大学・論文博士・2010年)。国立呉工業高等専門学校準教授などを経て、現在安田女子大学文学部教授。 滋賀県東近江市生まれ。立命館大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。約11年間の非常勤講師を経験した後、2010年9月から国立呉工業高等専門学校に赴任。2021年4月から安田女子大学に着任。 主として岡本かの子や室生犀星を研究し、昭和の詩歌や地域文芸についても考究している。 ポトナム短歌会会員(2005~2015、2017~現在に至る) 近江詩人会会友(2006~現在に至る) 1964年8月4日、滋賀県東近江市生まれ。
塚本 喜左衛門(6代)(つかもと きざえもん、1948年12… 塚本 喜左衛門(6代)(つかもと きざえもん、1948年12月16日 - )は、日本の実業家。きもの、宝石、毛皮、補正下着の製造卸、ウエディング衣裳のレンタル、不動産のリーシングを行うツカキグループのオーナーであり、塚喜商事株式会社の代表取締役社長を務める。 滋賀県の五個荘(現・東近江市)で、先代塚本喜左衛門 (5代)(幼名:四郎)の長男(幼名:喜一郎)として生まれ、1984年に喜左衛門(6代目)を襲名。 近江商人の語り部として、全国へ行脚
武村 正義(たけむら まさよし、1934年〈昭和9年〉8月2… 武村 正義(たけむら まさよし、1934年〈昭和9年〉8月26日 - 2022年〈令和4年〉9月28日)は、日本の政治家、自治官僚、政治評論家。位階は従三位。 八日市市長、滋賀県知事(3期)、衆議院議員(4期)、新党さきがけ代表、内閣官房長官、大蔵大臣を歴任。政界引退後は龍谷大学客員教授、徳島文理大学大学院教授を務めた。 滋賀県蒲生郡玉緒村(現・東近江市柴原南町)の農家に生まれた。母を小学2年、祖父を中学3年、父を高校2年のときに亡くす。兄勘一。滋賀県立八日市高等学校では日本民主青年同盟に入って活動を行った。新聞部の部長だった2年生のとき、友人の書いた文章の内容が偏っているとして、担任が不掲載を求めた。
出目 昌伸(でめ まさのぶ、1932年10月2日 - 201… 出目 昌伸(でめ まさのぶ、1932年10月2日 - 2016年3月13日)は、日本の映画監督。滋賀県八日市市(現:東近江市)出身。滋賀県立八日市高等学校、早稲田大学文学部卒業。 1957年に東宝入社。黒澤明、松林宗恵、堀川弘通、古澤憲吾らの助監督を務め、1968年、内藤洋子主演の『年ごろ』で監督に昇進。その後、『俺たちの荒野』『その人は女教師』など、それまでの東宝青春映画とは一線を画す作品を監督する。 東宝退社後の1980年代中盤からは、東映で吉永小百合主演による『天国の駅』『玄海つれづれ節』、織田裕二、仲村トオル、風間トオルら若手スターによる反戦映画『きけ、わだつみの声』、岩下志麻と吉永小百合の2大女優初競演が話題となった『霧の子午線』など、大作映画を次々と手がける。
沢島 忠(さわしま ただし、旧字体:澤島、1926年〈大正1… 沢島 忠(さわしま ただし、旧字体:澤島、1926年〈大正15年〉5月19日 - 2018年〈平成30年〉1月27日)は、日本の映画監督、舞台演出家である。時代劇、ひばり映画、および東映任侠映画の先駆者・巨匠として知られ、舞台演出家としても活躍していた。沢島 正継(読みは同じ)とも。 滋賀県愛知郡(現在の東近江市)に生まれる。八日市中学校(現・滋賀県立八日市高等学校)卒業。1948年(昭和23年)、同志社大学文学部の聴講生となり、同大で教えていた野淵昶監督に師事、野淵の主宰する劇団「エランヴィタール」に参加し、演出助手となる。翌年大学を中退する。1950年(昭和25年)3月、同劇団が解散、俳優の月形龍之介の紹介で東横映画助監督部に入社する。
塚本 邦雄(つかもと くにお、1920年8月7日 - 200… 塚本 邦雄(つかもと くにお、1920年8月7日 - 2005年6月9日)は、日本の歌人・詩人・評論家・小説家。 朝日歌壇の選者の前川佐美雄に師事。第一歌集『水葬物語』(1951年)は、斬新なあまり歌壇から黙殺されたが、三島由紀夫に注目された。 寺山修司、岡井隆とともに「前衛短歌の三雄」と称され、独自の絢爛な語彙とイメージを駆使した旺盛な創作を成した。若い頃の別名に碧川瞬、火原翔(この二つは、日本現代詩歌文学館にて確認 )、菱川紳士( 士 は省かれる場合もある )等があり、晩年の教授時代の学生たちとの歌会では鴻池黙示を好んで使った。それでも、著書目録にある単行本や文庫では、これらの著者名で出版されたものはない。
辻 亮一(つじ りょういち、1914年9月28日 - 201… 辻 亮一(つじ りょういち、1914年9月28日 - 2013年3月6日)は、日本の小説家。 滋賀県神崎郡南五個荘村金堂(現在の東近江市五個荘金堂町)生まれ。従兄に画家の野口謙蔵がいる。呉服商・辻市左衛門の五男で、父に謡曲を習う。 八日市中学校、早稲田第二高等学院を経て、1937年早稲田大学文学部フランス文学科卒業。高等学院在学中、八木義徳、多田裕計、中村八朗らと同人雑誌『黙示』を創刊。大学卒業後は満洲に渡り、東満洲鉄道の親会社である東満洲産業に勤務した。 敗戦に伴い、中国共産党軍に抑留され、妻を失う。1948年に帰国した後に再婚し、長浜ゴム(のち三菱樹脂)に勤務。1949年、中国共産党の手榴弾工場で徴用された経験を描いた「異邦人」を書く。
染谷 一雄(そめたに かずお、1912年(大正元年)9月19… 染谷 一雄(そめたに かずお、1912年(大正元年)9月19日 - 1980年(昭和55年)11月30日)は、日本の囲碁棋士。滋賀県出身、久保松勝喜代名誉九段門下、日本棋院関西総本部所属、九段。第4期本因坊戦最終予選ベスト4など。重厚で力戦型の棋風。 滋賀県神崎郡(現・東近江市)に生まれる。父は京都から無医村の永源寺町に派遣されて住み着いていた医師で、囲碁好きだった。9歳の時に片足が不自由になったため、父は体が不自由でも成功できる道のある囲碁を熱心に教えるようになった。京都で腕を磨き、1926年に久保松勝喜代に入門。1927年初段。1932年大手合春期乙組優勝、三段。1939年四段。その後も1941年まで内弟子を続け、久保松門の塾頭格として後輩を指導した。
北川 弥助(きたがわ やすけ、1911年1月20日 - 20… 北川 弥助(きたがわ やすけ、1911年1月20日 - 2005年6月9日)は、滋賀県の政治家、滋賀県議会議員。五個荘町名誉町民。県議を連続14期・約53年間務め、大山広司に更新されるまで全国の県議の在職期間の最長記録保持者だった。戦後の滋賀を語る「県政の生き字引」と呼ばれた。 滋賀県神崎郡旭村伊野部(現東近江市五個荘伊野部町)出身。油の行商の傍ら青年団活動を行い、1950年の第1回統一地方選県議補選で民主自由党から立候補して初当選。その後、連続で14期・19440日間議員を務めた。1970年に藍綬褒章、1981年に勲三等瑞宝章を受章。1998年には都道府県議で初の在職五十年表彰を受賞した。 県議会議長を三回、自民党県連会長三回、全国農業共済協会副会長、県商工連合会長、県農業共済連合会長、県土地改良事業団体連合会長、愛知川沿岸土地改良区理事長など多くの役職を務めた。
外村吉之介(とのむら きちのすけ、1898年(明治31年)9… 外村吉之介(とのむら きちのすけ、1898年(明治31年)9月27日 - 1993年(平成5年)4月15日)は、民藝運動家、染織家。滋賀県出身。甥に歌人の塚本邦雄(1920年 - 2005年)がいる。 1898年(明治31年)9月27日、滋賀県神崎郡五個荘町川並(現東近江市五個荘川並町)生まれ、1925年(大正14年)に関西学院神学部を卒業した後、1932年(昭和7年)手織物の創作活動を開始した。国画会会員、日本民芸協会常任理事などを歴任し、1993年(平成5年)4月15日死去した。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
松村 蒼石(まつむら そうせき、1887年10月2日 - 1… 松村 蒼石(まつむら そうせき、1887年10月2日 - 1982年1月8日)は、滋賀県出身の俳人。本名は増次郎。滋賀県蒲生郡清水鼻(現東近江市)生。13歳で京都の織物問屋へ奉公に出る。17歳の頃より新聞の俳句欄に投句。1906年より東京の支店に勤務し作句を中断したが、関東大震災に被災した後再開。「鹿火屋」「枯野」に投句ののち、1925年に「雲母」に入会、飯田蛇笏、龍太に師事する。戦後は「玉虫」を発行。「雲母」にて1966年および1973年に山廬賞を受賞。1973年、句集『雪』その他の業績により第7回蛇笏賞を受賞。代表句に「たわたわと薄氷に乗る鴨の脚」など。句集に『寒鶯集』(1950年)、『露』(1960年)、『春霞』(1967年)、『雪』(1972年)、『雁』(1975年)がある。
野口 小蕙(のぐち しょうけい、1878年〈明治11年〉1月… 野口 小蕙(のぐち しょうけい、1878年〈明治11年〉1月11日 - 1945年〈昭和20年〉4月2日)は、明治後期から昭和前期にかけて活躍した南画家、日本画家。 野口小蕙は、明治11年(1878年)1月11日に滋賀県蒲生郡綺田村(後の桜川村、現東近江市綺田町)で造酒業を営む十一屋の跡取りである野口正章(1849年 - 1921年)の長女として生まれ、郁子と名付けられた。母は奥原晴湖と共に明治女流南画家の双璧といわれる野口小蘋(のぐち しょうひん、1847年 - 1917年)である。父正章と母小蘋(本名親子)は、正章の父野口正忠(柿村(しそん)と号す)が近江・京の多くの文人と親交厚く、富岡鉄斎は長く野口家に居候をしているような美術愛好家で漢詩家であったことから知り合い、明治10年(1879年)結婚した。
田附 政次郎(たづけ まさじろう、文久3年12月15日(18… 田附 政次郎(たづけ まさじろう、文久3年12月15日(1864年1月23日) - 昭和8年(1933年)4月26日)は、日本の近江商人、実業家。大阪紡績取締役。東洋紡・日清紡ホールディングス・江商(現・兼松)の設立に関与した。また、綿糸相場師として活躍し『田附将軍』と呼ばれた。「売りの田附」として有名。ニュース・キャスターの国谷裕子の曾祖父。 文久3年(1864年)に近江国佐生村(後の滋賀県神崎郡五峰村佐生、神崎郡能登川町佐生を経て現・東近江市佐生町)に産まれる。船場八社の一つの田附商店を開業し、綿花取引や、綿業界をリードする存在であった。また、社会貢献として、京都大学に財団法人田附興風会、郷里の神崎郡五峰村に公益財団法人五峰興風会、帝塚山学院、大阪市に北野病院などを開設している。
磯部 亀吉(いそべ かめきち、嘉永2年7月10日(1849年… 磯部 亀吉(いそべ かめきち、嘉永2年7月10日(1849年8月27日) - 明治26年(1893年)11月29日)は、明治時代、滋賀県旧神崎郡(のちの八日市市、現在の東近江市)選出の県会議員。 磯部家は神崎郡上中村(現在の東近江市建部上中町)では裕福な家であった。明治21年11月から明治25年の間、県会議員に選出されている。上中村戸長から明治22年6月に建部村初代村長に就任する。当時の制度では村長は官吏ではなく官からの給与は支払われていなかった。 旧八日市市域選出の県会議員は市の規模と比較して少ないのは否めない。これは、当地域では政治性が希薄であったことによる。そういった中、磯部亀吉は当地域選出の議員としては非常に活躍した議員であった。
野口正章(のぐち まさあき、嘉永2年(1849年) - 大正… 野口正章(のぐち まさあき、嘉永2年(1849年) - 大正10年(1921年)11月)は、明治維新期の近江商人・実業家。『十一屋』主人、日本初の市販国産ビールを作った。 野口正章は、滋賀県蒲生郡綺田村(後の桜川村、現東近江市綺田町)で造酒業を営む十一屋の跡取りとして誕生した。父である野口正忠は美術愛好家で漢詩家、柿村と号し近江・京の多くの文人と親交厚く、富岡鉄斎は正忠との交遊から長く野口家に居候をしていた。正章も父の影響を受け関西南画壇の重鎮である日根対山に師事し、絵画を学んでいた。明治10年(1877年)、画業を通じ予てより野口家と親交があり、また師(日根対山)を同じくする小蘋こと松村親と結婚し、翌年に娘の郁子(後に小蕙と号す)が生まれた。
塚本 さと(つかもと さと、天保14年8月6日(1843年8… 塚本 さと(つかもと さと、天保14年8月6日(1843年8月30日) - 昭和3年(1928年)1月4日)は、明治時代から大正時代の教育者。近江商人の妻。名は里子とも。 塚本さとは、天保14年(1843年)に近江神崎郡川並村(現滋賀県東近江市五個荘川並町)の豪商初代塚本定右衛門の五女として誕生した。数え21歳の時に店の奉公人であった源三を婿に迎え塚本源三郎家を立て、近江商人の妻として5男3女を儲けた。さとは、「読み、書き、算盤」を寺子屋で学び、女子としての嗜みとして家庭で「裁縫、生け花、茶道」を学んだが、明治に入り新しい世の中の商家の妻として女子教育の大切さを痛感するようになっていた。『女子として時勢に順応すると共に、古来の美風と祖先の偉業を継承せしめるには、義務教育に加え、商業上の常識を養い、日常の業務に習熟させることが必要』との考えを持つようになった。
阿部 彦太郎(あべ ひこたろう、天保11年7月21日(184… 阿部 彦太郎(あべ ひこたろう、天保11年7月21日(1840年8月18日) - 明治37年(1904年)5月5日)は、明治維新期の近江商人・実業家。阿部市郎兵衛家の分家。 阿部彦太郎は、近江国神崎郡能登川村(現・滋賀県東近江市能登川町)に生まれた。本家筋にあたる5代阿部市郎兵衛の三男が分家した阿部市次郎の長男である。 彦太郎は『布彦』と呼ばれ、父と共に攘夷運動が激しかった文久年間(1861年-1863年)に、室町姉小路に唐金巾(とうかなきん、キャラコ)・唐木綿・唐糸・唐縞・唐紅・唐桟に加えラシャ・ケット・モヘール・シャッポン・洋紙・インキ・鉛筆・靴・蝙蝠傘・シャツ・メリヤス・石鹸・洋酒類等の洋物を取り扱う『唐物店』を開いた。
7代目阿部 市郎兵衛(あべ いちろべい、天保8年(1837年… 7代目阿部 市郎兵衛(あべ いちろべい、天保8年(1837年) - 明治37年(1904年))は、明治維新期の近江商人。繊維産業・鉄道・銀行など各種事業の支援者となり、日本の産業育成に貢献した。 天保8年(1837年)近江国神崎郡能登川村(現・滋賀県東近江市能登川町)に生まれ、幼名を元太郎と言った。父は近江商人阿部市郎兵衛家(屋号『紅屋』)の分家阿部市太郎家の2代目当主(通称吉太郎)である。本家市郎兵衛家には継嗣がなく、元太郎が伯父である6代市郎兵衛の養子になり、安政4年(1857年)7代市郎兵衛として家督を継いだ。 家督継承後、紅屋家業の麻布商を営むと共に、米穀肥料問屋業務を新たに始め、その発展に伴い千石船を十数隻支配して、北海道・九州など各地の物産を江戸・大阪輸送し、販売を行った。
塚本 正之(つかもと まさゆき、天保3年5月1日(1832年… 塚本 正之(つかもと まさゆき、天保3年5月1日(1832年5月30日) - 大正7年(1918年)2月28日)は、江戸時代後期から明治時代の近江商人、社会事業家。湖国治山の父とも呼ばれる。塚本家はツカモトコーポレーションの創業一族。 塚本正之は、天保3年(1832年)に近江神崎郡川並村(現滋賀県東近江市五個荘川並町)の豪商初代定右衛門(1789年-1860年)の次男として誕生し、通称粂右衛門と称した。兄塚本定次(1826年-1905年)は勝海舟も大物と称した商人で、正之は兄を助け家業に精励し、県会議員を務めると共に一生を通じて公共事業に尽くした。 明治6年(1873年)6月学校世話方に選ばれ故郷川並村における小学校創立に力を注ぎ、明治9年(1876年)以降戸長・副区長・村会議員・連合村会議員、明治15年(1882年)6月第二回滋賀県会議員選挙において当選し(同19年(1886年再選)、神崎・愛知郡衛生会議員、勧業諮問委員等を歴任した。
妃白 ゆあ(ひしろ ゆあ、4月16日 - )は、日本の女優。… 妃白 ゆあ(ひしろ ゆあ、4月16日 - )は、日本の女優。元宝塚歌劇団星組の娘役。 滋賀県、能登川中学校出身。身長160cm。愛称は「ゆあ」、「ユアユア」。 2004年4月、宝塚音楽学校入学。 2006年3月、宝塚歌劇団に92期生として入団。入団時の成績は13番。宙組公演「NEVER SAY GOODBYE」で初舞台。その後、星組に配属。 2016年6月19日、「こうもり/THE ENTERTAINER!」東京公演千秋楽をもって、宝塚歌劇団を退団。
荒山 沙織(あらやま さおり)は、NHK大阪放送局の契約キャ… 荒山 沙織(あらやま さおり)は、NHK大阪放送局の契約キャスター。 滋賀県東近江市出身。 2017年4月に京都局に異動、2022年4月に現所属の大阪局に異動。
3代 阿部 市太郎(あべ いちたろう、天保11年(1840年… 3代 阿部 市太郎(あべ いちたろう、天保11年(1840年) - 大正12年(1923年))は、明治維新期の近江商人・実業家。日本の産業と人材の育成に務めた。 3代目阿部市太郎は、天保11年(1840年)に近江国神崎郡能登川村(現・滋賀県東近江市能登川町)に生まれた。父である2代市太郎は本家に当たる阿部市郎兵衛家第5代当主の次子で、初代市太郎に継子なく養子となった。また、兄は本家の養子となり7代目市郎兵衛となり、弟は市三郎家に養子に入り2代目市三郎となった。 3代目家督相続後、明治4年(1871年)本家市郎兵衛家と共に大阪(現大阪市東区)に支店を出し、家業である麻布販売と共に持ち船を回漕して塩・蜜柑を北陸地方・東北地方で売り、帰路北海道に立ち寄り物産を仕入れ大阪で販売した。