平 美乃理(たいら みのり、2004年6月28日 - )は、… 平 美乃理(たいら みのり、2004年6月28日 - )は、日本の女性ファッションモデル、タレント、女優である。 岡山県備前市出身。エイベックス・マネジメント・エージェンシー所属。備前市の特別観光大使。 幼少期から背が高く、当時はコンプレックスだったという。雑誌を見てモデルに憧れを抱き、11歳ごろからオーディションへの応募を始めた。高校では吹奏楽部でサックスも吹いていた。部活では負けず嫌いが磨かれ、食らい付いていく根性を養ったという。高校2年のときの2021年に「ミスセブンティーン2021」のグランプリに選ばれて、セブンティーンの専属モデルとなった。4年連続で受け、それまで落選続きだったため、連絡を受けた時は家族みんなで号泣した。
福島 章太(ふくしま しょうた、2002年10月24日 - … 福島 章太(ふくしま しょうた、2002年10月24日 - )は、岡山県備前市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 6歳の頃から野球を始め、備前市立片上小学校を経て備前市立備前中学校へ進学。中学時代は瀬戸内ボーイズでプレーした。 岡山県立倉敷工業高等学校へ進学すると、1年時の秋にはエースナンバーを背負う程まで成長するも、2年時の春に左肘を疲労骨折してしまい、冬にクリーニング手術を受けた。3年時は新型コロナウイルスの影響で甲子園が中止になったため、高校3年間での甲子園出場は叶わなかったものの、岡山県の独自大会や8月に開催されたプロ志望高校生合同練習会に参加した。 2020年のプロ野球ドラフト会議では、中日ドラゴンズから4位指名を受け、11月19日に契約金3500万円、年俸550万円で仮契約を結んだ。
万波 中正(まんなみ ちゅうせい、2000年4月7日 - )… 万波 中正(まんなみ ちゅうせい、2000年4月7日 - )は、岡山県備前市生まれ、東京都練馬区出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 友達に誘われ、練馬区立開進第二小学校の2年時に、投手としてブルーフェニックスで野球を始めた。 練馬区立開進第二中学校への進学後は、陸上競技部と東練馬シニアに所属。陸上競技の東京都大会では、1年時に100メートル障害決勝で2位、3年時に砲丸投5kgの部で優勝した(記録は14m85)。その一方で、3年時には東練馬リトルシニアの外野手兼エースとして、リトルシニアの日本選手権大会でチームを準決勝進出に導いた。この時点で身長がおよそ190cmにまで達していたほか、ストレートで最速138km/h、バットのスイングで150km/hを超えるスピードを計測。
島村 拓弥(しまむら たくや、1999年3月6日 - )は、… 島村 拓弥(しまむら たくや、1999年3月6日 - )は、岡山県備前市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・アルビレックス新潟所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 京都サンガF.C.U-18に所属し、2016年10月に2017年よりトップチームに昇格することが発表された。 2017年12月12日、FC岐阜に期限付き移籍することが発表された。2018年シーズン終了後、京都に復帰した。。 2019年、ブラジルのロンドリーナECへ期限付き移籍。 2020年、セレッソ大阪に期限付きで加入しJ3リーグを戦うセレッソ大阪U-23でドリブラーとして活躍し30試合に出場した。同チームは2020年限りでJリーグによって廃止されたため、2024年現在は存在しない。
頓宮 裕真(とんぐう ゆうま、1996年11月17日 - )… 頓宮 裕真(とんぐう ゆうま、1996年11月17日 - )は、岡山県備前市出身のプロ野球選手(捕手、内野手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 備前市立伊部小学校の1年時に、捕手として伊部パワフルズで野球を始めた。当時のチームメイトに、実家が隣同士で2歳年下の山本由伸がいた。当時は山本も捕手だったため、キャッチボールではいつも山本と一緒だったという。備前市立備前中学校在学中には、ボーイズリーグの瀬戸内マリナーボーイズに所属していた。 岡山理科大学附属高等学校への進学後は、1年夏からのベンチ入りを経て、1年秋から「4番・捕手」としてレギュラーに抜擢。2年時に春の岡山県大会で優勝したが、在学中は春夏とも甲子園球場の全国大会と縁がなかった。
入江 優(いりえ ゆう、1994年3月10日 ‐ )は、日本… 入江 優(いりえ ゆう、1994年3月10日 ‐ )は、日本のアーチェリー選手。岡山県備前市出身。 岡山県備前市出身。姉の影響でアーチェリーを始める。 岡山県立備前緑陽高等学校を経て長崎国際大学に進学。 高校1年時の2009年、第11回世界ユースアーチェリー選手権大会(キャデット部門)に日本代表として出場。
小松原 美里(こまつばら みさと、1992年〈平成4年〉7月… 小松原 美里(こまつばら みさと、1992年〈平成4年〉7月28日 - )は、日本、東京都出生、岡山県備前市出身の女性フィギュアスケート選手(アイスダンス)。パートナーは元夫のティム・コレト(日本帰化後の名は小松原 尊)、アンドレア・ファッブリ、水谷心、辻馨。アンドレア・ファッブリとカップルを組んでいた時は、イタリア所属で競技していた(他のパートナーとは日本所属)。2022年北京オリンピック団体戦銀メダリスト。マネジメント会社はAlmost Japanese。 岡山学芸館高等学校卒業。法政大学通信教育課程中退。 2009-2010シーズン、水谷心とカップルを組み、全日本ジュニア選手権で初優勝する。
久本 真菜(ひさもと まな、1989年3月9日 - )は、テ… 久本 真菜(ひさもと まな、1989年3月9日 - )は、テレビ神奈川所属の契約アナウンサー。
重友 梨佐(しげとも りさ、1987年8月29日 - )は、… 重友 梨佐(しげとも りさ、1987年8月29日 - )は、日本女子の陸上競技・元選手。専門種目は長距離走・マラソン。2012年ロンドンオリンピック、2015年世界陸上北京大会、2017年世界陸上ロンドン大会各女子マラソン日本代表。大阪国際女子マラソン2回優勝(2012年・2017年)など。 1987年8月29日、岡山県備前市出身。小学校3年生時に陸上競技を始める。備前市立備前中学校卒業後、全国高等学校駅伝競走大会では例年強豪チームの興譲館高等学校に入学。 高校時代は森政芳寿の指導を受ける。2年生時に第16回全国高校駅伝(2004年)に初出場し、2区を走って区間7位。新谷仁美(1区)から先頭でタスキを受けた重友は首位を守ったものの、チームはアンカーで逆転されて2位に終わる。
金重 陽平(かねしげ ようへい、1982年10月8日 - )… 金重 陽平(かねしげ ようへい、1982年10月8日 - )は、岡山県備前市出身の俳優。エアーズロック所属。 岡山県立岡山城東高等学校卒。武蔵野美術大学中退。 身長175cm。体重72kg。血液型B型。 趣味はサイクリング。特技は料理、けん玉、ラグビー、乗馬。
ひでよしっと(1982年2月8日 - )は、日本のミュージシ… ひでよしっと(1982年2月8日 - )は、日本のミュージシャン、お笑い芸人、ものまねタレント、役者。岡山県備前市出身。松竹芸能所属。ピン芸人。身長170cm。血液型A型。本名 延本 英祥(のぶもと ひでよし)。 2009年頃まで、「ひでよし☆のぶもと」と「hdyshit」というアーティスト表記にて、音楽活動、並びにバンド活動をしていた。 18歳で上京後、池袋のライブハウス「MANHOLE」にて、ブッキングマネージャー業。 主な輩出バンドは、Northern19、RUNNERS-Hi、TOTALFAT等。 当時の仕事で出会った音楽仲間とは今でも深い親交のある仲間も多い。 数々のバンドにて、ベースでサポートメンバーを経験しており、代表バンドにはMARSAS SOUND MACHINEがある。
橋本 義隆(はしもと よしたか、1979年12月6日 - )… 橋本 義隆(はしもと よしたか、1979年12月6日 - )は、岡山県和気郡日生町(現:備前市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 岡山県和気郡日生町(現:備前市)出身。中央大学時代は読売ジャイアンツの阿部慎之助とバッテリーを組んでいた。2年秋から1部。東都大学1部リーグ通算3勝9敗、2部通算1試合勝敗なし。大学卒業後は社会人野球のホンダに所属し、角度のある140km/h台中後半のストレートとスライダー、フォーク、チェンジアップなど多彩な変化球を織り交ぜた投球を武器に、2004年の第75回都市対抗野球大会での準優勝に貢献、敢闘賞にあたる「久慈賞」を受賞した。同年のドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから3巡目で指名を受け、入団。
山根 雅仁(やまね まさひと、1975年11月19日 - )… 山根 雅仁(やまね まさひと、1975年11月19日 - )は、岡山県和気郡日生町出身の元プロ野球選手(投手)。
大鷹 雅規(おおたか まさき、1960年9月16日 - )は… 大鷹 雅規(おおたか まさき、1960年9月16日 - )は、岡山県和気郡(現在の備前市)出身で大鵬部屋に所属した元大相撲力士。本名は定久 正行(さだひさ まさゆき)。身長188cm、体重128kg。最高位は西十両4枚目(1986年1月場所)。得意技は右四つ、寄り。 中学3年生の時に元横綱・大鵬の雑誌記事を目にして興味を持ち、何度も読み返すうちに相撲を志して大鵬親方に入門を願う手紙を出した。中学校卒業後、大鵬部屋へ入門。1976年3月場所で初土俵を踏む。初土俵から9年半経った1985年9月場所で十両に昇進した。昭和最後の岡山県出身関取。1989年1月場所を最後に28歳で廃業した。
柴原 実(しばはら みのる、1960年8月6日 - )は、岡… 柴原 実(しばはら みのる、1960年8月6日 - )は、岡山県出身の元プロ野球選手(外野手)。 金山学園高(現:岡山学芸館高)から社会人野球の常石鉄工を経て、1982年のドラフト4位で阪急ブレーブスに入団。 1986年は一軍で80試合に出場。4月9日に行われたウエスタン・リーグの南海戦で3打席連続三塁打の新記録を作る。 当時のチームの外野陣は層が厚く、なかなか一軍定着ができなかった。 しかし、1992年にはレギュラー右翼手の藤井康雄が故障したため、藤井復帰までスタメン出場の機会が増えていた。1996年限りで現役引退。 1997年から1998年にかけてオリックスでコーチを務め、オリックス退団後は常石鉄工に戻りコーチを務めた。
兼光 保明(かねみつ やすあき、1957年4月21日 - )… 兼光 保明(かねみつ やすあき、1957年4月21日 - )は、岡山県和気郡吉永町(現・備前市吉永町)出身の元プロ野球選手。ポジションは外野手。
岡千秋(おか ちあき、1950年12月7日 - )は、岡山県… 岡千秋(おか ちあき、1950年12月7日 - )は、岡山県和気郡日生町(現・備前市)鴻島出身の作曲家・演歌歌手。現・日本作曲家協会副会長、JASRAC理事。元・日本大衆音楽文化協会理事。 中学卒業後に歌手を目指して大阪へ出て、働きながら歌謡教室に通う。17歳で上京し、三代目広沢虎造の鞄持ちになる。錦糸町でキャバレーのボーイ兼歌手をしながら、牧野昭一のレッスンを受けるが、結果的に歌手を断念。久仁京介の誘いにより、作曲家に転向。アルバイトをしながら、夜はジャズバーでピアニストとして働き、フランク永井やマーサ三宅と知り合う。 1970年に日吉ミミ「男と女のお話」のB面「むらさきの慕情」で作曲家デビューを果たすと、1983年には都はるみとのデュエット「浪花恋しぐれ」で、歌手として第25回日本レコード大賞特別金賞・日本有線放送大賞・全日本有線放送大賞などを受賞。
大森 礼子(おおもり れいこ、1949年7月11日 - )は… 大森 礼子(おおもり れいこ、1949年7月11日 - )は、日本の弁護士、政治家。公明党所属の元参議院議員(1期)。 岡山県備前市出身。1972年に津田塾大学英文科を卒業後、アニメーション会社での勤務などを経て、司法試験に合格。検事を経て弁護士に転じる。 1995年、第17回参議院議員通常選挙に新進党から比例区で立候補して当選。新進党解党後は公明に加わり、1998年11月には新公明党結成に参加した。2001年に政界を引退した。 引退後は岡山市で弁護士として活動する。
末井 昭(すえい あきら、1948年6月14日 - )は、フ… 末井 昭(すえい あきら、1948年6月14日 - )は、フリーの編集者、作家、サックス奏者。元白夜書房取締役編集局長。 岡山県吉永町(現:備前市)出身。7歳のとき、母親が若い男とダイナマイト心中した。 岡山県立備前高等学校の機械科に進学。高校卒業後、大阪・枚方のステンレス線の製造工場に集団就職したが、大阪の工場の過酷な労働がいやになり3か月で退職し、川崎の父親の元へ。父親と同じ自動車工場で働く。1967年、渋谷にあった青山デザイン専門学校のグラフィックデザイン科の夜間部に入学。デザイン会社に入社。主に看板のデザインをする。キャバレーや風俗店の看板描きをしていたとき、元同僚がエロ本の出版社に転職し、その縁で、のちに白夜書房を創業する森下信太郎からエロ総合誌の創刊をまかされ、1975年に『ニューセルフ』を立ち上げる。
原 憲一(はら けんいち、1947年(昭和22年)5月27日… 原 憲一(はら けんいち、1947年(昭和22年)5月27日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。RSKホールディングス会長。元(RSK)山陽放送アナウンサー、JNNカイロ支局長。岡山県備前市出身。 1970年、当時の山陽放送にアナウンサーとして入社し、ニュース・報道を中心に担当。RSKラジオディレクター時代には岡山刑務所で行われる刑務所内放送のディスクジョッキーの指導に携わる。その後RSKテレビ報道部に配属、ハンセン病療養所の取材などに携わる。 1990年、TBS報道局へ出向、JNNカイロ支局長に赴任し、湾岸戦争と、その引き金を作るイラクのクウェート侵攻などの取材に携わり、海鳥が湾岸戦争による重油流出で油まみれになった様子を、CNNの記者共々アジア人で唯一取材した。
岡本 徹正(おかもと てつまさ、1944年(昭和19年)- … 岡本 徹正(おかもと てつまさ、1944年(昭和19年)- )は、岡山県備前市出身の陶芸家。
万波 誠(まんなみ まこと、1940年10月19日 - 2… 万波 誠(まんなみ まこと、1940年10月19日 - 2022年10月14日)は、日本の医師。元宇和島徳洲会病院泌尿器科部長。岡山県備前市出身。 1940年、岡山県の生まれ。岡山県立閑谷高等学校卒業。1969年に山口大学医学部卒業。1970年、愛媛県宇和島市立病院に勤務。1975年、アメリカ・ウィスコンシン大学留学、インドネシア出身のオランダ人外科医ベルツァー(Folkert O. Belzer)の元で腎臓移植を学ぶ。日本に帰国後の1977年、宇和島市立病院で初めて腎臓移植手術を行った。その後、これまでに約1,000件の腎臓移植手術を行ったと言われている。2004年、新規開院した宇和島徳洲会病院に転職し現職となる。
松岡 巌鉄(まつおか がんてつ、1938年11月25日 - … 松岡 巌鉄(まつおか がんてつ、1938年11月25日 - )は、岡山県和気郡香登町(現・備前市)出身で間垣部屋所属の元大相撲力士、元プロレスラー。大相撲時代の四股名は正剛山(せいござん)で、最高位は幕下33枚目。本名は、松岡 政雄(まつおか まさお)。 1958年、間垣部屋に入門して松岡山の四股名で1958年7月場所で初土俵、同年11月場所には四股名を正剛山と改め序二段優勝、1960年11月場所には三段目優勝して幕下昇進を果すが、1962年1月場所限りで廃業。 1962年、日本プロレスに入門し、大相撲時代の四股名である正剛山をリングネームとしてデビュー、後に松岡巌鉄に改名。 1968年1月18日には、国際プロレスのブッカーとして大木金太郎の引き抜きを画策したグレート東郷を、ユセフ・トルコとともに襲撃して負傷させた 。
有吉 道夫(ありよし みちお、1935年7月27日 - 20… 有吉 道夫(ありよし みちお、1935年7月27日 - 2022年9月27日)は、将棋棋士、九段。2010年、引退。大山康晴十五世名人門下。棋士番号は66。岡山県備前市出身。 棋聖のタイトル獲得1回のほか優勝8回。また、タイトル戦の舞台での大山との師弟対決は4度実現。 現役55年を数え、2001年には史上6人目の通算1000勝(特別将棋栄誉賞)を達成。過去に7人しかいない『六十歳代A級棋士』の一人でもあった。順位戦A級在籍21期。同じ関西本部所属では、内藤國雄とは自他ともに認めるライバル関係で、共に関西棋界を長年にわたって牽引した。 将棋に熱中したきっかけは、「矢倉囲いの美しさに感動したから」だという。
小長 啓一(こなが けいいち、1930年12月12日 - )… 小長 啓一(こなが けいいち、1930年12月12日 - )は、日本の官僚、弁護士。 元通商産業事務次官。AOCホールディングス会長、同台経済懇話会代表幹事、経済産業調査会会長、東急元取締役。 岡山県備前市生まれ。陸軍幼年学校を経て、旧制岡山県西大寺中学校(現・岡山県立西大寺高等学校)、旧制第六高等学校から新制岡山大学法文学部に進み、1953年に卒業。同期には吉永祐介(検事総長)、1年後輩に奥山雄材(郵政事務次官)がいた。 猛勉強の末に在学中に国家公務員上級職(法律職)試験と旧司法試験に合格していたが、「先の戦争は、日本が石油を押さえられて軍部が突っ走ったために起きた。今後、資源のない日本が世界で生き残っていくためには貿易立国しかない」という思いから、1953年通商産業省に入省した。
小西 通雄(こにし みちお、1930年1月1日 - )は、日… 小西 通雄(こにし みちお、1930年1月1日 - )は、日本の映画監督・演出家。岡山県備前市出身。東映製作の作品を中心に、数多くの映像作品に携わった。 旧制岡山二中に在学中陸軍航空士官学校に合格、軍事教練では「秀」の好成績を収めていた。その後岡山空襲での被災を経て終戦を迎える。 1954年3月、1年間の留年(しかも大手広告代理店に一度就職する)を経て、同志社大学文学部社会学科新聞学専攻を卒業。大学の同級生には、後に自身が演出する 『アイフル大作戦』『バーディー大作戦』『Gメン'75』にレギュラー出演していた藤木悠がいた。 当初は新聞記者を志したが、映画好きもあって(きっかけは黒澤明監督作品『酔いどれ天使』だという)東映を受験し、1954年4月に東映に入社。
中村 六郎(なかむら ろくろう、1914年2月4日 - 20… 中村 六郎(なかむら ろくろう、1914年2月4日 - 2004年4月11日)は岡山県備前市伊部生まれの陶芸家。愛称は「六さん」 日本工芸会中国支部、備前焼陶友会、伝統工芸士会に所属した。 父親が金重陶陽らの作家たちと親しく、その影響で陶芸家を志す。終戦までは会社勤めをするが、1945年に金重陶陽に師事し、技術の修練を積む。また、北大路魯山人が金重陶陽宅に来訪時には、藤原啓、山本陶秀らと共に、その技術を学び影響を受けたと言われている。 1961年に六郎窯を築いて独立する。1986年には伝統工芸士に認定される。 ろくろでは徳利などの酒器を好んで製作。たたらでは泡瓶、急須、茶碗なども手がける。朴訥で野性味あふれる作風。
山本陶秀(やまもと とうしゅう、1906年(明治39年)4月… 山本陶秀(やまもと とうしゅう、1906年(明治39年)4月24日 - 1994年(平成6年)4月22日)は、陶芸家。岡山県出身。人間国宝
伊勢崎 陽山(いせざき ようざん、1902年11月21日 -… 伊勢崎 陽山(いせざき ようざん、1902年11月21日 - 1961年)は、陶芸家。備前焼で岡山県重要無形文化財保持者。岡山県和気郡伊部(現:備前市伊部)出身。 沼田一雅に師事。陶彫、細工物に優れた。姑耶山中の古窯を調査し復元。 など陶像の大作を製作。 花器、宝瓶、香炉にも秀作が多い。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
里村 欣三(さとむら きんぞう、1902年3月13日 - 1… 里村 欣三(さとむら きんぞう、1902年3月13日 - 1945年2月23日)は、日本の小説家。 岡山県和気郡福河村(現在の備前市)生まれ。本名: 前川 二享(にきょう)。谷周平(昌武)ら新選組の谷三兄弟は母方の家系である。関西中学校中退。1922年、徴兵検査で甲種合格、岡山の歩兵第10連隊に入営したが脱走、水死を装って逃亡し、満洲を放浪する。 のち上京し『文藝戦線』に投稿、1924年に深川貧民窟のルポルタージュ『富川町から』を発表して注目される。1925年に中国での体験をもとにした小説「苦力頭の肖像」を発表し、プロレタリア文学の新進作家として認められる。この時代は、脱走兵であることを知られぬために、写真の公表を拒んでいた。
藤原 啓(ふじわら けい、1899年2月28日 - 1983… 藤原 啓(ふじわら けい、1899年2月28日 - 1983年11月12日)は、日本の陶芸家。本名は敬二。同じく陶芸家の藤原雄は長男、藤原敬介は次男。岡山県名誉県民。1970年に人間国宝に認定。 岡山県備前市穂浪(当時の和気郡伊里村穂浪)出身。農業藤原伊三郎、世為の三男として生まれる。 少年期から俳句や小説の才能を発揮しており、1915年に博文館が手がける『文章世界』に応募した短編が1等を獲得する。これを機に1919年に上京し博文館編集部に勤務、『文章世界』の編集を担当する。同郷の正宗白鳥、徳富蘆花の影響を強く受け詩の執筆も始める。そのかたわら早稲田大学英文科の聴講生となり、ロシア・ドイツ文学やシェイクスピアを学ぶが1年あまりで中退。
金光 恵次郎(かねみつ けいじろう/えじろう、1896年(明… 金光 恵次郎(かねみつ けいじろう/えじろう、1896年(明治29年)3月12日 - 1944年(昭和19年)9月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。 岡山県和気郡備前町出身。貧しい農家に生まれる。貧農の家に育った金光は非常に勉強好きな少年で近所の人から”二宮金次郎”と呼ばれていた。学校の成績はとびぬけていたが、家が貧しいので高等小学校卒業後に上級学校へは進めなかった。 20歳のとき、金光は徴兵検査を受け、現役兵として、1916年(大正5年)12月、野砲兵第10連隊に入隊した。勉強家であった金光はそこで伍長、軍曹と進級し、少尉候補者の試験を受け合格し、1926年(大正15年)12月に陸軍士官学校に入学。
金重 陶陽(かねしげ とうよう、1896年(明治29年)1月… 金重 陶陽(かねしげ とうよう、1896年(明治29年)1月3日 - 1967年(昭和42年)11月6日)は、岡山県出身の陶芸家。備前焼の名門である金重家に生まれ、備前の陶工として初めて人間国宝となった。本名は金重 勇(かねしげ いさむ)。 江戸時代中期以降伊万里焼や九谷焼などに押されて人気を失っていた備前焼を再興させることに成功し「備前焼中興の祖」と称される。自らが優れた陶工であっただけでなく、多くの弟子を育て、その中から次々と人間国宝を輩出するなど備前焼の歴史上果たした功績は計り知れない。陶陽の弟の金重素山、長男の金重道明、三男の金重晃介もそれぞれ陶芸家である。また、漂泊の日本画家の杉本白象は、自らを「金重陶陽の従兄にあたる」と、昭和42年にパトロンに送った作品に付けた手紙に記している。
行吉 角治(ゆきよし かくじ、1890年(明治23年)6月1… 行吉 角治(ゆきよし かくじ、1890年(明治23年)6月10日 - 1945年(昭和20年)3月5日)は、大正から昭和前期の実業家、政治家。衆議院議員。 岡山県和気郡香登村香登西(香登町香登西、備前町を経て現備前市香登西)で、行吉百三郎の息子として生れた。行吉家は屋号「戎屋」として瓦製造を家業としていたが、百三郎はかけごとが好きなことなどから事業に失敗し、角治が3、4歳ころに岡山市に移り食べ物屋「三子屋ぜんざい」を開いた。角治は関西中学校(現関西高等学校)で学んだが、素行不良で中退した。その後、遊び人の仲間となった。 岡山で土木請負業「山崎組」を営む。1928年(昭和3年)2月の第16回衆議院議員総選挙で横山泰造の選挙運動に加わったことが契機で政治家に関心を持つようになった。
正宗 敦夫(まさむね あつお、明治14年(1881年)11月… 正宗 敦夫(まさむね あつお、明治14年(1881年)11月15日(戸籍上は11月30日) - 昭和33年(1958年)11月12日)は、日本の国文学者、歌人。 岡山県和気郡穂浪村(現・備前市穂浪)生まれ。兄に小説家で文学評論家の正宗白鳥がいる。東京を活動の拠点とした兄とは違い郷里で家業を営み、その傍ら作歌をし、国文学の研究を行った。1897年(明治30年)から井上通泰に師事し、島木赤彦、斎藤茂吉などとも親交を持った。1909年(明治42年)、歌文珍書保存会を主宰し、古書・稀少本を収集・刊行を行った。1925年(大正14年)与謝野寛・与謝野晶子夫妻と「日本古典全集」シリーズを刊行する。1927年(昭和2年)、株式会社日本古典全集刊行会を設立するが倒産する。
玉野 知義(たまの ともよし、1876年(明治9年)2月8日… 玉野 知義(たまの ともよし、1876年(明治9年)2月8日 - 1945年(昭和20年)2月7日)は、明治後期から昭和前期の政治家、実業家。衆議院議員、岡山県会議長、岡山県和気郡片上町長。幼名・桃三郎。1886年(明治19年)家督を相続し知義に改名した。反木堂派として活動した。 岡山県和気郡東片上村(片上村、片上町、備前町を経て現備前市東片上)で、農業・玉野友吉、文の二男として生まれる。閑谷黌(閑谷学校)で学んだが中退し、片上郵便局勤務を経て和気郡書記に就任。 1900年(明治33年)片上町助役を経て1902年(明治35年)片上町長に就任し2年間在任。片上町会議員、和気郡会議員、同参事会員も務めた。
横山 泰造(よこやま たいぞう、1870年10月14日(明治… 横山 泰造(よこやま たいぞう、1870年10月14日(明治3年9月20日)- 1947年(昭和22年)4月10日)は、明治後期から昭和前期の農業経営者、実業家、政治家。衆議院議員、岡山県会議長、岡山県邑久郡鶴山村長、同県和気郡日生町長。木堂派として活動した。 備前国邑久郡鶴海村(岡山県邑久郡鶴山村鶴海、備前町を経て現備前市鶴海)で、素封家、酒造業・横山栄蔵の二男として生まれる。東京高等商業学校(現一橋大学)を中退し兵役に服し、帰郷して家業の酒造業を手伝った。 その後、分家して果樹園を営みナシ栽培を行う。邑久郡農会長、同郡畜産組合長、岡山県畜産組合連合会副会長、中央畜産会副会頭、帝国馬匹協会理事、岡山酪農販売購買利用組合理事長などを務め、畜産などの農業振興に尽力。
桜田 百衛(さくらだ ももえ、1859年〔安政6年〕 - 1… 桜田 百衛(さくらだ ももえ、1859年〔安政6年〕 - 1883年〔明治16年〕1月18日)は、岡山県出身で明治初期に活躍した自由民権派のジャーナリスト。政治小説の創始者の一人としても知られる。別号に百華園主人がある。 1859年(安政6年)、備前国(現在の岡山県備前市)に生まれた。1872年(明治5年)頃上京し、東京外国語学校でドイツ語を学んだが中退。竹内正志や栗原亮一らの影響でと自由民権運動に関わるようになり、1874年(明治7年)に愛国公党に参加した。しかし、病気のため1880年(明治13年)に一時帰郷した。 1881年(明治14年)再上京し、自由党の結党に参加。党の最初の機関紙だった『自由新聞』の記者となり、政治小説を連載するようになる。
柴原 政太郎(しばはら まさたろう、1852年(嘉永5年1月… 柴原 政太郎(しばはら まさたろう、1852年(嘉永5年1月)- 1940年(昭和15年)4月25日)は、明治から昭和時代前期の政治家、実業家。製塩家。衆議院議員(1期)。 志賀源作の三男として備前岡山藩領和気郡(のちの岡山県和気郡片上町、備前町を経て現備前市)に生まれ、1870年(明治3年)9月、赤穂郡塩屋村(兵庫県赤穂郡赤穂町を経て現赤穂市)の柴原政右衛門の死跡を相続する。漢学を修める。製塩業を営む。1871年(明治4年)赤穂郡の塩田取締となり、1874年(明治7年)戸長に就任する。郡内7箇村戸長に挙げられるが、1883年(明治16年)5月に脳充血により職を辞した。ほか、赤穂鉄道社長、同相談役を歴任した。
月川 寛啓(つきかわ ともひろ、7月12日 - ) は、日本… 月川 寛啓(つきかわ ともひろ、7月12日 - ) は、日本の俳優。サンノーム所属。サンノームの系列のJESTERSの所属でもある。岡山県出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
樽井 良和 は、日本の政治家、実業家。衆議院議員(1期)、参… 樽井 良和 は、日本の政治家、実業家。衆議院議員(1期)、参議院議員(1期)を歴任。
山口 未翼 は、三重テレビ放送の元アナウンサー。
藤原楽山(ふじわら らくざん)は、岡山県備前市伊部出身の陶芸… 藤原楽山(ふじわら らくざん)は、岡山県備前市伊部出身の陶芸家。備前焼作家。現在は三代目(1943年(昭和18年)生まれ)藤原楽山が楽山窯にて作陶を営んでいる。襲名は2002年(平成14年)。二代目藤原楽山は岡山県無形文化財「備前焼製作技術」の保持者に認定。初代藤原楽山は塩青焼の考案者。代々、茶碗を得意とする。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。